多目的ホール。
深夜0時過ぎなだけあって、人の姿は全くない。正午を過ぎれば多くの人がホール内に展示された物見たさでごった返すだろう。
だがこの殺し合いの場に選ばれてしまった以上、このホールが人の賑わいで盛り上がることはない。
盛り上がるとすれば、それは人と人とが殺し合う音であろう。その時が来るまで、このホールは沈黙を貫き通す。


「なーんて、騒ぎ立てるのが仕事の鴉が呟いてみたりするのでした」
そう呟く人物はまさしく烏と呼ぶにふさわしい格好をしていた。
上から下まで黒一色の服装であるのもそうだが、なによりも鴉だと主張している部分はその頭である。
通常顔が見えているべきそこには、烏の頭を模した仮面が着けられており、これが何者なのかわからせないでいる。
さらに変声機が備え付けられているのか、声色だけで性別を看破するのは難しい。

故にこの人物に名前を付けるなら、鴉がふさわしい。
本名性別ともに不明なこの人物は、現在この殺し合いでどのような行動をとるべきか思案していた。

「まぁ殺し合いに乗ることは確定なんだけどさ」
これについては深く考えるまでもなく即決した。名簿に案山子の名前が載っている以上、鴉のスタンスは一つしかない。
すなわちここに連れてこられる前にやっていた鬼ごっこの続きをするということだ。それにはやはり殺し合いに乗っているのが一番だろう。
奴は正義を気取った断罪者だ。この場で殺し合いを行うものを見過ごしてはおけないだろう。故にここで殺し合いを行うことに意味はある。
幸い、状況もつれてこられる前と大差ない。参加者の中には気になっていた探偵女もいるみたいだし、鬼ごっこに参加したメンバーが増えたと考えればよいだけのことだ。


「だから立ち位置には困ってない…問題はどうやってこれを渡すのかだよな…」
そういう鴉の手元には一つの予告状がある。手元にあったノートと鉛筆で作った簡易な予告状だ。
予告状つくりが趣味な彼(鴉の性別は不明だが、便宜上彼とする)からすれば、これだけの材料があれば大して時間をかけずに予告状が書ける。
問題は渡す方法だ。そのまま手渡すのは正直危険すぎる。


「なにせ相手は案山子だからなぁ…こっちの姿を確認したら速攻で殺しにかかりそうだ」
というか殺しにかかるだろう。自分もやすやすと殺されるつもりはないが、奴との殺し合いは自分の掲げる目的と異なる。
故に直接渡しに行くのは却下される。なら誰かに頼むというのが一番かもしれないが、それも難しい。
まずこの格好の時点で頼みごとを却下されるだろうし、「案山子に渡してきてくれる?」なんて頼み事はさらに却下されるだろう。
奴は正義の断罪者を気取ってるが、周りから見たら犯罪者となんら違わない。
そんな犯罪者に誰が好き好んで近づこうというのか。いや近づかない。

「というわけで参った。お手上げだ。せめてそういう道具があればよかったのに」
だが残念なことに彼の手元にはそういったことに使える道具はなかった。
いやその分他者を殺せる道具は十二分にあるということではあるのだが、それでもまずは予告状を送らなければならない。
こんな状況なら送れなくても仕方ないと思うが、それでも妥協しないからこそ彼はこれを趣味にしていた。


「まぁ希望は捨てないでおこうか、ほかの参加者のバッグとかにあるかもしれないし」
そう締めくくって、その時はたと気づいた。




誰かがこちらに向かってきている。それも強烈な殺意を抱きながら。




鴉は急いで離れようとしたが、行動するのが遅すぎた。
何故なら鴉がその場を離れようとした時には、すでにそれの首は胴体から離れていたからである。

×××


時間を少し巻き戻そう。鴉が思案していた時、一人の少女がホール付近で名簿を取り出していた。
髪型は黒のツーサイドアップ。ブレザーの制服に袖を通していることから高校生らしい。
こんな状況でなければ、ホールを見物にきた現役女子高生と言われても納得するだろう。
だが、この状況においてはホールに目もくれず、名簿を凝視する姿は異様でしかない。

「厄介なものに巻き込まれたわ…まぁやることはいつもと変わらないんだけど」
そう言って彼女は名簿を見る。そこには70人を超える名前が連ねられている。
この数を処理するのはめんどくさいけど、と呟きながら彼女はいくつかの名前に×印をつける。
その×印をつけられた人物に共通することは、どれもみな人殺しということであった。

