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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第03話

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だれでも歓迎! 編集
暑い。
不快指数が誰から見ても100を軽く突破する、湿気の多い蒸し暑さ。
どろどろと煮え固まったような、熱気を帯びた空気。
すでに日が落ちた後だというのに、アスファルトから立ち上る熱はいまだ陽炎を作らんばかり。
人通りは少ない。
誰もがこの暑さから逃げたくて屋内にこもっているのか、と思うほど。うだる暑さ。

―――もちろん、それだけが理由なのではないのかもしれないが。

ここ最近、この街にはたくさんの噂が立っていた。

『白い服を赤い血で塗らした金髪の女がうろついている』
『青い目をぎらぎらさせた殺人鬼がナイフを持って徘徊している』
『黒い猫と白い猫』
『どちらでもない猫には―――』
『血に飢えた笑顔が人を食ら』
『……い髪をなびかせた女の子が兄さんはどこって』
『違うって。あれは絶対ロボッ―――』

夜を超える度に増える噂。
それとともに減っていく夜を歩く人々。
果たして、噂を恐れて出歩かない人が増えているのかそれとも―――本当に人が人が減っているのか。
それすらも分からない。
本来なら、後者は一笑に笑って伏されるところだろうが、この町の住人にはそうもできない理由があった。

昨年の冬、この街には本当に殺人鬼がいて。
たくさんの犠牲者が出た事故が殺人事件に呼応するように起きた。
だから、そういった噂には敏感になっている。

そんな暮れなずむ町の中で、薄暗い人通りの少ない道を大汗をかきながら一歩、また一歩と歩む少女がいた。
はぁ、はぁ、と息を乱しながら、彼女は夕暮れの町を一人歩く。
彼女が息を荒げている理由は、誰が見てもすぐ理解できた。
ローティーンくらいのゴシックロリータの銀髪少女が、近くの学校の制服を着た意識のない女子高生を背負い、顔を真っ赤にしながら歩いていたのだ。

彼女は、それでも誰かに助けを求めることなくただ歩く。
流れ落ちる汗など気にせぬように、彼女は背負った娘に言い聞かせるように告げた。

「待ってるで、ありますよ……もうすぐでありますからなっ」

そう繰り返し唱えるように告げて。
少女は、誰の目にも触れられることなく、やがて路地から消えた。


今日も今日とて営業中の、風鈴の音色も涼しい居酒屋ろんぎぬす
店には、数週に一度やってくる奥の御簾つき座敷席に陣取った翠緑の髪の美女。
しかし彼女は一人ちびりちびりと呑むのが趣味のために、ほとんど店主と会話をかわしてくれはしない。
今店主と話しているのは、カウンター席に陣取ったどう見ても未成年の少女二人だった。

「それで―――お前は、あれから進展したのか?」
「……。いまいち」

長い金髪をなびかせて米リキュール『すず音』をくいっと飲み干す少女。
オレンジとカシスのミックスジュースをストローですすりつつ茫洋とした中に残念そうな色をにじませる長い黒髪の少女。
金髪の少女はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。黒髪の少女は姫神秋沙。この店で出会ったもの同士であり、またこの店の常連でもある。
彼女らが今日そろったのはたんなる偶然だ。店の前でばったり遭遇したため、一緒に食事でも、という形になったのだった。

「あぁ、そりゃよくないですねぇお客さん。男は押しに弱いもんなんですから」
「特に女慣れしていない初心な小僧はそうだな。押してナンボだぞ、秋沙」
「……がんばる」

ぐ、と拳を握る姫神。
アニメも秋から始まるしね。頑張ってもらいたいもんである。
地鶏のたたきときゅうりのぬか漬けを肴に、彼女達がそんな話をしていた時だ。

不意に、がらりと背後の店の戸が開けられた。
開けたのは、この店の常連の少女だったのだが、そんな彼女に誰が声をかけるよりも早く、切羽詰ったように店主に向けて告げる。

