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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第05話01

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LOM ~あるいはある異邦人の物語~【05.イトナミ(前)】

《キョウシャの森 ~stronger/coward~》


 三百六十度、見回す限り、見えるのは熱帯植物の濃い緑。立つ足元には、道もない。
「……ひーらぎ……なんか、同じとこぐるぐるしてる気、しない……?」
「奇遇だな、くれは。実は、俺も全く同じこと思ってた」
 引きつった笑みで問うくれはに、柊はげんなりした声で答える。
「どーすんだよ~……ししょ~……」
「って、元はといえば、全部あんたのせいでしょーッ!?」
 情けない声を上げるバドを、コロナが堪えかねたように怒鳴りつけた。
 喧嘩しだした双子へ、くれはが慌てて宥めに入る。その光景を見ながら、柊は思わず自問した。
(一体全体、何だってんだよ……この状況)
 しかし、実のところ、事態は単純明瞭だった。単に、彼ら自身、そう認めたくないだけで。
 とどのつまり――四人は、密林の中で遭難していた。


 そもそものきっかけは、この小一時間前まで遡る。

  ◇ ◆ ◇

 その日、バドは珍しく、自身の実験を事前に師匠二人に申告した。
 理由は単純。実験に使用する媒体が、柊の手元にあるものだったからなのだが。
 その媒体というのが──
「──獣王のメダル、ねぇ?」
 獣の顔が彫られた小さな円盤。手の中のそれをまじまじと見て、柊は呟いた。
 くれはと合流した日の前日、悪徳商人から有り金全部と引き換えに押し付けられたガラクタの一つである。今日まで他の
ガラクタと一緒に、柊の寝室のテーブルに放置されていた。
 しかし、バド曰く、これはガラクタどころか、希少な魔法アイテムである可能性が高いという。
「“獣王”っていうのは、七賢人の一人、ロシオッティの二つ名なんだ」
 何やら分厚い本を抱えたバドが、立てた人差し指を軽く振りながら、講義するように言った。
 現在、一同がいるのは、家畜のいない牧場である。異邦人二人と双子は円――というか四角を描くような形で、互いに
向かい合って草の上に座っていた。
 言いだしっぺのバドは勿論、声を掛けられた柊とバドの魔法の師であるくれはまでは当然として、普段バドの実験を邪険に
しているコロナまで同席したのは意外だったが、
「だって、柊さんたちが一緒なら、そうそう危ないことはないでしょうし」
 それなら興味の方が勝るというコロナの発言に、俄か保護者二人は、自身たちに寄せられる信頼の深さに些か苦笑した
ものだった。
 と、正座でバドの話を聞いていたくれはが、やおら手を上げる。
「はわ~、先生、しつも~ん」
「なにかね、くれはくん」
 くれはがおどけて問えば、バドも乗っかって応じる。
「七賢人って何ですか~? こっちの世界の有名人?」
「あ、それは俺も聞きたい。その名前は知ってるが、どういう立場のヤツなのかまでは知らねぇんだ」
 胡坐の上に魔剣を抱えた柊も同調する。異邦人二人の発言にバドは目を見開いた。
「そっか、まずそこから説明しなくちゃいけないんだよな。
――えぇと、七賢人って言うのは、妖精戦争で活躍した、七人の英雄と賢者のことなんだ」
 言葉を探すように空を睨みながら、バドは解説する。
「妖精戦争って言うのは、九百年前に大魔女アニスがきっかけで起きた、人間と妖精――ひいては全種族を巻き込んだ
大戦争のこと。その後五期に渡って続いて、集結したのがつい二百年前」
 二百年前、と柊はその時間を口の中で呟く。――微妙な年月だ。
(人間なんかにゃ大昔でも、長生きな種族には『ちょっと前の話』くらいの感覚だよな、それって)
 片や遠い祖先のことと忘れかける種がいる一方で、片や己がこととして記憶している種がいる。そんな、微妙な年月。
 現に、バドは二百年前のことを『つい』と表現した。長命な彼らの種にとっては両親か祖父母の代の出来事なのだろう。
 ただ、おそらくバド自身は授業で習うか本で読むかして、単なる史実として覚えたのだろう。直接身内から語り聞かされて
いたら、こうも他人事の調子では語れまい。
 そのバドは、軽く首を捻って記憶を辿りながら、解説を続けた。
「で、その妖精戦争の四期――大体今から四、五百年前だったかなぁ?
その頃活躍した英雄達が、七賢人って呼ばれてるんだ」
 言って、バドは指折り数えてその名を列挙し、その歴史を語った。


