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あまおう

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あまおう




 兄とボロクソなケンカをした亜子は、家にいるのが窮屈になり町の喫茶店に逃げ込んだ。
 些細すぎて覚えていない原因に亜子は苛立ちを隠せず、お冷やの氷を人差し指でぐるぐると掻き回す。
 ケンカの結果は1ラウンド13秒右ストレートで亜子のKO勝ち。僅かな時間で完膚なきまでにたたきのめされた兄は、
大きな体を妹のベッドに沈めていた。

 亜子は空手を習っている。
 中学生とは言え、かなりの実力者だ。
 ただ、空手が強くなればなるほど、女子としての力、すなわちパワーへの反発も否定すればウソとなる。

 「強いね」よりも「かわいいね」が欲しい。

 兄といるだけで、知らず知らずに自分の思い通りに物事が進まない苛立ち。
 そんな気分さえも忘れさせてくれる喫茶店が気に入っていた。
 なにより、店員がかわいい。と、亜子は自分の物のように愛でる。

 亜子は喫茶店の店員をちらと見た。大正浪漫溢れる袴姿に白いエプロン。編み上げブーツが足元を引き締めて、
黒髪のツインテールが若々しさを印象付ける。歳は二十歳ぐらいか、ネコ目で明かりを追いながら給仕は暇を持て余していた。
 この喫茶店はマスターの趣味に彩られている。明かりに、窓に、椅子、テーブル、食器、そして給仕に至るまでタイムスリップに
惑わされる。そんな喫茶店に亜子は心を落ち着かせながら、そして給仕に憧れを抱きながら注文の品を待つ。

 「お待たせ致しました。シロノ・ワールです」

 温かいデニッシュパンに冷たいアイスを乗せた『シロノ・ワール』。
 マスターがどこぞの喫茶店に感化されて真似た一品だ。わざと区切りをずらしている所など憎らしい。
 白と黒との対比が見た目を楽しませる。亜子は手を合わせるとゆっくりとシロップをシロノ・ワールにかけようと……。

 「あっ」

 アイスの上にイチゴが鎮座。赤白黒の3連単。オッズ三桁の万馬券。

 「『あまおう』です。今朝、九州から届きました」

 亜子には予期せぬ贈り物だった。給仕の娘は目を合わせることを拒んでいた。
 あまくて、まるくて、おおきてく。

 イチゴの概念を振り払う大振りなイチゴが存在感をアピールする。

 「黒鉄くんの妹さんですよね?この間はありがとうございました」
 「は、はい?わたしを知っているんですか?兄が何かを」
 「この間、ここにいらしたときにしきりに妹さんのことを話してました。テーブルに乗りきれないほどの
 ケーキやお菓子を並べているお客さんなんて、忘れようと思っても忘れられませんし」

 俺の胃袋は宇宙だ?何、言ってるんだ。俺が宇宙だ。それに加え、金髪ロン毛の天突くほどの身の丈だ。
 世界中の茗荷を食べ尽くしても、兄のことだけは記憶に残るはずだ。

 「お冷やの氷を人差し指でぐるぐる掻き回してたんです。『妹がよくやるから俺にも染み付いたんだ』と、
  スマホで動画を見せてくれました」

 亜子は兄をまた右ストレートで打ちのめしたくなった。
 いや、右ストレートだけじゃ足りない。畳を返すぐらいに再起不能に……。

 「『あまおう』はお兄さんから教えて頂いたんです」
 「マジで?」
 「妹さんが初めてですね、このお店で頂くのは」

 黒鉄の城に真っ赤なイチゴ。アンバランスさに亜子は頬を赤らめた。イチゴの味に記憶が逃げる。
 第2ラウンドのゴングは、しばらく鳴らさないでおこう。

    おしまい。





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