先輩、ペットボトルロケットです!(1)
「先輩先輩っ、どちらにお出掛けですかいっしょにお菓子食べましょうよなんで無視するんですかー!?」
「あーもーうっさいなっ」
「あーもーうっさいなっ」
俺達の放課後はまだ始まったばかりだッ!
エンカウントのあまりのクソ仕様に、お気に入りの漫画がいきなり根こそぎ打ち切りの憂き目に遭ったかのよ
うな、絶望的な気分にさせられた。
今日は帰りのホームルームが滞りなく終わり、後輩に出くわさず安全圏まで抜け出せると思ったのだが、幸運
の女神はいつも恋する乙女の味方をするらしい。
エンカウントのあまりのクソ仕様に、お気に入りの漫画がいきなり根こそぎ打ち切りの憂き目に遭ったかのよ
うな、絶望的な気分にさせられた。
今日は帰りのホームルームが滞りなく終わり、後輩に出くわさず安全圏まで抜け出せると思ったのだが、幸運
の女神はいつも恋する乙女の味方をするらしい。
「ほらほらぁ、先輩、あーん」
甘い声を出しながら、俺へと手を差し伸べる。
見れば彼女は小さな赤いパッケージの箱を、片腕で胸に押しつけるように抱いていた。ポッキリと小気味よく
折れる食感が大人気の、細長い棒状のスナック菓子。チョコレートでコーティングされたその一端が口元に突き
つけられる。
見れば彼女は小さな赤いパッケージの箱を、片腕で胸に押しつけるように抱いていた。ポッキリと小気味よく
折れる食感が大人気の、細長い棒状のスナック菓子。チョコレートでコーティングされたその一端が口元に突き
つけられる。
「……そんなお前にノーサンキュー」
「なんてつれないひと。よよよよ」
「なんてつれないひと。よよよよ」
わざとらしい泣き真似はスルーした。
視線を外してひとり歩き出すと、けろりとした声が追い掛けて来る。
隣にさらさらの黒髪をそよがせて小さな頭が出現する。
視線を外してひとり歩き出すと、けろりとした声が追い掛けて来る。
隣にさらさらの黒髪をそよがせて小さな頭が出現する。
「それで、どちらへ?」
「初等部の学童保育だよ。クソガキどものお守にな」
「初等部の学童保育だよ。クソガキどものお守にな」
親の帰りが遅い子どもがしばらく時間を潰す、放課後児童クラブなんていったりもするアレだ。
俺はごくごくたまにそこに立ち寄って、宿題を見たり、いっしょに遊んだり、もろもろの雑用をしたりして過
ごすことがあった。
これについては、「いてくれたら楽だけど」といったていどで、そこまで切実な需要があるわけでもなく、ど
ちらかというと俺自身の気晴らしに近いものがあった。
そういえば、これまで後輩に語ったことはなかった。
俺はごくごくたまにそこに立ち寄って、宿題を見たり、いっしょに遊んだり、もろもろの雑用をしたりして過
ごすことがあった。
これについては、「いてくれたら楽だけど」といったていどで、そこまで切実な需要があるわけでもなく、ど
ちらかというと俺自身の気晴らしに近いものがあった。
そういえば、これまで後輩に語ったことはなかった。
「っ、はいっ! 私も参ります!」
「……お前のお守まではしきれないぞ」
「……お前のお守まではしきれないぞ」
それこそはしゃいだ小学生のように手を挙げる後輩を、俺は半眼で睨んだ。子どもの相手というのはあれで体
力を食う。小学校教諭は体力、中学校教諭は精神力が資本だというが真理だろう。
力を食う。小学校教諭は体力、中学校教諭は精神力が資本だというが真理だろう。
「ご安心を! 必ずや先輩のお役に立ってみせます!」
自信満々に胸を張ってみせるが、俺達のせいで仁科学園の児童が不純異性交遊に走ったらとか思うと、夜もお
ちおち寝ていられないほど恐ろしい。
ちおち寝ていられないほど恐ろしい。
「お前って子ども好きだっけ?」
「嫌いではありませんね」
「嫌いではありませんね」
意外、でもないか。
かつて悪意を一身に受けて人格を破壊され、他人との距離感が狂ってしまった彼女。この手合いは、同年代よ
りも世代の離れた相手とのほうがうまくいくのかもしれない。
かつて悪意を一身に受けて人格を破壊され、他人との距離感が狂ってしまった彼女。この手合いは、同年代よ
りも世代の離れた相手とのほうがうまくいくのかもしれない。
「『ひゅー。あのべっぴんさん、兄ちゃんのコレかい?』とか冷やかされてみたいです!」
「おやじじゃん!?」
「おやじじゃん!?」
小指立てんな。
というか子どもをダシにする気まんまんだった。そういう意味での好き嫌いじゃねーよ!
