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先輩!長崎は雨ではありません!

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先輩!長崎は雨ではありません!




 「先輩!長崎です!坂の街は雨模様なんかじゃありません!手を伸ばせば届きそうな海、見渡せばちゃんぽん!先輩ー」

 ステンドグラスが色とりどりな教会の窓を飾る丘。
 『後輩』こと後鬼閑花は真っ青な冬空を突き抜ける声で、遠い『先輩』に声を届けた。
 連休を利用しての家族旅行だ。はるばる九州・長崎にやって来た後鬼家。お目当ての名所も巡り、名物も胃の腑に収めたから、
閑花はこの幸せを遠い空の下の先輩に伝えたくなった。教会までの石畳の坂道は街の表情だ。みな、足で街のご機嫌を伺って日々を過ごす。
 初めてこの地に来た閑花にはまだまだ分からない、地元民だけの伺い方だ。

 「おみやげ、何がいいですか!?やっぱり閑花ちゃんですよね!ずっとお会い出来てないし、
  お正月からためてるんじゃないですか!?閑花ちゃんではぁはぁして下さい!わたしもはぁはぁします!」

 新調した白いダウンジャケットが少し暑いくらいだ。なぜなら先輩の声が聞けたからだ。
 麓の通りに路面電車が行き交うさまが見下ろせる。上り下りの車両が電停に留まり、乗客たちが細い安全地帯でひしめき合っていた。

 「アレですよ!ためてるぐらいなら、閑花ちゃんに下さい!アレです!お!と!し!だ!ま!」

 乗降を終えた路面電車が発進すると同時に先輩との通話は一方的に切れた。閑花の目は少し淋しげに見えた。

 「先輩の声が聞けない日があるなんて。明日からホームシックにかかります!」
 「後鬼っ。旅行?」

 聞けない声が聞こえた。
 聞くとは思っていなかった声だ。

 みどりの黒髪にちょっと高い背丈、黒タイツに包まれた脚。閑花の目の前に現れたのは同じ学年の黒咲あかねだった。

 「こ、こんな所で出会うなんてねー。今日はわんわんおは?」
 「おばあちゃんちが長崎なんですっ。わんわんおはいませんっ」

 すらりとしたあかねは街に溶け込むのが得意だった。足元を飾るショートブーツも文明の町で自然に映える。

 「後鬼は長崎は初めてっ?」
 「初めてです!っか、その名前で呼ばないで!」

 ロリっぽさ残る閑花は街から浮くのが得意だった。足元を飾るくしゅくしゅブーツも履かされている感が否めない。
 閑花はあかねの後を追うが、他人からすればでこぼこな姉妹に見えて仕方がなかった。それでも構わずと言ったところか、
あかねは閑花に見せたい場所があると、賑やかな電車通りから閑静な住宅街の路地に入っていった。閑花の目の前に現れたのは、
石畳敷き詰められた坂道だ。ただの坂道なら、この街には掃いて捨てるほどある。ただ、閑花を圧倒しているのは勾配だ。

「ひょえぇ」

 麓から見上げると、天に昇る竜の様相。閑花の側を駆け登るカブも敬意を払ってか、いや、角度が急過ぎて極端に速度が落ちる。
 地元の人たちは慣れ親しんだもので、気性の荒い聖獣も手の上で遊ばせていた。

 「オランダ坂っ。後鬼が駆け登る動画を撮ってあげますっ」

 あかねは閑花が文句を言っているのも聞かず、閑花のスマホを持って坂道を登った。
 かつかつと踵の音がリズムよく鳴り響き、おさまりつかない閑花を丸め込む。
 坂の中腹であかねは麓の閑花へと振り返り、カメラを起動させて手を振ってみせた。

 「後鬼、オランダ坂を駆け登るまで……さん!に!いち!」
 「ちょっと!だから、その名前で……」

 ぶんと、あかねが手を振り下ろす。動画の撮影ボタンを押す。小さな画面の奥から、小さな体を走らせる姿がだんだんと迫ってきた。
息も絶え絶え、必死に竜の背中を渡る。両手をぱたぱたと、髪を振り乱し、全力で急な坂道を走る。

 「え?電話?」

 スマホは空気を読まない。
 着信をけたたましく主張するから。
 発信主は、先崎だった。

 坂道に格闘して、白い息を吐きまくる閑花ははいつくばりながら、あかねからスマホを奪った。
 先崎の声だ。いきなり電話を切った負い目からか、再び閑花へと発信したのだ。

 「要件なら手短に言えよ」
 「せ、先輩ぃ……はぁはぁ……、先輩は……はぁ。声を聞けて……しあわ……」

 はぁはぁしている閑花の便りに、先崎は迷わず電話を切った。


    おしまい。





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