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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第04話04

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 空を飛ぶ刃を落とし、それが動かないことを確認して。
 侵魔はもう一人の敵に向けて首を動かした。

 仲間を目の前で墜とされた少女は、しかし。
 巨体に対する怒りの目ではなく。
 墜ちた仲間を心配する目ではなく。
 次はわが身という恐怖の目でもなく。
 ―――ただ不可解なものに対する苛立ちを宿した目で、侵魔を睨んでいた。

「……わからんな。
 侵魔、お前の作ったシステムは実に巧妙だ。
 なにせこのワタシですら、昨日そこの小僧とお前が一緒にいるところを見なければ侵魔の仕業だなどとは思わなかったほど。
 この魔法使いの多い世界において、カードを念入りに分析しない限りその機能を発見できなかったほどだ。
 それほどのシステムを構築しておきながら、お前のやることは実に単純。むしろ、単純に過ぎる。
 確かに『想像の殻』による形成速度は速い。雑魚を配置するには便利な方法だ。
 だが―――何故、侵魔としての特性すら捨ててそれを行う?
 それほどのプラーナがあれば、魔の王の一角を狙うこととて可能なはずだ。侵魔としての魔法の力も能力も捨て、なぜお前はその姿をとり続ける?」

 純粋な疑問。
 それはこれまで侵魔や冥魔と呼ばれる侵略者たちと長い時争った者が放つ、不可解に対する問いかけだった。
 彼女の、答える者がいなければ間の抜けた光景に映るだろう問いかけに、これまで一言たりと声を発さなかった侵魔が答えた。

「簡単ナコトダ、ウィザード。
 ドノヨウナ生物モ、最モ純粋ニ強イノハ本能ノママニ生キテイル状態ダ。
 必要ナダケノしすてむヲ構築シタ後、余分ナ知能ヤ知性ヲ捨テ、ソノしすてむニ沿ウ行動ヲ取ッテイルダケノコト」
「つまり、お前は過去に作ったシステムに従って後の行動をとっている、と?
 お前にとって、そのシステムはお前の能力を全て捨ててもいいほど自信を持っているものだというのか?」

 そう尋ねた彼女は、やはり不可解そうに。
 彼女にとってはその侵魔の生き方は理解の及ばぬものであり、その不可解を解消しておきたかったのだ。
 侵魔はカカカ、と嗤い、答えた。

「ウィザード。貴様ハ、『刻むもの』トイウ我ガ同胞ヲ知ッテイルカ?」
「『刻むもの』……昨年の初夏に消された、本に擬態した侵魔だったか。ソレがどうかしたか?」
「ヤツトハ昔、魔導ノ腕ヲ競イ、共ニ高メアッタ仲デナ。
 『刻むもの』ハ、見事ナしすてむを作リ上ゲタ。膨大ナ魔術式ヲ圧縮スル特殊ナ『本』ヲ完成シタノダヨ」

 『刻むもの』。
 それは、輝明学園の秋葉原分校に封印されていた、宿主を選び、その心を掌握し、世界を変革するほどの強力な魔法を可能とした力を持った『魔本』の侵魔。
 世界の危機となりかけたその事態は、輝明学園にいた学生を中心とするウィザードたちの手によって『刻むもの』が消滅させられて終わった。
 ゲシュペンストは、侵魔の言葉を聞いてほう? と少し好奇心をそそられたように眉を寄せ、尋ねた。

「かつての同胞の正しさを証明するため、あえて同じやり方でより強力な方法を構築して世界に挑戦しよう、とでも?」

 彼女の言葉に、侵魔は一拍沈黙し。


「―――カ。カカカ。カカカカカカカカカカカカカカカカっ!!」


 ―――嘲け嗤った。


「カカカカカ!
 貴様、正気カウィザードっ!? コノ数十年、コレホド愉快ナ言葉ヲ聞イタコトハナイっ!
 我ハ有用ナしすてむヲ有効活用シテヤッテイルダケダ。正シイカドウカナド関係ナイ、使エルカラ使ウ、ソレダケノコト。
 貴様ハ本当ニ侵魔ニ『情』ナドトイウモノガアルト信ジテイタノカ? クダラン」

