Ignorance is bliss.(知らぬが仏) ◆z9JH9su20Q




「特に収穫はありませんでしたね」
 部屋を出た足音と同時に廊下に響いたバーナビー・ブルックスJr.の、わざわざ口に出す必要などないはずの事務的な確認に、裏に隠された冷たい批難の気配を感じ取った伊達明はつっと頬に冷や汗を一筋垂らせた。
「いやいやバーナビー、ないわけじゃないって。何もなかったってことがわかったじゃん」
「いや、これだけ粘ってそれだけしか得るものがなかったってことを言っているんでしょ……」
 そんな言い草に呆れたような感想を漏らした凰鈴音に、返す言葉を持てなかった伊達は力なく笑い返すしかなかった。
 今この時、伊達にとっても古巣とも言うべきドクター真木の研究室の前で、バーナビーから冷たい視線を向けられている理由は恐らく二つ。
 一つは伊達の提案で、この真木と関わる研究室を調べたが、何ら目ぼしい成果も得られなかったということ。それも日差しが朱色を孕むまでの時間を浪費しただけになった上、恐らくは伊達の態度にも問題があったのだろうと推察できる。
 今更言うまでもないが、伊達は極めて大雑把な性格である。戦闘で命を預けるバースですら、マニュアルも見ず実戦で運用法を覚えて行くような男だ。そんな彼が自身と直接の関わりの浅い資料を仔細に覚えているかというと、当然非常に無理があった。二人が何か目星を付けた物を伊達に尋ねても、それが例えば元々この部屋にあった物なのか、何よりバトルロワイアル解決に関して意味のある物であるのかどうかを判別するのに一々時間が掛かったわけである。
 一応、鈴音と約束した手前普段よりはずっと真面目に取り組んだ伊達であるが、二人がいつもの彼を知るわけもない以上、場合によっては不誠実な態度に見えた可能性すらあるだろう。
 しかし、二人とも真面目過ぎる節があるからこそ、空振りに終わったとはいえ内容自体は至極真っ当な伊達の提案その物をそこまで詰る気はないのだろう。鈴音に比べて心なし、と済ますには余りにバーナビーの方がつんけんした態度であることから、もう一つの理由の方が大きいのだろうなと伊達は見当つけていた。

(……そんなに嫌だったのかなぁ、ウサギちゃん扱い)
 建物の中で一旦腰を落ち着かせられるということで、三人はビルに入ってまず、最初にそれぞれの支給品を見せ合った――なお、ここでも伊達が説明を面倒臭がり、二人の年少者に多少なりとも苛立ちを覚えさせたことは蛇足かもしれない――際、バーナビーの支給品の中に可愛らしいウサミミカチューシャがあることに目敏く気づいた伊達は、場を解す意味合いを込めてバーナビーをバニーちゃん呼ばわり……したのだが。
『――やめてください!』
 アンクをアンコと呼んだ時の反発とも全く違う、そんな強い拒絶の籠った声を荒げられ、目論んだそれと異なり、鈴音と二人揃って呆気に取られてしまう結果となってしまった。
 バーナビーは無論、即謝罪してくれたわけだが……それからの彼の反応がやはり固く、冷たくなってしまったことは勘違いではないと、伊達も感じていた。
 ちょっとからかっただけで、とは言わない。十人十色とはよく言ったもので、価値観というものは人それぞれだ。ずかずかと他人のパーソナリティーに踏み込めば、待っているのは必ずしも歓迎ばかりでないことは伊達も理解しているつもりだ。バーナビーにそんな反応をさせた事情を伊達は知らないが、彼が自身の全てを、出会って間もない他人に包み隠さず伝える義務などない以上、いくらしっくり来た渾名だなと思っていても、己の不躾さが悪かったと結論するしかなかった。
 それでも本来なら、相違が問題であるのに一方的に自分ばかりが折れて変化するのも不公平であると考え、価値観が違おうとも焦らず時間を掛けて関係修繕を行えるのが大人という生き物だと伊達は思っているわけだが……残念ながら今は、そんなのんびりした付き合いをしている状況でもない。無用な不和を残さないように気を払って行かなければ、と考えているのだが。
(何が引っかかってんだろうねぇ……若者の考えがわからないって、俺も歳食っちゃったのかなぁ)
 後藤ちゃん達と仲良くしたのはつい最近なのになー、などと。バーナビーの態度の原因に結局思い至れず、後頭部にある手術跡の近くを掻くしか今伊達にできることはなかった。
「――これからどうします? ビルを出て、周辺の探索に切り換えますか?」
「……正直、メダルに余裕があったらあたしも、まずは皆を探して飛び回りたいんだけどね」
 バーナビーの提案にそう鈴音が答えつつ、ちらりと伊達の方を伺った拍子に目が合ったのに互いに気づいた。だがやはりお互い何も口にせず、伊達は今は傍観に徹し、鈴音は顔の向きを直してバーナビーとの会話を再開する。
「でも実際は……自分のせいだけど、余裕はないわ。だったら当てもなく徒歩でぶらつくぐらいなら、まだ……あんた達と一緒に、真木のとこに行く手掛かりを探したい。その手掛かりにあたし達の中で一番近いのは、今一回空振ったとしても伊達さんなのに変わりはないでしょ。あたしはまだ、判断はこの人に任せるわ」
 そんな返答にほんの少しだけ、バーナビーが眉間に皺を寄せたのを見ながらも。挽回の機会をくれた鈴音に内心感謝しながら、伊達は勢い良く頷いた。
「オーケイ! じゃあビルを出る前に、もう一箇所だけ覗いておきたいところがあるかな」
「……そうなると放送も近いですよ。大丈夫なんですか?」
「大丈夫! 今度はさっきほど時間掛からないし、掛けないから。これで何もなかったらこのビルのことも見限れるし、悪いけどもうちょっとだけ付き合ってくれよ、バニ……ッ」
 軽い口調で告げていたためか。まるで後藤のことを呼ぶ時のように、思わず口走りそうになったその愛称を、咄嗟に口の中で閉じ込めたが。
 バーナビーの顔つきがいよいよ険しくなり、その向こうで鈴音があーあとでも言いたげに額を押さえているのが、伊達にははっきりと見えていた。
「……じゃなくて、バーナビー」
「……はい」
 にこやかに言い直した呼びかけに、やはり固い調子で青年は応えた。
 それを見て、もう少し口の効き方に気をつけた方が良いな、と柄にもないことを伊達は思った。



