さよならの時くらい微笑んで ◆SrxCX.Oges
「一夏さん?」
虚空に向かって名前を口に出すけれど、その名を持つ少年からの返事は無い。
それでも、まるで壊れたレコードが同じ一節を延々と繰り返すかのように、彼女はその名前を呼び続ける。
いつか成果が出るかもしれない、なんて甘い想像と共に。
「どこにいるんですかあ?」
とぼとぼと、よろよろと、ふらふらと。
アスファルトで舗装された地面の上を進むその足取りは不安定。
蛇行する軌跡は彼女が平常な状態と言えない証であり、乱れに乱れ続ける進行方向は彼女が明確な目的地を持たない証。
きっとどこかで逢えるはず、という程度の漠然とした指針が彼女を突き動しているだけだ。
「私、貴方のためならなんでもしちゃえるんですのよ?」
身体を動かす原動力はその胸にある。
邪魔者達からいくら傷を負わされようとも、敵を倒すためにいくら命を削ろうとも。
最後に生き残れば勝ちなのだ。それさえ満たせば、何より欲するモノを掴み取れるのだから。
欲望が戦う原動力となってくれる。だから前へ、前へ。
「だから早くここに来てくださいませんか? ねえ、一夏さん?」
午後六時と共に始まった定時放送の内容で彼女が唯一覚えているのは、
織斑一夏という少年の名前が呼ばれたということ。
既に一人をその手にかけて、この空間における死というモノの存在感を確実に味わった彼女の頭が、その名が呼ばれたことの意味を理解できないわけがない。
それでも彼女は、告げられた絶対的な事実の方こそが偽りだというかのように一夏を探し求めていた。
答えの来ない呼びかけと、目的地の存在しない移動と、成果の出ない行為への覚悟の確認とを、ひたすらに続けていた。
「一夏さん、これで終わりなんて酷いお話、私は嫌ですわよ? 私の幸せには貴方が必要なんですの、おわかりでしょう?」
客観的な理論に対して私的な感情論を持ち出して、幼児の駄々にも等しい理屈をこねて。ただ虚しい我儘だけが、彼女に辛うじて最後の悪足掻きをさせていた。
申し訳程度に街灯が照らすだけの果て無い暗闇に包まれているなら、普通は不明瞭さゆえの漠然とした不安を抱きそうなものだ。
しかし、本来なら生じるはずのそんな不安さえ存在を許されないほどに、今の彼女の心は空っぽ。
目の前に存在する闇に劣らないほどに、今の彼女の両の瞳は真っ暗。
それは彼女が唯一縋り付けるモノ、恋い慕う少年への愛が行き場を失ってしまったために。
それでも。
彼女は女として求める愛の欲望のために、友情も倫理もとっくに捨ててしまったから。
「私、貴方が大好きなんですのよ……!?」
永遠に実らない愛だけを、支えとも呼べないような支えにするしか……ひとりぼっちの
セシリア・オルコットには残されていない。
◆
もしもこの理性が狂い果ててしまったならば、むしろ気楽な話なのかもしれない。
彼と共に生きらえる場所に戻るためだ、彼以外の者達がどうなろうと知ったことかと叫んで。標的と見なした他人を躊躇なく切り捨てて、その度に目指す到達点へ着実に近づく喜びを実感して、その果てに彼との日々を掴み取って。数多の犠牲の上に成り立つ自らの命を嘆き悲しむ彼の隣に座って、私が満足できるのだから十分じゃないかと言って、血濡れの身体で彼を抱き寄せて。
そんな道を歩むことが出来たなら、その惨さにも耐えうるほどに心が凍りついてしまったなら。彼以外の犠牲になど罪悪感を抱く必要もなく、彼ただ一人だけに向ける情愛を胸に抱き、前に進むだけで済むのだから。つまり、物事を簡単に考えられるという意味では気楽な話なのかもしれない。
千冬の頭が“織斑一夏のたったひとりの姉”として歩むはずの未来を想像する。しかし、想像を実現してしまおうかと考えるより先に、別の何かが頭を過る。
一夏のことを考えれば、彼に惹かれて集まった教え子達の姿が過ぎる。一夏と同じく、命の終末と共に仲間達との幸せな日々を奪われてしまった篠ノ之箒の姿が、箒と一夏を喪えば千冬しか親身になれる相手がいない篠ノ之束の姿が過ぎる。
