Don't say "lazy" ◆SrxCX.Oges
あの日から今までいつだって、一夏は私に優しくしてくれた。
それなのに、私はちゃんと本音も伝えられない不器用さばかりを晒していた。
照れ臭さを抑えて私の気持ちをアピールしては、それに気付かない一夏の鈍さに怒り、後になってから一方的に感情をぶつけた私自身に少し嫌気が差す、その繰り返し。
私なりに精一杯の恋をしているつもりでも、結果は切ないほどに空回り。
一夏に都合良く甘えるだけの、後悔の思い出ばかりを積み重ねていた。
それでも、いつの日か想いをちゃんと伝えられたら、きっと一夏はこの全ての思い出を笑い話にしてくれる。
無駄に強がっている今の私も、やっと素直になれた未来の私も、一夏は両方を理解し受け止れてくれる。
その日を迎えるために、私は明日こそはと何十度目かの決意を一人固める。
半ば習慣となっているのは、失敗する度に次は次はと引き延ばし続けたことを示しているのだが。
実際、今日もまた思い返すだけでも下らないことで一夏に癇癪を起こしたきり、別れてしまったのだ。
それでも、今日は、今日の決意は本物だ。
明日こそは恋を実らせ、一夏のとなりに立てるようになる。
同じ夢を、歩けるようになる。
大丈夫、きっと叶うはず。だって、誰にも負けないくらいに好きだから。
だから、もう少し待っていてくれ。
きっともうすぐ、ちゃんと――
◆
「少し、入らせてもらってもいいかね?」
格子越しに目線を向けるアルバート・マーベルックは、篠ノ之箒にとって久方ぶりに接触する他者であった。
力関係が明らかである以上箒の意思など聞かずに踏み込んでくれば良いものをこうして訪ねてくるのは、絶対的優位から為せる余裕か、はたまた別の理由か。
「……拒否できる立場じゃないことをわかって聞いているのか?」
「ああ、それは失礼したね」
何であれ、ここで拒否したところで箒に得は無いのは明白である。ならば、この機会を利用して自分の置かれた状況を少しでも把握する方がまだ有意義だろう。
そう結論づけた箒は、眉を潜ませながら頷き、マーベリックの入室を赦した。
箒の首肯をマーベリックが見届けた直後、恐らくドアロックの解除キーでも挿し込んだのだろう、短いアラーム音が鳴ると共に鉄の扉が開け放たれる。
「先程も名乗ったかもしれないが、改めて名乗ろう。アルバート・マーベリックだ。よろしく」
室内に足を踏み入れたマーベリックの手には、小さくは無い紙袋があった。
観察するようにマーベリックを凝視する箒の視線もさして気に留める素振りを見せず、部屋の隅に置かれたテーブルの上に紙袋の中身を取り出し置いていく。
それは、濃い青のビニール袋だった。中身が透けて見えることは無く、何が入っているのかは分からない。
「その恰好だといい加減寒いだろう? こちら側の人員に頼んで、代わりの服を調達してもらったよ。私の目では確認していないが、君が通った学校の制服らしい」
マーベリックの説明を信じるならば、ビニール袋の中身は衣服のようだ。
紅椿を奪われたことで着衣の再構成が出来なくなり、肌の露出が多いISスーツのまま過ごすことを余儀なくされていた箒にとっては有難い話ではある。
「……本当に、お前は中を確認していないんだな?」
「そうだ。誓って言うよ」
例えばもしも制服だけでなく下着が一緒に入っているなら、よりにもよってこうして顔を合わせた目の前の男にこれから身に付けるそれを晒してしまった可能性もある。
箒にとって恥ずべき事態が起きたか否かを、口にははっきりと出さずに確認する。当然のように返された肯定を、マーベリックの目に好色の気配が見られないという理由で信用する。いや、せめて信用したいと言うべきか。
そんな箒の些細な苦悩をよそに、マーベリックは「さて」と一息入れ、こちらに向き直る。
「ここに来たのは、君に聞きたいことがあってね」
「その前に、」
マーベリックの声を遮り、箒は意を決し口を開く。ようやく訪れた機会を逃さぬように。
「教えろ……私は今、どういう状況に置かれている? お前らは何者だ、何が狙いで私を捕らえているんだ?」
篠ノ之箒には、この部屋に連れられるまでの間に自分に何があったのか未だ理解できていない。
