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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第03話02

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《ヨウショウの絆 ~Little/Eternal~》


 女将に辞去して宿を出ようとした時、柊の脇から声をかける者があった。
「また会ったわね」
 奇しくも、先程あの女が告げたのと同じ言葉をかけられて、柊は弾かれたように振り返る。
 その先にあったのは、冷たい翠の眼差しではなく、柔らかな深緑の瞳。
「……あんた、昨日、街道で会った」
「ええ。覚えててくれたみたいで、嬉しいわ」
 微笑んで告げられる言葉もあの女と同じようなものなのに、受ける印象は正反対だった。真っ直ぐで誠実な響き。
 声の主は猫の獣人の女性だった。まだ若いが、柊より年上なのは間違いないだろう。
 ほっそりとしていながら、華奢な印象を受けないしなやかな肢体。露出の高い青い衣は、色香ではなく動き易さを重視してのことだと、腰に携えた多節棍(ヌンチャク)が示している。胸元と、綺麗な三角の耳を飾る鈴の飾りが、彼女の動きに合わせて涼しげな音を奏でた。
 目を細めた笑みは愛らしく、またすっきりとした凛々しさも感じさせる。深緑の瞳は柔らかく和んでいるが、芯にある強い意志の輝きもまた見て取れた。穏やかに落ち着き、また真摯なその様子は、好感を覚えるのに十分だった。
「昨日は、お仕事の邪魔をしてしまったようで、ごめんなさい」
「いや、こっちこそ、大事の用の邪魔しちまったみたいで、悪かったな」
 互いに、昨日始めて出逢った時のことを思い出し、苦笑する。
 昨日、柊が盗賊退治に行った街道の分かれ道で出逢ったのが彼女だった。道を聞こうと柊が声をかけたら、あろうことか一緒に来ていた依頼人が彼女にコナをかけ始めたのだ。
 先を急ぐから、と彼女は見るからに困惑――はっきり言えば迷惑しているようだった。そこで、柊は依頼人を盗賊のアジトへと急かして、彼女から引き離したのだ。
(まさかあの色ボケウサギネコ、アレを根に持って金掏ったんじゃねぇだろうな?)
 などと柊はちらりと思うが、どちらにせよ後の祭りである。
「私はダナエ。ガトから来たの」
「俺は柊。柊蓮司。こっちの二人はバドとコロナ」
 ダナエに応えて柊も名乗り、両脇の双子を紹介する。
 双子はさっきの女の件もあってか、些か緊張したように柊のコートの裾を掴んで覗き込むようにダナエを見ていた。しかし、二人の空気が友好的なものであることに安堵したのか、前に出て彼女に自己紹介する。
「バドです。柊師匠の一番弟子です!」
「コロナです。弟子じゃないけど、柊さんのところでお世話になってます」
「はじめまして。バド、コロナ。よろしくね」
 にっこりと目を細めるダナエに、双子もぱっと笑みを返す。
「柊さんは、道場か何かの師範なの?」
「いや、そういうわけじゃねぇんだけど……色々あってな」
 町からちょっと行ったとこの家で一緒に住んでんだ、と柊は苦笑した。
 そうなの、とダナエはそれ以上訊いてくることはなかった。言い淀んだ柊を慮ってくれたのだろう。
「ダナエさんはどうしてこんな田舎に来たんですか? この辺、特に見るもんもないのに」
 バドが首を傾げた。その質問に、ダナエの顔が曇る。澄んだ深緑の眼差しに、暗い陰りが差した気がした。
「……会いたい方が、いるんだけれど……いざとなったら、勇気が出なくて。昨日も結局、街道を行ったりきたりしただけで終わってしまったの」
 歯切れの悪い、迷いが色濃く見える答え。
 余程の事情があるように見える。困っているのを放っておくのは寝覚めが悪いし、力になれるものならなりたいが、初対面に近い自分が無遠慮に首を突っ込んでいいものか。などと柄にもなく柊が躊躇っていると、
「……ねぇ、死んだら、魂はどうなると思う?」
「……へ?」
 ダナエの唐突な問いに、思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。
「ごめんなさい、いきなり変なこと訊いて……」
 ダナエの方も、思わず零れ落ちた言葉だったようで、少々戸惑った様子だ。しかし、それがただの気まぐれや無意味な問いとも思えない。彼女が迷うことと、深く関わる問いなのだと、柊は何の確証もないままに確信した。
 だから、目を伏せて、考えて、信じる答えを口にした。
「……残る、と思う。絶対に無くならないものだと、俺は思うぜ」
 答えながら、脳裏に浮かぶのは、かつて共に戦った少年。世界から与えられた役目を果たし、その世界から存在を否定されて消えてしまった少年。
 殆どの者の記憶から忘れられ、あらゆる記録から抹消され――それでもなお、柊の中に、彼の魂(ねがい)は残っている。
 例え、いつか柊が死んで、彼を覚えている僅かな人々が全ていなくなっても――彼が守った世界(もの)がある限り、彼の魂(おもい)は消えはしない。決して無くならない。
 命亡くし、忘れられても――その魂(そんざい)は、無くならない。無かったことには、ならない。
「そうでしょう?」
 柊の答えに、ダナエは深く頷く。
「今まで何度も怪我をしたけれど、魂までは傷つかなかったもの。この魂がなくなるなんて、私は信じない」
 強い信念を感じさせる言葉。しかし、その言葉に、柊は微かな違和感を覚えた。
 彼女の言う“魂”と、柊の考える“魂”――この二つのズレ。
 どこか会話が噛みあっていないような、同じことを示しているようでいて――全く別のもののことを互いに話しているような気が、したのだ。
 けれど、ダナエの方はその違和感を覚えていないようで、柊が同じ考えでいてくれてよかった、という風に頷いている。
「私、やっぱり会おうと思うの」
 宣言するような言葉。けれど、言葉とは裏腹に、その瞳には微かな迷いが見え隠れしている。踏ん切りがつかないような――最後の一歩が踏み出せないような。
「……俺で良ければ、一緒に行くぜ?」
 不躾か、と思いつつも背を押すつもりで告げた言葉に、ダナエは弾かれたように顔をあげて――破顔した。
「……ありがとう。あなたなら、そう言ってくれるんじゃないかって思ってた」
 一緒に行きましょう、と彼女は自分自身に告げるように、言った。

