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ウェルチ部長と山尾くん

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ウェルチ部長と山尾くん




 「ヤマくん、いつもお菓子ありがとう」
 「あげませんよ」
 「これだけ良い香りがするんだから、わたしを誘ってる他ないと思ったんだけどね」
 「部長の独りよがりです。黙って練習してください」

 部活の後輩のため息を切り裂く勢いで、アーチェリー部の部長はずばんと標的に向かって矢を射った。矢が弾くクリッカーの金属音が
心地よい。さらに、弦音の切れは美しいハープの演奏を聴くよう。しかし、ここはグラウンドだ。音楽室ではないことなど承知。

 至近距離からリリースされたアルミニウムの矢が立て掛けられた畳へと吸い込まれながら突き刺さる。
 畳が立て掛けられたのは部活が自主練の為に立て掛けられたかったから立て掛けられたのだ。……と、フランス人形のような顔して、
アーチェリー部部長・真田ウェルチはのほほんとのたまった。上質な錦糸にも似たポニーテールなアッシュブロンドの髪が眩しい。

 ウェルチ部長はいつもこうだ……と、ヤマくんこと山尾修は額に小粒の汗を垂らした。部活に顔出したらこれだ。

 確かに修はお菓子を手にしている。百均で買った包装セットで彩られた焼き菓子、勘のいいウェルチは修の姿を見なくとも、
お菓子の存在を想像できた。さくさくで、派手さのないビスケットが修の持つビニル袋で踊る。飼い犬が飼い主に似るように、
いつも控え目な修の性格は自分が作ったお菓子にまで移るのだ。

 「やっぱ、上手い子を見ると妬いちゃうよね」
 「何ですか」

 部長の話は気まぐれだ。かんかんと照りつける青空がくるくると変わる夏のように。ただ、今は秋。そろそろいい加減いしてほしい。

 「アーチェリーだよ、アーチェリー。個人競技だからウチの部ってマイペースな子が多いけどね……それでもやっぱ、
  上手い子を目の当たりにすると悔しいし。だから、こうやってこっそり自主練してるわけだけどね」

 なるほど、部長は部長なりの……と修が頷きかけた途端、部長の気まぐれが再発。

 「今日、変な物を見たよ」

 手にしていた弓を地面に向けて下ろしたウェルチは、くるりと背後の修に顔を向けた。
 金色のポニーテールの髪が真っ青な空に弧を描く。アーチェリー部の部長をつとめるだけあって、腕も魅力も確かなもの。
 大人びた外見裏腹に子供にも負けない愛嬌を時折見せるから油断ならないので、修は部長に突っ込むのを止めにした。

 「何ですか」
 「犬が女子高生を拾ってたんだよ」

 部長でなければ即スルー。
 作り話ならば願い下げ。
 修は袋をぎゅうっと握り締めてウェルチの話に仕方なく耳を傾けた。

 「逆じゃないんですか、普通。女子高生が犬を拾うってふうに」
 「この世で普通に捕われちゃ駄目よ」

 平然とした顔を崩さぬまま本日34本目の矢をセットアップ。近射練習は数をこなせ。千本射ってダメなら万本だ。
 そして、またクリッカーが響く。

 「確かね、ウチの生徒だったわ。制服からして高等部、リボンからして一年生」
 「続くんですか」
 「ダンボール箱にちょこんって入ってすやすや寝てたの。そこに犬が拾いにやって来たわ」
 「メルヘンめいてますよ、部長」

 ウェルチにその突っ込むは効かなかった。弾かれた弦から胸を守るチェストガードにあしらわれた猫のイラストの
デコレーションからもウェルチに潜む幼心がよく分かる。その照れ隠しなのか、ウェルチはお姉さん気取りを忘れなかった。

 「『わおーん』だの『わんわんおー』だの吠えながら、その子は拾い主の犬について行ったわ」

 修は無表情でウェルチの話を聞きつつ、記憶の太い糸を手繰り寄せていた。
 そして、本日35本目の矢が乾いた音を鳴らして放たれる。ウェルチが弦を手放す前に鈍い光りを反射した矢がずばんと畳に
突き刺さる……とは言い過ぎかもしれないが、ウェルチの矢はそんな比喩さえ真実味を帯びるぐらいのキレがあった。

