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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第04話

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LOM ~あるいはある異邦人の物語~ 【04.マクマ】

《コクハク ~Confess/Admit~》


「バド、コロナ。こいつはくれは、赤羽くれは。俺の幼馴染だ」
 簡潔極まりない柊の紹介に、双子はぱちくりと目を瞬いた。
 場所は、ユカちゃんが営む“マナの祝福亭”の一室である。
 “空き家”の前での再会の後、柊が三人を何とか宥めた時には、既に日が暮れていた。そこで、今夜は丘の家に帰るのを諦め、ドミナの町に一泊することにしたのだ。
 今、四人は二部屋取ったうちの一室に集まり、備えつきの小さなテーブルを囲っている。柊は、双子とくれはに、改めてお互いのことを紹介しているのだった。
「で、くれは。こっちはコロナとバド。見ての通り、双子の姉弟だ。色々あって、今は俺と一緒に暮らしてる」
「はわ、色々って……? まあ、何となく想像つくけど……柊のことだし」
 肝心なところを思いっきり端折った柊の説明に、呆れたようにくれはは呟く。
 それから、双子に向き直り、笑顔で告げた。
「よろしくね、バドくん、コロナちゃん。あたしのことは、くれは、って呼んでくれたらいいから」
 明るいくれはの笑みに、戸惑い気味だった双子の雰囲気が解れる。コロナが、応えて頭を下げた。
「こっちこそよろしくお願いします、くれはさん」
「ども、くれはさん! 柊師匠の一番弟子、バドをよろしくっす!」
 おどけたようなバドの物言いに、くれはは軽く首を傾ける。
「はわ、弟子? ……柊、剣でも教えてるの?」
「いや……その……」
 がりがりと頭を掻いて言い淀む柊に代わり、バドが元気よく答えた。
「違うっすよ、くれはさん。師匠は俺の魔法の師匠っス!」
 その言葉に、くれはが固まる。一瞬、不自然な沈黙が落ち――
「――はわぁ~~~~ッ!?」
 硬直から脱したくれはの悲鳴が、その沈黙をぶち破った。
「柊が魔法の師匠!? なんで!? どうして!? っていうか、柊、魔法に関しては教えるどころか教わる立場じゃない!」
「それは言うな! 成り行きだったんだからしょうがねぇだろ!」
 驚愕から取り乱すくれはに、柊は苦い顔で応える。
「あっちとこっちじゃ、魔法の系統が全然違うらしくてな。こっちじゃあ、魔法楽器っつー道具を媒介にするのが普通らしいんだ。それなしで魔法を使えるのは、伝説級の魔法使いくらいなんだそうだ」
 柊の説明にくれはは目を見開く。柊やくれはの使う魔法は、当然の如く魔法楽器など必要としない。
「……え、それじゃあ何? あたしも柊も、こっちの人たちから見たら、伝説級の魔法使いに見えちゃうってこと!?」
「……まあ、そういうこったな……」
 溜息まじりの柊の答えに、くれははもはや絶句する。
 と、落ちた沈黙を縫うようにして、幼い声がおずおずとかかった。
「……柊さん……? あの……あっちとかこっちとか……一体、何の話を……?」
「っていうか……今の話、くれはさんも師匠と同じで魔法楽器なしで魔法が使える、みたいに聞こえたんだけど……」
 あ、と呻いて、柊は双子の戸惑い顔を見やる。
 双子が戸惑うのも当然だろう。今まで、柊は自身の素性を二人に話してこなかった。
 俄かに信じられる話ではないだろうし、そもそも説明しようにも、柊自身がこちらに来る直前の記憶を失っていたからだ。
 だが、これからも一緒に生活するなら、おそらくは常識の違いから遠からずボロが出る。だったら、先に話しておいた方がいい。――いつか来る、別れの時のためにも。
 柊は面持ちを正して双子に向き直る。そうして、口を開いた。
「……俺は今まで、俺自身のことをお前らに話してこなかったけど、いい機会だから、今日話しとく。――正直、信じられないような話だろうけどな」
 いつになく真剣な柊の様子に、バドとコロナは一瞬顔を見合わせ、姿勢を正して柊に向き直る。
 しゃっちょこばった二人の様子に、思わず柊の頬が苦笑気味に緩む。だが、その笑みを意図的に引っ込め、口を開いた。
「――俺は――俺とくれはは、この世界の人間じゃねぇ」
 え、と目を見開いて固まる双子に――そして、その双子と柊を案じるように見やるくれはに、柊は語りだした。

  ◇ ◆ ◇

 柊は、そう多くは語らなかった。元々柊は話が巧い方ではない。詳しく話そうとすれば話そうとするほど、おそらく相手を混乱させてしまう。だから、単純に、詳しい事情は省いて、あったことだけ話した。

 元々住んでいた世界の魔性との戦いの最中、こちらの世界に落ちてしまったこと。
 こちらに落ちてすぐ、今住んでいる家の主――ユウに助けられたこと。そのユウは、柊を助けたことで人の姿を失ってしまったこと。
 この世界に落ちたときの事故で、柊自身、こちらに来る前の記憶の一部が失われていたこと。そのため、事情を話そうにも、うまく話せないだろうと黙っていたこと。
 しかし、今日、あるきっかけで記憶を取り戻し、こちらに来る際にはぐれてしまっていたくれはと合流したことで、話す決心がついたこと――

