「-CROSS 3-願いの往先-」
作者:本スレ 1-710様
148 :-CROSS 3-願いの往先-:2011/08/27(土) 18:22:22
以下、属性表記です
・創作してもらうスレ52様が書いてくださったSS(
創作してもらうスレ 1-125)の続きな感じの
ファンタジーな世界観での二次(三次?)SSです
・ストーリーはけっこう長めで、後半、ほんの少しだけエロあり
・シオン×エルでのやり取りがメインです
・ディオス様、ダフネ様からの想いへの対比と、もう一歩、前にwというのがテーマな感じ
・設定準拠ではない表記を若干含みます
・キャラ&設定が52様の公式設定から外れている可能性あり
こんな感じですが、よろしかったらどうぞ
149 :-CROSS 3-願いの往先-:2011/08/27(土) 18:25:40
風が。闇の中、穏やかに吹き抜けていく風が心地良い。
エルはそう思いながら、この部屋の大きな窓を開けたまま、周りを吹き抜けていく風の少し冷
たい感触を肌に感じつつ、瞳を閉じた。
彼の空色の髪が、穏やかな夜風にあわせて揺れる。
その風を受けながら、エルは先程から気にかけていた、相手の気配を手繰り始めた。
気配を手繰るといっても、今、彼が訪れているこの現世界において、エル自身が本来持ってい
る魔導力を充分に行使することなど、出来はしない。
本来、彼が属する聖霊領域と、こちら側の現世界では、彼自身が魔導力を行使するという点に
おいては、能力が及ぶ範囲や、その力の性質など、何からなにまでもが、大きく異なるからだ。
それ故、こちら側の世界でエルが出来る事といえば、ごく、簡単な魔導を実行することのみに
限られていた。
また、殊に、この人の気配を手繰るということにおいては、魔導力を多少乗せたとしても、少
し離れた場所に居る相手の喜怒哀楽といった感情の性質をごく短い時間、感じ取ることができ
る位だ。
……まあ、あまり誉められたことじゃないけど、少し気になるからね。
エルは、そう思いながら、相手方の気配へと自らの気を向けることに集中していく。
それからあまり時間が経たないうちに、それは、エル自身の許へと、彼が心の内側で何かの感
覚として感じることが出来るような形式をもって、届けられる。
……ああ、先程、お会いした時のものとは、少し違う気配があるから……
彼の思惑は、ある程度、効を奏したということかな……
先程から気にかけていた、その気配の性質を見極めたエルは、少しほっとしたように、小さく
息をついてから、空色の瞳をゆっくりと開くと、窓の外の景色へと改めて目を遣った。
その場所には、昼間のあの時と同じように、涼しげな水音を辺りへと運び続ける噴水が映って
いる。
そこから、頭上の更に上の方へと仰ぎ見るようにして、視線を移していけば、澄み渡った夜空
には、蒼く淡い光を放つ月が浮かんでいた。
「今日は一日、色々なことが、ありすぎたな」
エルは、その月を眺めながら、軽く微笑み、そう呟いてから、大きく開け放っていた目の前の
窓をそっと閉めた。
そうして、月明かりが差し込むのみで、彼以外には、誰一人、人の居ない、この部屋のベッド
の方へと歩いていくと、正装を着たその姿のまま、ベッドへと身体を投げ出すようにして、横
になった。
……住まう世界は違っていても、王宮なんて何処も同じだ。堅苦しくて息が詰まる。
そんなことを考えながら、エルは、再び溜息をつくと、正装の襟元を緩めた。
彼は、自身が属する聖霊公領の定めに従い、慶事での祝辞を述べる使者として、この地を訪れ
ていたのだ。
そして、それに伴い、皇太子ディオスが主催する晩餐会に出席した後、今夜一晩を過ごすこと
になっている、王太子離宮のこの部屋に戻ってきたばかりだ。
この帝国は、長い歴史と伝統を重んじる傾向にあるようで、それ故に、自身が普段暮らす、聖
霊領域よりも、更に格式のある、堅苦しい立ち振舞いを求められることが多かった。
それでも、こんな風に、何か新鮮な気持ちで、一日を過ごせたというのは、本当に久し振りだ。
昼間のダフネ殿との剣の打ち合いにしても、あんな風に、下手な遠慮をせずに、互いに打ち合
えることなんて、自身が本来、属する聖霊領域では、滅多にない。
こんなに長い間、シオンと一緒に過ごすのだって、久し振りのことだ。
