◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
僕は君にひざまずいたのではない。
人類のすべての苦悩の前にひざまずいたのだ。
フョードル・ドストエフスキー:著 『罪と罰』より
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時刻はきっちり3時。
仮眠をとっていた、鴉がパチリと目を開け意識を覚ます。
いつもの衣装に着替え、気分も新たにカーと啼いた。
思考はクリアだ。
気分はいい。
カーテンを開き窓の外を見る。
そこには月が出ていた。
絶好の犯罪日和だ。
いや、夜だから夜和だろうか?
勢いよくクルリと振り返る。
黒翼が大きくはためいた。
さあ、殺し屋の時間を始めよう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――――さて、今から君は死ぬわけだが」
とある病院のとある一室。
白いカーテンで区切られた先に四つのベットが並ぶ大部屋である。
白い壁、白いシーツに彩られた白い世界を、くるくると練り歩くのは漆黒の鴉だった。
「何か言い残すことはあるかな?」
鴉が問いかけるのは、座り込んだ体制のままベットに両腕を縛られた女、
ピーリィ・ポールである。
不意を突かれ、抵抗する間もなく彼女はスタンガンで意識を奪われた。
意識を取り戻したところで気づいてみればこの状況だ。
自由を奪われ、荷物もすべて奪われた。
こうなってはお手上げだ。手は縛られて上げられないけれど。
「…………言い残すことはあるか、だって?
あるね。大いにあるよ、大ありだ。
有難い事に、君はこの僕にそのすべてを語らせてくれるというわけかい?」
「……いや、自分で言っておいてなんなんだけど、あんまり長話に付き合う気はないからね?」
軽い気持ちで遺言くらいは聞いてあげようかと思ったが、思いの外喰いついてきた。
今のところ計画性のない行き当たりばったりの彼といえども、忙しいと言えば忙しい。
なにせ
案山子に予告状が届いている頃合いだ、ここであまり時間は取りたくないというのが本音だ。
「それは残念。長話にはなるかもしれないね、でも聞いておいて損はないと思うぜ?
きっと君も興味のある話だ」
「へえ、どんな話だい?」
その意味ありげな話口に、鴉の興味が僅かにそそられる。
だが、彼が興味を持つ話題といえば、言わずもがな案山子についてだが、彼女が案山子について彼以上に知っているとは考え辛い。
仮に彼女が案山子と個人的な知り合いで、彼以上の情報を知っていたとしても、鴉と案山子の関係性を把握しているとは思えない。
故に、鴉が興味を持てるような共通の話題があるとは思えないが。
だが、あった。
参加者全員に対する共通の話題が。
それは案山子にばかり興味を向けている鴉とて例外ではない。
あの男が、何のためにこんなことをしたのか、鴉とて気にならないと言えば嘘になる。
「ふーん。面白うそうだね。いいよ、話してみなよ」
いったい何を話すのか、それが気になり鴉は話を促した。
だが、長話に付き合うつもりはないという点は変わっていない。
つまらないと思ったらその時点で殺して次へ向かうつもりである。
「最初に断っておくけれど、これから話すのは探偵としての僕の個人的な考察という名の愚考であって。
ただの卓上の空論、言葉遊びであり、実在の人物、団体、真実などとは、まぁ、あんまり関係ないことを理解してくれたまへよ」
「外れてても怒るなってことだろ、それくらいはわきまえてるよ。
けどイイのかい? 遺言があんなのの話で」
「いいんだよ別に、思いつきとはいえ、誰にも話さず死ぬのも勿体ないしね」
そう言ってピーリィは縛られてままの肩をすくめる。
そう言うものかね、と鴉は思うものの異論をはさむほどのことではない。
では、と前置きを入れて、探偵ピーリィ・ポールが口を開く。
「まず『ワールドオーダー』って何なんだろうね?」
「何って……それが分かれば苦労はしないだろう。
というより、君がそれを語ってくれるのを期待してたんだけど」
露骨な落胆を見せる鴉。
だが、ピーリィはいやいやと首を振る。
「そうじゃなくて、『ワールドオーダー』なんて明らかに本名ではないだろう。
偽名、というよりあだ名や二つ名の類だね。それにしたって個人を表す記号としては似わないだろう?
