正義のためなら鬼となる  ◆MiRaiTlHUI


 支給されたルールブックを流し読みした映司の身体は、やり場のない憤りをぶつけるように、コンクリートの壁に拳を打ち付けた。
 何処か日本離れしたビルの壁は、人一人の力では微塵も揺れはしない。ただ映司は己の拳に痛みを感じただけだった。
 だけれども、今はそんな痛みさえも気になりはしない。最早人ですら無くなりかけている身体への痛みなど、この心の痛みに比べれば些細なものだった。

「……また、届かなかった」

 壁に着いた両手で身体を支えながら、映司は嗚咽交じりに声を漏らす。
 ほんの数分前、目の前で起こった非情な現実を思い出そうとすれば、否応なしに蘇って来るのは、かつての紛争の記憶。
 手を伸ばせば届きそうだったのに……この手は届かず、爆発に巻き込まれる少女を助ける事は出来なかった。
 映司は、あの日爆発に巻き込まれ死んだ少女を、首輪を爆発された二人の少女を、またしても救う事が出来なかったのだ。

「俺の腕、力っ……手を伸ばせば、届いた筈なのにっ!」

 目を伏せた映司の視界に入ったのは、デイバッグから顔を見せるオーズドライバーだった。
 映司の手には、古代の王たるオーズの力がある。この力は、何処までも届く映司の腕となる筈ではなかったのか。
 二人の少女が殺されたという事実もそうだが、それ以上に彼女らに腕を伸ばせなかった自分を、映司は責めていた。
 あの時映司は、何が起こっているのかをまるで把握出来ず、ただ困惑して手を拱いているだけしか出来なかったのだ。
 あっと言う間に一人の少女が殺され、また気付いた時には、既に二人目が殺されていたのだ。
 間に合わなかったから、など言い訳をするつもりはない。
 二人の少女はもう、死んでしまったのだ。
 死んだ命はもう、帰ってはこない。
 ならば。

「……こんな事、やめさせなくちゃ」

 映司の瞳に光が、紫がかった光が宿る。
 彼女らが殺されたのは、ちっぽけな人間の欲望の為だ。
 下らない欲望が人を殺し、今また多くの命を散らそうとしているのだ。
 そんな事は、絶対にやめさせなければならない。
 その為には、どうすればいいか――

「こんなゲーム、やめさせなくちゃ……コアメダルは、全部砕かなくちゃ……!」

 コアメダルなんてものがあるから、真木はこんな過ちを犯した。
 コアメダルなんてものがあるから人は狂い、欲望が新たな悲しみを生むのだ。
 ならばメダルは全て破壊する。今の映司には、それをするだけの力がある。
 あやふやな触覚ながらも、映司は自分の胸元に手を当てた。
 力は感じる。紫のコアは、確かに映司の中で鼓動していた。

「グリードは全部砕くっ……それで、ノーゲームにしてしまえばっ!」

 そうすれば、殺し合いは成立しない。
 陣営のリーダーたるグリードが全滅すれば、誰が勝つという事も無くなる筈だ。
 そして映司には既に、もう一人のアンクカザリのコアを砕き、その存在を消滅させた実績がある。
 どういう訳か、この会場には砕いた筈のグリードまでもが参加しているらしいが、最早関係はない。
 この場にグリードが居ると云うなら、映司は紫の「無」の力で以て、その命を砕いてみせよう。
 そして、それが出来るのはオーズと、紫のコア―プトティラ―を使用出来る火野映司ただ一人。
 それを考えた刹那、この一年間を共に戦って来た友の姿が脳裏を過るが――

(悪い、アンク……もう迷ってる場合じゃないんだ。人が、大勢死ぬかもしれないんだ)

