タカとカンガルーでタカンガルー便 ◆MiRaiTlHUI



 人間一人分という決して軽くはない“重り”を背負って居ながらも、アンクの後方を歩く桂木弥子は一言の弱音を漏らすことはなかった。明らかに進行速度はアンクよりも遅れてはいるが、それでも彼女は、アンクに手伝って欲しいとも、休憩をしようとも言い出さないのだ。
 アンクにとって、ZECT基地内での休憩の時点での桂木弥子の評価は、正直なところ「無駄にアイスを消費したがるだけの足手纏い」くらいでしかなかったし――いや、実際のところ今もそれにさしたる変化はないのだが、しかし彼女の心構えにはあの火野映司にも近い“おめでたさ”がある。
 アンクにはそれが理解出来ないし、共感も出来そうにない。だけれども、休憩も取らずに一生懸命に歩き続ける弥子を見ていると、不思議とそれを否定する気も起きなかった。

 少し前のアンクなら「そんな重いモンとっとと捨てろ!」などと言っていたのだろうが、火野映司というあまりにも特異過ぎる男と長い時間を共に過ごしたアンクは、世の中にはこういう人間もいるのだということを嫌になるほど思い知らされた。
 だから、この馬鹿女にはもう何を言っても無駄だということも分かっている。こいつは何を言った所で聞く耳など持たず、杏子が言っていた「最後に愛と勇気が勝つストーリー」とやらを本気で信じて、その為の努力を惜しもうとはしないのだろう。
 弥子にその努力をやめろというのは、雨に変わりゆく天気に対して「降るな、晴れろ!」と文句をつけることと同じくらい無意味で、そしてこの状況下で無意味だと分かっていることをする程アンクは暇な男ではない。無意味だからやらないだけだと、明らかに足手纏いの弥子を黙認している理由をこじつけて自分を納得させるのだ。
 そう考えると、どうしてさっき移動を始める前に弥子の行動に文句を付けなかったのか、どうにも釈然とせず苛立っていた自分の心理と行動もすとんと腑に落ちた気がして、少しは気分が晴れた、気がした。

 だがそうなると、今度は別の事柄に納得がいかず腹が立ってくる。
 当てもなく歩き続けるアンクと、それに黙って追随する足手纏いの弥子。……この状況を考えれば、何を言っても聞かないおめでたい頭の女など捨て置いて、とっとと自分だけで何処へなりと離脱してしまった方が、よっぽど時間を無駄にせずに済む。おまけにアンクにとっての頭痛のタネが一つ消えるのだから、それで万々歳の筈だ。
 だのにアンクは、それが出来る状況下にありながら、しようとはしなかった。どころか、ただ後ろをのろのろと歩くだけの少女が気になって仕方がなくて、度々振り返って弥子の追随を確認する始末。

(チッ、なんで俺がこんなガキのお守りを……ッ!)
 あまりにも釈然としない苛立ちを少しでも和らげようと、アンクはクーラーボックスからまた一本のアイスキャンディーを取り出して、それにかじりついた。そんな風にアイスを消費し続けるものだから、あれからまだ一時間も経った訳でもないというのに、アンクのアイスは減る一方。今ので残りの数はいよいよ十を切ったところだった。
 結論だけを言うと、アンクは結局、弥子が心配なのだ。
 心の何処かで、弱音を吐かずに頑張り続けている弥子に感嘆している自分がいる。彼女が弱音を吐かない限りは、一緒にいてやってもいいかもしれないと思ってしまっている自分がいる。もっとも、アンク自身はそんな事実は絶対に認めないのだろうが。

「チッ……」
 軽い舌打ちを鳴らしたアンクは、それ以上面倒なことを考えるのをやめて立ち止まった。
 追随していた弥子は、立ち止まったアンクの傍まで歩み寄ると、目の前にある“全焼した家屋”を眺め小さく驚きの声を上げた。
 ……別に弥子の為に休憩を挟んでやろうと立ち止まった訳ではない。ただ、明らかに何者かの手によって焼き払われた家屋がアンクの視界に入ったから、少しだけ様子を窺おうと立ち止まっただけだ。別に、疲れているであろう弥子に少しくらい休憩をさせてやってもいいかもしれないとかそんな考えは、全く、一切、これっぽっちもないのだと、そんな風に自分に言い聞かせておく。