だというのに、彼は何でそんな妙ちくりんな名前をわざわざ名乗っているのかってことさ」
「さあ? けどまあ彼なりに何か意味があるんだろうね、知らないけど」
「そう、だからその意味を考えようという話さ。
『ワールド』はとりあえず『世界』でいいとして、『オーダー』って何を意味しているのかな?
一言にオーダーといっても直訳だけでも秩序、順序、命令、注文と意味は沢山あるよ。
ランダウの記号におけるO-記法でもあるし、物理学における量の基準でもあるね」
「秩序とかそんな感じじゃないかな? 世界の秩序を司る支配者的な」
「支配者ねぇ。君はあの男に対してそんな風に感じたのかい?」
これは心外といった風に鴉の面を被った頭が振られる。
「まさか。支配者気取りだとは感じたがね。
とはいえ、これだけのことをしているわけだから、なんでも思い通りになるような力を持っているのも確かだろう?
案山子や俺たちを拉致した手腕もそうだし、あの攻撃無効化能力をとっても大した脅威だぜ?」
「攻撃の無効化ねぇ、僕はあれには演出的な意図を感じたけどどうなんだろうね」
ま、あれに限った話ではないが、とピーリィは付け足す。
だが鴉はその言葉を否定する。
「いやいや、あれは演出ではないよ」
「何故そう言い切れるんだい?」
「俺もあの時彼を撃った一人だからね」
「なるほど。それはまたぐうの音も出ない証拠だね。
けどまあ、それでも演出だったという意見は変わらないかな。
あの時、君たちが銃を持っていたのがその証拠だ。この孤島に運ぶ際には奪われているわけだからね。
没収できるのにしなかった、というのなら使ってくださいという事なのだろう」
ふむ。と鴉が息を漏らす。
おそらくワールドオーダーの意図通りに動かされたという点が気に食わないのだろう。
「じゃあどうやってあの弾丸を防いだというんだい?」
「却説。奇跡的に全弾外れたのか、透明な防弾ガラスでもあったんじゃない?」
「適当だなぁ。超能力で防いだとかそういう解説はないのかい」
鴉の言葉に今度はピーリィは表情を曇らせ露骨に嫌そう顔をする。
「君も超能力を信じている口かな? 真逆自分も超能力者だとか言い始めないだろうね……。
まあその辺に主義、思想に口を挟むつもりはないが」
こう続けざまだとね、と誰にでもなくピーリィは呟いた。
「信じるというか。あれだけのものを見せられたんだから、その方が説明しやすいってモノだろう?」
「説明しやすいねぇ……よくわからないものの理屈を考えながら説明するほうがよっぽど大変だと思うが、まあいいだろう。
じゃあ、お望みとあらばここからは『超能力』が有るという前提で話をしようか。
却説。少し話がそれたかな。何の話だったか、そうそう『オーダー』の意味だったか」
仕切り直すようにピーリィはコホンと咳をする。
ベットに縛られたままで恰好はつかないけれど。
「僕の見解を述べると――――注文者だと思う。彼はきっと注文を出すだけなんだよ」
ピーリィの言葉を噛み締めるように鴉がうーんと唸った。
「……注文者、ねぇ。それってなんかしょぼくないかい? 言葉の響きというか印象としてさ」
「いやいや、注文を出す対象は何せ『世界』だぜ? スケールとしては十分だろうさ。
尤も、その世界ってのが何を示しているのかまでは知らないがね。
自身の認識による世界なのか、世界そのものなのか、あるいは両方かもね」
「つまり、世界を思い通りにできるのではなく、世界に何でも注文が出せるということか。
…………それって何が違うの?」
鴉の疑問にピーリィは呆れたように答える。
「何って全然違うだろうに。
注文を出せるだけじゃあ全能とはまったくもって言い難い。
尤も、全能の逆説にもあるように、真の万能なんてのはあり得ないんだけれど。
仮に超能力を肯定したとしても、之ばかりは承服しかねるがね。
そして注文するだけじゃあ、そこからもほど遠いよ。
多分、注文を受けて世界がどういう結果を出すのは彼にもわからないんじゃないかな? だからこんな事をしているんだろう」
「こんな事とは、この殺し合いのことかな?」
「そうだよ。他に何があるというんだい。
彼は場を造り、駒を配するだけよ、この殺し合いだってそうだろう?