  ◇ ◆ ◇

(この人にまた会えて、良かった)
 ダナエは、真っ直ぐな眼差しの青年を宿で見つけて、まずそう思った。
 深く澄んだ、真摯な黒瞳。ややきつい眦も、その強い意志を示しているようで好感が持てた。
 初めて会った時も、依頼人の機嫌を損ねるかもしれないのに、自分を助けてくれた。今一緒にいる子供達も、たいそう彼を慕っているようだ。きっと、それだけ優しいのだ。
 優しさと、その優しさを貫く意志の強さを持つ人。――いつか追いかけていた彼女のように。
(この人なら、この迷いを打ち払ってくれるかもしれない)
 そう、思った。
 迷い――そう、迷いだ。知りたい。けれど、知りたくない。手がかりが、希望が欲しい。けれど、与えられるのは絶望かもしれない。その思いが、自分を板ばさみにして、動けなくする。
 けれど、助けたいのだ、彼女を。この思いが自分をここまで突き動かした。それは揺るがしようのない真実。
 幼い頃から一緒で、姉のように慕っていた。誰よりも強くて、誰よりも優しくて。その彼女の背を追い、またその背を守ることが、自分の使命だとすら思っていた。
 なのに――
(彼女は、変わってしまった)
 己を貫く意志を失くし、彼女は弱くなってしまった。弱さ故に、彼女の深い優しさは、ただ周りの状況を受け入れるだけの諦念に変わってしまった。
 けれど――
(魂は、なくならない)
 この目の前の真っ直ぐな青年も、そう言ってくれた。
 魂はなくならない。傷つかない。

(だから――“変わらない”)

 だから、きっと大丈夫。助けられる。
(“悪魔の呪い”さえ、解ければ)
 大好きだった彼女は、いつか追いかけたあの背中は、取り戻せるはず。
 それはきっと、“彼ら”の望みでもあるはずだ。
 色々、魔が差したり、その場の勢いで間違えたりして、こんなことになってしまったけれど。

(あの“四人一緒にいられた頃を取り戻すこと”こそが、きっと皆にとって一番良い道だから)