 胸中でそう呟き、かぶりを振って、友であるアンクの幻影を振り切る。
 正義の為なら、人は何処までも残酷になれる。自分の言葉を思い出し、改めて映司は、全く以てその通りだと思った。
 アンクは、映司にとって大切な存在だ。だけれども、コアメダルが引き起こす悲劇を、映司はこれ以上容認する事は出来ない。
 映司は映司の中の正義を貫く為、より多くの命を守る為、友をも見捨て、オーズとして戦う道を選んだ。
 グリードが持つコアメダルは全て砕くか、叩きのめし奪い取って、オーズの力として取り込もう。
 その為ならば、どんな手段をも厭わない。
 奴らを叩き潰す為、プトティラの圧倒的な力が必要であるなら、容赦もしない。
 度重なる紫の使用によって、例えこの身がグリードになってしまったとしても構わない。
 誰かが殺されるよりも先に、映司が全てのグリードを砕き、ゲームを終わらせるのだ。
 そう決意し、デイバッグを担ごうとした映司の肩を、誰かが叩いた。

「……ッ!?」
「ああ、すみません、警戒させてしまいましたね」

 振り向いた映司に対し、緩く微笑んだのは、銀の長髪を風に靡かせた優男だった。
 背後に人が近付いている事に気付かなかったのは、思慮に耽り過ぎていたからだろうか。
 それとも、グリードとして失いつつある五感が、映司にそれを悟らせなかったのだろうか。
 もしもこれが敵の襲撃だったなら、と考えるが、銀髪の男の笑顔にそれは無いのだと安心し、映司もまた緩く微笑んだ。


 ユーリ・ペトロフが最初に出会ったのは、火野映司と名乗る男だった。
 首輪のランプの色は、紫。真木の説明通りならば、無所属という事になる。
 緑陣営であるユーリにとって映司は敵であるのだが、それは“ゲームに乗った場合”の話だ。
 最初からゲームに乗るつもりなど毛頭ないユーリにとって、陣営色などは関係ない。
 自己紹介を済ませた二人は、シュテルンビルトの街を歩きながら、今後について話し合っていた。

「――成程。ゲームの前提である陣営を全て無くしてしまえば、ノーゲームになる、と」
「はい。元はと言えばコアメダルがあるから……グリードがいるから、あの二人は殺されたんです」
「ふむ……成程」
「だったら、俺はそのコアメダルを全部砕く。そうすれば、陣営戦どころじゃなくなるから」
「成程……」

 そう小さく呟き、鷹のように鋭い双眸で映司を見据える。
 伏し目がちで此方の目線に気付かぬ火野は、己の目的を力強い語調で告げた。
 火野の言い分には一理ある。陣営に分かれての団体戦というのは、陣営があって始めて成り立つものだ。
 仮に火野が全ての陣営リーダーを砕き、陣営の色分けを無くしてしまったなら、こんなゲームは成立しない。
 勝利者が出る事が無くなった状況で団体戦を続ける意味はない。
 そうなった場合はノーゲームとなる……可能性も、ある。
 しかし。

「その場合もノーゲームにはならず、全ての首輪が爆破されてしまうという可能性は?」

 火野の考察の穴を突くように、ユーリは一層鋭く目を細めた。
 肝要なのは、火野に「首輪爆破」というリスクを背負い、それでもその正義を貫かんとするだけの覚悟はあるのか、だ。
 口だけの正義など所詮は生温い、偽りの正義に過ぎない。
 本当の正義とは、自分の信念を何処まで貫く事が出来るかで決まるのだ。
 何があろうとも己が正義を貫き証明せんとするユーリにとって、それは誰にも譲れない矜持であった。

「……これは、半分賭けです。もしかしたら、ペトロフさんの言う通り、首輪を爆発させられるかもしれない。
 けどその前に真木博士は、必ず俺の中にある紫のメダルを狙ってきます。あの人、これが必要だって言ってましたから。
 グリードを全部砕けば、俺のメダルを回収出来るのは真木博士本人しか居なくなる。その時に、俺があの人を直接倒せば」

 そう語る火野の瞳に、嘘をついていると思しき陰りは見受けられない。
 恐らく、本気でこの男はゲーム自体を破綻させ、あのドクターを潰すつもりなのだろう。
 半分賭けとは本人も言っているものの、確かに理には適っている話だ。
 一拍の間を置いて、成程、と一言だけ呟いたユーリは、俯き目を伏せ、状況を頭の中で纏める。
 どの道この会場に居るグリードは全て、人を殺めた罪人に手を貸す悪魔どもだ。
 そんな悪魔を潰して回る事に異論はないし、それが火野にしか出来ないというのであれば、
 罪人を誘き出すというのは、今の自分達に出来る唯一の合理的な手段だとも思える。