      ○ ○ ○



 伊達が次の探索地として選んだのは、この鴻上ファウンデーションビルの会長室だった。
 鴻上光生というこの大企業の会長は、伊達が言うには相当の傑物であり、やり手であるそうだが……正直主催者である真木と直接関わった部屋で何の手掛かりも得られなかったのだから、こんなところで何か目ぼしい成果が得られるとバーナビーには思えなかった。
 しかしそんな彼の判断に、仕方ないから付き合ってやるか、という空気を纏わせながらも。明らかに純粋な期待も含んでいる鈴音の態度に、ざらついた感情を抱く己を自覚し、バーナビーは微かに慄然とする。
 バーナビーらヒーローが真木の非道を止められなかったばかりに、友人を喪い傷心した少女から多少なりとも険が失せ、そこに希望や笑顔などの本来あるべき物が戻りつつあるというのに。そんな喜ばしい事実に対し、明らかに『ズレた』感想を持つ自分に驚愕し、しかしその理由にまでは思い至れない。結局バーナビーは当惑を胸に秘めたまま、彼らの背に続くしかなかった。

 そうして会長室の探索が始まったが、元上司でありその能力を高く評価している相手であるにも関わらず、意外と言うべきか何なのか、伊達は鴻上に敬愛の念などまるで抱いてはいないようだった。元のまんまだ、などと呟いた会長室で、先の研究室の時と変わらぬ乱雑さのまま、まるで空き巣を働くかのように見境なく掘り返し、私物を放り投げて行く。
 先の再現でないのは、そこに鈴音やバーナビー自身が目にした何かを持って行き、一々作業を中断させ、そこで伊達の曖昧な記憶をはっきりさせるために時間を浪費することがない、ということだろう。単純に研究室よりも調べるべき物の量も少なく、先の反省からこの作業は伊達一人の方が良いと判断しての物だ。
 その間周囲の様でも見張っておこうと、バーナビーと鈴音はガラス張りの窓へと向かい、街の様子を見下ろしていた。これでビルに向かって来る参加者が居れば、ある程度は認識することができるだろう。仮に鈴音のISや、参加者にはいないがスカイハイのような何らかの飛行能力を持つ敵からの襲撃まで想定しても、警戒が疎かになってしまっている伊達の身の安全までしっかりと確保することは、決して難しくないはずだ。
 俯瞰する会場の景色は、南の空から地上を照らしていた太陽が、西の果てへ徐々にその姿を隠すのに合わせて暗色の配分が多くなって来たこともあり、身体能力強化系のNEXTであるバーナビーでも識別できるのは精々円形に切り取られたこの街の端程度までだった。地図によると、一エリアの大きさが約五キロメートル四方であるらしく、広大なその全てを監視することは最も立地条件に適したこのビルでも極めて困難のようだ。
 だが少なくとも、その目が届く範囲内で言えば、周辺には参加者やその痕跡などはまだ見受けられない。しかし時間が経つに伴い、他参加者との接触を求める者達が自然とこの中央に集まって来ると予想される以上、油断はできないとバーナビーは目を凝らし続ける。

「……ねえ」
 そんな風に取り留めのない思考を走らせながら地上の様子を監視し続けるバーナビーに、同じく眼下の光景に変化を求め視線を下げたままの鈴音が、突然声を掛けて来た。
「あんた、どうしてそんなにピリピリしてるの?」
 いきなりの直球だった。
 思わず全身が強張ったバーナビーだったが、鈴音が視線を上げて来る前に硬直を脱し、自然な間のうちに当たり障りのない返答を用意する。
「……別に。状況が状況ですので、そう思われてしまったのかもしれませんね」
 目を伏せながらも自信ありげな、いつものように余裕溢れる笑顔を作る。しかし内心では、こんな少女にも自らの妙な余裕のなさを見透かされているということに、少なからずバーナビーは動揺していた。
「それは……私もそうなんだけどさ。でも何か、あんたのは違わない?」
 痛いところを衝かれ、返答に困窮した時――万が一にも少女相手に語気を荒げるような――普段なら決してあり得ないが、妙に感傷的な今のバーナビーでは絶対と言い切れない事態にまで発展する前に、絶妙なタイミングで伊達が素っ頓狂な声を発した。
「おっ、何だこれ」
 その明らかに何かを見つけたという声に、弾かれたように二人は振り返った。「欲望」という文字の描かれた和額を剥がした伊達が、その裏に隠れていたと思しき黒い小型ケースを取り出し、開けようと格闘するのを見えた。それを受け鈴音と視線を交わした後、お先にどうぞ、とバーナビーは肩を竦めてみせた。軽い会釈と感謝の言葉の後に彼女は伊達の元へと駆け寄って行き、彼女が欠けた分も補わなければ、とバーナビーは監視を続行する。
「――コアメダル?」
「ああ。グリードの奴らを構成する元になっているもんで……えーっと……確か、首輪に入れるとセルメダル50枚分として使えるっていうあれだよ」
 思わぬ拾い物をした、ということが伝わって来る話し声にバーナビーも改めて振り返り、伊達が頷くのを見て彼らのところへと歩み寄る。
「よーしちょうど三枚あることだし、仲良く三人で分けるとするか!」
「待ちなさいって。これ何か手紙付いているじゃない」
 そういった鈴音が取り上げて見せたのは、随分と達筆な字で書かれた一通の封筒だった。
「『このメダルを見つけた者達へ』……って、思い切りなんかのメッセージじゃん。あんたよくこれ無視できるわね……」
「いやぁ、何かマニュアルとか手紙とか読むのって、面倒臭いじゃん……ってあれ、これ会長の字だ」
「――本当に?」
 伊達の気づきに鈴音の表情に真剣味が増し、バーナビーもハッとして伊達に尋ねる。
「どういうことですか? まさか鴻上会長も、真木と同じ……」
「いや、それはないよ」
 やや伸びた抑揚で、伊達が右掌を振って否定を表明する。
「ドクターは終わりとかに妙に拘ってるけど、会長の方は逆に、誕生って物に価値を見出しているんだよね。あの二人は似ているとこも結構あるんだけど、そういう根っこのとこが相容れてなくて、最後は決別しちまったからなぁ……」
 どこか惜しむように、伊達は目を細めながら言う。
「あの会長は何か新しいものを生み出す欲望に執心してるから、何でもかんでも歓迎して時々碌でもねぇことを考えたりもするけどよ。だからその欲望の元を絶っちまうような、徒に人間の命を奪う真似はしない。それだけは断言できる」
 そう強い口調で告げる伊達を見て、思わずバーナビーは言葉を漏らした。
「信頼……されているんですね」
「いんや、信頼はできないね。さっきも言ったけど、時たま碌でもねーことおっぱじめるからな、あのおっさん。ただ今回の件ではドクターと繋がってはねぇだろうなってだけだ」
「そう、ですか……」
 結局伊達が鴻上光生のことを、どう思っているのかは掴み切れないが……仮に彼の言葉が正しいとすれば。その意味するところに気づいたバーナビーは、緊張を禁じ得ない心地でその鴻上光生からのメッセージへ視線を走らせる。
「いえ、でも。そうだとしてもこれは……!」