 そう深く信じて、ダナエは、柊の言葉に答えた。
「一緒に行きましょう」

  ◇ ◆ ◇

「七賢人のうちの一人、“大地の顔”ガイアが、このリュオン街道にいるの」
 昨日も通った、人気のない街道を歩みながら、柊はダナエの話を聞いていた。
 件(くだん)の盗賊のせいですっかり寂れてしまった道。乾いてひび割れた大地が、枯れた色の草の間に伸びている。
 双子にはいくらかお金を渡して、町で買出しを済ませておくよう頼み、置いてきた。二人の買い物が終わったら宿で休ませてもらえるようにユカちゃんにも頼んでおいたので、もしも柊の帰りが遅くなっても大丈夫だ。
「彼はこの世界の大地そのものであり、故にこの世界全ての知識に通じているといわれているわ。つまり――この世界のありとあらゆることを、知っているということ」
「ありとあらゆること、か……」
 ダナエの言葉に、柊はユウのことを思い浮かべた。
(あいつを元に戻す方法も、わかるのか?)
 そして、あの記憶のノイズ――
(あの闇で曖昧になってしまった記憶を、取り戻す方法も……)
 ただ、それらがわかったとしても――
(元の世界に戻る方法は、どうなんだろうな……)
 “この世界”全ての知識に通じていても、“異世界”に関することはわからないかもしれない。
 そんな風に考えて――柊は一つ頭を振る。今は、それよりも、
「ダナエは、あんなに悩んで……なにが訊きたいんだ?」
 訊いてから、慌てて付け足す。
「いや、言いたくなかったら言わなくていいけどよ」
「いえ、ここまで付き合ってもらって、言わないなんて失礼だわ。それに……あなたには聞いてもらいたいの」
 そう言ってから、ダナエは一つ息をついて――
「――危ねぇ!」
 彼女が語りだすより早く、柊が抜き放った剣を一閃させた。
 背後から彼女を狙っていた巨大な蜂のような虫が、振るわれた刃に断ち切られる。
「……ごめんなさい、油断してたわ。ありがとう」
「気にすんな。その分、これからお手並みに拝見させてもらうからよ」
 柊の言葉に、ダナエもヌンチャクを構える。いつの間にか、辺りを殺気混じりの羽音が満たしている。かなり数が多い。
 白刃が走る。鎖と棍が唸る。殺人蜂達が、断ち切られ、地に叩きつけられる。
 各々が十数匹ずつ屠ったところで、柊がうんざりと呻いた。
「……なんか、いちいち相手してらんねぇな」
「同感だわ」
 ダナエも、頷く。一匹一匹はどうということもないが、こう群れられると鬱陶しい。
「……抜けられるか?」
「足になら自信はあるけど」
 あなたは? と問われて柊は不敵に笑う。
「俺は、風を呼べるからな」
「よくわからないけど……なら、行きましょうか?」
 互いに頷きあって、武器を収め――地を蹴った。
「風よ、踊れ――《エア・ダンス》!」
「――《ヒステリック・ラン》!」
 片や風を纏い、片や己の四肢で。
 翅持つ者達すら追いつけぬ速さで、彼らは走り出す。
 駆けて、駆けて、殺気に満ちた羽音を置き去りにして――ようやっと二人が足を止めたのは、巨大な岩壁に塞がれた行き止まりだった。
「……道、間違えちまったか?」
「でも、撒けたみたいね」
 互いに大きく息をついて、口々に言ったその時、
「ああ……ここは安全だよ。安心するといい、子ども達」
 穏やかな第三の声が、響いた。
 低い、地の底から響くような声なのに、不思議と不気味さはない。あるのは、ただ安堵を与えてくれる、落ち着いた響き。
 名乗られたわけでもないのに、この声が誰のものなのか、柊は“知っていた”。
 昨日、あの悪徳商人と共に街道に来る前、『前金』と称して押し付けられた車輪を手にした時――聞こえた声、見えた姿。

『おいで、夢から生まれた現の子――』
 ───荒涼とした道の先にある、巨大な岩の顔。

「よく来てくれた、子ども達」
 道を塞ぐ岩壁――否、岩に刻まれた巨大な顔。その名の通りの姿を持つ賢人、“大地の顔”は、騒がしい闖入者達に、どこまでも穏やかにそう告げた。