彼女―朝霧舞歌―は吸血鬼である。もちろん生粋の吸血鬼ではなく、吸血鬼にされてしまったのである。
以降彼女はその憎しみから、吸血鬼や人の命を弄ぶものを殺すことにしている。彼女は殺人は忌避すべきものだと嫌悪しているが、それでも彼女は殺してきた。
いつしか彼女はクロウと呼ばれ、裏社会で恐れられるようになった。
故に彼女はこの殺し合いの場においても吸血鬼を、殺人者を殺す。



「…できれば見たくなかった名前だわ…」
一通り名簿にマークをつけ終えて、クロウはそう呟く。
名簿には彼女が通っていた頃の同級生たちが載っていた。
特に尾関夏実は高校に通っていた頃は一緒に遊んでいた。高校を辞めてからは連絡を取ってなかったが、まさかこんな状況で再開する可能性が出てくるなんて。
朝霧舞歌は彼女たちが巻き込まれていることを考え、主催者に対する怒りをさらに強くした。

ワールドオーダーか…夏実たちを巻き込んだことは許さないわ、けど」
半面クロウとしては、殺すべき相手が載っていることを感謝するべきなのかもしれなかった。
名簿には空谷葵の名が載っていた。現在彼女が私刑にしたい吸血鬼である。いつものらりくらりと交わされているが、この状況下ではそうもいかないだろう。


とりあえず彼女を探し出して私刑にすることにしよう。


そして彼女は葵を探そうと覗いたホールの中で、椅子に座って考え込んでいる人を目撃した。
普通の人が見たら不審者にしか思えないそれも、頭部にある烏の仮面を見れば名簿のある名前に否が応でも思い至る。

「鴉…」

それなりに有名な殺し屋で、人を殺した現場は常にゴミ袋を破ったかのように凄惨であるという。そんなになるまで人を殺す彼が命を弄んでないと言えるだろうか、否である。
彼女は持ち前の身体能力で速攻で駆けよった。
どうやら気づいたらしく、この場を離れようとしているようだがもう遅い。鴉の首は彼女が吸血鬼となって得た能力―鉤爪―によって宙へ飛んだ。


「まずは一人」
そうして彼女は今首を跳ね飛ばしたばかりの鴉を眺める。だがそこで違和感を覚えた。

「血が流れない?」
そう首を飛ばしたというのに、彼の切断面から血が流れてこない。それどころかなにやらパチパチと音が聞こえ―。
その音に気付いた瞬間、彼女は後ろに向かって爪による斬撃を浴びせようとした。
だが爪が標的に届くより早く、パチパチとなるスタンガンが彼女の意識を奪っていった。

▲▲▲


「ふう、上手くいったな」
そう思わず息を漏らしたのは、ついさっき首を跳ね飛ばされたと思われていた鴉だった。何故彼は生きているのだろうか。

簡単に言うなら、彼はクロウが来るよりも早く影武者を作っていたということだ。

彼の特技は影武者つくり。材料さえ整っていればたやすく作れる。支給された品が自動マネキンだったのも幸いだった。
自分の動きを真似して動くというこのマネキンは影武者役には持って来いである。

また彼が元から兼ね備えている直感も幸いした。
いち早く身の危険を察知した彼は事前に影武者をつくり、まんまとクロウを騙すことに成功したのである。

たださすがに予備の衣装などは支給されてなかったのだろう。
鴉の格好は平時の姿とは異なり、素顔を晒していた。服装も黒一色ではあるが、鴉を連想させるほどではない。
その素顔また体格がどういうものなのか、詳しく記述することも可能だが、他の参加者が鴉の素顔を見てるわけではないので、記述はしないでおこうと思う。


「まぁ衣装がもう一着あれば、わざわざ素の姿を晒さないですむんだけどさ」
そういって彼はマネキンを回収しながら、それに着せていた衣装を身に着けていく。マネキンの首が飛んだのは失敗だったが、幸いこのマネキンは超形状記憶合金らしく壊れた部分を合わせて湯につけると勝手に治るらしい。
どんなマネキンだよと説明を見た時はつっこまずにはいられなかったが、主催者の能力から考えれば自動マネキンに超形状記憶合金という設定をつけることなど些細なことなのだろう。

そうして鴉の姿に戻った後、彼はクロウの支給品を漁った。
そして支給されている支給品の説明を見比べて、ある支給品を回収した。
これも正直わけがわからない支給品であったが、現状予告状を出したい鴉からすれば、最適な支給品であった。

「よし目当てのものも回収できたし、ずらかるとするか」
鴉はそう言って、この場を離れようとした。自分を殺そうとした少女をこのまま放置するのも問題ではあったが、まだ案山子に予告状を出してない以上、殺すわけにはいかない。
先に予告状を出すことも考えたが、この支給品は準備に時間をかけるようなので、いつ目を覚ますともわからない人物のそばでやるのは得策ではない。

