竜の郵便屋と空の覇者



 深夜のユグレス大森林上空を覆う、低く垂れ込めた黒く分厚い雲。
 時折雷光が迸る雲下は猛烈な嵐となっており、大量の雨粒が絶えず大地へ向けて降り注ぐ。

 そんな宵闇の雲の中から、一匹の飛竜が矢のような勢いで雲上へと飛び出した。

 雲上は下界よりも遥かに静寂な世界。
 空に浮かぶ三つの月の内、真円となった雄月から放たれる幻想的な光が雲の平原と飛竜の背を照らす。

 その背には一人の少女が乗っていた。
 少女は身を屈めながら手綱を操り、ワイバーンは上昇から水平飛行へと移行して雲の上を滑るような速度で飛んでいく。

 同時に飛竜の遥か後方、黒い雲を内側から突き破りながら巨大な何かが浮かび上がって来る。

 現れたそれは“巨大な生物の背”であった。
 それはまとわりつく雲を引き裂きながら徐々に高度を上げ、やがて月明かりに照らされた世界にその全貌を晒す。

 甲殻に覆われた身体の両側面から生える無数の鰭のような羽を動かし大空を飛翔する、太古の海老のような姿をした魔物。


 凶暴な空の覇者であり、恐るべき捕食者。
 しかも現在知られている最大級の大きさに迫るであろう個体。

 そんな化け物が一匹の飛竜とその背に乗る少女を捕食しようと追いすがって来ているのである。



「もー!しーつーこーいー!」

 飛竜の背に跨る少女が後ろを見て悪態をつく。
 灰色の目と髪を持つ少女。名はポーラ・ストマン

 普段はぽわっとした性格の、竜郵便と呼ばれる組織に身を置く少女である。
 だが今は背後から迫りくる危機と、買ったばかりの帽子を無くした事で怒り心頭だ。
 そんなポーラを落ち着かせるかのように、乗騎であるワイバーンの"メセン"が彼女に向けて『キュルッ!』と短く鳴いた。

「…はいはーい、わかってますよ~」

 ポーラは軽く溜息を吐いた後、落ち着いた仕草でメセンの首筋を軽く撫でる。
 その行為にメセンは『クルル』と喉を鳴らし、翼を力強く羽ばたかせて更に速度を上げたのだった。

 メセンの背でポーラは向かい風を避ける為に体勢を低くし、正面の空を見据えながらこの事態の始まりと脱却する為の思案を続ける。

 始まりは配達に赴いたブルーグラス砦からの帰り際。
 西の方角。ユグレス大森林の空を覆いつつある嵐から流されて来たであろう雨雲の切れ端を避け、進行方向を確認をする為に真横を通過中の雲から目を離した僅かな瞬間。

 雲の内部から突如としてこの化け物海老が出現したのである。

 死角が発生したであろう一瞬を突いての奇襲。
 ポーラ達がその襲撃を寸前で察知し、致命的ともいえる一撃を回避する事が出来たのは完全に幸運。

 だがそれが飢えた化け物をいきり立たせる事となり、同時にこの追跡劇の開始の合図であった。



『身体が大きくなると重さと空気抵抗で速度が遅くなる』

 これはどこかの誰かが言った台詞。だがそれは嘘である。
 大空の捕食者たるイェーガーはその巨体に見合った力と速さを持っていたのだ。

 乗騎であり相棒、そして家族でもあるメセンは通常の竜郵便に使われるようなレッサー種フルツドラゴンとは違い、航続力と機動性に優れるカリュプス種のワイバーンである。
 だがそのメセンが二度羽ばたいて稼ぐ速度を、イェーガーはただ一度の羽ばたきで自分達と同等、もしくはそれ以上の速度を出しているのだ。

 自分達が未だ生き残っているのは勝っているであろう旋回力による回避を織り交ぜ、雲を障害物として利用し、常に相手の攻撃範囲の僅かな外側に位置取りしているからに過ぎない。

(そろそろ三時間…)

 凄まじい速度で飛行しながらポーラは思案する。
 いくらメセンが航続能力に優れている種とはいえ、今の速度をこれ以上維持し続けるのは難しいだろう。

 しかも相手は徐々にではあるが、自分達を"餌場となる空域"へと誘導しているようなのだ。
 遭遇した時には国境沿いとはいえトリナー上空を飛んでいた筈なのに、気が付けばここはユグレス大森林の上空である。

