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Interlude ~Power.Peace.Pabulum~

ガゼル=イヴン=カーリマンならびに『導人会』を中心とした、『櫻國事変 序章』のイベントを受けての幕間劇です



「――――言葉にならない。これが天祐か……ッ!!」

2019年2月9日、その男は叫んでいた。
水の国、後に『櫻国事変』と呼ばれる事件の端緒。まさに「その時、歴史が動いた」瞬間だった。
その、時代の1つの節目をして、彼は正に、正確にその潮目を掴んでいた。世界は変わる――――時代は変わる、と。

「――――すぐに『導人長老会』に緊急招集を掛けろ!
 あぁ、アヴー・シャダール、ジャファー=アルトゥール、アルマンド=カーチス、ネルガル=ロンバルド達にだ!
 動くぞ……今こそ、我々にとっての勝負の時!!」

久々の、胸の高鳴りを抑え込みながら、叫び声が闇の中に響いていく。
異国の事件で、世界が変わる――――事態は正に『事変』と語られるに相応しい、変革の時を迎えていた――――。



――――風の国、首都エルジオのスタジアム。
この日、政治結社『導人会』の緊急公開集会に、6万人前後の国民が足を運んだとされている。
時代は、世情の不安を異能の存在へとぶつける、1つの異能脅威論に傾きつつある。
そんな中で、水の国に続き『魔能制限法』の制定を目指すとされている『導人会』の、緊急公開集会は多くの人々の関心を集めていたのだった。
日常が、あっけなく崩壊する。そんな事態を、人々は経験しすぎていた。彼らの、政治的テーマの関心は、それだけ高まっていたのである。

同時に。スタジアムに集まった人々は、運営陣は別として、更に2つに分けられていた。
大多数の一般人と――――少数の能力者。何故に『導人会』の集会に、複数の能力者が集ったのかと言えば、答えは簡単だった。
この日の公開集会に冠されたテーマ――――『能力者、無能力者、全ての国民の未来を論ず』。この事を、入念に喧伝して回っていたのである。
――――先に水の国で発生した、能力者の少女の、あからさまな闇に葬られた、虐殺事件。
日々肩身が狭くなっている中で、能力者の方も、もはやこうした声に関心を寄せない訳には行かなくなっていたのである。

会場収容の時点でも、時折物騒な罵声が、両者の間を飛び交う瞬間があったものの、それを『導人会』の特別スタッフが制止する。
『黒装隊』――――全身を黒い装束に身を包み、この日の為に武装化して運営スタッフを務める、『導人会』の『実働部隊』であった。
会の進行に支障をきたす真似は止めて欲しい。温和に、だが無言の圧力を含めた制止は、彼らの暴発を宥める。

――――この日の会衆の最大の関心事は、導人会きっての強烈な論客である、『彼』の言葉だったのだから。

「――――それでは、お集りの皆様に向けて、導人会『広報・実働部』代表の、ガゼル=イヴン=カーリマンからのご挨拶があります……!」

会の進行を請け負った『渉外部』代表の幹部、アルマンド=カーチスの司会に合わせて、褐色の肌に琥珀色のサングラスを掛けた男が、登壇する。

「――――フン、随分と大体な事を考えたな。メインイベントを会の頭に持ってくるとはよ……」
「……『織る前に染める』のだ。任せろ……俺が染めてやる……織るのは任せたぞ、ジャファー……」
「言われるまでも無いね。ほら行けよ、馬鹿どもが、ありがたいお言葉をお待ちだぞ?」

登壇の際、通り過ぎる席で――――『戦略・対策部』代表、ジャファー=アルトゥールと、さりげない言葉を交わす。
そうして登壇した男に、会衆は、思い思いの歓声を上げた。力強い演説で、泡沫政治結社である導人会を、一躍有名にしてのけた立役者。

――――砂の国から風の国に帰化した、元軍人、ガゼル=イヴン=カーリマンである。




歓声は、中々やまない。同時に、ガゼルは聴衆の前で、ひたすらに沈黙を貫いた。
人々が本格的に関心を寄せ、言葉に集中するためには、一心に注目を引き付ける必要があるのである。
歓声は、やがてざわめきに変わり――――そして、水を打ったように静まり返る。彼はこの時を待って、ゆっくりと口を開いた。

「――――今日は、我々の公開集会に参加していただき、感謝の念に絶えない。だが、我々は諸君を『客人』としてもてなすつもりはない
 なぜなら……これは我々、全員の未来に関わる事であり、そして、全員で紡ぐべき未来のための集会なのだから」