 命吹き込むもの、“傀儡師”アニュエラ。
 始まりの賢人、“大地の顔”ガイア。
 次元の渡り手、“海を渡る亀”トート。
 語り部、“詩人”ポキール。
 道を示すもの、“風の王”セルヴァ。
 貫くもの、“獣王”ロシオッティ。
 死を教えるもの、“奈落の王”オールボン。

 ──アニュエラは、妖精戦争の火種となったアニスの娘。
 力を得るためなら何事も躊躇せず、ついには世界戦争の火種にまでなってしまった母に反発した娘は、各地を放浪し、
その『命を吹き込む』力で様々なものに命を与えた。
 ある時、アニュエラが崖の岩壁に命を吹き込んだとき、そこに現れた顔は彼女にこう告げた。
「お前が命を吹き込んでいるのではない。ただ、お前は目覚めさせるだけ。全てのものには最初から命がある」と。
 始まりの賢人、ガイアの誕生だった。
 アニュエラはガイアの言葉と深い知識に自身の驕りを知って恥じた。そして、彼を“賢人”と称し、やがて自らも“賢人”を
名乗り、ガイアの推挙や自身の判断で選んだ五人と共に“ガイアの知恵”という組織を作り上げた。
 この七人が、現代の七賢人である――

「ただ、妖精戦争が終結してからしばらくして、アニュエラは亡くなってしまったから、今は六賢人になっちゃってるけどね」
 そう、バドは話を締めくくった。
「で……このメダルが、その一人の“獣王”と関係ある、と?」
「その通り!」
 柊がまとめれば、バドは勢いよく頷いた。
「アニュエラは、優れたアーティファクト使いだった。
――あ、アーティファクトっていうのは、人の思念を封じ込めた魔導具のこと」
「……思念?」
 魔力じゃなくて? と首を傾げるくれはにバドは頷く。
「魔法楽器は魔力を込めてあるけど、アーティファクトに込められているのは思念なんだ。
込められた思念に同調して、想起することで、その思念を具現化する。そういう魔導具」
 アニュエラは、物に自身の思念を送ることで、あらゆる命を目覚めさせた。その応用で作られたのがアーティファクトだった。
「アニュエラはアーティファクト作りの祖にして、最高のアーティファクト使いだった。
 戦時中には、アーティファクトを作れる人も使える人も結構いたらしいけど、誰もアニュエラには遠く及ばなかったって」
 当時はアーティファクトも実に多種多様で、中には死者の蘇生を可能にしたものさえあったと伝わっているが、作るのにも
使うのにも素質がものをいうために、扱いが容易な魔法楽器の普及と共に廃れてしまったのだという。
「アニュエラは多くのアーティファクトを遺した。中には、仲間の賢人を模して作ったものもあるって記録が残ってる。
――これ見て」
 言って、バドは手した本を他三人に見えるように開いて見せた。
「――これ……!?」
 そこに描かれた精密画に、三人は思わず異口同音に叫ぶ。
 柊の手の中にあるものと、寸分違わぬ円盤が、そこに記されていた。
「アニュエラがロシオッティを模して作ったアーティファクト、“獣王のメダル”。
このメダルを使いこなせれば、いつでも“獣王”と話せる、って書いてある」
「はわ~……“獣王”の声を伝えてくれる分身みたいなもの、ってことかな」
 精密画の下に書かれた解説を読み上げるバドに、くれはが軽く首を傾げた。
「けどよ、これ、形だけそっくりな模造品ってこともあるんじゃねぇの?」
 思わず柊は疑念を口にする。これを押し付けてきた相手を思うと、ひたすらその可能性の方が高い気がする。
 う、と呻くバドに、コロナが更に追い討ちをかけた。
「そもそも本物だったとしても、アーティファクトは使うのも難しいんでしょ? バドに使えるの?
何にも起きないのはまだいいけど、暴走とかさせるくらいだったら、やめといた方がいいんじゃないの?」
「――やる前から、お前にはできない、みたいな言い方するなよ!」
 ムキになったように叫ぶバド。喧嘩を始めそうになった姉弟に、くれはが割って入って宥める。
「はわ~、まあまあ、落ち着いて。バド、コロナはバドが心配なんだよ。いっつも無茶して怪我してるんだから。
でも、コロナ、今回は黙って見ててあげてもいいんじゃない?
お喋りするだけのメダルならそうヤバイことは起きないよ、きっと」
 くれはのフォローに、双子が互いに顔を見合わせて口を閉ざす。柊は、くれはの言葉に乗って笑った。
「まあ、そうだな。喋るだけのメダルなら、本物でも偽物でも、失敗しようが成功しようが大したことじゃないだろ。
――バド、やってみろよ」
「――はいッ!」
 師匠の許可に、バドは目を輝かせて準備に入った。

