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第04話01

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執行委員の交流 前編


 『学園世界』の夜は、静かではないことが多い。
 特に、こんな風に―――紅い月が昇っている夜は。

「ったく……もうちょっと、静かにできねぇのか、よっと」

 地面に転がるのは異形の骸と血のような紅さの小石。

 紅い月の匣の中、立つはビルの3階ほどの高さはあろうかという―――竜種。
 紅の月と同じ色の紅瞳を見開き、その月の匣に立つ『異物』を睨む。
 竜種。人ならざるものとされる怪物・魔獣・神獣と呼ばれる生物の、あらゆる生物体系での最高位や頂点とされる最強の生物の呼称。
 その『最強の種』であるソレは、たった一人の人間に追い込まれていた。
 翼膜は傷つき、片翼を失い、角は絶たれ、固いはずの鱗を貫通する深い傷がいくつも刻まれている。

それをやり遂げたただ1人の敵を、竜は憎しみを込めて睨む。
 常人なら―――いや。特殊な能力を持っていようと、心の弱いものならばその一睨みだけで心臓を停止させられそうな威圧感だった。
 竜の眼差しは相手の心を蝕み、竜の雄叫びは相手の体を竦ませる。
 ゆえに、まず竜を相手取る者はその威に支配されないことが第一の資格となる。

 しかし相手はその竜の威圧に動じた様子もない。
 いっそ、気楽な様子でその人間は巨大な竜に話しかける。

「お前らがどこから来たなんなのか、なんてのは聞くつもりはねぇよ。
 紅い月背負ってる割に、エミュレイターっぽい気配がないってのは確かに気になるが……俺が気にしたところで、解決する問題でもないしな」

 刃渡り1m半はあろうかという、巨大な刃が竜に向く。
 ウィッチブレード。『箒』という意味を持った、第八世界ファー・ジ・アースと呼ばれる世界における近接戦特化型魔導式箒。
 それを扱う魔法使い、『ウィザード』はそう少なくはない。
 しかし。
 今現在竜と対峙する、その刃を振るう者はただの魔法使いにあらず。
 彼は、変わらぬ瞳で竜を睨む。

「だがな、俺は紅い月背負って出てきたヤツをただで見逃すわけにはいかねぇし。
 ―――それ以上に、今何時だと思ってんだお前」

 彼の口から出た軽いその言葉に、竜が全身から憎しみを込めた威圧を放ちだす。
 怒りが。憎しみが。恐れが。憤りが。それら全てを含め、煮詰めたようにぐつぐつと沸き立つ黒い感情が、竜の内に渦を巻く。

「学生(こども)は寝る時間なんだよ。そんなところに手ェ出そうとしてんじゃねぇ、三下」

 敵意を込めて放たれた言葉に、竜の内に溜め込まれた渦が吐き出された。

『死ね。死ねシネしね死んでしまえぇぇぇぇぇぇええエエエエっ!』

 吐き出されたのは、呪詛を含めた業。怨みつらみを込めた黒い玄い炎。
 たった一人に向けて放たれる、最強種・竜種の溜め込んだ怨念の塊。そんなものに触れれば、どんな生物も跡形も残らないだろう。
 それを真正面から見据えたまま。
 刃を下ろし、無造作に何事か呟いて。

 ―――次の瞬間、すでに勝負は決していた。

 竜の頭上から突き落とされる、天から撃ち落つ雷挺の如き一撃。
 凄まじい下突きが頭上から降り落ち、頭から脳を貫通して顎に突き抜けた刃は地面と竜の頭を縫いつけた。
 びくり、と一度震え、目を見開く竜。断末魔を上げようとするものの、それは巨大な刃のせいで叶わない。
 怨みも。怖れも。憤りも。怒りも。慙愧も。悔悟も。ありとあらゆる感情と感傷が竜の目を目まぐるしく駆け巡り―――やがて、その瞳から色が消えた。
 あーあ、と疲れたように肩をぐるりと一度回すと、竜の敵対者はもの言わぬ骸に腰掛けて脱力する。

「……エアダンス(まほう)なんて久しぶりに使ったから、余計に疲れたっつの」

 半眼気味に足下の巨体にそう告げた彼は、うだー、と呟いた。
 黒い炎に襲われた彼は、『加速』の魔法を起動。炎の下をくぐりぬけ、ウィッチブレードの飛行機能を使用して頭上に移動し、全力で頭を突き貫いたのだった。

