姉妹と兄弟とワイルドカード ◆MiRaiTlHUI
篠ノ之箒が目を覚ました時、真っ先に視界に飛び込んで来たのは、見知らぬコンクリートの天井だった。
「……ッ!?」
ぼんやりなどしていられない。申し訳程度に身体に掛けられていた薄い掛け布団を剥ぎ取った箒は、がばっと身を起こして、ここは何処だと周囲を見渡す。
およそ人が住まう場所とも思えない、四方全面がコンクリートに囲まれた小さな一室だった。当然、見覚えのある部屋ではない。
あちこちに何に使うのかもよく分からない機械が設置されていて、ところどころには、壁から壁へと剥き出しになったパイプが繋がっている。そんな部屋の隅に、簡素な鉄パイプのベッドが置いてある。箒はそこに寝かされていた。
「何処だ、ここは……!? 私は何故……」
何故、こんなところにいるのか――というよりも、何故生きているのか、という疑問の方が強かった。
やや痛む頭を押さえて、己が記憶を辿る。篠ノ之箒は、あの広場で緑色の虫頭に戦いを挑み、そして首輪を爆破され死んだ筈だった。
そう。死んだ、はず……なのだ。
少なくとも箒の頭は、自分は死んだものであると記憶している。
その認識が、異常極まるバトルロワイアルに対しての義憤とか、真木清人とかいう許し難い悪鬼に対する激情とか、そういう人として当たり前の感情全てを後回しにさせる程に箒を狼狽させる。
「どういう……ことだ……!?」
自分が死んだ痛みの記憶は確かにある。間違いはないはずだ。
今の自分が身に纏う服装だって、着慣れたIS学園の制服でもなければ、就寝時に着用する寝巻でもない、IS装着中に身に纏うインナースーツだ。これを着ているということは、つまり意識を失う直前までISを装着していた、ということに他ならない。それはやはり、あの虫頭にISで挑んで、その直後殺されたから、ということではないのか。
だが、考えても考えても答えは出ない。自分は今生きている。それが全てだ。
「くっ……今はそんなことを考えても仕方がないか」
もうじっと考えるのは止めようと思った。
自分はやはりあの時死んだのではないか、もしかしたらもう死んで幽霊にでもなっているのではないか……そういうそんな有り得ない想像をして不安になったところで仕方がない。今はそういう不吉な考えは後にして、何らかの行動を起こすのが先決かと思われた。
まずは、仲間との連絡が取れないか模索する。
通信機の類は――当然ながら、部屋を見渡す限りでは見受けられない。あの虫頭に挑んだ時点では腕に装着されていた筈のIS「紅椿」も、今はもう何処にも見当たらない。力がない以上、強引に脱出するのは不可能だ。
一応、部屋に一つしかない扉のドアノブに手を掛けてみるも、予想通り、外側から鍵が掛けられているらしく、内側からは開けられなかった。が、扉には鉄格子つきの窓がついている。箒はそこから外の様子を窺うが――そこから見えるのは、いっそ冷たい印象すら抱く静謐に包まれたコンクリートの廊下だけだ。灯りも乏しく、薄暗い廊下の奥に何があるのかはここからでは判然としない。
(やはり……これは……)
短い探索ののちに、箒は――元より薄々感づいてはいたが――今の自分のおかれた状況が、所謂監禁状態であるのだと察した。
だが、それが分かったということは、精神的にも進展はあった。こうして監禁する必要があるということは、自分はまだ死んでいないということだ。何らかの利用価値があって、生かされているということだ。そしてそんなことをするのは、おそらくあの真木清人をおいて他には存在しない。
自分はまだ死んでいなかった、という喜びよりも、敵の手の内に落ちてしまったことへの憤りが箒の中で蟠る。それを吐き出す術を持たない箒は、鉄の扉を殴りつけて、意味もない八つ当たりをするしか出来なかった。