一夏以外の者達のことを考えれば、箒の命を奪った真木清人の無機質な面構えが、探究心に溺れた
井坂深紅郎の毒々しい笑顔が過ぎる。
修羅へ堕ちようとした千冬を護るため、そして正しい道へ引き戻すために、その拳を邪悪へ振るった仮面ライダークウガの雄姿が。今も佇む千冬の傍らで、静かに待ち続ける
小野寺ユウスケの姿が過る。
一夏ではない者達に思いを馳せる行為を止めようとしない自分の姿に、はたと気付く。同時に、理解できてしまう。
ユウスケとの死闘から自ら手を引いた時点で、優勝を目指す資格などとっくに失くしていたことを。人間として、大人として、教師として今まで背負い込んだ数多くの責任を、自分の独善のために放って捨てるなど今更できないことを。
“織斑一夏のたったひとりの姉”ただそれだけで在りたかったと考えようと。
最早その未来を永遠に手に入れられないこの現実を、どれだけ悔しく、歯痒く思おうと。
守るべき生徒と討つべき敵と、今でも支えてくれる小野寺ユウスケの存在に気付いてしまったのだから。
織斑千冬が“織斑一夏のたったひとりの姉”ただそれだけで在り続けることは――もう、出来ない。
だから、答えは決まった。
最も守りたい存在であった一夏の死は、目を逸らさずに受け止める。その上で、まだ守れるかもしれない、いや、守らなければならない生徒達のために、一夏以外の者達のために戦う。だから、一夏の亡骸の前で立ち止まる時間はもう終わりだ。立ち上がり、別れを告げて、ユウスケと共に歩み出そう。
全てを振り切れないから、振り切らない。それが新たに、そして改めて見出した千冬の決意。
背負ったモノを捨てないということは、全てに目を向けなければならないということだ。
例えば、病院に辿り着くまではディバッグに入っていたはずなのに、いつの間にか消えてしまった地の石。
あれが万が一悪意ある何者かによって回収されてしまった時には、こちらの意向などお構い無しにユウスケはその魔力によって物言わぬ傀儡に成り果て、悪人の命ずるままに暴虐を尽くすことになってしまう。
それを嫌だと感じるのは、自分の命惜しさだけではなくユウスケの意思が踏みにじられることへの嫌悪感ゆえだろう。
例えば、悪行に及ぶだろう敵として挙げられる“一夏の偽物”。
奴への私怨が無いと言えば、やはり嘘になる。それでも先のことを見据えると、激情に身を委ねないための自制心を忘れてはならないだろう。幼く脆い生徒達を支えるべき立場なのだから、尚更だ。
例えば、敵対すべきもう一人の相手と思われた赤いグリード。
しかし、予想に反して奴は既に命を落としたらしい。千冬の首に巻かれた首輪のランプの示す色は赤だが、数時間前に病院を発った頃から暫くの間だけ紫へ変わっていたことがその証明だ。
そう考えたため、奴の関わった場所で確実に何らかの戦いが起こったに違いない以上、あのグリードの軌跡を追って事態を究明するべきだと判断した。とはいえ実際に戦闘があったと思われる地点へ到達したところで、
フィリップ達が乗っていたはずのダブルチェイサーの回収くらいしか出来なかったのだが。
こうして振り返ってみると分かるのは、決意新たに歩み出してから今まで出来たことなど僅かに過ぎない、ただ歩み出したというだけも同然の現実だ。どんなに歯痒く思おうとも、それが現実だ。
そして、突き付けられた現実はもう一つ――あの放送の中で、フィリップ一人を置いて先に逝ってしまった翔太郎と
アストレアと共に名を呼ばれた、教師として今度こそ守るべきと決めた生徒の一人、
シャルロット・デュノア。
とても認めがたい二つの現実が持つ威力は、千冬の心を打ちのめすには十分だった。生徒の犠牲などもうこれ以上出さないと決めた矢先にこのザマだ。自分のエゴを捨てて進んだ道で待っていたのは、またも押し付けられた喪失感だというわけだ。なんと滑稽で、なんと残酷な話だろう。
それでも、折れるわけにはいかない。守りたいモノをもう手放さないと決めたから。守れなかった痛みだって背負って、それでもなお足を踏み出さなければならないのだから。