ここしばらくは我慢できていた溜め息が、思わず漏れた。
というか子どもをダシにする気まんまんだった。そういう意味での好き嫌いじゃねーよ!
ここしばらくは我慢できていた溜め息が、思わず漏れた。
※
初等部の校庭に到着した。
学童保育に身を寄せている児童のみならず、一度は帰路につきながら広い遊び場を求めてとんぼ返りしてきた
鍵っ子達も入り乱れて、現在、巴戦の真っ最中。
隅っこのほうでがやがやドッジボールに興じているのが十数人あまり。男子禁制で固まって密談している小グ
ループもある。
何よりも目を引いたのが、グラウンドのド真ん中の人だかり。明らかに小学生ではない長身がにょきにょきと
聳え立っている。あれはもしやと目を凝らせば案の定。
学童保育に身を寄せている児童のみならず、一度は帰路につきながら広い遊び場を求めてとんぼ返りしてきた
鍵っ子達も入り乱れて、現在、巴戦の真っ最中。
隅っこのほうでがやがやドッジボールに興じているのが十数人あまり。男子禁制で固まって密談している小グ
ループもある。
何よりも目を引いたのが、グラウンドのド真ん中の人だかり。明らかに小学生ではない長身がにょきにょきと
聳え立っている。あれはもしやと目を凝らせば案の定。
「いざッ! 我が夢我が愛あの娘に届けッ! 読書の似合うあの娘に届けッ!」
白衣の怪人が足元のポンプを猛然と踏みつけまくり、ひたすらペットボトルロケットの内圧を上げていた。
「見よ! この“天翔龍箭”、そんじょそこらのペットボトルロケットとは格というものが違うのだよ! ミク
ロン単位で成形を施した空力学的エロボディ! 新開発マツド式内部圧力一挙解放弁は規格外の内圧を蓄えて超
絶の爆発力を発生するのだッ!」
ロン単位で成形を施した空力学的エロボディ! 新開発マツド式内部圧力一挙解放弁は規格外の内圧を蓄えて超
絶の爆発力を発生するのだッ!」
いずれエロボディが破裂して大惨事になるのが目に見えるようだ。
「何者……? つ、通報したほうがいいのでは……」
不審人物の毒気に中てられた後輩が、青ざめた顔で携帯電話を掴み出す。俺のとは同機種の色違い、今となっ
てはいくらか型落ちの品だった。ひとつきりのストラップは彼女の手作り、ひと目見てそれと分かる俺のデフォ
ルメ人形。……どうでもいいが胸あたりに釘を刺したら俺の心臓まで止まりそうだ。
後輩の反応は良識に照らして当然だろうが、あいにくと俺はその白衣の男と面識があった。怪しい者だが悪者
ではない多分。……実はあまり自信ないから多分だ。
てはいくらか型落ちの品だった。ひとつきりのストラップは彼女の手作り、ひと目見てそれと分かる俺のデフォ
ルメ人形。……どうでもいいが胸あたりに釘を刺したら俺の心臓まで止まりそうだ。
後輩の反応は良識に照らして当然だろうが、あいにくと俺はその白衣の男と面識があった。怪しい者だが悪者
ではない多分。……実はあまり自信ないから多分だ。
「松戸先輩? お久し振りです。退院なさっていたんですか」
呼び掛けを耳にして、鋼の板に窓の開いた溶接保護面が俺達に向けられる。どこか愛嬌のある所作はひょうき
ん者の道化を思わせた。
ん者の道化を思わせた。
「おお、サッキーか。しばらく見ない間に、変わり果てた姿になって……」
「ねーです」
「ねーです」
そして誰サッキー。
俺の背後に隠れていた人見知りな後輩と、白衣の怪人や子ども達とを引き合わせる。自己紹介は人間関係の基
本だと恩師がいってた。
松戸白秋さん。“マッドサイエンティスト見習”を自ら称する高等部機械科三年、ただし留年二回。その原因
