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仁科学ライオン【Witch & Littlelion】

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仁科学ライオン【Witch & Littlelion】




 その日の事を思い出していた。
 霧崎は読んでいた本を閉じて、誰も座っていない机の席を見た。













「なんだ貴様は騒がしい。今すぐ口を紡ぐか部屋から出るか、さもなくば死ね」
「うわひっで。このお姉ちゃんひっで。年端も行かぬ少年になんて事言うの」
「貴様は人の神経を逆なでする事にかけては天才なのは理解した」

 霧崎は自分より頭一つ小さな中等部の少年が目障りで仕方なかった。幼さを残した顏で、図書室は静かにすべし、そんな常識クソ喰らえとばかりに机に乗ってぎゃんぎゃんうるさい子供相手にイラついていた。
 その金髪の髪にも無性に腹が立った。
 まだ子供だろうが。

「お姉ちゃん何読んでんの?」
「貴様には関係ないだろう」
「えーいいじゃん」
「だいたい先輩相手にタメ口とはいかんともしがたい。武力による解決も辞さない」
「なんだとー。やるならやってや……ああごめんなさいアイアンクローはやめて痛いです」

 思いっきり爪を立ててこめかみに指を食い込ませた。
 暴力に頼るなんて事は好まなかったし、腕力は至って普通程度の霧崎だ。本気で喧嘩になれば相手が中等部であろうとも相手は男で勝ち目はないが、この少年相手ならなんとなく多少は許されそうな気がした。
 初めて見る顏だったが、なんとなくそう思った。
 今の所、第一印象から評価は最低ランクを某白衣男と競っている状態だ。

「痛いよ! 痛いよ!」
「騒ぐな童っぱよ。ここをどこと心得るか」
「……!」
「畏れ多くも静謐たるべき図書館で喚く愚行を見逃す私ではないのだぞ」
「……! ……!」
「なんで血管ぴくつかせて耐えている」
「だって騒ぐなって言うから……」
「はー……」

 ぱっと手を離すと、額に爪の跡が合って、薄く皮がめくれていた。もう少しで出血したかもしれない。やり過ぎた、とその場で反省はしたが、肝心の相手を見てすぐにまぁいいか、と思ってしまった。
 けれど、一応は。

「大丈夫か?」
「痛い」
「すまないやり過ぎた」
「いいのです妹のほうが怖いから」
「ん?」
「なんでもないです」

 よほど我慢していたのか、顔面を紅潮させて息を荒くしていた。
 霧崎は手に取っていた本を机に置いて、少年にもちゃんと椅子に座るように指示した。意外にもおとなしく従ったので、拍子抜けした。

「なんなのだお前は。本を読むような顔にもみえない。名を名乗れ」
「はい。中等部三年の黒鉄懐です。騒いだのは誤りますだから先生には言わないでこれ以上ヘイトを重ねたらヤバいの」
「普段の素行が悪そうなのは見て取れる」
「お姉ちゃん怖い」
「いきなり中々の暴言を吐くものだ」
「だって隅っこで近寄りがたいオーラ出してるし。魔女みたい。近寄ったら喰われそう」
「ふむ。多少なりとも今の発言は腹が立つ」
「綺麗な顔して損でっせ。もっとこうフランクな感じで」
「それは性に合わんな。まぁいくらか機嫌は良くなったが」
「なんで?」
「褒められて気分が悪い訳がない」
「あら綺麗と言われて機嫌が良くなるとはちょろい……すみません冗談ですハードカバーでぐりぐりしないで」
「お前は扱い辛いな」
「よく言われます」
「自覚していたか」
「改善する気もないけど」
「これは素晴らしく性質が悪い」
「てへへ」
「褒めていないぞ」


 霧崎はまた本を開いた。
 目を落とし、文字を追った。

「あ、そうだ」

 少年が両手を差し出した。

「なんだ?」
「今日は何の日?」
「ああ言いたい事は分かった」
「よし来た話が早い。チョコおくれ」
「うぬぼれるな。お前にはまだ早いしくれてやる義理もない」
「義理じゃなくてもいいよー。余り物でも」
「うん。余ってもあげたくない」
「えっ、ひでぇ」
「欲しいのなら私が義理でもいいからあげてもよい、と思える人物になる事だな」
「うん頑張る」
「お前、今なにも考えずに頑張るとか言っただろう」
「口に思考が追いつかないの」
「それはバカと呼ばれる人種だな」
「お姉ちゃんお名前は?」
「なぜ聞く?」
「だめ?」
「構わんがなんとなく言いたくない気がする」
「なにそれ」

