勇者討伐

「ふざけ…るな 俺は勇者…だ 正…義…だ…すべ…て…が…ただ…し…」

それが、ヤツの断末魔だった。
勇者の名の下に、正義を語りながら、決して許されざる蛮行を各所で働いた男。
いや、実際あいつは勇者候補だった。

…かつての俺と同じく。

俺がした事は、自身の所属するギルドの信条「英傑も驕れば討義具に倒れる」という言葉に従い、増長した正義に対し自らの手で始末をつけた。
ただそれだけである。

報酬は、曲がりなりにも依頼という形である以上は規定に沿って支払われる。
…かつての仲間をこの手で討たなければならないという依頼の内容からすれば、国どころか世界をまるごと買えるようなカネでも割に合わないが。
とにかく、色々と後味が悪い「仕事」だ。

…でも、もう正直なところ、慣れたような面もある。

俺がいるギルドは決して少なくない数の勇者を輩出しており、勇者候補の中でも『候補』が取れる瞬間が目前とすらされる在籍者もいる。
スタートゥ周辺では「勇者を目指してスタートゥに足を踏み入れたならこのギルドに入れ」とまことしやかに囁かれる程の『名門ギルド』だ。

一方で、勇者というものは魔王などの巨悪にも単身で立ち向かえる力を持つとされる程に強大であり、なおかつ人々からの支持も篤い存在だ。
そんな状況に置かれれば、どれだけ高尚な精神を掲げる人間であっても、増長し、驕り高ぶる者は出てきてしまう。
何をやっても「勇者だから」「救世主だから」の一言で許されると思い込み、人の道を外れた行為にすら手を染めてしまう者が時折出てくる。
或いは単純に正義感が肥大化して過剰なまでの制裁や暴力にまで発展し、それを周囲にまで押し付け他者を服従させる暴君の様に成り果てる者も。

どちらにしろ、勇者や正義の名の下に行われる行為が罪の無い者まで脅かすようなものに発展するならば……
行く行くは『勇者』や『正義』そのものが、人々や国家から恐れられ、後ろ指をさされるような存在となってしまう。

故に、このギルドは『勇者』の尊厳を守る為に『勇者を殺す粛清者』としての顔を古くより人知れず隠し持っている。
正義の名を振りかざし蛮行を働く輩が現れた時、それを速やかに抹消するよう然るべき処から『依頼』が出された時。
ギルド本部深くに保管された『勇者を殺す刃』…ジャスティスブレイカーを持ちだす事が許される。

ジャスティスブレイカーはその名のごとく、(暴走した)正義を討つ為だけに作られた武器である。
『相手の正義の炎が相手自身を焼き尽くす』と評されるように、対象の正義感に反応し爆発的に威力を増す武器だ。
御伽噺に登場するような、正義感の強い"主人公"であれば、かすり傷だけで即死させられるとすら言われている。
場合によっては過剰すぎる程の威力を発揮する代物であるが、そもそもの討伐対象が単身で魔王にすら抗える力を持つ勇者であり、
その勇者が暴走した際それを倒す『緊急手段』だということを考えれば、致し方ないとも言えるだろう。

その『正義の炎に反応して威力を増す武器』で少し斬られただけで、ヤツは全身から血を噴き出し絶命した。
その壮絶な死に様だけで、今回の『討伐対象』がどのような人間だったかはだいたい察せられる。

…俺はあんな死に方はしたくないな。

………いや、実際どうなのだろう。

『正義』を違え、人の道を外れた勇者を幾人も討ち続けてきたこの俺に…
幾人もの、かつて同じ勇者を目指した仲間達の命を奪ってきた事に、疑問や後悔を抱かなくなってきたこの俺に…

勇者の尊厳を守ると言う『正義』の名目で、幾人もの『正義』を殺し続けてきた“俺達”に…

もしジャスティスブレイカーの刃が突き立てられたのなら、俺は、どんな死に方をするんだろうな――――


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最終更新:2023年11月24日 17:00