仁科学ライオン 第三話 Sorrowは早漏で候
「うわああああああああん!!」
叫び声。しかもよく聞き覚えがある声だ。
今日は珍しくもまた音楽室が使える日だった。例の演劇は校内あげての物。いくらか人員を取られているのか、それを口実にサボっているのか。
とにかく、貴重な音楽室を使用出来る事は懐にとってはこの上なく嬉しい事。
それだけに、そこから聞こえる叫び声は恐ろしい。
今日は珍しくもまた音楽室が使える日だった。例の演劇は校内あげての物。いくらか人員を取られているのか、それを口実にサボっているのか。
とにかく、貴重な音楽室を使用出来る事は懐にとってはこの上なく嬉しい事。
それだけに、そこから聞こえる叫び声は恐ろしい。
音楽室から誰かが走ってくる。身長は懐と同じくらいだが、横の幅はケタ違い。眼鏡のボサボサ頭のその男は涙と共に大声で叫びながら走っている。
「うわあああああん!!!」
「トオル!? どうした――」
「トオル!? どうした――」
弾き飛ばされる。100kg超はあるトオルにぶちかましをされれば耐えられるはずもなく、トオルはそのまま走り去る。
その後ろからは、限界まで重力に逆らった髪型をした男が、スティック片手に逝った目で追い掛けてくる。
その後ろからは、限界まで重力に逆らった髪型をした男が、スティック片手に逝った目で追い掛けてくる。
「っっ待てコラァアアアアア!! 今日こそそのブサイクなツラ整形したるぞおんどれぁ!!」
「広介!?」
「広介!?」
いつもの喧嘩だろうか。しかしここまで激しい事は今までなかった。嫌な予感がビシビシする。
このメンバーでもダメか。と懐は思う。こんな事態は今までも何度かあった。もっとも、その時はいつも違うメンバーだったが。
とりあえず流血沙汰はまずい。事件になる前に走ってくる広介にカウンターでラリアットをかまし、素早く背後に回りスリーパーホールドを極める。
昔からヘヴィメタルとプロレスの関係は深い。
このメンバーでもダメか。と懐は思う。こんな事態は今までも何度かあった。もっとも、その時はいつも違うメンバーだったが。
とりあえず流血沙汰はまずい。事件になる前に走ってくる広介にカウンターでラリアットをかまし、素早く背後に回りスリーパーホールドを極める。
昔からヘヴィメタルとプロレスの関係は深い。
「落ち着け偽ヨ〇キ!! 何があった!?」
「誰が偽〇シキだコラァ!! 離せやボケ!!」
「だから落ち着け!! ってうおっ!」
「誰が偽〇シキだコラァ!! 離せやボケ!!」
「だから落ち着け!! ってうおっ!」
激昂する広介はスティックを振り回す。危険なので絞め落としておく。目が覚めた時には落ち着いてるといいが。
遅れてひろとが現れる。袖口の辺りが破けていた。おそらく暴走する広介を止めようとしたのだろう。その理由はあくまで自分の邪魔をされたくないとか、そんな理由だろうが。
遅れてひろとが現れる。袖口の辺りが破けていた。おそらく暴走する広介を止めようとしたのだろう。その理由はあくまで自分の邪魔をされたくないとか、そんな理由だろうが。
「フン。トオルはうまく逃げたようだね」
「何があった訳……?」
「簡単な事だよ。また広介のバカがトオルにグダグダ言ったのさ。
よせばいいのにトオルも口答えしてね。シンバルが多いとかタムがウザイとか。見た目より中身だとかね。見た目なんて二人ともどっちもどっちだけど。
で、結果こうだよ。殺されなくてよかったね」
「止めたんだろ?」
「一応ね。まぁすぐ諦めたけど。得物もって暴れるバカに関わるほど自信過剰じゃないし」
「何があった訳……?」
「簡単な事だよ。また広介のバカがトオルにグダグダ言ったのさ。
よせばいいのにトオルも口答えしてね。シンバルが多いとかタムがウザイとか。見た目より中身だとかね。見た目なんて二人ともどっちもどっちだけど。
で、結果こうだよ。殺されなくてよかったね」
「止めたんだろ?」
「一応ね。まぁすぐ諦めたけど。得物もって暴れるバカに関わるほど自信過剰じゃないし」
ひろとはそう言うと手にしたギターのソフトケースを肩にかける。
「帰るのか?」
「もちろんだよ。こんな危険人物と一緒に居るなんて真っ平だよ。
よく考えたらあんあ場所で安物のアンプ使わなくとも自分の家にあるんだ。やる意味がないよ」
「そうか」
「えらいアッサリだね。まぁいいけど。ああ、トオルも辞めるって言って飛び出したよ。まぁ当然だろうけど。
君はどうするんだい」