そうして軋む音に耐え続けた千冬の心にも、あと僅かで午後七時を迎えようという時になり、ようやく光が差すことになる。
バイクのヘッドライトが照らす前方で織斑千冬が見つけたのは、守りたいと願った少女の一人、セシリア・オルコットの姿だった。
◆
眩い光が視界を埋めたと思えば、誰かに呼ばれたような気がした
そのまま何となく立ちすくんでいると、誰かが目の前まで駆け寄ってきた。
再び名前を呼びかけてくるその人物の顔をぼんやりと眺めてみる。
「あ、」
一瞬だけ、探し求めた少年の顔を見つけたのだろうかと期待して、しかしそれは一瞬で消える。
「やっと会えたか、オルコット」
「織斑先生」
その少年に顔立ちが似ているだけの女性、織斑千冬だったと気付くのに時間はかからなかった。
どうして怪我を負っているのか、誰かに襲われたのか、などと聞いてくるが答える気力が湧かない。
それなのに、ずっと問い続けた疑問をぶつけることは出来た。
「織斑先生。一夏さんは」
「一夏?」
「一夏さんは……どこにいらっしゃるんでしょう?」
この問いかけは純粋な疑問というよりも、半ば要求の意を持っていた。
あの眼鏡の言葉をただの妄言と笑い飛ばしてくれと、彼が今も何処かで戦っていると告げてくれと。虚ろな自分にまた自信を与えてくれと、望みを含んだ問いかけだ。
自分の知る人々の中でも指折りに強く理知的な千冬が断言してくれたなら、それだけで希望を抱く根拠としては十分なはずだったから。
「……」
目の前の千冬の顔が僅かに寂寥に染まり、目が伏せられる。
しかしその時間は数秒で終わり、真っ直ぐにこちらを見つめ直した。
「一夏は、もうどこにもいない」
たった一言で、セシリアの心が大きく波立った。
「少し前にこの目で一夏の遺体を見た。白式も奪われたようだが、それは回収した。さっきの放送を嘘だと思いたいのかもしれないが、あの内容は事実だ。だから一夏は……死んだ。おそらく、デュノアも同じだろう」
よりにもよって、貴方がそれを言ってしまうのか。
彼女がディバックから取り出した白の腕輪と、自分ではない誰かでさえが事実を認めてしまう言葉の二つがセシリアの胸に刺さる。
無理矢理に取り繕った砦が最後の止めとばかりにとんと突かれ、みるみる崩れさっていく。
もはや、言い訳する気力さえ湧かない。自分の願望など覆い尽くしてしまうように、この頭も心も、気が付いたら彼の消失を遂に認めてしまっていた。
「――ぁ、ああ、あ……」
身体を包む、暗い海の底へ溺れて沈んでいくような感覚。
悪夢はしょせん夢だと一笑に付すはずだったのに、現実として訪れてしまった。
彼を慕う心が実らないと決めつけられる瞬間、最も訪れてはいけない瞬間だというのに、現実はどこまでも我儘で、残酷だ。
「…………こんな……あんまり――」
涙は流れない。この一時間で既に出せる分は全て出してしまい、乾いた跡が二本だけ顔に残るだけだ。
悲鳴とも嗚咽ともつかない声が、震える口から途切れ途切れに零れていくのを止めることなど、とても出来るわけがなかった。
このまま放っておけば、この口から一夏への恨み言さえ出てしまうような気がした。
「……オルコット」
どこか慎重に、千冬が声をかけてくる。
「織斑先生、」
白いキャンバスにぽつりと新しい色を垂らすように、千冬の姿がセシリアの視界に映り込む。
織斑千冬。
――織斑一夏のたった一人の肉親。セシリアよりずっと長く一夏と寄り添って生きてきた姉。恋愛とは異なる形で一夏を愛し、また一夏に愛されていただろう人。
――今のセシリアと同じ絶望に呑み込まれているに違いない女性。ある意味で、鏡写しになった自分の姿。
「……お前の気持ちも、決してわからなくはない」
やっぱり、思った通りだ。
彼女なら、この気持ちをわかってくれるはず。再び涙が流れ出した時に、受け皿になってくれるはず。
「私、」
千冬に何を言おうとしているのか、セシリア自身にもわからない。