「トマトジュースはあるでありますかっ!?」
「は? ……いや、そりゃブラッディマリーとか作るために置いてるが」

カクテルも作れるのかよ。器用だなキュマ/エグ。
よし、と彼女は呟くと、店主に向けて続けた。

「トマトジュースを人肌まであっためてちょろっと塩を混ぜてほしいでありますっ! あと濡れタオルっ!」

いつもとは様子の違う彼女の様子に、あわてて返事を返してトマトジュースを小鍋にかけて暖め始める店主。
彼女―――ノーチェは、ふらふらしつつも近くの座敷に今まで背負っていた少女をよこに寝かせた。
なにごとかと集まってくるノーチェの知り合いの姫神。
エヴァは意識を失っている少女をちらりと一瞥、ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らすとリキュールを再びあおった。

濡れタオルと人肌に暖めたトマトジュースを入れたマグカップを持った店主が慌てた様子でそれをノーチェに手渡す。
彼女は濡れタオルをぺふ、と少女の頭に載せ、懐から小さな紙筒を取り出すと、それの端を噛み千切ってマグカップに紙筒の中の黒い粉をさらさらと投下。
マドラーでかき混ぜつつ少女の口を開かせてがーっと流し込む。

……よい子は絶対マネしないように。気管に逆流する可能性があります。

マグカップ一杯の謎の粉入り塩トマトジュースを流し込まれた少女はなんとか、といった様子でそれを飲み干す。
きっかり五秒。
それまで苦しそうだった少女はがばっと唐突に起き上がった。

「いやー、死ぬかと思ったよ」

あまりのあっけなさに肩を空かす店主と姫神。
それも当たり前といえるだろう。先ほどまで苦しそうな表情で意識を失っていた少女が、マグカップ一杯の何かで起き上がる、というのはまるで喜劇のようですらある。
少女はノーチェの方を見て彼女の手を取ると、ぶんぶんと振った。

「ありがとうねノーチェちゃん、アレを定期的に取らないと私倒れちゃうんだよー」
「い、いえ感謝されるほどのことではないと思うでありますよ」
「……。トマトジュー」
「ストップ秋沙っ!」

スと変な粉を?と聞こうとした姫神の口を塞ぎ、少女に背を向けてノーチェは姫神に耳打ちする。

「ま、待つでありますよ秋沙っ! ……アレ、実は本当はあの子が定期的に取らないとまずいものそのものではなくて、代用品なのでありましてな?」
「……。薬みたいなもの?」
「そうっ、それそれ薬のようなものでありますっ!」
「けれど。それは危険なんじゃないかと」
「えーと……もともと取らないとまずいのは体的な問題なのではありますが、あの子の場合はちょっと心の問題もあるでありまして。
 隠し味も入れたでありますし、信じさせておきさえすればちょっとくらいならもつのでありますよ」

それにふぅん、と頷く姫神。

「だったら。黙っている」
「恩にきるでありますよ秋沙っ!」

そう言って、彼女はくるりと少女の方を向く。
何をしているのか分からなかった様子の少女がくりん、と可愛らしく小首を傾げる。
そんな彼女に声をかけたのは、これまでまったく少女に興味を示していなかった様子のエヴァだった。

「―――おい、そこの新米小娘」
「は、はいっ!?」

エラそうな物言いの相手には慣れているのか、速効で身をすくませつつ返事を返す。

「大先輩二人を前にして、挨拶の一つもなしか?」
「あ―――は、はじめましてっ!私、弓塚さつきって言いますっ!」

よろしくお願いしますね、先輩方っ、と。彼女は見るものを柔らかな気持ちにさせる笑みを浮かべた。


もぎゅもぎゅぱくぱくむぐむぐごきゅんっ!
擬音では十分の一も表せない食欲。
弓塚さつき、と名乗った少女は小柄な体からは考えられないほどの速度で箸を口と皿の間を行き来させている。
卵かけとろろごはんを飲み下しつつ、地鶏のたたきを噛みしめ、鮎の塩焼きを頭からかじりつき、ミネラルウォーターを一気飲み。
そんな食欲に満ちた彼女を、近くの三人娘は呆れたような不思議そうな表情で見つめている。
しばし堪能した後、彼女はぷはぁ、と呟いた。