 ……魔法、使えたんだな、お前。

 ともあれ。
 彼は、しかしウィッチブレードの握りから手を離さない。
 理由は簡単―――天上にいまだ紅い月が輝いているからである。

 紅い月とは、侵魔の張る月匣に現れる異変。月門の向こうに見える、唯一の裏界の風景の投影。
 それが未だ天にあるということは、月匣が解除されていないということ。そして。まだ危険は去っていないということだ。
 とはいえ、彼以外に動くものはすでに存在しない。
 解除されるのになにか条件でもあるのかね、なんて呟いたその時。

 不意に、新たな気配が発生したのを感じた。
 彼は即座にそちらに目をやる。
 そこには―――彼のよく知る制服を着た、一人の少女が不敵な表情で立っていた。

 ***

 大あくび。
 それを見て、それまで話していた長い金髪少女がうん?と首を傾げた。

「やけに眠そうだな? お前、また夜更かししてたのか?」
「またですか。柊ちゃんは夜型さんですねー?」

 そう続くのは、その隣にいるピンク頭の外見少女。
 昼少し前の時刻。本日2件目の事件調停に狩りだされ、それを終え。今は一緒に来たベホイミが事後処理のため動いていて、柊は少し休憩中。
 事件の関係者であり、顔見知りの2人の少女が声をかけてきたのは、その時だった。
 ピンク頭の少女が、目を瞑って指をふりふり、言葉を続ける。

「もう。柊ちゃん、お仕事の頑張りすぎは体に毒なのですよー?
 この間は4日くらい寝るのを忘れてたって聞きましたし、ワーカーホリックは小萌先生が許しません」

 彼女の名前は月詠 小萌(つくよみ こもえ)。
 小学生にしか見えない姿をしているが、彼女はれっきとしたベテラン高校物理教師である。具体的に言うと部屋にはビール缶が溜まってるくらい。
 『学園都市』にあるとある高校の教師をしており、能力開発の研究員でもあるものの、それ以上にあたたかく学生を見守る先生の中のちびっこ(偽)先生である。
 今回の事件は『学園都市』の彼女の学校の人間が巻き込まれていたため、彼女はその生徒を引き取りに来たのである。
 追記すると、それは某幻想殺しではない。

 その隣にいる金髪少女が、目を細めて柊を睨んだ。

「そんなことしてたら、いつか働きすぎで死ぬぞお前」

 ストレートにそう言ったのはレベッカ宮本。こちらは本当に小学生の年齢の高校教師である。
 桃月学園高校1-Cの担任をつとめる数学教師であり―――縁があってというかなんというか、事件に何度か巻き込まれ、柊に助けられたことのある少女である。
 こちらもまた自分の生徒が巻き込まれたのを引き取りにきたのだが、事後処理が済むまでは引き取れないため待ちぼうけ中であり、柊を見つけて話しかけたのだった。
 その2人に詰め寄られている柊は、ひらひらと手を振って苦笑いした。

「大丈夫だって。昨日はちょっと寝るのが遅くなったっちゃなったけど、2時くらいには寝てるし。
 レベッカ、お前みたいに寝食忘れてネットゲームしてるよりゃ健康的な生活してるつもりなんだけどな」
「なっ……いつの話を持ち出してるんだお前っ!? わたしはこっちに来てからやってないっ! やってないんだぞっ!?」

 わーわー、と両手を挙げて必死に訴えるレベッカに、へいへい、と笑っている柊。
 しかし、ベテラン先生はやはりちょっと格が違うのか、眉を寄せ、腰に手を当てて柊に言う。

「柊ちゃんのお仕事は重労働ですし体が資本。わたし達の生徒さんも預かってる身なんですから、気をつけてもらわないと困ります。
 柊ちゃんは、生徒さんを預かってる時点でわたしたち先生と同じ『保護者』なんですから」

 その言葉には、『保護者』という存在の重みと―――柊への確かな信頼があった。
 信じてもらっている、という思いは嬉しいながらも、その重みを再確認させられる言葉に、彼は溜め息をつく。

「……小萌先生って、ホントは厳しいですよね」
「小萌先生はー。成長するために頑張って真っ当に悩んでる迷える子羊ちゃんには優しく厳しくがモットーなのですー」

 満面の笑みでそう言う小萌先生に、柊はまったく、と苦笑しながら再びの溜め息。
 そういう彼女はどこまでも『教育者』であり。本当にどこまでも『誰かを教え導く』のが天職みたいな人間なのであった。
 たとえ見た目がどこまでも威厳がなかろうとも。