「バトルロワイアルの外部からの……メッセージかもしれないってこと?」
 確かにそういった物を求めてはいたが。
 想定を遥かに超えた、ダイレクトに真木の計画の打破に迫れるかもしれない成果を手にした……かもしれないことに、鈴音とバーナビーは揃って息を呑んだ。
「――っと、じゃあまずはこれを読んでみるとしますか!」
 そうまた乱暴に手紙を開くのを見て、大事なそれが破けてしまうのではないかと気が気でないバーナビーは手を伸ばしそうになる。
 張りのある表情でメッセージと睨み合った伊達だったが、その目尻がだらしなく垂れ始めるのとほぼ時を同じくして、細い腕が彼の背を追い越して手紙を掴んだ。
「……あんた、こういうの読むの嫌なんでしょ。あたしが読んであげるから貸して」
「あれ、鈴ちゃん日本語読めるの?」
「そりゃああたし、日本の学校通っているのよ? それにその前にも何年も日本に居たし、楽勝よ楽勝」
「そっか、じゃあお願いするわ」
 そこで生じた――おそらくはこれが一度目ではない違和感を見破ることができず、妙な引っ掛かりを覚えるバーナビーの前で、すぅくっと伊達がその長身を立たせた。
 何をするのかと見守っていると、伊達は部屋の隅に備え付けられた室内灯の電源を押し、薄暗くなり始めていた部屋の中を白光に満ち溢れさせる。
「ちょ……何やってるの!」
 周辺に対して、ここに誰かがいるという事実を喧伝してしまうような行為を咎め、立ち上がる鈴音に対し、伊達は良いからとしか返さない。
「これからも使う目を労わっとかなきゃ。暗い所で文字読んでたら目に悪いっしょ?」
「いや、それはそうかもしれないけどさ……そうじゃなくて! こんな真似したら目立つに決まってるでしょ?」
「ダイジョーブダイジョーブ。まだ外は夕焼けだろ? それならこのぐらいの灯りは部屋を明るくしてくれても、外じゃお天道さんにゃ勝てずに消えるって」
 確かに伊達の言うことにも一理あるとは言える。鈴音は一度、まだ何か言おうとしたが、面倒だと思い直したのか口を噤み、改めて文面と向かい合った。
「えーっと……『このメダルを見つけた者達へ。過酷なバトルロワイアルの中、見事最初にここへ辿り着いたことを称賛しよう』……」
 実際には、予想に反してまだ中央区は比較的安全だが……そんな下りから始まった鴻上からのメッセージは、ここで伝えられることは多くないという前置きから始まっていた。
「『まず、私が何者であるかを伝えよう。この鴻上ファウンデーションの会長であり、またこのバトルロワイアルを実行させるための力を、真木清人に貸し与えてしまった者だ』……って思い切り眼鏡と関わってるじゃないこいつ!」
「いやいや鈴ちゃん、そりゃちょっとは関わりもないとこんな手紙なんか残せないって! 与えたー、じゃなくて与えてしまったー、だから明らかに不本意みたいだし! 先を読めば多分すぐわかるから、ほら」
 途端に頼りなくなった諸手を挙げた伊達の言葉に、軽い呆れと怒りを滲ませていた表情を真顔に戻しながら――いや、まだその残滓の浮かばせながらも、鈴音は音読を再開する。