現世界の東に位置する大国である、この帝国の慶事の席にて祝辞を述べる者の身分が、聖霊領
域西公の皇太子である自分だけでは、釣り合わないなどと、適当な理由を付けて、あらかじめ
調整をした甲斐があったというものだ。
そんなことを考えていると、エルには、明日の朝には、もう、此処を発つのだということが、
ほんの少し、惜しくも感じられていた。
「楽しかったな」
エルは先程と変わらず、ベッドに身を預けたまま、この部屋の天井を眺めるようにして、視線
を上げると、小さな声でそう言った。
そうでもしないと、この先、色々と考えても仕方ないことばかりが、脳裏を過っていくことに
なるのが、解っていたからだ。
それから程無くして、エルは、この部屋へと向かってくる僅かな足音と、彼自身が良く知る人
の気配に気付くと、ベッドから上半身を起こした。
エルが部屋の入り口の方に視線を合わせた直後、それから、ほんの少し遅れるようにして、
扉を軽く叩く音が響く。
「エル、入るよ」
流れるようなプラチナブロンドと青銀の瞳に、先程の晩餐会に出席した際に着用していた濃紺
の式典用の正装を身に纏ったままの青年、アル・シオン・エ・ヴァン・ダイク公は、ごくあた
り前といった自然な所作で、部屋の中へと入って来ると、入口の扉を閉めた。
……全く、この人は、
俺がこの部屋に入れることを断わるとか、そういうことは、考えてないのかな。
そんなことを思いながら、エルは、ベッドの上に座ったまま、前髪をかき上げるようにすると、
少し不機嫌そうな顔つきで、シオンの方へと改めて視線を向けた。
シオンは、月明かりのほかには差し込む光のないこの部屋にあっても、エルの不機嫌そうな表
情を目に留めてはいたが、それを殊更、気にかけることをせずに、ベッドの前までやって来る
と、普段と変わらぬ様子で、エルの隣側へと腰掛けた。
「何? まだ怒ってるんだ?」
「別に」
エルはシオンのいつもどおりの口調に、少しほっとしながら、それでも、未だに不機嫌そうな
表情を崩さずに、短く返事を返した。
この二人の間では、ごく親しい間柄の人々を交えた場合までには限られてはいたが、格式張っ
た形式を除いた、世間一般と同じ様な、口調でのやり取りが、いつも平然となされていた。
だからこそ、今、この場でのシオンの口調は、帝国を訪れてから、言葉使いにそれなりに気を
遣ってきたエルにとっては、元々の彼の優しく甘い声質と相まって、どこか心地良く聞こえて
いた。
それに、正直なところ、エルは、あの昼間の出来事に関しては、シオンに対して、何か言うつ
もりは、もう、全く無かった。
そもそも、あの皇太子ディオスの従者であり、恐らく、方腕とも目される少年、ダフネ・グリ
ンバーグとの剣での手合いの後に、この部屋まで抱えて来られた挙句、極めて冷静な視点から
自分自身の浅慮が基となった行動と失態の数々について、ことごとく指摘を受けていたからだ。
ただ、エルは、その時のことを思い出すと、まだ何処か素直になりきれない、自分の気持ちに
正直に従って、シオンへと返事を返しただけだ。
あの時、シオンからは、自分自身で幕引きが出来ない程、高い技量を持つダフネ殿に対して、
思い付きで手合いを申し込むなとか、あの場で、君を抱きあげる以外の方法をどうやって採れ
というのか、ダフネ殿と同じように手を差し伸べたら、俺が馬鹿みたいだろうとか、少し強め
に君を抱き上げたのは、相手の二人をほんの少し煽りたかったからで、それ以外の意図は特に
無い、とか、切り返される全てにおいて、概ね尤もな返答が返ってきたが、エルにとっては、
その一つひとつが、逆に癇に障った。
おまけに、最後に、エルの方から、「君が傍に居てくれなければ、こんなことはしない。君の
意図も概ね把握していたつもりだから、あの場であえて反論はしなかっただろう?」と返せば、
「君はね、普段から俺を頼りすぎ。もう少し考えた方がいい」などと、思い切り、とどめを刺
されていたものを、今更、もう一度、再認識したいなどとは、とても思えなかった。
だから、エルは正直なところ、今、何故、シオンが自分の部屋を訪れたのかということについ
ては、その真意を諮りかねていた。
「そっちこそ、どうしたんだよ」
エルは、先程からの少し不機嫌そうな表情を残したまま、隣に座っていたシオンへと、会話を
振った。