それから数十分も経過した頃、脱出する術もなくただベッドに座って時の経過を待っていた箒は、廊下の奥から聞こえる足音に、耳ざとく反応し動きを止めた。
乾いた革靴の音だ。それが、コツ、コツ、と冷たい空間に反響して、次第に聞こえる音が大きくなってくる。誰かが歩いている。それも、この部屋に接近している。
どうしようもない現状にただ義憤を募らせるだけしか出来ない自分にうんざりしていた箒だったが、ようやく事が進展する気配を見せたのだ、最早じっとしていられる訳がない。
餌に飛びつく肉食獣さながら飛び上がった箒は、扉の鉄格子に掴み掛かって、廊下を行く人影に怒号を飛ばした。
「――おい、そこのお前ッ! 止まれ、状況を説明しろッ!!」
箒の声に気付いた人影は一瞬動きを止めたが、すぐに箒の部屋の前まで歩を進めた。
薄暗い闇の中、人影はいっそ不気味な程に引き攣った満面の笑みを顔面に張り付けて、扉越しに軽く会釈をした。
悪意があるのかそうでないのかも判然としない笑みだけを浮かべた長身の男は、見た所アジア人――どころか、箒と同じ日本人らしい顔立ちをしている。しかしその服装は、何処かの国の軍人か高官かといった風情の制服だ。
何らかの組織の人間だろうか、そんな疑問を浮かべて一瞬言葉を詰まらせた箒に、男はその笑顔のまま声をかけた。
「お目覚めになられたようですね……申し訳ございません、このような質素な部屋で」
「そんなことはいい、私は状況を説明しろと言っているんだ!」
「あなたはこのバトルロワイアルの間、ここに監禁されることになっています。言わば、人質です」
機械のような笑顔のままで男はそう言うのだ。
箒の質問には確かに答えたことになるのだろうが、そんなことは言われるまでもなく大凡予想は出来ている。知りたいのは、何故箒がこんな場所で監禁されねばならないのか、一体何に対しての人質なのか、だ。
それについて問い質そうとした箒に、男は
「ああ、申し遅れました。私はエリア管理委員会次官、海東純一と申します」
と、自らの名前と身分を明かした。
「もっとも、今はこの肩書きにも大した意味はありませんが」と付け加える。
そこで箒は気付いた。海東純一と名乗ったこの男、顔には満面の笑みを浮かべているが、その眼は何処までも冷たく、何処か底の知れない、深い闇を秘めている。この状況による警戒心が、余計に強く、箒にそういう印象を抱かせた。
そんな相手に、感情を剥き出しにして喰って掛かるのはあまり賢くはない。そう思った箒は、一旦深呼吸をして気を沈め、やや抑えた声で続けた。
「……いいだろう、それは分かった。次の質問をしたい……構わないか」
「ええ、私に答えられる範囲でよろしければ、何でもお答えしましょう」
そう言って微笑みかける男が、その優しさが、箒には堪らなく不気味に感じられた。
何を知ったところで、箒にはどうにも出来ないから、とか。そういう余裕の表れだろうか。だとすればこの上なく屈辱的だが、しかしだからといって立ち止まる訳にもいかない。
箒は構わず質問をした。
「まず第一に……一応聞くが、私は誰に対しての人質になり得る?」
「篠ノ之束さんです。彼女ほどの技術力を持った人間は、あらゆる世界を探し回ってもそうはいません」
「……やはり、か……」
概ね予想通り、といったところか。嫌な予感が的中してしまったと、箒は頭を抱える思いだった。
「予想通り、といった様子ですね」
海東の言葉に、小さな嘆息で返す箒。
奴らの目的はIS開発者の篠ノ之束らしい。
束に対して人質として機能するのは、彼女の身内である箒と、親友である千冬、そして弟の一夏の三人だけだ。それゆえ、元より箒をはじめとした三人は常に危険に晒されているようなものだ。だからこそ、外部からのあらゆる圧力の届かないIS学園に通っていたのだが――よもやIS学園在学中にこんな事態に巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。