 何でも、元々は鴻上が真木と共に『欲望』についての研究の一環として水面下で準備を進めていた計画が、いつの間にかこの狂気のゲームにすり替えられてしまっていたらしい。真木の持つ危険性を甘く見た結果、鴻上ファウンデーションはその設備や資金を、真木やその共謀者達にまんまと騙し取られた形となってしまったのだそうだ。
 それに気づいた鴻上は、間もなく自らが彼らによって拘束、最悪の場合殺害されることを想定し、責任の一端を担う者としてせめてもの贖いのため、真木らが様々なところから掻き集めていた品々の中でも、鴻上から見て最重要と言える代物の一つをこうして奪取し、会場へと『持ち去られる』だろう、鴻上ファウンデーションビルの中に隠しておいたのだそうだ。会長室に隠しておいたのは、このビル内には別にこれまで鴻上が隠し部屋として使用していた場所があり、そちらに向くだろう彼らの目を僅かでも欺ける可能性に賭けたためだという。
 真木の協力者達については、鴻上にもこの文を起こしている時点では全く把握し切れていないという。ただ、オーメダルという超常の代物を知る鴻上から見ても、途轍もない力を秘めている可能性が高いそうだ。
 というのも。彼らから齎された、鴻上すら知らなかったこの新たなコアメダルの存在があったからこそ、鴻上も真木の計画に応じる気になったからだ。
「……『このコアメダルで生まれるコンボは、限界を越えた力をオーズに与えるはずだ。その上で、紫のメダルなどの暴走の影響を受けないこのメダルをオーズの手に渡すことができれば、バトルロワイアルを止める大きな一歩となるだろう。これを見つけられた君達なら必ずできると、私は期待しているよ』……って、死ぬかもしれないって思ってる割に、妙に態度デカいわねこいつ」
「そういう人だからね」
 呆れたように半眼となった鈴音に、うんうんと伊達が頷く。
「……ああ、後は火野って人へのメッセージと、そうでない人に向けた伊達さんの言ったのと似た感じの、人の死や世界の終末は望まない、だから私に代わってドクターを止めてくれ、って話で、あたし達が探してるような情報はないみたいね」
 そう文面から顔を上げた鈴音は、そのまま伊達に確認を行った。
「火野さんって確か、伊達さんの知り合いで……オーズっていう戦士なんだったよね」
「ああ、そうだな……」
 彼にしては珍しく、何か思い詰めているような表情での頷きだった。
「どうしたんですか?」
「いや……何か妙なんだよね。火野の奴は紫のメダルをちゃんと扱えるようになったはずなのに、どうして今更、わざわざ暴走のことに触れたのかなって……」
 一人考え込む様子の伊達を見ているところに、視線を感じてバーナビーは顔を上げる。鈴音が真剣な、しかし踏ん切りのつかないような表情で訴えかけて来ていることを悟り、バーナビーは改めて伊達に声を掛けた。
「伊達さん、僕も妙だと思ったことがあるんですが」
 応じるように伊達がこちらを向いたのを見て、バーナビーは続ける。
「伊達さんが話してくれた真木の現状だと、鴻上会長の話と噛み合わないように思います」
 真木が鴻上ファウンデーションから離反して、それなりの時間を経たと伊達は言ったが。それからも健在だったはずの鴻上の手紙では、まるで真木が未だ表向きは彼の部下であるかのように書かれていた。
 同時にバーナビーは、伊達と二人だった頃に見つけた、類似した齟齬を思い出していた。
 自分と伊達とで噛み合わない、季節への認識――火野という人物の状態を含め、鴻上の手紙と共通しているのは、記憶の――もっと言えば、時間軸への認識のズレであった。
「……あたしもそう思ったわ」
 年上の男相手でも気後れしない彼女にしては珍しく、どこか躊躇いがちな様子で鈴音が口を開いた。
「だけどあたし、あんたが嘘吐いてるとも思えないの……だけど、それじゃこれってどういうことなんだろうって……わかんなくて……」
 あの強がりの鈴音が見せた――微かとはいえ、恐怖を孕んだ表情に、場の空気が淀み、重さを増したように感じられた。
「だって……おかしいじゃない。ISのことを知らないあんた達も。バーナビー達ヒーローのことを知らないあたしや伊達さんも。それに空だって……夏のはずなのに、もうこんなに暗いのよ……!?」
 季節の差異は単純に、半球が伊達や鈴音の居た日本という国とは違うからかもしれないが……とは、バーナビーも思わなかった。
 何故なら、この会場で見た、太陽の方角を覚えていたから。
 そして伊達の言葉から、彼と鈴音の暮らしている日本という国が、北半球にあることを思い出したからだ。

 ――昼間の太陽は、南の空にあった。

 日本で生きて来た二人が揃って認識していた季節は、しかし現実の空に裏切られていた。
 先の手紙の内容に対する疑問と言い――鈴音の語った数々の違和感は、結託することでいよいよその不気味さを増していた。
 それによって齎される感情に揺られてか、勝気な少女が、その華奢な体躯を微かながらも震わせていた。
「こんなの、絶対おかしい。あの眼鏡いったい何者なの? あたし達の敵は、箒を殺したあいつはっ! ……いったい、何なの……?」
 出会ってから初めて聞く、掠れた声で。理解の及ばぬ何かに対する恐怖を、諦めることをやめてしまったせいで逃げ場をなくし、向き合ってしまったがために心を蝕まれた鈴音が吐露する。
 だがそれは、バーナビーも同じ心情だった。ウロボロスも未だ全容の見えない恐るべき敵だったが、この殺し合いの主催者はさらにその上を行く。彼ら以前に、彼らによって命を握られた自分達が、これだけ友好的に交流し合っても、未だお互いの素性すらも正しく理解できていないのだから。
 自分達は、どこから、何によって。何をされ、どこに連れて来られているのか。そんな単純な事実が、何かの情報を得るごとに、逆に遠退いて行く足音が聞こえて来るのだ。
 単純な、死をチラつかされた恐怖心とはまた別――己の世界観を打ち砕いてしまうような、想像も及ばぬ者に対する畏怖を、ヒーローとして場数を踏んで来たバーナビーも感じているのだ。例えISという超兵器を手足のように操ることができようと。学び舎という、予定調和に満ちた一種の箱庭で生きて来た鈴音には、彼女自身の資質がどうであれ、この感情に立ち向かうための経験が絶対的に不足していた。
 放置しても、迂闊に触れても……下手をすれば即座に崩れてしまいそうな少女に、バーナビーは掛ける言葉を見つけられずにいた。