 笑い声は続く。
 月匣中にその声は広がり、反響し、轟き―――それが、唐突に止む。
 巨体が左の肩をぶん、と振る。するとプラーナが大量に噴き上がり、プラーナが腕を形成しなおした。
 侵魔はゲシュペンストに向けて、告げる。

「終ワリダ、ウィザード。
 コノ月匣ニハ今貴様ト我シカ存在シナイ。紙ノヨウナ貴様デハ、コノ我……『模るもの(かたどるもの)』ガ一撃ヲ阻ムコトハカナワン。
 ――― 先ホド笑ワセテクレタ礼ダ。死出ノ旅ノ前ニ、言イタイコトハ全テ言イ捨テテ逝ケ」

 嘲笑う声。
 それを聞いて、ようやく合点がいったのか。
 ゲシュペンストはいつもの通りの底意地の悪い不敵な笑みを浮かべ、侵魔に向けて言った。

「寛大なことだ。
 では、遠慮なく3つほど言い捨てさせてもらおうか」

 翼の付いた白い杖―――ヘルメスの杖を肩に乗せ、彼女は侵魔に向けていつものように見下すように告げる。

「1つ目。
 貴様は先ほど『生物は本能のままが最も強い』と言ったが……そんなわけがなかろう、戯(たわ)け。
 この世界の生態系の中で、環境に自然と適応する力もなければ爪も牙も毛すらも飾り物の人間が頂点に立てるのは何故か考えたこともないのか?
 人間という生物は、小賢しく考えるからこそ頂点に立っているのだ。
 勝てぬならば、勝つための道具や方策を用意する。その精神は、常に諦めを捨て最善を選ぼうとする心から生まれる。
 過去に作ったシステムに頼り、状況への適応を忘れて楽な方に逃げた貴様にはわからんかもしれんがな」

 自信の揺るがない彼女を見て、侵魔は少しいぶかしむ。
 ゲシュペンストの声は朗々と続く。

「2つ。
 『侵魔に情など存在しない』と、先ほどお前は言っていたな。
 ワタシも同意見だ。お前たちに情など存在しないと、今でもワタシは信じている。
 ―――だがな。
 『情』というものを目覚めさせてしまったイカレた魔王が存在したことも、ワタシは知っている。
 奇跡、なんて軽いことを言うつもりはない。侵魔狩りをやめるつもりもない。
 侵魔を山と狩ってきた人間が実に今さらだがな。ワタシとしても、そんな『例外』についてどう接していくべきなのか、模索しているところだ」

 彼女は、少しだけ誇らしげにそう言った。
 この世界に来る前に、人間と魔王の起こした『奇跡』を彼女に見せつける事件があった。
 ゲシュペンストよりも遥かに年下の彼らが起こした奇跡は、一人の魔王に『情を得たい』と思わせたこと。
 彼女と同じくらい永きを生きた不変の者であるはずの『魔王』の心を、変えてしまったという事実。

 だからこそ、ゲシュペンストは『模るもの』の言葉を否定する。
 お前ごときが『彼』の生き様を否定するのか、という少しの嫌味を込めて。

 『模るもの』は、平坦な声で告げた。

「言イタイコトハ、ソレダケカ」
「阿呆、3つ言い捨てると言っただろう。
 最後の1つ。これが、お前にとっては一番大きな情報なのだろうがな。

 ―――お前は、さっき叩き落した男があの程度で諦める人間だとでも思っているのか?」


 彼女の楽しそうな言葉と同時。
 どつり、と。
 硬質な地面に、より硬いもの突き立てられる音が響いた。

 それは、重厚な刃。
 2mの鉄塊にして、魔を引き裂く剣。
 相棒に手をかけたまま、その主はゆらりと立ち上がり、血の混じった唾を吐きだした。
 額から流れ落ちる血を邪魔だとばかりに袖でぬぐう。
 呼吸は吐息に音が重なっており、激痛によるものなのだろう脂汗が流れる。
 他にも、先ほどの衝撃によって無事なところを見つける方が難しい有様。