最後の記憶は、銀の福音事件を仲間達と共に解決し、再び謳歌し始めた日常であった。それが途切れたと思えば、いつの間にかこのような狭苦しい部屋で監禁されている。
不覚にも良からぬことを考える連中の手に落ちたのだろう、とは大方予想がつく。しかし、それだけだ。誰が何のためにこのような真似をしたのかは、不本意でも仕立人の手先だろうマーベリックにでも聞かないと分かりようが無いのが事実だった。
「……我々、と言うより私の上の人間は、目的があって君をこうして監視下に犯せてもらっている。今はこの部屋で大人しくしていてくれればいいのだが、何かあった時に君を戦力として使いたい、という話だと聞いているよ」
「……ISが無い私に何を期待している? 紅椿はどうせお前達が奪ったのだろう」
「それも、既に手配済みだそうだ。そこは安心してくれて構わないよ」
「だとしても、お前達に協力など……!」
「……これを信じろと言うのは無理な話かもしれないがね。少なくとも、君を罪の無い善良な人間と戦わせるような真似をする気は無いよ」
食いつくような箒の視線を浴び、マーベリックは答える。
何を言うかと思えば、戦力として箒を捕らえているとのことだった。
それが、どれだけ無意味な行いであることだと分かっているのだろうか。
「だとしても、目的は何だ!? おかしな連中の抗争に付き合う気など」
「目的は私の口からは言えないな。わかってくれ、私にも事情があってな」
……これでは、何の意味も無いではないか。
ようやく接触出来た相手だというのに、ろくに情報を引き出せない。
箒相手に話すことは無いと言うだけか、それともマーベリックもまた下っ端に過ぎないのか。
何であれ、長く話したところで意味は無そうだった。
「……最後に一つ、聞かせろ」
徒労感に包まれながらも、箒はどうにか言葉を口に出した。
「巻き込まれたのは、私だけか? 私の仲間……一夏やセシリア達は、無事なんだろうな?」
最も気がかりなのは、仲間達の安否だった。
ISを奪われた時点でマーベリックの一味が箒をIS操縦者として見なしていることは明白。
ならば、同じくISを扱う一夏達もまた標的となっているのではないかとの発想に至るのは難しいことではなかった。
これだけは、どうしても今聞かねばならなかった。
「……無関係だ、などと私の口からは言えないな」
「貴様……!」
箒の右手が、沸騰する熱情のままにマーベリックの胸倉を掴む。
義憤に燃える両の瞳に射抜かれ、ぎりぎりと歯が音を立てるのを聞きながらも、マーベリックは動じない。
ほんの僅かに視線を下げ、ただ淡々と言葉を継ぐだけだった。
「私を罵倒して気が済むならそれでいい。だが、そんなことが問題ではないことくらい君にも分かるだろう」
「っ……」
憎らしいことだが、事実であった。
罵倒したところで箒の感情の問題が解決するだけ、抵抗する手段を奪われた今の状態ではマーベリックを捕らえてもその次が続かない。
結局、行き場の無い苛立ちを胸に押し込み、胸倉を掴んだ手を離すくらいしか出来なかった。
「用は済んだし私は失礼させてもらうよ……君がまだ脱出など考えているなら、精々君を訪ねる者に取り入るくらいしてみることだね」
皮肉に近い言葉を言い残し、マーベリックは背を向けた。
その背に飛び掛かる事すら、今は到底意義が無いことも明らかである。
「……聞きたいこととやらは、いいのか」
「ああ。もう確認できたからね。では、またそのうちに」
ただ彼を見送るだけの自分が、どうしようもなく歯痒かった。
◆
数時間前に行った箒への記憶改竄にぬかりが無かったか、自分で確かめたい。
マーベリックが箒との接触を周囲に申し出たのは、あくまで確認のためであった。
主催者の人員の何名かには既知の事実だが、マーベリックによる記憶改竄を受けた
バーナビー・ブルックスJr.は些細な切欠から自身の記憶の矛盾に気付くこととなった。悲しいかな、マーベリックの能力も万能ではないのだ。
こういった事情もあるためか、マーベリックの提案はあっさりと了解された。
マーベリックが主催者の一人に要請された記憶改竄、その内容は「開催の場での記憶を取り除き、自らが殺し合いに巻き込まれたことすら忘れさせよ」というものだった。
このような殺し合いを良しとしない性格である箒に必要以上の情報は与えるべきではない、特に協力者となり得る元々の仲間がいることを把握されるのは下手に希望を与えることにもなりかねない、といったような理由であった。
