絞【ちっそく】 ◆z9JH9su20Q
身体に入ったヒビが治らない。抜け落ちた色が戻らない。
治癒の失速(イビルストール)が発動できない。
泥の指輪(イビルディバーシー)で髪を束ねても――魔力(メダル)が、戻らない。
E-4にある小さな民家に入ってすぐのところで、壁に背中を預けて四肢を投げ出したまま休息をとるが、体力も魔力も一向に回復する気配がない。
滑稽なほど脆弱な現状に、しかし
脳噛ネウロは感心を覚えていた。
「我が輩をここまで縛るとは……やるではないか」
――やはり人間は、素敵だ。
掌をじっと見て、その干からびた末端がまた亀裂を走らせた様に、ネウロは逆に笑みを深めた。
元より瘴気の不足した人間の世界にあって、魔人が弱るのは自明の理であった。
海の中で虎が生きられないように、本来その世界にはない異物が歓迎されるはずはない。そんな当たり前の法則を、ネウロは強大な魔力で強引に捻じ曲げ生きて来た。
だがこの首輪は、そんなネウロの我が儘を許さない。
ネウロを会場に君臨する暴君ではなく、
ルールの奴隷として調教しようとしているのだ。
「面白い」
魔界の猛者共ですら叶わなかったことを、遥かに力の劣る人間が成そうとする。
その思い上がりと、思い上がらせるに足るだけの技術――すなわちその知恵が。
その知識を獲得させ、またこんな酔狂な催しを行わせるだけの悪意に満ちた欲望が。
きっとネウロも見たことがない、最上の謎を生み出してくれることだろう――!
「面白いぞ、人間よ……!」
主催者に劣るであろうXですら、ダイヤモンドのような意志を以て、ネウロをここまで追い詰めてみせた。
ならば真木清人は、あの冷徹な仮面の奥にどれほどの激情を秘めていようか!
「どうしたんだい?」
いつの間にか追いついていたのだろう。開いたままの扉から姿を見せたキュゥべえが、ネウロの独白に疑問を投げて来た。
「この首輪で我が輩の上に立った気でいる愚か者を、後で調教してやるのは実に楽しみだと思ってな」
「事実として、そのせいで手酷く追い詰められているようだけれど?」
「構わん。それだけこれは優秀な“謎”ということだ」
「なるほど。人間は時に、物事を客観的でない受け取り方をすることがあるけれど、魔人もそれは変わりがないようだね」
負け惜しみ、とでもキュゥべえは思っているのだろう。
確かに、ネウロにもまだ攻略の緒が見つかっていないというのは事実であるが、しかしそれだけだ。
ネウロはまだ生きているのだから。
生きている限りは、必ずそれを得る機会は巡って来る。そう確信していた。
そして、それだけではない。
Xとの戦闘で齎されたのは、消耗ばかりではなかったからだ。
「それに……この昂ぶりは、貴様の話を聞いたからでもある」
人類の進化の礎となったと自称する存在、インキュベーター。
その一個体との対話で内心に生まれた、ネウロにとって喜ばしい考え。それを確信させるに足る人間の可能性を、Xは確かに見せてくれたのだから。
「魔法少女のことかい?」
察しが良い。ネウロは小さく――最早、大仰な動きがするだけの体力がないだけであるが――頷き、しかし弱り果てようと変わらぬ喜悦の滲んだ声を上げる。
「貴様のやり口はともかくとしてだ。魔法少女の感情のエネルギーは、広大な宇宙の滅びをも回避させるほどの可能性があると、貴様が教えてくれた」
尾を揺らしながらも行儀正しくお座りしたキュゥべえの内心に構わず、ネウロは続けた。
「……思春期の少女が選ばれているのは、単に貴様らにとっての効率の問題だ。我が輩の好みには関係ない」
「何が言いたいんだい?」
「つまりは……希望の、絶望の。悪意の、欲望の。人間の感情に潜むエネルギーは、まさに無限の宇宙をも凌駕する力であると、我が輩は改めて確信できたのだ。
即ち我が輩の飢えを永久に満たす、究極の謎がこの世のどこかにあるとな」
これほど昂る理由が、他にあるだろうか。
