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あーちゃんのクリスマス

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あーちゃんのクリスマス




「あかねちゃんの分からず屋さん!!」

 ハスキー犬の目をして久遠荵は演劇部の部室から出ていった。扉も閉めずにばたばたと上靴を喧しく鳴らす音を
部室に取り残された黒咲あかねは口を結んで、塞ぎたい耳でそれを聞いていた。

 些細なことだった。本当につまらない原因なので、口にするのも憚れる。すったもんだのすれ違いで荵を激昂させて
しまったあかねに残された扉は今だに開かぬ。クリスマス前日なのに、浮かれ気分の町並みに溶け込むことさえ
許してもらえないなんて、せめて雪でも降って、後に冷たいみぞれにでも変わってしまえ。みんなこの日のために買ったばかりの
ブーツをどろどろに汚し、買ったばかりのコートもびしょびしょに濡らしててしまえ。

 「……」

 一人きりになったあかねは荵のことを考えるのを何度もやめようと試みた。
 雑誌をめくったり、風に当たったり、全ての行動を荵を忘れるための労力に費やしたつもりだった。無駄とも知らずに。
 考え疲れたあかねはため息混じりでそっと部室から去った。子犬のいない部屋にいるのはつらすぎるから。

 家には真っすぐ帰った。どうせ寄り道しても、蔓延るもやは消えないし、はしゃいだ町には溶け込めないし。
いやみなぐらいに真っ青な空を嫌いになりたくないからと、あかねは自分の部屋に閉じこもった。

 明るい時間に家にいると時間が過ぎるのは驚くほど遅いことを思い知らされる。
 とにかく落ち着かない。暇つぶしになにかと部屋の中を見渡す。話し相手になってくれるぬいぐるみ。季節の節目を
楽しませてくれるクローゼットの中身たち、そして色とりどりの本棚。おなじ背表紙がずらりと並ぶ、暑い季節には暖色、寒い季節には
雪のような色。途中で途絶えた年号を見るとあかねは『あーちゃん』という子を思い出した。

 黒咲あかねは昔『あーちゃん』だった。現のようで幻にも似た世界に住む、そんな掴み所のない子だった。
 とあるティーン向けのファッション誌にて、毎月華やかな誌面に囲まれ、一際目立ついわゆる『読者モデル』。彼女はあーちゃんだ。

 年末差し迫った頃、誌面はクリスマス一色で赤と緑で染められていた。そして、雑誌からの質問……
 『読モに聞いた、クリスマスプレゼントで欲しいもの』。あーちゃんは迷わず答えた。

 「たくさん本が欲しいです」

 ほんのちょっと前なのに、ほんの数年前なのに、そんな答えを返した自分が恥ずかしいと、あかねはとっくに廃れた
流行りものばかりのファッション誌を眺めていた。可愛らしい制服を着こなす姿も自分でないように見えてきた。

 「クリスマスプレゼント……」

 呪文のように呟いて、自分の部屋を仰ぎ見る。ごくごく普通な女子高生の部屋だし、差し障って目立つものはない。
 かつて自分が飾ったファッション誌を眺めていると、今日の部室と同じのように思えてきた。居場所がないって、怖いし。

 忘れ去ろうとしていた自分を拭おうとしたって、それは犬が星を守るようなこと。どうしてこんなこと考えてたのだろうと後悔しても、
きっと誰かが覚えてくれる。例え、善意でも悪意でも。

 「そうだ。読もう」

 すっくと立ち上がったあかねは思考が追い付く隙もなくクローゼットを開けていた。
 洋服で埋め尽くされた中身から光が差してくる気がしてきた。

 一路、本屋へ。自分へのプレゼントを買いに。たくさん本を買いに行くんだ。誰かから貰うだけのクリスマスはもうおしまい。
人の好意に乗っかってばかりなど傍ら痛い。誰かに幸せを捧げた分だけ幸せが戻る。例え、それが自分に向けてだとしても。
 シックなコートに身を包み、短いスカートから伸びる黒タイツと履きこなしたブーツで町を蹴る。
 体の中がいつの間にか外気の温度と反比例して、荵のことを忘れかけたとき、神はじつにかまってちゃんなんだと思い知らされた。

 通りがかりの公園で、大きめの段ボールの中で体育座りをしている荵を発見したのだ。それだけでなく、段ボールに手綱が繋がり、
その先には……二、三匹の犬。犬たちはのほほんと尻尾を振っていた。それに対し荵は段ボールを揺らしながら何かを叫んでいたが、
あかねには内容が大体の想像がついていた。荵のことを理解していいのはあかねだけだし、なんていう自意識もまかり通る。

 「わおー!走れ!走れ!犬ぞり走れ!」

 あかねが荵の背後に立ったとき、想像が確信に変わった。

 「あっ!あかねちゃん」
 「……」
 「クリスマスだから犬ぞり作ってみたんだよ。でも、走ってくれない!」

 雪も振らず、氷河も流れぬ公園にて荵の思いが伝わらず、仏頂面で犬たちは構えていたことにあかねはなんだか可笑しくなってきた。
 月が笑えば太陽が沈む。荵はスカートの裾を握りながら落ち込んだ顔をあかねに見せないようにした。

 「あかねちゃん、ごめんね。なんかあの時、わたしチワワの足跡よりもちっちゃかったし、
  ミニチュアダックスの歩幅よりも狭かったなーって、思うんだよね。ホント、ごめんなさい!」
 「……ごめん」

 口数少ないあかねは荵の顔を見たくなかった。小さな荵は立ち上がるとぴょんと段ボールから跳びはねて出た。

 「……」

 ふと、うろうろと場をごまかす犬たちに促されるように、あかねは段ボールへと荵と立ち代わって乗り込み、
体育座りで手綱を引いた。そんなあかねに荵は尻尾を丸めて静かに耳を立てていた。

 「え、えっと……。わんわんおー!」

 あかねが吠えた。
 師走の空に突き抜ける叫び。
 それでも犬ぞりは進まないけど、それでいい。
 だってあかねは『わんわんおー』。

 荵はあかねの目がレトリバーのように見えてきた。

 「久遠っ、行くよ!」
 「どこに!?」
 「プレゼント渡しにっ!誰かが待ってる!」

 今夜はクリスマスがやって来る。そりが走ってても可笑しくなかろう。
 荵は真剣なあかねの顔をにっと白い八重歯を見せながら覗き込み、それに応じたあかねは頬を赤らめた。
 自分の中ではそりは飛んでいるつもり。町中の明かりが朧月夜と見紛うぐらいの明るさで飾られて、贅沢に空から眺めているつもり。

 「じゃあ、誰の家から廻る?あかねちゃん」

 手綱を緩めたあかねは荵に見られないように顔を伏せて答えた。

 「自分っ」




     おしまい。





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