記憶を消し飛ばすだけの改変なら造作も無いと、マーベリックは了承し既にそのノルマを達成済みである。と言っても、拒めるような立場でもないのだが。
どうせなら真木達全員を恩人だったと誤認させるように弄ってしまえば手っ取り早いのではないか、とも思ったが、どうやら極端な改変を嫌った者がいたらしい。懐柔するなど後からでも出来るだろう、というのは何かの確信でもあるのだろうか。
確認のついでとばかりに箒に新しい衣服を与えたのは、「そういえばあの部屋は寒いだろうな」というマーベリックの何気ない発言が元となってのことだ。
少しの話し合いの末に、物品管理を担当する海東純一が衣服を手配し、訪問の際のついでとしてマーベリックが箒に手渡しすることとなった。
一応海東も同行した方が良いのではないかとは思ったが、わざわざ兵器を渡しに行くわけでも無いのに、決して暇なわけでも無い彼がいちいち同行するのは煩わしいというところだろうと一人で納得した。
極端な話だが、例えばボールペン一本の移動のために海東の同行が義務となるのであれば……主催陣営の中でも良からぬことを考える者が海東の行動を制限したいと目論んだとしても防げないことになる。
それならば、自分で用意した衣服の一着くらいはマーベリックに託し、海東も海東なりの仕事に着手したいといったところか。
それとも、マーベリックがここで何を企もうが構わないというわけなのか。
「全く、見くびられたものだな」
自室に戻り椅子に腰かけたマーベリックは、つまらなそうに一人ごちた。
記憶改竄のNEXT能力を買われて主催者としての参加を許されたマーベリックは、少なくとも能力においては一定の評価を得ている。
しかし、だからと言ってマーベリック一個人が畏れられているわけではない。自分の行動の自由こそあるが、相応の立場を持つ者から一度指示を受ければその通りにしなければならない程度の身分である。
この先も、何かトラブルが生じればマーベリックは都合よく駆り出されるのが目に見えている。そして上の立場の者達――裏リーダー者達は、マーベリックに感謝の念を抱き返礼をしようなどとは考えないのだろう。
ましてやその能力を以て反抗しようなどとは考えてもいるまい。いや、想定したところで別に恐れるに足りないと見なされているのか。
これが、敗者の扱われ方である。
シュテルンビルトで罪を暴かれ、『欲望の大聖杯』の下でも主となれなかった男の情けない有様だ。
「……このまま、終わる訳にはいくまいな」
重々しく呟きながら、マーベリックは自らの右手で左の手の甲を擦る。
そこには、彼の重ねた年齢を示す皺だけが深く刻まれていた。
『欲望の大聖杯』から令呪を託される裏リーダーの座を懸けた競争率は、何もマーベリックにとって絶望的な数字というわけではなかった。
正確に言えば、当初裏リーダーとされた者達のうち数名がその資格を失った際、空席を埋める代替者――相応の果てしない欲望を持つ者として選出されることに自信があったと言える。
裏リーダーとしての資格を失った一人は、太古の時代に於いて『英雄王』と崇められた弓兵の英霊である。
今回のデスゲームの基礎となった聖杯戦争の発祥地、言うなれば『聖杯戦争の世界』から訪れたその英霊は、疑いようも無いほどの強欲の権化であった。
世界の万物は我の所有物、そう述べた彼の態度は常に不遜であり、しかし彼の放つ威厳を目の当たりにすれば納得のいく振る舞いと思えるのも事実だった。
自らを選出した『欲望の大聖杯』すら当然のように手中に収めんとする底無しの物欲、彼の象徴たる全ての秘宝を納めた宝具、どれを取っても英雄王が裏リーダーの座に収まるには十分な説得力を持ち、六つの椅子の一角を彼が担うのは当然の話であった。
しかしその常識が覆されたのは、バトルロワイアルの開始に向けて本格的な準備に着手しようというタイミングでの出来事、英雄王が連れていた一人の男の発した命令だった。
――令呪を以て命じる。自害せよ、アーチャー。
その一節を発した男は、元来の聖杯戦争における英雄王のマスターという地位にあるらしかった。