「……と、まあ、つまり、俺は大魔法使いなんかじゃなくて、ドジでこの世界に落っこちてきちまったマヌケな異邦人って訳だ。元々、使う魔法の種類が違うんだから、魔法楽器なんか要らない、ってだけでな」
 悪いな、黙ってて、と柊が話を締めくくると、沈黙が部屋を支配した。
 双子は、絶句したように硬直していたが――俄かに、ひゅっ、と奇妙な音がバドの喉から漏れた。
 それが、驚愕の余り思わず止めていたらしい呼吸を再開した音だと、柊達が認識するより早く、

「――ッスッゲェェェェェェェェエエエエエッ!」

 椅子を蹴って立ち上がったバドの雄叫びが響き渡った。
 不意打ちの絶叫に、真横に居たコロナが身をよじった拍子に椅子ごと引っくり返り、くれはは「はわっ!?」と首を竦め、柊も思わず仰け反った。
 しかし、当のバドは、そんな周りの反応などお構いなしだった。引っくり返った姉の肩を掴んで、がっくんがっくん揺さぶりながら興奮気味にまくし立てる。
「スゲェ! スゲェよコロナ! 俺、異界の魔法使いに弟子入りしてたんだぜ! こんなの、きっと魔法都市にいたって出来なかったよな!」
「ちょ、バッ、ゆらっ、やめっ」
 ちょっとバド揺らすのやめて、と言いたいのだろうが、揺さぶられるコロナの言葉は、本人の意思にかかわらず、ぶつ切りだ。
「あー……バド、感動してるとこ悪ぃんだけどよ……」
「はいッ! なんでしょう、師匠!」
 柊に声を掛けられ、バドは目をきらっきらさせながら振り返る。放り出される勢いで肩を離されたコロナを、慌ててくれはが受け止めた。
 期待と尊敬の念を具現化したような輝きを両目に宿すバドに、柊は言いにくそうに、非常に言いにくそうに、告げた。
「……俺は……殆ど魔法が使えねぇんだよ」
「………………は?」
 バドの表情が、固まった。
 そのことに、非常に申し訳ないような思いに駆られつつも、柊は言葉を続ける。
「俺が使えるのは、せえぜえ剣に炎か風を宿すとか、風を纏って速く動くとか、それくらいなんだよ。直接敵をふっ飛ばしたりとか、傷を治したりとか……そういう魔法は全く使えねぇんだ」
 元々俺はこっち専門だから、と背中の魔剣を示してみせる。
 一瞬、バドと柊の間に、寒い風が吹きかけるが……バドは気を取り直したように、勢いよく声を上げる。
「え、えーと……じゃあ、そっちの世界の魔法理論とか教えてもらえれば!」
「俺はただ丸暗記で覚えてるクチだからな。理論とか理屈とか、小難しいことは俺には教えてやれない」
 ひゅぅ~……っ、と今度こそ、二人の間に寒々しい風が吹いた気がした。
「……意味ねぇ……! 全然意味ねぇッ……!」
 がっくりと膝を突くバドに、悪いな、と苦笑しつつ柊は付け足した。
「ただ、剣とか体の使い方なら教えてやれる。前に殴りかかられた時に思ったけど、お前、結構いい動きするんだよ。こっちの魔法じゃ体術と組み合わせるのは難しいだろうけど、俺らのとこの魔法と組み合わせれば、結構な使い手に慣れると思うぜ」
「って、カンジンの魔法を習う相手がいないじゃないっすか……」
 目の幅涙を流して見上げてくるバドに、柊は意地の悪い笑みを浮かべ、
「おい、バド。ここにもう一人、俺の同郷のヤツがいるんだけどな。そっちに話聞く前に諦めるのか?」
 その言葉に、バドは弾かれたようにくれはを見た。いきなり話が飛び火してきたのに、くれはは目を見開いて幼馴染を見やる。
「……は、はわ? 柊っ?」
「くれはは巫女の家系だからな。あっちの術とか、系統立ててきちんと学んでるぜ。当然、魔法の素質も知識も、俺なんかよりよっぽど上だ」
 にっ、と笑い、幼馴染の問いを無視して告げた柊に、バドは顔を輝かせた。
「――くれは師匠ぉ~~~~~ッ!」
「はわぁ~~~~ッ!?」
 以前柊も食らったバドのタックルで、綺麗に引っくり返るくれは。何とか上半身を起こして、状況の元凶を睨んだ。
「ちょっと、柊!」
「しょうがねぇだろ。“魔法”に関して俺には教えてやれることなんかねぇし。だからって、成り行きとはいえ弟子にしちまったのに、代わりの師匠も紹介しないで放り出すのは無責任すぎるだろ?」
 バドがかわいそうだろうが、と言われ、くれはは自身の腰にしがみついている少年に視線を落す。
 途端、きらっきらした目と視線が合って――くれはは抵抗を諦めざるを得なかった。
「……あ~~……もぉ~~~……教えるからには、厳しく行くからね! 覚悟するように!」
「はいッ! くれは師匠!」
 立ち上がり、びしっ、と直立不動でバドは答えた。
 と、くれはの隣でへたり込んだままだったコロナが、おずおずと口を開く。
「……って、ことは……私たち、これからも柊さんのところでお世話になっていいんですか?」
「あ? 当たり前だろ?」
 何でそんなこと訊くんだ、と言わんばかりの柊の答えに、コロナは安堵したように息を吐いた。
 その様子に、くれはの方は何となくコロナの心境が判ったような気がした。柊は単に「これからも一緒にいるんだから知っておいてもらおう」と話したのだろうが、彼女にはそれが、別離の挨拶のように聞こえてしまったのだろう。
 その後に、「俺はバドに何も教えられない」などと、「俺の弟子を辞めてくれ」と言わんばかりのことを告げられれば、不安が増すのは当然だ。
「はわ~……ごめんね、コロナちゃん。柊ってば、話し方下手だから。不安にさせちゃったね」
 その葡萄色の頭を撫でながらくれはが笑いかけると、いいえ、とコロナも笑った。
「私がそそっかしいんです。柊さんなら、こんな遠回しなお別れの挨拶するわけないですよね」
