あまりに脈絡のない展開なので申し訳ない限りだが、どうやら拉致監禁されてしまったらしい。
これを聞いて驚かないで欲しい事なのだが、全くを持って、攫われた時の事を覚えていない。一体誰が、何時、何処で、どうして、どの様に、何の為に、連れ去られたのか解らない。
その為、正直言って攫われたというよりも、気がついたらここに立っていた、という感じの方が近い。
今現在、僕の目の前にあるのは、ここにあるのは壁と床と天井だけです、と言っても良いぐらい何もない部屋である。
おまけに真っ白、天井そのものが照明になっているのか、強力な光が降り注ぎ、部屋の角にすら陰りは落ちていない。距離感を見失いそうな、そもそも壁を見失いそうな部屋である。
そういえば昔どっかで、純白の部屋で育った子供はキレ易くなる、とか聞いた気がする。なるほど確かに、何も無い真っ白な部屋というのは、どうにも圧迫感というか何というか、何か苛立つものがある。
割と結構な不快感だ。生理的嫌悪、という奴だろうか。正しく徹底した白っぷりである。
純白である。
ピュアホワイトである。
だがそれだけに、僕の影はくっきりと床に映っていた。まるで人型の穴か何かのように数分の乱れも無い真黒、それが純白の床にある。そして僕の影には、一本の矢が刺さっている。
そして、そして、そして。
まるでそれが杭だとでも言うかのに様に、僕の身体は極僅かにも動かない。
鎖に締め上げられた、というよりも、コンクリートに埋められた、って感じ。拘束されるというか、そもそも自分の身体は動く様には出来ていないんじゃないか、と、そう考えそうになる徹底した不動である。
「…………いや、マジで」
あ、喋る事は出来た。それに耳をすませば(この表現であっているのかは解らないが)、心臓の動く音がわかる。動けない、といってもそれは随意な部分だけであり、生理的な部分の動きは問題無いようだ。
まあ、そうでなかったら僕は生きていないだろうか、当たり前と言えば当たり前の話だが。
取り合えず当座は死なずに済みそうだ……いやいやいや、たとえ生理的に動けてもこのまま身体が動かなければ、遠からん内に餓死なり何なりで死ぬだろうけれども。
ああでも、どうやらこの部屋には僕以外にも人間がいるらしかった。気配と言うか、話し声と言うか、まあそんな感じのものが聞こえてくる。それから考えるに、部屋の中にいるのは、十や二十ではきかない、それなりの大所帯である様に思えた。
「その鳴き声、阿良々木君ね」
と、耳をすます僕を呼ぶ声をした。否、聞き覚えのある毒舌、というべきだろうか。
「戦場ヶ原、か?」
戦場ヶ原ひたぎ。
この善良無垢なナイスガイ、
阿良々木暦を捕まえて鳴き声とか言う奴を、僕は彼女の他に知らない。いや単に僕かどうかも解らないのに人の声をいきなり鳴き声呼ばわりする奴を他に知らないというか、他にいて欲しくないだけなのであるが。
嫌だなぁ、罵詈雑言だけで人を区別出来るのって。
「失礼な事を思われた気がするわ」
「気のせいだろ」
「失礼な事をされた気がするわ」
「返事しただけだろう!?」
単純な受け答えすら許されないのか!
「あら、阿良々木君ごときが私に声をかけるだなんて、失礼以外の何があるのかしら?」
「お前の中で僕はどんだけ低ランクなんだ!?」
「ドブネズミ以下よ」
「即答!?」
「冗談よ」
「本当だな、本当に冗談なんだな!?」
「ええ……冗談抜き、本気よ」
「つまり冗談じゃないって事か!」
「そんな事無いわ。本当よ? 阿良々木君が虫以下だなんて、そんな事ある訳ないじゃない」
「…………………」
「阿良々木君は虫けら道以下よ」
「そんなこったろうと思った! そう言うと思ったよ!!」
本当に期待を裏切らない奴だな、戦場ヶ原ひたぎ!
畜生、おちおち期待も抱かせやしねぇ! 油断も隙もありゃしねぇ!