とは言えそれは元の世界の話でしかなく、むしろ傍目にはマスターの男の方が相対的に下の側であるようにさえ映ったため、実質的には英雄王の配下のようなものだろうと思われていた。
二人の関係は決して険悪なものにも感じられなかったため、尚更マスターの男が突然に裏切りに及んだ真意はマーベリック含め誰にも読み切れない。
しかし、ともかく結果は結果。英雄王は驚愕と憤怒に目を見開いたまま己が乖離剣で腹を裂き、鮮血と呪詛の言葉を撒き散らしながら息絶えた。
この情けない死に様が、太古の英霊の勇名にはあまりに不釣り合いな英雄王の最期である。
皆が一様に呆気に取られる中、マスターであった男は言った。
強すぎる宝具を独占する彼は、いずれ我々にとっての害悪とすらなり得たからここで退場させただけだ。そのような事態になるくらいならば、彼の所有物であった宝具の数々をいっそ支給品に充てるのが丁度良いだろう。自分の陣営の参加者の手に渡れば、その者には優位に事を進められるのだから。
彼の言い分には怪しさを感じる部分も無いわけではなかったが、結局は男が何か咎められることは無かった。周囲としても、男の出方を伺いたかったのだろう。
こうして彼は今も存命し、儀式の運営者の一人としてマーベリック達と同じ空気を吸っている。
その腹の内は、未だ知れない。
英雄王以外にも、裏リーダーの座から消えた者はもう一人。数多の並行世界への侵略活動を行う大組織こと大ショッカーの首魁、『大首領』と呼ばれた存在である。
かつて仮初のトップとして祭り上げられた
門矢士でもなく、棚から牡丹餅とばかりにその地位を我が物にしようとした
月影ノブヒコでもない彼は、何十何百の怪人共から畏怖の念を一身に注がれた正真正銘の悪の親玉であった。
世界征服、などという妄言にも近い野望を実現せんとする意志に怪人共は心酔し、そして奴の貪欲さに惹かれたのは『欲望の大聖杯』も同様だ。
大首領が裏リーダーの資格たる令呪を一旦は有したことが、その証明である。
今は亡き鳴滝との間に有していた繋がりを通じて召喚され、今回の計画に参加することとなった大首領が真木達に齎した恩恵は大きい。
並行世界間を集団で往来するための技術。セルメダルの消費に伴う適応能力を開発するための手掛かりとなった、クラインの壺のデータ。万が一参加者の反逆を許した時に備えての、防衛用の戦力。いずれも大ショッカーから提供された代物だ。
これに代えて大首領が求めたのは、彼がまだ見ぬ世界に関する情報と、そこに存在する独自の技術の入手。これらは大首領が真木の計画への参与を継続するに伴って、自然と行き渡っていった。
そして、大首領はバトルロワイアルの開始前になって計画から手を引き、自らの組織へと帰還することを決断した。
彼が『欲望の大聖杯』という逸品を得る機会を自ら捨てた理由は恐らく、何れかの陣営のリーダーであるよりも、大ショッカーという組織のリーダーであり続けることを欲したためだ。
本人の意思で古巣にいつでも戻れた『大聖杯』誕生前の環境と異なり、一度裏リーダーに任命されゲームが開始すれば最後、ゲーム終了まで外部との接触を絶たれ、裏リーダーの座という名の椅子に縛り付けられることとなる。
大首領は、このような制約を課されることを嫌ったのだろう。世界の守護者たるヒーロー達と大ショッカーの軍勢との戦況は次々と変化し続けるのに、たとえ数日でも大ショッカーのトップが完全に持ち場を離れてしまうのでは話にならない。
令呪による制約の解決策として大首領が取った行動は、『大聖杯』から授かった令呪の放棄であった。
いかなる絡繰りかはマーベリックの知る所でなかったが、結果的に彼は裏リーダーの資格の辞退に成功させたのだ。
……先述したアーチャーの元マスターに後から聞いた話によると、令呪の放棄自体は本来の聖杯戦争でも可能な行為であるらしい。
その手続きに少し手を加えたプロセスで試したところ、大首領はあっさりと令呪を放棄出来たのだという。
しかし、バトルロワイアルが本格的に開始してしまった今では、同様の行動が出来るかは怪しいとのことだ。
裏リーダー同士の直接的な抗争を禁じた『大聖杯』の魔力は、令呪の移植の禁止という点においても強い効果を持つ。
大首領が令呪の放棄に成功したのは、単にタイミングが好都合であったゆえだろうというのが彼の考えである。