ルールからしたって強制力なんてあったもんじゃない。褒美をちらつかせ、首輪で脅しているだけだ。
そりゃあ死ぬのは誰だって嫌だし、脅されればある程度動く者もいるだろう。
褒美って言葉を鵜呑みにして権力欲しさに殺し合いに奔る者だっているだろう。
だがそれだけだ。我々を動かそうという努力は見えるが、けれどそれを受けて僕らがどう動くかなんて僕らにしか、いや僕らにだってわからない。
と言うか、それがわかってるんならこんな事はしないさ、わかりきった事なんてする必要がないだろう?」
確かにと鴉はその言葉に頷いた。
「他にも彼についての推察はいくつかあるが、聞きたいかい?
それとも、お急ぎのようだしそろそろお開きにして、僕を殺すとするかい?」
「おいおい、ここまで来てそれはないだろう? 聞かせてくれよ」
ピーリィの話にノッてきたのか、鴉は寝話をせがむ子供のように先を促す。
「ひも解くカギはあの洋館での彼の言動にある。
というかまあ、我々とあの男の接点はあれだけしかないのだから当然と言えば当然なんだけど。
あの時の彼の言動には幾つかおかしな点があった。君は気づかなかったかい?」
「おかしな点ねぇ。とりあえず頭がおかしいなとは思ったよ」
「ま、それは確かだろうが、そうじゃなく」
言われて鴉は考え込むが、これという答えは出ない。
何せおかしいというのならば、あの空間は全てがおかしかった。
その中の一つを上げろという方が無理がある。
答えの出せない鴉を見かねたのか、ピーリィは仕方ないといった風にため息をつくと具体例を挙げる。
「わかりやすいところで言うとアシスタントのA君を呼び込んだ時かな。演出的だというのならばあれが一番演出的な場面だったね。
A君の頭に触れて、A君を自分にしたと言った後、確かあの男はこう言ったはずだ。
『この能力自体の付与はできなかったが、もう一つのほうは問題なさそうだ』と。
あの発言を聞いた時、君はどう思った?」
「どうと言われてもね」
鴉はお手上げといった風に肩をすくめる。
どうせわからないのだから、考えるのも面倒だという様子である。
「じゃあもっとわかりやすく言おう。
AはコピーできたBはコピーできなかった。却説、之を聞いて君はどう思った?」
「うーん。そうだなぁ、コピーできないBは凄いんだなぁとしか」
「そうじゃない。まあそれも間違いではないのだろうが。そういう印象付けもあったのだろう。
けれど、あの発言を受けて感じるのはAとBがあるという事だ」
「それが何か?」
「逆に言えば、AとBしかないと思わされたという事さ。
真逆、あの流れでCがあるとは思わないだろう?」
ふむと鴉は考える。
つまり、その発言の意図としては。
「まだ見せていない切り札があるとでも?」
「さあ? そこまではわからないよ。けれど、あの場で手の内全てを明かすとも考えづらいがね。
とはいえ、彼の全てが書かれた説明書でもカンニングしない限り、その答えはわからないだろう。
ま、何事も決めつけはいけないという話さ。
大体、嘘つきの言葉を元にして愚考を並べても仕方がない。
言葉なんてのに意味はないんだ。大事なのは、その言葉を話したという事実の方だよ。
発言内容から考察できる事柄なんてこんなものだけど、発言したという事実からは更に別の考えだってできる」
「ほぅ。例えば?」
「おかしいと思わないかい? コピーできなかっただなんて、なぜわざわざそんなことを言う必要があるんだい?