 牧草茂る大地の上に、バドは大きな羊皮紙を広げる。そこには、緻密な魔法陣が描かれていた。
「この本に載ってたアーティファクト使いの魔法陣なんだ。アーティファクトの思念を増幅させるんだって。
アーティファクトのいくつかは、“眠って”しまっているのもあるから、その眠りを覚ます効果もあるんだ」
 アニュエラはこんなの要らなかったみたいだけど、と少し自嘲気味に言いながら、バドは柊から手渡されたメダルを持って
魔法陣の上に立つ。両手で強く円盤を握り締め、祈るように目を閉じた。
 刹那――魔法陣が、淡く輝いて――消えた。
「……あれ?」
 しばしの後、目を開けたバドが呆けた声を漏らす。もはや、何が起こる気配もない。
「はわ~。もしも~し、賢人さ~ん?」
 くれはが、バドの手の中のメダルに声をかけてみるも、うんでもすんでもない。
「……やっぱ失敗じゃん」
 それとも偽物? という姉の言葉に、バドはがくりと膝をついた。その手からメダルが転げ落ちる。
「まあまあ、誰も怪我しなかっただけいいじゃねぇか。家に戻って昼にしようぜ」
 柊は苦笑しつつ、魔法陣の上で項垂れるバドに歩み寄り、落ちていたメダルを拾い上げた。――刹那、

『ようこそ、我が森へ――歓迎しよう、異邦の子よ』
 ──深く濃い緑の中、石造りの玉座に伏せる赤い獣が、見えた。

 瞬間、柊の足元に、光の魔法陣が展開した。
「はわ……ッ!? 柊ッ!」
「――来んなッ! 双子連れて逃げろ!」
 突然の異常事態に、顔色を変えて駆け寄って来るくれはへと、柊は咄嗟にバドを突き飛ばす。
 しかし、この行為は、結果的に何の意味も持たなかった。
 次の瞬間、足元の魔法陣は牧場全体に広がって、閃光が満ち――

 視界が回復した時、見えたのは、一面の濃い緑だった。

 牧草とは違う、背の高い濃緑の植物が見渡す限り生い茂っている。
「……へ……?」
 見知らぬ土地にいきなり放り出された四人の、呆然とした呟きは――湿った土の匂いを含む生温い風に、ただただ流れる。