 すい、と目線をそらした先に、最近『学園世界』で流行りだしたカードゲームのカードを大事そうにホルダーにしまう子どもたちの姿が見えた。
 そんな光景を見ながら、ふと自分の現状について思いを馳せる。
 幼稚園児から大人まで、さまざまな年代の人間が住まうこの世界において、『誰かのケンカが大きくなる前に止める』のが自分の仕事だと柊は認識していた。
 それもこれも、この世界に来た当初に、ケンカを始めていた連中を勝手に出しゃばって止めていた自分の性分が原因で。
 この世界が広がっていくのに応じて、職務として必要とされだして。
 実際にやらせてみたら、柊1人では世界全てのケンカを調停するのが無理だと判断され、色んなところから色んな年下の仲間が集められて。
 そんな仲間たちと、笑ったり、バカ話したりしながら一緒にケンカを止めていたら、よくわからない敵がぽんぽん出てくるようになって。
 そいつらの相手もしていたら、『肩書き:学生』とかいうふざけた肩書きを得ていたにも関わらず『保護者』になっていた、というのが正しい経緯。

 とはいえ、彼としても別にその重さを捨てる気はどこにもなくて。
 どうせ背負ったなら最後まで背負ったまま歩いてやるよ、と改めて再認識。

 と。
 そんなことを考えていたら、レベッカが不満そうな表情でじーっと睨んでくるのに気がつく柊。
 その視線の圧力に負けて、彼は尋ねる。

「えーと……レベッカ、どうかしたか?」
「どうかしたか、じゃない。お前また妙なこと考えてただろう」
「人聞き悪いこと言うんじゃねぇよっ!?」

 ツッコミをいれるものの、レベッカの視線の厳しさは変わらない。
 びしぃっ、と柊を指差して、宣言する。

「いいかっ!? お前はただでさえ幸薄くて感覚狂ってるんだから、もっと自分の趣味(したいこと)を見つけろ!」
「なんで俺はそんな仕事漬けで休日に何もすることがない日本の父親みたいなこと言われなきゃならんのだっ!?」
「じ、自覚がなかったんですか柊ちゃん……」

 やけに具体的な表現に、わなわなする小萌先生。
 これは本格的に授業する必要がありますかねー、なんて物騒なことを考えつつ、小萌先生は一つため息。

「いいですか、柊ちゃん。
 なにも自分1人で背負い込めー、なんて小萌先生は一度も言ってないのです。
 柊ちゃんが学生さんたちを危険なことにさらさないように頑張ってくれてるのは知ってますし、そういうお仕事についてるのも知ってます。
 けどですね、柊ちゃんはわたしたち『先生』っていうものを、甘く見すぎてる気がするのですよー」

 そう言って、彼女は出来の悪い 生徒(こども)を諭すように告げる。

「そんな柊ちゃんにレッスン1ですー。
 『学園都市』内に学生さんたちを狙ってる他の学校のテロリストさんが入ってきました。
 柊ちゃんたちはそのテロリストさんを捕まえるために『学園都市』に入る許可が下りました。
 その間柊ちゃんたちは限られた戦力で動かなきゃいけません。
 広い広い『学園都市』内。いつ学生さん180万人中の誰が襲われるかもわからない状況で、執行委員さんたちだけで学生さんたちをみんな守りきれるでしょうか?」

 言われ、言葉に詰まる柊。
 情報収集技能のある初春・ノーチェが必死に探したとしても、東京都の半分の大きさの学園都市である。
 すぐさまそのテロリストを発見することは非常に難しいだろう。
 そして、執行委員中機動力の高いイリヤ・美遊・柊をもってしても学園都市内の端から端まで移動するには多少時間がかかる。
 その間被害を出さない、というのは非常に可能性の薄い話であることは彼にだってわかっている。