 しかし眼差しだけは変わらぬ、壮絶なまでに鋭く。
 刃の如くに敵を貫抜く。

 その姿に、『模るもの』は疑問を抱いた。
 『適応』に必要性を感じることをやめ、状況を見ることなくただシステムに沿うことのみをその意義としていた彼が、泥となって始めて感じた『疑問』だった。

「ナンダ、貴様ハ?
 アノ一撃を受ケテ、ナゼ立チ上ガロウトスル? 痛ミト苦シミニ支配サレ、寝テイタ方ガ楽ダッタハズダ」

 それに柊は答えない。
 答える力が残っているなら、目の前の敵を打倒することに費やすと言わんばかりに。ただ巨体を睨む。
 だから、それに答えたのは後ろに立つゲシュペンストだった。

「そうだな、その通りだ。
 その小僧もその程度のことはわかっているだろうさ。
 だがな―――ここでお前を見逃して起こることを、そいつは正確に理解している。
 それゆえに見逃せんのだ。
 知っている誰かが。まだ知らぬ誰かが。お前を逃がせば、傷つくことがわかってしまったのだから」

 答えた彼女の単純な答えに、『模るもの』が戸惑ったような声色になる。

「ナンダソレハ。ソンナコトデ……」
「そんなこと、か。
 なるほど、その馬鹿の名を知らぬとは珍しい侵魔だな。
 ふむ。『適応』を捨てた、ということは他と関わらんということでもあるか」

 暢気に彼女がそう言って、壮絶に楽しそうな笑みを浮かべた。

「―――見せてやれ、魔剣使い。
 そこの身の程知らずの『世界の敵』に。『天敵』たるお前の力を―――っ!」

「お前が仕切るなよ」

 しゃらり、しゃらりと。
 硬質なもの同士がこすれる音が響く。
 1つ。2つ。3つ4つ5つ6つ7891020501001000――――――いや、数え切れぬほどの硬質な音。
 その音は頭上、『模るもの』よりもさらに高く。彼でさえも上を見なければ見えぬほどの高みより。
 まさに上空と呼ぶ他ない高み。紅い空を、強く輝く赤い光の群れが埋め尽くす。

 透明な刃。刃刃刃刃刃の群れ。
 色のない、現実感のない、そこに在るということすら信じられなくなりそうな、結晶から削りだしたような刃。
 同じ、夕焼け色の赤い宝玉を宿すそれらは、狙いすましたように剣先を『模るもの』に向けている。

「――― 来いっ!」

 柊が。一にして全、違いながらも同じ、ありとあらゆる世界に時を同じくして存在する『相棒』に向けて、告げた。
 たった一人の主の声に応え、『彼』を担い手とする刃たちが。
 己の使命を果たすべく、その声に応えるべく、ただ1つの敵に向けて。雨の如くに轟々と降り注ぐ。

 その刃の群れに気づいた侵魔は、駆け抜ける本能的な危機の予感に思わず全身をおののかせた。
 プラーナの壁を作り、降る魔刃の群れを阻もうとしたその時。

「ワタシを忘れるとは何事だ、侵魔。
 神威を持って神意を知るがいい―――<デッドエンド、クエイク>っ!」

 白い杖の翼の付け根に飾られた白蛇を伝うように、ゲシュペンストのプラーナが杖に吸い込まれる。
 翼の隅々までを、可能性の力が満たし輝く。
 同時。
 通常ならばゲシュペンストの今の宿主、子ノ日葵の体では使用できないはずの量の魔力が、その体に満ち満ちる。
 杖で指すのはもちろん侵魔。狙う必要すらないほどに巨大なその体。

 その膨大な魔力と、杖の能力によって生まれるのは大地の脈動にして怒り。
 隆起、振動、埋没。
 巨体は大地にその足をつけている。たった二点で固定している巨大な質量が、安定を欠く地では姿勢の維持もままならない。
 巻き上げられた岩塊が巨体をしたたかに撃ちつける。
 慌てて全身にプラーナの壁をそそり立たせる。
 しかし、いくら無尽蔵のプラーナを誇るとは言っても、放出できるのは侵魔そのものの能力の分のみ。