 その言葉に、コロナが柊の行動パターンを察していることがわかって、くれはは目を瞬いた。幼馴染が単純なのを差し引いても、この少女は随分敏いらしい。
 その分、バドだけではなく、この敏いコロナまでもが柊の話を欠片も疑っていないということに、くれはは意外の念を抱いた。
 その表情に気付いたのか、コロナはくれはに苦笑を向けて、告げる。
「だって、柊さんがこんな嘘をつく理由がないですから。これで、『もうお前達とは暮らせないんだ』とか言われたり、バドから『異界の魔法の授業料だ』とか言ってぼったくるなら別でしたけどね」
 そもそも柊さんにこんな嘘が思いつくとも思えないし、と小声で付け足すのを訊いて、くれはは思わず吹き出した。
「はわ~、そうだねぇ。柊にこんな壮大な嘘を考えるのは無理だねぇ~」
「……お前らなぁ……」
 二人の会話を聞いていた柊が憮然と呻く。だが、その口許は笑っていた。
 と、コロナが少々バツが悪そうに、ふと思いついた風で話を変えた。
「でも、そうなると、私たちは今まで通り、それにくれはさんもあの家に住むんですよね?」
「ああ、まあな。別行動する理由ねぇし」
 柊も素直に変った話題に乗って答える。その答えにコロナは首を傾けて、その問題を提起した。
「……部屋、どうするんですか?」
 あ、と男性陣がハモって呻いた。
 主寝室は柊が使っているし、屋根裏は双子が使っている。くれはが使える部屋がない。
「えーと……柊師匠の部屋を男部屋にして、屋根裏をコロナとくれは師匠で使うとか……」
「いや、いくらくれはでも、ちょっとあそこは狭いんじゃないか」
 バドの提案に、柊が異を唱えた。子供二人ならともかく、小柄とはいえ成長期を終えたくれはの体格では、寝るだけならともかく、身支度に不自由する。
 柊より小さいくれはが無理なのだから、当然柊も無理である。
「となると、屋根裏は双子で使うしかないな……。でも、そうすっと、今俺が使ってる部屋しか寝室に使える部屋ねぇしな……こりゃ、また俺が寝袋か?」
「ね、寝袋?」
 柊の言葉に、双子が呻く。ああ、と柊は苦笑気味に頷いて、
「こうなったら、俺が今使ってる部屋をくれはに回すしかねぇだろ。俺はリビングで寝袋でも使うさ。着替えだけなら、書斎でも出来るだろうし」
 こともなげに言う柊に、双子は呆気に取られた。
 双子は、魔法都市からこのドミナに来る間に、何度か宿が取れずに野宿し、寝袋を使ったことがある。お世辞にも、あれは寝心地のいいものじゃない。
「……し、しばらくならともかく、ずっと寝袋じゃ体が痛くなるぜ!?」
「しょうがねぇだろ。部屋がねぇ以上、俺かくれはがあぶれちまうんだから」
 バドの言葉に、柊は苦笑気味に言う。――そこで当たり前のように自分があぶれるほうに回るのが、この男だ。
 確かに、柊の言うことは道理だろうが、コロナは少々顔をしかめて、
「でも……今柊さんが使ってる部屋は、ちょっと……くれはさんには……」
 柊が寝袋というのとは別の点で憂慮しているらしいコロナの物言いに、柊は眉を寄せる。
「なんだ? なんかまずいのか?」
「あの部屋、何の仕切りもないでしょう? 鍵どころか、ドアもないじゃないですか。柊さんは気にしてないみたいですけど、階段を上がったらすぐに室内が見えちゃう、っていうのは、ちょっと女の人には落ち着かないんじゃないかと」
 う、とコロナの言葉に一同が呻いた。それはくれはも落ち着かないだろうが、男性陣にとっても少々気まずい。特に、バドは屋根裏に上がるために、必ずその部屋を通らなければいけないのだ。
「えと、じゃあ、さっき柊が言ってた書斎は? 着替えに使う、とか言ってたくらいなんだから、ドアがないとかはないでしょう?」
 ぽんと手を打つくれはに、柊はがりがりと頭を掻く。
「確かにドアもあるし鍵もついてるけどよ、あの部屋、本で埋め尽くされてるからなぁ。寝るスペース作るとなると、本を移動させるっきゃないが……どかすにしたって、どこにどかすか……」
 ユウの書籍だから、勝手に売ったり捨てたりは出来ない。
「あ、なら、家の裏にある小屋に移そうぜ! あの小屋、一部屋は魔法楽器の工房だったんだ。それなりに広いから、壁際に本棚並べれば、何とかなるんじゃないかな。設備も魔力で動くものだから、水気や火気で本が痛むこともないし」
 ふと思いついた風で提案したバドに、柊は一瞬目を見開き、その後、一転して笑顔を浮かべた。ぽん、と撫でるように少年の頭に手を置く。
「そうか、それなら何とかなりそうだな。よくやったな、バド。これで問題解決だ。――けどな……」
 くすぐったそうに俯いて頭を撫でられていたバドは、柊の声のトーンが変わったのに気付き、視線を上げる。
 そこには、わざとらしく満面の笑みを浮かべつつも、目に呆れの色を宿した師匠の顔。
「な・ん・で、お前が裏の小屋の仔細を知ってんだ? 危ないから勝手にあちこち入るなって言ったろーが!?」
「いででででっ!? くび、首がっ! 背ぇ縮むっ!?」
 ぐぐぐっ、と頭を上から押されて、バドは悲鳴を上げる。うっかり悪戯を自白してしまったことに、今更気がついた。
「ったく、まあ、今回は助かったからいいけどな。けど、もうやるなよ」
「……ふぁい……ごめんなさ~い……」
 柊の言葉に、離してもらった頭を自ら下げて、バドは項垂れた。
 柊はその葡萄色の頭を見つめ、苦笑する。
「よし。……さて、明日は大仕事になりそうだからな。とりあえず、今日はもう寝るか」
「はわ、そだね~。じゃ、おやすみ~」
 くれはがコロナを伴ってもう一室の方に移動し、場はお開きとなった。

