夕陽の赤い輝きを受けて、Xが作った箱はよりその赤みを増している。
これが
佐倉杏子の変わり果てた姿であると、
アンクら二人はすぐに察しがついた。
怪物強盗XIの話は弥子から聞いている。奴は中身を見ると称して、人を殺して箱に詰めるのだ。
それがZECT基地の周辺の道路にぽつんと放置されているのを見付けたのは弥子だった。
弥子はすぐに異様な存在感を放つその箱に駆けよって、目に涙を溜めて佇んでいた。
「こんなの、ひどいよ……私達のために戦ってくれたのに……」
「……あの馬鹿が勝手に自分の命を投げ出したんだろうが、自業自得ってヤツじゃないのか」
「ッ、そんな言い方ってないよ! 杏子さんのおかげで私達は助かったんだよ!?」
「チッ……」
弥子の反論に返す言葉はなく、アンクはただ舌を打った。
アンクが言った通り、佐倉杏子は勝手に命を投げ出した馬鹿だ。
それで一方的に救われたところで、救われた側には不快感しか残らない。
かといって、そんな杏子を必要以上に侮辱してやる趣味もない。
自分でもどうすれば釈然とするのかなどわからなかった。
「どいつもこいつも……!」
「アンク……」
忌々しげに吐き捨てるアンクを見た弥子は、それ以上アンクを責めようとはしなかった。
まさか、アンクのやりきれない内心を察して空気を読んでくれたとでもいうのだろうか。
それはそれで不快なことだが、このオメデタイ頭の女には何を言っても無駄なのだろう。
映司という一人の存在によって痛いほどそれを学んだアンクは、益々苛立ちを募らせる。
せめて杏子本人に文句をぶちまけられるなら、この苛立ちも幾らかはマシになるだろう。
が、杏子はもうアンクの言葉など届く筈もない遠いところへと旅立ってしまったのだ。
奴が生きていてもう一度会えたなら、その時は思い切り口汚く罵ってやるものを……。
「あれ、あかねちゃん? どうかしたの?」
そんな時、弥子のポケットから髪の毛が伸びた。
黒髪の三つ編み、その名を"あかねちゃん"というらしい。
あかねちゃんの事は聞いているが、何度見ても気持ちの悪い光景だった。
あかねちゃんは、弥子のポケットを指して何かを伝えようとしている。
「あれ……これって」
指し示されたポケットの中から取り出されたのは、赤い輝きを放つソウルジェム。
目の前で箱にされてしまった佐倉杏子の形見、彼女の生きた証。
それが、弥子の掌の中で煌々とした輝きを放っているのだ。
「えっ、ええっ!? なんでこんなに光って」
そしてアンクは見た。
「――オイッ!?」
赤い箱の中身が、僅かに、ほんの僅かに、蠢いた。
それに気付いた弥子は、箱とソウルジェムを何度も見比べただ戸惑うばかり。
杏子が残してくれた何らかの合図だろうか――否、違う。
アンクは思い出した。
魔法少女と云う存在の、その特性を。
ZECT基地の中で、アイスクリームを食べながら聞いた話を。
「そうだ……俺としたことが忘れてたが……
魔法少女は……ソウルジェムを砕かれない限り、死なない……ッ!」
そう、杏子本人がそう言っていたのではないか。
ソウルジェムとは、魔法少女の魂を凝縮して宝石にしたもの。
それが砕かれぬ限り、身体はどれだけ破壊されても魔力で修復が可能、だと。
「じゃあ……杏子さんは……杏子さんは、まだ生きてる!?」
嬉々とした弥子の声が続く。
身体が箱に詰められた今でも、杏子は生きているのだ。
弥子の言葉に応えるように、杏子のソウルジェムが明滅した。
まったく不可解な存在だが、どうやらグリードのメダルと似た様なものらしい。
アンクらとて、コアメダルを砕かれぬ限りは何度身体をバラされても復活出来るのだから。
自分達の前例があるからこそ、さして驚きはせずに、冷静さを保ったまま言った。
「だが、身体は原形を留めちゃいない。どうやって復活させるってんだ」
「杏子さんが言ってたじゃん……治癒の魔法を使える魔法少女がいる、って」
「……あぁ、そういやそんなことも言ってたか」
アンクも覚えている。
確か、杏子がこの場で最も気に掛けていた魔法少女。
名前は
美樹さやかといったか。
魔法少女には魔法少女、治癒能力を持った奴がいるならお誂え向きだ。
今まさに悩み迷っているという美樹さやかが協力してくれるかは甚だ疑問ではあるが。
しかし悪い奴ではないという話だし、弥子の言う通り復活の可能性は十分に残っている。
弥子は既に、杏子が詰められた箱を自分のデイバッグの中に押し込んでいる最中だった。
元が人間の大きさとはいえ、隙間なく凝縮されたその箱のサイズならデイバッグにも入る。
「お前、ソイツどうする気だ?」
「決まってるでしょ、美樹さやかさんを探して、杏子さんを治して貰うんだよ」
「そんな重たいモン持って動き回るつもりか?」
「それで大事な友達を助けられるなら、私はやるよ」
一切の迷いもなく告げられた言葉に、アンクはやれやれとばかりに嘆息した。
弥子は、短時間しか一緒に居なかった女のことを"大事な友達"とまで言いやがったのだ。
自業自得で箱に変えられた奴など放っておけばいいものを、と思わないでもないが。
しかし、杏子がまだ救えるかもしれないと知った時、アンクは内心でどう思った?
喜びはしないまでも、さっきまでの暗鬱な気持ちはやや晴れ、苛立ちも収まっている。
どうして自分が杏子の無事を知ってこんな気持ちにならねばならないのか。
不可解な自分の内面を考えると、今度は別の苛立ちが込み上げてくる。
「……チッ、そんなバカほっときゃいいものを」
「ほんとはそんなこと思ってない癖に」
「あ゙ぁ!?」
聞き捨てならない弥子の言葉に、アンクは表情を歪める。
少し前から感じていたが、この人を見透かしたような態度がどうにも気に食わないのだ。
「なんでもない」と、そう言って話を終わらせる弥子が腹立たしくて仕方がないのだ。
だけども、それで怒るのもまるで図星でも突かれたようで気に食わない。
アンクはもう、これ以上喋らないことにした。
「待っててね、杏子さん……今度は私が、絶対助けてみせるから!」
弥子は強い決意の宿った声で、背負った友達にそう言った。