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先輩、七不思議です!

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先輩、七不思議です!




※一応閲覧注意です。有名な怪談都市伝説の概要が含まれています。



「先輩先輩先輩これですこれこれこれ見てください!」
「何だよ今日はまた一段と押し付けがましいな……」

 陽射しが日に日に鋭さを増していく初夏――
 登校したその足で飛んで来たらしい後輩は、やけに興奮した様子で、携帯電話の画面をこれでもかと俺の顔面
に突き出してきた。
 最近とうとう流行りのスマートフォンを買ったらしいが、ペアルック気取りか俺の前では俺のと同型の開閉式
のものばかり使っている。
 もはや窮屈げに思えてしまうと語るディスプレイには、搭載のカメラで撮影したらしい電子の写真。そこでダ
ブルピースして笑っているのは、最近俺とも知り合いになった下級生だった。
 一年、久遠荵。元気な仔犬を思わせる、というか本人が日頃から口癖でわんわん言っているので、もう生物学
的分類もイヌ科でいい気がする、そういう感じの子である。よくないか。

「わん……久遠じゃないか。これがどうした」
「『恐怖! 人面犬』」
「ちょっと何失礼なこと言ってるのお前」

 いくら何でもあんまりだ!

「というわけで夏! サマーなわけですが! 夏といえば怪談ですね! 私と怖いお話いっぱいして、このクソ
暑い夏を乗り切りましょう!」
「なんか……涼しくならなそう」

 “後輩”後鬼閑花のやかましさは栄養満タンのミンミンゼミに匹敵する。受け流してなお暑いのに、まともに
応対していたら熱中症で保健室送りは免れないだろう。

「確かに閑花ちゃんのキュートボイスでくすくす囁かれては、ホラーどころではないかもですね」
「そうじゃなくて全部ギャグにするだろお前!」
「ご存知ない? ホラーとギャグの親和性って高いんですよ?」
「ホラー要素が残ればの話だろそれは!」

 後鬼閑花、通った後にはぺんぺん草も生えない女である。
 もしかしたら別の意味で寒くなるとかはあるかもしれないが、そんな居たたまれない空気の納涼イヤすぎる。

「まあまあ。別に何も怪談で涼しくならなくってもいいじゃありませんか。何なら私のお部屋には私専用のうち
わもあります。いい匂いします。先輩もきっと興奮します」
「話題振っておいて、怪談そこまでないがしろにしちゃうのかよ!」

 スマートフォンの前に扇風機買えばいいのにと密かに思うが、よそ様の事情に口は出すまい。……いやまあ、
どうせツッコミ待ちなだけで本当は扇風機とかクーラーとかあるんだろうけど。

「そもそも、私はただこの機会に怪談都市伝説をありったけ集めて、先輩とのピロートークのネタにしようと思
っただけですから」
「ピロートークってそういうんじゃなくね?」
「とにかくご期待ください、次は『怪奇! 口裂け女』を激写してやりますよ。ポマード! ポマード!」

 ……何となく、ろくなことをしないこいつの両頬を俺が引っ張り上げて「あ、口裂け女ここにいたわ」みたい
なしょうもないオチになりそうで、今からやってられない気分になる。

「ポマードッ!」

 後輩はポマードポマードポマードと大声で唱えながら去っていった。
 ……どうでもいいが、口裂け女を追っ払うための呪文を連呼しながらあいつは何を探しに行ったんだろう。



 ※


 翌日。
 再び訪ねてきた後輩は悄然と項垂れていた。もっと正確に言うと、そういう殊勝な態度をしているフリをして
いた。

「『怪奇! 口裂け女』は惜しくも取り逃がしました……。いえ、ほんと、あとちょっとだったんですよ? 今
の私こそが本当の『口先女』。きゃーうまいこと言っちゃいました!? 褒めてくれてもいいんですよ」
「やかましい」

 長台詞の中でテンションをこんな急激に上げ下げされると、地の文での補足描写が追いつかないから止めても
らいたい。

「しかしそこはさすがあなたの後輩、転んでもただでは起きない! 何といっても、口裂け女よりもレアな『殺
戮! 怪人赤マント』の盗撮に成功したのですから」
「さらっと俺をお前の同類にするんじゃない!」

 怪談都市伝説のあるじである現代の妖怪たちを執拗に付け狙うパパラッチ……。後輩は、俺の知らないところ
で、もはや赤マントなど及びもつかぬ怪人物へと変わり果てていた。かなりショックだ。……いや、そんなショ
ックでもないな。普段からわりとヤバかったし。

「怪人赤マント。先輩なら当然ご存じかとも思いますが、いい機会ですのでこの地方で一番ポピュラーなお話を
おさらいしますと」

 頼みもしないのに、後輩は声をわずか低くしておどろおどろしい語り口で話し始める。こういう演技というか
空気の演出は異様に得意な女なのである。問題は何が何でも笑いに結び付けようとする芸人根性だけだ。