「お、おいしかったぁ……しばらくまともなご飯食べてなかったから」
「……よく食べるな、お前」

呆れたようなエヴァの声。
それにえへへ、と照れたように笑って答える弓塚。

「いやぁ、家に帰れなくなってから路地裏同盟組んで生き延びてはいるものの路上生活って結構厳しくてねぇ」

弓塚のその言葉にうんうん、と頷いて姫神が呟く。

「……ファーストフード店の裏は。結構な穴場」

犯罪だ。
そうだな、と頷きつつエヴァが告げる。

「食える野草は覚えておいて損はないぞ?」

いやそりゃ都会にも雑草くらいは生えてるだろうけども。
大変でありますなぁ、と呟きつつノーチェ。

「どんなお店でも、お店の人と仲良くなっておくのは大事でありますよ?」
「まて嬢ちゃん。その仲良しには俺も混ざってんのか?」

店主の声に思わず酷っ!?と叫ぶノーチェ。
というか、なんでこんなに生活に困窮した覚えのある少女ばかり集まってるのだろうか。

閑話休題。
そういえば、とエヴァが弓塚にたずねた。

「どういう経緯でこの馬鹿に出会ったんだ?どこかでコレとメシの取り合いでもしたか?」
「エ、エヴァンジェリンまで……イジメカッコ悪いでありますよっ!?」
「あはは、さすがにご飯の取り合いじゃないんだけど。
 ―――ちょっと昨日の夜街をうろうろしてて、頑張りすぎちゃって。なんとか家の近くまでは来たんだけど、そこで力尽きて寝ちゃってたんだよね。
 寝ちゃった後にえーと……えーとそう。『必要なもの』が足りなくなっちゃって。意識を失う直前でノーチェちゃんに会ったの」

ふむ、と一つ頷き、エヴァはノーチェの首根っこを引っつかむとずるずると引きずっていく。姫神にも弓塚にも声の聞こえない位置までくると、耳打ちした。

「な、なんでありますかエヴァンジェリン。首取れたらどうするでありますか」
「貴様の首がその程度でもげるならとうの昔にもぎ取っている。そんなことより貴様―――何をした?」

鋭い目で問うエヴァンジェリン。

「あの娘は『成り立て』だ。衝動が抑えられるはずもない。何をして抑えている?」
「んー……ここまで上手くいくとは思ってなかったでありますが。
 これはちょっと狭間の世界に行った時にそこでハイソサエティ・クラブを主宰しているマリアに聞いた話なのでありますがな?
 あっためたトマトジュースに少しの塩と砂鉄を混ぜるとなんとびっくり例のモノの味にっ!という簡単レシピでありますよ」
「……上流階級倶楽部ってなんだ、とか色々と聞いてやりたいところではあるが、そこは目をつぶってやろう。
 そんなことよりも、いくらあの娘が単純とはいえその程度で騙せるものではなかろう。生命力のこもらない、味だけの血で命が繋げるはずもない」
「そのはずなのでありますが……プラシーボ効果ってすごいでありますなぁ」

なんだか遠い目。
ようは思い込みの力でなんとかなっている、ということらしい。すごいぞさっちん。

ま、と呟き彼女は続ける。

「思う存分ご飯食べたでありますから、今は少しは安定してるとおもうでありますよ」
「……呆れた女だ」

心底呆れたように呟いて、エヴァはため息。
ノーチェを放り出して彼女は席に戻る。
そんな話をしているとは露知らず、姫神と弓塚は盛り上がっていた。

「それにしても。この時期の路上生活は。なかなかに大変。私も経験がある」
「そーなんだよー。夏は日光すごいし日は長いしさぁ」
「紫外線。肌に最悪の大魔王」
「あ……そ、そうそう紫外線紫外線っ! 最悪だよね紫外線っ!」

うんうん、と頷く。もう全力で笑ってごまかせ、という意図である。
新米はやっぱり危なっかしい。
そこに戻ってきたエヴァがおろしポン酢ミルフィーユカツをオーダーしつつ弓塚のフォローをした。