そう言わんばかりにネウロは、崩れながらキュゥべえとの距離を詰めた。
「そして我が輩にここまでの不便を強いる悪意だぞ? これが究極の謎の候補でなければ何だと言う」
くくくと喉を鳴らして、ネウロはそれを戒める銀環を指差した。
「それが向こうから我が輩を招いてくれたのだ。これが笑わずにいられるか」
「僕には理解できないね」
尾を揺らしながらのキュゥべえの予想通りの返答に、しかしネウロは取り合わない。
ヤツに感情がないことは、ネウロとて先刻承知している。
それでも会話の形となったことで、予想通りネウロの感情の“わざとらしさ”をわずかながらも削いでくれた。
シックスとのドSサミットで痛感したことであるが、“謎”は天然物に限る。
これは感情に偽りの色が混じるのが、その素晴らしさをどれほど損なうことであるかを物語っていると、ネウロは判断している。
それはこの場での、欲望を満たすという感情でも同じことだろう。
――チリン、と。メダルの増える音がした。
(ふむ……やはりな)
この首輪か、あるいは会場か――ともかくバトルロワイアルの影響下にある限り、第一に優先される法則はそのルールだ。
ネウロの桁外れな魔力すらもその規格の中に押さえ込む、絶対の掟だ。
故に魔力の代替えであるセルメダルが減少すればネウロは弱体化するし、ルールでそうと定められている以上、魔力を消費せず回復させる魔界777ツ能力ですら、発動コストの支払いが叶わなければ運用できない。
その制限を力尽くで突破できるかというと、業腹だが今のコンディションでは無理だと結論するしかない。
ならば不愉快だが、ここは一旦そのルールに迎合する。
ルールによってセルメダルがなければ何もできないのなら、ルールに従いセルメダルを創り出す。
欲望を実行した度合いとは、要はどれだけ満たされているのかだ。それが直接的な要因であろうと、間接的なものであろうと、程度の差はあれ満足したという事実は変わらない。
ネウロは独白と、キュゥべえと――相互理解の意志がない上辺だけの形ながらも、会話を行うことによって、己の“食欲”を満たす機会に直面しているという認識を強めた。
それはネウロを満ち足りた気分へ誘い、セルメダルを増加させる結果に繋がったのだ。
(だが所詮、この程度か……)
ネウロは微量ながら落胆し、それを溜息として吐き出す。
セルメダルの増加量は僅か一枚。直接の食事ではなく、その機会が近いという余りにも間接的な状況への感情。その上、セルの増加が狙えるのではないかという打算が混ざった養殖物と呼ぶべき代物だ。
ひょっとすると、そもそもそんな欲望を満たすための欲望は、セルの増加に貢献し辛いのかもしれない。でなければ欲望を満たす際にセルメダルを増やしたいと思っているだけで、後はセルが増えれば、それで欲が満たされまたセルが増えるというループに突入してしまう。真木はそんな愚挙を犯す輩ではないだろうと、ネウロは取り留めなく思う。
「――もし、君のあてが外れたらどうするんだい?」
不意に投げられたキュゥべえの問いかけに、ネウロは笑みを返した。
「これがハズレだとすれば……本物に出会うその時までは、我が輩は貴様らと餌場の取り合いにでも興じるのだろうな」
仮にヤツの言う通り、人類の発展にインキュベーターの干渉が不可欠だったのならば、ネウロはそのことは感謝しなければならないだろう。
だが同じ人間の感情を狙う者同士、魔人とインキュベーターは遠からず対立する定めにある。
ましてや、魔法少女を犠牲にし、魔女を育てる過程でその他の人間まで死亡させる危険を生み続けるインキュベーターという種族は、結論すればネウロの敵でしかなかった。
それは向こうからしても、せっせと育てて来た自分達の畑を奪(と)りに来た魔人に対する認識として、同様の結論に至っていることだろう。
「その場合、宇宙の崩壊はどうするつもりなのかな?」