 先ほどまで読んでいた文章の続きを見つけ、行の頭からもう一度読み直した。
 そのまま、頭一つ小さな少年に名乗った。

「霧崎だ。お前は黒鉄だったか」
「はいそうです」
「静かに本が読みたい。用がないならもう帰れ」
「そうします」
「じゃ、さようなら少年よ」
「さようなら霧崎様」
「様はどこから出てきたんだ、おい」

 またハードカバーで頭頂部をぐりぐりしてやった。










 本を机に置いた。
 誰も座っていない席の前に立って、思い出していた。
 二年も前だ。

「あの時から様を付けていたな」

 ふふ、と小さく笑って、あの時の自分より頭一つ小さな、幼い顔の少年を思い出した。

「世の中不思議だな。あの時の残念な子供がそのまま大きくなってもっと残念になった」
「えっ酷い」
「当たり前だバレンタインの義理チョコの余りを回収して回るバカなんて残念以外の何者でもない。せめて義理でもいいから普通に貰えばいい物を」
「普通に貰いますぅ~。でも余り物でもありがたく貰うもったいない精神を持っているだけですぅ~」
「やっぱり残念だ」

 そういって、机に腰かけた。
 椅子を引くのが面倒だった。
 普通に座るより座高が高くなる。あの時は自分より頭一つ小さかった少年は、今は自分より頭一つ大きい。机に座って目線の位置を高くしても、まだ少し届かなかった。
 目立つ金髪はそのままに、本当に中身は同じでそのまま大きくなったような印象だ。
 手にしたゴミ袋には市販のチョコが入っていて、義理以下の余り物が溢れていた。

「霧崎様ったら余り物すらないんだもの。俺の胃袋にはまだ若干の余裕がありますよ?」
「知った事か。余りが出るような計画性の無い人間に見えるか?」
「んー。全く」
「だろう?」
「そもそも面倒でだいたい用意しないしな」
「えっなにそれ」
「私がチョコ配って回るような人間に見えるか?」
「全く見えません」
「だろう」

 脚を組んで、少し前かがみになって、ゴミ袋を持って立つ黒鉄懐のがっかりした表情を見た。

「本当に不思議なモノだな。どうすればそんなにデカくなる? 昔はあんなに小さかったのに」
「ご飯いっぱい食べた」
「まぁそうだろうな。落ちてる物も食べそうだ」
「さすがにそれは……」
「冗談だよ。それよりもう下校の時間だ。さっさと帰れ」
「えー」
「いいから帰れ。もう図書館の鍵を閉めないと」
「ちぇっ」

 懐がゴミ袋の口を閉じて、丁寧に縛っている。それを肩に担いだが、これでは見た目はチョコ泥棒だ。
 はー、とため息をついて、ポケットからチ○ルチョコのきな粉を一個取り出して頬張った。
 部屋を出ていく懐に続いて、霧崎も部屋を出て、明かりを消すと鍵を閉めた。

「じゃーお先しますー」
「うむ」
「まだ寒いなー」
「私は鍵を返しに暖かい暖房のある職員室に行かねばならん。お前は寄り道せずに帰るように。先輩からの忠告だ」
「わかりりました霧崎様」
「様はやめろとあれほど」

 少し睨むと、懐は明らかに怯えて、逃げるように距離を取った。

「もー冗談だし―! だいたいずっと前から言ってるんだから慣れてよー!」
「ずっと前からやめろと言ってるだろ」

 歩を進めて、懐の前に立った。
 両腕を組んで、睨みつけた。

「なんですか……」
「お前はほんとに変わらないな。いや、第一印象が最悪だったのがよくここまで持ち直したというべきか……」
「てへへ」
「褒めていない」
「はい」
「あ、そうだ」
「なんです」
「これ」

 霧崎は鞄から小さな包みを取り出した。
 赤いチェック柄の包みに、リボンが付いた小さな箱。チョコの包みに見えた。

「え? くれんの?」
「そうだ」
「あ、ありがとうございます……」
「なにかしこまっているんだ」
「だってなんかくれるとは予想だにしていなかったというかなんというか」
「私は義理は果たすんだ」
「やっぱ義理なのね」
「当たり前だ。さぁそれ持ってさっさと帰れ」
「はい。じゃ、さようなら霧崎様」
「さようなら。……って様はやめろ」

 その場で別れて、廊下を反対の方向へと歩いて行った。
 少し振り返って見てみると、懐は先ほどの包みを持っていたゴミ袋ではなく鞄に入れていた。
 ふふ、と笑って、霧崎は職員室へと向かっていった。
 ちなみに渡した包みの中は、バレンタインチョコの形をしたレンガ、である。

「お前にはまだ早い、かな?」







【Witch & Littlelion】







おわり。





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