 いいですかー?と、黙った柊を楽しそうに見ながら、彼女は言う。

「学生さんたちがひとところに固まっていた方が安全だ、というなら、先生達は学校から一時的に学生さんたちを出さないように出来ます。
 人が必要だ、というのなら、学生さんたちを守るためなら警備員(アンチスキル)の皆さんは喜んで協力するのです。
 夜が危ないというのなら、学生さんたちの完全下校時刻をちょっと早めることができるのです。
 大事な大事な学生さんたちをお預かりしている 先生(わたしたち)に与えられている、学生さんたちを守るための権利というのはですね。
 柊ちゃんが思ってるよりも、きっとずっと大きな 権力(ちから)なのですよー?」

 その辺は初春さんの方がきちんとわかってるかもしれませんねー、赤点ですよ、柊ちゃん。と、彼女は言った。
 彼女の笑みが、あまりにも楽しそうで。
 注意された柊は、思わず苦笑いするしかないのだった。

「そーでした。アンタって、どこまでも『先生』なんですよね。忘れがちだけど」
「あー! なんですか柊ちゃんまで上条ちゃんみたいなことをー! 先生は悲しいですっ!!」
「はいはい。協力要請とかはちゃんとしますよ。
 ま、俺が気づく前に他の奴が出してることが大半なんでしょうけど。それでも―――忘れやしないように肝に銘じときます」
「はい。それで結構なのですー」

 もう一度、満面の笑み。
 この人には敵わねぇなぁ、なんて柊が思っていると。
 その隣でいつの間にか蚊帳の外にされてむくれている少女が1人いることに気づく。
 当然、レベッカである。彼は、特に意図せぬままに尋ねた。

「どうした、レベッカ? なんか不満溜め込んだような顔して、イヤなことでもあったか?」
「別にっ!」

 ぴしゃり、と叩きつけるような一言。
 鈍感とか朴念仁とか言われている柊にも、不機嫌であることくらいはわかる。
 わかるが―――ちょっと気圧されたため、そうなのか、と言うしかなくなるのだった。
 竜種相手に動じず揺らがず立ち向かった男とは、とても思えないヘタレっぷりだ。
 横で見ている小萌先生が、内心『あぁ、やっぱり柊ちゃんは上条ちゃんと同じ属性の人なのですよ~……』と呆れるくらいである。
 レベッカは、むぅ、とほっぺたを膨らませたまましばらく柊を睨みつけ、一言ぽつりと呟いた。

「……お前に倒れられると、わたしがもしも危なくなった時に困るんだ。ちょっとは体大事にしろ、馬鹿」

 言われた柊は一瞬ぽかんとするものの、次の瞬間には理解の色を浮かべてあぁ、と頷いた。

「なんかあったらすぐに呼べって言ったのは俺だからな。
 約束は守る。
 だからそう怖い顔すんなって。安心しろ、何があっても守ってやるから」
「だからっ―――!
 あぁ、もうっ! お前にこういう話をしたわたしがバカみたいじゃないか、まったく」

 レベッカとしては『無理するな。無茶するな。できればケガもするな心配だから』と伝えたいわけだが、
素直にものが言えない彼女と、言葉を額面どおり受け取る柊の間できちんとした会話のキャッチボールができるわけもない。
 傍から見ている小萌先生が涙を浮かべそうな感じに不憫な会話に区切りをつけたのは、報われない少女の方だった。

「……もういい。先生権限でベホイミに頼んでみるからお前は何も気にするな」
「? お、おう。わかった」

 ちなみに、レベッカの言った内容は
 『先生権限(=単位とか成績とか出席日数とか)でベホイミに(+柊から目を離さないように)頼んで(=脅しも辞さない構えで)みるから』という意味である。
 この娘も色々と強いところがあるものである。

 閑話休題。
 その時、柊に遠くから声がかかる。事後処理に動いていたベホイミだ。
 柊の手が必要な事態、つまるところの力仕事の必要なことが起きていたらしい。
 それにおう、と答えて、彼は一度2人に向き直る。

「んじゃ、呼ばれてるから俺も仕事に戻る。
 もうちょっとここで待っててくれ。できるだけ早く生徒帰すようにするからさ」

 彼の言葉に、小萌先生がわかりましたっ。気をつけるのですよー、と答えて。
 一方レベッカは、あわててトートバッグを探り、柊の背に向けて叫ぶ。

「柊っ!」

 その声に、今にも駆け出しそうだった柊が足を止め、レベッカの方を向き直ると―――その胸めがけて、小さな包みが飛び込んでくる。
 包みを受け止めた柊に、レベッカがそっぽを向いて、頬を赤く染めたまま呟いた。