  ◇ ◆ ◇

「さあ、もっと近くへ……」
 あまりのことに呆然となる柊達に、賢人・ガイアはそう呼びかける。
 思わず顔を見合わせてから、二人はその顔へと歩を進めた。
 顔が刻まれた岩壁の真下ほどに来て歩を止めると、足元の岩が、二人を乗せたまま緩やかに持ち上がっていく。よく見ると、その岩は五指を持つ彼の“手”のようだった。
 彼は自身の視線の高さまで二人を持ち上げると、そこで手を止め、口を開いた。
「こんにちは。私にわかることなら、なんでも答えよう」
 彫りの深い顔の中、深い色の眼差しが静かに二人に向けられる。
 柊はダナエを見遣った。彼女は乱れる心を整えるように深呼吸していたが、柊の視線に気づくと、小さく頷いてガイアの巨(おお)きな瞳を見返す。
「……私の友達が悪魔の呪いを受けて、命を落としかけています」
 思いつめた声で語るダナエの言葉。思った以上に深刻な事情に、柊は思わず息を呑んだ。
「助けてあげたいの。私はどうしたらいい?」
 縋るような彼女を、賢人は静かな眼差しで見つめ、告げた。
「その友達が望むことをしてあげればいい」
 その答えに、柊は思わず眉を寄せる。それが彼女の望むような答えでないことは、柊にも明白だった。
 案の定、ダナエは大きく頭を振る。
「いいえ、彼女は私に何かを求めたりしないの。彼女はそれを運命として受け入れる気なの」
「ならば、それを受け入れなさい」
 ガイアの言葉に、ダナエが絶句した。柊も思わず息を呑む。
 まるで、その言葉は――その友達のことはもう諦めろ、と言っているように聞こえた。
 言葉を失くす彼女に、ガイアは、どこまでも優しい眼差しのまま、静かに言葉を続ける。
「あなたは、その人の言葉を理解しましたか?」
 ただ答えるだけだった賢人が、初めて発した問い。それは、とても大切な――その友達を“助ける”ために、とても大切なことなのだと、柊には感じられた。
 けれど、ダナエはその言葉を拒絶するように、叫ぶ。
「理解なんてできない!」
 強く、強く、頭を振る。悲鳴のように、怒号のように、彼女は言葉を吐き出した。
「諦めるなんて弱い心から生まれてくるものだわ! 彼女は私よりずっと強い心を持っていたのよ! 悪魔が彼女を変えたの! 私は彼女を元に戻したいの!」
 そう、叫ぶだけ叫んで、最後に、嗚咽を堪えるような声が、漏れる。
「今の彼女は、もう今までの彼女とは違うの……」
 悲壮な気配を漂わせる彼女を、賢人はただ静かに見つめた。その様に、柊は眉をひそめる。
 強い違和感。宿で、ダナエと“魂”について話した時と同種の、しかしそれより明確な違和感を、柊は二者の会話に感じていた。
(会話が、噛み合ってねぇ?)
 お互いに、同じことについて語っているはずなのに、致命的なズレがある。そんな気がした。
「人は自分で自分を決める力を持っている。あなたはそれを知るべきだ」
 賢人が、静かに告げた。諭す風でもなく、ただ、当たり前のことを語る調子で。
「その人はあなたに色んなことを教えようとしている。それに耳を傾けなさい」
 ダナエは一瞬、その言葉に抗弁するように口を開きかけ――
「…………ありがとう……少し、冷静になってみます」
 結局、吐息に乗せるように、そう告げた。
 ガイアはその言葉に頷くように目を伏せ、次に、柊にその眼差しを向ける。
「遠いところからよく来てくれたね。私でよければ力になろう」
 その言葉に柊は一瞬眉を寄せ――次いで、その意味に気づき、息を呑んだ。
 遠い、というならあの丘の家より、ガトという町の方が、ここから遠いはずだ。けれど賢人はこの言葉を、ダナエではなく柊にかけた。
 『彼はこの世界の大地そのもの』――そう、ダナエは言っていた。ならば、彼にとってこの世界の大地の上であるならば、例えどこでも“遠い”という感覚にはならないのではないか。
 ならば、彼が言った『遠いところ』とは、この世界の大地以外の場所。
(……俺が異世界から来たことを、知ってるってことなのか)
 だとするなら、彼はただ喋るだけの岩などではなく、本当にこの世界中の知識に通じる賢人なのかもしれない。柊の求めることの答えも、知っているのかもしれない。
(けど――)
 柊は、隣で項垂れるダナエを見遣る。こんな消沈した彼女を放ったまま横でだらだらと話すのは、余りにも無神経な気がした。
「……出直すよ。近いうちにまた来る」
 結局、逡巡の後にそう告げれば、賢人はその答えを予想していたように、その瞳を和ませた。
「また、いつでもおいで。子ども達」
 穏やかにそう告げると、持ち上げていた“手”を緩やかに地へと下ろした。
 項垂れるダナエの背を緩く押すようにして立ち去ろうとした柊に、賢人が思い出したように告げた。
「そうそう。私の友人が、あなたの住む家の庭で眠っている。あなたの家族の演奏が目覚ましになるだろう。きっと、あなたたちの力になってくれる」
「よくわかんねぇが……覚えとく」
 柊の答えに満足したように、賢人はその重い岩の瞼を、緩やかに伏せた。
 眠るように沈黙した“大地の顔”に背を向け、二人は来た時とは打って変わって緩い足取りでその場を後にした。

  ◇ ◆ ◇

 間が開いたからなのか、既に“虫”達の姿は辺りになかった。
 静かな街道を、ただ無言で歩む。枯れ草を揺らす風だけが、重い空気を揺らすように吹き抜け――
「……ありがとう、付き合ってくれて」
 そう、沈黙を破ったのは、ダナエだった。
「あなたのおかげで、賢人の話を聞けたわ」
「いや……」
 どう答えていいのかわからず、歯切れの悪い呟きが柊の口から漏れた。
 あの賢人の答えは、少なくともダナエが求めていたものではなかっただろう。むしろ、柊のしたことは、彼女の希望を絶ってしまったのかもしれない。
「確かに、彼の言葉は私の望むものじゃなかったけど……けど、考えるきっかけにはなったわ。やっぱり、来て良かったと思う」
 柊の思いを読んだようにそう言い、はにかむように彼女は笑った。その瞳は揺れていたが、少なくとも陰りは薄れていた。
「これ……役に立つかわからないけど、受け取って」
 お礼に、とダナエが差し出したのは、小さな指輪だった。
 石が埋め込まれているでもなく、ただ木の輪に模様を刻んだだけの質素なもの。華美さはないが、素朴で暖かみのある意匠だった。輪は小さく、柊では小指でも入りそうにない。どうやら、子供用のようだった。
「例の友達が……小さい頃に、くれたものなの。お守りに、って」
「いや、そんな大事なもの……」
 受け取れねぇよ、と言いかけた柊の手に、彼女は指輪を握りこませた。
「いいの。あなたが持っていて。貰えないというなら、預かってくれるのでもいい。……私は一度、過去から離れるべきだわ」
 言って、彼女は柊に聞かせる風でもなく、言葉を紡ぐ。
「小さい頃からずっと一緒にいた。だから、彼女のことは誰よりわかってる気になってた。過去に捕らわれ、今の彼女の言葉を、ちゃんと聞いてなかった……」
 きっとガイアはそう言いたかったのよ、と彼女は自嘲するように笑って、言った。