傍のスタンドに、1枚限りのメモ用紙を携え、時折視線を落としながら、ガゼルは静かに語り始める。
時と場合により、語り口を変える、それも重要な演説テクニックである。この時、ガゼルは密やかに立ち上げる事を選択した。

「突然だが、1つ確認をしておきたい……我々には『自由』がある
 住む場所を選ぶ自由、金を使う自由、主張をする自由――――そして、犯罪を犯す自由だ――――!」

不意に紛れた、不穏な言葉。それが会衆に揺さぶりをかける。その揺らぎこそ、ガゼルの求めたものだった。
わずかに上がる訝しい声を無視し、ガゼルの言葉は続く。

「何を馬鹿な、と思われるかもしれないが、これは紛れもなく自由なのだ。そして事実なのだ
 個人の良心、法の罰則……そうしたストッパーは、いわば心理的なものに過ぎず、物理的なものではない
 だからこそ、人には『意志』さえあれば、そして己を捨てる覚悟があれば、犯罪を常に実行する事の出来る立場にある
 すなわち、これもまた、1つの自由なのだ……その事は、否定しようもないだろう」

最初の言葉は、集会のテーマから遠いところから入る。人々の関心が、何故と疑問を挟む前に、次なる疑問を湧き上がらせて、そこに答えを示す。
迂遠なやり方ではあるが、こうして人の心理を操作していかなければ、こうした壮大なテーマは、語りにくいのである。

「……犯罪を犯す自由と言うと、なんとも不道徳な響きに思われるだろう。そしてそれは本来、我々にとっての『敵』である筈のものである
 すなわち――――平和な生活、平穏な日常を侵す、我々の求める、『未来』という『宝』を砕こうとする、敵であるはずのものだ

 だが……犯罪を犯す自由は、言い換えれば「生き方を決める『自由』」でもある。だからこそ、この自由を『制限』する事は、本来的に不可能なのだ……
 人から、どうあっても犯罪を犯す事が出来ないようにと、犯罪を成立させしめる力を奪ったら、どうなるだろうか?
 言うまでも無いだろう……あらゆる世界で不道徳とされる『殺す・奪う・偽る』を、物理的に不可能とさせるなら……
 他者を手に掛ける腕を切り落とし、逃げるための足を砕き、偽りを述べるための口を潰さなければならない……

 ――――諸君に1つ問いたい。そんな様になった人間は、果たして健全な人間として、生きられるものか?」

問いかけに、会衆は重く息を飲む。平和のために――――その一言は、これだけの重々しいテーマを、不可避のものとして、突き付けてくる。
正に「言うは易し」という事だろう。平和と言うのは、それだけの難しい概念なのだ。人々の求めるものは、はるかに遠い。その事実を、思い知らされる。

「……そうだ。そうやって危険を排除する事で、求める平和を実現しようというのなら、人は、人である事を捨てなければならない
 人は、自由という宿命に縛られている。それ故に、人は自由でありうるのだ。自由は、当然の代価が課されている
 そこから目を逸らせば、人はその意味を簡単に見失う。そしてその果てに待つのは……人間、その尊厳の死だ」

会場に集まった人間、ほぼ全員の表情が暗く沈む。語られる言葉は、あまりに陰性に傾き過ぎていた。
しかし、その言葉はやはり、正しいのである。そして正しいからこそ、多くの人間が何とかしなければと考え、あがき、そして再び模索するのだ。



「――――そう。平和のためにと自由を奪う事は、あってはならない。それは、人としての生き方を際限なく縮め、歪めていく歩みにしかならないからだ
 人を撃つかもしれないからと、警察官から銃を奪うか? 人を刺し殺すかもしれないからと、料理人から包丁を奪うか?
 銃を奪われた警察官、包丁を奪われた料理人に、警察官としての、料理人としての生き方が出来るか?
 ――――否なのだ。警察官は銃を持ち、料理人は包丁を持たなければならない……!」

わずかに語気を強め、ガゼルは一呼吸置く。その一呼吸の中で、会衆の表情を見渡した。

(……俺の言葉の向かう先を察したのは、精々1割くらいか……なら、少し遠回りだ……)

聴衆の理解度を把握しながら、言葉の行き着く先を調整する。これをやらなければ、言葉で人を引き付ける事は出来ない――――。

「……人には、自由がある。それを保証されなければならない。だからこそ――――罪には罰を。罪人にのみ、罰は与えられるのだ
 罪を犯さぬ者に、罰が下されてはならない。罪を犯しもしない人間が、自由に生きていくその尊厳を、犯される事があっては、決してならないのだ……ッ
 ……法が、罪を定め、そしてそれに触れた者のみを処罰するのは、当然の事……それを踏み越えれば、自由を犠牲にしなければならない……ッ」