「ドクターは……可哀想な、俺の元ルームメイトだよ」

 重苦しい空気の中、ぽつりと漏らされたのは……鈴音に対する、伊達の答えだった。
「俺、こんな感じだけどあの人神経質でさ。結構向こうは迷惑してたみたいなんだよねぇ」
 それはそうだろうな、と。場にそぐわぬ笑顔で語る伊達の真意が読めず、同じく余りに場違いな感想をバーナビーは抱いてしまった。
「凄い天才なのに、いっつも持ってる人形がないと人とまともに向き合うこともできないような、怖がりな人だったよ」
「そういう……!」
 ことじゃない、と。続く言葉を発せない鈴音に、伊達は真摯な表情で、彼女の友の仇との思い出を語る。
「昔不幸なことがあったらしくて、何でもかんでも、終わらせちまうことに価値を見出しちゃって。その欲望のためにグリードなんかと手を組んだり……今じゃこんな、わけのわからないこともしているけど……」
 それでも、と。伊達は言葉を継ぐ。
「元を辿れば、凄い所もなっさけねー所もいっぱいある、俺のルームメイト……ただの人間だったんだよ」
 伊達は言い聞かせるように、鈴音にそう語り掛ける。
「今のドクターが、俺達の手の届かないところに行っちまったってのはそうかもしれない。でも元は同じなんだったら、俺達がドクターのいるところに辿り着けない道理はないさ。だからそんなビビんなくて良いぜ鈴ちゃん。ドクターのことをぶん殴るんだろ?」
「だっ、誰がビビってるですってぇ……!?」
 気持ちで負けてちゃ喧嘩にゃ勝てないぜ、と悪ガキのような笑みを浮かべた伊達に対し、鈴音はそう声を荒げる。
 その様子を見たバーナビーは、彼女がもう虚勢を張れるほどに気力を取り戻しているということに、気付かぬ内に微かな感嘆を漏らしていた。
 それでもまだどこか、先程の告白前に比べれば消沈した様子の鈴音に対し、伊達は朗らかに笑った。
「大丈夫だって。言ったろ……怖いなら、俺とバーナビーが一緒に戦ってやるって。それに鈴ちゃんには、他にも頼れる仲間がいるんだろ? グリードや協力者がいくら居たって、結局は独りぼっちなドクターになんか負けやしないって」
「仲間」という言葉を受け、鈴音はそれを小さく復唱した後、少しだけ俯いた。
 敵討ちを誓った、亡くした友のこともあるのだろう。しかし彼女の、眩いばかりの青春の日々を共に生きる友人達は、まだ大勢いる。
 彼ら彼女らがまだ共に居てくれるという、その事実だけでも鈴音はいくらか心救われたことだろう。そしてそんな彼らと生きる尊い日々を守るために、やはり彼女は立ち向かう必要があるのだ。主催者と言う強大な敵に。
 一人ではきっと敵わない。だが傍らに誰かいてくれれば、と……そんな希望もまた、胸の内に灯っただろうということが、バーナビーにも見て取れた。
「そう、ね……ありがと」
 そんな、伊達に礼を述べる鈴音を見た際に、自分の中に存在する感情が、本来あるべき一つだけではないということに気づき――またズレを認識したバーナビーは、それを必死に振り払った。

「……これからの、ことですが」
 外から挿し込む日差しはいよいよ弱まり、空は赤から暗灰色に模様替えしていた。当然、そのような変化が生じて然るべきところにまで、時計の針は進んでいた。
「放送までそう時間がありません。外も暗くなってきましたし、ここで一旦放送を待って、改めて情報を整理してから出発する……ということでよろしいでしょうか?」
「おう、じゃあそうしよっか!」
「あたしもそれで良いわ」
 頷く二人を見て、バーナビーはつい考えてしまう。
 この中で、最も頼りになるのは情報アドバンテージを除いても、伊達明という男だろうことは明白だ。果たして彼の持つバースの力とやらがどれほどのものなのかは、未だ直視していないバーナビーは把握していない。仮にそれがNEXTやISと同等以上の戦力でも、伊達自身はバーナビーと違い、鈴音の奇襲を躱せなかった、ということを考えると不安は残るが……仮にそういった能力で劣っているとしても、そんなことが問題にならないぐらい、伊達という男は大きな存在だった。
 どこまでも……どこまでも、本当によく似ている。彼に――ワイルドタイガーに。
 きっと虎鉄が居ればこうしていたのだろうと、バーナビー自身にも思いつかないのに、伊達はそれを見せられればそうとしか思えないような行動を起こし続けた。その結果鈴音との関係も軟化し、彼女の心にも余裕を与え。また鴻上からの手紙とコアメダルの発見という、最初の空振りを帳消しにするような大成果を挙げ。論理ではなく己の心に――言い方を変えれば、欲望に従った結果、最も好ましい終わり方を得続けるその姿が。
 バーナビーにつけた、その愛称まで――
(――何なんだ……っ!?)
 ただの感慨のはずなのに。虎鉄のように素晴らしく、また頼れる人物が居る。彼の協力を得られれば、虎鉄の願いの実現も、きっと遠くはないだろうと――そう結論したいだけなのに。
 どうして自分は、一々一々、伊達が何かを成す度に、それを喜ぶ心と同時に、強く否定したい気持ちに駆られているのか。どうして鈴音が彼に救われて、支えられ、立ち直って行く様を見るのが、彼女の信頼を伊達が勝ち得て行くことが、こんなにも受け入れ難いのか。
 鈴音の言う通り、自分はいったい何をこんなにピリピリしているのか。
 悩むバーナビーは、しかしそれ以上内面を深く解明することがどうしてもできなかった。むしろ無意識や深層心理とでも呼ぶべき、言語化できていない部分で既に把握しているからこそ、それを明確に意識することをバーナビーは避けているのかもしれなかった。
 結局、答えは出て来ないのだから。葛藤を抱えたままバーナビーは同行者に倣い、目前に迫る放送を待つことにした。

 そして、そんなことはありえないとわかってはいながらも。

 願わくは、一人の死者も出ていないことを――ただの倫理観に由る物だけでなく、真木に宣戦布告したワイルドタイガーの敗北を、晒されたくないがために。
 ただ祈ることと……同時に、静かに覚悟を固めることしか、バーナビーにできることはなかった。