  ◇ ◆ ◇

 翌日は、柊の言った通り大仕事になった。
 しかし、柊達が町でくれはのベッドや生活雑貨を調達したことで、この『引越し』は町の人達の知ることになり、ドゥエルやティーポ、バイトが休みだったレイチェル、それに、同じ宿に泊まっていた魔法学園の生徒までが手伝いを申し出てくれた。
 彼らのお陰もあり、何とかその日の夕方までに、書斎をくれはの寝室とすることができたのである。
 その夜、二階にいながらも、一日中一階の騒がしいやり取りを聞いていたサボテンが、休む直前の柊に一言。
「コロナが来てから『カカア天下』、くれはが来てから『はわ天下』?」
 一日中、くれはの指示で動き回っていた柊がこの言葉にどう答えたかは――推して知るべし、である。

《ショク ~Food/Job~》


「――信じらんないッ!」
「おい! くれは!」
 くれはが合流してから数日経ったある日の昼前。外から聞こえてきた声に、コロナは掃除の手を止めて目を瞬いた。
 紛れもなく、くれはと柊の声だ。今日、彼らは朝食の後、二人でドミナまで買出しに行っていた。声が聞こえると言うことは帰ってきたのだろうが――どうも、様子がおかしい。
 そっと、玄関を開けて隙間から外を窺う。ずかずかと荒い足取りで道なりにこちらへ向かってくるくれはと、大分離れて、大荷物を抱えた……というか、大荷物に埋もれた柊の姿があった。
「記憶がなくなってたとは聞いたよ!? けど、そんなことまで忘れちゃってたなんて……!」
「しょ、しょーがねぇだろ!? 俺だってわざと忘れてたわけじゃねぇんだから!」
 どこか泣きそうなくれはの声に、言い訳するような柊の声。
(も、もしかして……これが“シュラバ”……!?)
 ぐっ、とコロナは箒を持つ手に力を込めつつ、緊張半分、期待半分で二人を見つめる。
 柊とくれははお互いを『ただの幼馴染』といって憚らないが、コロナにはとてもそうは思えなかった。街中のカップルのようなイチャイチャとした空気はないけれど、亡くなった両親の間にしばしば見た強い絆のようなものを、二人の間に感じていたのだ。
 そして、今の二人の様子は、どう見ても、痴話喧嘩以外の何物にも見えない。
(やっぱり、二人は特別な関係……!?)
 どうも、柊が何かを忘れていたために、くれはがそれに怒っているらしい、というのが聞こえた会話の内容でわかる。おそらく、柊がこちら来た時の事故で失くしてしまっていた記憶のことだろう。
(もしかして、二人の大事な約束とか、思い出とかを柊さんが忘れてて、それでくれはさんが怒っちゃったとか……!?)
 そんな想像――というか、空想がコロナの脳内に展開される。
 しっかり者と称されようとも、そこはコロナも女の子である。色恋沙汰には興味津々だ。――年相応、と言うには少々マセた興味だが。
 ドキドキハラハラ見守る(?)コロナの前で、二人の言い合いは更に加熱していく。
「ずっと持ってて、忘れてるなんてありえないでしょ!?」
「しょうがねぇだろ!? 持ってたって存在そのものを忘れてたら、出てこねぇんだから!」
 んん? とコロナは首を傾げる
(ずっと持ってて、忘れてたら出て来ない?)
 どうも、会話の内容が読めない。「ずっと持ってて」というのは肌身離さず持っていたように聞こえるが、「出てこない」というのはどこかにしまい込んでいたように聞こえる。どうにも、ちぐはぐだ。
 混乱するコロナの心境など知る由もなく、視線の先で、くれはが心底情けなさそうな表情で天を仰ぎ、叫んだ。
「普通中身くらい把握してるもんでしょう!? ひーらぎ、月衣の中どんだけごちゃごちゃしてんの!? こっちに来る前の夕飯の買出し、突っ込みっぱなしで気付かないなんて!」
「――夕飯の買出しっ!?」
 完全に予想外の言葉に、思わずコロナは声を上げ――
「……コロナ、何やってんだ?」
 ホウキ片手にドアの隙間から外を窺うという奇妙な姿を柊にツッコまれ、この上なく、気恥ずかしい思いをした。