そんなエルの様子を目に留めたシオンは、いつもと変わらない表情で微笑むと、彼もまた、昼
間の遣り取りには触れる事なく、目の前の少年にとっても、特に当たり障りがないと思われる
言葉で応じる。
「いや、別に、まだ寝てないんじゃないかと思って、ただ、顔を見に来ただけ」
「なんだよ、それ」
「別になんでもないよ」
相手の笑顔と言葉につられるようにして、エル自身も、軽口を言いながら、微笑むと、シオン
もまた、それに応じるように、笑顔を返した。
そうして、エルの表情に笑顔が戻ってきたことを目に留めたシオンは、改めて昼間の件を詫び
る言葉を口にした。
「……その、昼間は済まなかった」
「別に良いよ。
それに、多分、ああいう風にしか出来なかっただろう? こちらこそ、済まなかった。
ダフネ殿は、俺と似た雰囲気をお持ちの方だから……
この祝事にかけての手合いでなければ、全く異なる状況になっていたかもしれないし。
君の言い分は、尤もだろう」
エルは、シオンの言葉に対して、もう、それ程、気にはしていないのだ、という態度で応じた。
それに、非があるのは、自分の方だ。
そう、言葉を続けようかと思ったが、隣に座るシオンの表情がいつもと違なり、未だに憂いを
帯びているような様子にあることを目にすると、その言葉は、今、この時点では、必要の無い
ものだと悟った。
だから、それ以上、あえて言葉をかけることをせずに、その場で、黙したまま、シオンからの
次の言葉を待っていた。
いつも情けないとは思うが、この人がこんな表情をしている時に、自分が出来ることと 言えば、
ただ、傍で静かに待つこと位だと、良く判っていたからだ。
一方のシオンの方も、自分自身の採った行動に誤りはなかったとは思うが、その後で、エルか
ら投げかけられた言葉に対して、普段よりも、きつい言葉と態度を返していたことを自覚して
いた。
だからこそ、そのことをエルに改めて、詫びておきたいと思っていた筈なのに、未だに様々な
想いを振り切れていない自分に対して、少々遣り切れない気持ちを抱えたまま、ほんの暫らく
の間、声も無く、その場に黙って、座ったままでいた。
あの時、シオンは、当初、目の前の二人を少し煽ってやろう位にしか思っていなかった自身の
感情の中に、それとは異なる想いが在ると気付いた瞬間、同時に、ある種の苛立ちにも似た気
持ちを全くといって良い程、抑えきれていない自分自身にも、気付いていた。
それは、今思い返しても、あまり良いものだと言える感情ではないし、いつまでも、それに捉
われていたい類のものではない。
にもかかわらず、未だに完全には、その感情を振りきれていない自分が、心底情けなく思えた。
また、あの時、目の前で相対していた、ディオス皇子とダフネという名の少年騎士の二人の間
には、互いが互いの心の内を言葉にして明かすことなど無くとも、もう既に、それすらも必要
としない程に、強固な絆が結ばれているのだ。
そんなことは、自身が目に留めている様子からだけでも、充分過ぎる程に、解っていたという
のに。
そこに、あんな風な形で水を差すというのも、それこそ野暮というものだろう。
加えて、彼ら二人の関係性を思えば思う程に、今の自分は、様々なものを守りたいと思い過ぎ
るが故に、自身の王としての立場や、大切にしたいと願う存在との関係性を含めて、正直なと
ころ、確実なものは何一つ、手にしては、いないのだということを改めて思い知らされた。
自分には、あの二人のように、欲しいものを手にするためには、他の全てを犠牲にすることま
でも、厭わないという、真摯であり、なおかつ、情熱的でさえもある、あの激しい程の感情が、
圧倒的に欠けている。
自分が欲しいと想う存在は、今、目の前に在るのに。
それは、きっと、このままでは、完全な形で手に入ることは、永遠にない。
この想いは、ある意味、形こそ異なるが、
あの二人の想いと同じように、完全な形では、永遠に叶わない。
そう思うと、シオンはあの場で、衝動的な行動へと、強く突き動かされそうになる自分自身を
抑えるのに、精一杯で、普段のように相手のことを想い、気遣う余裕など、全く無かった。
自身の行動を振り返ってみるに、だからこそ、あの場で、苛立つ気持ちを乗せたまま、エルと
の距離をあえて離すような言動をしていたのだろう。
更に、そもそも、あの二人に対して、自分が採った行動の稚拙さを考えると、シオンは、自身