「……1限調理実習で、担当のクラスの連中に引きずってかれて作ったんだ。
 余りものだから、気兼ねなく食べろ」

 柊が包みに視線を落とすと、かわいらしくラッピングされた2種類のクッキーが入っている。
 それを見て柊は珍しく屈託なく笑うと、礼を言う。

「ありがとうな、レベッカ。後でゆっくりした時にでももらって食うから」
「う……あ、あぁ。片方は抹茶とか入れてみた」
「緑色なのは抹茶か。すげーなレベッカ、10歳でこんな菓子作れるなんて」
「子ども扱いするなー! もう、行っちゃえバカ!」

 思わずそう言ってしまったレベッカに、柊は苦笑しながらもう一度ありがとうな、と言ってベホイミの方に向けて駆けていく。
 小萌先生は、ふん、と鼻を鳴らした隣にいる年下の教師に向けて言う。

「宮本先生。小萌先生は、聞きたいことが二つほどあるのですけど、答えていただけますかー?」
「……なんですか、月詠先生」

 小萌先生と2人取り残されたレベッカとしても、声をかけられると反応しないわけにはいかない。
 隣のピンク頭ベテラン教師はやけにニコニコ笑っていて、なんだか嫌な予感はするものの、レベッカは尋ねかえす。
 やっぱりニコニコしたまま、小萌先生はレベッカに聞いた。

「桃月学園のお子さんに伺ったんですがー。
 一年生の別のクラスでー、一昨日クッキーと紅茶クッキーを作ったところがあったらしいですねー。
 カリキュラム(授業内容)っていうのはー、そうぽんぽんと変わるものではないと思うのですがー?」
「―――別に。紅茶も抹茶も、クッキーに混ぜ物してるだけじゃないですか。授業内容の変化、というほどの変化でもないと思いますけど」

 つん、とした様子で答えるレベッカ。
 その様子をニコニコと微笑みながら、そうですかー、と言って受け止める小萌先生は、続けて聞いた。

「ところで、ですが。
 宮本先生は、柊ちゃんが『紅茶を飲む女の子』が苦手だって話、ご存知でしたかー?」
「……さぁ? ハジメテ聞きマシタよ?」
「なんで片言なんですー?」
「~~っ、質問は2つじゃなかったんですかっ?」
「おっと。わたしとしたことが、うっかりですー」

 ひまわりのようにニコニコと笑ったままの隣の女性ににちょっかいを出され続け、生徒が帰ってくるまでレベッカは不機嫌な時間を過ごすこととなったのだった。

 ***

 磯野第八中学前。
 昼休みも終わりかけの時間帯に、柊はぼろっぼろになったグラウンドをぼーっと見つめていた。
 空からやってきた侵略者により、磯野第八中とその隣にある浮世絵中学がビーム爆撃に会い、まぁ色々とあって協力を得たりしながらその侵略者を全部片付けた後である。
 極生の誇る騒ぎの後の後片付け部隊『清掃委員会』によって、穴ぼこだらけのグラウンドや崩れた校舎の一部などがどんどんと直っていく。
 そんな彼らの働きを見ながら、ノーチェからの帰投連絡を待っているところだ。
 ちゃんと侵略者たちがしばらくは来ないことが確認されないと、帰るわけにもいかないのだった。

 と、そこへ。

「あぁっ! 柊さんやん」

 唐突にかけられた声にそちらを向くと、そこには磯中のアイドルと冴えない男子中学生が1人。
 磯中のアイドルこと、瀬戸 燦(せと さん)。
 彼女は隣にいる冴えない男子中学生―――満潮 永澄(みちしお ながすみ)を追いかけて瀬戸内から埼玉まで追いかけてやってきたという凄まじく情の強(こわ)い娘だ。
 柊を見つけると、彼女は無邪気に笑って言う。

「学校守ってくれて、ホントにありがとうなっ!
 わたしや組のみんなもなんとかしようと頑張ったんやけど、空ぁ飛ばれると海のモンは戦うのが難しいきん」

 ……なお。彼女を含め、磯野第八中には人間ではない『人魚』と呼ばれる種族が多数入りこんでおり。
 『人魚』としての能力をフル活用して、柊が到着するまで爆撃に対抗していたりしたのだが。
 隣にいる永澄が、ぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございました。
 もしもあの時来てくれなかったら、きっと学校がとんでもないことに……」