でも、千冬に少なからず期待を抱いたから声を出したのだ。胸を穿つ喪失感に対する共感を、どうしようもない痛みを分かち合える一言を貰えると。
だって、二人は一夏に置いてけぼりを食らったひとりぼっち同士なのだから。
やっと見つけられた、いつまでもいつまでも暗闇の中で一緒に佇んでいられる相手だと確信していたから。
だから。
「……だが、今は鳳やボーデヴィッヒを探そうと思う。私とここにいる小野寺と一緒に、お前も来い」
「――――――――え?」
次に紡がれた千冬の言葉に、ただ愕然とするしかなかった。
「ここから抜け出すには、まずあいつらを見つけてやらんことには始まらない。連中を倒すのに力がいるというのもあるが……まあ、これ以上真木の思い通りになって死なせるわけにいかないだろう」
どうして、千冬はこんな話をしているのだろう。一夏が死んだというこの時に。
「とりあえず一緒に行動するだけでも安全は確保できるはずだ。……お前も今すぐ力になれ、とは今は言わん。ただ、最低でも私たちとは一緒にいるべきだ」
どうして、千冬はこんなに冷静なのだろう。何の希望も見いだせずに立ち尽くすのが自然な姿のはずなのに。現に、今のセシリア自身がそうなのに。
「できるか?」
どうして、千冬は鈴音の話を、ラウラの話をしているのだろう。
一夏ではない誰か“なんか”の話をしているのだろう。
セシリア・オルコットには、織斑千冬が理解できない。
◆
千冬が一夏の死を嘆くように、ユウスケは18人もの死を突き付けられたことに衝撃を受けていた。
それだけではない。死者として名を連ねられた者達の中には
左翔太郎がいて。彼が話に聞いたというワイルドタイガーの仲間のヒーロー二人がいて。アストレアがいて。彼女の友人の平和な日常で生きるべき少女がいて。千冬が守ると誓ったはずの生徒の一人がいて。それなのに井坂を始めとした名前を把握している悪人達は、赤のグリードと
キャスターを除けば誰も呼ばれない。
放送が終わると共に胸中に生まれるのは、誰かの笑顔が不条理に消されてしまった嘆き。上乗せされる、蔓延る邪悪を防げなかった無力感。さらに叩きつけられる、いつかまた会おうと誓った仲間を奪われた悔しさ。悪に抗う意志が折れることは無くとも、消せない確かな傷を負わせるには十分だった。
だから尚更、守れなかった人がいるならば、せめて生きていると分かった人達だけは守りたい。悪意を撒き散らす敵が立ちはだかるなら、力の行使に躊躇いは無い。改めて、覚悟が形作られる。
その覚悟は……朧げだった士との向き合い方にも、僅かに方向性を見出させていた。
誰かの笑顔を守るユウスケの笑顔を守ろうと言ってくれた仲間との友情は、知らぬ間に変わり果てた悪と見なした義憤を天秤の反対側に置いたところで、やはり切り捨てられないだけの価値があると思う。
それでも、この六時間で味わわされた危機感と悲しみと、犠牲者の象徴として見せられた千冬の顔が、ユウスケに一つの決断をさせていた。
士が士自身の意志で“破壊”のための戦いに身を投じた理由を知り、本当に、本当に改めることが不可能だと分かってしまった場合は……仮面ライダークウガとして“世界の破壊者”ディケイドと対峙するべきなのだろう、と。
身に付けた全ての力を以て――道中に千冬から聞いた話によると、井坂との戦いの中で“赤の金のクウガ”が発現したらしい。叶うならばこの力も得たい――彼を止めるのが、かつての仲間としての責務だろう、と。
士の笑顔を奪いたいなど絶対に思えないけれども、心を押し殺してでも拳を振るうしかない時が来たならば、逃げ出すことはしたくないから。
守る覚悟と、戦う覚悟と、そして不確かながらも悲痛な覚悟。それが、感傷を経て抱いたユウスケの覚悟だった。
でもそんな先のことよりも、今は目の前にいる笑顔を失くした人達とここで向き合うのが先だ。
一人目が、今にも泣き出しそうな顔のセシリア・オルコット。