「幼馴染だからって、何でもわかるわけじゃないのにね」

 その言葉に――柊の中で、何かが強く揺さぶられた気がした。

「私は、ここから直接ガトに帰るわ。いつかガトに来ることがあったら、寺院を訪ねてきて。僧兵のダナエといえば通じるから」
 子供達にもよろしくね、と笑って、柊の様子に気づいた風もなく、ダナエは分かれ道の一方へと去っていった。
 残された柊は、ただ風に髪を弄(なぶ)られるまま立ち尽くす。

(……“幼馴染”……?)

 何故、この言葉に、ここまで心揺さぶられる。自分には、そんな風に呼べる相手はいないはずなのに。――いや、違う。

(本当は、いた――)

 いたはずなのだ。曖昧になって、思い出せなくなってしまっただけ。でなければどうして、こんなにも記憶に穴がある?

 幼い頃、毎日のように一緒に遊んだ相手は、
 曇った顔を晴らしたくて、なけなしの貯金でサンタのケーキを買って渡した相手は、
 ことあるごとに、秘密を盾に自分を脅したりからかったりしてきた相手は、
 世界のために抹殺しろといわれ、その命令を無視してまで守った最初の相手は、
 唐突に現れた異界の騎士と剣を合わせ、初めて異界に赴くきっかけになったのは、

(誰、だった――?)

 唐突に――鮮明なイメージが脳裏に駆け抜ける。

 渦巻く光の中。白い小袖の袖、赤い袴の裾、長い黒髪を激しく弄られながら、必死にこちらに手を伸ばす娘。
 彼女だけでも助けなければ――その思いで、こちらからも必死に手を伸ばす。
『――柊!』
 己を呼ぶ声に、叫び返す。
『――くれは!』
 けれど、互いの手は届かないまま、光に呑まれた――

「――くれは……」
 記憶のノイズに掻き消されていた名が、柊の唇から零れ落ちた。
 思い出した。くれは――赤羽くれは。“星の巫女”と呼ばれ、命を狙われたり、攫われたりと忙しかった柊の幼馴染。
 任務の帰りに顔を合わせて、買い物に付き合わされて――共に侵魔に遭遇した。そして、侵魔の魔法陣の暴走に、一緒に巻き込まれたのだ。
 それから――次に気づいた時、柊はあの闇にいて、あの少年に助けられたのだ。
 けれど――
「――くれは、は……!?」
 気づいた瞬間、ぞっと背が冷えた。もし、彼女もあの闇の中に落ちていたなら。そして、今もあの中に取り残されているなら――あの、全てを溶かすあの闇の中に。
 柊がどれだけの間あそこにいたかはわからないが、あの時少年に助けられた柊ですらこれほど記憶に影響を受けたのだ。もう既に柊がこちらに来てから六日が経っている。その間、くれはがずっとあの闇の中にいたとしたら――
「……冗談じゃねぇ!」
 脳裏に浮かんだ、最悪の想像を振り払う。そうして、風切る勢いで踵を返し、駆け出した。
 “この世界”の全てを知るという、賢人の元へと。

