SENPAI,STAND‐BY!
「YO! YO!」
「!?」
「!?」
放課後になるや、いつもの後輩がやって来た。そこまでなら、まあ、いつも通りなのだが。
異様だった。
……ここまでもいつも通りか。思えば、この娘は毎回登場の度に一味違う異様さを提供してくれているような
気がする。
毎度のことなのでそれはもうだいぶん慣れたと思っていたのだが、そんな俺でも今日の後輩にはさすがに動揺
を禁じ得なかった。
劇伴音楽とダンス付きだったのだ。
彼女が肩に担いでいるのは、ラジオカセットレコーダー、いわゆる“ラジカセ”。カラーは高級感のある光沢
のワインレッド、なかなかのコンパクトさに、丸みを帯びた優美なフォルム。スピーカーからは心臓を突き上げ
るようなサウンドが迸る。
内心で調子に乗りまくっていることが一目でわかる陶酔の表情。卸したて同然に綺麗な上履きのカカトが、前
後左右の床を小気味よく叩いていく。
リズムに合わせてゴキゲンに体を揺すりながらだんだん近づいてくる黒髪おかっぱの彼女は、なんか新手の怪
談っぽかった。
異様だった。
……ここまでもいつも通りか。思えば、この娘は毎回登場の度に一味違う異様さを提供してくれているような
気がする。
毎度のことなのでそれはもうだいぶん慣れたと思っていたのだが、そんな俺でも今日の後輩にはさすがに動揺
を禁じ得なかった。
劇伴音楽とダンス付きだったのだ。
彼女が肩に担いでいるのは、ラジオカセットレコーダー、いわゆる“ラジカセ”。カラーは高級感のある光沢
のワインレッド、なかなかのコンパクトさに、丸みを帯びた優美なフォルム。スピーカーからは心臓を突き上げ
るようなサウンドが迸る。
内心で調子に乗りまくっていることが一目でわかる陶酔の表情。卸したて同然に綺麗な上履きのカカトが、前
後左右の床を小気味よく叩いていく。
リズムに合わせてゴキゲンに体を揺すりながらだんだん近づいてくる黒髪おかっぱの彼女は、なんか新手の怪
談っぽかった。
「放課後KYOU‐SHITSU(教室)! 気になるAITSU(あいつ)!
彼女はKOUHAI(後輩)! 俺はSENPAI(先輩)!
寒い時代だ人心KOU‐HAI(荒廃)! 帰り道とかマジSHIN‐PAI(心配)!」
彼女はKOUHAI(後輩)! 俺はSENPAI(先輩)!
寒い時代だ人心KOU‐HAI(荒廃)! 帰り道とかマジSHIN‐PAI(心配)!」
YO! YO! YO! HO!
メロディに乏しい曲を、音韻を踏んだ詞と軽やかなタップが形にしていく。俺としてはあまり馴染みがないジ
ャンルだが、ラップというやつだろう。
メロディに乏しい曲を、音韻を踏んだ詞と軽やかなタップが形にしていく。俺としてはあまり馴染みがないジ
ャンルだが、ラップというやつだろう。
「家まで送るYO! 近頃BUSSOU(物騒)!
悪いですYO! 惚れてしまいSOU!?
遠慮すんなYO! 俺はSENPAI(先輩)!
そこまで言うならやっぱりONEGAI(お願い)!
心の! 壁をTEPPAI(撤廃)!
ドキドキ! お布団STAND‐BY(スタンバイ)!」
悪いですYO! 惚れてしまいSOU!?
遠慮すんなYO! 俺はSENPAI(先輩)!
そこまで言うならやっぱりONEGAI(お願い)!
心の! 壁をTEPPAI(撤廃)!