「そんなことより、新米。夜に町をうろつく、と言っていたがそれは何故だ?
 夜歩き回って例のものが切れるということは、それを求めてさまよっていたわけでもあるまい」
「……エヴァ。そういう言い方をすると。まるで危ないクスリの類を飲んでるように聞こえる」
「話の腰を折るな、別にそういう意図ではない。それで? どういうつもりだったんだ?」

そう問われてしばらく悩んだ後、彼女は照れたように答えた。

「えーと……実はね。クラスメイトの男の子が、最近夜うろうろしてるっていうから、あぶないなーって思って」

ほう?と耳ざとく聞きつけるエヴァ。コップを傾けながら楽しそうに言う。

「男か」
「男。それしかない」

それに同調する姫神。彼女は冷奴を頼みつつエヴァに力強く頷いた。
そのあまりと言えばあまりの断定に弓塚が慌てる。

「え? え? ちょ、ちょっと待ってよぅっ! 私と遠野くんはそんな関係じゃ……」
「遠野というのか、お前の男は」
「だ、だから男とかそんなんじゃないんだってば―――っ!
 遠野くんにはものすごい美人さんの彼女さんが……っ!」
「つまり。横恋慕」

姫神の言葉にこちん、と固まってカウンターに突っ伏す弓塚。
状況をそのまま口にされるのはちょっと心にキたらしい。
はっはっは、と愉快そうにエヴァは告げる。

「なんだ。大人しそうな顔をして中々やるじゃないか、新米。
 荒削りながら欲しいものは奪って手に入れるというの気概は、なかなかに心地いいな」
「私も。見習いたい」
「うぅ……だからそうじゃなくてぇー。
 遠野くんが夜に危ないことに巻き込まれてるんじゃないかなって思ってたら、夜も黙ってられなくなっちゃってただけなんだってばー」

目の幅涙を流しつつ、カウンターに突っ伏す弓塚。
そんな空気を読まずに席につきながらガーリックトースト、大葉とじゃこの混ぜご飯を頼むノーチェ。炭水化物二つ同時に頼むなよ。

閑話休題。で?とエヴァは愉快そうに弓塚の恋を酒の肴にする。

「その遠野とやらはどんな男なんだ。話してみろ」
「えっと……遠野くんは、いい人なの。すっごくいい人。あ、ちょっと体弱いかな。すぐ倒れるし」
「……。すぐ倒れるというのは。ちょっとの範疇ではない」

姫神の言うことももっともである。ふむ、と頷きエヴァが問う。

「なにか理由があるのか?」
「うーん……最近私にもわかったんだけどね?遠野くんは目が大変なんだって。ものすごく負荷がかかるんだってさ」

ほう、と同時につぶやくエヴァと姫神。
ちなみに、姫神は視力になんらかの異常を抱えているのか、と考え、エヴァは目になんらかの特殊な力があるのか、と考えている。
文化圏のすれ違いは結構面白い。
それで?と今度は姫神がたずねた。

「その人と。どこで会ったの?」
「えっと、実はこれまでクラスが結構一緒だったんだけど……中学の時にね、私遠野くんに助けてもらったんだ」

えへへ、と嬉しそうに笑う弓塚。
ある冬の日。体育倉庫に友達数人と一緒に閉じ込められたことがあった。
寒くて、つめたくて、もう誰も助けに来ないと思っていた。真っ暗な中で、少女たちには絶望しかなかった。
その扉を開けたのが、遠野くんなの。と彼女は夢見るように語った。

「だから、それが私の恋の始まり。
 ……まぁ、遠野くんは助けた女の子の中に私がいるってこと、言わなきゃ気づかなかったんだけどさ」

そう、苦笑する弓塚を見てエヴァもため息をつく。
茶をすすりながら、どこか優しげに独り言のようにつぶやいた。

「まったく……困った男だな」
「うんそうなの、すごく困った人。しかも、これから勇気を出してアタックしようっていう時期に彼女さんまでできちゃうしね。すごく困っちゃった」