は、発明品の爆発による負傷、口さがない連中のいうところのアホの所業だった。
何でまた俺のまわりには、こうも変な人間ばかりが集まるのだろうか。
……類は友を呼ぶ? ……フッ。まさかな。
俺の背後に隠れていた人見知りな後輩と、白衣の怪人や子ども達とを引き合わせる。自己紹介は人間関係の基
本だと恩師がいってた。
松戸白秋さん。“マッドサイエンティスト見習”を自ら称する高等部機械科三年、ただし留年二回。その原因
は、発明品の爆発による負傷、口さがない連中のいうところのアホの所業だった。
何でまた俺のまわりには、こうも変な人間ばかりが集まるのだろうか。
……類は友を呼ぶ? ……フッ。まさかな。
「あーしゅんすけだー」
「こんにちは、しゅんにーちゃん」
「このお姉ちゃん、兄ちゃんのカノジョ?」
「うん、そうだよーっ」
「嘘吐けボケ後輩ッ!!」
「こんにちは、しゅんにーちゃん」
「このお姉ちゃん、兄ちゃんのカノジョ?」
「うん、そうだよーっ」
「嘘吐けボケ後輩ッ!!」
零れた飴玉に集った蟻たちのような子どもの群れから、いくらかの視線を奪う。
「おにーさん、おねーさんのことアイしてるんだー」
「いや、そんなんじゃないから……」
「すなおになれないんでしょ」
「いや、そんなんじゃないから……」
「すなおになれないんでしょ」
双子の山尾兄妹が、互い違いに冷やかすような言葉を投げた。
いつもいっしょにいる彼らは顔立ちもそっくりだ。俺は何はなくとも制服つまり性別から見分けているが、よ
り細かくは、オレンジのヘアピンで伸びた前髪を分けて左眼を見せているのが兄の恵(けい)、ピンクのヘアピ
ンで右眼を露わにしているのが妹の優(ゆう)だ。
彼らの紡ぐ言葉には、子どもらしく遠慮や容赦ってものがない。
いつもいっしょにいる彼らは顔立ちもそっくりだ。俺は何はなくとも制服つまり性別から見分けているが、よ
り細かくは、オレンジのヘアピンで伸びた前髪を分けて左眼を見せているのが兄の恵(けい)、ピンクのヘアピ
ンで右眼を露わにしているのが妹の優(ゆう)だ。
彼らの紡ぐ言葉には、子どもらしく遠慮や容赦ってものがない。
「あれだよね、こうは?のフリしてるの。ほんとは女の子にキョーミシンシンなのに」
「むっつりすけべ」
「すけべー」
「むっつりー」
「先輩はむっつりすけべ」
「さもなくば、ろりこん……」
「ちがっ、違うわ! ああっ、もう、こいつらはっ!」
「むっつりすけべ」
「すけべー」
「むっつりー」
「先輩はむっつりすけべ」
「さもなくば、ろりこん……」
「ちがっ、違うわ! ああっ、もう、こいつらはっ!」
珍しいことに、蓮ちゃんまで参戦して手がつけられなくなった。
通りすがりに俺をロリコン予備軍呼ばわりしていった彼女は、三年生の瀬川蓮(せがわ れん)ちゃん。
俺から話し掛けてもまともに会話にならないのに、一撃離脱で人の心を抉っていく。いつも下を向いていて、
まともに目を合わしたこともない。
長い髪に黒いリボンを巻いた綺麗な子だったが、栄養失調でもあるまいに、その儚げな立ち姿にはどこか痛々
しげな印象が付き纏う。
根っこの部分で後輩と似たところがあるような気がする。とそんな割りかししょうもない思考にかまけている
うちに小さな影を見失う。
なおもしつこく食い下がる双子の追及を言葉巧みに躱そうとしたが、ちょっと無理があった。からかいモード
の子どもには、懇々と論理を説いても効果がない。話を逸らす。
通りすがりに俺をロリコン予備軍呼ばわりしていった彼女は、三年生の瀬川蓮(せがわ れん)ちゃん。