ユウスケにすら一目でわかるほどに彼女が希望を失った一番の理由が千冬と同じく一夏の死にあることは、千冬から聞かされた情報とセシリア自身の問いかけから明らかだった。尤も、家族愛と恋慕の情という意味では千冬の場合と異なるのだが。それに口には出していないが、友達のシャルロットの死も関わるのだろう。
彼女を励まそうにも、此処で初めて出会ったセシリアと積み重ねた時間は無いに等しいのだから、千冬のような親愛する者として触れあい励ますやり方はユウスケには選べない。
それでも、みんなの笑顔を守る仮面ライダーとしてなら語りかけられる。
大切な人を奪われるのは誰にとっても悲しいことで、心から望まぬ道を強いられるのも誰にとっても悲しいことで、だからどんな理由でも穏やかな日常を生きるべき子が道を踏み外すのはとても悲しいことだ。
憎悪に身を委ねて自らの身を傷つけ続けるより、遺された者と一緒に身を癒す方が最後には幸せになれるはずだ。
敵ばかりの環境が傷を癒すことを許さないというのなら、その環境こそ仮面ライダーとして許せない自分が身を挺して時間を稼げばいい。
そうして励ますことなら出来るから、セシリアに届けと言葉を紡いだ。セシリアが少しずつでも一夏のいない日々を受け入れて、笑顔を取り戻せるようにと願いながら。
そして、同じく笑顔を見せてほしい二人目の女性が、険しい面持ちの織斑千冬。
しかし、ユウスケが千冬の笑顔を見たことは無いのだと言えば嘘になる。たった一度だけ、彼女の笑顔を見ているから。
一夏を埋葬した簡素な墓地から旅立つ時のことだった。新たな一歩を踏み出す決意を言葉にして、心配をかけまいとするために胸を張り、最後にさよならを告げた時、千冬は確かに笑っていた。
どことなく不器用な、少し触れるだけで崩れ落ちてしまいそうな、儚い微笑みだった。
きっと悲しみに完全に呑み込まれない千冬の強さの表れで、同時に悲しみを表に出すわけにいかない千冬の強がりの表れだったのだろう。
人の笑顔はかくあるべきだ、などと語る気はない。たとえ快活に見えなくとも、今の千冬が彼女なりに形作れる笑顔だというなら受け止めるべきだ。そのことをわかっているから、完全とは言えなくとも千冬が立ち直ったと理解したと同時に首輪の中でセルメダルが増える感覚を得た。誰かの行為を見届けるというのもまた、一つの欲望なのだろう。
それでも、たとえ高望みを強いているのだとしても、いつか千冬には別の笑顔を見せてほしいとも感じていた。本当は哭いてしまいたいのではないかと見る方に疑わせることのない、心からの希望を感じさせる笑顔になってほしいと思ってしまう自分の心は、偽りたくなかった。
だから、一夏を喪った少女の痛みを癒そうと努める千冬が、今も同じ痛みを抱えたままだとわかってしまうから。今じゃなくても、 いつか彼女も共に笑顔になってほしいから。
遺された大切な人達の笑顔を守るために戦う彼女も、自分の力で守りたい。なんて、改めて願うのだった。
◆
――千冬への不可解が短い時を経て変質した姿は、名付けるとしたら“失望”だ。
セシリアと異なる形とはいえ、同じく一夏を強く愛していると思っていた千冬。ただ彼のためだけに共に慟哭するはずだった千冬。
でも、一夏以外の誰かが云々とさも重要そうに語る姿を見る限り、どうやら彼女への印象は勘違いに過ぎなかったようだ。
誰よりも一夏を恋い慕っているセシリアが、こうして動けなくなってしまっているのに。一夏の存在はそれだけ大きいのに。
ならば、同じく彼を愛していながら何事も無かったかのように振る舞っている者がいるのだとしたら……それは、その者の彼への愛は結局その程度だったという話なのだろう。
セシリアには今や全くどうでもいいモノに執心できる余裕があるのは、一夏の死を“そんなことより”の一言で流してしまえるからに違いない。
セシリアを絶対の基準として考えれば、今の千冬は全く異常だと言わざるを得ない。
だから、千冬は一夏に矮小な愛しか注いでいなかったという結論にしか繋がらない。