「というわけでお嬢ちゃん、この支給品はありがたく頂戴し――!?」
故にとっとと離れようとしたのだが、それは少し遅すぎたらしい。
彼女の方を見つめてみると、そこには殺意をむき出しにして、こちらを睨みつける少女の姿があった。


×××


「どういうことだ?スタンガンの出力を弱めにしたとはいえ、そんなに早く目覚められる程効き目薄いはずがないんだが」
混乱してるらしい鴉を視界に入れながら、クロウは状況を整理する。
どうやら自分はスタンガンを食らって昏倒していたらしい。それでもこんなに早く起きれたのは自分がすでに人間ではないからだろう。
そもそも吸血鬼なのにスタンガンがまともに作用する方がおかしいのだが、あんな常識から外れた能力を行使する主催者だ。ただのスタンガンを怪物相手にも通用するように設定を付け加えていたとしても不思議ではない。



だが今はスタンガンのことなど、どうでもいい。考えるべきは自分は問題なく動くことができて、相手は殺し屋であるから殺すべきだということだ。
彼女は自身の爪を鉤爪状に変化させて、再び鴉に襲い掛かる。



「うお、あぶね」「っち!」
だが混乱していたはずの鴉は、さっき首を簡単に飛ばせたのが嘘のように、容易くその凶刃を避ける。


―鴉とてプロの殺し屋、そう簡単には獲れる首ではないということ?


そもそも首を撥ねた筈の鴉がこうして生きているのも不思議なことだ。あるいは鴉も吸血鬼なのかとも思ったが、自分がこうして早く起きて行動し始めたことに疑問を抱いていることなどを考えると、そういうわけではないらしい。
じゃあ何故だと、攻撃を続けながら思考していると、鴉がこちらに向かって語りかけてきた。

▲▲▲


「待て待て、お嬢さん、少し落ち着いて、話を聞いてくれないか」


正直いっぱいいっぱいだったというのもある。
現在クロウの攻撃を避け続けることができてはいるが、それは案山子から逃げ切った経験と持ち前の直感のおかげでそう長くは続けられないだろうと感じていたのだ。
それに相手は人を超えているらしいのに対し、こちらは不気味な鴉の衣装を着てる以外はなんら普通の人と変わらない。スタミナ面でもこのまま押し切られたら、命を落とす可能性もある。
故に鴉は少女に声をかけることにした。気は乗らないが舌戦に持ち込めばこの場をしのげると感じたのだ。

「殺し屋と利く口なんて持ち合わせていないわ」
予想通りというべきか、彼女は話を聞く気はないらしい。ならば勝手に喋らせてもらおう。
幸いこうして発言してくれたことで彼女が鴉を狙った理由についても把握できたし、そこを突かせてもらう。

「殺し屋だから、殺しにかかるってのは、どうなんだ?、ひょっとすると、何か、事情があって、仕方なくって、可能性は考えないのか?」
こんな台詞を言っておいてなんだが、鴉は殺し屋なんかやってる奴に事情も糞もあるものかと、常日頃思っている。
自身の事情よりも他人の事情を優先できるような奴が殺し屋をやっているのを、鴉は見たことがなかった。
しかし避けながら話すのは正直辛い。舌噛んじゃいそうでやばい。

「人の身体をゴミ袋みたいに扱っているあなたがそれを言うの?」
目の前の少女もそう思っているらしく、こちらの発言を気にもかけない。
まぁこちらもその程度で攻撃を止めてくれるなんて思ってない。ついでに舌噛んで痛がってくれないかなとか思ってたりもしたが、残念ながらそんな様子は皆無であった。これが避けるだけしか能がない奴と攻撃だけしてればいい奴の違いか。
むかついてきたので、彼女がひた隠しに苦悩してるであろう部分を突かせてもらう。

「人殺しを愉しんでいる人が非難できるようなことでもないと思うけどなぁ」
正直、これでも攻勢が止まるとは思ってなかった。彼女自身も自覚していることだからだ。
だがその発言をした瞬間、予想に反して彼女の動きは止まった。ちょっと驚いたが、このチャンスを逃す手はない。
彼女が呆けている間に鴉は全力で高飛びした。


×××


「………そんなこと、ないわ」
その言葉を他人から言われたくはなかった。
そうこの朝霧舞歌は、深層意識では殺人を愉しんでいる。
それは実際にクロウの手にかかった人を見れば、わかる。正確にはその瞳の虹彩に写っているのだ。


その殺した人を前にして笑っている自分の姿が。


初めて見た時は驚愕した。なぜ自分が笑っているのかわからなかった。
次にまた殺害者を減らせたから喜んでいるのだと、自身を納得させた。だが警察に殺害者が逮捕される場面を目撃しても、彼女は対象を殺害した時ほどの喜びを感じていないことに気が付いた。
その時、ふと思ったのだ。自分は殺人を愉しんでいるのではないかと。