      ○ ○ ○



「……未来のコアメダルは、君が見つけましたか」
 伊達明らが、鴻上会長からの贈り物を手にした頃。その事実を知る者が、彼らの他にも居た。
 それは当然、多くの不自由を架された参加者ではなく――会場の全てを逐一把握できる立場にある者、すなわち主催者の地位に立つ男だった。
「グリードや火野くん達の誰が最初に辿り着くか、とも思っていましたが……やはり君も抜け目がありませんね。伊達くん」
 だがそれも想定内、と。口には出さずとも、無感動な態度だけで腕に抱いた人形に表すかのように、感情なく真木清人は呟いた。
 このバトルロワイアルを開催するために利用した、真木自身とは異なる時間軸――否、異なる世界線の鴻上光生が、このバトルロワイアルの真相を知った時、その収束を願い、自身の居城に密かに細工を残していたことは――悲しいかな、しかし真木達も知っていたのだ。

 その上で、敢えて泳がせた。
 何故か。それは未来のコアメダルが持つ能力は、鴻上に説明した限りではないからだ。

 確かにあのコアメダルにより生み出されるコンボは、首輪によって促される暴走の危険もなく、オーズの限界を超越した能力を引き出す――それ単体では決定打とはならずとも、確かに殺し合いを破綻に傾ける一因足り得る要素になるだろう。
 それでも真木が見逃したのは、それが必ずしも終末への障害になるとは限らないからだ。
 オーズを始めとした反逆者による破綻という、醜い結末のためだけではなく――バトルロワイアルを美しく終わらせるためにも、未来のコアメダルの力は活用できるのだから。
 すなわち、真木の求める終末のため、甲斐甲斐しく働いてくれている存在――グリード達への支援にもなり得るとして、真木は鴻上の手が会場に加わることを黙認したのだ。

 ……しかしコアメダルである以上、未来のコアメダルがグリードに取り込まれる、さらには殺し合いに乗った参加者に他のメダル同様に利用される可能性があることなど、鴻上なら当然思い至っただろう。
 では、真木が彼に何を隠していたというのか。答えは簡単だ。

 真木がそれらのメダルに、細工をしているという事実を隠匿したのだ。

 細工したと言っても、オーズがそれを使う場合に支障が出るようにしたわけではない。というよりもそれは、未来で生み出されたそれに対し、技術的な問題でできなかった、というのが正しいか。手を加えた当時は、このように会場内にメッセージ付きで設置されるという事態を想定していなかったためという理由も、なきにしも非ずだが。
 細工をしたというのは、グリードがそれを取り込んだ場合の方だ。
 グリードが他に九枚以上のコアメダルと融合している場合には、コンボではない同色の一枚だけでも。あるいはオーズ同様、コンボを成立させる三種のコアを同時に取り込めば。
 オーズがそのコアで発現する、最強のコンボ形態――スーパータトバ同様の固有能力を、グリード達にも引き出すことができるようにしたのだ。
 この団体戦という形式を取ったバトルロワイアルにおいて、勝敗条件に関わるグリードは最重要ファクターと言って差し支えない。それ故彼らには最終的には倒されて貰わねば困るが、同時に余りに呆気なく倒されてしまっても困る。グリードと言う人外すら軽々と凌駕する戦力を持った参加者もいる以上、強化余地という保険があっても良いことだろう。元よりグリードらについては、既に多少ながら公平性を欠いた要素を与えているのだから構いはしまい。

 さて、肝心のコアメダルは、真木と同じ世界の出身者達、すなわちオーズやグリードにとって馴染み深い鴻上ファウンデーションビルに隠されている以上、彼らの内の誰かが手にする可能性が高い。後は本人達の選択や巡り合わせ次第だと思っていたが、実際にそれを発見したのはオーズでもグリードでもなく、しかしやはり真木と関わりの深い、伊達明とその同行者だったというわけだ。
 彼らは殺し合いを打破せんと目論んでおり、あのメダルを最も良く活かすことができるオーズとのコネクションも存在する。結局は鴻上の思惑通りとなり、真木達は自分で己の首を絞める結果となってしまったのだろうか?
 答えは――未だわからない、というのが正しいだろう。
 メダルを落としてしまったからと言って……どこまで転がって行くのかは、その運動が終わりを迎えるまで、誰にもわかりはしないのだから。
 何事もなくオーズの元に届くという確証は、未だどこにもないのだ。
「そういえば彼女も」
 それを現在進行形で認識しながら、思い出したかのように真木は抑揚のない声で呟いた。
「あのコアメダルの力を。使えるかもしれませんね」
 もっとも、そうなってはさすがにワンサイドゲームが過ぎるか……などと頭の中だけで呟きながら。
 人形から目を逸らした真木は、鴻上ファウンデーションビルへ肉薄する――死(オワリ)を与える天使を示す光点を、じっと凝視していた。



      ○ ○ ○



 夕闇が街を覆い、いよいよ天球の模様を夜空へ譲渡す準備に入った頃。
 カオスは会場の中央を目指し、ふらふらと彷徨っていた。
 そこを目指したのに、はっきりとした当てなどない。ただ何となく、仁美と共に歩いていた際に見えた大きな街の方が、皆がたくさん集まっていると思ったからだ。
 もしも少し彼女達の進行ルートが逸れて、反対方向の空美町の街並みに気づいていれば、カオスはそちらの方へ吸い寄せられていたかもしれないが……実際の彼女は、他の参加者を、そして誰より火野のおじさんを求めて、中心街に辿り着こうとしていた。
「…………いない」
 今また曲がり角を迎えた時、幾許か膨らんだ胸を弾ませながら足早にその向こうを覗き込んだが、結局そこには再会を熱望する男も、彼のための贄となるべき者達も、その影の一つも見当たらなかった。
 意に沿わぬ結果に気落ちして、次の一歩を踏み出した時――じゃりっという音と共に肌を噛まれたような感覚が生じ、カオスは思わず眉を潜めた。
「っ――たぁい……」
 先程からこれの繰り返しばかりで、彼女を突き動かし続けていた感情も、空回りの末に少しばかり萎んで来たのか。先程までは気にも留めなかった足裏の砂利が、酷く煩わしく思えて来た。
 カオスはこれまでもずっと裸足で過ごして来たのだから、こんなありふれた、些細な感触を今更忌避するなど、本当はおかしなことなのだが――足の裏を刺激する、かつては心地良く感じたこともあったはずのそれを覚えることを、カオスは蛇蝎の如く嫌悪していた。