「だがしかし……それならば、一夏は……
織斑一夏と、
織斑千冬は?」
「彼らはバトルロワイアルの正式な参加者です。篠ノ之束さんが協力を快諾してくだされば、一夏さんと千冬さんだけは特別に我々で保護しましょう、と提案したのですが……」
海東は笑顔のまま、さも困ったように口を濁した。
どうやら束は未だその要求を呑んでいないらしいが、成程確かに真木の考えは卑劣だが上手い。束は、妹である箒のことを溺愛しているし、千冬と一夏にもそれに準ずる愛情をもって接している。千冬と一夏をいつ死ぬかも分からない殺し合いに放り込んで、一刻も早く束を味方に付けようというのだろう。
「なら、私を殺し合いの面子から外したのは……!?」
「ドクター真木から篠ノ之束さんへの、せめてもの優しさです」
「人に殺し合いを強要する連中が優しさだと? 聞いて呆れる……ッ!」
「御尤もです」
笑顔でそう言う海東に、箒は挑発でもされているのかと思った。
が、今ここでキレることは無意味だ。鉄格子越しにその満面の笑みに木刀の一撃でも叩き込んでやりたい気持ちを抑えて、箒は考える。
おそらく、束の寵愛の最たる対象である箒まで殺してしまっては、もう永久に束に協力して貰える日が来ないのだと判断されたのだろう。だとしたら箒の命の安全だけは保障されたようなものだが、しかし一夏と千冬は未だに殺し合いの渦中にいることになる。
「……私以外の二人は、その……今も無事なのか」
「それはお答えできません」
「ッ、何故だッ! 貴様に答えられることなら何でも答えるんじゃなかったのか!?」
「ええ。ですが……聞かない方がいいこともあるでしょう」
「……ッ」
その一言で、箒は察してしまった。
既に、一夏か千冬、もしくはその両方が、死亡している。
確たる証拠は何もないとはいえ、それを一瞬でも想像してしまった時、箒の脚から力が抜けた。鉄格子にしがみついたまま、力なく項垂れる。恐ろしほどの寒気が、ぞっと背筋を駆け抜けた。もうあの日々には帰れないのか、と思ってしまった。
「……大丈夫ですか、箒さん」
「……」
「安心してください、ドクターには何らかのお考えがあるようです。人質が全員死亡してしまっては意味がありませんから――篠ノ之束さんさえ協力してくださるのなら、彼らのみ蘇生でもするつもりなのではないしょうか」
「……ッ、それで! あの人が条件を呑むとでも思っているのか、貴様らは!?」
海東は、その笑顔を一ミリも動かさず、何の返答もしなかった。
奴らは篠ノ之束という人間を分かっていない。一度でも一夏か千冬が死んでしまったなら、例え蘇生をさせたとて、あの姉が真木らを許すとは思えない。それどころか、こうして今も条件を呑まない事を考えると、もう既に彼女は何か企んでいるのかもしれない。
常人が計り知れる人間ではないのだ、篠ノ之束という天才は。
どんな常識もあの人には通用しないし、妹である箒や、親友である千冬にすら、彼女の突飛な行動は予測し切れない。言うなれば猛獣だ。自由気まま、本能の赴くまま放埓に行動する、誰も予測の出来ない一匹狼だ。
そんな人間を手懐けようとすれば、必ず痛い目を見る。それを真木らはまるでわかっていない。
そのまま言葉を失ってしまった箒の耳に、今度は別の人物の足音が聞こえてきた。
ふいに顔を上げた箒は、鉄格子の奥の闇から姿を現した男に視線をやる。
小奇麗なスーツをぴしっと着こなし、白髪を丁寧に撫でつけた西洋風の老人だ。そこそこいい体格をしていて、額には大きな疣が目立っている。眼鏡の奥の青い瞳は海東純一以上に座っていて、やはり底が知れない。
男は包容力さえ感じさせる優しげな笑みを浮かべ、海東の肩を叩いた。
「少しお喋りが過ぎるんじゃないかね、純一くん?」
「申し訳ございません、マーベリックさん……ですが、どうせ私が話したところですぐに忘れてしまいます。これくらいなら構わないかと思って」