同様に、彼にとって既知の方法による令呪の奪取もまた、今となっては最早困難であると見るべきだとも告げられた。
「つまらぬことは考えるな」との念押しの意が含まれていると感じたのは、恐らく気のせいではあるまい。
こうして真木達の下を去った大首領は、今頃マーベリックの知らない何処かの世界で、正義と悪の戦争を高みから見下ろしていることだろう。
こちら側に置いたままの先述の防衛用戦力の怪人共が大首領に再び謁見できるのも、全てが片付いた後になるはずだ。尤も、駆け引き出来るような知識も持ち合わせない、本当にただの戦闘要員に過ぎない雑兵共をわざわざ迎えに来るか、疑問ではあるのだが。
『大聖杯』を懸けた戦争を他所にして余裕のある態度を取れるのは、『大聖杯』を手にした何者かがいつか反旗を翻す未来すら、大ショッカーにとっては数多の敵達との戦いの一つに過ぎないと見なしているためか。
しかし予測は予測でしかなく、奴の真意もまた結局マーベリックには完全に図り切れない。
このような経緯で二人の裏リーダーが舞台から降りた後、本来彼等の所有物であった二画の令呪は『欲望の大聖杯』へと還元された。
監督役を担う者の管理下に置かれることとなる本来の聖杯戦争以上に、今回の儀式において令呪の奪取の防止は徹底されているようだ。
『大聖杯』が生み出した令呪の再分配の結果を決めるのは、やはり『大聖杯』であった。
しかし裏リーダーに選出される条件が明らかとなった後では、マーベリックに懸念など無かった。
遺憾ながら強欲を競う対決において一度は後れを取ったマーベリックだが、仮にもシュテルンビルトの実質的な支配者の地位を掴みかけた自身が、まさか二度目の敗者になるとは思わなかったためだ。
欲望と覚悟に相応の自負を抱いていたマーベリックは、ある種の安心感と共に裏リーダーの再選出の時と待った。
そして……マーベリックはまたもや資格を得られなかった。
新たな裏リーダーとなった二名に敗れ、補欠合格すら叶わなかったマーベリックは連中の手下に収まらざるを得なくなった。
この事実に愕然とし表情を固めていたマーベリックの心は、裏リーダーの地位を掴んだ一人の嘲りの言葉で更に抉られた。
この結果も当然だろう。君は所詮、自己保身しか考えられない程度の器なのだから。
「それが、私の限界だと?」
人間もNEXTも、ヒーローもウロボロスも利用してマーベリックが目指したのは理想郷の創造。
この大いなる野望の正体が、保身のための言い訳だと?
野望のための手段として自らの罪をひた隠しにしていたマーベリックを、ただの小心者だと言ったか?
「……いいだろう。そこまで言うなら証明してやろうではないか。私が、断じてつまらぬ小悪党などではないとね」
元々自らの野望のためにも『欲望の大聖杯』を手に入れるつもりであったが、その理由が一つ増えた。
連中に、舐めた態度を取らせた報いを受けさせ、密やかな行動が臆病ではなくれっきとした戦略であると理解させる。マーベリックという男が偉大であったと知らしめねばならないと、新たな決意が固められる。
相応の地位を得られなかったマーベリックは、それ故に自らの欲望を強く燃やすこととなっていた。
そして達成のための一手は、既に打たれている。
◆
結局、状況はこれといって変わらなかった。
誰が敵で誰が味方かも分からず、この事態が生じた動機もはっきりしないまま。
マーベリックが立ち去ると共に、箒はまた鬱屈した時間の中へと戻された。
「一夏……」
思い返すのは、想い人の顔。
彼は今頃、どこで何をしているのだろうか。
まさか箒とは別の場所で、同じように拉致監禁されているのか。
……いや、そんな姿よりももっと自然な光景があるではないか。
一夏は、箒を救い出すために力を尽くしている。
級友にして仲間である彼女達と共に、箒の下へ一直線に空を駆けているはず。
いくらなんでも都合の良い妄想だろうと、口元から皮肉げな笑みが零れる。
ただ、箒を導いてくれた
織斑一夏という存在は、箒にとってはそんな想定をさせるのに十分であったというだけだ。
となると、自分も出来ることをしなければならない。
少しでも凛とした姿を見せるためにも、出来る事は何かと考えねばならないのだ。
「よし」
そんなことを考えながら制服の上着に袖を通し終えた箒は、ビニール袋の中に何かが残されていることに気が付いた。