  ◇ ◆ ◇

 ──月衣。
 柊やくれはのいた世界――ファー・ジ・アースの魔法使い(ウィザード)が例外なく持つ、一種の個人結界である。
 ファー・ジ・アースには、魔法の存在を否定し、拒絶する“世界結界”が存在する。それを遮断し、魔法を使えるようにするための個人結界が、月衣だ。
 また、月衣は一種の異空間であり、そこには無尽蔵とは行かずとも、荷を収めることが出来る。自身の正体を世間に対して秘匿するファー・ジー・アースのウィザード達は、自身の得物などをここに納めて持ち運ぶのである――


「……で、なんでその結界に、夕飯の買出しが入ってるんですか」
 素直に立ち聞きを認め、月衣とは何かと訊ねたコロナは、柊とくれはの説明を聞き終え、開口一番、半眼でそう訊ねた。
 リビングのテーブルに着き、コロナの入れたお茶をすすりつつ解説を終えたウィザード達は、お互い気まずそうに顔を見合わせる。
「いや、くれはが重いならそうしたらどうだって言うから……」
「あ、汚い! ひーらぎ、あたしのせいにする気!?」
「そもそもお前が俺一人に全部持たせたからだろ!?」
「う……っ! きょ、今日まで忘れてたのはひーらぎの責任でしょー!?」
「――ストップ!」
 ぎゃあぎゃあ、と放っておいたらいつまでも続きそうな喧嘩を遮り、コロナは溜息をつく。
「理由はもういいです。……で、結局何が問題なんですか? 入れてたのを思い出したなら、結界の中から出せばいいじゃないですか」
 コロナの言葉に、柊とくれはは再び顔見合わせた。そうして、同時に硬い仕草でコロナに向き直った。
「……コロナ。お前らと、俺が会ってから、今日で何日経った?」
「えぇと……もう一週間は経ちましたけど」
「で、コロナちゃん。一週間以上も放っておいたら、お肉は一体どうなるでしょう?」
「…………」
 事態を理解し、コロナは絶句した。
 しばしの後、自分のカップを手に取り、一口。そうして、静かに口を開いた。
「……つまり? 柊さんが記憶を失い、更に自身の結界内の整理を怠ってたせいで、二週間もその中の食材の存在を忘れていた。それで、その食材をダメにした、と?」
 にっこりと訊ねる、その笑顔が恐い。背後に、「片づけをちゃんとしないから……!」とか「食べ物を粗末にして……!」とかいう怒りのオーラが見えたような気がして、柊とくれはは思わず凍りついた。
「すみません、掃除の続きするんで、お二人とも外に出ていてもらえますか? ──ついでに、結界の中の掃除も外でしてきて下さい。あ、やるなら“牧場”で。バドが掃除サボって本読んでるでしょうから、手伝わせるなら、あいつに」
「…………ハイ」
 二重三重の意味で静かに怒れる幼い主婦を前に、十以上年上はずの二人は、しかし反目も出来ずに従うのだった。