 爪先や踵から体温を奪われて行くという事実その物に、仁美が履かせてくれたあのぶかぶかな靴は――もう、この世のどこにもないのだと、突き付けられているようで。

「女の子がはだしで歩くなんて、いけないんだよね……おねぇちゃん」
 微かに声を震わせながら、メダルが勿体ないと仕舞っていた翼を展開し、俯いたままでカオスはその両足を地から離す。
 火野に与える“愛”のため、誰かにあげるために集めた物を、自分の、しかも然程火急なわけでもないことのために使うのは、なかなかの抵抗があったが……これも仁美の教えを遵守するための、今は亡き彼女に捧げる愛だと思えば、我慢することができた。
 そう、耐えるしかないのだ。届くはずもないのに捧げるだのと、そんな欺瞞が必要なのだということに。その愛を届けるべき仁美は、もはやいないのだということに。カオスは今……独りぼっちなのだということに。
 こうして彼女に教えて貰ったことを実践して、忘れずにいることしかできないのだ。
 火野に焼かれていなくなってしまった仁美のように。彼女との想い出までも忘却の炎に奪われてしまわぬよう、記憶の中にあるそれだけでも守り通すことしか……今のカオスが、仁美のためにできることはなかった。
(痛い……)
 動力炉が、痛い。
 あんなに知りたかった、愛を実感できているというのに……それが嫌になるほど、辛い。
 一人は嫌だ。一人は寂しい。一人は心細い。
 一人では――愛は、苦しいだけだ。
 一人だけでは、愛の輪郭(カタチ)を見出せない。独りぼっちでは、それを確認することすらできはしない。ただただ仁美が、愛(あたたかさ)をくれた優しいおねぇちゃんがいなくなったという喪失感だけが、延々と大きくなり続けている。
 折角見つけた愛が。確かにこの手に掴んだはずの愛が。どんなに必死になっても、それを見ているのが一人である限り、隙間から零れ落ちて行くのを止められない。
 カオスには、それが耐えられなかった。
(だれか……だれか、だれかっ!)
 メダル消費を抑えるため、そして闇に紛れる眼下の人影を見落とさないための最低限の加減しながらも、カオスは出会いを求め飛翔する速度を上げ続ける。
 今はあの時“たまたま”見つけることができたおにいちゃんに、カオスは感謝していた。
 彼と出会えたおかげで、ほんの一時だけでも孤独を和らげることができたのだから。
 仁美から与えられ、井坂から学び、火野から教わったカオスの愛を、彼に実践することを通して確かめ感じることができていた間は、その余韻が冷めやらなかったうちは。素足の感触も、この胸の痛みも、無視することができていたのだから。
 愛を見失わないためには、その温かさを得るためには、それをやり取りする他者が必要なのだと――この短い一人歩きの間に、カオスは文字通り痛感した。
 だから誰かを見つけて、愛を与えなければ。そうして自分が仁美達から貰った愛の形を、確かめなければ。少しずつ、だが確実にメダル残量とともに小さくなって行くこの愛の炎を、また大きくしなければ。
 きっとこの胸は、押し潰されてしまう――!

「…………あ」

 日が沈み、暗闇の中に潜みつつある街並みの中。たまたま視界を上げたカオスの目についたのは、一つの小さな、しかしそれ故に目立つ確かな輝きだった。
 彼女が見つけたのは、寂寞とした無人の街にあって、闇が降りる中その存在を強調するかのように灯りを燈す大きなビルの一室だった。
 発見にカオスが口から小さな声が漏らした後、その口端が、まるで三日月の戯画のように吊り上がる。
「……見つけた」
 低速飛行のための、限定的な解放から――その能力を全開にするために、より大きく翼を拡げ、加速してビルに向かいながら、カオスはそう呟いた。
 灯が点いているのなら、そこには当然――それを必要とする、誰かがいるはずだ。
 カオスが熱望した、愛を交わすための誰かがいるはずなのだ。

 それを見つけられただけで、自然と胸の痛みは引いていた。
 ああ、これで確かめられる……仁美との触れ合いを通して理解した、温かくて痛い愛のカタチ。
 あそこにいるのがもしも火野のおじさんだったら、それはとっても嬉しいな、とも思うが……そうではない、どうでもいい誰かでも、今は惜しみなく愛をあげようと思う。
 痛くして、殺して、食べるのが愛なのだから……誰かを食べて糧にすれば、まるでセルメダルを奪って増やすように、愛は大きくなるのだから。
 そうして沢山食べて、沢山大きくなって、沢山強くなって……それから火野のおじさんを目一杯、心の底から満足するまで愛してあげることを夢想すれば、それも悪くはなかった。
 だから――

「――皆に、オワリ(愛)をあげるね」

 その宣告と共に、生まれ持ち、さらには奪い、挙句進化し続けて来た、その華奢な体躯に秘めた力を解放しながら――目を一杯に見開いたエンジェロイドは、その愛らしい唇に一層歪んだ弧を描いていた。