けど、と彼女は言う。

「やっぱり、遠野君のこと好きだから。だから、危ない目にあうかもしれないって聞いて、いてもたってもいられなくなっちゃってさ」

誇らしげにそう告げる弓塚。
その瞳は、恋する乙女のひたむきさと、彼女の柔らかな視線が混ざり合い、ひどくまぶしいものでもあった。
む、と呟いて姫神が聞く。

「けど。夜が危ないのは。あなたも同じなのでは?」

男一人うろつくのと少女一人うろつくのではわけが違う。具体的には当社比80%くらい危険度が異なる。
姫神のその心配そうな視線に、一転。とん、と胸を叩きながら答える弓塚。

「心配してくれてありがとう姫神さん。けどだいじょーぶっ! 弓塚さつき、遠野くんのためなら絶対絶対負けませんっ!」

その胸を張った宣誓に、姫神がまぶしそうに目を細めてエヴァがふふん、と笑う。

「そのくらいの気概で男に接すればいいものを。なぜお前もそう一歩引くかな」
「だ、だってー……遠野くんと面と向かって話しをするくらいだったら、私まだ先輩や猫さんたちとケンカしてる方が気が楽だよ」

再びふにゃん、とカウンターに突っ伏す弓塚。
某M咲町の町角で、カソックとカレー臭をまとったシスターと白衣に白いリボンと赤目の少女が同時にくしゃみする姿が見られたとか見られなかったとか。


閑話休題。
カウンターの向こうからミルフィーユカツとガーリックトースト、冷奴に大葉とじゃこの混ぜご飯がそれぞれに手渡される。
それを横目に、さつきはそれでも腕まくりして気合を入れる。

「うん。でも今日が本番だからね、たぶん遠野くんも他のみんなも―――今日で決着がついちゃう。
 これまで遠野くんたちの先回りしてなんとか黒猫さんと頑張ってきたけど、今日を先回りできなくちゃ意味がないもんね。
 だから、わたし―――行くよ」

そう、決意の表情で言った弓塚。それにエヴァはまぁ待て、と言って彼女の皿に箸を進めた。

「何をしてくるかは知ったことではないがな、これでも受け取れ」
「私のも。あげる」

それに呼応するように、姫神もまた箸を動かす。
弓塚の皿に載せられるのはミルフィーユカツが数切れと、しょうゆと生姜と青ネギののっかった冷奴。
不思議そうな顔から満面の笑みに変わって、ありがとっ! と言うともぐもぐと皿にのっかった豆腐とカツを平らげる。
水を飲んで、彼女は口元を拭くと立ち上がり、くるりと回ってじゃあ、と彼女は告げた。

「またねっ! 今度は友だちも連れてくるからっ!」
「いってらっしゃい」
「行ってこい。とにかく進め、目標があるならわき見などするなよ」

うんっ!と元気よく答え、彼女は元気に店を出て行った。
がらがらと戸を閉まった後、姫神が微笑む。

「さつき。元気な子」
「ああいうのは騒々しい、と言うんだ。まったく……まぁ、あんなのが出てくる、というのはなかなか興味深いことだがな」
「……。ノーチェ。あの子とはどこで―――」

会ったのか、と振り向いて問おうとして。
そこで姫神は気づく。
さっきまでガーリックトーストと混ぜご飯と頼んだはずのゴシックロリータの隣の席の少女が、皿の上の食べ物ごと忽然と姿を消していた。
目を丸くする姫神。
同じく今それに気づき『あぁっ、また逃げられたっ!』と叫ぶ店主。
店主を無視し、姫神にくすりと笑いかけて、エヴァは答える。

「あぁ……あの小娘が、ヤツ曰く『ともだち』を放っておくと思うか?」

窓の外には、真円の月が優しく光を投げかけている。

「やれやれ。恋する乙女は強い、ということかな。……必要とされないのも寂しいものなんだがね」

奥座敷でひとりちびちびと飲む客がぽつりと漏らした呟きは、誰の耳にも届かず風の中に消えた。


三咲町。
その町にある、マンションの屋上。
そこには、風に髪をなびかせる茶色い髪の女子高生と、黒衣の少女の姿があった。
黒衣の少女は、年上の女子高生に向けて視線を向ける。
それにあはは、と笑って彼女は答えた。