 そして、冒頭へと繋がるわけである。

  ◇ ◆ ◇


 とりあえず、四人でしばらく道か人を探してうろついてわかったことは。
 辺りの植物と、肌にまとわりつく大気からして、ここが亜熱帯の密林だろうということ。したがって、どう考えてもここは家の
近所じゃないこと。
 そして、何の備えもない状態で未知の土地を闇雲に動き回っても、疲れるだけで何の益もないということだ。体力のない
子供連れなら、なおさら。
「……あとは、とりあえずこのメダルは本物だったってことだな」
 疲れた声で呟いた柊に、もめていた双子とその間に入っていたくれはが振り返る。
「はわ?……あ~、まあね~。ここに飛ばされたのは、どう考えてもソレのせいだもんね~」
 柊の言葉にくれはが頷く。あのタイミングからして、現状とメダルが関係ないとは思えない。
「でも、なんでいきなりこんなとこに飛ばされるんですか? 本には“獣王”と話すための道具ってあったのに」
 コロナの言葉にバドもかくかく頷く。
「うん、確かに本に書いてあったこのメダルの効果は、『使いこなせればいつでも“獣王”と話すことが出来る』だったよね。
それで、あたしは“獣王”の代わりに答えてくれるお喋りメダルだと思ったんだけど……」
「俺もそう思った。けど、そもそもその解釈が間違ってたんだな」
 くれはの言葉に、柊が溜息混じりで続ける。
「今のこの状況からして……多分このメダルは、“獣王”のところに使い手を転送する道具なんだろうよ」
 あ、と双子が目を見開いて声を上げた。
 『いつでも“獣王”と話すことが出来る』というのは、即ち『いつでも“獣王”と会うことが出来る』という意味だったのだ。
「……ってことは、この近くに“獣王”がいるってこと!?」
「なら、助けてもらえるんじゃ……!」
「……まあ、少なくともこのジャングルのどっかにいるとは思うんだが……」
 興奮した声のバドと、期待を込めた声のコロナに、柊は疲れた声で答える。
「メダルの発動が完全だったら、“獣王”のすぐ傍に出るだろ。
これだけうろついて出くわさないってことは、メダルの発動が不完全だったのか、俺らが見当違いの方向に来ちまったのか、
もしくは“獣王”自身が身を潜めているか、同じことに留まらず移動してるか……」
 どれにせよ“獣王”に会うのは難しいだろうよ、とぼやくように言った柊に、双子はがくりと肩を落として項垂れた。
 柊としては、最後の二つの合わせ技では、という気がしている。というのも、姿こそ見えないものの、この密林に来てから
時折、すぐ側に奇妙な気配を感じるからだ。それはくれはも感じているらしく、度々あらぬ方を振り返っていた。
 その気配が“獣王”であるなら、姿を現さない以上、あちらからはこちらに接触する気はないのだろう。
 根拠の詳細は省いたもの、柊の言葉に淡い期待を砕かれて、双子は見るからにはっきりと落ち込んだ。
「は、はわっ! ひーらぎ、追い討ちかけてどうすんの!?」
「嘘ついたって現状は変わらねぇだろ。だったら状況を整理して、今できることを探るしかねぇだろ?」
 双子の様子にくれはが慌てるが、柊は苦い顔で溜息まじりに返す。
「はわっ……確かに、そうだけど――」
 言いかけて、くれはは言葉を切る。同じくそれに気づいて、柊も辺りを見回した。
「……また、だな」
「でも、今度は声みたいのも聞こえたような……?」
 例の気配か、と眉を寄せて呻いた柊に、くれはが応えかけた時、

「――プ」

 妙に気の抜ける、珍妙な鳴き声が足元からした。
「――はわッ!?」
「――ぅおッ!?」
 向かい合って立つ二人の間、いつの間にか居た小さく丸っこい何かに、幼馴染二人は声を上げて飛び退いた。
 サッカーボールほどの大きさをした淡い桃色のボールに、つぶらな瞳と小鳥のような嘴、小さな手足がくっついている
――そんな印象だった。頭には、帽子のように卵の入った鳥の巣を乗っけている。
「は、はわぁ~~~~~! 可愛いぃ~~~~~ッ!」
 くれはが歓声を上げて、その生き物の前にしゃがみ込むのに、柊は慌てた。
「お、おい! くれは! 得体の知れないもんに……!」
 この世界には愛らしい容姿で容赦ない攻撃してくるモンスターがいることを、柊は既に身をもって学習している。現に、
目の前の珍妙な生物は、小さな手に槍のようなものを手にしていた。
 しかし、そんな柊の焦燥を余所に、
「はわ~、怖くな~い、怖くな~い」
「プ?」
 言いながら手を伸ばすくれは。その生き物は攻撃はおろか、逃げるそぶりもない。あまつさえ、抱き上げられてもされるが
ままだった。