の行動の非の多さに改めて、溜息をつきたくなった。
それに、自分が大切に想う相手に対して、抱いている、この気持ちを想うと、未だに少し胸が
痛む。その気持ちを押し隠すようにして、シオンはエルに改めて声をかけた。
「で、もう、大丈夫なのか?」
「うん、さっき、ほんの少し気配を手繰らせてもらった限りでは。ただ……」
いや、俺が聞きたかったのは、君の体調の方なんだけど。
シオンは、エルの言葉を遮るようにして、そう、相手にかけようとしていた言葉を止めた。
エルが、ほんの一瞬だけ見せた表情から、彼が伝えたい事の本意は、全く別の処に在ることを
察したからだ。
「エル、言わなくても良いよ」
シオンは、先程、言おうとしていた言葉の代わりに、改めて声をかけた。
そうして、シオンはエルの幾分華奢にも見える手首を自らの身体の方へと引き寄せるようにし
て、そのままエルの身体を優しく抱きしめた。
「シオン」
「何?」
シオンの暖かい腕の中で、エルは少し泣きたい気持ちになりながら、相手の名前を呼んだ。
その声を受けて、シオンは、エルを抱きしめたまま、ただ短い返事だけを返す。
この人はいつだってそうだ。
たとえ、その直前まで、自分に対して何かきついことを言っていたとしても、
こちらが、本当に欲しいと思うときには、必ず、望んだ以上の形をもって、応じてくれる。
本来なら、自分には、そんな資格など、ありはしないのに。
エルは、そんなことを想いながら、小さな声で、その言葉を述べる。
恐らく、それは、シオンが予想していた言葉とも違うことはないだろう。
「あの人、俺と同じ気配が在るんだ」
「そう」
シオンは、エルの口から告げられたその言葉に、再び短く返事を返した。
もう、一年以上前の事になるが、エルは、唯、一度だけ、真摯なまなざしを備えた、その美し
い空色の瞳から大粒の涙を零しながら、他に知る人が極めて少ない、自身の身の上をシオンに
打ち明けてくれたことがある。
その時のことをシオンは、思い返していた。
以前のエルは、共に魔族を狩ることを目途とした戦場に赴いていた時などでも、自分の生命さ
え、二の次にしがちな行動が、傍から見ていても目に余る位に、極めて多かった。
あの時も、エルは、シオンからの援護を待つことなく、たった一人で、魔族の群れの中核たる
獲物を、ほぼ、相討ちと言って良い状態で、仕留めていた。
しかし、シオンの到着が、もう、ほんの少しでも遅れていれば、恐らく、エル自身の命さえも
無かった筈だ。
それは、それ以前から、エルの無謀な行動をシオンが咎めてきた上でのものだったので、エル
の身体の傷の応急処置を終えたその直後、二人きりだったこともあって、正直なところ、かな
り辛辣な言葉を投げかけた自分対して、エルは、言ったのだ。
自分は、元々、破滅と滅びの予言を伴って生れてきたのだと。
自身の父がその能力を以って、その予言の行く先をかなり曲げてはくれているが、
それでも、自分は、恐らく、いや、間違いなく、西公領域の最後の王になるだろうと。
エルが自分自身と同じ気配があると言ったのは、恐らくそういうことだ。
あの漆黒の髪と瞳を持つ皇太子ディオスには、
確かに大望を望む志と、その望みを叶えるだけの器があった。
それは、この現世界にて、後々王位を継ぐ身にあれば、当然の事だろうし、
この先、彼は、恐らくその望みをも叶えるのだろう。
そうして、彼は、それに見合うだけの絶望と破滅の気配をも背負い込むことになるのだ。
恐らくエルは、あの手合いが終わった直後、改めて彼を見つめていた瞬間に、直感で、それを
感じ取っていたのだろう。
思えば、あの時、自分の肩に添えられていたエルの掌に、いつもよりも強く摑まるような、そ
んな力を感じたのは、その所為なのだ。
シオンは、エルの立場を考えると、なんともやり切れない気持ちになっている自分自身の想い
も自覚しながら、彼を抱きしめる腕の力をほんの少し強めるようにして、改めて声をかけた。
「エル、もう、それ以上、言わなくて良いよ」
「シオン」
目の前の相手の言葉を肯定する代わりに、エルは改めて、今、自らの存在を受け止めてくれて
いる、大切な存在の名を確かめるように呼んだ。
それから、自身の瞳を一度、ゆっくりと閉じつつ、シオンが、自分に与えてくれている、優し
い温もりが、今、自らの傍にあることに心から感謝した。