  ◇ ◆ ◇

「――ガイアッ!」
 怒鳴るように名を呼ばれて叩き起こされても、賢人はひたすらに穏やかだった。
「……ああ、また来たね」
 重そうな瞼を開き、柊の乗った“手”を持ち上げて、息を荒げる柊を視線の高さまで持ち上げる。
「くれはは、どこにいる!?」
 柊の出し抜けの問いに、ガイアは驚くでも動じるでもなく、静かに問い返した。
「くれは。あなたと同じところから来た巫女のお嬢さんかな?」
 その言葉に、柊は息を呑む。やはり、くれはもこの世界に来ているのだ。
「そう、そうだ! あいつは無事なのか!?」
「無事だよ。生きているし、怪我もしていない。魂も、あなたが知る彼女のままだろう」
 その答えに、柊は深く安堵の息を吐いた。口調を落ち着けて、改めて最初の問いを繰り返す。
「どこにいるんだ?」
「遠いところだ。けれど、とても近いところともいえる」
 なぞなぞのような答えに、柊は思わず眉をしかめた。
「いや……そういう抽象的な返事じゃなくて、もうちょっと具体的に……」
 言外にわかりにくいと文句を言った柊に、気分を害した風でもなく、ガイアは言葉を紡ぐ。
「人の大地と妖精の世界、そして聖域が重なった場所。巫女が眠り、聖剣を待つ、時の狭間」
 新たに告げられた言葉は、確かに先程より具体性を帯びていたが、やはり、柊にはどこだかわからない。とりあえず、普通に歩いていけるような場所ではなさそうだが。
 聖剣やら、聖域やら、意味深な単語が盛り沢山だが、とりあえず今の柊にとってその辺はどうでもいい。
「……そこに行くには、どうしたらいい?」
「そこは巫女の場所だ。あなたは巫女ではないから、そこに行く意味がない」
「いやまあ、確かに行くのが目的じゃねぇけど……じゃあ、その時の狭間とやらから巫女が出てくる時はどうすんだ」
「巫女は聖剣の主によって、時の狭間から呼び出される」
 聖剣――再び出てきたその単語。今度は関係ないと切って捨てるわけにはいかない。
「その聖剣ってのは何なんだ?」
「聖剣は聖域への鍵。聖域の護り。主を選び、巫女を時の狭間から呼び招く」
 ガイアの言葉に、柊は眉をひそめる。
「つまり、その聖剣とやらが、くれはを巫女に選んだのか? それで、くれははその時の狭間とやらに送られちまったと?」
 ガイアは深い眼差しを柊に向けて、答える。
「少し違う。巫女は本来、あらかじめ時の狭間にいるものだ。けれど今回の聖剣の主は、くれはを己の巫女とする運命(さだめ)を持っていた。だから、聖剣が主を定めた時に、くれはは巫女として時の狭間に迎えられ、狭間の闇に呑まれずに済んだ」
 その答えの意味を、柊はしばし吟味する。くれはを巫女とする運命(さだめ)を持つ者――そんな人間がこの異世界にいるのか。いや、心当たりが、一人。
「その……聖剣の主って……今、どこに……?」
「今、私の目の前にいるよ、“巫女の守護騎士”」
 半ば予想していた返答に、しかし柊は思わず叫んでいた。
「待て! 俺、聖剣なんてもん持ってねぇぞ!?」
 柊が持っているのは“神殺し”と呼ばれる魔剣である。柊にとってはかけがえのない半身だとしても、これは到底、聖剣とはいえない代物だろう。
「聖剣は時が来るまで目に見えるものではない。あなたは確かに前の聖剣の主から想いを託され、その胸のうちに聖剣と成るものを宿している」
 ガイアの返答に、柊ははっと息を呑む。前の聖剣の主――それは、もしや、
「ユウ……か?」
「そう。彼の優しさは聖剣に相応しかった。けれど、彼は聖剣を成す直前に阻まれた。あの、遠き地から来た闇によって」
 遠き地から来た闇――それは、もしや、
「侵魔……グロリア」
「あなたたちはあの闇をそう呼ぶのだね。あなたとあなたの巫女がここに来るきっかけとなったあの闇が、ユウの為(な)そうとしたことを阻んだ。ユウは、己ではあの闇に抗うことができないと知って、あなたに望みを託した」
 くぐもった声が、柊の食いしばった歯の間から漏れた。あの侵魔のせいで、ユウは自身のやりたいことをやり遂げられなかった。みすみす自分が、あの侵魔に魔法陣を使うことを許さなければ――
「望み……ユウができなかったことってなんなんだ。あいつは、俺に何を託したんだ」
 悔悟から来る贖罪にも似た思いでそう問えば、賢人はどこまでも穏やかな声で答える。
「あなたにしかできないことを。あなたは、ただあなたであればいい。そうすれば、あなたはいずれ、彼の為したかったことを為すだろう。だからこそ、彼はあなたに託した」
 だから、気負うことはない。彼の代わりになろうなどと思ってはいけない――そう言われた気がして、柊は、知らず肩にこめていた力を抜いた。
「そうだな……じゃあ、俺は俺がやれること、やるべきことをするだけだ。……そのユウの邪魔したヤツは今どこにいるんだ」