「わかんねー」
「フン。まぁどうでもいいさ。僕は帰るよ。じゃあね」
「もちろんだよ。こんな危険人物と一緒に居るなんて真っ平だよ。
よく考えたらあんあ場所で安物のアンプ使わなくとも自分の家にあるんだ。やる意味がないよ」
「そうか」
「えらいアッサリだね。まぁいいけど。ああ、トオルも辞めるって言って飛び出したよ。まぁ当然だろうけど。
君はどうするんだい」
「わかんねー」
「フン。まぁどうでもいいさ。僕は帰るよ。じゃあね」
コツコツと規則正しく床を蹴る音が響く。
懐はそれを見送る事もせずに廊下に座り込んだまま。まぁいつもの事だ。またメンバーは集めればいい。これだけのマンモス校なら人材はいくらでもいるはずだ。
寝ていた広介がようやく目覚める。
頭は冷えたようだ。状況を説明すると残念そうに帰って行く。それがトオルを仕留め損ねた事に対してなのか、事実上の解散に対してかは知る由もないが。
懐はそれを見送る事もせずに廊下に座り込んだまま。まぁいつもの事だ。またメンバーは集めればいい。これだけのマンモス校なら人材はいくらでもいるはずだ。
寝ていた広介がようやく目覚める。
頭は冷えたようだ。状況を説明すると残念そうに帰って行く。それがトオルを仕留め損ねた事に対してなのか、事実上の解散に対してかは知る由もないが。
がらんとした小さな音楽室。実際は楽器の調律に使う為の小部屋だが、バンドの練習をするには十分だ。
メンバーは集めればいい。また。
がらんとした部屋には懐一人。意外と慣れている。いつもそうだったから。
紛らわす為に彼は人に話し掛けまくる。友達だけはたくさん居る。
”仲間”は、また居なくなった。
メンバーは集めればいい。また。
がらんとした部屋には懐一人。意外と慣れている。いつもそうだったから。
紛らわす為に彼は人に話し掛けまくる。友達だけはたくさん居る。
”仲間”は、また居なくなった。
懐は叫んでみた。思い切り。
誰にも聞かれる事の無いシャウト。どこまでも高く、どこまでも悲しげな。
誰にも聞かれる事の無いシャウト。どこまでも高く、どこまでも悲しげな。
※
図書館五階、イベントホール――
今はもう誰も居ない。日はとっくに落ちている。
この時間まで残っているのは仕事に追われた教員くらいだろうが、ここまではやって来ないだろう。
今はもう誰も居ない。日はとっくに落ちている。
この時間まで残っているのは仕事に追われた教員くらいだろうが、ここまではやって来ないだろう。
座席の一番後ろの席、そこの一番端っこの席に懐は座っていた。この場所に来た理由は簡単だった。ただステージを見ているのが好きだったからそこに居た。
「さっ……寂しくなんかないもんねっ……フン!」
少々派手に独り言を言ってみる。聞かれるはずはない。
が、世の中、油断大敵とはよく言った物だ。
が、世の中、油断大敵とはよく言った物だ。
「……いきなり何言ってんのアンタ……?」
いきなりの声。ホールの床はカーペットになっており、人の接近に気付かなかった。この時間帯にまさか人が居るなどとは想像もしなかった事も、油断を招いた一因。
そこには、衣装を抱えた京が驚いた顔で立っていた。
そこには、衣装を抱えた京が驚いた顔で立っていた。
「何しんみりしてんの?」
「御冗談を」
「いや、泣いてたでしょ」
「何の事かな?」
「いやいや、瞼、思いっ切り腫れてるよ?」
「……見ないで」
「御冗談を」
「いや、泣いてたでしょ」
「何の事かな?」
「いやいや、瞼、思いっ切り腫れてるよ?」
「……見ないで」
はいはいと生返事をして京は横の席にどかっと座った。抱えている大量の衣装はすべて演劇用だろうか。
自分の横の席に置こうとしたが、乗せ切れずに一部は床に落ちてしまった。
自分の横の席に置こうとしたが、乗せ切れずに一部は床に落ちてしまった。
「驚いちゃったなぁ~もう。まさかアンタに涙があったとは」
「人を何だと思ってんだ」
「あ~……。ただのお喋り」
「ひでぇな。まぁ実際そうだけど」
「何してるのここで?」
「何でもないですよ。そっちこそ何してんの?」
「そりゃ色々とね。裏方仕事もあるのさ」
「ふ~ん」
「人を何だと思ってんだ」
「あ~……。ただのお喋り」
「ひでぇな。まぁ実際そうだけど」
「何してるのここで?」
「何でもないですよ。そっちこそ何してんの?」
「そりゃ色々とね。裏方仕事もあるのさ」
「ふ~ん」
しばし沈黙。あのマシンガントークが炸裂しない事は相当な驚きだった。変な心配までしてしまう。