――――聴衆が、わずかに苛立ち始めている。ガゼルの口から出てくる言葉が、どこに行きつくのか、それを見出せないのだ。
同時に、その現状を振り返る言葉に、聞き飽き始めている。そんな事は、生活をする中で、現状の世情に問題意識を持つ中で、既に考えている事だ、と。

――――――――それをこそ、ガゼルは待っていた。

「――――ならばこそ、今問おう! 我々の目指すべき未来は何だ!?
 我々は『魔能制限法』を制定し、それによってこの国の未来を、宝へと変える事を目指し続けてきた!
 だが、忘れてはならない……我々は未来をより良くする事を目指しているのだ! それは決して、国益を損ねる事ではない!!」

そのタイミングを計って、ガゼルの言葉は高潮する。会衆のフラストレーションが溜まった時、それに応えてみせる。そうすればこそ、人の心を、動かす事が出来るのだ。

「この場には、能力者諸氏も集っている! だが、忘れてはならない……犯罪を犯す自由は、生来誰にでも保証されているものだ!
 そして、個の場に集った彼らは、犯罪者などではない! 日々をそれぞれに生きている、無辜の国民だ!
 なればこそ、『魔能制限法』が求めるのは、そんな彼らを罰する事ではない!」

会場に顔を出していた、少数の能力者の表情がわずかに緩む。『敵対者』として言論を展開していたはずのガゼルが、自分たちの立場を擁護したのだ。
同時に、一般会衆の中に、もう容易に見て取れる苛立ちが募る。『魔能制限法』を求める『同志』のはずなのに、何を言うのか、と――――。

「そんな、基本的で大事な事を忘れた愚かな人間たちが、集う場所がある!
 もう諸君らには分かるだろう――――水の国。既に『魔能制限法』を施行している、いわば『魔能制限法』の嚆矢となった国だ!」

いよいよ、言葉は本題に入る――――全員の関心事に、言葉の方向性が一致した。
水の国のニュースは、風の国でも話題になっている。その事を、それぞれの頭の中に思い起こされた。
能力者にとっては、屈辱と慙愧の念を伴って。無能力者にとっては、驚愕と危機感を伴って。そして全員に――――『恐怖』を伴って。




「――――水の国の『魔能制限法』が、何をもたらしたか考えるがいい! そして水の国が、人の正常な条理に報いているのか、考えるがいい!
 能力者に一方的な不便と苦痛とを強いり、彼らに『悪』と言う、根深く、深刻なスティグマを刻み付け、そして無辜の死を、国家が闇へと葬り去った!
 これが正しい世界か!? これが輝かしい平和な、宝のような未来か!? これが平和への最適な道筋か!?
 水の国は、自ら敵を作り出し、そして自ら自分たちの日常を、平穏を崩壊させたのだ! 社会の中に不和と敵対を生み出し、無駄な争いを生み出すまでに追い詰めた!

 水の国の『魔能制限法』は、反駁を生み出し、櫻の国の介入を生み出したのだ! そして今後、内戦を生み出し、社会に明確な差別を生み出す事だろう!
 そんなものは国の未来になんら寄与しない! 我々が求める『魔能制限法』は、そんなものであってはならない!!」

言葉はいよいよ熱を帯び、そして勢いを増す。全ては、会衆の心を巻き込んで。

「考えてみるがいい! 敵は能力者か、それとも無能力者か……そうではない。敵はどちらでもない
 敵は、ただ……輝かしい未来に泥を塗る意志を持つ者たち、それだけだ! この場に集った者たちは、その全てが同志だ! 我々の中に『敵』は居ない!!」

能力者の集うスペースを指さし、一般人の集うスペースを指さし、ガゼルは宣言する。ここに、ボーダーラインは存在しないのだと。

「……マジョリティが能力者を恐れる心は、間違いではない。それは仕方のない事だ。だが、能力者が持つ意志の形は、何も変わりはしない!
 能力者が、能力者である事に誇りを持てば、そして、我々全てが同胞なのだという意識を持てば、異能はその時、敵ではなくなるのだ!!

 ――――考えてみるがいい。銃を向けてくる殺人犯と、異能の行使をぶつけてくる殺人犯、どちらが恐ろしい、どちらの方が『より恐ろしい』!?
 そこに差など無い。危険なものはみな危険であり、無害なものはみな無害なのだ!