織斑千冬“なんか”が、セシリアの真の理解者となることは有り得ない。
そうだ。そうに決まっているじゃないか。
「……私も一夏を失くして悲しくないわけじゃない。それでも、戦うことは出来るさ」
ああ、なんて腹立たしい。
人生と最も嘆き悲しむべき時にどうでもいいモノを見つめられる人だったなんて。
セシリアと千冬の間に、まさか隔絶させた意識の差が存在したなんて。
救いようのない薄情者のくせに、家族愛という一夏からの想いを享受していたなんて。
ほんの一瞬だけでも千冬に何かを期待したセシリア自身に、そして応えられもしないのに期待だけ抱かせる真似をした千冬に腹が立つ。
なのに、千冬はセシリアを内心で落胆させるだけでは終わらない。
「オルコット。時間はかかってもいい。だから、道だけは踏み外すな」
「……俺も、君には幸せになってほしい。今はまだ難しいかもしれないけれど、君にも友達と一緒に笑ってほしいと思う」
千冬の手がこちらへ差し伸べられる。さあ、お前も一緒に一夏のいない明日を生きようじゃないか、と。
何やらしきりに口を挟むユウスケとかいう男と仲良く、一夏ではない何かについて説いている千冬の示す明日とは、果たしてどんな明日だろうか。
遺された人間をセシリアとセシリア以外に分けたとして、そこに生きる人間は全てセシリア以外の人間だ。
一夏の喪失を些末とみなす千冬や、そもそも一夏のことを知りもしないユウスケのような連中が蔓延る未来だ。
その中にセシリアを仲間入りさせたいというのはつまり、セシリアもその世界の住人となる条件を満たせということだろう。
一夏以外の誰かのためにに惚けろと。
一夏抜きで仲良しの輪を作りその中で戯れろと。
一夏のいない世界に呑み込まれた人間の象徴である、織斑千冬のようになれと。
奇異で耳障りな理屈をこねるその連中は、最後にセシリアの気持ちに対してこう告げるのだ。
「……全てが終わったら一夏と、篠ノ之と、デュノアを弔って、そして皆で学園へ帰るんだ」
お前の一夏への愛など、別のモノで上から塗り潰してしまえ。
――期待を裏切られた失望は、やがて“憎悪”になる。
「織斑先生」
だから、答えは決まる。
一夏への愛を真に理解できない連中と手を取り合うなど、一夏のいない日常に染まるなど、絶対に。
「……わかりました。一緒に行かせてもらいます」
絶対に、拒絶する。
一夏のいない明日なんて、要らない。
目の前にいるのが無為な世界に連れ出そうと付き纏う連中だから、消し去るために武器を手に取るだけだ。
しかし疲弊した今の身体には、銃を武器にする力は無い。ならば、彼らの独善に愛されるこの身体を武器にすれば良い。取り入って庇護されて、身体を癒してメダルを増やして、チャンスが巡った時にこそ改めて銃弾を浴びせればいいだけの話だ。
「今の私に何が出来るのかわかりませんけれど、何か、したいとは思うんです」
どこの誰とも知らない者を愛する奴がこの命を狙うから、取るに足らない者と愛を築く奴がこの情熱を取り除こうとするから、抗うために戦える。
これが、この身を動かす原動力。
「……よし」
千冬の右手にそっと髪を撫でられる。鬱陶しい、とは言わないでおこう。
「セシリアちゃん、俺達の来た方向には誰もいなかった。俺達がまだ言ってない方向に行こうと思うんだけど、どうする?」
「え? ああ、でしたらあちらの方へ行きましょう」
身の安全を確保するために、まずはセシリアの本来の目的を知るラウラ達から逃げるべきだろう。
彼女らとの遭遇を避けられそうな方向を指定して、案内されるままにサイドカーに乗り込む。私の隣に座るべき男は断じてお前じゃない、とも言わない。
「わかった。ここも危険だし、はやく行こう」
「へ、なぜ?」
「あと一時間で禁止エリアになるという意味だが……オルコット、聞いていなかったのか?」
そう言って、聞き逃した情報を教えてくれた。この点は素直に感謝しよう。
名簿に印をつけていない総勢47人の名前を眺める。効率的に命を守るために協力できそうな青陣営の参加者は何人だろうか。そして、自分の志向を否定しそうな邪魔者は何十人いるのだろうか。などとぼんやり考えながら。