「はわ~、可愛いよぅ~! 」
「く、くれはさん! わ、わたしにも抱っこさせてください!」
 くれはの腕の中で大人しく抱かれている愛らしい生き物に、コロナまで手を伸ばす始末だ。
「……モンスターじゃねぇみたいだが……なんだ、あれ?」
「……あれ、なんかの本で見た気がするんだけど……」
 誰に問うでもなく呟いた柊に、バドが首を捻って応える。
「ねね、ひ~らぎ~、この子連れて帰っちゃダメ~?」
「ダメに決まってるだろーが。いくら大人しかろうがどういう生き物かわからない以上、飼える訳ないだろ。
餌も世話の仕方もわからないのに、無責任に連れて帰る気かよ?」
 渡されたコロナの腕の中でも大人しくしている珍妙生物を見つめてのくれはの言葉に、柊は子供をしかりつける風に言う。
 う、と柊の正論にくれはは呻いて項垂れた。
「……はわぁ~、そうだよね~……きっと、仲間もいるもんね……」
 はぁ、と落胆の吐息と共に心底残念そうに呟く。再びコロナから受け取ったその生き物を抱き上げて、泣きそうな声で
呼びかけた。
「バイバイ、ぷーちゃん……元気でねぇ~……」
「もう名前まで付けてたのかよ!」
 柊のツッコみは華麗にスルーし、くれははその生き物を放す為、近くの茂みに歩み寄り――その瞬間、
「――豆一族ぅ~~~~~ッ!」
「――はわぁッ!?」
 そこから飛び出してきた影と思いっきり激突し、綺麗に引っくり返った。拍子に、その手から珍妙生物が放物線を描いて
飛んでゆき、離れた茂みの向こうに落ちる。
「はわ、いたたた……な、何~?」
「くれは! 大丈夫か!?」
 慌てて駆け寄ってきた柊の手を借りて身を起こしつつ、くれはは自身にぶつかってきた相手を見やる。
「も、申し訳ありまちぇん! 急いでいたもので」
 そう舌っ足らずな高い声で言ったのは、垂れた耳を持つ、小柄な犬の獣人だった。
 さっきの珍妙生物と負けず劣らずつぶらな瞳。体躯に対して大きすぎ、袖や裾の余った青いスーツが、背伸びした子供の
ような愛らしさを醸し出している。
「――かッ……」
「って、やめぃ」
 可愛いぃ~~~! と再び絶叫しそうになったくれはの口を片手で塞ぎ、柊は呆れ顔でツッコんだ。
「あああ、本当に申し訳ありまちぇん!」
 その二人のやり取りが、怒鳴ろうとしたのを止めた風にでも見えたのか、獣人はひたすら平身低頭で謝ってくる。
「いや、もうそれはいいんだけどよ……あんた、ここらの人か?」
「いいえ、違います。わたしは魔法都市にあるクリスティー商会、会長秘書兼執事のサザビーと申します」
 くれはを抑えたまま問う柊に、獣人はそう名乗った。見た目や言動の幼さとは裏腹に、大した肩書きの持ち主である。
 ともあれ、ここに来てやっと出会った言葉の通じる相手である。柊が、これ幸いとサザピーに問いを重ねようとした時、
「……さっき、豆一族って言ってたけど」
 バドが、硬い声でそうサザビーに声をかけた。
 その一言に、サザビーははっと我に返った様子で、
「そうです! わたしは豆一族を追っかけていたんでちた!」
 見ませんでちたか!? と言われて、柊たちは顔を見合わせる。
「豆一族って――」
「あっちに走って逃げてったよ」
 何だ? と柊が訊くのを遮って、バドが珍妙生物のすっ飛んで行った方向の真逆を示して、サザビーに告げた。
「なんと! 情報ありがとうございます! 捕まえた暁にはあなた方にも謝礼を!」
「あ、おい!」
 では~! というが早いか、サザビーはそちらに駆けて行き、茂みの向こうに消えていく。慌てて呼び止める柊の声も虚しく、
出会った情報源は走り去ってしまった。
「ちょっとバド! 何のつもりよ!」
 せっかく人に会えたのに! と弟をしかりつけたコロナは、そこで弟の異様に険しい顔に気付く。
「はわ、バド……?」
 ようやっと柊に離してもらったくれはも、その様子に気づいて声をかけた。
「思い出したんだ。――さっきの丸い生き物、豆一族だ」
「って、さっきの桃色ボールか?」
 なら、なんでサザビーを逆方向に? そう問う柊にバドは硬い声で答える。