「……何あった訳?」
「何って?」
「何って?」
「いやいや……。アンタがしんみり泣くなんて驚き通り越して気色悪いってゆーかなんてゆーか……」
「さっきからひでぇな」
「そのくらい驚きなの」
「まぁいいけどさ」
「で、どうしたの」
「何でもないって。また解散」
「また? しょっちゅう解散してるみたいな言い草ね?」
「そ。しょっちゅうだよ」
「なんで?」
「なんで? 聞きたい訳?」
「うんうん」
「……ん~。ま、色々理由あったけど……。喧嘩したり意見合わないでクビにしたり逃げられたり。今回は喧嘩。上手い連中だったけどさ」
「それって泣くほどの事?」
「俺にはね」
「ふーん。で、また集めるの?」
「そりゃそうだよ。まぁうまく行かないけどさ。メタルなんて奇特な音楽やりたい奴なんてほとんど居ない」
「なんだ。自分が奇特だって自覚してたんだ」
「当たり前だろ」
「さっきからひでぇな」
「そのくらい驚きなの」
「まぁいいけどさ」
「で、どうしたの」
「何でもないって。また解散」
「また? しょっちゅう解散してるみたいな言い草ね?」
「そ。しょっちゅうだよ」
「なんで?」
「なんで? 聞きたい訳?」
「うんうん」
「……ん~。ま、色々理由あったけど……。喧嘩したり意見合わないでクビにしたり逃げられたり。今回は喧嘩。上手い連中だったけどさ」
「それって泣くほどの事?」
「俺にはね」
「ふーん。で、また集めるの?」
「そりゃそうだよ。まぁうまく行かないけどさ。メタルなんて奇特な音楽やりたい奴なんてほとんど居ない」
「なんだ。自分が奇特だって自覚してたんだ」
「当たり前だろ」
しばし沈黙。意外な事に自分を冷静に見てる懐に少し驚く。京にはいくつか聞いてみたい事も出て来た。
一つは奇特と分かっていながら、なぜやるのか。
もう一つ、普段の行動について。
一つは奇特と分かっていながら、なぜやるのか。
もう一つ、普段の行動について。
「……今日おとなしいね」
「さっきまで泣いてたんだぞ?」
「ああ、そっか」
「そうだ」
「あのさ、なんで音楽やるの? しかもそのヘビメタなんてさ」
「ヘビメタって言うな。それは蔑称だ」
「そうなの?」
「そうだよ。メタルと言いなさいメタルと」
「じゃあ、なんでそれやるの?」
「そりゃ好きだから」
「なんで?」
「そこまで聞きたいの?」
「うんうん」
「……まぁいいか。俺さ、元々ずっと音楽そのものは好きだったんだよ。中等部の頃まではそれなりに流行りモンの物聴いてたし、楽器だってやった。」
「それで?」
「たまたまテレビでさ、イギリスのバンドの世界ツアーのCMやってたんだよ。ホントたまたま。
そいつらが日本も回っていく事になってた。会場も近くだったし」
「うんうん。で? で?」
「最初笑ったけどね。ハゲたオッサンが何してんだって感じだった。逆に気になるくらい」
「さっきまで泣いてたんだぞ?」
「ああ、そっか」
「そうだ」
「あのさ、なんで音楽やるの? しかもそのヘビメタなんてさ」
「ヘビメタって言うな。それは蔑称だ」
「そうなの?」
「そうだよ。メタルと言いなさいメタルと」
「じゃあ、なんでそれやるの?」
「そりゃ好きだから」
「なんで?」
「そこまで聞きたいの?」
「うんうん」
「……まぁいいか。俺さ、元々ずっと音楽そのものは好きだったんだよ。中等部の頃まではそれなりに流行りモンの物聴いてたし、楽器だってやった。」
「それで?」
「たまたまテレビでさ、イギリスのバンドの世界ツアーのCMやってたんだよ。ホントたまたま。
そいつらが日本も回っていく事になってた。会場も近くだったし」
「うんうん。で? で?」
「最初笑ったけどね。ハゲたオッサンが何してんだって感じだった。逆に気になるくらい」
「で、チケット取ったんだ。結構簡単だったけど。
今考えりゃCM直後だったからわりと早めに取れたんだな」
「それで観にいったの?」
「うん。で、会場入って一発で後悔した。どこ見てもバンドのTシャツ着たオッサンばっかりでさ。女っ気なんてかけらもない。
その上、加齢臭と汗が混じったとんでもない臭い。ステージの上じゃ五十過ぎた白人のオッサンがピチピチのレザー着込んで立ってる。有り得ねぇと思ったよ」
「と……とりあえず凄そうね……」
「全くだよな。あのオッサン連中も参ってたと思うよ。だってくせぇもん。
でもさ、そこまでして観たいもんなのかとも思ったんだ。
