まあ、まずはそこに座れ。
せっかく兄弟三人が揃ったのだ、こういう時にこそ話さねばならぬ事がある。
…その顔、察しはついた、跡継ぎの話は聞き飽きた、そう思っているのだろう?
だが、これはワシらの組、そして
津波路の将来の為に必要な話でもあるのだ。
あー、まず何故ワシらが『
ヤクザ』と呼ばれとるのか、それは知っておるな。
8、9、3という、不吉な数字とされるものから来ておる。
じゃあ何故893が不吉なのかというと、これは博打で一番弱い組み合わせがまさに8、9、3だからだ。
『これが出たら負ける』という事で、
賭場師にとっては不吉な数字として古くから忌み嫌われてきたんだ。
…まあ、その出で立ちを知らぬ者からは、不吉というのは何か邪な大いなる力の事と早とちりしているようだがな。
話を戻そう、ワシらがヤクザと名乗っとるのは、元はと言えば数字の893のような縁起の悪いもの、どうにもならぬものだという、自嘲を込めておるのだ。
つまり、ワシらは本来、人様の役に立たない日陰者という立場だ。
だが、そんな日陰者でも、日陰者なりに世の中の為にやらなくてはならない事もある。
ヤクザの世界で暮らす者は、多くが社会に馴染めぬ者、すぐ手が出る事で疎まれる者、他人を騙す事に快楽を覚える者と、…こういう言い方は良くないが『ロクデナシ』ばかりであろう?
特に此処、津波路は気の荒い
鉱夫、素行の悪い防人など、
役人ですら手に負えない荒くれ者ばかりだ。
そんな
無法者共を無理矢理にでも纏め上げ、無駄に暴れないようにして抱え込んで生まれたのがヤクザという存在、そしてワシら『
島守一家』の始まりだ。
ああ、誇りなんて持たなくていい、いや、持つな。
さっきも言った通り『ヤクザ』という言葉自体が、元はと言えばどうしようもない者くらいの意味だ。
昔は『道を極める者』、仁義を重んじて貫き通す者という意味で『極道』とも呼ばれてたんだがな。
いまとなってはもう此方の名で呼ばれるに相応しい任侠の組は一体幾つ残ってるか。
ワシらも本当ならこういった組を目指したかったが、結局ワシも含めて代々腕っぷしや脅しでねじ伏せるやり方しか出来なかった。
気付けば『
五部衆』なんて言う、この津波路でも特大のロクデナシ集団に名を連ねるまでになってしまった。
だがまあ、そんな悪名でもデカイ肩書きというのは便利なものだ、大抵の奴は五部衆の名にビビって言う事も聞かせやすい。
ロクデナシの一番を取る必要は無い、二番目、三番目くらいで自由にやれる今の現状なら、お前達でも組をなんとか動かせるはずだ。
…つまりは何が言いたいのかといえば、だ。
ワシらには結果的にとは言えロクデナシ共を纏め上げるという役目と責任がある。
その為にはお前達の誰かにこの島守一家をいつかは継いでもらわなければならぬ。
ワシも腕っぷしなら若いもんにはまだまだ負けぬと思っとるが、流石に六十では頭も回らぬところがあるからな。
一真【カズマ】、お前は冒険者まがいのことを続けているようだが、だからこそ見込みがある。
冒険者というのは世の中を知るにはうってつけだからな。
長男ということもあるし、いつかはここに戻って、ワシの後を継ぐことも考えてほしい。
この中で最も経験が豊富であろうからな。
武斗【タケト】、お前の喧嘩っ早さにはワシもいい加減辟易しとる。
だが、一方でお前には法も武力も通じぬ荒くれ共から慕われ、奴らを纏め上げる妙な魅力がある。
これはな、組を率いる者にとっては最も重要なモンだ。
だからもう少し、暴れること以外も考えてほしい。
常道【ツネミチ】、お前はなんだかんだで三兄弟で一番頭が回る。
明日ではなく5年、10年先を考えて動けるのは大きいのだ。
お前が長になれば、島守一家もいい意味で大きく変わるかもしれん。
だが、世のあらゆるものには変えるべきものと変えてはならぬものがある。
特に『荒くれ者を纏め上げる』という立場は絶対に変えてはならぬ。
ワシからの話はまあ、これくらいだ、わかったかお前達。
………って、おいこら、お前ら真面目に聞いとったのか?
はぁ…もしかするとこの先、世襲というものも考え直すべきなのかもしれぬなぁ。
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最終更新:2023年02月16日 12:44