「豆一族は警戒心が薄いんだ。追い掛け回されれば驚いて逃げるけど、普通に近寄る分にはどうもしないくらいに」
「はわ……まあ、確かにすんごく大人しかったけど」
 バドの言葉が正しいことは、先程女性陣のなすがままとなっていたあの生き物の様子から容易に知れた。
 思わず呟きを漏らしたくれはへ顔を向け、バドは言葉を続ける。
「その人懐っこさと見た目の可愛さのせいで、愛玩動物として人気になって、一時期ものすごい勢いで狩られたんだ。
そのせいで今じゃ野生の豆一族は殆ど残ってなくて、狩りは禁止になってる。けど、それで余計に希少価値が上がって、
高額で裏取引されてるって」
 バドの言葉に事情を悟り、一同は表情を険しくした。
(じゃあ、サザビーは、あの桃色を捕まえて売る気だったのか)
 柊は顔をしかめて、走り去る間際にサザビーが残した『謝礼』という言葉を思い出す。あれは『分け前』という意味だったのだ。
「わたしも思い出した……クリスティー商会のオーナーって、お金のためなら何でもやるって有名よ」
 コロナもまた、眉をしかめて言った。
 なるほど、そういうオーナーならば、絶滅危惧種だろうが何だろうが、金になるなら躊躇わないだろう。
「ひどい……あんな可愛い子をお金のために……!」
 怒りでか、くれはが声を震わせる。
 と、それに応えるタイミングで、その足元から気の抜ける声がした。
「プ」
「って、はわ!? ぷーちゃん!?」
 くれはを呼ぶように鳴く豆一族に、くれははおろか、他の一同も目を見開く。
 この生き物は、わざわざすっ飛ばされたところから一同の元に戻ってきたらしい。
 柊は、思わず呻く。
「……まさか、くれはに懐いちまったのか?」
 正体はわかったものの、絶滅危惧種ではやはり連れて帰るわけには行かない。どうしたものか、と考えあぐねいていると、
「プ。プ。プ」
 しきりに何かを訴えるように豆一族は声を上げ、手にした槍で一方を示す。そうして、そちらへと歩き出した。
「……一緒に来い、ってことか?」
「プ」
 柊の呟きに、その通り、という風に豆一族が振り返って鳴く。
 思わず一同は顔を見合わせるものの、結局は右も左もわからない現状で、選択肢などあってないようなものだった。
 結局、一同はその小さな桃色の影を追い、そのちょこちょことした歩みに合わせて、ゆっくりと歩き出した。

  ◇ ◆ ◇

 豆一族について歩き始めてすぐ、あっけないほど簡単に道へ出ることができた。『どうしてこの道に気付かなかったんだ』と
柊とくれはが自責と不審を覚える程に。
 しばらく道なりに歩き、豆一族が歩みを止めたのは、緑が開けた小さな空間だった。
 辺りを囲う木々は背が高く、ちょっとしたドームのようになっている。
「ぷーちゃん、ここって……」
 問いかけたくれはの声を遮って、明るい声が響いた。
「あはははは、おかえり~。って、お客さん?」
 木の陰から現れた声の主は、歩み寄ってきた豆一族を抱き上げながら、柊たちに目を留めて言った。
 バドやコロナとそう変わらない小柄な背丈の影だった。その姿は、獣人というか、鳥人というか――むしろ、
「……ペンギン?」
「あははははは、そーよ~。あたし、森ペンギンのしるきー。あなたたちは?」
 柊とくれはが思わず漏した呟きは、そう当たり前のように返された。
 異邦人二人は咄嗟に双子を見やるが、二人は平然としている。その様子にこちらでは珍しくない種族なのだろうと察し、
『“森”ペンギンって何だ』という喉まで出かかったツッコみを飲み込んだ。
 代わりに、相手の言葉に応えて名乗る。
「俺は柊。柊蓮司」
「赤羽くれはです」
 バドとコロナもそれぞれ名乗ると、四人をまじまじと見つめていたしるきーが軽く首を傾けた。
「あなたたち、妖精に会ったでしょ?」
「……妖精?」
 眉を寄せた柊と、首を傾げたくれはの声がまたハモる。しるきーは軽い仕草で頷いて、
「妖精の呪(まじな)いがかかってるもの。この子に会うまで随分歩き回ったんじゃない?」
 この子、とは豆一族のことだろう。
 しるきーの言葉に、幼馴染二人は顔を見合わせる。

