信長とカラス
世の中の何もかもを手中に収め、抱えきれない権力が黒鉄懐に憑依する。
袖からは逞しい二の腕の筋肉が岩石にも匹敵する硬度を誇らしげに見せる。
天を突く追うな長身とともに、長く神々しい輝きに満ちた金髪が髷のように括られて、勇ましさを兼ね備えた雅さを演出していた。
袖からは逞しい二の腕の筋肉が岩石にも匹敵する硬度を誇らしげに見せる。
天を突く追うな長身とともに、長く神々しい輝きに満ちた金髪が髷のように括られて、勇ましさを兼ね備えた雅さを演出していた。
「そこで頼み事じゃ」
ばっと片手で広げた扇子には金粉、細工、香が仕込まれ、うすぼけた教室を一瞬にして絢爛豪華なる二条城御殿黒書院へと
トリップさせる力があった。そんなウソさえ誠にしてしまう魔力に、半紙の前で筆を弄ぶ烏丸アリサが飲み込まれた。
トリップさせる力があった。そんなウソさえ誠にしてしまう魔力に、半紙の前で筆を弄ぶ烏丸アリサが飲み込まれた。
アリサは習字を嗜んでいる。
黒髪をポニーテールに結んだ、碧色の瞳を持ったエキゾチックな雰囲気を持つハーフの女子高生だ。
アリサは一日一時間、いや五分でも寸暇をいとわず筆を手に取る。
彼女の周りは墨の芳しい香りが漂うという。
文字には不思議な力が宿るから、わずかでもいいから恩恵を受ける。
毎日筆を取って文字に魂を込めつづけるも、彼女の思いが日に当たることは少なかった。
黒髪をポニーテールに結んだ、碧色の瞳を持ったエキゾチックな雰囲気を持つハーフの女子高生だ。
アリサは一日一時間、いや五分でも寸暇をいとわず筆を手に取る。
彼女の周りは墨の芳しい香りが漂うという。
文字には不思議な力が宿るから、わずかでもいいから恩恵を受ける。
毎日筆を取って文字に魂を込めつづけるも、彼女の思いが日に当たることは少なかった。
「別に急ぐ返事ではないぞ」
「え~。どうしようかな~。烏丸、そんな頼み事されるのは初めてです~」
「ははっ。お前さんの好きにすればいいのじゃ」
「……えーと~」
「え~。どうしようかな~。烏丸、そんな頼み事されるのは初めてです~」
「ははっ。お前さんの好きにすればいいのじゃ」
「……えーと~」
語尾を延ばす癖を恥じているわけでもない。凪打つ漆黒の墨汁が湛える硯に筆を置いたアリサの心中は、
それとは反してさざ波立っていた。自分はなかなか思い切れず、決断の一歩が踏み出せない子だということは分かっているのに、
今一歩躊躇う自分がいる。
それとは反してさざ波立っていた。自分はなかなか思い切れず、決断の一歩が踏み出せない子だということは分かっているのに、
今一歩躊躇う自分がいる。
「今すぐでなくていいんだぞ?この信長が目を止めたんだ。誇りに思え」
「確かに信長さんの格好ですね~?」
「確かに信長さんの格好ですね~?」
突き抜ける高笑いともやもやとしたアリサの疑問と迷いを残して、桔梗の紋が眩しい織田信長のコスプレに身を包んだ黒鉄懐は
アリサの部屋から姿を消した。懐が消えた部屋はビルを発破解体した後のような静けさと空虚感が残っていた。
アリサの部屋から姿を消した。懐が消えた部屋はビルを発破解体した後のような静けさと空虚感が残っていた。
信長……いや、懐からの要望に困り果てたアリサに残された手段はただ一つ。
誰かに聞くこと。
眉をしかめたアリサは幼なじみに電話をかける。彼ならきっとアリサに救いの手を差し延べてくれるはずだ。
いつも困ったときには彼が居てくれた。だから、アリサが迷ったときに、正しい選択を示してくれた。
だが、幼なじみとの電話は弛んだ糸が絡み付いたのか、一向に繋がらなかった。万事休す、刀折れ矢尽きる。
ふわりとアリサの頬を撫でる風さえも、今は煩わしく感じるぐらいにアリサは落ち着かなかった。
いつも困ったときには彼が居てくれた。だから、アリサが迷ったときに、正しい選択を示してくれた。
だが、幼なじみとの電話は弛んだ糸が絡み付いたのか、一向に繋がらなかった。万事休す、刀折れ矢尽きる。
ふわりとアリサの頬を撫でる風さえも、今は煩わしく感じるぐらいにアリサは落ち着かなかった。