 ――――水の国は、その基本を踏み越えて、放棄して、自業自得の災禍を国内に生み出したのだ!
 その再現を求める者は、この国の未来には不要だ! 即刻この場から立ち去るがいい!! 真の未来を求める者は、今、声を上げろ!!
 繰り返そう、我々の敵は能力者ではない!! また能力者の敵は我々ではない!! 国の未来を脅かす者、其れこそが本当の敵なのだ!!」

――――いつの間にか、聴衆の視線がみな一様に、真剣にガゼルへと向けられている。今や、その言葉の一字一句が、彼らの心を動かしていた。

「我々の『魔能制限法』は、能力者を排除などしはしない! 暴力を制限し、順法の精神を持つ能力者の立場を、保証するものだ!
 我々はこの国の同志であり、共に明るい未来を求める者だ! 国の未来に寄与し、そして同志である事に誇りを持つなら、そこに能力者の排斥など不要だ!
 我々は水の国の愚か者どもではない! 私はその賢明さを、諸君に要求する!! 未来の正解は、『真実の敵』に打ち克つことによって、掴み取るものだ!!

 『正義』をもって、『悪徳』に打ち克て!
 『真実』をもって、『虚偽』に打ち克て!
 『明朗』をもって、『欺瞞』に打ち克て!
 『博愛』をもって、『憎悪』に打ち克て!

 水の国の轍を踏む事はない! 能力者を『社会の敵』に追いやる必要も無ければ、無能力者の悪行に沈黙し、屈服する必要も無い!
 差別的な都市を構成する必要も無ければ、他国の軍隊に我が物顔で居座らせる必要も無いのだ!!



 ――――――――我々全てを共にして、未来という宝を取り戻す!! 我々は、『風の国の民』なのだ!!」

天を指さし、そして力強く宣言するガゼル――――歓声が、スタジアムの中に溢れかえった。

一般人には、『真実の敵』という概念を見出させる事で、社会の閉塞感の『正体』を見出させ。
能力者には「水の国の失敗を繰り返さない」という宣言で『魔能制限法』を受け入れさせる。

全ては、水の国で起きた能力者テロが、全員の念頭に置かれていたからこそ、成立した心理の流れだった。



――――水の国を、徹底的に敵役として利用する事で、正解は両者の対立ではなく、結局は社会意識の欠如した犯罪者、そして貧弱な為政者だという結論を導き出した。
そしてそこに、両者の橋渡しを演出して見せたガゼルの姿を、希望として植え付ける。
水の国をダシにして、緊張感を醸成し、そして「我々は違う」という言葉で、一体感を生み出させる。

その流れは――――どうやら見事に成功したようだった。『黒装隊』達は自然に下がる。仕切られていた一般人と能力者が混ざり合い、そして、何も起こらなかった。
対立を、融和で越えて見せた――――小さな、だが確かな『結果』が、そこにはあったのだ。

メモを携えて、ガゼルは降壇する。会衆の興奮は冷めやまず、新たな『啓蒙』に目覚めた感動を、素直に表現していた。

――――俺たちは、風の国の民だ!
  ――――新時代へは、私たちこそが相応しい!
    ――――あたしたちは、みんな1つなんだ!

ガゼルの演説は、成功と言って恥じない結果を残して終わる。疲れ果てた表情で、用意された席へと戻ると、そこにはジャファーがニヤニヤした表情で待っていた。

「上手く行ったようだな、先生?」
「――――途中で暴発されぬかと、ヒヤヒヤものだったぞ……だが、確かに上手く行った……
 これで間違いなく、我々は次のステージに至る事が出来る――――ところで、ネルガルは?」
「あぁ、あいつなら血相変えて飛び出していったよ。今回の成功から、また金を引っ張る事を考えてるんだろう?
 今回、賭けと言うしかない金額で、この集会を開催した訳だからな……その回収に、必死にもなるさ
 人生1個分くらいの金で成功したんだから、そこから人生2個分くらいの金を、何とか持ってくるだろうよ……」
「……アレが『財務部』の代表だったからこそ、俺たちが活動できている様なものだからな。まぁ、仕方がないだろう……」

汗を拭い、差し出されたペットボトルを煽りながら、2人は興奮する会衆を見つめていた。
今回、合いの手などの演出は一切用意していない――――それでこの盛り上がりなら、上出来である。
そして彼らは――――間違いなく『導人会』の味方となるだろう。人々を希望に導くのは、やはり『導人会』の役割なのだ、と。