「学校や公衆トイレの個室で紙がなくて困り果てていると、扉の前で『赤巻きぎゃみが欲しいか? 青まっ……
き紙がいいか? それとも黄みゃきぎゃみにするか?』という声がする」
「滑舌悪いな……」
「赤巻紙と答えた者は、鎌で首を切られ血塗れにされて殺される。青巻紙と答えた者は、顔面蒼白になるまで血
を抜き取られて殺される。黄巻紙と答えた者はたちまち黄疸に……それこそ『殺戮! 怪人赤マント』!」
「それって『赤い紙、青い紙』とかいう別の怪談じゃないのか」
「私にはそのへんの事情は分かんないです。あくまでこの地方では、派生バージョンとのミックスになっている
としか」

 ほんとかあ?
 むしろ後輩が最近になってミックスしたんじゃないか? そんなふうに疑わしく思うのは、それだけの信頼と
実績があるからである。むしろ前科と言ってもいい。

「かつては噂話のみで『赤マントがA町にやってきているらしい。三丁目の空き地で野良犬と争っているのを見
た』といったように伝えられ、大いに恐れられたとか」
「変な証言足すな」
「そんな赤マントの噂も、オイルショックの混乱が一段落してトイレットペーパーが潤沢になったあたりから人
々の口に上ることはなくなりました。そのはずでした」

 オイルショックとはたぶんまったく関係ないが、確かにあまり最近の流行りという感じではない。説明しづら
いが、赤マントなんていかにも昭和っぽい話だと思う。

「しかし、それから数十年、この仁科の地に、怪人赤マント再びあらわる! ご覧ください、『殺戮! 怪人赤
マント』、このまがまがしい姿を」

 後輩がようやく自信満々で見せてくれた問題の写真には、確かに赤いマントを翻す覆面の人物が写っていた。
 それはあまり関わり合いになりたくない格好の女だった。
 出来れば絶対に関わり合いになりたくない格好をした女だった。
 獣の耳らしき二つの突起物のあるヘルメット。鼻筋から上をハート型のバイザーに遮られてその面相は不明。
赤マントの下に見え隠れするのは仁科学園高等部女子制服。白い手袋が握るのは女児を対象としたアニメに出て
きそうな魔法の杖。

「おわかりいただけたでしょうか?」
「近森さんじゃんこいつ」

 近森ととろ、またの名をカップルウォッチャー。他人の告白やデートや修羅場を物陰から見物するのが趣味と
いう俺のクラスメイトが、たまにこういう奇抜な変装をしていた。

「いいえ先輩。足回りが運動靴ですし、頭部の形状も若干異なるようです」
「カップルウォッチャー2号いんのかよ。……これも久遠かな。隣に黒咲さんいる」

 何やってんだあいつも。後輩の中で都市伝説化されすぎだし。

「そんな! 間違いなく怪人赤マントですって! この現代日本で、赤いマント姿で街をうろつくなんてそうは
ありませんよ!」
「それはそうかもしれんが、これはちょっと怪談にはならないな」

 むきになって強弁する後輩をあしらう。
 ちょっと普通じゃない変装をしたデバガメ女がひとり増えただけだ。
 ……それもまあ怪談といえば怪談なような気もするが、中身を知っているだけに怖くも何ともない。

「せっかく激写したと思ったのに……おのれ、わんわん太郎……どこまで私の邪魔をすれば気が済むのか」
「とんだ逆恨みだ」

 怒っていいぞ、わんわん太郎。
 あ、わんわん太郎って言っちゃった。心内文でのことなので、心の中だけで詫びておく。変な名前にしてごめ
んな、わんわんむすめ。
 ……。
 あんま変わらねえ……。

「しかし! まだまだ閑花ちゃんのターンは終わっていません! 絶倫です私!」

 話もひと段落して安心したところ、後輩の妖力のほうはまだ尽きていなかった。

「絶倫です私!」
「聞いてたよ! 無視してるんだよ!」

 もう付き合っちゃえよとか無責任なことを言ってくれるクラスメイトどもに、むしろ俺が「お分かりいただけ
ただろうか」と言いたい。一秒たりとも会話を続けていたくなくなる貫録のウザさ。

「先輩は、仁科学園の七不思議はご存じですか?」

 俺はあからさまにイヤそうな顔をしていたと思うのだが、後輩は何食わぬ顔で継続。

「全部は知らない。真田教諭の親子関係、購買事件、あと防火扉の隙間女、初代学園長の埋蔵金……は違うか、
あとは……ああニッシーがあった、それから理科準備室の開かずの冷蔵庫? ふーちゃん……くらいかな」
「だいたい表七不思議ですね」

 ……表?