      ○ ○ ○



 ――原初の神の名を冠した、終焉を運ぶ天使が微笑んだ、まさにその時。

 会場の全域で、死者の名を告げるための最初の放送が、いよいよ開始されようとしていた――



【一日目-夕方】
【E-5/鴻上ファウンデーションビル 会長室】


【伊達明@仮面ライダーOOO】
【所属】緑
【状態】健康
【首輪】100枚:0枚
【コア】スーパータカ、スーパートラ、スーパーバッタ
【装備】バースドライバー(プロトタイプ)+バースバスター@仮面ライダーOOO、ミルク缶@仮面ライダーOOO、鴻上光生の手紙@オリジナル
【道具】基本支給品、ランダム支給品1~2
【思考・状況】
基本:殺し合いを止めて、ドクターも止めてやる。
  0:まずは放送を聞く。
  1:バーナビー達次第だけど、できれば会長の頼みを聞いて、火野でも探しますか。
  2:バーナビーと行動して、彼の戦う理由を見極める。
【備考】
※本編第46話終了後からの参戦です。
※TIGER&BUNNYの世界、インフィニット・ストラトスの世界からの参加者の情報を得ました。ただし別世界であるとは考えていません。
※ミルク缶の中身は不明です。


【バーナビー・ブルックスJr.@TIGER&BUNNY】
【所属】無
【状態】健康、伊達に対する複雑な感情
【首輪】100枚:0枚
【装備】バーナビー専用ヒーロースーツ@TIGER&BUNNY
【道具】基本支給品、篠ノ之束のウサミミカチューシャ@インフィニット・ストラトス、ランダム支給品0~2(確認済み)
【思考・状況】
基本:虎徹さんのパートナーとして、殺し合いを止める。
  0:放送を待って、今後の行動を決める。
  1:伊達、鈴音と共に行動する。
  2:伊達さんは、本当によく虎徹さんに似ている……。
【備考】
※本編最終話 ヒーロー引退後からの参戦です。
※仮面ライダーOOOの世界、インフィニット・ストラトスの世界からの参加者の情報を得ました。ただし別世界であるとは考えていません。
※時間軸のズレについて、その可能性を感じ取っています。


【凰鈴音@インフィニット・ストラトス】
【所属】緑
【状態】健康、
【首輪】50:0
【装備】IS学園制服、《甲龍》待機状態(ブレスレット)@インフィニット・ストラトス
【道具】基本支給品一式、不明支給品1~3
【思考・状況】
基本:真木清人をぶん殴ってやる。
  1:伊達とバーナビーについていく。
  2:男だけど、伊達はちょっとは信頼してやってもいいかもね。
  3:一夏や仲間達に会いたい。みんなで一緒に、箒の分も生きたい。
【備考】
※銀の福音戦後からの参戦です。
※仮面ライダーOOOの世界、TIGER&BUNNYの世界からの参加者の情報を得ました。ただし別世界であるとは考えていません。



【一日目-夕方(放送直前)】
【E-5/市街地】


【カオス@そらのおとしもの】
【所属】青
【状態】身体ダメージ(小)、精神ダメージ(大)、火野への憎しみ(極大)、成長中、服が殆ど焼けている(ほぼ全裸)、飛行中、攻撃体勢
【首輪】225枚:90枚
【装備】なし
【道具】志筑仁美の首輪
【思考・状況】
基本:痛くして、殺して、食べるのが愛!
 0.今はあそこ(鴻上ファウンデーションビル)にいる誰かに愛をあげる。
 1.火野映司葛西善二郎)に目一杯愛をあげる。
 2.その後、ほかのみんなにも沢山愛をあげる。
 3.おじさん(井坂)の「愛」は食べる事。
 4. 一人は辛いから、ビルに居る誰かを愛し終わったらすぐに他の人を探す。
【備考】
※参加時期は45話後です。
※制限の影響で「Pandora」の機能が通常より若干落ちています。
至郎田正影、左翔太郎、ウェザーメモリ、アストレアを吸収しました。
※ドーピングコンソメスープの影響で、身長が少しずつ伸びています。
 今後どんなペースで成長していくかは、後続の書き手さんにお任せします。
※ほぼ全裸に近いですが胸部分と股部分は装甲で隠れているので見えません。
※憎しみという感情を理解していません。



【篠ノ之束のウサミミカチューシャ@インフィニット・ストラトス】
 バーナビー・ブルックスJr.に支給。名前の通りウサミミカチューシャ。


【スーパータカメダル@仮面ライダーオーズ】
【スーパートラメダル@仮面ライダーオーズ】
【スーパーバッタメダル@仮面ライダーオーズ】

 三点とも鴻上ファウンデーションビル社長室に現地支給。
『仮面ライダー×仮面ライダー フォーゼ&オーズ MOVIE大戦MEGAMAX』で湊ミハルの手により齎された四十年後の未来で作られたコアメダルであり、従来のコアメダルを越える性能と安定性を持つ。またこの三枚を用いることで仮面ライダーオーズはスーパータトバコンボへと変身することができる。
 さらに本ロワ内では、以下のいずれかもしくは両方の条件を満たした場合、オーズではなくグリードが取り込んでも、そのコンボが発揮するのに近い力を使用できるように主催者側によって調整されている。なお、あくまでグリード化を果たした者にのみ該当する。

①取り込んだのがグリードに対応する色のコアであり、なおかつ他に九枚以上(種類問わず)のコアメダルを吸収している場合。
②スーパータトバコンボを成立させる三枚のコアメダルを取り込んだ場合。

 当然ながら、オーズやグリード以外の参加者にとっても、他のコアメダル同様に、セルメダル50枚分として使用することが可能である。ただし、元はグリード発生の余地のないコアメダルを開発する過程、もしくはその結果誕生したメダルであるため、参加者がこれらを取り込みグリード化できるのか、現時点では不明。


073:流浪の心 投下順 075:タカとカンガルーでタカンガルー便
073:流浪の心 時系列順 075:タカとカンガルーでタカンガルー便
041:QUESTION & HINT 伊達明 093:あいをあげる(前編)
バーナビー・ブルックスJr.
凰鈴音
065:愛憎!! カオス
 
056:戦いと思いと紫の暴走(前編) 真木清人 076:インキュベーター様が見てる



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最終更新:2014年11月26日 23:15