 「さすがですね、部長」
 「作り話じゃないって。お姉さんの言うことは聞きなさいよ」
 「そういうことじゃなくて」
 「で、ヤマくんのお菓子。下さい」

 修の話を振り切ってウェルチは本日36本目の矢を従えた。

 「部長が食べるものじゃないんです」

 その後、ウェルチは合計60本の矢を射って、本日の自主練を終えた。
 「お姉さんの言うことは聞きなさいよ」と修に片付けを手伝わさせ、そそくさと帰宅の準備をした。
 修の姿は犬のようだった。

 制服姿のウェルチは北欧のハイスクールに通う娘にも似ている。
 ポニーテールはそのままに、雪と氷河と神話の国のガイドブックからそのまま飛び出してきた。そんな言葉さえも
恥ずかしげなく与えられる気品がウェルチの周りを囲んでいた。

 「ヤマくん、イートイン出来るベーカリーが出来たんだってね。奢るから行きましょう」
 「ぼく、人と会う約束してるから……」

 きびきびと歩くウェルチのフォルムは清く正しい。姿勢が整って見えるのは部活での賜物だ。

 「そっかぁ。ならば、ヤマくんのビスケット頂きます」
 「あげません」

 ウェルチはニコリと目を潤ませた。

    #

 「わおーん!ありがとう!ヤマ先輩!わんわんわんわんわんナンバーわん!」

 仔犬も平伏す程の勢いで修に飛び付いたのは修やウェルチと同じ学校の女子高生だった。彼女はくるくると修の周りを廻り、
ときにあまがみ、ときに修の袖を嗅ぐ。修は出来の悪い妹が出来たかのような顔をして、彼女の言動をやんわりと許した。

 くんくん。
 はすはす。
 くんかくんか。

 修の髄まで嗅ぎつくす。

 「ヤマ先輩とビスケットの匂いは同じだっ」

 有り難いのかどうか判断に困るコメント。修は百均で買った包装セットに彩られたお菓子を彼女に差し出した。
 彼女に犬の尻尾があるのなら、クライマックスを迎えた指揮棒のように動いていただろう。

 「ともくん、やったね!」

 彼女はしゃがんでお菓子の袋をともくんに見せた。
 ともくんに生えた尻尾はクライマックスを迎えた指揮棒のように動いていた。

 「わん!」
 「ほら、ともくん。ヤマ先輩にお礼を言いなさい」

 ともくんは人間の言葉を操ることは出来ない。「わん!」という鳴き声や、つぶらな瞳、たわわな尻尾で訴えることしか出来ないのだ。
 なぜならば、ともくんは柔らかな毛並みに包まれたミニチュア・ダックスだから。
 喜びを抑えきれないともくんの口が、がさごそと袋を咥えていた。聴覚でも喉がつばきで鳴りそうでもある。

 「荵さん。これでいいかな。人間が食べるものと違って無塩バターとか使ったり、硬めに焼いたんだけど」
 「ともくんも『美味美味』だって」

 犬に拾われた女子高生・久遠荵はしゃがんでともくんの頭を撫でた。少し、胸が躍る。修は袋から一欠けらのビスケットを拾い、
ともくんの足元にぽんと投げる喜びをかみしめた。ドッグビスケットを作ったのは初めてだ。犬へのプレゼントは言うまでも無い。
 ただ、食べてくれる者が人だろうが犬だろうがお菓子作りが趣味の者ならば喜びは変わらない。目の前であれだけ尻尾を振ってくれて
いるんだから、修はもう何も言うことはないのだ。

 「わたしを拾ってくれたお礼だっ。遠慮なく食べなさい」
 「拾ったって」
 「わたし、今日、ともくんに拾われたんだっ。段ボールの中でうとうとしていたら、起こしてくれたんです」

 修は手を顎に添えてじっとともくんを見つめていると、荵は修の持つ袋からドッグビスケットをひとかけら摘んだ。

    #

 日が傾いた頃、女子高生が犬に拾われた現場をウェルチが通りかかると、すでに段ボールの中身は空っぽだった。
 きっと、いい犬に拾われたんだろう。今頃美味しいものでもおなか一杯に食べているのに違いない、と胸をなでおろす。

 「妬いてるんだろうな。自分のお菓子と比べられるから」

 ウェルチの手の袋に詰まったパン屋のパンのかおりが香ばしく夕暮れを飾っていた。


  おしまい。





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