 上から降り来る幻晶の刃の群れ。
 足下を揺さぶる地面の脈動。
 上下2面からの切り札級の攻めに、『模るもの』のプラーナ開放力では完璧に防ぐほどの壁が作り出せない。
 黄昏の色を宿した幻の刃たちが頭を貫き、胸を切り裂き、指を落とし、関節を撃ち抜く。
 大地の脈動に跳ね上がる岩石の塊が胴を打ち抜き、足を砕き、姿勢を崩して、刃を跳ね返す。
 多くの攻撃はプラーナの壁が打ち払うものの、それすらすり抜けた岩石と刃が『模るもの』を襲った。

 ぎちぎち、と。
 『模るもの』の内を刃と岩石、そして先ほど受けた燐毒が渾然となって襲う。
 歯車が上手く回らない。
 痛みが思考を遅らせる。
 プラーナでは弾くことのできない体の内の痛み。

 だが、まだ生きている。相手は満身創痍で力を使い切った無力な人間と、近寄ってしまえば一撃で殺せる小娘。
 彼は勝利を確信する。
 どちらにせよ、生き残った方の勝ちなのだ。

 殺して、死体にしたあと今までの礼をきちんと返し、その後大量に消費したプラーナを多少なりとも回収する。
 そのために、『模るもの』が隆起したままの地面を打ち崩し、前進したその時。


 ―――4度目の強襲のため、ウィッチブレードを駆った柊が刃を振るえる位置まで飛んできていたのを感じ取った。


 切り札を切った後。
 しかもその切り札を切らなければ攻撃が通らないのは知っているはずの柊は、それでも突貫を敢行した。
 彼の行動を理解できないながらも、好都合と『模るもの』は考える。
 相手はただの死に損ないだ、あと一撃でも入れれば生死の確定する状況で飛び込んできたのだから、一撃を受けきった後反撃でトドメをさせばいい。
 その一撃を受け止めるため。彼は変わらずプラーナを壁のごとくに放出した。

 柊は、これまで自身の刃を完璧に防いできた壁が展開されるのを視認して、なお速度を落とすことなく月衣を踏みしめ。
 加速の勢いのままに、これまで幾多の戦場を共に渡ってきた、唯一無二の魔剣(あいぼう)を振り下ろす。

 足りない。
 プラーナの壁に受け止められている。
 当然だ。これまで止められ続けたのと同じ攻撃が通るはずもない。ならば。
 先の三撃で使い切ったエネルギーブースターを廃棄。月衣から落とすように新しいブースターを装填。通常なら三回に分割して使用するエネルギーを三連装填、全開放。
 ウィッチブレードの加える圧力が爆発的に増幅した。しかし、壁を突き破るには至らない。
 近くて遠い距離。この壁さえ越えれば、一撃を叩き込むことができる。
 負けない。負けられない。だったら―――

(―――まだ使えるもん全部突っこんででも、この壁ぶち抜くだけだ!)

 覚悟を決める。
 残るプラーナを全て刃に宿す。相棒に残り少ない力を奪ってしまえるだけ奪うように頼む。そして。
 開放。
 二段階目の爆発的な加圧。
 風がうなり、命を食らい、意思の力を宿した刃は。


 ―――鉄壁を誇った『模るもの』唯一の能力であるプラーナの壁を、真正面から破り裂いた。


 鉄壁を打ち破ったことに、知らず心が高揚する。
 二段階の加圧で加速し続けるウィッチブレードが『模るもの』に触れる一瞬前。
 相棒に向け、一言だけ呟く。

「―――解放っ!」

 封印を解く。
 魔剣が三段階目の加速を果たして。
 爆発的なまでの威力によって、10mの巨体を脳天から真っ二つに叩き斬って断末魔すら消し飛ばしながら消滅させ。
 ―――侵魔が体に溜め込んでいたプラーナを全て解放して、紅い月匣が砕け散った。
 それが、この度の『世界の敵』の起こした事件の顛末だった。

 ***

「……まったく、世話の焼ける」

 半眼で、ゲシュペンストは自身に残る少ない魔力を用いて、仰向けに転がっている柊に向けて杖を振るっていた。
 魔剣使いはただでさえ魔剣に力を食わせながら戦う。
 今回はその上プラーナは使いきり、魔力は使い切り、ダンプカーのような一撃をほぼ抵抗も出来ずに受け、最後に残る力を食えるだけ食わせたのだ。
 少し寝たくらいではさすがに治りきらない。
 最低限立って自分で医者のところに行く程度の体力は確保したい、と頼まれたゲシュペンストは、得意ではないものの一応保険のために覚えた回復魔法を発動させた。