袋を逆さまにするとはらりと落下したそれは、折り畳まれた一枚のメモ用紙のようだった。
何の気も無しに紙片を手に取り開いてみる。そこには、整った形の文字が並んでいた。
無意識のままに、箒はそれへと視線を落とす。
『悪い知らせだが、君に伝えなければならないことがある』
『先に伝えておくが、この手紙を見たことは我々の仲間に知られてはならない』
「ん……?」
どうやら、箒に宛てたメッセージの類であるようだ。
誰が寄越したものなのだろうか、などと頭の片隅で考えながら、箒は読み進めていく。
やはり見なければよかったと、後悔することになるのだとしても。
『織斑一夏は我々のグループの者の手によって、既に殺害された』
『この最悪の事態だけは防ぎたかったが、叶わなかったのは私の無力さゆえだ』
「――――何だ、と?」
素っ気ない文面で告げられたのは、箒の想い人の死。
まるで冗談とすら思えるほどの悲劇を知らされ、箒の脳は一瞬働きを停止する。
それでも、目だけは後の文章を捉えてしまっていた。
『既に君の救出を試みる者達が行動を開始している』
『君はこの先、君を救う者達と行動する時を待つべきだ』
『このような結果になったことは詫びようも無いが、せめて君だけは保護させてほしい』
何を言っているのだろうかと混乱するばかりの脳が、その文面の示す意味を正確に理解出来ているのかは怪しい。
心臓は暴れるように鳴り響き続け、息一つすら吐き出せなくなる。
箒の表情は、ただただ茫然としていた。
『アルバート・マーベリックより』
ぐしゃり、と紙片を握り潰す。ほとんど反射的な行動であった。
あの男は一体、何を言っているのだろうか。
一夏が死んだ? 済まない? 謝られる以前に、こんな話を受け入れろと?
幾分かの冷静さを取り戻した脳は、荒唐無稽極まりない話だと切り捨てようとしていた。
仲間達と過ごした日常からあまりにかけ離れた事象は、箒にとっていっそ非現実的ですらあったから。
……それでも、紙に書かれた情報を信頼するだけの根拠があったことは、箒にとってある意味で不幸だった。
得体の知れない連中の囚われの身となったこの状況。
その手先として先刻接触してきた、薄気味悪い笑顔を張り付けた男。
奴から向けられた、こちらに危害を加えようという邪悪な意思。
そして、奴に口利きすることで結果的に箒を庇ってくれた――今もこうして箒に情報を伝えてくれた、マーベリックという老人。
既に取り返しのつかない事態になってしまった可能性を肯定するだけの理由は、ゼロでは無かった。
「……嘘だ」
ふらりと足をもたつかせながらベッドに腰を落とした箒は、力無く否定の言葉を吐き出す。
状況を鑑みれば有り得なくはない現実を、それでも箒は信じない。いや、信じようとしない。
一夏の死体を実際に見ていない、そう簡単に死ぬような男じゃない、などとそれらしい反論は次々と思い付く。
しかし……その根本に存在するのは、自分に都合の悪い事実だから信じないなどという子供じみた理屈であることを、箒は自覚していない。
とは言え、全てを冷静に受け止めよと若い箒に求めるのは無理な話だろう。
ゆえに、箒は必死に否定する。
「早く来い、一夏」
一夏が死に、もう会えない。
篠ノ之箒が織斑一夏に向けた想いが辿り着いたのは、失恋ですらなく死別。
好きの一言も伝えられることなく、ただの乱暴者として一夏の中の箒が完成する。
酷い思い出だけが積み重ねられて、箒の育んだ恋心は幕を下ろす。
もう、“明日”なんて来ない。
「嘘だと言え、一夏ぁ……!」
想い人に縋り付くかのような言葉を、誰も受け止めてはくれない。
部屋の片隅で怯えるように身を縮める箒を、誰も抱きしめたりはしない。
ただ、冷え切った空気だけが箒の身体を包んでいた。
◆
マーベリックが陣営の裏の主になることが叶わなかったのは動かしようのない事実。魔術の類に疎いゆえに、令呪の奪取など実行する術も無い。仮に縁あってその方法を知れたとして、能力自体が戦闘向きでないのでは実戦で勝ち目が無い。
こうして振り返れば、聖杯の力を目当てにする今のマーベリックに出来るのは六色の陣営の中で優勝候補と見える陣営の裏リーダーに媚び諂うのが精々だろう。
結局、お零れを狙うことでしか『欲望の大聖杯』には肖れないのだ。
