バカとコーヒーとおツンデレ
「先輩!コーヒー飲みますか?熱々な舌の焼けるようなドリップコーヒーですよ!」
「どうみてもただのカップ自販機のヤツだけどな」
「今なら閑花ちゃんがふーふーしてあげちゃいます」
「そんなことされるぐらいならミルク入れるから」
「ならば閑花ちゃんが特製ミルクを入れてあげましょう!」
「それに、さっき飲んだばかりだから」
「報われないコーヒーの為にわたしが頂きましょう。先輩、ミルクを下さい!」
「どうみてもただのカップ自販機のヤツだけどな」
「今なら閑花ちゃんがふーふーしてあげちゃいます」
「そんなことされるぐらいならミルク入れるから」
「ならば閑花ちゃんが特製ミルクを入れてあげましょう!」
「それに、さっき飲んだばかりだから」
「報われないコーヒーの為にわたしが頂きましょう。先輩、ミルクを下さい!」
『先輩』こと先崎俊輔が口を真一文字に結んで、そそくさとその場を去ることは初めてではなかった。
たった一杯のコーヒーを健全なる少年ならば赤面を禁じ得ない『後輩』こと後鬼閑花の一言でなきものにするのは実に惜しい。
後ろ指刺されて慰み者として切り捨てられるよりかはマシかと先崎は校舎の中へと消えた。
たった一杯のコーヒーを健全なる少年ならば赤面を禁じ得ない『後輩』こと後鬼閑花の一言でなきものにするのは実に惜しい。
後ろ指刺されて慰み者として切り捨てられるよりかはマシかと先崎は校舎の中へと消えた。
「わたしは今、このコーヒーのようにほろ苦い思いをしました。また、ひとつオトナに近付けたのでしょうか」
温かいコーヒーカップで手は温もるのに、何故か胸にすき間風が走る。ため息の数だけ幸せが逃げる。
でも、逃げるのは幸せだけ。先輩が逃げるんじゃないから、わたし大丈夫と、閑花はため息を躊躇うことなく、はぁ……とついた。
でも、逃げるのは幸せだけ。先輩が逃げるんじゃないから、わたし大丈夫と、閑花はため息を躊躇うことなく、はぁ……とついた。
「あはははは!」
笑われた。
何が悔しいかって、よりによって黒鉄懐と久遠荵だ。ライオンと子犬だ。乙女の夢破れ、指差されて笑われる子になってしまった
哀れな哀れな後鬼閑花。街がそわそわと肩を揺らしだすクリスマス近い冬の昼下がりだった。
何が悔しいかって、よりによって黒鉄懐と久遠荵だ。ライオンと子犬だ。乙女の夢破れ、指差されて笑われる子になってしまった
哀れな哀れな後鬼閑花。街がそわそわと肩を揺らしだすクリスマス近い冬の昼下がりだった。
「ってか、黒鉄先輩。カッターだけで寒くないんですか?」
「暑いぜ!見ろ、後輩!この黄金比率!」
「暑いぜ!見ろ、後輩!この黄金比率!」
見ているだけでもこちらが凍えそうな薄着姿の懐はボタンを撒き散らしてカッターシャツを脱いだ。路上で行えば即通報だが、
残念ながらここは学園内。むしろ約一名による喝采の声が懐の背後から聞こえてくる。
残念ながらここは学園内。むしろ約一名による喝采の声が懐の背後から聞こえてくる。
「きゃー!どーべるまん!」
「はは!ネギは相変わらずだな!」
「はは!ネギは相変わらずだな!」
花道のファッションモデルよろしくターンを決め、彫刻のような胸筋と隆々とした上腕筋を荵にこれでもかと見せつけた。
玄界灘よりも広く荒々しい懐の背中を見上げながら、閑花は眉を吊り上げて声を絞り出した。
玄界灘よりも広く荒々しい懐の背中を見上げながら、閑花は眉を吊り上げて声を絞り出した。
「やせ我慢して風邪ひいてもわたしにうつさないでくださいね!久遠さんにうつして下さい!」
「OK!!でも、おれが風邪をひいたらバカじゃなくなるな!」
「わんわん!犬風邪はお断りです!」
「OK!!でも、おれが風邪をひいたらバカじゃなくなるな!」
「わんわん!犬風邪はお断りです!」
これ以上、懐と絡むことは身を切る思いしかしない。冷たい風に晒されるよりも痛い思いなどお断りだ。