(その大きさにまでなれる程の"頭"を持っているって事ですかねぇ…)

 襲撃の仕方や、獲物の進行方向を予測して進路を塞いでいく知恵。
 餌場に追い込んだ後は獲物が疲れて抵抗しなくなるのを待つだけであろう。

 ポーラは冷静に生き延びる為の方法を考えた。
 たった十四年しか生きてはいないが、メセンの翼と共にユグレスの空の住人となった日々をこんな化け物海老に終わらされる訳にはいかない。

 ちなみに竜郵便の職員は乗騎の負担を少なくする為、身を守る装備であっても常に最小限が基本である。
 同僚達の装備は平均して革製の鎧と簡易な槍ぐらいが精々であり、彼女自身も似たような感じであった。

 ただしポーラの所持している武器は槍などではなく、作業用途にも使える大きめで頑丈さが売りのナイフが一振りのみ。
 何しろ乗騎であるメセンが常に自分を守ってくれているので、今まで武器らしい武器を必要としていなかったのだ。

 流石にあの化け物相手にナイフでは到底太刀打ちできるとは思えない。
 かと言って、同僚達が使ってるような槍であっても結論は同じではあるのだが…。

(今度、もう少し良い武器を選んでみよう)

 そう思いつつ、次はナイフと共に腰に装着している備品入れの小さなポーチへと思考を移す。
 落下事故を防ぐ為、直接ではなく記憶で中身を探るのはこの職業の決まり事である。

(えっと、使えそうなもの…、使えそうなもの…)

 ポーチの中に入っているのは代書人としての仕事で使う紙やペン、それとインクぐらいである。
 だがそれらは今のこの事態に対して何の役にも立たないだろう。出来たとしても遺書を書くぐらいで…。

(書く…代筆…あ…!)

 数時間前まで仕事で赴いていたブルーグラス砦でのとある出来事を思い出した。
 そこの兵士の一人から代筆料金と共に手渡されたとある道具。それをポーチに入れていたのである。

(これは使える…かな?)

 残りの体力から考えるとこれ以上迷っている暇も猶予も無いだろう。
 自身の持つ限られた手段を組み立て、効果を最大限に発揮させる為の行動を考え、そして。

「メセン!正面の雲!」

 彼女達の進行方向、そこにはこの嵐の中心である巨大な積乱雲がそびえ立っていた。

『キュイ!』

 ポーラの指示にメセンは素直に従い加速する。
 嵐の中心部へと吸い込まれるが如く、流れる雲の塊の間をすり抜けながら積乱雲の壁の元へと。

 それと同時、彼女達の背後から迫り来るイェーガーが先程までとは明らかに違った動きを開始しだした。
 立ちはだかる雲を迂回すらせず、それら全てを突き破りながら真っ直ぐポーラ達に迫って来たのである。

 本格的な狩りの挙動であった。
 それに加え、捕食しようとする度に寸前の所で躱され続けた事に対する苛立ちもあっただろう。

「いいね!そのままついて来なさい!」

 ポーラとメセンは巨大な積乱雲の元へと到達した。
 雲の内部は乱流と迸る雷の地獄である。吸い込まれようものなら一瞬で身体がバラバラになる事だろう。
 だが彼女達はその雲の壁面ギリギリをなぞるように、風を切り裂きながら翼の先端が壁に触れるか触れないかの位置を飛ぶ。

「勝負に出るわよ!メセン!」

 イェーガー側から見て巨大積乱雲の影に入ったポーラはメセンに上昇を指示。
 同時にポーラは自身とメセンを繋ぐ命綱の留め具を外し、ポーチ内の“それ”を手に取って握り込んだ。