ドキドキ! お布団STAND‐BY(スタンバイ)!」
ラジカセがごとりと床の上に置かれ、自由になった両手が空気を掻き混ぜ始めた。
二挺の指鉄砲が、落ち着きなく何度も俺に向かって突き出される。
……それにしても何というウザさだ。
二挺の指鉄砲が、落ち着きなく何度も俺に向かって突き出される。
……それにしても何というウザさだ。
「Ah~ふたりー! 恋をしたりー! このまーまー! 朝まーでー!」
何故かここだけはラップ調ではなく伸びやかに歌い上げていた(ダンスはそのまんまだったが)。
YO! YO! YO! HO!
「春は!? あけぼの! YOYO白く! なりゆく山際少しあかりて!
紫だちたる! く・も・の! 細く! たなびき! たるYO!!」
紫だちたる! く・も・の! 細く! たなびき! たるYO!!」
ブチッ。
やっとラジカセが沈黙。後輩がかっこいいポーズをキメる。
やっとラジカセが沈黙。後輩がかっこいいポーズをキメる。
「……」
「……」
「……アーハン?」
「……」
「……」
「……アーハン?」
「……」
謎のヒップホッパーと化した後輩に、俺は何と言葉を掛けてやるべきか悩んだ。
ちなみに、この教室にはまだぼちぼち生徒が残っていたが、すぐに興味を失ったようで、自分の帰り支度に戻
っていった。不本意にもセットで扱われがちな俺としてはありがたい。
ちなみに、この教室にはまだぼちぼち生徒が残っていたが、すぐに興味を失ったようで、自分の帰り支度に戻
っていった。不本意にもセットで扱われがちな俺としてはありがたい。
「先輩、いっしょに帰りましょう」
「何だったんだよ!!」
「何だったんだよ!!」
テンションを戻して何事もなかったかのように微笑む後輩に、俺は心の底から叫んでいた。
「“ラップやってる女の子はCOOL、カップル成立楽しいSCHOOL”、そういう話を聞いたのです」
「そ、そうか」
「そ、そうか」
……COOL(ここでは“かっこいい”の意だろう)であることについて異論を挟みたいわけでは全くない。
だが、後輩がかっこよさの演出のためにそれをチョイスしたということに何だか漠然とした違和感のようなも
のが残るのだった。歌詞も意味不明だったし。
だが、後輩がかっこよさの演出のためにそれをチョイスしたということに何だか漠然とした違和感のようなも
のが残るのだった。歌詞も意味不明だったし。
「ていうか、どうせただのウケ狙いの一発ネタだろうが! 嘘を吐くな、嘘を!」
「ネタぁ!? ひ、ひどいです! あんまりです! 私だって真面目に考えたんです! ……ほんとはそんなに
真面目じゃなかったかもですけど。
これまで私は先輩にあらゆる手段を使ってコナかけてきました。コケチッシュに、キュートに、ガーリックに、
ロマンチックに、ドラスティックに、そしてセクシーに。でも、どれもうまく行かなかった。――何故か!?
先輩はかっこいい女の子がタイプだったから! でしょ!?」
「ガーリックじゃないよ」
「話を逸らさないでッ」
「ネタぁ!? ひ、ひどいです! あんまりです! 私だって真面目に考えたんです! ……ほんとはそんなに
真面目じゃなかったかもですけど。
これまで私は先輩にあらゆる手段を使ってコナかけてきました。コケチッシュに、キュートに、ガーリックに、
ロマンチックに、ドラスティックに、そしてセクシーに。でも、どれもうまく行かなかった。――何故か!?