そうして、自分のことを抱き留めてくれているシオンの腕に、自身の腕をそっと添えながら、
強い意思をたたえた空色の瞳を再び開けると、しっかりとした口調で、想いを述べる。
「シオン、俺は、違うから。俺は、いずれ、俺自身が望むものの、全てを手に入れるから。
王位も、愛する人と、その人の気持ちも、領民の支持も。全てだ。
代償を払うとか、そんなのは無い」
「強気だね」
「そうでないと、やってられない」
そんなエルの様子を目に留めると、シオンは普段と変わらない様子で微笑みながら、ただ一言、
そう、声をかけた。
それにあわせるようにして、エルの方も、いつもの気の強さをも覗かせる表情で微笑んだ。
シオンは、たった今、エルが口にした、「愛する人」という言葉の意味するところを考えると、
何とも言えない気持ちになったが、その感情を押し殺すようにして、エルを抱きしめる腕に力
を入れた。
力強い腕で抱きしめられたエルは、かつて、シオンが、今と同じように、自分を強く抱きしめ
ながら、彼が、いつもの彼かからは、全く想像もつかない程の憤りと、哀しみさえ、たたえた
真摯な表情でかけてくれた言葉を思い出していた。
それは、今でも、エルの脳裏には、鮮烈な記憶として、残っているものだ。
……誰一人、殺さずに、なおかつ、全ての人を救う治世など、
この世界の何処にも在りはしない。
何らかの代償を払わずに叶う望みなど、極めて稀だ。
後々、一国の王になる身なら、誰もが多かれ少なかれ、破滅の気配を身に纏うことだって、
あるだろう。
だけど、君はね、そうやって、いずれ王位を継ぐ身にありながら、
自らの命さえ護ることも出来なくて、
愛する人々や、君を愛してくれている人達を哀しませるような状況を
自らで、更に作り出した挙句、一体、どうする気なんだ。
君は、今、君のことを本気で気に掛けている俺の目の前で、何をする気だったんだ!!
当時のシオンから受けた、そんな言葉を思い返しながら、エルは相手の腕の辺りに添えていた、
自分の掌に、無意識に力を入れた。
「……シオン、俺は」
「エル、君は大丈夫だよ」
シオンはエルの様子を受けて、彼を抱きしめたまま、エルの柔らかい空色の髪の方へと手を遣
ると、その頭を後ろから包み込むようにして、そっと撫でた。
それに合わせるように、エルは、シオンの方へと身を預けるようにして、自身の身体に入って
いた余分な力を抜いた。
「……うん、ただね、俺は、あの二人にも、本当に、幸せになって欲しいと思うんだ。
彼らの呼びかけには、何時でも応じられるような俺でありたい。また、いつか会えるかな」
「そうだね、いつか、また、きっと、会えるよ」
エルの身体の重みを受け止めながら、シオンは、そう返事を返した。
そうして、再び、しっかりとエルの身体を抱きしめる。
互いに形は、違うが、どちらにしろ、
その想いが完全な形を取って叶うことなど、
恐らくは、ない。
だからこそ、ただ、どんな時も己の望みに忠実でありさえすれば、それで良いのかもしれない。
どちらの方が良いとか、悪いとか、そんなものは元から無いのだから。
シオンは、そんなことを思いながら、つい先程まで、晩餐会での席を共にしていた、黒髪と漆
黒の瞳の皇子と、その青年との強固な絆を作り上げていた薄桃色の髪と茜色の瞳の少年へと想
いを馳せた。
「シオン」
「何?」
エルから再び自身の名を呼ばれたシオンは、改めてその相手へと改めて視線を移した。
視線の先には、先程と変らずに、自らが大切に想って止まない少年の姿がある。
そうして、エルは、シオンからの視線に応じるように、再び自らの視線を上げて、こちらを見
つめていた。
自分を見つめるエルの瞳が、何か言いたそうにも思えたので、シオンの方から、彼に声をかけ
ようかと思っていた時に、その言葉は、突然、エルの方から、小さな声で告げられた。
「あのさ、今日は、このまま、ここに居てくれないか」
「……エル、それ、意味、解って言ってる?」
シオンは、エルからの言葉に驚いて、ほんの一瞬だけ、間をあけてから、そう言った。
昼間に起こした騒動から察するに、今、此処でそんなことをすれば、実際にどのような行為が
なされたかどうかは別にしても、明日の朝には、ある意味、より芳しくない関係にあるといっ
た誤解と噂を生むことは、容易に推測できる。