「これ……火事でもあったのかな?」
「馬鹿が、ただの火事な訳あるか」
「じゃあ、誰かがやったってこと?」
「だろうなあ」
 アンクの首肯に、弥子は絶句で返す。
 こんな短いやりとりで、アンクはこの女が何を考えているのかを悟ってしまった。
 一体誰が、何の為にこんなことをしたのか……? いいや、そんなことじゃあない。一体誰が被害にあったのか、誰かがここで死んでしまったのではないか、そんなことを考えて、目の前で誰かが殺された訳でもないのに、優し過ぎるこの馬鹿女は一々絶句をしてみせたのだ。
 実際、此処で誰かが死んだのだろうということも、アンクはすぐにわかった。周囲の住宅街の風景を見るに、おそらくこの廃墟の本来の姿は一戸建ての木造建築。よっぽど爆発的な勢いで焼けたのだろう、既に家屋自体も家具も、木材が使われていた箇所は全て炭化して、黒っぽい煤に塗れた残骸しか残ってはいないが、それでも元々は人の形を成していたのであろう人骨が残骸に埋もれているのは、アンクの目にも理解出来た。
 ここは殺し合いの場だ。例えばアンクロストとのような火を使う参加者がいて、ここで戦闘が起こり、そしてこの家と共に焼け死んだのであろうことは容易に想像がついたし、アンクは一々そんなことで妙な感傷に浸ったりはしない。
 だが、それを一々弥子に見られて面倒臭い反応をされるのも厄介だと思ったアンクは――別に弥子の為に目の前からショッキングなそれを隠してやろうと思った訳では断じてない――適当に骨の周囲の木材を蹴飛ばして、傍目には見えないように人骨を覆い隠した。
 元よりアンクの素行が悪いことは知れているのだから、弥子も一々そんな“無意味な八つ当たり”を気にしようとはしなかった。その方が弥子にとっても幸いだったろう。

「……誰も怪我してなければいいけど」
「ああ、そうだな」
 全く感情のこもらない適当な首肯でアンクは弥子に答える。一番面倒臭くなく、尚且つ無難な返答がそれだった。
 そのまま手近な木材に腰掛けたアンクは、次のアイスを取り出してそれにかじりつく。それを受けて、何処か表情を曇らせたままその場にしゃがみ込んだ弥子に――ほんの気紛れのつもりで、アンクはアイスキャンディーを一本投げたてよこした。
 弥子の膝に当たって煤けた地面に落ちたアイスの袋を一瞥した弥子は、目を丸くして尋ねて来る。
「チッ……ただの気紛れだ、一々気にすんな」
「アンク……」
「何だ、食わないなら返せッ!」
「う、ううんっ、食べる! ありがとアンク!」

 黙って食えばいいんだよ、と心中で悪態を吐きながらも、アンクはこのあまりにも微妙な関係をいつまで続けるものかと思案する。何も今すぐに断ち切る気はないが、しかしだからといって、殺し合いが終わるまでこんな足手纏いを連れてずっと歩き回るのも、後々の事を考えるとリスクが大きい。正直言って、何の力も持たない弥子がここまで死なずに生き残れてきたこと自体が奇跡に近いのだ。
 まったく、真木の奴は一体どうしてこんな無力な人間まで殺し合いに巻き込んだのか……などと、そんなとりとめのないことを考えるアンクの思考を遮るように、弥子の「あれっ?」という疑問の声が、しんと静まり返った廃墟の静謐に響いた。
「……今度は何だ」
「そこに、メダルっぽいのがあるんだけど……」
「ッ、何だと!?」

 弥子の何気ない一言に、アンクは今まで考えていた思考を中断して、反射的に立ち上がる。グリードにとってメダルは己が身体そのものだ、反応しない訳がなかった。
 地に落ちたアイスを拾おうと身を屈めていた弥子は、そのままの姿勢で、崩れて折り重なるように積もった木材の下へと手を滑り込ませていた。それ程奥まった場所にあるわけでもなく、さして苦労もせずに弥子は二枚のコアメダルをその手に掴んみ、ほら、とアンクに見せた。

「お前、それッ!!」
 赤いタカが描かれた金の縁取りのコアメダル――見間違えよう筈もない、アンクの人格を形成する、タカメダルだった。
 さっきまでの冷静さも忘れて、アンクは弥子に掴みかからん程の勢いで迫ると、その手に握られたタカメダルともう一枚のメダルをひったくった。夢にまで見た、あれ程までに渇望したアンクの肉体を形成するコアメダルの一枚。それが今目の前にあるのだ、落ち着いていられる訳もない。
「ちょっと、それ私が見付けたんだよ!」
「これやるからちょっと黙ってろ!」

 そう言って、残り七本となってしまったアイスキャンディーの入ったクーラーボックスを乱暴に引っ掴んだアンクは、それを弥子の眼前へと半ば投げ捨てるように置いた。元よりコアメダルにさほど興味を持っていない弥子は、それで交渉成立でいいよと言わんばかりに目を輝かせてアイスに飛び付いた。これで小うるさい女を暫く黙らせられるなら、残り少なくなったアイスなど痛手でも何でもない。

(何でこんなとこに俺のコアが……いや、んなこたどうだっていい、とにかくこれは俺ンだ!)
 そう、この際何故ここにタカメダルが落ちていたのかなどどうだっていい。ここにメダルがあるのも、元の持ち主――さっきの人骨の人物だろうか――がここで焼き殺された際、他の支給品は全て焼けたが所持していたコアメダルだけは焼けずに取り残されたとか、そんなところだろう。仮にそうでなかったとしても、もうそういうことで何も問題はないのだからそういうことでいい。
 なら次に考えるべき事項は、タカメダルと一緒に落ちていたもう一枚のメダルだ。見た事もない茶色のメダルを、沈みゆく太陽に透かして眇める。絵柄はどうやらカンガルーのようだが……アンクの知る限り、カンガルーの力を持つグリードなどは存在しない。とすれば、考えられる理由は――

(真木か鴻上あたりが新たに作ったコアメダルか……?)

