歌い手は魔に魅入られる
―――学園世界特別居住区
「はぁ…」
少女は、学園世界に来て何度目になるか分からない溜息をついた。
突然に発生した、学園の転移。転移した先には同じようにやってきた、たくさんの学園があった。
楽しくなかったわけでは無い。
伝説やおとぎ話の中の住人に過ぎないと思っていたモンスターや妖精、見たことも無いような機械、魔法使いや勇者とでも言うべき戦士たち。
そんなものが普通に闊歩する世界は、夢見がちな少女に大きな驚きと感動、興奮をもたらした。
あいにく普通の力しか持たない彼女が舞台に上がることは無かったが、ただの“観客A”でいるだけでも十分に面白い。
面白い。だが…
「みんな、元気にしてるのかな…」
時折ふと我に返り思い出すのは、“学園の外”にあった少女の故郷のこと。
アルコール中毒の父親、謝ってばかりいる母親、頭の弱い弟、気障で金持ちの婚約者。そしてなにより…
「…あの人も、無理をしてないと良いんだけど」
少女の脳裏に1人の青年が思い浮かぶ。東洋人で、どこかつかみどころの無い、1人の傭兵の姿が。
時折一緒に出かけたときに見せる優しい表情とは裏腹に、戦争で数々の武勲をあげ“ドルファン最強の傭兵”と呼ばれていた青年。
少女は、その青年に淡い憧れを持っていた。競争率は高かったから、結ばれるとは思っていなかったが、それでも一緒にいれば楽しかった。
「はぁ…」
故郷のことを思い出すたび、少女は溜息をつく。この夢のような時間から現実に引き戻されて。
「帰ろう…」
鬱々とした表情のまま、少女は再び居住区を歩きだした、そのときだった。
少女は、学園世界に来て何度目になるか分からない溜息をついた。
突然に発生した、学園の転移。転移した先には同じようにやってきた、たくさんの学園があった。
楽しくなかったわけでは無い。
伝説やおとぎ話の中の住人に過ぎないと思っていたモンスターや妖精、見たことも無いような機械、魔法使いや勇者とでも言うべき戦士たち。
そんなものが普通に闊歩する世界は、夢見がちな少女に大きな驚きと感動、興奮をもたらした。
あいにく普通の力しか持たない彼女が舞台に上がることは無かったが、ただの“観客A”でいるだけでも十分に面白い。
面白い。だが…
「みんな、元気にしてるのかな…」
時折ふと我に返り思い出すのは、“学園の外”にあった少女の故郷のこと。
アルコール中毒の父親、謝ってばかりいる母親、頭の弱い弟、気障で金持ちの婚約者。そしてなにより…
「…あの人も、無理をしてないと良いんだけど」
少女の脳裏に1人の青年が思い浮かぶ。東洋人で、どこかつかみどころの無い、1人の傭兵の姿が。
時折一緒に出かけたときに見せる優しい表情とは裏腹に、戦争で数々の武勲をあげ“ドルファン最強の傭兵”と呼ばれていた青年。
少女は、その青年に淡い憧れを持っていた。競争率は高かったから、結ばれるとは思っていなかったが、それでも一緒にいれば楽しかった。
「はぁ…」
故郷のことを思い出すたび、少女は溜息をつく。この夢のような時間から現実に引き戻されて。
「帰ろう…」
鬱々とした表情のまま、少女は再び居住区を歩きだした、そのときだった。
きゅー…んきゅーん
悲しげな鳴き声に、少女は足を止め、辺りを見る。
既に暗くなった居住区の外を歩いている人間は、少女1人。
「泣いてる…えっと」
心やさしい少女は、あちこちを探しまわる。見捨てるなど、思いつきもしなかった。
そして…
「あなた…怪我してるの?」
寮と寮の隙間に隠れるようにして震える1匹の子狐、よく見れば足からは血を流している。
「…こっちにおいで。手当て、してあげる…っつ!?」
心配するように手を伸ばした少女が、子狐に噛みつかれる。鋭い痛みが指先に走った。
「…大丈夫。怖くないよ。ね?」
涙をこらえて笑顔を作り、少女は子狐をなでる。落ち着かせるように。
子狐はそれをじっと見つめ…