ただ、シオンは、そういったことに思考を巡らせるよりも、まず、最初に、自分の望みを正直
に伝えてくれた、この少年のことが、本当に愛しく思えた。
そして、あまりに素直なその言葉に、返事を返した直後に、思わず吹き出しそうになりながら、
微笑んだ。
「あっ!!」
シオンから受けた言葉に、エルもようやくその理由を呑み込めたようで、顔を真っ赤に染めな
がら、即座にそう声をあげた。
そういうところにまで、思いが至らなかった事については、本当に呆れたくもなったが、それ
でも、エルは、今、この一時だけは、自分自身の傍にシオンの存在を感じていたかった。
ただ、それだけだ。
自分の想いを正直に伝えた、ただそれだけのことだ。
それに、たかだか明日、この世界から去るまでの間に、他の誰にどう思われようが、そんなの
は、構わない。
エルは、自分のそんな気持ち改めて確認してから、再びシオンの方へと視線を戻した。
それから、シオンの背中へと廻した自らの掌を強く握り締めるようにしながら、先程と同じよ
うに、小さな声で、想いを告げる。
「……いいよ、別にどう思われようが、俺は構わない」
「じゃ、俺からもお願いがあるんだけど」
先程から続けて込み上げてくる笑いを必死で堪えながら、シオンはエルにそう言った。
本当に、全く、エルには敵わない。
自分も、こんな風に自身の想いに正直になれれば良いのだが。
シオンはそんなことを思いながら、改めて、エルの方へと視線を返す。
自分自身が真剣に意図を伝えたにもかかわらず、その相手が、笑いを堪えているかのような表
情をしているのが、気に食わなかったらしく、エルは少し不機嫌そうな表情で、シオンの方を
見ていた。
「……何だよ!」
エルから、そう切り返された直後に、シオンは目の前の少年の瞳を見つめながら、彼を抱きし
めていた両腕の力を緩めて、エルの身体との距離をほんの少しだけ開けた。
それから、シオンは自分の片方の腕を振りほどき、その指先をエルの目の前へと差しだすよう
にしながら、相対するエルの唇へと、そっと人差し指を添える。
その瞬間、エルは、ほんの少し震えるようにして、僅かに肩を竦めた。
「……っ!」
「このまま、君に触れても良い?」
つい先程までとは、打って変ったように、真摯な眼差しをもって、目の前の相手からそう言わ
れたエルは、その瞬間、自身の身体が、今までに感じた事など無い、何か違う性質の熱をほん
の少しだけ、帯びたことに気付いた。
シオンは、明らかに今までとは、異なる意味で、自分に触れると言っているのだ。
自分は、そんなことを経験したことなど、今までに一度も無い。
どちらかと言えば、華奢な雰囲気を持つ自分自身の容姿のこともあって、男同士でもそういっ
た行為に及ぶ事があるというのは、知識として教えられているので、知ってはいる。
また、周囲からも、そういった類の事には、一切関係する事など無いようにと、普段から厳に
留意するようにと、重ねて注進を受けてきたのだから。
正直、エル自身は、自分が相手の事を心から愛しいと思えば、相手が男だろうと、女だろうと、
当然、そういう行為に及ぶ事になるのだろうと思っていた。
だから、今、恐らくは、そういう意味をもって、自身に触れたいと言っている、目の前の相手
が男性であるという事についての抵抗感は、それ程、無かった。
ただ、今の自分には、唯一、それを許しても構わないと思った、この目の前の相手に対しても、
全てを委ねることは、叶わない。
自身が王位を継ぐにあたっては、その身の純潔が絶対条件とされているからだ。
面倒なことに、今、現在も、自分の胸元の辺りには、それを後で取り繕うことなど出来ないよ
うに、純潔を証するための魔導印が施されているのだということも認識している。
それなのに、エルは、そんな事とは無関係に、そういった行為に及んだ事さえも、全く無いと
いうのに、目の前の相手の事を想うと、今までに一度も感じたことが無い程の切ない気持ちと、
ただ、それだけで、自身の身体が少しずつ熱を帯びていく有様を自覚すると、それだけで泣き
たい気持ちになった。
エルは、そんな気持ちを抱えながらも、今、自分自身の目の前で、先程と変らない面ざしをも
って、ただ、そのまま、返答を待っているシオンの方へと改めて、視線を向ける。
君も……俺に、そういうことを望む事の意味を、解って言っている?