「我が輩も餌場がなくなっては困るのだ、人間も宇宙も守るに決まっているだろう」
「思っていた以上に楽天家のようだね、魔人というのは」
「先に言ったことを忘れたのか? 人間が無限の可能性を秘めているのなら、それは宇宙の法則をも凌駕するだろう。ならば必ず人間は、貴様らと違う方法で解決策を見つけ出す。その芽を減らす魔女は当然、生みの親共々我が輩の“敵”というわけだ」
「……君と対立することは、できれば遠慮したいね」
感情の篭っていない声のままのキュゥべえの返答を、ネウロはしかしまた無視していた。
(さて、この一枚だけで能力を使えるのか……)
ようやく得られたその一枚について、ネウロは考察する。
ルールブックによれば、能力の発動コスト、そのレートの目安は約1~5枚。仮にネウロの能力で魔力と同じようにメダル数が回復できるとしても、ルールに記された以外の方法である以上発動コストは安くはないと見るべきだろう。例外も存在する中での目安でしかないことを考えると余りに心許ない。
消耗で思考が鈍ったネウロが判断をつけ兼ねていると、不意に聞こえて来た物があった。
玲瓏ながら、同時に酷く乾いた音色で以て、西洋の鐘が鳴る。
突然響いたそれの音源がどこかと、意識を絞る前に――
ネウロは作り出したばかりの、一枚限りのセルメダルが消失する感覚を味わった。
「――!?」
同時に。亀裂の走る感覚が、衰弱しきった全身を襲った。
直後、塞がり始めていた傷口から、夥しい勢いで鮮血が再噴出した。
さらには身体の表面に新たな割れ目が生じ、剥がれた皮膚がハラハラと、床に広がった血の海へと舞い落ちて行く。
――人間という生物は、常に欲望と共にあると言っていいでしょう。
全身で生じた激痛と虚脱感に苛まれていたネウロの耳が拾ったのは、そんな文句から始まった、真木清人の演説だった。
これが説明されていた放送か、と認識しながら、痛苦と目眩を振り払ったネウロが最初に関心を向けたのはその続きではなく、メダルが消失したタイミングについてだった。
セルメダルが消えたのは、放送開始の瞬間と全くの同時。すなわち十八時ちょうど。
綿棒戦後と、その後の
ノブナガを探していた時に気づいたメダルの消費タイミングも、それぞれ時計の長針が十二を指した前後だっただろうことをネウロは思い出す。
(なるほど。ここに連れて来られる前の、常時少しずつ漏れて行く感覚とは違うと思っていたが……どうやらちょうど一時間周期で我が輩の魔力(メダル)が減っているようだな)
だが最初の内は気づかなかった。仮にキュゥべぇの対話で“知識欲”が満たされていたのだとしても、それで増えるのは精々五枚もないだろう。だとすればその時は、それ以下の消費量だったということか。
だが綿棒との戦いの直後や、Xとの遭遇直前にネウロを襲ったセルメダルの消失は、どちらも十枚を超えていた。だからこそ意識させられたし、それだけの消耗があったからこそ、Xの策が効果を成すほどにネウロは弱っていた。
今は持っていかれるセルメダルが一枚しかなかったから判別できないが、おそらくは時間の経過と共にセルメダルの消費量は増えている。
髪留めに使う泥の指輪の数も変わっていないのに、何故消耗が激しくなっているのか……と。そこまで考えたところで、ネウロの脳裏に、現状を説明できる一つの仮説が閃いた。
「……我が輩の肉体の、維持コストということか」
放送の本題に至るまでの、前置きが長くて助かったというべきか。ネウロにはこの危機的状況を受け止めるための、少しばかりの時間が与えられていた。
繰り返すが、ネウロは本来魔界の住人だ。人間にとっての空気に等しい、瘴気がまるでない世界では本来生存できないのを、強靭な魔力のみで補っている状況にあった。
つまり、魔力を用いて命を維持している状態にあるのが今のネウロと言える。
そしてルールブックには、確かに記載がしてあった。
能力の維持コストは、シグマ算で消費量が増えて行くと――!