「ははは、彼女に対する、せめてもの慈悲という訳か。優しい男だな、きみは」
「恐縮です」
マーベリックと呼ばれた男の笑みに、海東は諂うように頭を下げた。
箒はマーベリックよりも、海東が口にした言葉の方が気になって、再び怒号を上げた。
「すぐに忘れてしまう、だと!? どういうことだ!? 何を言っている!?」
海東がマーベリックとアイコンタクトを交わして、一歩前へ踏み出る。マーベリックは小さく首肯して一歩下がった。
「最後に説明してあげましょう。あなたが
ウヴァさんとの戦闘ののち、首輪を爆破され死亡した、という記憶は全ての参加者が共有している記憶ですが……それは虚偽の記憶です。我々には、記憶の改竄が可能なのです」
「なっ……それなら、私はっ!?」
「この会話もすぐに忘れてしまうことでしょう」
絶句する。が、言葉を止めてしまうと、会話が終わったものと見なされる。
海東は「最後に」と言った。おそらく、この会話が終われば、この事実さえも嘘になって――それどころか、箒の中の真実が、何処まで嘘になってしまうかもわからない。
箒は我武者羅になって会話を繋いだ。
「だがッ! そんな能力があるなら、それを束姉さんに使えば……!」
「彼女の技術に関する記憶まで消してしまう訳にはいきませんので」
「だったらッ! だったら……ッ、私の前に殺されたあの少女は!?」
「椎名まゆりは正真正銘……ただの見せしめです」
「そんなっ――」
「もういいかね、これ以上知りたいこともないだろう?」
マーベリックの言葉に、箒はそれ以上の言葉を失った。
状況があまりにも急過ぎて、思考がついていけない。何も言えない箒とマーベリックに、海東は最後に会釈をすると、踵を返して何処かへと立ち去っていった。
待て、と呼び止めることも出来なかった。鉄格子に飛びついた瞬間、目に飛び込んで来た光が、箒の意識を奪ったのだ。
◆
海東純一が、篠ノ之箒が監禁されている部屋の前を通り掛かったのは、たまたまだった。
少しだけバトルロワイアルの会場に用があった純一は、誰もいないフィールドに行って、用を済ませて戻って来たところを箒に呼び止められたのだ。特に急ぐ用事もなかった純一は暇潰しといった感覚で箒に情報を教えてやったのだが、
(今頃はすべて忘れている頃だろうな……同情するよ)
純一は、およそ人の感情など感じられぬ凍り付いた表情で、さっき話した小娘を思い出す。
アルバート・マーベリックの能力とは、記憶の改竄である。
どんなに拙い情報を知られた相手であろうが、始末をする必要もなければ戦わずして洗脳し、自らの手の内に落とすことすら出来るその能力は、あまりにも恐ろしい。
純一は、そんな相手を表だって敵に回そうと考える程愚かではなかった。だから、フォーティーンに尽くしていた時と何ら変わらぬ態度で諂って、真木やマーベリックらに同調してみせているのだ。
それも全ては野望のため。あの真木清人を越えて、全ての世界を支配するという大きな目的のための韜晦なのだ。
(そのためにも、コイツは返して貰ったぞ。貴重な戦力だからな)
手の中にある金色のケルベロスが描かれたカードに視線を向ける。
ワイルドエース、ケルベロスアンデッドが封印されたラウズカードだ。
所詮人工物でしかないグレイブバックルは幾らでも複製が効くが、世界に一枚しか存在しないケルベロスのカードは失う訳にはいかない。
純一は、アンクロストと仮面ライダーダブルらが戦った場所に自ら出向き、誰も回収することなく放置されていたケルベロスのカードを回収して来たのだ。
とはいうものの、会場に居た時間は一分にも満たない。
カオスが暴風雨を起こして大暴れしたあの場所では、すぐに他の参加者が駆け付けて来る可能性もあったから、要件だけを済ませた純一は他には目もくれずこの本拠地へと転移して来たのである。