「つまり、その呪(まじな)いのせいで、あたしたち、同じとこぐるぐるしてたの?」
「ってことは……あの妙な気配は、妖精だったのか?」
 二人の呟きに、しるきーはまた首を傾けた。
「あら? あなたたち妖精が見えないの?」
「はわっ……ふ、普通は見えるものなの?」
「いや、気配はわかるんだけどよ……お前ら見えたか?」
 珍しい、というような口調に、何となくバツが悪くなって、くれはと柊の口から言い訳じみた言葉が口をついて出る。
 柊の言葉に、気配も感じなかったと双子が首を横に振ると、しるきーが、あははははー、と笑った。
「別に見えなくても悪いことじゃないの。わたしも、術なしじゃ見えないし。
見えないってことは、単にあなたたちが妖精に害意を持ってないってだけのことだから」
 へ? と声を漏らした一同に、しるきーは言葉を続ける。
「妖精はね、基本的に、自分に害意がある相手の前でのみ姿を見せるの。
まあ、生まれつき妖精が見える目を持ってる人とかもいるし、気まぐれで姿を現す妖精もいるけどね」
「……普通、逆じゃねぇ?」
 害意のあるものから隠れるってんならならわかるけど、とツッコむ柊に、しるきーはまた声を上げて笑った。
「そ~よね~。でも、妖精も相手を傷つけるような強い魔法は、姿を隠したままじゃ使えないのよ、多分」
 姿を隠すのにも魔力を使うから、とさらりと物騒なことを笑顔で言われ、一同は絶句する。
「それからすれば、あなたたちは無事で済んだ方かもね。
多分、妖精たちは、迷子にさせるのが目的じゃなくて、自身達の住処の方へ来ないように呪いをかけたんだわ」
 危険がない相手でも、人と関わること自体を妖精は嫌うから、としるきーは結論付けた。
 害意のない相手からは自身が隠れ、害意のある相手は全力で排除にかかる。妖精は徹底した排他主義を貫いている
ということだ。
「けど、そのわりには、あんたは妖精について随分と詳しいよな」
 事情を飲み込んで、柊は思わずしるきーに向かってそう言った。関わりを頑なに避ける相手について知るのは、いうほど
容易なことではない。
 しるきーは相変わらず軽い調子で、笑いながら答えた。
「あははー、この森は妖精の森と繋がってるから、妖精と関わる機会も多いの。
それに、最近妖精の様子がおかしいから調べてくれって獣王様に頼まれたし。色々妖精についても調べたの」
「へぇ……って、獣王!?」
 さらりとした調子に思わず流しかけ、はたとそのワードに気付いて柊は叫んだ。他三人の声がそれに重なる。
 しるきーは一同の反応にきょとんとして、それから何かに気付いたように柊を見た。
「あ~、だからこの子はあなたたちを案内してきたのね。あなた、“獣王のメダル”持ってるでしょ」
「――わかるのか?」
「主にゆかりの品だからね~。意識すれば、魔力(マナ)の波動くらいは」
 気にしない状態じゃスルーしちゃうかもだけど、と、柊の問いに対してしるきーの答えはどこまでも軽い。
「なら、あなたたちは獣王様に会いに来たのね」
 当然のようにそう言われて、柊たちは思わず、気まずげに顔を見合わせた。
「いや……それがそういう訳でもなくてよ……」
「はわ……来るつもりはなかったんだけど……間違って……」
 歯切れ悪く言う柊とくれはの言葉に、しるきーは一瞬きょとんとして、ついで声を上げて笑った。
「あははははー、メダルが暴発しちゃったのね。でも、もう来ちゃったんなら、せっかくだしお会いしていけば?」
 多分、帰りの足もどうにかしてくれると思うわ、と言われれば、否と答える理由もない。
「そうだな。ここに、会いたくてうずうずしてるヤツもいるし」
 先程からそわそわと落ち着かないバドを見やって言えば、言われた相手は悪戯っぽく首を竦めた。

「じゃ、まず、妖精の呪いを解いちゃうわね~。そのままだとまた迷子になっちゃうし」
 はい、としるきーは一同に向け、その片手(というか、羽根の退化した片翼)を振るう。
 目に見えて何があったわけでもないが、すっと両肩が軽くなったような、視界がクリアになったような感覚を柊は覚えた。
見れば、他三人も同じような感覚だったらしく、目を瞬いたり、感覚を確かめるように肩を回したりしている。
「わたしは獣王様のお使いが終わってないから一緒に行けないけど、この子が道案内してくれるわ」
 プ、としるきーの言葉に応えて豆一族が声を上げた。
 しるきーは身長の近いコロナに豆一族を手渡すと、軽い調子で手を振って、
「じゃあ、またね~。――獣王様は、きっとあなたたちのことを待ってるわ」
 無造作に茂みの向こうに消えて言った。――再会を確信した別れの挨拶と、意味深な言葉を残して。