本当は、そう、問いかけても良かったのかもしれない。
ただ、エルは、今、この場において、そんな問いかけなど、無意味なものだと、直感で、感じ
ていた。
だから、シオンに対して、自身の想いに一番近い、その短い言葉だけを口にした。
「……いいよ」
「ありがとう」
エルが発した小さな声を聞いたシオンは、自身の片腕で、エルの華奢な身体を強く抱きしめ直
すようにしてから、人差し指をエルの唇から外すと、その代わりに、軽く口付けた。
同時に、エルは、自身の空色の瞳をゆっくりと閉じた。
軽く口付けを施されただけなのに、たったそれだけの事なのに、エルの心の内を今までに感じ
たことなど無い、熱い感覚と充足感が満たしていく。
「……んっ、あ……」
エルは自身の内側で急速に熱量を増した、新たな感覚に戸惑いながら、小さく息をついた。
それに呼応するかのように、シオンから施される口付けは、次第に、互いの吐息さえも交わる
ような、深い情愛を伴った熱を帯びたものへと変っていく。
シオンからの深い口付けを受け入れながら、自分自身の心の奥から溢れるように生じる熱い感
情の波に、軽い眩暈にも似た感覚を覚えたエルは、相手の背中の辺りへと置いていた自身の掌
に再び力を込めた。
エルの熱を帯びる感情にあわせて、自身の背中に廻された掌の力が、より強くなった事を、感
じ取ったシオンは、その瞬間、不意に、口付けを止めた。
「……どうして……!!」
シオンがその行為を止め、それまで塞がれていた自身の唇が解放された直後に、エルは、そう
声を上げた。
それから、今までに感じたことさえない感情を帯びて潤む、空色の瞳で目の前のシオンの青銀
の瞳を見つめていた。
これまでに、こんな経験をした事など、一度も無かったエルには、今、何故、シオンが口付け
を止めたのか、その意図を推し諮る余裕など、全く無かった。
ただ、自身の身の上の事を考えると、直感的な不安にも似た感情がエルの胸をよぎる。
そんなエルの表情を気にかけながら、シオンは、腕の中に在る大切な存在を改めて意識するよ
うに、強く抱きしめ直してから、その言葉を述べた。
「君が、これ以上は、望んでいない気がしたから」
「……違……っ!! 俺は、そんなこと望んでない!!」
相手からの言葉に、エルは咄嗟にそう切り返しながら、急に真っ赤になって俯いた。
自分自身がシオンに対して、この行為の続きをまるで、直接的に求めているかのような言動を
していることに気付いたからだ。
「エル、君が好きだよ」
腕の中に留まるエルのそんな姿を目にして、シオンは愛おしげに微笑むと、囁くように言った。
それから、今、目の前に在る、大切な唯一の存在を愛しむように、再びゆっくりと口付けた。
再び施された優しい口付けを受けながらエルは、先程の言葉への返事を返す代わりに、シオン
の肩越しに自らの腕を絡めるようにして、相手の身体を抱きしめ返した。
そうして、そのまま、自身の最愛の存在へと、再び自らの身体を委ねていった。
-自身にとって、最も大切な存在と、互いの関係の永続性を望みながら-
【END】
長いSSにお付き合いいただき、ありがとうございました。
うちの子の初期設定がけっこうな厨設定なのと、結局、書きたかったことをほぼ、全部書き!
にしたので、こんな形に…
ダフネ様、ディオス様への共感と敬意とか、
エルのけっこう甘えたがりな感じとか、初心な感じが出せてると良いのですが…
うちの二人は、この後、きっと、もう少し、際どい事までしてますが、それは、近未来の方と
被っちゃう気がしたのと、あまりに長くて、part.4 として書かないとならないな-ということ
で、カットしてしまいましたw
またそのうち、そういうのも書きたいです。
以上、お目汚し失礼しました。
※wiki収録後に、一部修正を加えました。
最終更新:2012年09月04日 16:18