「まずいな……」
維持コストは、維持終了まで増加を繰り返し、また支払いも続けなくてはならない。
そしてネウロの肉体の維持が必要ない状況とは――瘴気で深呼吸を行った時か、もしくは――
――死を迎えた、その後しかない。
「苦しそうだね」
「……黙っておけ。放送が聞こえん」
半死半生の魔人という、滅多にない観察対象を前にしてか。心なし赤い双眸を輝かせ、一歩近寄ってきたキュゥべえを、ネウロは追い払うような声を上げる。
実際は放送以上に、自身の置かれた状況をどう凌ぐのかを、ネウロは必死に考えていた。
仮に今の、魔力(メダル)も瘴気もない状況が続けば、遠からずネウロは“窒息”死する。
人間における窒息の症状は、第Ⅰ期から第Ⅴ期までの五段階に分類されている。その内の第Ⅳ期以降になると、最早回復は望めないという。
魔人と人間は全く異なる生物だが、仮に維持コストの消費タイミングが人間で言う窒息のフェイズの進行タイミングと同期しているとすれば。その際症状を緩和し、現状維持に支払われるセルメダルが不足しただけ、“窒息”の症状が悪化して行くとしたら。
――ネウロに残された猶予は、果たして後どれほどなのだろうか……?
また、維持コストという概念は、ネウロに自身の想定が甘かったことを痛感させていた。
おそらく、治癒の失速で魔力を回復することはできない。
これは本来長い時間を費やして魔力を微量ずつ回復して行く、持続型の能力だ。持続型ということはつまり、メダルルール下では発動状態を維持するためのコストが必要となる。
発動コストが必要であることを考えると、本来は魔力を消費しない能力であろうと能力として使用している以上は例外なく、メダルルールの対象に該当することは間違いない。
また、治癒の失速の回復スピードが決して高い物ではないことを考えると、シグマ算で増えて行く維持コストの支払いに回復したメダル数はすぐに追い越される。
仮に一度しか使えないこの能力を、メダル数の変域が正である内に切り上げたとしても……それではどの道、次の一時間後……推定28枚分の、肉体維持の方のコストは賄えない。
泥の指輪での回復も同様だ。こちらは最終手段として噛み砕き、魔界の泥を摂取することで瞬間的な魔力回復ができるため、ひょっとするとまだ目がある――どうせ一度しか使えないならそちらを選択すべきだろうが、指輪の数が減ると魔力消費が高まるという欠点がある。制限を脱した後のことも考えると、不用意に消費したくはない。
それよりはルールを活用し、コアメダルを手にした方が余程良いだろうが、コアメダル使用後の待機時間も気にかかる。このままでは22時以降では維持コストが50枚を超える計算になるのだから、再使用可能までに一時間以上掛かっているようでは焼け石に水だ。
もう少し早く気づけていれば話は別だったが、16時時点での比較的大きなメダル消費を、シャドームーンに与えられたダメージによる消耗だけだと勘違いしていたのが痛かった。あの綿棒、本当に役に立たないどころか、厄介な土産を置いて行ってくれたものだ。
今のネウロを苦しめるのは、気づいた時にはもう遅い――遅効性の致死毒だった。
(メダルの補充は対処療法に過ぎん。解毒に真に必要なのは……瘴気か)
ルールブックの記述内容を思い出し、ネウロはそう結論付ける。
維持コストがシグマ算的に跳ね上がるのは、対象となる能力があくまで維持されている、即ち継続している間だ。一旦瘴気で深呼吸できれば肉体のコンディションは整い、一時的でも魔力での維持が終了したのだから、コスト設定も初期値に戻ることだろう。
だが、この会場のどこに都合良く瘴気があるだろうか。支給品として存在する可能性は不明な点が多過ぎるため一旦無視するとなると、可能性があるのはC-4、C-5に跨って存在する火山だが、もしもハズレであれば……
思案に耽るネウロの耳に、さらに追い討ちをかけるような言葉が突き刺さる。
――ノブナガ
死者の羅列を読み上げる真木の声に呼ばれたのは、同行者だった探し人の名だ。
――以上18名が、この地で無事終末を迎えました。
そうして積み上げられた屍の数……即ち消失した謎の数に、ネウロは衝撃を覚えた。