少し冷えかけたコーヒーで温まろうと、静かに口を付けた閑花は背中をネコのように丸めた。
少し冷えかけたコーヒーで温まろうと、静かに口を付けた閑花は背中をネコのように丸めた。
「ちょっと寒くなったな。後鬼、そのコーヒーをくれないか?」と、再びターンを決めた懐の臑に閑花の上靴が突き刺さった。
嬉しそうに痛みを堪える懐を一族の恥かの如く、木の陰から覗いている金髪少女に子犬が吠えた。
番犬としては難ありだが、連れているだけで人を呼ぶ。
嬉しそうに痛みを堪える懐を一族の恥かの如く、木の陰から覗いている金髪少女に子犬が吠えた。
番犬としては難ありだが、連れているだけで人を呼ぶ。
「あ!黒鉄先輩!おツンデレだ!」
一度は姿を引っ込めたもの、ものの数秒で再びオコジョっぽく顔を見せ、ウサギのように荵へと駆け寄ってきた。
何か包みを携えているが、武器のようなものではなし。かと思いきや、荵を摺り抜けた金髪少女は金髪野郎の背中目掛けてハイジャンプ!
金髪野郎は野生の本能に目覚め、我が身を半回転させたのち、小さな金髪少女を片腕で受け止めた。
何か包みを携えているが、武器のようなものではなし。かと思いきや、荵を摺り抜けた金髪少女は金髪野郎の背中目掛けてハイジャンプ!
金髪野郎は野生の本能に目覚め、我が身を半回転させたのち、小さな金髪少女を片腕で受け止めた。
「マイ・シスター。修業が足らぬ」
「うざっ……」
「聞いてるか?何故か俺には力が沸いてこない。何故か俺にはふつふつと漲る大地のパワーが……、
残量の表示がエンプティを示しているんだ。エマンジェーシーだぜ!亜子よ、妹よ!俺に力を分けてくれ!」
「うざっ……」
「聞いてるか?何故か俺には力が沸いてこない。何故か俺にはふつふつと漲る大地のパワーが……、
残量の表示がエンプティを示しているんだ。エマンジェーシーだぜ!亜子よ、妹よ!俺に力を分けてくれ!」
亜子と呼ばれた金髪少女は自らの脚力を利用して、懐の腹筋に足を突き刺して鋼の腕(かいな)からの生還を果たし、
片手に持っていた包みをダンクシュートよろしく投げつけた。ザッツ、それはお弁当箱。
片手に持っていた包みをダンクシュートよろしく投げつけた。ザッツ、それはお弁当箱。
「お弁当いらないよね!?わたし、食べちゃうから」
「きゃー!おツンデレ!」
「きゃー!おツンデレ!」
兄の忘れ物を届けた金髪少女は吠える子犬を無視するのに必死だった。一方、一部始終を目の当たりにした後鬼閑花はごくりと
喉を鳴らし、コーヒーを飲み干した紙コップを握り潰した。
喉を鳴らし、コーヒーを飲み干した紙コップを握り潰した。
「ネギ!大地の恵も手に入れたし、残り二ヶ月だし、ラストスパートかけるぜ!」
「わおー!」
「わおー!」
ライオンと子犬。そんな比喩さえちっぽけに見える二人、上半身裸の懐と尻尾さえ見えてきそうな荵は校舎の奥に消えた。
「ったく、バカ兄貴」
ケダモノを見るような目で実兄の背中を見ていた亜子に興味を示したのは閑花だった。お互いミクロ系女子だし、妹系だし……、
はたから見れば似た者同士ながらも静と動、光と陰、月と太陽のような二人だからこそ閑花は亜子のキャラをつまみ食いしたくなったのだ。
はたから見れば似た者同士ながらも静と動、光と陰、月と太陽のような二人だからこそ閑花は亜子のキャラをつまみ食いしたくなったのだ。
放課後、閑花は学園のパソコンルームにいた。あまたに広がる情報の波、そして飲み込まれるほどの渦。IT社会の恩恵を受けて
閑花はアンサンブルを奏でる小学生のようにキーボードを叩く。静けさとキーの音が一定のテンポで繰り返されていた。
画面にはとあるポータルサイトのトップページ。ここさえ来れば何でも知った気になれるという都市伝説。ならば、それを
使いこなしてあげましょうと目に焔(ほむら)立てながら閑花は調べ物に身をやつしていた。
閑花はアンサンブルを奏でる小学生のようにキーボードを叩く。静けさとキーの音が一定のテンポで繰り返されていた。