それ故、純一の姿を見たものはいない。確実に、だ。
(もっとも、最早グレイブなどなくとも問題はないが……)
思いながら、ケルベロスのカードを、ポケットの中の十四枚のラウズカードの束に加える。
純一の制服の内ポケットには、純一の持つハートスートのラウズカードに対応する、赤いハートの宝石が刻まれたカードリーダーが眠っている。
それは、とある世界で「最強のライダーシステム」と謳われたもの。その名を、カリスラウザーと云う。
真木らによる支給品選定の段階で、海東自身がそれに目を付け、誰かに支給される前にこっそりとリストから抜いておいたのだ。
全参加者に配られる「九つの世界」に属するライダーシステムの総数は、ゲームにおける仮面ライダーのバランスも鑑みて、十が限界だと真木が言っていた。つまり、既に十個のライダーシステムが支給されている以上、最早誰もこのカリスラウザーには目を向けないということだ。
では、何故純一はカリスラウザーに目を付けたのか。
海東純一が目を付けたのは、「剣の世界」で四条ハジメが企んだ、“人間による最強のアンデッドへの進化”というデータだった。四条ハジメは既にディケイドによって破壊されているが、しかし彼が残したデータは純一にとっても素晴らしく魅力的だったのだ。
彼がカテゴリーエースの四枚と、四つのライダーシステムのデータを用いて精製したジョーカーのカードは、本来ならば驚異的なスペックを誇る怪人である筈だった。
だけれども、四条ハジメ如きでは融合係数的にもジョーカーの能力を引き出せず、あっけなくディケイドに破壊されてしまったという訳だ。
秘密裏に奴の研究を引き継いだ純一は、奴が精製した、四隅にカテゴリーエースの紋章が刻まれたジョーカーのカードと、ハートスートのラウズカード十三枚、そして自分のワイルドエース・ケルベロスのカードを使って、四条ハジメのジョーカーをも越える第二のジョーカーになるつもりなのだった。
そして、海東純一という人間自身、驚異的なレベルでジョーカーのカードと惹き合っているのだった。
それが一体何故なのか、純一自身にも分かりはしないが――こうもジョーカーと相性がいいとなれば、もしかすると、無数に存在する並行世界の何処かでは、自分がジョーカーになっていた世界があったのではないか、そんな妄想さえしてしまう程だった。
「……もうそろそろ放送か」
ややあって、ふいに立ち止まった純一は、腕時計を見遣って、ぽつりと呟いた。
この殺し合いには弟である
海東大樹が参加させられている。真木らに対し、大樹の参戦など自分にとってはどうでもよいことであると言っておいたが――本音を言えば、純一は少しだけ大樹のことが気掛かりだった。
現時点での情報を純一は得ていない。果たして、大樹が生きているのか、死んでいるのかも知れないのだ。
次の放送で、もしも大樹の名が呼ばれることがあったら。
(……いや、よそう。そんなことを考えて何になるというんだ)
野望の前には、たとえ唯一の肉親だとはいえ、捨て石にする覚悟も辞さないと決めた筈だ。全てを支配する、という純一の最終目的のために、大樹の存在が邪魔になるというのであれば排除することも辞さないと決めた筈だ。
それがたとえたった一人の弟でも……と、考えたところで、純一は篠ノ之束のことを思い出した。
彼女にも、最早肉親は妹の箒しかいない筈だが、しかし彼女は何を考えているのか、未だにドクターの協力要請に返答をしずにいる。もしや、彼女にも何か、あの真木ですら考えも及ばないような考えがあるのではないか。
純一は、少しだけ束という人間のことが気になった。
◆
このバトルロワイアルの会場内で起こるあらゆる事象を観察する者がいた。
常に送られてくる情報を仔細に取り入れながらも、真木は傍らで尻尾を揺らめかす小動物――インキュベーターに話しかける……ように見せかけて、真木の左肩に座った物言わぬ人形に語りかける。