禁止エリアの位置を記憶しながらも、心は依然、その前の犠牲者の発表に掴まれ続けているほどに。
十八人の死者。その数だけネウロは空腹を満たすチャンスを失い、
真木清人の思惑を許し――敗北した。
一見、犠牲者の数で言えば電人HALや新しい血族DRの犯行に比べて、幾分劣るように思えるかもしれない。
だがそれらで人が死んだのは、ネウロがそもそも手を出せなかった状況であったことがほとんどだ。言うなればこれまでは勝負自体を避けられた上での失態であって、今のように同じ場所に閉じ込められた上で、手が回らなかったという明確な敗北はなかった。
その上で、ノブナガのような比較的親しい者を初めて失ったことが、ネウロの精神的なショックに拍車をかけていた。
あの男には強い欲望があり、悪意があり……その上で、性根までは人の道を外れた者でなかったように思う。
何やら消耗した様子だったとはいえ、生きてさえいれば。おそらくはお気に入りの奴隷どもにも負けぬほど、ネウロの役に立つ存在となり得たかもしれなかったのに。
そんな有力な手駒が盤上から降り、二度と戻ってくることのないという喪失感――
これが……死。
人の命が失われるということ。無限の可能性が損なわれ、有限になって行くということ。
それに対する忌避を痛感させられた上での、この十八の死だ。堪えないはずがない。
しかも、死はこれで終わりではないのだ。
バトルロワイアルという、真木の犯行は終わってはいない。主催側のグリードが三体も健在な以上、これからも多くの者が命を落として行くだろうし、真木が度々語る彼の欲望、終末のために手を緩めることはないだろう。
対して今のネウロに、何ができるというのだろうか。
「お困りのようだね」
そんなネウロの、内心の弱音に漬け込むかのように、紅い瞳の獣は話しかけて来た。
「さっきまでの覇気すらなくなった……今の君だと、僕らの脅威にはなりそうにないなぁ」
どこか嘲笑するような物言いに、ネウロは苛立ち混じりにキュゥべえを睨みつけた。
「それでも……今ここで、貴様を始末するくらいならできるぞ?」
「おっと。誤解しないで欲しいな。僕は君という個体を失うのは、勿体無いと思っているんだよ?」
人に化けた掌を、魔人本来の鋭く尖った爪の集まりに戻したネウロに対し、キュゥべえは慌てた様子もなしに制止の言葉を掛けて来た。
「魔人という存在は、僕らにとっても未知のサンプルだ。魔法少女とは根幹から異なる、しかも今は消費してしまっているとはいえ、観測史上でも希なほどの膨大な魔力を秘めている生命体。ひょっとすると君は、宇宙を救う新しい希望かもしれないと僕は見ている」
ぱたりと、暗い部屋の中でキュゥべえが尾を振った。
「だから、君のことを他の参加者に売るような真似はしないよ……とはいえ、別に助けもしないけどね。ただ、観察は続けさせて貰うよ」
逆に、それ以上の興味などないと言わんばかりの無表情で、キュゥべえは宣告してくる。
ネウロは底を観察するように見ようとして――やめた。ヤツに感情がないということや、真実を聞かれない限り隠すことはあっても積極的に嘘を吐くことがないというのは、重々言い聞かされており――それが事実だろうと、ネウロ自身認めているのだから。
消耗で乱れた息を整えながら、ネウロは魔人の爪を引っ込めた。
「……そうか。ならばこの場は見逃してやろう」
そんな弱々しい虚勢を張ることしか、ネウロの現状は許さなかった。
「わかってくれて、僕も安心し――ぷぎゅっ」
会話の途中でキュゥべえが奇声を発したのは、別に彼の気が狂ったというわけではない。
頷いたと同時にネウロの伸ばした爪先が、その頬を抉ったための悲鳴だった。
怪我をしない程度に加減した一撃だったが、快い蹴り抜いた感触と、何かにぶつかったのか子気味いい転倒音が響いて来たのを聞いて、ネウロは幾許か胸の内をすっとさせる。
「むっ、メダルが増えたな」
そちら側に視線を向けることなく、己の行動が起こした結果にふんふんとネウロは頷く。
どうやら予想通り、ドSな感情を満たしたことでもメダルは増加するようだと納得していると、影の中でもそりとキュゥべえが立ち上がり、歩み寄って来る気配が伝わって来た。