  ◇ ◆ ◇

「あれ? 師匠たち、帰ってきてたんすか」
 コロナの言葉通り、バドは本を片手に敷地内にある“牧場”にいた。ただし、もう片手には魔法楽器らしい笛がある。
 “牧場”といっても、実際に家畜はいない。開けた牧草地は、現在もっぱら、バドの実験場と化していた。
「お前なぁ、掃除サボるなよ。コロナが怒ってんぞ」
「俺、掃除下手だから、やってもどうせ怒られるし。だったらサボったほうが得じゃないすか」
 柊の苦言にバドはけろりと言い放つ。ある意味、正しい選択かもしれない。
「で、師匠たちは何しに来たんすか?」
「いや――」
「――あ! そうだ!」
 バドに答えかけた柊を遮って、くれはが手を打った。
「バド、それが魔法楽器ってヤツでしょう? あたしたちのとこの魔法を教えるにしても、一度こっちの魔法を見ときたかったんだよね~!」
 と、いうわけで! とくれはは満面の笑みで柊を振り返ると、
「ちょうどいいから、あたしはバドとあっちで魔法講義してくるから! 柊も頑張ってね~!」
「あ! おい――!」
 柊が呼び止める間もあればこそ、くれははあっという間にバドを引き摺ってその場から去っていった。
「に、逃げやがった……」
 がくりとその場に膝を着き、柊は呻く。
 まあ、彼女がいたところで、月衣は基本的にその持ち主自身でしか干渉できない(たまに他人の月衣に干渉してくる例外もいたが)。結局は自分でやるしかないのだが――
(……手ぇ入れたくねぇぇぇぇぇぇえええッ!)
 気分は、生ゴミの入ったゴミ箱に手を突っ込むのと変わらない。
「……唯一の救いは、こっち来てから魔剣を月衣に入れてないことだよな……」
 思わず、背に負う魔剣に向けて、柊は呟いた。
 ユウが姿を変えた宝玉が埋まっているのに遠慮して、柊はこちらに来てからずっと、魔剣を月衣に収めていない。
 結果として、魔剣を生ゴミの中に入れずに済んだことになるのだろうが――逆を言えば、それこそが、こちらに来てから月衣を使わなくなった最大の理由でもある。
 先日くれはが合流するまで、柊は自身が異邦人であることを、双子たちにも明かしていなかった。当然、こちらの世界にないだろう月衣を、彼らの前で使うことも避けていた。当然、街中ではなおさら使えない。
 相棒の収納にも使わない、日常でも殆ど使わない。記憶が戻ってからも、今日くれはと買い物に行くまで忘れていたのは、そのせいでもあるといえる。
 こちらに着いてから月衣を使ったのは、細々とした品の出し入れを除けば、双子と出会う前日の夜、中の着替えを出した時だけだった。
「――あん時に思い出してりゃ……っ!」
 空腹と戦っていた当時の状況もセットで思い出し、柊は二重の意味で泣きたくなった。
 しかし――過去を悔いても仕方ない。
 見据えるべきは、先のこと。放っておけば、事態は悪化することこそ有りはすれ、好転するわけもないのだ。
 柊は、大きく息を吐き、深く吸って、止める。
「――いざ、勝負ッ!」
 お前は誰と戦ってんだ、と脳内の冷静な部分で自らツッコみつつ、柊は裂帛の気合と共に、自身の月衣にその右手を突き入れた。

  ◇ ◆ ◇

「……くれは師匠、柊師匠おいて来ちゃって良かったんすか?」
「いーのいーの! ひーらぎはひーらぎでやることがあるからね!」
 にこにこと、妙に上機嫌に答えられ、納得はしなかったもののバドはそれ以上問うことをやめた。正直、バドとしても、待ちに待ったくれはの講義の方が重要だったからだ。
 今まで何度か、雑談のような調子でくれはたちの世界の魔法について聞いたことはあったが、きちんと“講義”してもらうのは今回が初めてだ。否が応でも期待が高まろうというものである。
 バドは口を噤むと、濃い緑の上に腰を下ろしたくれはに倣い、その向かいに座った。
 二人は、柊のいる“牧場”とは、家を挟んで敷地の反対側にある“林”にいた。林というほど広くはないが、ここだけ樹木が密集しているので、そう呼んでいる場所だった。
「え~と、今までバドには軽くあたしたちの使う魔法のことを説明したけど、よく考えたら、こっちの魔法との差がわからないと、うまく教えられないと思ったのね」
 言って、くれははバドの手にした楽器を指さす。
「だから、一度こっちの魔法を見てみたいな~、と」
「……見るだけでいいんすか?」
 理論とか、理屈とかは? というバドの言葉に、くれはは笑う。
「『魔法楽器は、精霊のコインから引き出した精霊の力をその中に宿している。楽器を演奏することでその力を引き出し、周囲の魔力(マナ)と共鳴させ、魔法として発動させる』――前に、バドが話してくれたじゃない」
 くれはの言葉に、バドは軽く赤面する。
 確かに以前、雑談のついでに話した気がする。ただ、自身の語った言葉は、もっと蛇足がだらだらとくっついて、話があっちに言ったりこっちに言ったりと、到底わかりやすいものではなかった。それを思い出して、恥ずかしくなったのだ。
 同時に、くれはがそれをきちんと聞いてくれていて、話の要点を捉えていてくれていたことが嬉しかった。
「ただ、『周囲の魔力と共鳴』って言うのがいまいちピンと来なくって」
 それで、こちらの魔法が見たいんだよね~、とくれはは言った。
「わかりました! それじゃあ、不肖ながらこのバド、くれは師匠のために演奏させていただきます!」
 ぐっ、と握り拳を作りバドは高らかに宣言した。
 しかし、くれはのためとは言いつつ、バドの内心は、
(やった! 今日読んだ本のヤツを試してみよう!)
 である。
 柊やコロナに怒られるため、この家に来てからバドの魔法使用回数はぐっと減っている。それでも数日に一度は魔法がらみのトラブルを起こすのだから、以前はどんなだったんだ、という感じだが。
 しかし、客観的にはどうであろうと、主観的には結構我慢しているのである。とどのつまり、バドは魔法が使いたくて使いたくてうずうずしている状態、というわけだ。
 そこに、くれはの『お願い』という大義名分である。暴走するな、という方が無理な話だった。
 そう、くれはは、バドの『問題児』ぶりを正確に理解してなかった。それは、くれはが来てからバドが比較的おとなしくしていたため。バドは彼女の話す魔法の話で気を紛らわすことで、『悪戯』の発作を抑えていたのだ。
 それ故に――くれはは、自分がバドという爆弾の導火線に火をつけてしまったことに気付けない。
 そして、バドは立ち上がり、木の精霊(ドリアード)の笛を口に当てる。――その足で、今日読んだ本にあった『増幅の印』をこっそり踏みながら。