「わかりました。グリードを破壊する事でゲームを破綻させる事が出来るなら、それに越した事はありませんから。
 そして火野さんには、グリードを破壊する為の力がある。一緒にいて、こんなに心強い人はいません。貴方への協力は惜しみませんよ」
「ありがとうございます……ところで、ペトロフさんには何か、特別な力とかってあるんですか? 一応、今後の為に訊いておこうと思って」
「成程。特別な力、ですか」
「はい、俺のオーズみたいな能力があるなら安心出来るんですけど」
「成程」

 火野の問いの意図に気付いたユーリは、一瞬目を伏せた。
 ユーリの正体は、罪人を裁く為舞い降りたダークヒーロー・ルナティックだ。
 ルナティックとしての能力を駆使すれば、例えグリードが相手であろうと、そう簡単に負ける気はしない。
 それを見越しての事か、ユーリにはルナティックの衣装一式と使い慣れたクロスボウが支給されていた。
 ……しかも、毎回自分で燃やしてしまうマントは大量に用意されているという準備の良さだ。
 これはつまり、真木はルナティックの正体や演出を熟知した上でここに呼び出したという事ではなかろうか。
 社会的に見ればルナティックは犯罪者であるのだから、他人にその正体がバレるのは非常に拙いのだが。

「……ペトロフさん?」
「ああ、失礼。私はしがない法の番人でしかありません。そんな力はありませんよ」
「そうですか、分かりました、ユーリさんの事は俺が必ず守ってみせますから、安心して下さい」
「ありがとうございます。私も出来る限りの努力はしますので、何かあれば何でも仰ってください」

 少なくとも、現状で正体を明かすのは得策ではないだろう。
 ルナティックとして活動するとすれば、それは火野が戦っている間に一旦離脱し、別人を装うなどの労力が必要だ。
 その為にも、離脱し易いように何の力も持たない参加者を装っておくのは、決して悪い策では無い。

「いやぁ、それにしてもこの街凄いですね。俺、世界中を旅して来たけど、こんな街があるなんて知りませんでした」
「……今やシュテルンビルトは世界中でもかなり有名な方だと思いますが」

 訝しげに火野を見るユーリの視線は、やはり睨んで居るように見えるのだろう。
 此方の視線に気付いた火野は、申し訳なさそうに苦笑した。

「なんか、世界中を旅した気になってたけど、俺もまだまだだったみたいですね」
「成程。なら仕方がありませんね」
「ペトロフさんは、この街の司法局員、なんでしたっけ?」
「ええ、ヒーロー管理官との兼任ですが一応」
「へええ、じゃあ、この街にも詳しいんですか?」
「ええ、まあ。如才(にょさい)なく」
「なら、ずっと気になってたんですけど、アレって……」

 そう言って火野が一瞥したのは、街の中央方面に見える、女神を模した巨大な塔だった。
 それはまさしく、ヒーロー達の本拠地であり、日ごろのユーリーの職場でもあるジャスティスタワー。
 この街の中でも最も目を引くその塔は、参加者に支給された地図にも記載されている施設の一つだ。

「ジャスティスタワー。私の職場です」
「あそこがユーリさんの……じゃあ、目印にも調度いいし、まずはあそこを目指しません?」
「成程。悪くありませんね」

 先程コンパスを確認した所、現在地点よりもジャスティスタワーは南西方向だった。
 つまり、今二人が居るのは、会場の中でもかなり北東寄りという事になる。
 どの道会場の中心部へ行く為には、このシュテルンビルトと突っ切って行かねばならないのだから、好都合だ。
 あそこは仮にも法の要なのだから、何らかの重火器類なりを調達出来てもおかしくない。
 その上、会場の目印の一つともなれば、きっとそこに集まる参加者は少なくない筈だ。
 とりあえずの行動方針を決めた二人は、ジャスティスタワーに向かって歩き始めた。