「痛いじゃないか」
「調教する側である、我が輩相手に偉そうな口を叩いた仕置だ」
「この場は見逃してくれるんじゃなかったのかな」
「貴様の命の話だ。我が輩の手が出ないなど言ってはいないぞ」
感情を伴わない抗議の声を、ネウロはそう極悪な笑顔で黙殺する。
「確かに我が輩、人の死というのをこれほど重く受け取ったことはなかったからな。元が繊細なので少しばかりセンチになっていたが、貴様如きが心配しようなど差し出がましいにも程があるぞ」
「繊細っていう君の自己認識は、間違っていると僕は思うけどね」
「とはいえ確かに……現状、我が輩は真木の思い描いたままに事態を進行させてしまっている上、暫くは満足に力も使えないとあっては、今は敗北を認めざるを得ないな」
キュゥべえの言葉を無視しながら、ネウロは素直に現状を受け入れた。
そう……意地を張っていても、腹は膨れないのだから。
美味い食事にありつきたければ、今のネウロに何ができるのかを、楽観にも悲観にも、どちらにもブレることなく正しく見極めなければならないのだ。
「魚にとっての海や、魔人にとっての魔界と同じように……バトルロワイアルという環境では、現状主催者が最も力を発揮できるのだろう」
それはまるで、かつてネウロを追い詰めたあの電人のように。
相手の土俵に策もなく飛び込んでは、勝てる相手ではない。
「ならば奴の望み通り、我が輩も一先ずこのバトルロワイアルに“適応”しておいてやるとするか」
「意外だね」
ネウロの言葉に、初めて言葉と仕草が一致した反応をキュゥべえは見せた。
「それじゃあ君が、さらなる敗北を認めているようなものじゃないか」
「少し違うぞインキュベーターよ。貴様は人間を進化させたと豪語しておいて、その有名な諺も知らぬようだな」
たっぷり見下しながら、ネウロは教授してやる。
「勝てば官軍という言葉がある。我が輩の腹を満たすという、真の目的さえ忘れなければ……過程や方法なぞどうでも良い。最終的に、勝てば良かろうなのだ」
「それなら僕達のことも見逃して欲しいんだけどなぁ」
繰り言を口にするキュゥべえに、ネウロは内心辟易した心地で答える。
「何度も言わせるな。我が輩のその真の目的に、貴様らが合わんと言っているのだ」
まあ、そんなことはどうでも良いとネウロは言葉を継ぐ。
「まずはメダルルールに適応し、我が輩の魔力を取り戻す。このバトルロワイアルという環境を破壊してやるのは、その後の話だ」
それは例えば、人間が地上の覇権を握ってから、気ままにその環境を破壊したように。
ルールには適応すれど、バトルロワイアルにまで従うつもりは毛頭ない。
一つ違うのは――同じ地球という環境内に生息する他の生命を滅亡させる一昔前の人類や新しい血族とは違い、ネウロは同じバトルロワイアル参加者の保護を、己の生存を確保するための譲れない主目的の一つと見据えていることだろうか。
「そう都合良く行くのかな?」
水を差してきたキュゥべえだったが、また慌てた様子もなく、しかし間を置かずに言葉を続けてくる。
「別に嫌がらせで言っているわけじゃないよ?」
「そのようなことは既に我が輩も承知している」
若干鬱陶しく感じ始めながら、白い獣へネウロは口を開く。
「だが……人の死を嘆くばかりでも仕方ないだろう。これ以上の無駄死には遠慮願いたいが、既に死んでしまった事実が覆せないのなら、それを我が輩にとって“無駄”にしないよう苦心するというわけだ」
ネウロは現在、絶賛大ピンチの真っ只中だが。
見方を変えれば――ピンチは、チャンスだ。
見方を変えねばならないほど、気づけば人の考えに染まっていた己にネウロは苦笑する。もっとも、今の風体で一般人と偽り通すのは無理があるだろうが。
「……人が殺されたのなら、それは事件であり、犯人が存在し、その結果を齎した”悪意”が存在する。ならばそこに、粗末ながらも我が輩の食料があるということではないか」
もちろん今最優先すべきは、根本的な解決に必要な瘴気であるが。
そもそものネウロの目的を、栄養源を、欲望を――忘れては、ならないだろう。
――バトルロワイアルで参加者が抱く悪意は、主催者によって強制された養殖物、ではないかという考えも一瞬、頭を過ぎった。
