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先輩、山で!海で!里で!

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先輩、山で!海で!里で!




「先輩、夏休みの予定を立てましょい!」
「しょい!?」

 一日を一年に置き換えるとすると昼休みは夏休みになるんじゃないかな?などと死ぬほどどうでもいいことを
薄らぼんやり考えていると、いつもの後輩が上級生を蹴散らす勢いで飛んできた。

「……ちょっと舌が回りすぎましたね。然るべき時のためにとディープな練習をしすぎたせいでしょうか」
「俺に近寄らないでくれるかな」

 そういう方向にオープンな女子って好みじゃない俺。

「もう補習すべきおバカさんたちの炙り出しも終わった七月半ばですよ! サマーヴェイケイションをとことん
楽しむためには綿密な計画を立てなくちゃ嘘です!」

 「…補習……」「……おバカさん……」「……サマーバケー……ヴェイケイション……」 流れ弾を食らって
ダメージを受ける補習者たちには一瞥もくれてやらず、後輩はぐいぐいこちらに身を乗り出してくる。

「先輩、可愛い閑花ちゃんといっしょに、ひと夏のときめきメモリアルをしこたまこさえましょうではありませ
んか! 山で! 海で! 里で!」
「里……」

 そっちは別に誤用というわけでもないはずなんだが、なぜか妖怪図鑑の出没場所の区分けみたいだと思ってし
まったのは、この後輩に対する俺の心証のあらわれなのだろうか。執念深さと情の深さは妖怪というより悪霊ぽ
いけど。
 とびきりタチの悪いやつね。

「夏休み、ねえ……」

 七月終盤から八月末日まで、仁科学園にも夏期休暇がある。しかし、日頃から学園の中で充実した高校生をや
っている俺にしてみれば、みんなほど心待ちにしているわけでもない。

「よし、俺は家で大学受験の勉強をしてよう」
「あはは。ありえませんねー」

 何がだよ。後輩ごときに一笑に付されると地味に傷つく。
 俺にとっては高校二年の夏休みとなるわけで、来年はバリバリの受験生だ。
 のんきに遊んでいる時間など……時間など……、まあそれはまだなきにしもあらずなのだが、この後輩を遠ざ
ける口実として受験勉強というのは悪くない。

「せっかくの性春ですよ、一回こっきりの高校性活ですよっ、可愛い彼女もとい食わぬは恥の据え膳ちゃんもい
るんですよ!」
「せめてもといの前後、逆にしないか」

 何だか微妙にアクセントがおかしかったことには触れない。蛇のいる藪を突つく馬鹿はいない。

「お勉強なんてのは、特進クラスの瓶底メガネどもに任せておけばいいのです」
「なんであらゆる方向に毒吐いてんだ今日のお前は」
「お勉強なら誰でもできますが、私と遊べるのは先輩だけなんですからね?」
「可愛らしい台詞に見せ掛けてすごい自分本位だな!? 俺が勉強するの、俺自身のためだからな?」

 一蹴するも後輩はめげない。

「じゃあこうしましょう。ふたりっきりで合宿! お泊り! 山で! 海で! 里で! お城っぽい外装のホテ
ルで!」
「はは、お前とは絶対行かないわ」
「そ、それって、ホテルの話ですよね? 山と海と里ならごいっしょしていただけるんですよね……?」
「寄るなうっとーしい!」

 いきなりすがりつくような弱気の目になる後輩だったが、邪険に追い払うとけろりとした顔であっさりと定位
置に戻った。こういう切り替えの早さには感心する。

「でも我ながら合宿っていいアイディーアだと思うんですよね。先輩はお勉強、私は花嫁修業。お義父様お義母
様は夫婦水入らず新婚気分で先輩に息子と弟がいっぺんにできちゃうかも!
 ……はー。完壁です。関わった人みんなが幸せになる完壁な提案です。頭いいです」

 後輩は教室後ろの小黒板に飛びつき、カカカッとチョークで「もう完壁!!」と書き、これでもかと幾重にも円
で囲んで強調した。

「完璧の漢字間違ってるぞ。お前こそ補習に出て書き取りでもしたら?」
「んっふっふー。こう見えても私、書き取りは毎日お家でやってるんですよね」

 後輩はどこからともなく取り出した大学ノートで恥ずかしそうに口元を隠した。不自然な話の流れとコントみ
たいな準備のよさに、もうロクでもないというかおぞましい内容だと察しがつく。
 うんざりと顔を背ける俺に、後輩は頼みもしないのに手ずからページをめくって「ほらほら」とノートの中身
を見せつけてくる。
 そこには、黒鉛を塗りこめるように、同じ文字列がびっしりと書きこんであった。


先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き
先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き
先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたがし大好き
先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き
先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はたわしが大好き先輩はわたしが大好き
先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き
先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き先輩はわたしが大好き
先輩が机ふくの台ふき!!


 ……そんなこったろうと思ったよ。
 見たくもなかったが、よく見るとこれ、後輩自身の気持ちじゃなくて俺の気持ちの捏造じゃねぇか……。こん
な自己暗示掛けてて悲しくならないのだろうかこいつは……。

 ツッコミどころは満載だが、どれも意外性に乏しくツッコミ甲斐がない。……リアクション芸人でもあるまい
に、ツッコミ甲斐がないなんて評価基準は我ながらどうなんだという気もするが、まあそんなことはこの際どう
でもいいか。

「えへへ。これコピペ使ってないんですよ」

 呪いのノートの横から飛び出る後輩の褒めて欲しげな顔がわけもなくムカツク。

「手書きだからな。分かるよ」
「寂しくて眠れない時に、夜な夜なベッド(私のいい匂いがします)から這い出しては机(私のいい匂いがしま
す)の上で書きつけている私(いい匂いがします)のヤンデレ後輩ノート……」
「エタノールで拭けそんな机」

 ヤンデレなどと言ってはいるが、後輩のはしょせんファッションヤンデレであって特別の脅威には感じない。
いるんだよなぁ、自分で自分のことをヤンデレとか言っちゃう女。……いや、やっぱ聞いたことねぇなそんなヒ
ロイン。
 ……ちなみにこの病的なノートだが、後輩がネタのために一夜漬けで作成した小道具などではなく、ガチのブ
ツだったという嫌すぎる事実が判明するのは、これからおよそ一ヶ月後のことである。

「それはともかく……楽しみですね? 夏休み。合宿」
「合宿に行くとは言ってないからな。別の話題を挟んで撹乱しようとしても無駄だ」

 油断も隙もない後輩だが、俺もまた油断などしていないし隙も作らない。

「陸で! 海で! 空で!」
「自衛隊の広報みたいだな」

 ……空?
 聞こえなかったフリでゴリ押しする後輩をいなしながら、俺は教室の窓から注ぐ夏の陽射しを顔で受けた。
 ……あー。
 ……空、飛びてぇな……。



 おわり





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