で、その理由はステージのオッサンが歌い始めたらすぐ解った」
「どうだったの?」
「……凄かったんだ。
五十過ぎたオッサンがだよ? 前屈みになって全力で歌ってた。聞いた事ない程のハイトーンでさ。しかも音も外さない。そのまま死ぬんじゃないかってくらいの歌い方」
「……それで?」
「引き込まれた。歌だけじゃない。演奏もハンパじゃない。
あんなのテレビに出てるような連中じゃ絶対できないって思った。
あとはズブズブとメタルの毒が回って、今の有様って訳」
「かっこよかったんだ」
「とりあえず後で知ったらメタル界隈じゃ知らない奴居ないって程のオッサンだった。おまけにゲイだった……」
「そうなんだ。(……ゲイ!?)」
「まぁ馴れ初めはそんなとこ」
「馴れ初めって、恋人かいな」
「似たようなもんだよ」
「ふーん……」
今考えりゃCM直後だったからわりと早めに取れたんだな」
「それで観にいったの?」
「うん。で、会場入って一発で後悔した。どこ見てもバンドのTシャツ着たオッサンばっかりでさ。女っ気なんてかけらもない。
その上、加齢臭と汗が混じったとんでもない臭い。ステージの上じゃ五十過ぎた白人のオッサンがピチピチのレザー着込んで立ってる。有り得ねぇと思ったよ」
「と……とりあえず凄そうね……」
「全くだよな。あのオッサン連中も参ってたと思うよ。だってくせぇもん。
でもさ、そこまでして観たいもんなのかとも思ったんだ。
で、その理由はステージのオッサンが歌い始めたらすぐ解った」
「どうだったの?」
「……凄かったんだ。
五十過ぎたオッサンがだよ? 前屈みになって全力で歌ってた。聞いた事ない程のハイトーンでさ。しかも音も外さない。そのまま死ぬんじゃないかってくらいの歌い方」
「……それで?」
「引き込まれた。歌だけじゃない。演奏もハンパじゃない。
あんなのテレビに出てるような連中じゃ絶対できないって思った。
あとはズブズブとメタルの毒が回って、今の有様って訳」
「かっこよかったんだ」
「とりあえず後で知ったらメタル界隈じゃ知らない奴居ないって程のオッサンだった。おまけにゲイだった……」
「そうなんだ。(……ゲイ!?)」
「まぁ馴れ初めはそんなとこ」
「馴れ初めって、恋人かいな」
「似たようなもんだよ」
「ふーん……」
つまりは、懐はヘヴィメタルに「恋」をしている。
そのためにメンバーを集め、少しでもそれに触れたい。 そしてメンバーが離散する事はつまり、恋人と別れたようなもの。
京にも少しだけ理解出来るかもしれない。自分がやりたい事に、命を燃やしている者として。
そのためにメンバーを集め、少しでもそれに触れたい。 そしてメンバーが離散する事はつまり、恋人と別れたようなもの。
京にも少しだけ理解出来るかもしれない。自分がやりたい事に、命を燃やしている者として。
「それで寂しくて泣いてたんだ」
「泣いてないです」
「泣いてないです」
「ウソつけ」
「ウソじゃないもん」
「あはは。はいはい」
「ウソじゃないもん」
「あはは。はいはい」
懐の腫れぼったい瞼にはなんの説得力も無い。ともあれ少しは元気になったかもしれない。
「あー……。喋って気が紛れるなんて女か俺は」
「いつも喋りまくってんじゃん」
「そうだな。基本淋しがり屋だし」
「ははは。それこそウソでしょ」
「これはマジ」
「アンタがマジな事言うなんて信じらんない」
「俺はいつだって大まじめですぅ~」
「ウソつけ!」
「いつも喋りまくってんじゃん」
「そうだな。基本淋しがり屋だし」
「ははは。それこそウソでしょ」
「これはマジ」
「アンタがマジな事言うなんて信じらんない」
「俺はいつだって大まじめですぅ~」
「ウソつけ!」
減らず口が戻って来たようだ。それにはいつもの威力こそ無かったが。
京がとりあえず聞きたい事は一つ聞けた。
あとはもう一つ。
なぜここに居るのか。なぜ、いつもホールに来ているのか。
そこまで聞きたいのか? これが懐の解答。
うん。と京は答える。
しばらく考えた後、まぁいいかと言って、懐はホールのステージを眺める。そして、語りはじめた。
青臭いガキの理想を。
京がとりあえず聞きたい事は一つ聞けた。
あとはもう一つ。
なぜここに居るのか。なぜ、いつもホールに来ているのか。
そこまで聞きたいのか? これが懐の解答。
うん。と京は答える。
しばらく考えた後、まぁいいかと言って、懐はホールのステージを眺める。そして、語りはじめた。
青臭いガキの理想を。