「そこでそこでっ、“閑花ちゃんが調べた!仁科学園裏七不思議”っ! 最恐裏ビデオ豪華ラインナップをここ
でずらっと紹介しちゃいます! 永久保存版ですよ! 録画するレディはゴーです?」
「それもう始めちゃってるだろ」



●『戦慄! 屋上の幽霊ギター』 不思議度★★★☆☆/恐怖度★★☆☆☆/知名度★★★★★
【概要】放課後の屋上からギターの音が聴こえて来るが、行ってみると誰もいない。曲を最後まで聴くと死んで
しまう。しかしチョココロネをお供えするとその家は栄えるという。

「チョココロネは嘘臭いですかね」
「雑すぎんだろ」


●『逆襲! 妖怪どんぐりババア』 不思議度★☆☆☆☆/恐怖度★★★★★/知名度★★★★☆
【概要】いきなりどんぐりを投げつけてくる。どんぐりに当たると死んでしまう。

「有効な対策も対処法もなし、致死性の飛び道具持ち、気性の荒さと隙がないです」
「意味のわからなさがただただ怖い」


●『脳筋! 重量挙げ部』 不思議度★★☆☆☆/恐怖度★★★☆☆/知名度★★★☆☆
【概要】筋トレの果てに人間を辞めつつあるとか何とか。

「運動部の業の深さッ」
「お前もそろそろ人外じみてきたけどな」


●『邪悪! 三人ミサキ』 不思議度★★☆☆☆/恐怖度★★★★☆/知名度★★★★★
【概要】学園のカップルのもとに現れるという三人一組の悪霊。これに襲われたカップルはたちまち破局してし
まう。カップルを解消に追いこむと、三人のうち一人は成仏するが、別れさせられた男が新たな三人目として加
わるという。

「継ぎ足して作る秘伝のタレみたいな奴らだな……」
「中国四国地方には七人ミサキとかいうそんな妖怪の伝承があるんだとか」
「……そんなの下敷きにしてまで話作らなくていいのに」
「ふふん。まあ眉唾な話ですよ。だって、もしこんな連中が実在するなら、私たちのような熱愛カップルを放っ
ておくわけないからです」
「カップルじゃないからだよな?」


●『怨念! ふーちゃん』 不思議度★★★★★/恐怖度★★★☆☆/知名度★★★★☆
【概要】不思議な力を持っていたことが原因で、クラス全員から陰惨ないじめに遭った少女の怨霊ふーちゃん。
彼女は今も恐怖の噂を密やかに広め、またその力で物を隠したり、トイレットペーパーを水浸しにしたり、掲示
板に落書きをしたりとさまざまな悪さをしているという。

「なんかいきなりマトモになったな。怪談として」
「これは脚色してませんから。がちです」
 ――冤罪よ。
「やっぱり脚色してたんだ……」


●『妖精! しーちゃん』 不思議度★★★☆☆/可愛さ★★★★★(まだ成長中)/知名度★★☆☆☆
【概要】しーちゃん……一体誰なんだ……?

「この可愛さはもはや七不思議! ちなみに私は、閑花ちゃん。あなたの隣にいるの。一生」
「付き纏うな妖怪ッ」


●『怪獣! ニッシー』 不思議度★★★☆☆/可愛さ★★★☆☆/知名度★★★☆☆
【概要】裏山に棲むという謎の生き物。姿については目撃者によって証言が異なるが、毛むくじゃらだというこ
とだけは共通している。やまわろの一種とも、野生化した近所のガキンチョとも言われている。

「あ。しーちゃんでいじった恐怖度のパラメータを元に戻すの忘れてました」
「もう全然怖くないな」


●『魔壁! ネオ・コックリさん』 恐怖度★★★★☆/可愛さ★★★★☆/知名度★★★☆☆
【概要】ある生徒が行ったコックリさんの暴走によって、突如として謎の“壁”が学園を囲う。屋上よりよほど
高く聳え、それを越えることは何人にも不可能だった。運悪く中に閉じ込められた生徒たちは、邪悪な動物霊に
取り憑かれ、最後のひとりになるまで凄惨な殺し合いをさせられるという……。

「コックリさんの夏の最新モデルです。今大人気のバトルロイヤル要素や獣耳しっぽなんかも組み合わせてみた
りしてっ」
「ネオ……」



「――いかがでしたでしょうか!?」

 ネオ・コックリさんのパラメータまた間違ってる……。
 不思議度の消えた七不思議ってそれ悲しすぎないだろうか。どうでもいいか。いいな。
 何だかんだで後輩がスマホから見せてくれた謎の動画は演出が凝っていてよく出来ていた。

「取り敢えず七不思議なのに八つもあるから、しーちゃんとかいうのをクビにしよう」
「あっ、それ、いいっ! いいですっ!」

 何でいきなり興奮してんだコイツと思ったが、すぐに理解が及ぶ。どうやら“しーちゃん”という呼び方がい
たく彼女の琴線に触れたらしい。
 ……これは不覚だ。俺としたことが完全に油断していた。
 かくなる上はこの時間帯の会話じたいを打ち切ることで、このにわかに桃色化してゆくたわけた空気を散らし
てしまおう。

「さて、怪談でだいぶ肝も冷えたことだし、俺はそろそろ教室に……」
「先輩! 怖くなっちゃっても、だいじょうぶっ! しーちゃんにおまかせです! このしーちゃんがおトイレ
にお風呂にベッドの下に! ばっちりごいっしょしますよ!」

 あ、隙間女ここにいたわ。



 ※


 その日。
 俺は家に帰ってから、一度だけベッドの下を覗きこんだ――



 おわり





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