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水玉ぱんつ先輩

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水玉ぱんつ先輩




 テンポよく神社の石段駆け登る足音に、リズムよく息切れする少女の胸。
 小さな体に似合わずたゆらたゆらと弾む豊かな胸。後ろで縛った金色の髪が上下に揺れる。
 一段一段登るたびに自分の力になってゆくと、黒鉄亜子はスニーカーでぎゅっと石段を踏み付けた。

 制服姿の亜子はひらりとスカートひらめかせ、両腕をぶんと振って、トレーニングに身を費やしていた。この神社の石段を
何度も何度も往復。前時代的な鍛練だが、基本のキは侮れない。金色の髪が青空にくっきりと浮かぶ、空気の澄んだ夕暮れ前。
 学校の近くの丘に鎮座する神にこの姿を見て欲しい……って、わけではないが、この柚鈴天神社に来ると何故か心が落ち着くのだ。
 振り返れば遠くに校舎がぽつんと見える爽快感。それもまた、走り込みの途中の清涼剤か。

 ふらふらになりながらも、亜子の脚はまだまだ力強く、表情も崩れることはなかった。
 空手で培われた亜子の精神力で脚に溜まった乳酸など蹴散らしてやる。巧みな技で、抜きん出た実力で。

 そう。亜子は空手の有段者だ。齢中三にして、この実力者だ。だが、それにあぐらをかいては真の有段者ではないと亜子は言う。
こうして日々鍛練を重ね、煩悩を払いのけた者だけに許される称号なのだ。迷いなど亜子にはいらぬ。

 石段の頂上が見えてきた。灰色の石に苔の視界から、空の色が広がる瞬間が亜子を迎えていた。

 周りの木々は緑鮮やか。
 胸一杯に吸い込む空気。
 足元すり抜ける風。

 そして、真正面に飛び込む水玉模様。

 「!!」

 真っ白で柔らかな膨らみに散りばめられた水色の玉。亜子の目は同化するように水玉のように丸くなった。
 見てはいけない物を見た。
 いや、認めてはならない物を見た。
 転んでいるのは年上の女性。
 高等部のお姉さんの……おパンツなと。

 「あっ。ごめんなさいね」

 水玉模様の持ち主は石畳に伏した格好からお姉さん座りに切り替わり、柔らかなる物腰で水玉模様をスカートで隠した。

 「急いでたら、石段で躓きましてね」

 お姉さんは澄ました顔に戻って、カーディガンの砂埃を払っていた。立ち上がって初めて気付くグラマラスな体つきが亜子の目を奪う。
それにあわせておっとり感。年上に向かって失礼かもしれないが、亜子の感じた印象は『かわいい』だ。恥ずかしそうな顔を僅かに残して
制服姿のお姉さんは石畳の奥の社殿の方へと姿を消した。
 さて、こちらはまだまだ思春期の扉を潜ったばかりの亜子だ。対応しきれずに心臓は激しく鳴る。石段を駆け登ったことに合わせ、
自分とは違う世界の住人と鉢合わせをしたことに……。

 「みずたま?」

 瞬きしても無駄無駄。
 目を擦っても無意味。
 いくら『水玉ぱんつ』が焼き付いた瞼を振り払おうとも、のれんに釘、豆腐に腕押し。つまり、糠にかすがいだ。

 静かだった木々にカラスの声がこだまする。

    #

 石段の頂に置いておいた亜子のスポーツバッグから、ドリンクを取り出して一口飲む。
 喉を潤すドリンクがいつも以上に甘い。

 亜子はトレーニングをおしまいにして鳥居を潜る。日が傾き始め、茜色に鎮守の森が染まっていた。赤と青のグラデーションが
一目で味わえる逢魔ヶ時。人の少ないこの時間が亜子は気に入っていた。やけにスポーツバッグが重く感じる。トレーニングの後だから。
しかし、いつも以上に重い。バッグからぶら下げたボクシンググローブが亜子のスカートをぶらぶらとなぞる。

 (そうだ。絵馬だ)

 今日、ここに来た目的は絵馬を奉納するためでもあった。
 亜子の書いた絵馬は一目、まさか空手の実力者とは想像できないような彩りで、よく読めば、なるほど流石空手の実力者だと容易に
想像できる内容だった。バッグから絵馬をこっそりと出し、絵馬掛の前に立ち、人目を気にしながら絵馬を結ぶ。ウチの冷蔵庫から
独り占めしていたプリンをこっそり抜き出すような緊張感だ。ただ、お願い事を叶える事はカルメラほど甘くない。
 こうしてみるといろんな人が柚鈴天神社にお願い事をしているもんだと、亜子は絵馬をがらりと手でなぞってみた。

 奉納を終えた亜子に声が掛かる。
 ついさっき、聞いたような声だ。

 振り向いて目にした人物は……さっきまで石畳で転んでいた年上のお姉さんが白い装束、紅の袴に身を包んでいるではないか。
 そうだ。水玉ぱんつのお姉さんは制服姿から巫女装束に変身していた。お姉さんは、この柚鈴天神社の巫女だ。

 「あっ。さっきの……石段を駆け上ってた子だよね?」
 「さっきはごめんなさい!お姉さん!わたし……見ちゃダメですよね!見てません!見てません!」
 「え?何、何?」

 他人の絵馬をまじまじと見つめてるようでごめんなさい。
 そんなことはしていないんです!
 涙目になった亜子は顔を夕焼けのように赤くした。
 慌てて亜子はバッグをぐるりと廻して、ぶら下げたボクシンググローブを背後に隠した。何故だかは上手く説明できない。
声をかけてきたのが『水玉ぱんつ』のお姉さんだったからなのか。お姉さんから見れば、色恋に浮足立つような娘に見えるんだろうな。
でも、そんな娘が格闘技なんかやっちゃって……。わたし、強くなりたいです。なんてお願いしたら、お姉さん笑いますよね?

 「気にしちゃう?」

 はい。
 水玉ぱんつ!を。

 「大丈夫。あなたのお願いを見たりしないから」

 わなわなと震える足が存在する。
 込みあがる熱。
 亜子に秘められた感情。

 「ありがとうございますっ」

 スポーツバッグからグローブをぶんぶんと揺らしながら、亜子はすっかり日の落ちた街へと駆けていった。
 その姿、蜂のように舞い、蝶のように刺す。

 お姉さん……神柚鈴絵は、明日もきっと晴れると思いつつ、夜の帳に溶け込んだ。


   おしまい。





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