「<ヒール>」

 確かに発動した回復魔法が、暖かな波動を伴って頭の傷を癒し、体力を微量回復させる。
 血の止まった頭の傷を2、3度軽く叩いて確認。
 よっこいしょ、と言いながら柊は立ち上がる。

「ありがとうな。助かったぜ、葵」
「ワタシは子ノ日葵ではない。ゲシュペンストだ、と何度言えばわかるのだお前は」

 少しイライラしたように、ゲシュペンスト。
 細かいこと気にする奴だな、と呆れたように柊は言う。

「お前が葵じゃない葵だってのは知ってるよ。
 けど長いだろ、ゲシュペンストって。すげー呼びにくい」
「ひ、人が昔から気にしていることを……。
 えぇいっ。呼びにくいなら呼びにくいで、呼びやすくするとか色々あるだろう!?」

 言われてあだ名をつけるというのはアリか、と考えた柊はしばらく考えて、言ってみた。

「ゲシュ子、とか?」
「……よし。今魔装を<アースハンマー>に取り替えたところだ。
 かちこん、といくかかちこんと」

 ヘルメスの杖を変形させ、大きな魔法陣を発生させて2、3度素振りする彼女を見て、さすがに手で制する。

「忘れろ、むしろ忘れてくださいすいませんでした。
 つーか冗談だって。お前だってせっかく回復させた奴を自分で殴るなんて無駄したくないだろ?」
「無駄をさせているのはどこのどいつだ。
 まったく付き合いきれん。よく考えれば、お前がワタシをどう呼ぼうがワタシにとっては本当にどうでもいいことだったな」
「じゃあ別にいいじゃねぇか、葵で」

 そう言われては彼女としても反論がし辛い。
 しばらく不機嫌そうな表情をしながら、彼女はふん、と鼻を鳴らした。

「……では、それで構わん。
 ワタシの仕事は世界を守ること。お前の仕事はこの世界の住人を守ることだ。そこの小僧のことは任せるぞ」
「おう。―――ありがとうな、助かった」
「言ったはずだ、ワタシの仕事は世界を守ること。
 お前流に言うのなら、自分の仕事をして礼を言われる筋合いはない、と言ったところか」
「手伝ってやる、って言ったのはお前だろ?」

 そう言われたゲシュペンストは、くるりと背を向けて。

「―――さて、忘れたな。
 そんなことよりも、さっさと病院に行って来い阿呆。明日の仕事に差し支えるぞ」

 白い月の光が差し込む路地裏の袋小路から、スタスタと去っていった。
 その姿が見えなくなるまで待った後。
 柊は静かになった夜を、ぐったりしたままの少年を抱えてウィッチブレードで飛び上がった。

 ***

「もう、気をつけろよなー」
「最近元気ないから心配してたんだぜ?」
「お前にさ、紹介したい奴がいるんだっ! きっと気に入ると思う!」

 真っ白な病室にやってきたのは、友人たちだった。
 昨日、放課後下校した時からの記憶がさっぱりないまま、気がついたら病院にいたという僕。
 そんな話をどこからか聞きつけたらしい彼らは、昼休みで忙しいにも関わらず転送陣を使ってまで来てくれたらしい。
 なんだか久しぶりに話す彼らの声が、やけに懐かしいもののように感じて。
 どうしようもなく涙がこみ上げて、からかわれたりもした。

「けど、思ったよりも元気そうじゃねぇか。
 昨日まではなんか付き合い悪かったから、俺はもうお前に彼女でもできたのかと」
「ぼ、ぼぼぼぼ僕に彼女とかできるわけないじゃないかっ!?」
「うるせーよっ! バレンタインに何ももらえなかった俺の気持ちがわかるのかコノヤロー」
「そうだコノヤロー。チロルチョコでももらえただけありがたいと思いやがれ」
「あ、あれ従姉妹! 従姉妹がくれたヤツだって言ってるじゃないかっ!」