 それならば合点がいく。元々コアメダルは八百年も昔の技術で作れたものなのだから、現代の技術でコアメダルを研究している奴らが新たなコアメダルを絶対に作れないという道理は何処にもない。
 何にせよ、この場ではコアメダル一枚でセル五十枚分のエネルギーを得られる事は既にアンクとて知っているのだから、この発見を喜ばない訳はなかった。目の前でがつがつと残りのアイスを喰い漁る弥子すらも気にならない程の上機嫌でもって、アンクは二枚のコアメダルをグリードとしての自分の腕の中へと放り込んだ。
 ある意味では因縁めいたこのタカコアと、未知のコアを新たに取り込んだこと、それと元々使用している人間の身体の恩恵もあって、今ならば完全体にも近い姿への変身が可能なのではないかと、あの偽物のアンクよりもより完全な姿への化身が可能なのではないかと、アンクはそう推測する。
 次に出会った時には容赦はしない。この確実な力で以て、何としてでも残りの全てのコアメダルも取り戻してやる……と、アンクがそんな闘志を燃やすのは、弥子がおりしも最後の一本となったアイスキャンディーを食べ終えた頃だった。


【一日目-夕方(放送直前)】
【D-3/全焼した家屋跡地】

【アンク@仮面ライダーOOO】
【所属】赤・リーダー代理
【状態】健康、覚悟、仮面ライダーへの嫌悪感、自分のコアの確保及び強化による自信
【首輪】160枚:0枚
【コア】タカ(感情A)、タカ(十枚目)、クジャク×2、コンドル×2、カンガルー、カマキリ、ウナギ
    (この内ウナギ1枚、クジャク2枚、コンドル1枚が一定時間使用不可)
【装備】シュラウドマグナム+ボムメモリ@仮面ライダーW
    超振動光子剣クリュサオル@そらのおとしもの、イージス・エル@そらのおとしもの
【道具】基本支給品×5(その中から弁当二つなし)、ケータッチ@仮面ライダーディケイド
    大量の缶詰@現実、地の石@仮面ライダーディケイド、T2ジョーカーメモリ@仮面ライダーW、不明支給品1~2
【思考・状況】
基本:映司と決着を付ける。
 0.自分の不可解な感情に苛立ち。
 1.殺し合いについてはまだ保留。
 2.もう一人のアンクを探し出し、始末する。次は絶対に負けない。
 3.すぐに命を投げ出す「仮面ライダー」が不愉快。
【備考】
カザリ消滅後~映司との決闘からの参戦
※翔太郎とアストレアを殺害したのを映司と勘違いしています。
※コアメダルは全て取り込んでいます。


【桂木弥子@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】青
【状態】健康、精神的疲労(中)、深い悲しみ、自己嫌悪
【首輪】120枚:0枚
【装備】桂木弥子の携帯電話(あかねちゃん付き)@魔人探偵脳噛ネウロ、ソウルジェム(杏子)@魔法少女まどか☆マギカ、
【道具】基本支給品一式、魔界の瘴気の詰った瓶@魔人探偵脳噛ネウロ、衛宮切嗣の試薬@Fate/Zero、赤い箱(佐倉杏子
【思考・状況】
基本:殺し合いには乗らない。
 0.殺し合いは哀しいけど、アイスは美味しかった。
 1.美樹さやかに頼み込んで佐倉杏子を復活させる。
 2.他にも杏子さんを助ける手段があるなら探す。
 3.ネウロに会いたい。
 4.織斑一夏は危険人物。
【備考】
※第47話 神【かみ】終了直後からの参戦です。


【全体備考】
※アイスキャンディーは全て消費され、クーラーボックスがD-3の全焼した家屋跡地に放置されています。
※アイスキャンディーを一気に食べたことで食欲が満たされ、メダルが僅かに増加しました。
※この場所でカオス@そらのおとしものが放置した支給品は、コアメダル二枚を除いて全て焼失しました。
※タカコア(十枚目)は至郎田、カンガルーコアはカオスの支給品でした。



074:Ignorance is bliss.(知らぬが仏) 投下順 076:インキュベーター様が見てる
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063:大事な友達 アンク 090:取引をしよう
桂木弥子



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最終更新:2013年03月14日 20:48