「心配してくれてるの?ありがと猫さん。大丈夫だよ、栄養補給はすんだしね」

ここ数日、彼女は寝ずに街を徘徊する悪夢と、その悪夢に立ち向かうけれども彼女とは利害の一致しないもの達と戦ってきた。
黒いコートの混沌の獣使いでもある祖。
この地を統括する混血の管理者・遠野当主。
皮肉な笑みを絶やさない解体狂の退魔の末裔。
どういう技術で動いているのか分からないロボメイド。
そんなモノ達となんとか渡り合い、思いの力一つで乗り越えてきた弓塚。

しかし、今度はそうは上手くはいかない。彼女が今日対するのは本物の祖の一人や、世界で5人の一人と言われる魔法使いである可能性すらある。
けれどそれでも彼女は暗くなることなどはない。
じゃあ、と町から目をそらさず、彼女は続けた。

「行こうか、黒猫さん。遠野くんが危険な目にあう前に、こっち側のことはこっち側の人がなんとかしなくちゃね」
「そうでありますなぁ」

はい? と思わず無口な少女の方を向き直る弓塚。
黒衣の少女は無口とかそういうことを通りこした無口だ。
無口ヒロインの中でも屈指の無口少女、それがどこかのカエル軍曹のような言葉で話したのか―――まぁ、もちろんそんなことがあるはずはなく。
ローブのような黒いワンピースを着ている、青い髪に赤い瞳の無口な夢魔の少女の横には。

どこかやる気まんまん、といった様子のノーチェが大きな水晶球に腰かけて座っていた。

「水晶球で集めた情報から見る限り、さつきの思い人の『遠野くん』もシャレにならない人物のような気がするのではありますが……。
 まあ、大事な人に危険な目にあってほしくない、というその気持ちはわかるでありますからな。
 乗りかかった船であります、わたくしもお手伝いに来たでありますよ」
「えっ、えええっ!? だ、ダメだよノーチェちゃんっ! ここ、本当に危ないんだよっ!?」

狼狽しつつの弓塚のその言葉に、こくこくと力強く頷く黒衣の少女。
彼女も分かっているのだ。この町の夜は、普通の人間が歩いていいところではないと。
しかし、その言葉を聞いてなお、ノーチェは引きはしない。

「大丈夫でありますよ。
 わたくしは非力でありますから、戦闘のお手伝いをすることはできないでありますが―――少しでもさつきたちから目を逸らさせるための囮にくらいなれるであります。
 それに、今この町はかなり不安定でありますからな。さつきたちの敵に至る道がどこに開くかわからない。私がそのポイントへ正確に誘導するでありますよ」
「なんで……だって、私たちさっき初めて会ったばっかりなんだよ? なんでそこまでしてくれるの?」

困ったように弓塚は問う。
彼女がここに立っているのは彼女自身のわがままゆえだ。自分がある男の子を助けたいと思っていたからというだけだ。
なのに、ノーチェは不思議そうに問い返した。

「だって―――友だち(さつき)の晴れ舞台なのでありましょう?」

それだけだ。それだけ、なのだ。
この娘が動く理由なんて、それ以上に存在しはしない。
だから、これ以上否定しても無駄なのだ、と。そう告げるように不思議そうに。
弓塚が黒衣の少女に視線を向けるも、彼女は肩をすくめて首を横に振るだけ。諦めろ、と言うように。
その仕草に苦笑して。
弓塚はノーチェに答えた。

「―――ありがとうね、ノーチェちゃん。けど、ほんとに命の保障はできないよ?」
「うぅ……そう言われるとかなり怖いでありますが。
 でもまぁ、さつきたちよりはずっと安全でありますよ。わたくしはバックアップに専念しつつ、他の勢力をできるだけ二人から離し続けるだけでありますからな」

そう告げて、彼女は弓塚と黒衣の少女に小さな水晶球を渡す。
彼女の持っている大きい水晶球とパスを繋いだ念話用の水晶球だ。
それを弓塚は嬉しそうにポケットに入れ、黒衣の少女は無表情ながらも深く大きく頷いた。

弓塚が、全ての引き金を引く。

「じゃあ、行こうかっ!」
「……(こくり、と頷く)」
「任せるでありますよっ!」

そして―――真夏の夜の馬鹿騒ぎが始まる。


終わり


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