俺から話し掛けてもまともに会話にならないのに、一撃離脱で人の心を抉っていく。いつも下を向いていて、
まともに目を合わしたこともない。
長い髪に黒いリボンを巻いた綺麗な子だったが、栄養失調でもあるまいに、その儚げな立ち姿にはどこか痛々
しげな印象が付き纏う。
根っこの部分で後輩と似たところがあるような気がする。とそんな割りかししょうもない思考にかまけている
うちに小さな影を見失う。
なおもしつこく食い下がる双子の追及を言葉巧みに躱そうとしたが、ちょっと無理があった。からかいモード
の子どもには、懇々と論理を説いても効果がない。話を逸らす。
「ところで松戸先輩、今回は、ペットボトルロケットなんですね」
「ああ! こいつには水とガスと少年少女の夢が詰まっているんだ」
「ああ! こいつには水とガスと少年少女の夢が詰まっているんだ」
松戸白秋先輩は、子どもに人気がある。
フィクション世界の怪しい科学者さながらの珍妙な出で立ちに、何だかよく分からないがスゴそうな大仰な言
動。それでいて子ども相手にマジになる大人げなさ。
実験と称して次から次へと変てこな物を取り出すおもちゃ箱のような男。
「未来の日本を背負って立つ子ども達に、科学についての興味関心を持ってもらいたい」という建前で、たま
にこうして初等部の校庭を占拠して好き勝手にゲリラ実験を行っている。
フィクション世界の怪しい科学者さながらの珍妙な出で立ちに、何だかよく分からないがスゴそうな大仰な言
動。それでいて子ども相手にマジになる大人げなさ。
実験と称して次から次へと変てこな物を取り出すおもちゃ箱のような男。
「未来の日本を背負って立つ子ども達に、科学についての興味関心を持ってもらいたい」という建前で、たま
にこうして初等部の校庭を占拠して好き勝手にゲリラ実験を行っている。
「またバクハツするね」
「バクハツ楽しみ」
「なーに、爆発は文化だっ!」
「バクハツ楽しみ」
「なーに、爆発は文化だっ!」
山尾兄妹の不吉すぎる予言にも胸を張る松戸先輩だが、俺は気が気じゃなかった。本人だけでもどうかと思う
のに、さすがに子どもまで危険に晒すわけにはいかない。
のに、さすがに子どもまで危険に晒すわけにはいかない。
「安心しろサッキー。いざとなれば、この最新作“乾いた物・湿った物・木・石・鉄の武器によっても傷つかぬ
白衣”の無敵バリアが発動し、あらゆる脅威から我々のココロとカラダを守るであろう!」
「いや、その。何とかっていう白衣のが爆発しそうなんですが……」
白衣”の無敵バリアが発動し、あらゆる脅威から我々のココロとカラダを守るであろう!」
「いや、その。何とかっていう白衣のが爆発しそうなんですが……」
俺がおずおずと口にした指摘に、場の空気が凍結。
「盲点だったーッ!!」
白衣の怪人が頭を抱えてのたうち回る。滑稽なようすに子どもがどっと沸いた。
……もう、肩書きにオマケみたいにくっついた“見習”、抜いてもいいんじゃないかと思う。あんた一人前だ
よ。一人前のマッドなひとだよ。
結局。
安全性の見直しが必要であるとして、ペットボトルロケット“天翔龍箭”の打ち上げはちょっとばかり延期の
運びとなった。
……もう、肩書きにオマケみたいにくっついた“見習”、抜いてもいいんじゃないかと思う。あんた一人前だ
よ。一人前のマッドなひとだよ。
結局。
安全性の見直しが必要であるとして、ペットボトルロケット“天翔龍箭”の打ち上げはちょっとばかり延期の
運びとなった。
つづく