 間もなくして――重い地響きが、大地を揺るがした。

  ◇ ◆ ◇

「…………」
 柊は、呆然と月衣から出てきた荷を見つめていた。
 出てきた荷の姿は……何というか、柊の予想をぶっちぎった形で――柊は、もはや固まるしかない。
「いや、これは……なんつーか……」
 と、呆然とぼやきかけた時。
「――ぅをッ!?」
 突如大地が大きく揺れて、柊の声は悲鳴に形を変えた。
 覚えのある揺れ方――いつぞやの、カボチャたちが地から根を引き出そうとしていた時と同じような揺れに、柊は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「――今度は何したあのイタズラ小僧ッ!?」
 叫んで、柊はバドとくれはが向かった方へ駆け出す。
 途中、家の前を通った時、やはり驚いて家を飛び出して来たらしいコロナと鉢合わせした。
「柊さん、これ……!?」
「俺にもわかんねぇよ! けどとりあえず、思いつく原因はあいつっきゃねぇだろ!」
「ああもう! バカバド、今度は何やったのよ!」
 柊のさり気に酷い発言に、フォローどころか、すかさず同意する双子の片割れ。こと、この手の事態において、バドの信用値は底割れ状態らしい。
 毒づきながら、二人は震源地らしい“林”に向かい――ちょうど木々の中に飛び込んだ時、揺れはぴたりと収まった。
「あ……? ──って、くれは!」
「あ、柊!」
 唐突な揺れの収まりに戸惑いつつ、柊は見つけた幼馴染に呼びかけた。振り返ったくれはも困惑顔だ。
「なんか、バドが魔法楽器演奏したと思ったら、いきなり揺れて……」
 くれはの言葉に、柊とコロナは、バツが悪そうに縮こまっている悪戯小僧を見やった。
「……何したんだ、おい」
「え~……あ~……その~……」
 もはや半眼での柊の言葉に、バドは引きつった笑顔で口ごもる。
「全く! 何度やったら――」
 と、悪戯小僧に姉からの雷が落ちかけた時――

「――おぉ……」

 聞き覚えのない、枯れた声が、辺りに響いた。
 驚いて、声の方を振り返った一同の視線の先。そこにあったのは、老いた巨木だった。
(こんな木、ここにあったか……?)
 柊がそう訝しんだ時――再び声が響いた。
「――大地に、マナが満ちている……」
 感じ入るようなその声は、太い幹に入った一文字の切れ目から。その上には、長い枝が鼻のような形で伸びる。木の瘤が眉の輪郭を描く下の洞は、虚ろな空洞でなく、穏やかな瞳だった。
 顔を持つその老木は、その“唇”を静かに開く。
「お前たちか、わたしを眠りから覚ましたのは」
 礼を言おう、と告げる、枯れた、しかし穏やかな声に、しかし、一同は咄嗟に応じることが出来なかった。
 しかし、そこは悲しくも“非常識慣れ”してしまった柊である。真っ先に硬直から脱して、口を開いた。
「……もしかして、あんたがガイアの友達か?」
 そう訊いたのは、以前、“大地の顔”から聞いた『私の友人が、君の住む家の庭に眠っている』という言葉を思い出したからだ。
 老木は面の皺を深くする。どうやら、笑ったらしかった。
「いかにも。私はトレント、ガイアの古い友人だよ」
 わたしも彼も動けないから、会ったことはないけどね、と笑って言う。
「……それ、友達っていうのか?」
「かけがえのない友だとも。彼は大地そのものであり、わたしたち植物は大地に根付くものなのだから」
 柊の無遠慮なツッコみに、トレントはどこまでも穏やかに答えた。
 わかるようなわからないようなその物言いは、確かに件(くだん)の賢人を髣髴とさせて、言葉そのものよりもその話し方で、柊は彼がガイアの友人なのだと納得した。
「しかし、なるほど。ガイアに会ったという事は、君が、この家の新たな主か」
 そう言って目を細めるトレントに、柊は微かに顔をしかめた。
「俺は、ユウから借りてるだけだ。必ずちゃんと返すぜ」
 その言葉に、トレントは意外そうに目を見開く。ややあって、穏やかに笑った。
「――すまない、失言だったようだな。しかし、ユウが帰るまでは君がこの家の主。この土地に住まうものとして、わたしは君に力を貸そう」
 言われて、柊は首を傾げる。疑わしそうな顔になって、言った。
「……悪ぃけど……あんた、何ができるんだ?」
 率直な柊の問いに、老木は心底楽しげに笑った。
「最もな質問だ。わたしに出来ることは、大地に宿るマナを汲み上げ、実りとすることだよ」
 最もそれには種が要るのだがね、と言い添えるのに、柊は眉を寄せた。
「……種?」
「植物の種ならば、何でもかまわない。わたしはわたしの中でその種にマナを注ぎ、実りとすることが出来る。そうだね、数日もあれば実るだろう」
「――はやっ!?」
 これには思わず、柊だけでなく、一同が声を揃えてツッコんだ。
 と、そこで柊は以前レイチェルから聞いた話を思い出し、
「……もしかして、ダメになっちまったユウの『果樹園』って……」
「ああ、それはおそらく、わたしのことだ。ユウがこの家を去った後、わたしは眠りについたからね」
 なるほど、と柊は納得して、ふと思いついて聞いてみた。
「……あんた、さっき種なら何でも、っつったよな?」
 ああ、と肯定するトレントに、柊は悪戯っぽく提案した。
「……それって、異界の種でもいけるか?」
 やっぱ故郷の味が食いてぇしなぁ、という柊に、トレントだけでなく、くれはや双子も目を見開いた。