既に暗くなった居住区の外を歩いている人間は、少女1人。
「泣いてる…えっと」
心やさしい少女は、あちこちを探しまわる。見捨てるなど、思いつきもしなかった。
そして…
「あなた…怪我してるの?」
寮と寮の隙間に隠れるようにして震える1匹の子狐、よく見れば足からは血を流している。
「…こっちにおいで。手当て、してあげる…っつ!?」
心配するように手を伸ばした少女が、子狐に噛みつかれる。鋭い痛みが指先に走った。
「…大丈夫。怖くないよ。ね?」
涙をこらえて笑顔を作り、少女は子狐をなでる。落ち着かせるように。
子狐はそれをじっと見つめ…
ペロ…ペロ…
少女の、先ほど自らが噛みついて出来た傷をいたわるように舐める。
「良かった…分かってくれたんだね」
そう言うと少女は子狐を抱き上げる。子狐は暴れることも無く抱かれるままに大人しくしている。
「…行こう。この近くに、私の住んでる寮があるから、そこで手当てするね」
そして少女はゆっくりと自分の住む寮“ドルファン学園女子寮”へと歩きだした。
「良かった…分かってくれたんだね」
そう言うと少女は子狐を抱き上げる。子狐は暴れることも無く抱かれるままに大人しくしている。
「…行こう。この近くに、私の住んでる寮があるから、そこで手当てするね」
そして少女はゆっくりと自分の住む寮“ドルファン学園女子寮”へと歩きだした。
―――同時刻、学園世界特別居住区
「忍法!暗黒流星の術!」
自らの3倍はあろうかと言う1つ目の巨人の巨体を軽々と抱き上げ、斎堂一狼は飛んだ。
空中で反転し、きりもみ回転を加えながら落下し、地面に頭から叩きつける。
「ゲ、ゲヴァ…」
叩きつけられた巨人は2度3度痙攣し、動かなくなった。
「伊賀忍法!串夕立ち!」
服部山芽が高く投げ上げた無数のクナイが雨のように降り注ぎ、空を飛びまわる異形の鳥たちに降り注ぐ。
無数の刃の雨に、鳥たちはたまらず地面に落下した。
「甲賀忍法…火炎ホタル」
異形の獣たちの間に流れる、淡い紫の煙。そしてそれが意思を持つかのように獣たちを包み込み、次の瞬間、着火されて激しく燃え盛る。
雲隠ホタルの住んでいた甲賀の里に伝わる、特殊な比率で合成された、可燃性ガス。それは獣たちだけを正確に焼き滅ぼす。
「…プレシズ・ヘル」
そして、流れるように放たれる、ライズ・ハイマーの必殺の技が獅子の頭を持つカメを切り刻んでいく。
分厚い甲羅の隙間を正確に貫く攻撃がカメの体力を瞬時に奪い去る。
「…これで、終わりのようね」
とどめとばかりに眉間に剣を突き刺し、辺りの状況を確認したライズがわずかに緊張を解く。
「ええ、もう出てくる気配も無さそうですね」
先ほどまで辺りを包んでいた“異様な気配”も消えている。どうやら勝利したようだ。
「楽勝だったね!アタシのがホタルよりも早く終わったし!」
「あら…ですが倒した数は私の方が多いですよ?速いだけでは…ねえ?」
「何よ!?」
「何ですか!?」
緊張を解き、いつものように喧嘩を始める2人をほっといて、ライズは考え込む。
「…?ライズさん、どうしました?」
それを見て、一狼がライズに尋ねる。若くして、異様なまでに戦場慣れしているライズの戦況判断は、一狼も頼りにしていた。
「…こいつら、“撤退戦”を仕掛けてきたわ」
「撤退戦?」
「ええ、戦闘で勝ち目のなくなった部隊が、全滅を防ぐために行う戦い方よ。前衛が時間を稼いでいる間に“指揮官”が逃げる戦い方」
「指揮官ですか?ですが、逃げだした敵にそんなに強い奴なんていましたっけ?」
振り返ってみる限り、一狼が先ほど倒した巨人とライズが倒したカメ。この2体が飛びぬけて強かったように思う。
「…別に、強い奴が指揮官とは限らないわ。極端な話、優秀なブレーンと忠実な兵隊がいれば自身の戦闘能力は0でも問題無いもの。
指揮官に求められるのは、カリスマと、正しい判断。それだけよ」