唸りを上げ始めたバイクのエンジン音が耳に届く。出発の時が迫ると知ると共に、やり残したことに気付いた。
「織斑先生」
「ん、何だ?」
それは、ただの自分の意志の再確認。
彼女らをこんなにも近くに寄り添わせて時間を共に過ごすのは、あくまで殺すまでの準備期間。
この先で何が起ころうと、彼女らと心を通わせることはない。
いつか別れを迎えるための確固たる殺意と、それを悟らせないための念押しとして。
「ありがとうございました」
「……ああ」
感謝の言葉を捧げてやった。上手く笑えていた、と思う。
【一日目 夜】
【D-3 路上】
【小野寺ユウスケ@仮面ライダーディケイド】
【所属】赤
【状態】健康、ダブルチェイサー(バイク部分)に乗車・運転中
【首輪】15枚:0枚
【コア】クワガタ:1
【装備】ダブルチェイサー@TIGER&BUNNY
【道具】なし
【思考・状況】
基本:みんなの笑顔を守るために、真木を倒す。
1.千冬さん、セシリアちゃんと一緒に行動する。
2.千冬さんとみんなを守る。仮面ライダークウガとして戦う。
3.井坂深紅郎、士、織斑一夏の偽物を警戒。
4.“赤の金のクウガ”の力を会得したい。
5.士とは戦いたくない。しかし最悪の場合は士とも戦うしかない。
6.千冬さんは、どこか姐さんと似ている……?
【備考】
※九つの世界を巡った後からの参戦です。
※ライジングフォームに覚醒しました。変身可能時間は約30秒です。
しかし千冬から聞かされたのみで、ユウスケ自身には覚醒した自覚がありません。
※千冬が立ち直ったこと、セシリアを保護したことによりセルメダルが増加しました。
【織斑千冬@インフィニット・ストラトス】
【所属】赤
【状態】精神疲労(中)、疲労(小)、深い悲しみ、ダブルチェイサー(バイク部分)の後部座席に乗車中
【首輪】130枚:0枚
【装備】白式@インフィニット・ストラトス、シックスの剣@魔人探偵脳噛ネウロ
【道具】基本支給品
【思考・状況】
基本:生徒達を守り、真木に制裁する。
1.小野寺、オルコットと一緒に行動する。
2.鳳、ボーデヴィッヒとも合流したい。
3.一夏の……偽物?
4.井坂深紅郎、士、織斑一夏の偽物を警戒。
5.小野寺は一夏に似ている。
【備考】
※参戦時期不明
※白式のISスーツは、千冬には合っていません。
※小野寺ユウスケに、織斑一夏の面影を重ねています。
※セシリアを保護したことによりセルメダルが増加しました。
【セシリア・オルコット@インフィニット・ストラトス】
【所属】青
【状態】ダメージ(中)、疲労(中)、精神疲労(極大)、倫理観の麻痺、一夏への依存、ダブルチェイサー(サイドカー部分)に乗車中
【首輪】5枚:0枚
【装備】ブルー・ティアーズ@インフィニット・ストラトス、ニューナンブM60(5/5:予備弾丸17発)@現実
【道具】基本支給品×3、スタッグフォン@仮面ライダーW、ラファール・リヴァイヴ・カスタムII@インフィニット・ストラトス
【思考・状況】
基本:一夏さんへの愛を守り抜いてみせましょう。
1.一夏さんが手に入らなくても関係ありません。敵は見境なく皆殺しにしますわ!
2.一夏さんへの愛のためなら何だって出来ますの……悪く思わないでくださいまし。
3.一夏さんへの愛のために行動しますの。殺しくらいなら平気ですわっ♪
4.織斑先生達の前では殺し合いに乗っていないフリ。賢い生き方を、ですわ。
【備考】
※参戦時期は不明です。
※制限を理解しました。
※完全に心を病んでいます。
※一応、青陣営を優勝させるつもりです。
※ブルーティアーズの完全回復まで残り5時間。
なお、回復を待たなくても使用自体は出来ます。
【共通備考】
※三人は少なくともラウラ、フェイリス、
イカロスがいないと思われる方面に移動するつもりです。
最終更新:2013年08月10日 12:38