 獲物が大きな雲の影、晴れと嵐の境界の向こう側に隠れて見えなくなる。
 だが、極度の空腹状態である“彼”には獲物を諦めると言う選択肢など一切ない。

 正面に立ちふさがるのは巨大な嵐の壁。
 そこは千切れて浮かんでいるような小さな雲とは違う、脆弱な生き物ならば飲み込まれた瞬間に死に至る場所だ。

 しかし“彼”は躊躇しない。
 自身の甲殻はこの程度の嵐では壊れないという経験。
 獲物までの距離を強引に縮めるべく、全力の力で嵐の中へと突入した。

 嵐の内部は何一つ見通せない闇の世界。
 全てを引き裂くかのように荒れ狂う乱流の渦と、容赦なく身体に打ち付け続ける無数の氷塊。
 だが強固な甲殻はその全てを跳ね返し、轟く雷光は表面を滑り抜けるだけで焦がす事すら出来ず、力強い鰭羽は粘りつく大気を無理やり掻き分けてゆく。

 雲の壁を突き破った。
 視界の効かない闇から解放された“彼”の目は、すぐさま高度を上げつつある獲物の姿を捉え…。



 垂直に近い角度で上昇を続けるメセンの背にしがみつきながらポーラはタイミングを計る。

「…来た!」

 遥か眼下でイェーガーが雲の壁を突き破り、捕獲用の触手を広げながら追って来るのを確認。

「じゃあ、後はお願いね?」

 彼女は笑顔でメセンにそう告げると。
 なんと自ら相棒の背から離れ、その身を空中に投げ出したのである。

 傍から見れば自殺以外の何ものでもない行為。
 だがメセンから飛び降りたポーラの表情には一切の悲壮感は無く。

 彼女は頭から飛び込むように、垂直に近い落下でイェーガーに向けて落ちていく。
 そして右手に握りしめた数個の何かに魔力を通し。

「食らいなさい!」

 ポーラは手にした“それら”をイェーガーに向けて投げ放つと同時、目を固く閉じて左腕で眼前を覆う。

 次の瞬間、“それら”に込められた魔力が弾け、真夏の太陽よりも強烈な光の奔流が周囲を覆いつくしたのだった。



 この広い空において、匂いのように霧散するような情報は驚く程に意味をなさない。

 よって彼等、グラオザームイェーガーの狩りは"目"こそが全てである。
 頭部両側面から角のように突き出た複眼は広範囲を見渡す事が可能であり、その視力は星明りすら疎らな闇夜であっても獲物の姿を捉える事が出来る程だ。

 雲を突き破り、直後に上昇する獲物の姿を見つけたのはその視力と視界があってこそ。

 ここ数ヶ月における"彼"の喰らった獲物は腹を満たす事すら出来ない小さなものばかりであった。
 だが今、その目に映るのは久々の喰らいがいのある大きさをした獲物である。

 あれに追い付き、捕え、砕いて飲み込む。
 食欲に支配され、獲物に釘付けになっている"彼"はその視力をもってしても降ってくる小さな物に気付く事は無く…。

 眼前で突如発生した太陽よりも眩い光が両の目を激しく焼いた。
 それと同時、“彼”の意識は一瞬にして闇に落ちていったのである。



 光の奔流はすぐに収まった。
 ポーラは落下しながら薄目を開け、眼下のイェーガーの様子を確認する。

 先程まで発せられていたであろう荒々しさは一切感じられなかった。
 空を掻き分ける鰭羽はその動きを止めており、口元の触手は力なく垂れさがっている。

 特徴的なその眼には意識など感じず、そしてゆっくりとではあるが下降し始めていた。
 体内にいくつもある浮遊器官のおかげで姿勢を保ったままの滑空状態ではあるが、これは確実に気絶していると見ていいだろう。

(よし!)

 この勝負、ポーラの勝ちであった。

 竜郵便と言う空を仕事の場とする限り、悪天候や空の魔物との遭遇は不可避である。
 よって職員達は空に関する事象や脅威への知識・対策・技能を徹底して身に付ける必要があり、それらを全て習得して初めて人々の手紙を託されて空へと飛び立つのだ。

 勿論、それら知識の中にはグラオザームイェーガーに関する事柄も含まれていた。
 流石にここまで巨大な個体との遭遇は想定外であったが、だからといって生態そのものが変わる訳ではない。
 そこでポーラはこのイェーガーの最も脅威であり、そして同時に最も弱い個所を突いたのである。

 つまり"目"が良すぎるのだ。

 そしてそれを成功せしめたのがポーラがイェーガーに向けて投げつけ、眩い閃光を発した道具。
 ライトボールの魔法を小さな玉に封じ込めた、『光玉』と呼ばれる魔道具であった。