 ウィザードである柊がやれること、やるべきこと。即ち世界に危機を齎す魔性を倒すことだ。それでなくとも、みすみすあの侵魔がこの世界に来ることを許してしまった以上、放置するのはあまりに無責任だ。
「あなた達が侵魔と呼ぶ存在は、今、聖域にいる」
「聖域って……やばくねぇか!?」
 ガイアの答えに、柊は背を粟立てる。名前からして神聖で重要そうな場所が侵魔に侵されたりしたら、まずいのではないか。
「聖域は今、完全に閉ざされ、時を止めている。そこでは何の変化も起きない。進化も退化も、悪化も好転もない」
「……今のとこ、とりあえずは、大きな悪影響はねぇってとこか……」
 とりあえず安堵するものの、だからといって、災厄の種以外の何でもない存在を、不発弾よろしく放置するわけにもいかない。
「……聖域には、どうやっていくんだ?」
「いつかあなたの中の聖剣が形を成した時、聖域への扉は開かれるだろう。あなたがあなたである限り、遠からずその日は来る。だからこそ、あなたに聖剣が託された」
 慌てる必要はない、時を待ちなさい、とガイアは言った。しかし生憎、ただ待つのは柊の性に合わない。そもそも不発弾がいつ暴発するかもわからないのだ。
「聖剣が形を成すって……条件とかないのかよ? そのために、なんかできることは?」
「条件は、あなたがあなたであること。あなたにできることは、数多の出会いの中で、あなたが為したいと思ったことを為し、為すべきだと思ったことを為すこと。そうすれば、いずれ時は来る」
 急く柊の言葉に、ガイアは同じ答えを繰り返した。逆に言えば、それ以外に特にやれることはない、ということなのだろう。
「なら……ユウを元に戻す方法は?」
 ならば、せめて彼を元に戻すために何かできないか。そう思っての問いに、ガイアは珍しく言い淀んだ。
「……今、ユウに何が起きているのか、私にもわからない。この世界の永い記憶の中にも、こんなことは一度もなかった」
 その言葉に、柊は思い出す。――前例がない、彼はそう言って柊を止めたのだ。
「じゃあ、元に戻る方法は……」
「私にはわからない。それでも、彼はいつか元の姿に戻るだろう」
「……原因も方法もわからないのに、何でそう言い切れるんだ?」
 楽観的、とも言えるガイアの言葉に、柊は思わず眉を寄せた。
 賢人は、その瞳にどこか優しげな色を宿して、答える。
「あなたが彼を元に戻そうと考えているからだ。考えることと為すことを、多くの人の子は隔ててしまっているが、本来この二つは同じことだ。あなたがそれを考える限り、あなたはそれを為すだろう」
「……なんか、『信じて行動すりゃいつか叶うから頑張れ』って言われてるようにしか思えねぇんだけど……」
「あなたがそう受け取るなら、そうなのだろう」
 ありがたみもなく言い換える柊に、はぐらかす風でもなくガイアはそう答えた。
「……じゃ、俺やくれはが元の世界に戻る方法は?」
「それも、私の知識の及ぶ限りではない。それでも、あなたがそれを考える限り、あなたはいつかそれを為す」
 駄目元の問いに返ってきたのは、ほぼ予想通りの答えだった。
「……頼りにならねぇなぁ……」
 思わずぼやく柊に、賢人は怒るでもなく、ただ穏やかに返す。
「答えを与えられても、それを為す意志がなければ何の意味もない。為す意志があるのなら、いつかはその答えに辿り着く。それはただ、順序の問題。本当は私の言葉など何の意味もないものだ。だから私は、私の知識と言葉が及ぶ限りで、全てを語る」
「……よくわかんねぇ……」
 思わず呻くように柊は言った。どうも、柊はガイアの言葉と相性が良くないらしい。不快ではないのだが、抽象的というか哲学的というか、どうにも理解できないのだ。
 そんな柊に、ガイアはどこまでも穏やかだった。
「理解できなくとも構わない。私の言葉に意味はないのだから。大切なのは、その言葉を聴いたあなたが考えること、思うこと。疑問を持ち、それについて考え、思いを馳せる。それは即ち何かを為すことだから」
 答えを与える、といいながら、その言葉に疑問を持て、という。やはりこの賢人の言葉は柊には理解できそうもなかった。
「構わない。それでいいのだよ、夢から生まれた現の子」
 思いが表情に出たのか、柊を見て、ガイアは穏やかに笑った。
「さあ、あなたの巫女を迎えに行ってあげるといい。あなたの家族が待つ町に、そのための“扉”はある」
 そう言って、柊の乗った“手”を下ろし、“大地の顔”はその瞼を閉じた。
 物言わぬ岩壁と化して眠りについた賢人を、柊はしばし見上げる。――“夢から生まれた現”。闇の中でユウが言い、闇から覚める間に見た夢での声が告げ、またこの賢人が口にした呼びかけ。あれは、どういう意味なのだろう。
(……どうせ、聞いてもよくわかんねぇ答えかも知れねぇしな)
 起こすのも悪いし、とさっき叩き起こしたことは棚に上げて呟き、柊はその場を後にした。