 ユーリ・ペトロフ―ルナティック―は、悪を赦さない。
 人の命を殺めた罪人には、奪った命と同等の償いを課す。
 それが彼にとっての絶対的なルールであり、正義でもある。

 ――ユーリ、もし悪い奴を見付けたら、見て見ぬふりをしては駄目だぞ。

 幼き日の父の言葉は、今も覚えている。
 だけれども、それはユーリにとっては、呪いも同然だった。
 ユーリは父を殺した。母の為に、正義の為に、悪となった父を、この手で裁いたのだ。
 父を殺めてまで正義を貫いたのだから、自分は絶対に悪を赦してはならない。
 自分が行った正義を証明する為に、貫き続ける為に。

(罪深き者に、正義の裁きを)

 心中でユーリは、ぽつりと呟いた。
 ゲームの主催者、真木清人は、タナトスの声に従い断罪する。
 真木の脅しに屈し人を殺めた者もまた、真木と同じ悪魔……同罪だ。
 この場でユーリが成さねばならない事は、そういった悪魔どもを排除する事。
 その為にも、今は此方の切り札となり得る火野映司とオーズを失う訳には行かない。
 今はまだ彼と共に行動し、そして彼の正義の行く末を見極めなければならないのだ。
 彼の正義が口だけでなく、本当にグリードを砕き、こんなゲームを破綻させる事が出来るという確証が得られたなら――

(その時は、このコアメダルを君に託そう)

 先程確認した際、デイバッグに一枚だけ入っていたコアメダルを思い出す。
 チーターらしき絵柄が描かれた黄色のメダルは、彼の最後のランダム支給品だった。
 一応首輪に投入しておいたそれは、ユーリの意思に応じて、いつでも取り出す事が出来る。
 このメダルを火野に託せると判断出来る時が来るのかどうか――
 ユーリによる見極めは、まだ始まったばかりだった。


 一方は、救えなかった少女の幻影に。
 一方は、殺してしまった父の幻影に。
 変える事も逃げる事も出来ない過去の幻影は、二人に“正義”という名の使命を課した。
 ある意味では共通した強迫観念によって正義を成そうとする二人の行く末は――




【1日目-日中】
【B-7/シュテルンビルト 道路】

【火野映司@仮面ライダーOOO】
【所属】無
【状態】健康
【首輪】100枚:0枚
【コア】タカ、トラ、バッタ、プテラ×2、トリケラ、ティラノ×2
【装備】オーズドライバー@仮面ライダーOOO
【道具】基本支給品
【思考・状況】
基本:グリードを全て砕き、ゲームを破綻させる。
1.まずはジャスティスタワーに向かう。
2.グリードは問答無用で倒し、メダルを砕くが、オーズとして使用する分のメダルは奪い取る。
3.もしもアンクが現れても、倒さなければならないが……
【備考】
※もしもアンクに出会った場合、問答無用で倒すだけの覚悟が出来ているかどうかは不明です
※ヒーローの話をまだ詳しく聞いておらず、TIGER&BUNNYの世界が異世界だという事にも気付いていません。


【ユーリ・ペトロフ@TIGER&BUNNY】
【所属】緑
【状態】健康
【首輪】100枚:0枚
【コア】チーター
【装備】無し
【道具】ルナティックの装備一式@TIGER&BUNNY
【思考・状況】
基本:タナトスの声により、罪人を正義の導に晒し裁く。
(訳:人を殺めた者は殺す。最終的には真木も殺す)
1.火野映司の正義を見極める。チーターコアはその時まで保留。
2.一先ずジャスティスタワーに向かう。
3.人前で堂々とルナティックの力は使わない。
【備考】
※ルナティックの装備一式とは、仮面とヒーロースーツ、大量のマントとクロスボウです。



019:HERO & BUDDY & DEPENDENCE 投下順 021:連【つながる】
019:HERO & BUDDY & DEPENDENCE 時系列順 021:連【つながる】
GAME START 火野映司 037:破壊者と守護者と貫く正義(前編)
GAME START ユーリ・ペトロフ




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最終更新:2014年05月14日 02:27