 用途としてはライトボール本来の使い方と一緒であり、相手の目を眩ませたその隙に攻撃や逃走する為に使う物である。
 魔法が付与された道具な為に高価ではあるが、その使い方は極めて簡単。
 少量の魔力を流し込み、投げつけると僅かな時間を置いて一気に弾けるのだ。

 だがポーラがこれを使うのは研修以来であり、魔道具全般がそれなりに高価なモノである為に個人で買って所持する事は無かったのだが…。

(…ブルーグラス砦のとある兵士さん、ありがとう)

 光玉をくれた兵士はひょっとしてポーラに対し何らかの思惑があったのかも知れないが、取りあえず今だけは素直に感謝する。

(さて、これからどうしましょう…)

 ポーラは落下しながら、ふと真顔に戻ってこれからどうするかの事を考えた。

 上空からはメセンが自分を迎える為に降下してきてくれている。このまま落下して死ぬ事はまずないだろう。
 それに万が一、回収に失敗したとしても最悪を"防ぐ"方法もあるので心配はしない。

 ポーラの懸念している事は別にあったのだ。

 本来なら竜郵便の職員は『敵』と遭遇しても決して戦わず、回避逃走する事が優先である。
 流石に今回の出来事はどうしようもなかったし、後はすぐさまこの空域から離脱するべきが本来の在り方だろう。

 しかし問題は今後の事なのである。

 このような魔物がトリナーの上空に生息していると分かった以上、これを何とかしなければならない。

 空という場所は一介の冒険者や軍隊には手の出し様のない世界なのだ。
 例え各所に討伐依頼を出したとしても、引き受けてくれるような者はまず居ないだろう。

 しかもこのような大物。
 正直、英雄勇者候補と呼ばれるような“変わり者”であっても相手をするには難しい相手。
 そして討伐がなされるまでの間、この地域を飛ぶ竜郵便は常に危険に晒され続ける訳で…。

「………」

 だから、ポーラは少しだけ規則を破ろうと思った。

 彼女は落下しながら、体内の魔力を練り始める。
 職員達は空に関する事象や脅威への知識・対策・技能を徹底して身に付ける必要があると言った。
 そしてその幾つかある技能の一つが、これからポーラが使用する魔法である。

飛翔魔法

 ユグレスから遥か遠く、ロークワート高地に住む民が得意とする空を飛ぶ為の魔法。

 だがこれは何も彼等ロークワートの民のみが使える魔法という訳ではない。
 向き不向きはあるものの、魔法体系の一つとして確立している以上、この魔法に対する素質があればユグレスの民であっても習得は可能なのだ。
 そして、これの習得こそが竜郵便の職員に必須な技能なのである。

 流石にロークワートの民のように自由自在とは言わず、僅かに浮かんで移動が出来る程度ではあるがそれで充分。
 無事に魔力を練り上げて飛翔魔法を発動させたポーラは空中で姿勢を整え、高度を下げつつあるイェーガーに向かう進路を取った。

 彼女はイェーガーの背に飛び乗ろうとしていたのだ。



 自由落下の速度も利用し、ポーラは徐々にイェーガーとの距離を縮めようとする。
 滑空状態とは言えその速度は相当なものだ。目測や相対速度の差を誤って激突でもしようものならば確実に大怪我、もしくは死に至るだろう。

 あと一息。数秒足らずの距離。

「もう…少しっ!」

 だが、時折叩き付けるように襲い来る強風に阻まれて最後の僅かな距離が縮まらない。
 そうしている間にも一人と一体の身体は徐々に眼下の分厚い雷雲へと迫りつつあり、ポーラがこれからやろうとしている事に対する猶予は驚く程に少ない。

 手を伸ばし、無理やりにでもイェーガーに取り付こうと奮闘するポーラ。
 そんな彼女を空中で優しく掴む者が現われる。

「メセン!お願い!」

 ポーラを掴んだのはメセンであった。
 メセンは彼女の願いに翼を折り畳むと急降下を開始。
 それとほぼ同時、上昇気流域に入ったのかイェーガーの降下速度が僅かに緩んだ。