 そんないつもどおりの日常が回っていることにホッとしながら、友だちの一人が心配そうに聞いてくる。

「けど、大丈夫なのか?
 居住区近くで倒れてたのを拾ってくれた人が一番近い病院に運んでくれたって聞いてるけど、ケガとかしてないのか?」
「あ、うん。ケガはないみたい」
「でもなんでそんなとこにいたとか、なにも覚えてないんだろー? それって立派な記憶障害ってヤツじゃねーのか」

 心配そうに、違う友だち。
 僕は、せっかく来てくれた友だちが安心できるように笑った。
 誰かのために笑える僕が、なんだか嬉しいとなぜか思いながら。

「とりあえず心配だから三日くらいはお休みだってさ。検査入院、ってやつ?
 そんなわけなんでその間のノートよろしく」
「任せろ。1教科につきパン一個な」
「う……頑張る」
「じょーだんだよっ!
 ところで、本当になんでお前あんなまったく学校と関係ない居住区なんかにいたんだよ。
 何にも覚えてないんだろーけど、危ないとこにわざわざ行くの止めろよな」

 ゴメン、と言いながら―――僕は1つだけ覚えていることを思い浮かべる。
 白。
 正確には、なんだか鈍い銀色染みた白い色。
 それが、何故か心に焼き付いていて。

 ―――僕は、今ならこの世界で頑張っていけるような気がしていた。

 ***

「……以上が報告です。我が主よ」

 ゲシュペンストは、県立北高校の図書館で事件の報告を行っていた。
 彼女が主と呼ぶ娘―――北高の制服を着て、本のページをめくる長い黒髪の少女は、いつものように小さく微笑みながら、そうですか、と呟いた。
 少女―――北高で『群田 理生』と名乗っている彼女は、ゲシュペンストにとって主と仰ぐ人物だ。
 今回、ゲシュペンストが『模るもの』を追いかけていたのは彼女の命でもある。
 一番はじめに、彼女の命を受けたのはある少年に憑いた侵魔が『世界の敵』となるので早く見つけるように、ということであった。
 一昨日ようやく少年を発見して追いかけようとしたら、カードをコアに月匣を張られて逃げられてしまい、柊と鉢合わせて一悶着起き。
 それを昨日報告したら、『この件に柊蓮司が介入してくることと、貴方がこの件を解決する一人であることは、この書物に書いてある通り』と言われ。
 最初から言って欲しいなー、と思っていたら『今の私はこの本の力を1セッション3回までしか使えないのです』と笑顔で答えられて反論を防がれた。

 閑話休題。
 ともあれ、理生はめくっていた本を閉じてゲシュペンストに向き直る。

「ご苦労様でした、ゲシュペンスト。これで私の望みもかなうことでしょう」
「礼には及びません。ワタシが貴女様の命を聞くのはごく自然なこと、疑いを差し挟む余地もありません」
「あらあら……これまで作った 貸し(オラクル)を少しでも安くしておこうという魂胆かと思っていましたが」
「と、とーんでもないっ! このワタシがそんなことを考えるようにみみみ見えるのですかっ!?」

 もの凄く取り乱すゲシュペンストを楽しげに眺めながら、理生はいつもと変わらぬアルカイックスマイルで答える。

「えぇ。これで、またしばらくこの世界に留まれる時間が増えました」

 そう告げた彼女に、ゲシュペンストは僭越ながら、と自身の抱いた疑問をぶつけてみた。

「我が主よ、貴女様は―――この世界を、気に入っておられるので?」
「あらあら。少しおしゃべりが過ぎたようですね」

 いつもと変わらぬ笑みのまま、彼女は新しい本に手を出しながらゲシュペンストを見た。

「ゲシュペンスト、我が僕よ。此度はお疲れ様でした。
 また何かありましたら、貴女を頼らせていただくこととしましょう。今は退がりなさい」

 そう言われては、かしこまりましたという他はない。
 ゲシュペンストは目を閉じると、子ノ日葵に体を明け渡す。
 再び目を開けた時、彼女はすでに『子ノ日 葵』だった。
 理生は、いつもの通りの笑みを浮かべながら葵に向けて挨拶した。