恐ろしいことだ。憎しみから始めた行いが、いつの間にか自身の快楽を満たすための行動に成り代わっている。
自身はひょっとしたら、とんでもない人間なのではと思い悩んだこともある。
それでもそんなことないのだと自分を律しながらこうして殺人を続けてきたのに、まさか面と向かって言われる日がこようとは。




よほどそう言われたのがショックだったのだろうか。気づいた時には鴉の姿は消えていた。
だが例え目の前にいたのだとしても殺すことができたかどうかはクロウにはわからなかった。

【B-4 多目的ホール/深夜】
【クロウ】
状態:健康、苦悩
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1~2
[思考・状況]
基本思考:吸血鬼や命を弄ぶ輩を殺す。
1:…面と向かって言われるなんて。
2:とりあえず殺人者は探し出して…どうする。
3:空谷葵を探し出して私刑に処す。
[備考]
※客観的に見ても自分が殺人を愉しんでいるらしいことを知りました。
※支給品の一つを鴉に盗まれました。

▲▲▲


「とりあえず予告状は出せたな…」
病院で息を整えながら、鴉はそう息を漏らした。
鴉がクロウから回収した支給品はお便り箱という学校に転がってそうな物であった。
唯一学校にあるものと違うと断言できることは、このお便り箱に手紙を入れると指定した相手に手紙が届けられるというやつだ。
勿論お便り箱自身が移動するわけではないので、これを使っての相互連絡はできない。せいぜい有用に使うとするならば、狙われている相手に警告を促すとかであろう。
ただタイムラグがあり、入れてすぐに渡すのではなく、1~2時間してから渡すとある。
病院に備え付けられていた時計によれば現在1時過ぎ。つまり3時過ぎになってようやく案山子に予告状が届くのである。

「つまり二時間ほどは暇ってことだ…全力疾走して疲れたし、ここで休むとするかな」
幸い病院なだけあって、ベッドには困らない。しばらく横になって休憩を取るのもありだろう。
鴉はそう考え、衣装を脱ぐことにした。あの衣装は暑すぎるし、全力で走ったせいで蒸れて気持ち悪い。

―これは帰ったら、衣装を風通しの良いものにすることも考えないとね

そんなことを考えながら、衣装をハンガーにかけ、マネキンをユニットバスに漬けて、鴉はベッドに横になった。
そしてさっき自分を殺しにかかってきた少女のことを考える。正直あのレベルの参加者が大半なら、殺し合いを生き残るのは辛そうだ。
そういえば案山子の名前を見た衝撃で忘れてたが、ビームとか出してたやつもいた気がする。

―案山子に殺されるかどうかとか以前に、案山子に殺される前に殺される可能性の方が高いな

さっきも正直ぎりぎりだった。あれが彼女の弱点でなかったら、容赦なく斃されていただろう。
この場で殺し合いに乗ると考えたのは早計だったかなと思わないでもない。
だがもう予告状は案山子に送ったのだ。今更予告状と反する行動をとる気はさらさらない。

―だから俺が死ぬ前に殺しに来いよ、案山子。もしその前にお前が死んだら笑ってやるぜ

そんなことを考えながら、鴉はつかの間の休息を取った。

【C-5 病院/深夜】
【鴉】
状態:疲労、休息中
装備:素顔を晒している状態
道具:基本支給品一式、鴉の衣装、超形状記憶合金製自動マネキン、超改造スタンガン、お便り箱、ランダムアイテム0~1
[思考・状況]
基本思考:案山子から逃げ切る。
1:とりあえず3時まで身体を休める。
2:3時から殺し合いに乗った行動をとる。
3:…この先生きのこることができるかなぁ。
[備考]
※案山子に予告状を送りました。だいたい2時~3時までに届きます。
※人を超えた存在がいることを知りました。
※素顔はまだ参加者の誰にも見られてないので依然として性別不明のままです。後続にお任せします。

【超形状記憶合金製自動マネキン】
登録した人物が行った動作をそのまま行うことのできるマネキン。
壊れてもお湯につければ直るという優れもの。直るのにはだいたい一時間かかる。

【超改造スタンガン】
怪物相手にも通用するように作成されたスタンガン。ただし怪物相手に対する威力はまちまち。
人間に限って話すなら、弱で気絶、中で心臓停止、強で黒焦げになる。

【お便り箱】
学校に置かれているようなお便り箱。
中に便りを入れると指定した相手に1~2時間以内に便りを渡す。
なお、これを使って対象に危険物を送り込むことは不可能である。


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最終更新:2015年07月12日 02:14