そんな屈辱的な結論を出そうとしていたマーベリックが一つの論点に気付いたのは、
ガメルと呼ばれたグリードがオーズに敗れ、そのオーズもまたディケイドに撃墜される様がモニター画面に映し出された時であった。
この二名は行動方針こそ特殊とは言え、正攻法でバトルロワイアルの勝者となることなど考えていない。そんな二人が、他の追随を許さぬ実力を保有している事実。
ここで思い至ったのは、発想の転換。
バトルロワイアルの様相を六色に色分けするのではなく、二色に塗り変えれば良いのではないか。
『赤』やら『白』やら『紫』といった陣営の色ではなく。参加者の方針によって、『バトルロワイアルに肯定的な人間』と『バトルロワイアルに否定的な人間』の二項対立の構造で全体を見直せば、また違った景色が見えた。
『欲望の大聖杯』が呼び出した参加者には、思いのほか理性的な人間が多い。開始時点での各人のスタンスを鑑みても、ざっと五割以上は『否定派』であった。
そして『肯定派』だけが特筆すべき戦力を保有していると言うわけではなく、『否定派』を支える数の論理はそのまま維持されていたと言える。
ここまで条件が揃っているなら、話は簡単だ。
どうせ正攻法での勝者となることが叶わないなら、このゲーム自体を『否定派』がノーゲームに終わらせてしまう時を待てばよい。
自分らの権益にのみ執心している裏リーダー達を『否定派』が力を合わせて残らず退場させ、マーベリック一人が『否定派』と共に勝ち残る。
儀式の完遂が叶わず役目を果たせなくなった『欲望の大聖杯』など、その後で今回の儀式と関わりの無い者達と協力して――あるいは、記憶を捻じ曲げられた奴隷として扱って――時間をかけて解明していけば済む話だろう。
「……ふん、簡単な話じゃないか」
そう、マーベリックはかつてのシュテルンビルトでの在り方を再現するだけで良い。
悪に対して従う素振りを見せ、一方で正義に媚を売り、最後は有益となる方のみを味方とし、邪魔となった残りを切り捨てる。
あの頃と同じように、いや、より慎重に行動を積み重ねていけば、最後に笑うのはマーベリックなのだ。
この方針を選ぶ上でマーベリックの強みとなるのは、何も記憶改竄のNEXT能力に限らない。
相手の隙さえ突ければほぼ完全に実質的な支配下に置けることが記憶改竄の能力の特長だが、そのためには相手との間に信頼関係を築く必要がある。
この条件を満たす上で、マーベリックが主催陣営の連中以外の者には存在すら認識されていないのがアドバンテージだろう。
これは実際に『否定派』が主催陣営への本拠地に突入を仕掛けた際、「自分は事情があって主催陣営にいるが、今は君達に協力的だ」と持ちかける余地があることを意味する。
万が一マーベリックもまた望んで主催陣営に参入したことを告げられたとしても、マーベリックの本心はマーベリックにしか証明できない以上、最後は水掛け論にならざるを得ない。
そこでマーベリックの潔白を重ねて証明するのが、篠ノ之箒である。
マーベリックは既に二つ、箒に自らを信用させるための仕込みを済ませている。
一つは、NEXT能力での記憶の改竄。
主催一同に要請された「自らが殺し合いに巻き込まれた自覚の喪失」という記憶を植え付ける際、実はマーベリックは更にもう一つの改竄を加えていた。
それは、彼女が海東純一と接触した際の記憶を取り除かず、その一部始終に少し改変を加えて記憶させるというものだ。
海東純一は“何らかの理由により”箒に危害を加えようとする意思を示した。その際に近くを立ち寄ったマーベリックが海東を説得し、箒への暴行を止めさせた。
酷く曖昧な記憶であるが、少なくともマーベリックが箒を害する意図が無いと示す出来事。この事実を、箒の脳内に捏造したのだ。
海東を敵対者のポジションに置いたまま、マーベリックが敵対者でない可能性の片鱗を見せたというのが箒にとっての事実。これに相違を主張できる者は海東純一一人だけ、彼以外には誰も捏造を証明できない。
そしてマーベリックへの僅かな疑念を箒の頭に植え付けたところで、配達役の務めを果たす傍ら、荷物に紙片を潜ませることで箒に幾つかの情報を伝えた。
これが、第二の一手。マーベリックにとって都合の良い動きを箒に取らせるためのものだ。
一夏の死は、自分を攫った連中への箒の怒りと憎しみを焚き付けるため。