気分は晴々としないのに、お腹だけは空く。心と体は別物だ。お年頃の女子だから、すぐに何かを摘んじゃいたくなる。
甘い物がいいな。アイスクリームなどどうだろう。牛乳たっぷりの濃い味は疲れた体を癒すし。いや、甘さ控え目なあんこも捨て難い。
エキゾチックな容姿に心を抱くハーフのアリサはゆらゆらと和か洋かと迷う。
そうだ、食べに(学食)行こう。例えば、京都には日本中の海の幸山の幸が集まるが、学食だって負けてられない。
種類が豊富なことで名だたる学食へアリサが向かうと、そこはうつけ者の館だった。
信長が天下統一を成し遂げ、いち早く京に上ってきたのか。それとも、戦の勝どきで、はたまた敵の武将の勇猛果敢な戦いを讃え、
黄金の髑髏(どくろ)で美酒を味わっているのか。
甘い物がいいな。アイスクリームなどどうだろう。牛乳たっぷりの濃い味は疲れた体を癒すし。いや、甘さ控え目なあんこも捨て難い。
エキゾチックな容姿に心を抱くハーフのアリサはゆらゆらと和か洋かと迷う。
そうだ、食べに(学食)行こう。例えば、京都には日本中の海の幸山の幸が集まるが、学食だって負けてられない。
種類が豊富なことで名だたる学食へアリサが向かうと、そこはうつけ者の館だった。
信長が天下統一を成し遂げ、いち早く京に上ってきたのか。それとも、戦の勝どきで、はたまた敵の武将の勇猛果敢な戦いを讃え、
黄金の髑髏(どくろ)で美酒を味わっているのか。
「はははっ。今日の宴は最高じゃ」
信長……いや、懐の前にずらりと並んだカツ丼、カレー、肉うどん。そして、ピザトーストと、見ているだけで満腹中枢を
麻痺させる品々に腹を鳴らせていたのだ。椅子に胡座をかき、扇子を乱暴に扇いだ懐は遠慮することなくピザトーストを手にして、
がぶりと口に入れた。野生味溢れる食べっぷりに遠巻きに眺めていたアリサもつばきを飲み込む。
麻痺させる品々に腹を鳴らせていたのだ。椅子に胡座をかき、扇子を乱暴に扇いだ懐は遠慮することなくピザトーストを手にして、
がぶりと口に入れた。野生味溢れる食べっぷりに遠巻きに眺めていたアリサもつばきを飲み込む。
「桶狭間の戦いで、今川善元殿を討ち破ったとき以来の気分じゃな!あの時はどしゃぶりの中、攻め時を迷ったものじゃ」
続いて、カツ丼。肉厚なカツと程よいぐらいの衣の歯ごたえが、しゃくしゃくと小気味よい音と共に伝わってくる。
甘すぎず、辛すぎずのたれが白米との調和に見事に合致して、日本人の心意気を胃袋から褒め称えていた。
たれの香りに釣られたアリサは一歩一歩学食の中に吸い込まれる。そして、肉うどん。甘さと辛さの微妙な距離を保ちつつ、
腰のない麺が嫌でも出汁を吸い込み続ける。時間が経つとみるみる増える魔法のうどんは腹持ちが良いと男子生徒の間では評判だ。
ただ、空腹に耐え兼ねたアリサは例外だ。手を伸ばせば麺に届く距離まで近付いたアリサは懐の姿を見て我に帰った。
甘すぎず、辛すぎずのたれが白米との調和に見事に合致して、日本人の心意気を胃袋から褒め称えていた。
たれの香りに釣られたアリサは一歩一歩学食の中に吸い込まれる。そして、肉うどん。甘さと辛さの微妙な距離を保ちつつ、
腰のない麺が嫌でも出汁を吸い込み続ける。時間が経つとみるみる増える魔法のうどんは腹持ちが良いと男子生徒の間では評判だ。
ただ、空腹に耐え兼ねたアリサは例外だ。手を伸ばせば麺に届く距離まで近付いたアリサは懐の姿を見て我に帰った。
「どうだ。うつけ者の宴はどこの誰にも負けんぞ」
うどん越しに見える懐の表情は、天下を手中に収めた信長そのものだった。
安土城の天守閣からの眺めに現を抜かす、日本国王の威厳とも表現できるではないか。
安土城の天守閣からの眺めに現を抜かす、日本国王の威厳とも表現できるではないか。
はっ。
刹那に光り輝く閃光。
青白く稲光のように、そして静寂さが吹き荒れる。
アリサのポニーテールがゆらりと揺れる。
足元から風吹き上がる。
青白く稲光のように、そして静寂さが吹き荒れる。
アリサのポニーテールがゆらりと揺れる。
足元から風吹き上がる。
「来る……わたしに来ます……」