「犬の糞以下よ」
「まだ下がるのか!? 一体お前の中で僕はどんな位置づけなんだ!」
「……ぇ、そんな事を、わ、私の口から言わせる気?」
「何だその反応! 本当に僕はどんだけ下だと思ってんだよ! お願いだから教えてくれ!」
「自分の下等さを言って欲しいだなんて、あいかわらず阿良々木君はマゾね」
「という事はお前はサドだな!? その認識が通せるなら僕は敢えて汚名を被るぞ!」
「大丈夫、安心しなさい。……阿良々木君の位置づけはね」
そこで戦場ヶ原は、慈愛に満ちた口調で、言った。
「――縁の下の力持ち、よ」
「それは単に最底辺ってだけだ!!」
オブラートに包めば何でも良いと思うなよ!
その程度で誤摩化せると思うなよ!
「私の中でそうだって言う事は、つまり全世界の共通認識よ」
「僕の存在は地球上の生物全てを支えていたのか!」
アトラスもびっくりだ! すげぇ、僕は今神を超えた!!
「いえ、単なる下等生物よ」
「言い切った! 言い切りやがった!!」
「下等静物よ」
「もはや生き物ですらない!」
「そうね、静かな阿良々木君の存在価値なんて、マイナスだもの」
「マイナス!? ゼロですらないのか!」
ここにあるという、それすらも許されないというのか!
「本当、喋ってこその、阿良々木君よ」
「……まぁ、お前等のせいで喋らされてるって気もするんだけどな」
羽川翼、とか。
八九寺真宵、とか。
神原駿河、とか。
千石撫子、とか。
忍野メメ、とか。
あとは、忍野忍、とか。
でもひょっとしたら、それこそ冗談ではなく、本当に喋り相手が欲しかったのかもしれない、と、思わないでも無い。確認出来ないほどに身体が動かせないのだが、どうやら戦場ヶ原も身体が動かせないようだ。
僕と同じ状況だというのなら、ひょっとしたら、見ず知らずの場所で理由も解らず身体が動かせない、この状況に心細いのかもしれない。
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………………………………。
…………………………………………。
いや、どうかなぁ。こいつに心細いとか、そんな感情があるかなぁ。僕の、まあ、彼女ながら、そこは甚だ疑問だ。こいつの心で細い場所なんて、先っちょだけなんじゃないか? 先っちょだけ細い、要するに棘型。
棘型の心。
心に棘、ならぬ、棘の心を持つ女。
戦場ヶ原ひたぎ。
なぁんて、およそ恋人に抱かないであろう感情を思っていると、何時の間にか、一人の男が現れた。
「駄人間は騒がしいねぇ、騒がしいのが駄人間なんだねぇ」
それは世にも珍しいジャケットを着た、中肉中背の男だった。
いや、なんて表現すれば良いんだろうな、あのデザイン。こう表現し辛いっていうか、解り辛いっていうか、普通の人間は着る以前に思いつかないであろうデザイン。
あ、でもアレに似てるな、あのジャケット。
安全ピンに。
安全ピンの様な、ジャケット。
真っ赤な、安全ピンの様な、ジャケット。
「やっぱり駄人間は駄人間だよね、煩いしでかいし面倒くさいし、ていうか可愛くないし。やっぱり僕の魔法で『固定』すべきは少女なんだよ。
そもそも僕は少女専門なんだからさ、全く、何が悲しくて十代より二十代に近い、それも男も含めた連中に使わなきゃいけないんだろうね、あの人の命令じゃなかったら絶対にやってないよ」
「……影谷蛇之!?」
すると、背後から女の子の声がした。叫ばれたのは名前、それがあの安全ピンみたいなジャケットを着た男の名前なのだろうか。
「なんで生きてるのがお前なの!? 影も形も残さず葬ったのが、あの時の私の筈なのに!」
これまた斬新すぎる喋り方だった。
この男と知り合いなのだろうか。だとすれば納得する気がしないでもない、変な喋り方である。ひょっとして外国人か何かなのだろうか。だとすれば、さっき男が言った単語も、納得しないではない。
魔法、とか。
『固定』、とか。
そして、僕の背後に立っているだろう彼女の姿を見たのだろう。影谷というらしい男は、笑った。
…………。
うぁ、気持ち悪い笑い方だな。
「あっははははぁっ! ひっさしぶりだねりすかちゃん、良い顔するねりすかちゃん、可愛いねりすかちゃん、愛してるよりすかちゃんっ! あっははははっはぁ、少女でもねぇ駄人間共を『固定』したかいがあるってもんだぁ!