「純一くんが、何やら不穏な動きをしているようですね」
「うん、気付かれていないとでも思っているのかな。それとも、気付かれても構わないと考えているのか……どっちだろうね、清人?」
「どちらでも構いません。我々の目的の妨げになるなら、排除するまでです」
「でも、まだその段階じゃないだろう? もう少し泳がせておいてもいいんじゃないかな」
そう言うインキュベーターはおそらく、純一を泳がせてその真の目的を探ろう、というのだろう。
確かに、目的という程のものもないのであれば、それはそれで構わないし、仮に何かを企んでいるとしても、真木らにも利用できる企みであるなら搾取すればいいだけだ。もしもそのどちらでもなく、ただただ邪魔にしかならないようであれば、その時は排除すればいい。
現時点で、真木は海東純一を微塵も恐れてはいないのだった。あらゆる世界で得た力と盟友が味方してくれている真木を、海東純一如きがたった一人で覆せる訳がないのだ。
その気になれば、容易く排除出来る。だから泳がせる。それだけの話だった。
今は精々、あの男に監視用のインキュベーターを一つ付けておくくらいで十分だと思われた。
「ところで、もうすぐ放送の時間だよ、清人」
「……ええ、わかっていますよ。事は全て順調です」
「そうかい。だったら安心だ。
……それにしてもまさか、彼らがここまで順調に殺し合ってくれるなんてね」
「想定通りですよ。己のためなら他者を蹴落とすことなど厭わない……人の欲望とはかくも醜いものなのです」
嘆かわしい限りです、と付け加えて、真木はやれやれとばかりに嘆息する。
欲望塗れの人の世はこの上もなく醜悪だ。だから、こんな世界は終わらせてしまう必要がある。美しいものがまだ美しいと思えているうちに、何もかもを終わらせて、そしてこの世界を“完成”させる必要がある。真木は改めてそう思った。
それはインキュベーターの目的にも一致する。一つの世界の終末と同時に発生するエネルギーは、魔法少女一人二人の魔女化に際して発生するエネルギーの比ではない。それらを回収して、宇宙の熱的死を防ごうというのが、彼らインキュベーターの目的だ。
世界が終わったあとも宇宙は続いて行くというのは、真の終焉とは呼べないのでは、とも考えはしたが、それでも真木の計画では人類に観測出来る限りの世界は終焉を迎えることになる。あとに残るのは、完成した美しい世界を観測する宇宙、だけだ。
だから真木は、インキュベーターとも結託したのだった。
その計画の一環である、無数の世界を巻き込んだ催しは、既に開始してから六時間が経過しようとしている。
この六時間をただ観測だけに費やして来た真木らであるが、いよいよ次の仕事を果たすべき時がやってきた。
「……では、私は放送の準備がありますので」
定時放送である。
白い獣の形をした端末にそう告げおもむろに立ち上がった真木は、そのまま部屋を立ち去っていった。
【全体備考】
※主催側に【海東純一@仮面ライダーディケイド】が存在します。
※主催側に【アルバート・マーベリック@TIGER&BUNNY】が存在します。
※主催側に【篠ノ之箒@インフィニット・ストラトス】が監禁されています。
おそらく【篠ノ之束@インフィニット・ストラトス】も監禁されています。
※箒を含む全参加者が、「箒は首輪を爆破され死亡した」という虚偽の記憶を、マーベリックのNEXT能力によって植えつけられています。
※箒自身も現在マーベリックの能力によって再び意識を失っています。目覚めた時には何らかの記憶の改変がなされているはずです。
※海東純一はカリスラウザーとハートスートのラウズカード、ジョーカー(DCD版)のカード、ケルベロスのカードを所持しています。会場には既にケルベロスのカードは存在しません。
最終更新:2015年02月19日 12:23