自分の体の中に空海・橘逸勢・嵯峨天皇、日本史が誇る書道の神『三筆』が宿った。アリサに潜み、燻っていた大和魂が今、
聖霊と共に開花していた。硯に降臨した書の神が、雷電と共にアリサの手元を通じて現代に蘇る。三筆と信長では時代は違いすぎるが
この国に宿り、文化を育んだ者たちと言えば、まさに『神』と言えるような者ばかりだ。
聖霊と共に開花していた。硯に降臨した書の神が、雷電と共にアリサの手元を通じて現代に蘇る。三筆と信長では時代は違いすぎるが
この国に宿り、文化を育んだ者たちと言えば、まさに『神』と言えるような者ばかりだ。
アリサの耳には遠い時空の雲から詔が聞こえてきたのだった。
もっと、美しく。
もっと、可憐に。
もっと、可憐に。
剣豪の鮮やかな殺陣廻りを目の当たりにした。
それ以上の衝撃が学食中に広がる。
それ以上の衝撃が学食中に広がる。
一筆一筆に花びらが散って、桜の国の四季を一度に見るかのような。
呼吸をすることも忘れたアリサは夢中で書に魂をこめ続けた。
学食の机に半紙と筆、墨汁を湛えた硯を並べたアリサは、決して上手くはない筆使いで文(ふみ)を書き連ね始めた。
目の前で書道を始めたアリサに懐は声をかけようと箸を止めたが、聖霊に取り付かれたアリサに近寄ることも、話し掛けることも
恐れ多すぎて、禁じられてるように感じた。
呼吸をすることも忘れたアリサは夢中で書に魂をこめ続けた。
学食の机に半紙と筆、墨汁を湛えた硯を並べたアリサは、決して上手くはない筆使いで文(ふみ)を書き連ね始めた。
目の前で書道を始めたアリサに懐は声をかけようと箸を止めたが、聖霊に取り付かれたアリサに近寄ることも、話し掛けることも
恐れ多すぎて、禁じられてるように感じた。
「できました~」
信長……いや、懐は言葉を失い、そして扇子で口元を隠した。
いつのもどおりのアリサに戻り、菜の花畑の風が流れる。
アリサが書き連ねたものは『カツ丼 カレー 肉うどん ピザトースト……』と、懐が並べていた物と同じ物だった。
筆を置いたアリサは疲れきった表情で額の汗を拭いていた。頬を掠める風が今は心地好い。
いつのもどおりのアリサに戻り、菜の花畑の風が流れる。
アリサが書き連ねたものは『カツ丼 カレー 肉うどん ピザトースト……』と、懐が並べていた物と同じ物だった。
筆を置いたアリサは疲れきった表情で額の汗を拭いていた。頬を掠める風が今は心地好い。
「おしながきです~。和食は見て楽しむものです~。今日の品々と合わせて楽しんでください~」
「ピザトーストもか?」
「あ……書いちゃいました~」
「ピザトーストもか?」
「あ……書いちゃいました~」
懐に指摘された後のアリサの汗は、今までのものとは違った。
懐のツッコミは続く。
懐のツッコミは続く。
「アイスクリーム……か?おれは頼んでないが」
しまった。
ついついアイスクリームを食べたいあまり、自然とおしながきに書いてしまったことに顔を赤らめたアリサは
ぶんぶんと両手を振っていた。
ついついアイスクリームを食べたいあまり、自然とおしながきに書いてしまったことに顔を赤らめたアリサは
ぶんぶんと両手を振っていた。
「あの、あの~。迷ったんでます~。アイスクリームか……」
「はははっ。よし。南蛮渡来のアイスクリン、ここに参れ!」
「はははっ。よし。南蛮渡来のアイスクリン、ここに参れ!」
声高らかに、そして、柏手を打った懐はそのまま信長の姿のまま食券売場へと向かった。
アリサの携帯が鳴った。
幼なじみからのリダイアルだ。
幼なじみに頼ったことすら忘れ、あたふたと慌てて電話に出たアリサは、またも別の汗をかいた。
幼なじみからのリダイアルだ。
幼なじみに頼ったことすら忘れ、あたふたと慌てて電話に出たアリサは、またも別の汗をかいた。
「だ、大丈夫です~。迷ってないです~」
かたんとアリサの前にアイスクリームが。
信長からの賜り物だ。
信長からの賜り物だ。
「はははっ。迷うことは誰にもあるよのう」
「あ……ありがたき、幸せ~」
「あ……ありがたき、幸せ~」
白い褒美を口から垂らしたアリサに懐は、名古屋城のしゃちほこさえも見上げる高笑いをしていた。
おしまい。