先輩はかっこいい女の子がタイプだったから! でしょ!?」
「ガーリックじゃないよ」
「話を逸らさないでッ」
どうやら素で間違えたらしい。
「ふふっ、閑花ちゃんともあろう者が騙されましたよ。先輩は、おとなしく、献身的で、癒し系の子がタイプな
んだろうと思ってました」
「そう思っててやってた言動があれかよ!」
「これからはかっこいい、さばさば、ふいに鯖味噌が食べたくなってきましたね、いっしょにいると落ち着く、
そんな閑花ちゃんでいたいです」
「まずは連想したことを垂れ流さずにはいられないその口どうにかしろ」
「え? それはちょっと難しい……」
んだろうと思ってました」
「そう思っててやってた言動があれかよ!」
「これからはかっこいい、さばさば、ふいに鯖味噌が食べたくなってきましたね、いっしょにいると落ち着く、
そんな閑花ちゃんでいたいです」
「まずは連想したことを垂れ流さずにはいられないその口どうにかしろ」
「え? それはちょっと難しい……」
クールでさばさばした後輩など一生見られそうもなかった。
「それはそうと、俺は今日、大切な用事があるから付き合えない」
「奇遇ですね! 私もたった今、先輩に付き合う用事が発生したところです!」
「悪いが俺の用事は一人用なんだ。特定秘密保護ってやつだな」
「YO~……」
「奇遇ですね! 私もたった今、先輩に付き合う用事が発生したところです!」
「悪いが俺の用事は一人用なんだ。特定秘密保護ってやつだな」
「YO~……」
きっぱりと拒絶すると、分かったのか分かってないのか鳴き声のような返事。
いや絶対分かってないわこれ。
しかし、先約があるのは事実ではあるが、作詞作曲振付練習までしたその情熱を考えると、ここで突き放すの
は心苦しい。方向性を激しく間違えていてもだ。
……いや落ち着け先崎俊輔。ほだされてはいけない。心を鬼にするのだ。その気もないのに期待させるほうが
残酷というもの。優しさって、何だ?
俺は鬼だ。女子供も笑って殺せるマシーン。奴らと同じ戦うためだけの生物兵器だ。誰だよ奴ら。意味の分か
らないセルフツッコミのせいで自己暗示をしくじる。長時間磁石に触れ続けた鉄塊が磁力を帯びるように、どう
やら最近は俺の言動もおかしくなりつつあるらしい。
ほんとうの優しさを貫けず、ついどう埋め合わせしようなどと危ないことを考え始めてしまったところで、む
むむと不満げに唸り声を上げていた後輩のほうが先に我慢の限界を迎えた。
いや絶対分かってないわこれ。
しかし、先約があるのは事実ではあるが、作詞作曲振付練習までしたその情熱を考えると、ここで突き放すの
は心苦しい。方向性を激しく間違えていてもだ。
……いや落ち着け先崎俊輔。ほだされてはいけない。心を鬼にするのだ。その気もないのに期待させるほうが
残酷というもの。優しさって、何だ?
俺は鬼だ。女子供も笑って殺せるマシーン。奴らと同じ戦うためだけの生物兵器だ。誰だよ奴ら。意味の分か
らないセルフツッコミのせいで自己暗示をしくじる。長時間磁石に触れ続けた鉄塊が磁力を帯びるように、どう
やら最近は俺の言動もおかしくなりつつあるらしい。
ほんとうの優しさを貫けず、ついどう埋め合わせしようなどと危ないことを考え始めてしまったところで、む
むむと不満げに唸り声を上げていた後輩のほうが先に我慢の限界を迎えた。
「もういいです! 先輩のバカ! あほ! ヤレヤレ系! 植物性プランクトン!」
……もしかして草食系男子と言いたかったのだろうか。
よく分からんが、馬鹿と阿呆だけは分かった。何だとこのヤロウ。
よく分からんが、馬鹿と阿呆だけは分かった。何だとこのヤロウ。
「……何ですか都合が悪くなると用事、用事って。私と用事だったら、断然、私のほうが大事なはず……」
「都合が悪くなると用事というか、用事で都合が悪いんだけどな」
「都合が悪くなると用事というか、用事で都合が悪いんだけどな」
拗ねたように目線を伏せてなじるその心情はさすがの俺にもそれなりに理解できる。まだ恋人でも何でもない
という一点さえ度外視すればではあるが。
という一点さえ度外視すればではあるが。
「そんなに大切な用事が大切なら、私にだって考えがあります……」
きっ!と鋭く俺に向けられた後輩の涙目は据わっていた。
「明日私といっしょに帰ること、先輩の大切な用事にしてください!」
おわり
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