嫌な予感がする。撤退戦を行えるだけの頭と、判断力のある相手。
「…イチロー、逃げ出した敵の中に、1匹、小さな“狐”がいるわ。そいつを探して」
そんな奴をほっといて、勝利したなんて言う気にはなれない。
「狐?そいつが指揮官なんですか?」
「ええ、私が攻撃した直後、あのカメが私に突っ込んできたわ。なりふり構わず、がむしゃらにね」
ライズは確信を込めて頷く。
「…キリングがよく言ってたわ。“戦争は、指揮官を無力化して初めて勝利と言えるのです”とね」
ライズに戦術のイロハを叩き込んだ“爺や”の言葉を思い出しながら。
自らの3倍はあろうかと言う1つ目の巨人の巨体を軽々と抱き上げ、斎堂一狼は飛んだ。
空中で反転し、きりもみ回転を加えながら落下し、地面に頭から叩きつける。
「ゲ、ゲヴァ…」
叩きつけられた巨人は2度3度痙攣し、動かなくなった。
「伊賀忍法!串夕立ち!」
服部山芽が高く投げ上げた無数のクナイが雨のように降り注ぎ、空を飛びまわる異形の鳥たちに降り注ぐ。
無数の刃の雨に、鳥たちはたまらず地面に落下した。
「甲賀忍法…火炎ホタル」
異形の獣たちの間に流れる、淡い紫の煙。そしてそれが意思を持つかのように獣たちを包み込み、次の瞬間、着火されて激しく燃え盛る。
雲隠ホタルの住んでいた甲賀の里に伝わる、特殊な比率で合成された、可燃性ガス。それは獣たちだけを正確に焼き滅ぼす。
「…プレシズ・ヘル」
そして、流れるように放たれる、ライズ・ハイマーの必殺の技が獅子の頭を持つカメを切り刻んでいく。
分厚い甲羅の隙間を正確に貫く攻撃がカメの体力を瞬時に奪い去る。
「…これで、終わりのようね」
とどめとばかりに眉間に剣を突き刺し、辺りの状況を確認したライズがわずかに緊張を解く。
「ええ、もう出てくる気配も無さそうですね」
先ほどまで辺りを包んでいた“異様な気配”も消えている。どうやら勝利したようだ。
「楽勝だったね!アタシのがホタルよりも早く終わったし!」
「あら…ですが倒した数は私の方が多いですよ?速いだけでは…ねえ?」
「何よ!?」
「何ですか!?」
緊張を解き、いつものように喧嘩を始める2人をほっといて、ライズは考え込む。
「…?ライズさん、どうしました?」
それを見て、一狼がライズに尋ねる。若くして、異様なまでに戦場慣れしているライズの戦況判断は、一狼も頼りにしていた。
「…こいつら、“撤退戦”を仕掛けてきたわ」
「撤退戦?」
「ええ、戦闘で勝ち目のなくなった部隊が、全滅を防ぐために行う戦い方よ。前衛が時間を稼いでいる間に“指揮官”が逃げる戦い方」
「指揮官ですか?ですが、逃げだした敵にそんなに強い奴なんていましたっけ?」
振り返ってみる限り、一狼が先ほど倒した巨人とライズが倒したカメ。この2体が飛びぬけて強かったように思う。
「…別に、強い奴が指揮官とは限らないわ。極端な話、優秀なブレーンと忠実な兵隊がいれば自身の戦闘能力は0でも問題無いもの。
指揮官に求められるのは、カリスマと、正しい判断。それだけよ」
嫌な予感がする。撤退戦を行えるだけの頭と、判断力のある相手。
「…イチロー、逃げ出した敵の中に、1匹、小さな“狐”がいるわ。そいつを探して」
そんな奴をほっといて、勝利したなんて言う気にはなれない。
「狐?そいつが指揮官なんですか?」
「ええ、私が攻撃した直後、あのカメが私に突っ込んできたわ。なりふり構わず、がむしゃらにね」
ライズは確信を込めて頷く。
「…キリングがよく言ってたわ。“戦争は、指揮官を無力化して初めて勝利と言えるのです”とね」
ライズに戦術のイロハを叩き込んだ“爺や”の言葉を思い出しながら。
―――ドルファン学園女子寮
「良かった。もう大丈夫みたいだね」
怪我をした足に包帯を巻き、ミルクをなめ始めた子狐に、少女は安堵した表情を見せる。
「あなた…名前はなんて言うの?」
もきゅ?