 一瞬の好機。

 メセンはイェーガーの尾ヒレ方向から滑り込むように背の上を飛び、そして可能な限り速度を合わせて掴んでいたポーラを離して着地させる。
 それでも僅かな速度差からポーラは体勢を崩し、尾の手前程まで転がってしまったものの立て直す事に成功。
 そして腰に差していたナイフを抜くと、その頭部を目指して甲殻の上を走り出す。

 狙いはただ一点。
 頭部と胴の境目部分の甲殻の隙間であり、この化け物の最も神経の通っている箇所。

 ポーラはその隙間に全体重を乗せてナイフを突き立てた。
 この大空に岩と金属がぶつかったかのような音が響く。

「…くっ!」

 しかしナイフは完全には刺さりきらなかった。
 だが、この場に居るのはポーラ一人だけではない。

 高度を取って退避していたメセンが再び舞い戻り、イェーガーの頭上で翼を閉じて落下の勢いのまま空中で前転。
 速度の乗った尾の先端を半ばまで刺さっていたナイフの柄に叩き付けたのだ。



 イェーガーは頭上で響いた僅かな衝撃と痛みに反応し目を覚ます。
 なぜ気を失っていたのかは分からない。だがそれは大事な事ではない。
 広大な範囲を見渡す事の出来る視界の隅、自身の背に小さな何かが取り付いている事に気が付いたのだ。

 痛みを与えてきたであろうその存在にイェーガーは苛立った。
 身体をよじって振り落とそうと考え、背に乗るそれに全ての意識を向けた僅かな一瞬。

 先程まで追っていた獲物が頭上に現れ、その尾の一撃が頭部を激しく打ち据えたのである。

『!!!!!?』

 その攻撃によって揺るがされた身体が眼下の嵐の中へと落ちていく。

 だがこの程度は問題ない。
 自分はこれよりも激しい嵐の渦の中を突破したのだ。
 直ぐに体勢を立て直し、再び雲の上に出て獲物を追いかけようと…。

 鰭羽を動かそうとした。だがなぜかうまく動かない。

 困惑し、その直後。

 普段なら甲殻上を滑り抜けるだけの稲妻が、まるで自身の頭部を狙ったかのように襲い掛かった。
 稲妻はそのまま体の内へと潜り込み、外へと逃げ切れず膨れ上がった熱が一気に膨張し。

 そして。



 メセンの尾による一撃は刺さったナイフをイェーガーの甲殻深くへと押し込み、なおかつその巨体を眼下の雲へと叩き落とした。

 ポーラは寸前にイェーガーから飛び降り、飛翔魔法で落下速度を落としながら迎えに来たメセンの背の鞍にゆっくりと降り立つ。
 それと同時、雲下で激しい雷鳴の直後に何かが爆発するような音が響き渡った。

「…やった?」

 ポーラの問いに雲の上を警戒しながら飛ぶメセンは肯定するように鳴く。
 そして巨大積乱雲から急いで距離を取り、安全を確信した途端にポーラは一気に緊張を解くと。

「もぉ~~~~!やってられなかったよ!もぉ~~~~!」

 そう言ってメセンにしがみつくポーラ。
 自身の背でそんな醜態を晒す相棒の姿にメセンは無言。いつもの事なのだ。

 だがとりあえず危機は脱したので良しとする。

 しかし問題はこれからである。
 配達もあるが、まずは竜郵便の本部に赴いて事の顛末を報告しなければならない。
 その後は装備の補充に、落とした帽子の新調…。
 簡単に思いつくだけでもやる事が山積みである。

 うんざりしたような顔でポーラは東の空に視線を向けた。
 雄月は既に沈んでおり、視線を向けた先の空は既に薄く白みつつある。
 眼下を厚く覆っていた雷雲は既に途切れ、嵐に洗われた大森林がまるで海のように彼方にまで広がる光景。

「でも、まずは…」

 ポーラはメセンに高度を下げるように指示を出すと進路を東へ。

「どこか村か町を見つけて、ひと眠りしましょう~」

 優先すべきは自身と愛騎の休息だ。色々な些事など今は知った事ではない。
 そうして一人と一匹はトリナー王国に向け、ユグレス大森林の上空を飛び去ったのだった。


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最終更新:2023年04月10日 05:48