箒を救出しようとする者達の存在は、箒が今の状況を打開するための決意を固める手助けとするため。
アルバート・マーベリックの名前を添えたのは、先刻自分を助けた者が自分の味方になり得る人物であると思わせるため。
また殺し合いという状況や真木清人の名前を伝えなかったのは、箒の口からマーベリックの反逆の下準備が露呈するという由々しき事態を防ぐため。
あの手紙一つだけで箒がマーベリックに靡くはずがない。しかし、このような小さな行動でも重ねて行けば、いずれ箒は主催者の中でもマーベリックに対してのみ敵対感情を和らげていくこととなるだろう。
いつか『否定派』が彼女の下に辿り着いた時までに、箒をマーベリックに信頼を抱く同志、マーベリックを守護する剣とするために、今はじっくりと準備をする。
今のマーベリックが味方とするべきは、最早儀式の成就を願う者達ではない。この中でただ一人、儀式の破綻を欲する――言うなれば、ヒーローの素質を持つ篠ノ之箒こそマーベリックの味方となるべきなのだ。
ただ大人しく従うだけのマーベリックを見下す連中には見えない部分で、逆転の下準備は着実に進めている。
あとは、マーベリックの待ち望んだ正義のヒーロー達が目の前に姿を現すその時まで、慎重に立ち振る舞うのみ。
何、心配はいらない。今の彼等の中には、マーベリックの悪意を証明できるものなどいないのだから。
……少なくとも一人を除いて、ではあるが。
「君がそのまま朽ち果ててくれたら、私にとってはとても嬉しい話なのだがね」
自室に備えられたモニター画面の一つを、マーベリックは忌々しげに見つめる。
そこに映し出されているのは、正義の炎を絶やしかけ、弱々しい背中を晒す一人の青年の姿であった。
「親を喜ばせるのは子の責務というものだ。賢い君なら分かるだろう、バーナビー?」
現状においてある意味では最大の障害となるのは、マーベリックの本性を記憶に刻んだ『息子』である。
叶うならば今すぐにでもこの手で消し去ってしまいたいのに、と言わずにはいられない思い出を保持する彼へ向けて語りかけた言葉は、当然ながら届くことなどなかった。
【二日目 深夜】
【???】
【アルバート・マーベリック@TIGER&BUNNY】
【所属】無し
【状態】健康
【首輪】無し
【コア】不明
【装備】不明
【道具】不明
【思考・状況】
基本:『欲望の大聖杯』を手に入れるために、今回のバトルロワイアルを破綻させる。
1:対主催の参加者が主催陣を打倒することを当面の到達点とする。
2:対主催の参加者およびその同志への手助けを行い、協力者としての地位を固める。
3:今は篠ノ之箒へと便宜を図っておく。
4:必要となれば記憶改竄の能力も使用する。
【備考】
※第23話以降からの参戦です。
【篠ノ之箒@インフィニット・ストラトス】
【所属】無し
【状態】健康、IS学園制服を着用中
【首輪】無し
【コア】不明
【装備】無し
【道具】無し
【思考・状況】
基本:この状況を打破する。
0:一夏……!
【備考】
※アニメ第一期終了後以降からの参戦です。
※マーベリックにより記憶改竄を受けています。内容は「バトルロワイアル開始時の記憶の消滅」「マーベリックが海東純一から箒を庇ったという事実の捏造」です。
【全体備考】
※【アーチャー@Fate/Zero】は主催陣営の一員および何れかの陣営の裏リーダーでしたが、バトルロワイアル開始前に死亡しました。
※【大首領@仮面ライダーディケイド(?)】は主催陣営の一員および何れかの陣営の裏リーダーでしたが、バトルロワイアル開始前に主催者の地位を辞退し、令呪も放棄しました。既にバトルロワイアル会場および主催陣営の本拠地から立ち去っています。
※アーチャーと大首領の所持していた令呪は、それぞれ欲望の大聖杯によって再選出された裏リーダーへと移譲されました。
※「アーチャーを令呪によって自害させた男」が主催陣営に存在します。
※マーベリックの行った記憶改竄のうち「バトルロワイアル開始時の記憶の消滅」の実行は主催者一同に把握されていますが、「マーベリックが海東純一から箒を庇ったという事実の捏造」の実行は現時点でマーベリックしか把握していません。
最終更新:2015年07月29日 23:23