 磯中は割と日常的に色々とんでもない事態にさらされてるような気がするが。
 それに、柊は苦笑しながら答える。

「俺のは仕事だからな。礼とか気にしなくていいって」
「あかんっ!!」

 そう言った燦の周囲が、いきなり暗転する。
 そしてどこからか舞い飛ぶ桜吹雪。燦にだけあたるスポットライト。
 永澄が画面端で『あぁっ!またどこからか燦ちゃんが桜吹雪と暗転用意した!』とか言っているが、ここはスルー対象である。

「……身内の命を拾ってもらっておいて、礼の一つもできんなんて、仁義に反する。
 わたし不器用な女じゃきん、わたしの道に背くことはできん。そんなん、瀬戸内人魚の名折れじゃきん。
 そう―――

 『任侠』と書いて、『にんぎょ』と読むきん!」

 さすがに柊も「読まねぇよ」とはツッコまなかった。
 決め台詞と変身シーンを邪魔しちゃいけないというのは世界共通の認識である。

 閑話休題。
 背景は戻るものの、大量の花吹雪を舞い散らせながら彼女は話を続けた。

「そんなわけやきん、何かお礼させてくれんね?」
「ホントに何もいらねぇんだけどなー……つーか、そういうことは永澄(そいつ)にしてやれよ。
 飛んでくるビームから、お前抱えて逃げ続けたらしいじゃねーか?」

 そう話の矛先を変えるために話題を振られた永澄は、少し照れくさそうに燦の方を向く。

「俺は……燦ちゃんが無事なら、それでいいんだ。俺は、燦ちゃんの旦那だろ?
 お嫁さんを守るのって、当たり前のことじゃないか」
「永澄さん……」

 永澄は、中学生の夏休みに家族で行った瀬戸内で、ひょんなことから人魚の燦に命を救われた。
 その後色々ごたごたあった後、なんと中学生にして燦を『嫁』をもらうことになるのだが―――その燦、実は瀬戸内周辺魚類をとりまとめる大やくざ・瀬戸組組長の娘。
 つまりは、永澄、中学生の身空で『極道の娘(おんな)』を嫁にもらうという、なんとも凄まじい人生を送っている。

 余談だが。
 学園世界の危険度と天然入った燦の相性は絶妙で、いつも登下校が一緒になる永澄がさまざまな事件に巻き込まれ。
 燦本人もなかなかの能力を持っているものの、巻き込まれた永澄の人外度が上がらないはずもなく。
 また、英雄の歌ドーピングがちょっと常態化していたりするので、結構この少年も『普通の人間』カテゴリからはズレていたりする。

 ともあれ、若い2人が熱々空間を作っているのは、目の前で見せつけられる側としてはたまったものではない。
 柊が(自身に向くものにはどうしようもなく利かない)気を利かせてその場を去ろうとした時、横から声をかけられた。

「柊さん。さっきは助かったよ」

 そう言って駆け寄ってくるのは、やけに小柄な、白い髪の中のうなじ近くだけは黒髪というやけにパンクな頭の学ラン少年。
 小柄・童顔・学校指定物をきっちりとつけて丸メガネと、外見の割におおよそ争い事とは無縁そうな少年の名は―――奴良 リクオ(ぬら りくお)。
 こちらは磯野第八中の隣にある浮世絵中学の生徒だ。
 いやー、と彼は額に労働の汗を浮かべて実に爽やかな笑顔で―――

「ウチのみんなは生徒の避難誘導を主にやってたから、つららと黒田坊くらいしかあのくらげみたいなの攻撃(おとせ)なくってさ」
「気にすんなよ、あーゆーのなんとかするのも俺らの仕事なんだし」

 ……実に物騒な言葉を吐いてくれた。

 それもそのはず。
 真っ当な人間に見えるものの、実はリクオは大妖怪・ぬらりひょんの血を引く妖怪のクォーター。
 その上、彼の祖父は関東一円の妖怪を統べる妖怪極道『奴良組』の総大将であり、リクオは三代目候補にして奴良組の現『若頭』を襲名している。

 とはいえ、人間の世界である学校―――浮世絵中学では、人の役に立つことを率先してやる学校の便利屋と化していたりもする。
 が、どちらもリクオにとっては自分で考えた上での行動であるためどちらが正しい姿、ということはない。
 浮世絵中学にも何人か『奴良組』の者がリクオの『護衛』という形で入り込んでおり、リクオの命が下ればその能力を行使することもある。