「おはようございます、子ノ日 葵さん。よく眠れましたか?」
「へっ!? あ、お、おはようございます群田さん……ですよね?」

 はい、と答えた理生に、慌てて葵は周囲を見回した。
 そんな彼女を微笑ましげに見ると、理生は告げた。

「ここは北高の図書室ですよ。昨日と同じ」
「え。わ、わわ私また知らないうちに知らない学校にお邪魔を……っ!?」
「……そのようですね」
「な、な、なんで―――」
「図書室で騒ぐのはご法度ですよ?」

 言われ、口に手を当てて静かにする葵を見て、あら、と理生は時計を見て言った。

「子ノ日さん、そろそろ学校に戻らないと授業に遅れてしまいますよ?」
「あっ、群田さんありがとうございますっ、じゃあ私はこれでっ!」

 静かに、しかし慌てだしく駆けていく彼女をじっと見て。
 理生もまた授業のために本を片付け、今日は放課後に何が起きるのか、心躍らせながら席を立った。

 ***

「幸運の宝石、でありますか?」

 昼前の執行部室。
 ノーチェと二人だと若干広い部屋を持て余し気味に、柊がたずねた。

「あぁ。予備とかストックとか、そーゆーの持ってねぇか?」
「つまり昨日使った、と?」
「昨日とは一言も言ってねぇぞ」
「何言ってるでありますか。
 不安要素は意外ときちんと減らすタイプの蓮司が、生命線になりかねない幸運の宝石をなくしたままでぼーっとしてるとは思えないでありますよ」

 柊が幸運の宝石を失ったのは、事実昨日のことだ。
 魔剣でロケットパンチを逸らした際、あの石の力を借りてそれを成功させたのだ。
 あれをそのまま受けていたら、最後にプラーナの壁をぶち破るための力が足りていなかったかもしれない。
 今思い返しても冷や汗ものである。
 そんな、昨日の一連の(命の)やり取りを思い返していると、ノーチェが首を傾げた。

「でも、昨日はわたくしの知ってる限りそんなこと言ってなかったでありますから、わたくしがいなくなってからそんな事があったのでありますか?」
「別にいいだろ。持ってるか持ってないか答えろって」
「残念ながら持ってないでありますよー。
 あ、でも確か開発部の、天明の妹の光明が安く試作品扱ってたであります」
「……試作品ってあたりが怖い上に、開発部ってあたりがさらに不安を煽るんだが」
「光明は優れた技術者でありますよ。って、宗介が言ってたであります」
「相良は~であります、とは言わないだろ、お前相手には」

 階級的に絶滅社のヒラ傭兵相手に軍曹が軍隊式敬語もどきは使わない。
 ともあれ、安値で高い効果を発揮する可能性もある。聞いてみる分にはタダだろう。
 珍しく戸を開けて外に向かう柊に、ノーチェが尋ねる。

「お出かけでありますかー?」
「今いいこと聞いたからな、開発部まで行って来るわ」
「お土産はもちもちぷりんでよろしくでありますよ」
「買わねぇよっ!?」

 ぱたん、と戸が閉まるのを確認し、ノーチェは急須に手馴れた様子でポットのお湯を注いで、湯呑みにお茶を入れ、一口。
 ほっと一息つきながら、彼女はぺちぺち、と水晶球を叩く。

「―――まったく。ある程度の事象なら、すぐに調べがつくのでありますのに。
 でもまぁ……わたくしとしてはお礼を言っておくところなのでありましょうな」

 事実、昨日の久しぶりの飲み会はすごく楽しかったノーチェとしては、柊から昨日の提出書類を任されている長門に連絡をとって書類書きを代行して。
 今日の出動優先順位を、できるだけ柊を外した面子でできるように考えることで恩返しをするために頭を働かせることを決めて。

「今日も、頑張るでありますかなっ!」


 人と人が繋がって。
 笑って。話して。
 そんな世界を守ろうと、そんな世界を続けていこうと考えている人は、案外いて。
 その青い願いが続く限り、この世界は回り続ける。
 さまざまな思惑と、たくさんの笑顔を乗せたまま。今日も回る。

 fin


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