  ◇ ◆ ◇

「……まさか、一週間以上放っといて、腐ってなかったなんてねぇ……」
 牧場に広げられたビニール袋の中身達を眺め、くれはは呆れたように呟いた。
 そう――柊の月衣の中で忘れ去られていた食材たちは、月衣に放り込まれた時の姿のままで出てきたのである。
 そもそも『腐敗』というのは、有機物が微生物によって分解されて起こる現象だ。一種の異界である月衣の中には、その微生物が存在しない。
 ようは、月衣の中に入れるということには、真空パックにするのと同じような効果があったらしい。
 一家の主婦であるコロナも、新しいもの大好きなバドも、興味津々で異界の食材を手にとって見ている。
 これはどう調理するのか、このソースみたいなのはどういう味なのか――そんな風に、口々に柊たちへ尋ねてきた。
 と、双子の質問に答える合間を縫って、くれはが言った。
「……でもさぁ、さすがに、“これ”は無理じゃない? 確かに種かもしれないけどさぁ、もう芽になる部分とか取っちゃった後じゃない」
 “それ”を示して言われ、柊も苦笑して言った。
「まあな、多分無理だろうけど。けどまあ、ダメ元でやってみるのもいいんじゃねぇかと思ってな」
 しかし、数日後。
 その予測を見事に裏切り、トレントはその“実”を実らせたのである。


「……はわ~……まさか、こういう形で実るとは……」
「……言い出しといてアレだけどよ、これはねぇだろ……」
 トレントの枝からたわわに実る、一抱えはあろう“米俵”の姿に、柊とくれはは思わずそう呻いた。
 しかも、切り開いてみれば、中身はびっちり、白米。
「……ご丁寧にというか何というか……」
「……なんで精米済みなんだよ……」
「……何かおかしかったかな?」
 トレントの言葉にツッコむ余力もなく、異邦人二人はがくりとその場に膝を着いた。

《カタリ ~Tell/Fraud~》


「始まったようだね」
 深い色の夜の下、月光を浴びた長身の影が、言の葉を紡ぐ。
 その背には、枯れた道を塞ぐ巨大な岩壁。見渡す限り命の気配のないその場所で、その影は、語りかけるように、謳うように、そう告げた。
「ああ。“夢から生まれた現の子”は、道を歩みだしたよ」
 答えるもののないはずのない場所から、答える声があった。岩陰が揺れ、低く穏やかな地鳴りのような声を紡ぐ。
「彼方より来たりし闇に、狂った歯車。英雄という名の道化に慣れなかった役者は、新たな役者に道を託さん。“夢から生まれた現”は、悲しき連鎖の道を辿るか、新たな希望の道を拓くか」
 ばさり、と纏った外套を翻し、片手を月に翳す語り部の影。その嘴(くちばし)が謳うのは、未だ結末の知れぬ史劇。
「それは、もはや私たちに測れるものではないよ」
 穏やかな、しかし重い響きを伴った声が、応えた。
 その言葉に、影は初めて岩壁を振り返った。笑みを含んだ声で返す。
「知っているとも。いかに偉大な七賢人と謳われようとも、所詮我々は世界に組み込まれた歯車だ。定められた役目を果たすだけの道化。役者ですらない、舞台の一部。決められた道筋が辿れなくなってしまった今、我々はもはや、新たな流れに身を任せるしかない」
 再び月をその手で示して、語り部は謳う。
「流れを生むは、異邦の夢。泡沫(うたかた)の幻を、時と想いで実(まこと)にした人々。夢から始まり、現と成った子ども達」
 月を見上げ、岩壁に問うでもなく、問いを投げた。
「夢から成った子ども達は、果たして異界の傀儡(くぐつ)となり、道化と化してしまうのだろうか? それとも、真に尊き名もなき民達のように、己の道を拓いていくのだろうか?」
「それは、彼らが決めること」
 影に応えるでもなく、岩壁が答えた。
「そう。けれど、彼らは既に脚本にない即興劇を始めている。本来なら退場している役者をも巻き込んで」
「ならば、もはや傀儡ではないのだろう」
 岩壁の答えに、影は月から視線を下ろす。
「例え辿る道筋が違っても、行き着く場所は同じかもしれない」
「どちらにせよ、彼らは、彼らが望む場所を目指すだけ」
 端的な答え。影は束の間、沈黙した。
 そうして、重々しく、口を開く。
「……そう。彼らは彼らが望む場所を目指すだろう。彼らが想う人々が皆、幸福(シアワセ)になれる結末を」
 被った鍔広帽のその陰に、その表情(かお)を隠して、影は言う。
「願わくばその結末が、忌まわしき闇の綴った台本通りでなく、女神の見る夢の形であらんことを」
 謳うように紡がれたその祈りは、ただ夜の闇に溶け、風に流れた。


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