またりすかちゃんをこの目で見る事が出来たんだからねぇ! あーりすかちゃんりすかちゃんりすかちゃんりすかちゃんりすかちゃんりすかちゃんりすかちゃん、りーすかちゃーんっ!」
影谷蛇之。
であって一分になるかどうかの付き合いだが、人となりは理解出来た。
ぶっちゃけ、変態である。
……絶対なんか犯罪犯してるよ、こいつ。
だがイナバウアー的に大爆笑していた影谷は、唐突に、鍬を振り下ろす様な軌道で身体を起こし、にやついた顔で僕らを見た。そして、言った。
「はーいこれより君達にはっ、殺し合って頂きまーすっ!」
「……………………」
は?
「ルールは簡単! 殺し合うアイテムとか食い物とは支給してやるから、それを使って自分以外を残らず皆殺しにしろ、それだけでーすっ! あっはははぁ、超簡単、猿でも解る、駄人間でも解るぅ!! そこに痺れる憧れるぅっ!」
……………………え、えぇ?
ちょっと待てよ、殺し合いとか、何だよそれ。
「……いきなりなんだよ!?」
叫んだ僕を、影谷は振り向きもせずに答えた。いや、答えるというよりも、狼狽える僕らが面白くて、もっと狼狽えさせてやろうとしている、そんな感じのする対応だ。
「お、訊いちゃう、訊いちゃう? でも答えてあげないんだなぁ! あ、でも僕達に逆らわない方が良いよぉ? 君達の首にあるそれが、逆らった途端に、ボンッ! だからねぇ」
「首、輪?」
そう言われて、僕は初めて気がついた。自分の首を一周する、金属みたいに固い物に。
「そんな事は訊いてねぇんだよ!!」
だがそこまで言った所で、さっきと同じ女の子の声が、しかしまるで違う口調で、響いた。
「死にくさった死罪人がっ! このわたしにしっかりきっかり殺された筈のお前がっ! 何で生きてるんだって訊いてるんだ!!」
殺した?
この、それこそ小学生みたいな幼い声をした、おそらく女の子によって?
「生き返らせられたのはお前なんだろう!? 蘇生されたんだろう!? ……お父さんに!!」
生き返らせる?
蘇生される?
お父さんに?
あの子の父親に?
僕も怪異とか、この世の裏事情には足ならぬ首を突っ込んでいるが、死んだ人間が蘇るだなんて、聞いた事ないぞ? 忍野だって言わなかったし……ていうか、ありえるのか、そんな事。人を生き返らせる、なんて。
だがその問い掛け(というか詰問)は、正解らしかった。
「だーいせーいかーいっ! その通りだよりすかちゃん、りすかちゃんがその通りだよっ、さすがだなぁりすかちゃん! りすかちゃんりすかちゃんりすかちゃーんっ! あっははははぁ!」
言われて、影谷は再び大爆笑。
「その通り、見事キミ達に殺されちゃった僕は、この度あの人のお陰で生き返らせて頂きましたっ! 君達を殺し合わせる、このゲームを動かす為にねぇ!」
「……ゲーム」
殺し合いが、ゲーム?
………………どういうつもりだ、この男。
「……てめぇっ!」
「でーはっ!」
僕が言おうとした、直前。
影谷蛇之は、唐突に会話を区切った。
「君達の殺し合いゲーム、バトルロワイヤル、その主催様である??」
溜めて。
溜めて。
息を吸って。
「――
水倉神檎さんからの伝言!」
直後。
影谷の顔から、身体から、一切の個性が抜けた。
まるで、別人に乗っ取られた様な。
まるで、別人になった様な。
そんな感じになって。
出てきた、声は。