 隣接する学校に別々の極道組織があるということで、当初小さないざこざは山ほどあったものの、元々違う世界からやってきたこともあり、
 燦とリクオが話し合いの席を用意し、『組織としては互いに不可侵』という盟約を交わすに至って、ようやく毎日のようにあった小競り合いを終えたのであった。

 空からやってきたくらげのようなビーム発射生物の群れは、柊が到着するまで、皆を守ろうと瀬戸内組の人魚たちと奴良組の妖怪たちが手を取り合って撃墜し続けていた。
 具体的には瀬戸内組の殺し屋(ヒットマン)『巻貝の巻』と、奴良組の若頭世話係『雪女のつらら』が水圧弾+急速冷凍で氷の弾丸をたらふくぶち込んでやったりとか。

 閑話休題。
 リクオは笑顔で柊にスポーツドリンクを手渡しつつ、言う。

「はいどうぞ、お疲れ様。
 ボクらも自分達のところくらいは迷惑かけないようになんとかしようとしてるんだけど、やっぱり専門の人がいると助かるよ」

 スポーツドリンク(学園世界製の割には実に普通の飲み物である)をありがとうな、と言いながら受け取る柊。
 先ほどまでウィッチブレードで空を駆け回りながら戦っていたため、熱を冷ますのに冷たい飲み物は実にありがたい。
 と、そこでなんだか見つめ合っていた燦が声をかける。

「リクオくんも、さっきはありがとうな。磯中のみんなの避難手伝ってくれて」
「瀬戸さんのところの銭形さんのおかげだよ。すごく助かったって、後で伝えておいてくれるかな」
「任せといてー。巡さんとは同じクラスじゃきん」
「巡はこういう時は役に立つからいいんだけどなぁ。
 ……厄介事にもすぐ首突っ込んだ上、面倒事だけ人に渡すあたりどうにかならんもんかとも思うけど」

 中学生とは思えないような哀愁をこめて、永澄。

 銭形 巡(ぜにがた まわり)。
 磯中の名物風紀委員であり、また警察官の最高位である警視総監の父を持つ少女。
 正義感が強く曲がったことが大嫌いで、父を尊敬して警視総監になることが夢な志高い娘である。
 自分の力も考えずに正義感に突き動かされるため、後先を考えないところも含めてトラブルメーカーでもあるが。

 なんでこんなにトラブルメーカーまみれなのかと思えるくらいに永澄の周りはそういう人ばかりだったりする。悲しいことに。
 そんな永澄を、同じくトラブルメーカーの知人ばかりの柊が肩を叩いて慰める。

 うんうん、と頷く柊と、その手を掴んでひそかに涙する永澄。
 何かしら共感できるものがあるようだ。
 苦労人だからな2人とも。
 なんだか永澄と柊の間にしんみりした空気が流れ、燦はそれに気づかず、リクオは気を回して燦の視線を自分の方に集めている。
 なんとも気の利く中学生だ。

 ともあれ、そんな謎の空気をうち壊すように飾り気のない電子音。
 音源は柊の懐からで、0-Phone の着信音だった。
 液晶を見れば、ずっと待っていたノーチェからの着信だ。
 柊は3人に視線で目配せし、電話をとる。話を聞く限り、これ以上の危険はないと判断されたようだ。
 短いやりとりを終えて通話を終えると、彼は3人の方を向き直ろうとして―――足許に落ちていた何かに気づき、拾う。
 掌に収まるほどのそれを一度厳しい視線で見てすぐに月衣に放り込むと、柊は改めて3人の方を向き直った。

「安全も確保されたみてーだし、俺はそろそろ戻るな。
 戻っても戻らなくてもすぐ呼び出されそうな気はするけど」
「あー……大変ですね」
「それが仕事だからな。……まぁ、もうちょい自重してくれると助かるんだが」

 永澄の気遣いの言葉に、柊は苦笑で答える。
 その言葉に、『ケンカならともかく、どこかから勝手に来て襲ってくる人(?)たちに自重の精神はないんじゃないかなー』と永澄は思うものの口にまでは出さず。

「柊さん、今度差し入れ部室に持っていくきん!」
「気をつけてね」

 口々にそう言う中学生の声にじゃーな、と告げて。柊は携帯に表示される最寄の転送陣のところに向けて歩いていくのだった。


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