  ◇ ◆ ◇

 ガイアの言っていた“扉”は、ドミナの町で割とすぐに見つかった。以前、酒場で物知りだと聞いた神父を訪ねたら、あっさりと心当たりを語ってくれたのだ。
 バザールを抜けた先にある、小さな丘の上の教会に、彼はいた。
「ふぅむ。不思議な扉、というなら、おそらく商店街の空き家のドアのことではないですかな」
 ヌヴェル神父は、青から緑のグラデーションを描く羽根に全身を包んだ鳥人だった。羽根が美しい分、禿げ上がった頭部が目立つ。ある意味、いかにも聖職者、といった感じだ。その細い目は、常に瞑目しているようだった。
 彼は手にした聖書を閉じると、記憶を探るように首を傾けた。
「その扉に呼びかけると遠くの友達に会える、という伝承があります。まあ、他愛もない言い伝えの類ですな。それでも、それで実際に友達に出逢った、という子もおりましたが」
 それはユウのことだろう、と柊は確信した。細かい場所を紙に書いてもらう。
「あんがとな、神父さん」
「いえいえ、あなたに頼りにしてもらうのが、私のためにもなります。どうぞ、また何か訊きたいことがあれば、ご遠慮なく」
 そう笑って言って読書に戻る神父を残し、商店街に向かった。
 地図に示された家は、空き家とは思えないほど綺麗だった。古びてはいるが、痛んでいる様子もないし、蜘蛛の巣なども張られていない。
 通りかかった近所の人達に聞いてみると、特に誰が手入れしているわけでもないのに、時が止まったように変化がないのだという。そんな不可思議さから、誰も住もうとは思わず、変わらず空き家のままなのだと。
 その話を聞いて、柊は確信した。“この扉”だと。
 扉の前に立ち――ふと気がついて、こちらに来る少し前ほどからウィザードにも使えるようになった月匣を展開した。
 紅い月こそないものの、侵魔が生み出すものと同じように、現世から隔離する結界。
 夕刻とはいえ人通りもあるし、通りから丸見えの空き家に向かって声を張り上げるのは――なんというか、柊にとっても、町の人にとっても痛いだけだ。
 空き家の敷地だけが、小さな異界の中に隔離される。
 喧騒からも切り離され、痛いほどの沈黙が場を支配した。
「――くれは」
 沈黙を破って、扉に向かって呼びかける。反応はない。
「――くれは!」
 更に声を張り上げる。――何の気配もなかった家の中に、何か揺らぎが生まれた。
「――くれは!」
 もう一度。――揺らぎが、確かな形を成していく気配があった。
「――くれは!」
 こっちに来い! その思いを込めて張り上げた声に、明確な気配が生まれた。
 よく知る幼馴染の気配。確かに中にいるのに、何故だか動く様子がない。
「……だあ! なにやってんだ、あいつ!」
 ややあって、焦れた柊は、思わずドアノブに手をかけていた。
 瞬間――同時に、内側からも、扉が開く。
 内側と外側、それぞれの力は大したものではなかったが、同時に掛けられた二つの力は相乗効果を持って働いた。
 つまり――そのドアは、開けようとした当人達の予想外の勢いで開かれた。
「はわっ!?」
「どわッ!?」
 間の抜けた二つの声が響く。
 外開きのドアに半ば引き摺られるように飛び出した娘が、勢いよくドアの前にいた柊に激突。不意打ちだったことと、“引く”という動作で重心が後ろに傾いていたことで、柊は少女の身体を支えられずに数歩後ろにたたらを踏み、彼女ごと背中から引っくり返った。
「……ぐぅっ……」
「……な、なにが……って、はわーッ!?」
 苦しげな呻き声に、娘は自身が下敷きにしている青年に気づくと、飛び退くように彼から離れる。倒れたままの柊の横に膝を着いて、
「ひ、柊!? え、あれ!? 何がどうなって……!? っていうか、ここどこ!?」
 混乱した様子で辺りを見回す幼馴染の姿に、柊は思わず込み上げてくる笑いを抑えられなかった。それは、彼女が相変わらずで、全くの無事だったことに対する安堵の笑いだったのだが、当の彼女にそんなことがわかるはずもない。
「柊! なに笑ってんの!? なにがどうなってんのか説明しなさいよー!」
 なんか人狼っぽい人がたくさんだし!? というくれはの言葉に、柊も慌てて身体を起こし、辺りを見回す。
 通りかかったらしい人々が、ぽかんと柊達を見つめていた。どうやら引っくり返った拍子に月匣の範囲から出てしまったらしい。元々、目隠しの意味で張った月匣で、閉じ込めるような形にはしていなかったためだ。
 周りの方から見れば、柊達が降って湧いたように見えたことだろう。どう誤魔化そうか、と柊が必死に言い訳を考えていると、
「すっげぇ!」
 聞き覚えのある声が聞こえて、柊はそちらに視線を向けた。
「師匠! 今の転移魔法ですか!? そうでしょ!?」
 興奮した調子で叫び、駆け寄ってきたのはバドである。どうやら、彼も柊達が月匣から転げ出た瞬間を見ていたらしい。
「それどころじゃないでしょ、バド! 大丈夫ですか? 柊さん。それに、そっちのお姉さんは……?」
 バドの後ろ頭を叩(はた)いて言ったのはコロナだ。
「は、はわ? 師匠って……柊、この子達は? っていうか、ホントにどうなってるのー!?」
 くれはが、混乱ここに極まれり、といった様子で叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待て! お前ら落ち着け!」
 三者三様に騒ぎ立てるのに、柊が叫ぶものの、そんなことでこの場が収まるはずもない。
 結局、道行く人々の奇異の視線を受けながら、すっかり日が沈むまで、柊はその場で三人から質問攻めにあったのだった。



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