  ◇ ◆ ◇

 コロナに抱かれた豆一族が槍の穂先で示す道順を辿ってしばらく、
「ちっくしょ~、ああもう疲れた。ハッソン、あとは一人で頑張れよ」
「てめぇ、ヘイソン! 一人でサボる気か!?」
 向かう道の先から侃々諤々とした言い争いが聞こえて、柊は咄嗟に豆一族を隠すようにコロナを背に庇った。声の主が
サザビーのような人種である場合を警戒しての行動だった。
 まず見えたのは、ひょろ長い体形をした森人らしい若者。
その隣に、彼と歳こそ似たものだが、体格は正反対に単身でがっちりした、種族のよくわからない男がいた。
「ドワーフ? 山から出てくるなんて珍しい……」
 厳つい男を目に留めてのバドの呟きが聞こえたのか、二人は一同に気付いて振り返る。
 森人の若者が、露骨に不審な顔つきで、
「……なんだあんたら?」
 その声は、先程最初に聞こえた声と同じもので、それで、こちらがヘイソンと呼ばれた方であると知れた。
「てめぇらこそ、なんだ。密猟者か?」
 柊が殊更決め付ける風に言ったのは、二人の手にした狩猟用の罠のためだ。
 二人のむっとした視線が柊に向けられる。――背に庇った豆一族には気付かれていない。
「密漁じゃねぇよ! ドゥ・カテの尻尾を捕りに来ただけだ」
「別に、ドゥ・カテの狩りは禁止されてねぇだろ?」
 ドワーフの男――ハッソンが怒鳴れば、ヘイソンが補足するように告げる。その言葉に、バドが目を剥いた。
「た、確かに禁止はされてないけど……ドゥ・カテをたった二人で!?」
 無茶だ! というバドに、ヘイソンとハッソンは嫌そうに顔を見合わせる。
「しかたねぇだろ、このバカのせいで法外な借金こさえちまったんだ」
「俺だけのせいか!?」
 ヘイソンの呆れたような声音に、ハッソンが怒鳴る。
 聞いた双子が思わず首を竦めるような怒号だったが、ヘイソンはけろりとした様子で、
「少なくとも俺だけのせいじゃねぇ。――まあ、一番悪いのはあのクリスティーのババアだけどよ」
 そう言うと、ひとつ頭を振って柊たちに向き直った。
「ともあれ、あんたらにゃ関係ねぇ。
あんたたちこそ、子連れでうろつけるほどこの森の奥は安全じゃない。引き返したほうがいいぜ。――行くぞ、ハッソン」
「うるせぇ! 命令すんな!」
 怒鳴り返しつつも、ハッソンは踵を返したヘイソンに続く。そのまま、二人は分かれ道の向こうへ足早に立ち去った。
「はわ……クリスティーって言ってたけど……」
「やっぱり、クリスティー商会のオーナーのことじゃないでしょうか」
 二人が立ち去った後に呟いたくれはに、コロナが応える。
 この森で、既にクリスティー商会のサザビーに会っている。と、なれば、やはり『クリスティー』の名を口にしたヘイソンたちも
そこの関係者と考えるのが妥当だろう。
「何か事情がありそうだったが……つか、ドゥ・カテって何だ、バド」
 柊の問いに、二人が立ち去って行った方を呆然と見やっていたバドは、我に返った風で振り返った。
 そうして、完全に血の気の引いた顔で叫ぶ。
「まずい……! あのままじゃあの二人、下手したら死んじゃうよ! 師匠、助けてあげて!」
「お、おい! 落ち着け、どういうことなんだ!?」
 尋常でない様子に、柊は思わず叫ぶように問い返し――

「――アエニュラの子よ、お客人か?」
 バドが答えるより早く、先程二人が去って行った方とは反対の道の先から、よく通る声が響いた。
「プ」
 その声に応えるように豆一族が一声鳴いて、コロナの腕から抜け出してそちらへと駆けていく。
「はわ、ぷーちゃん!」
 慌てて駆け出したくれはを筆頭に、一同はその後を追いかけ、

 その先にあったのは、鮮やかな緑の中でかえって目立つ、くすんだ色の石の玉座。

「ようこそ、我が森へ」

 その上に伏した深紅の獣が、よく通る低い声で、そう告げた。


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