「で、では……我らの具体的な方策と、提案について、導人会『戦略・対策部』代表の、ジャファー=アルトゥールより、ご説明します……」

少し、興奮の薄れてきたタイミングを計らって、アルマンドが会を進行させる。次は、ジャファーの出番だった。

「それじゃ、俺たちなりの『魔能制限法』を、お披露目しますかね……染めてくれた大先生、織るのは、任せとけよ?」
「……良いから、行ってこい……」

登壇するジャファーを見送って、ガゼルはようやく人心地つく事が出来た。後は、真剣な表情で、会の進行を見送るだけである――――。



――――そこからの進行に特筆すべき点は存在しなかった。最初のガゼルの熱に充てられた民衆は、その後の進行を精査するだけの冷静さを、持ち合わせていなかった。
ただただ、彼らの言葉に熱を上げ、そして胸を打たれる――――ただその繰り返しだったのだ。
『能力者の総整理。及び免許・階級制』『非常時における、緊急権限の創設』『風の国国軍の拡張』――――これらの主張が、6万人に完全に受け入れられた。

『織る前に染める』――――本義的には「徹底的に洗脳する」という意味である。
最初の掴みで、会全体のテンションを最後まで演出しきったガゼルの言葉は、正に会衆を「織る前に染めた」のだった。



――――その集会を、後の『導人会』は『奇跡の夜』として、繰り返し喧伝する事になる。
集まった一般人と能力者が、世相の軋轢を越えて、1つになり、手を取り合う。それを1人の男の演説で、実現せしめたのだから――――。

「しかし……よくもまぁ、あんな言葉1つで全てを片付けたもんだなぁ、ガゼルよぉ?
 あんな、なんも中身の無い言葉を、言い方1つで神の啓示みたいに仕立て上げちまいやがって……」
「……こんな言葉を知っているか? 「悩みを相談する人間ってのは、既に半ば答えを用意している」と言う……
 ……俺、いや『私』は、彼らの希望を煽り、それを否定した上で、途方に暮れた連中に新しい答えを用意してやっただけだ
 「何が悪い、結局特定の個人が悪い」……これでは確かに、なんの解決にもならないな。だが、能力者を排斥する先に正解はないと、自覚させれば後は簡単なのだ……」

集会後、後片付けに追われる面々を残し、ガゼルとジャファーは先にホテルへと引き上げていた。
薄暗い部屋の中、2人の男は杯を酌み交わす。その表情は、愉悦と嘲笑に満ちていた。

「……『戦略・対策部』のお前としても、こうなればやり易かろう……これまでは名を売るだけだったが、今、明確に支持の基盤が出来上がった
 ――――国政に打って出る事も、いよいよ視野に入ってきたという事だ……」
「あぁ。話に聞く限り、200人くらい入党希望が出てきたらしいぜ? しかも、見どころありそうなのも、チラホラとな……
 人的資源も確保したし、後はお前らのところの兵隊……『黒装隊』を増強していけば、当面の障害は、全て無くなる事になるだろうよ……」

肴は、先の成功と、未来への展望――――希望を売り物として見せた彼らは、自らの未来を掌中にしていた。

「だが……まだ、アヴー・シャダールは渋っているか……?」
「ハッ、あの爺さんにも困ったもんだ……まぁ、このまま「静かなる見守りの父」でいてくれれば、別に問題はないだろう……
 算盤勘定のネルガルと、交渉役のアルマンドもそうだ……先に先に進んでいくのは、俺たちだよ、ガゼル」
「そうだな……――――本当に、あの水の国の事件は、ありがたい契機だった……
 あれがあったからこそ、今回の言葉は、上手く会衆に染み込んでいったようなものだからな……」
「あぁ……お前が『直ぐに、出来るだけ大規模な集会をやりたい』って言いだした時は、流石に殴ろうかと思ったが……お前、読んでたんだな、この展開を……」

掌中の珠は、後は握りしめるだけである。彼らの、彼ら独自の策謀は、いよいよ結実しようとしていた。

「……賭けには、勝って見せたぞ?」
「あぁ、『UNITED TRIGGER』も、この路線で進むなら、もう問題はない。『トリカゴ』は、まだまだ気にするものじゃない。これで――――」



「この国は、俺たちのものになる」
「この国は、俺たちのものになる」

ゆるりとした、グラスに満ちた酒の揺らめきは、2人の成功を祝福する様だった――――。

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最終更新:2019年02月19日 19:17