画面にはとあるポータルサイトのトップページ。ここさえ来れば何でも知った気になれるという都市伝説。ならば、それを
使いこなしてあげましょうと目に焔(ほむら)立てながら閑花は調べ物に身をやつしていた。
「なるほどー。ツンデレは愛情の裏返しね」
基本的情報を手に入れさえすればよい。閑花はにまにまと先輩との甘い時間の妄想に浸りながらネットの海を彷徨っていた。
別の日の放課後。
「先輩!」「先輩!」「先輩!」と何度も口の中で「先輩!」と繰り返しつつ、片手にリボンの付いた小箱を持って
先輩の教室を目指す閑花の姿があった。一直線の目が閑花を凜と際立たせ、吹きすさぶ嵐の前兆に似た静寂を呼んでいた。
手にしているのはこの界隈ご用達の喫茶店・茶々森堂謹製のちょっとした贈り物。白いレースのささやかな気遣いが品格を上げる。
先輩の教室を目指す閑花の姿があった。一直線の目が閑花を凜と際立たせ、吹きすさぶ嵐の前兆に似た静寂を呼んでいた。
手にしているのはこの界隈ご用達の喫茶店・茶々森堂謹製のちょっとした贈り物。白いレースのささやかな気遣いが品格を上げる。
あの教室の前を通るまでは……。
「お、お兄ちゃんの為じゃないからね!」
「くくく……。おれの邪気眼にはお前のこざかしい邪意が読み取れるわ!」
「ほ、ほら!いやなら受け取らなくていいんだし!」
「うっ!くくく……、くそっ!おれの右手が!右手が疼く!鎮まれ!右手!受け取るな!」
「くくく……。おれの邪気眼にはお前のこざかしい邪意が読み取れるわ!」
「ほ、ほら!いやなら受け取らなくていいんだし!」
「うっ!くくく……、くそっ!おれの右手が!右手が疼く!鎮まれ!右手!受け取るな!」
金髪野郎と子犬が午後の日差し込む教室で、芝居がかったやり取りをしているのを目撃した閑花の足は立ち尽くすしかなかった。
金髪野郎・懐の右手にはリボンの付いた紙袋がすっぽりと収まり、仰々しい台詞を並べながら断崖が崩れるようにひざまづいた。
金髪野郎・懐の右手にはリボンの付いた紙袋がすっぽりと収まり、仰々しい台詞を並べながら断崖が崩れるようにひざまづいた。
「……ふっ。どうだ?おれのヘンゼル」
「台本を越えたね!」
「台本を越えたね!」
話の節々を聞いていると、どうやら『ヘンゼルとグレーテル』の一場面を演じているらしい。ヘンゼルも厨二全開、グレーテルも
ツンツンしてるしデレてるし、あまりにも思い切った演出だった。その中で、お菓子の家の場面だというのは何となく閑花は理解した。
しかし、懐の持つ小箱だ。いくら聞いても「あと二ヶ月だからな!」と相手にしない。
ツンツンしてるしデレてるし、あまりにも思い切った演出だった。その中で、お菓子の家の場面だというのは何となく閑花は理解した。
しかし、懐の持つ小箱だ。いくら聞いても「あと二ヶ月だからな!」と相手にしない。
「ぐ、ぐ、ぐああああ!!受け取ってしまった!魑魅魍魎なる魔族が支配する、忌まわしきパンドラの箱がおれの手をおぉ!」
「お兄ちゃん、ばーかばーか!あーあ、お兄ちゃんのお陰でのど渇いちゃったから……べ、別に奢ってねってわけじゃないから!」
「やめろ!!神の憤りと裁きをネメシスから受ける身に堕ちてしまったのか!」
「お兄ちゃん、ばーかばーか!あーあ、お兄ちゃんのお陰でのど渇いちゃったから……べ、別に奢ってねってわけじゃないから!」
「やめろ!!神の憤りと裁きをネメシスから受ける身に堕ちてしまったのか!」
大柄な黒鉄懐のスイングで小箱は宙を舞って、一直線に弾丸となる。そして閑花の持った小箱へとジャストにミート。
腕の良いライフルの撃ち手さえも諸手を挙げるほどの出来事に閑花は固まった。目は月のように丸く、閑花の髪のように黒々と。
腕の良いライフルの撃ち手さえも諸手を挙げるほどの出来事に閑花は固まった。目は月のように丸く、閑花の髪のように黒々と。
(こんなバカに時間を取られている暇はないんだ!早く先輩の元へ!)