確かにそういった物もあるかもしれない。だがそれだけではない、とネウロは結論する。
かつてシックスが用意した養殖物に比べれば、殺し合いの強制力はまだ弱い。ノブナガのように、それに己の意思で抗える者がいるのだから。
つまり、殺し合いに乗った者の中には、環境という要因こそあれど、自らの意思でそこに“適応”した者がいる可能性は極めて高いのだ。
またXや綿棒、グリードのように、最初から強力な悪意を備えていた者も存在している。
ならば問題ない――積み上げられた十八の死の内、ネウロの舌に見合う純正の“悪意”により作り出された物も必ず存在しているはずだ。
瘴気が見つかるまでに、命を繋ぐための魔力――メダル集めが難航しても、それを回復するアテはあるということだ。ネウロ本来のやり方で。
何しろメダルを狙う参加者は数多くいようと――こんなものをエネルギー源とする生物など、ネウロしかいないのだから。
獲物を狙った競争者がいない。その時点で、ネウロはその環境で生き残るための、一つのアドバンテージを持つことになるだろう。
呼吸ができない不利だけでなく――環境に“適応”する上で強力な武器の一つを、既にネウロは持っていた。
それがある限りは、制限という毒に蝕まれようと、克服を諦めるには早すぎる。
さて――まずは今日を生き抜くために、腹拵えと行こう。
そう考えて、ネウロは体に鞭打ち起き上がった。
「さあ……“謎”を喰いに行くぞ」
【一日目-夜】
【E-4/民家出口】
【脳噛ネウロ@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】黄
【状態】満身創痍(割と死にかけ)、ダメージ(極大)、疲労(極大)、胸に穴(再出血中)、右肩に銃創(再出血中)、右手の平に傷、全身に火傷
【首輪】2枚:0枚
【装備】魔界777ツ能力、魔帝7ツ兵器
【道具】基本支給品一式、インキュベーター(キュウべえ)@魔法少女まどか☆マギカ
【思考・状況】
基本:真木の「謎」を味わい尽くす。
0.ルールに“適応”し、その上でバトルロワイアルを瓦解させる。
1.瘴気を探す。
2.上記の目的のために、「クウガの世界」の灯溶山を目指すべきか?
3.並行してコアか大量のセル、もしくは魔力なしでも喰える“謎”を探す。
4.知り合いと合流する。そう簡単に死ぬとは思えないので、優先はしない。
※DR戦後からの参戦。
※ノブナガ、キュゥべえと情報交換をしました。魔法少女の真実を知っています。
※魔界777ツ能力、魔帝7ツ兵器は他人に支給されたもの以外は使用できます。
※しかし、魔界777ツ能力は一つにつき一度しか使用できません。
※現在「妖謡・魔」「激痛の翼」「透け透けの鎧」「醜い姿見」を使用しました。
※制限下ではセルメダルが魔力替わりのため、メダル数が多ければ多いほどネウロの体調は安定し、またその魔人としての力も強大なものとなります(参戦時期の強さ=セルメダル100枚時点の強さです)。
しかし、瘴気のない環境での肉体維持に魔力を消費していたため、同様の維持コストとして一時間ごと(毎時0分)にセルメダルを消費します。
また、維持コストはシグマ算式で増加するため、後になるほど支払うメダル量は増加します。支払いのタイミングで必要なだけのセルメダルが足りなかった場合、人間で言う窒息の進行に似た形でのダメージを受けます。
※瘴気での呼吸ができた場合は、その時点で維持状態が終了となります。瘴気で呼吸した後に、また瘴気のない環境に戻るとその時点から改めて維持状態に突入します(この際、シグマ算で増えた維持コストはまた初期値に戻ります)。
※セルメダル(=魔力)も瘴気もない状態でネウロがどれだけ生存できるのか、具体的には後続の書き手さんにお任せします。
※ネウロ自身の能力で、“欲望を満たさず”にセルメダル数を“回復”(※増加ではない)できるか、またその上限値などの詳細については後続の書き手さんにお任せします。
※ネウロの目的地については後続の書き手さんにお任せします。
最終更新:2013年06月27日 14:10