「ああ、ごめんごめん。喋れないよね。いいの。忘れて」
苦笑して否定してみせる。
「とりあえず名前が無いと不便だよね…え~と」
しばし考える。何か良い名前を。
「…そうだ。“チェフェイ”でどうかな?」
突然、天啓のように頭に思い浮かんだ名前を口にする。
こーん!
それを聞いて子狐…チェフェイは嬉しそうに一声、鳴いた。
「良かった。気にいってくれたんだね」
それを聞き、少女は座りこみ、チェフェイに目線を合わせる。
「私は…ソフィア・ロベリンゲって言うの。これからよろしくね、チェフェイ」
こーん!
少女…ソフィアに応えるようにチェフェイが更に一声鳴く。
「…ふああ…なんだかちょっと眠くなってきちゃった…」
その声を聞いて急に眠気が襲ってくる。お風呂とかまだだけど、抗えそうもない。
「今日はもう寝るね。お休み、チェフェイ」
着替えもせずに倒れこむようにベッドへ入るソフィア。
いくばくもしないうちに寝息を立て始める。
「…」
そんな、ソフィアの様子をじっと見つめるチェフェイ。
「…フフフ」
先ほどとは打って変わった、人間の女性の声で笑い出す。
「いいわよ。ソフィア。これから、よろしくしてあげるわ。だってあなたは“契約者”だもの」
自らの口中に残ったソフィアの“血”を味わうように飲み下す。
「力を、与えてあげる。強い、強い力。誰にも負けない、好きなように振舞えるだけの力。だから…」
それは、純真無垢とはかけ離れた邪悪な笑み。それを浮かべながら。
「代わりにあなたの“心”をちょうだい。ソフィア・ロベリンゲ」
“妖獣チェフェイ”は少女の寝息を聞きながら、嗤った。
怪我をした足に包帯を巻き、ミルクをなめ始めた子狐に、少女は安堵した表情を見せる。
「あなた…名前はなんて言うの?」
もきゅ?
「ああ、ごめんごめん。喋れないよね。いいの。忘れて」
苦笑して否定してみせる。
「とりあえず名前が無いと不便だよね…え~と」
しばし考える。何か良い名前を。
「…そうだ。“チェフェイ”でどうかな?」
突然、天啓のように頭に思い浮かんだ名前を口にする。
こーん!
それを聞いて子狐…チェフェイは嬉しそうに一声、鳴いた。
「良かった。気にいってくれたんだね」
それを聞き、少女は座りこみ、チェフェイに目線を合わせる。
「私は…ソフィア・ロベリンゲって言うの。これからよろしくね、チェフェイ」
こーん!
少女…ソフィアに応えるようにチェフェイが更に一声鳴く。
「…ふああ…なんだかちょっと眠くなってきちゃった…」
その声を聞いて急に眠気が襲ってくる。お風呂とかまだだけど、抗えそうもない。
「今日はもう寝るね。お休み、チェフェイ」
着替えもせずに倒れこむようにベッドへ入るソフィア。
いくばくもしないうちに寝息を立て始める。
「…」
そんな、ソフィアの様子をじっと見つめるチェフェイ。
「…フフフ」
先ほどとは打って変わった、人間の女性の声で笑い出す。
「いいわよ。ソフィア。これから、よろしくしてあげるわ。だってあなたは“契約者”だもの」
自らの口中に残ったソフィアの“血”を味わうように飲み下す。
「力を、与えてあげる。強い、強い力。誰にも負けない、好きなように振舞えるだけの力。だから…」
それは、純真無垢とはかけ離れた邪悪な笑み。それを浮かべながら。
「代わりにあなたの“心”をちょうだい。ソフィア・ロベリンゲ」
“妖獣チェフェイ”は少女の寝息を聞きながら、嗤った。