閑花は廊下に転がった小箱を拾い上げ、そそくさとその場を去っていき、入れ替わりに懐が小箱を拾いに慌てふためいてやって来た。
「わうー!黒鉄先輩!やりすぎ!!」
「ネギ、ちょっと待ってくれ。おれの小箱はどこに行ったんだ?」
「もう!わたしが茶々森堂さんに特別製でお願いした……先輩のばかっ」
「ネギ、ちょっと待ってくれ。おれの小箱はどこに行ったんだ?」
「もう!わたしが茶々森堂さんに特別製でお願いした……先輩のばかっ」
廊下には閑花が持っていた小箱が転がっていた。
白いレースが薄汚れていた。
白いレースが薄汚れていた。
閑花はついに先輩こと、先崎俊輔を発見した。猪突猛進、閑花の足は思考よりも速かった。両足揃えて先輩との鼻の先前で止まり、
眉を吊り上げる表情を作る。膨れっ面の味付けも閑花のおかっぱヘアーにお誂え。満を持した閑花の開口一番が先輩につかみ掛かった。
眉を吊り上げる表情を作る。膨れっ面の味付けも閑花のおかっぱヘアーにお誂え。満を持した閑花の開口一番が先輩につかみ掛かった。
「せ、先輩のために持ってきたんじゃないですからね!」
「じゃあ来るなよ」
「ほ、ほら!クリスマスプレゼントじゃないんだから、勘違いしないで下さいね!」
「じゃあ来るなよ」
「ほ、ほら!クリスマスプレゼントじゃないんだから、勘違いしないで下さいね!」
渡したリボンの付いた小箱を閑花から受け取った先輩は中身を見て膝を打った。
「ああ。そうだな。それにしても気がはえーよ」と。
紙袋の中には『セント・バレンタインデー』と書かれた肉球チョコが入っていたのだから。
#
後日。
荵は懐から一通の手紙を受け取った。極太のマジックで書かれたロケンロールな息遣い感じる文字だった。
内容はこの間の件、荵はコーヒー片手、口にして手紙を読んだ。
内容はこの間の件、荵はコーヒー片手、口にして手紙を読んだ。
『葱へ。バレンタインデーの公演まで近付いてきました。今回も客演させて頂くことになりまして感謝しております。
さて、今回の公演で使用致します小道具の「グレーテルからヘンゼルへのバレンタイン・チョコ」ですが、なんとか
手前が交渉した末に茶々森堂さんの理解を得て作って頂けることになりまして、ほっと胸を撫で下ろしています。
では、二月の公演、いっしょに頑張りましょう。
さて、今回の公演で使用致します小道具の「グレーテルからヘンゼルへのバレンタイン・チョコ」ですが、なんとか
手前が交渉した末に茶々森堂さんの理解を得て作って頂けることになりまして、ほっと胸を撫で下ろしています。
では、二月の公演、いっしょに頑張りましょう。
師走の月に於いて。久遠葱へ。
黒鉄壊 』
おしまい。
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