あそこはさ、大見得を切って大物ぶる場面だぜ。
たとえ出来ていなかったとしても出来たと言い張ればいいし、最悪口にしなければいい」
「言われてみればその通りだね。なら、あの発言が嘘だとでもいうのかい?」
「かもしれないね。では嘘だと仮定して考えてみよう。
ならその嘘は――――いったい誰に向けての嘘だ?」
「……誰って、そりゃあ我々だろう、他に誰がいる?」
「いただろう?
主催者でも参加者でもない曖昧な人間が一人」
その問いには鴉もすぐに思い至る。
「ああ、君のいうところのA君か。けど彼をだまして何の意味があるというのさ?」
「意味ならいろいろとあるさ。喩えば自分と全く同じ能力を与えて、反乱なんてされたら大変だろう?」
「そんなことがあるのかい? 自分とまったく同じ思考にできるのなら、それこそ自分を裏切る心配なんてないと思うが」
「却説、全く同じにできるというのが嘘なのか、それとも自分で自分を自分すら裏切る人間だと思っているのか。
なんにせよあちらも、一枚岩とは限らないということだ。まあ、あくまで可能性の話だし、可能性は低いがね。
どちらかと言うと素直に我々についた嘘と考える方が可能性は高いだろうよ」
まあそうだね、とこの言葉には鴉も同意する。
「コピーできたものをできなかったと我々に思わせたかった、というのなら俺にもわかる。
この場にいるA君の戦力を見誤らせるためにね」
「慥かに。それも可能性と言う意味では高いだろうね。
だが、もう一つの可能性もある」
それは? と問いかける鴉。
「あの男にコピーされていないというのは本当で、できなかったのではなく、しなかったという可能性さ」
「いや、それは最初の話に戻るんじゃないか?」
A君を騙しているという話である。
「違うよ。言っただろう、今論じているのはこの嘘を我々に向けて話している場合の話さ」
「どう違うと言うんだい?」
「嘘をついた目的が違うという話だ。
この場合、完全なコピーは不可能だと、我々にそう思わせるのが目的となる訳だね」
「それはつまり、自分を過小評価させるためってことかい?
うーん。誰かが脱出して実際対峙するときには多少は有利に働くだろうが、なんというか、気の長い話だね」
鴉の言葉にピーリィは首を振る。
「違う違う。わからないかい? あの能力も付与できるという話になれば、彼は完全なコピーが創れるという事だぜ。
それはつまり、その気になればネズミ算式に増えていけるという事だ」
周りの人間全てが、あの歪んだ笑みを浮かべる。
そんな気味の悪い光景が一瞬、鴉の脳裏に浮かんだ。
「となると、必然。わいてくる疑問があるはずだ。
我々の前に立っていたあの男は――――本当にワールドオーダーなのか。
いや、彼の定義によるとワールドオーダーには違いないのだろうが、オリジナルなのか、という点だね。
つまり、あの嘘は自分の正体を隠すための嘘だった、という話さ。
そうなると外見も変えなかったのか、変えられなかったのかが疑問だねぇ。
加えて言うなら、完全なコピーができるというのなら増殖のみならず擬似的な不老不死も可能だろう。
年老いてきたら適当な若い人間を自分にしてしまう。それを繰り返せば100年どころか1000年だって存在していられる。
尤も、スワンプマンじゃないけれども、完全に同じ人間がいたところでそれが本当に本人が生きていることになるかどうかは甚だ疑問だがね」
鴉は語られた内容をどう受けとめたモノかと若干考えたのち。
「何とも、ゾッとしない話だねぇ」
そう言った。
「一応、フォローと言うか、超能力を否定した立場からの異見も述べておくと。
あの一連の流れは全て演技で、ただの茶番だったという説も唱えさせてもらっておくよ。
ま、どれが嘘でどれが真実かなんて誰にもわからないだろうし、真実は結局―――闇の中さ」
ピーリィはそう言葉を締めくくった。
鴉が黒翼をはためかせ、パチパチと拍手を送る。
「いや、なかなか面白い話だったよ。
こんなところで出会わなければ、君とはじっくり食事でもしながら話でもしたかったところだ」
賛辞と共に一歩、拘束されたままのピーリィへと近づく。
「―――――まあ、殺すんだけどねぇ」
情を移したりしないし、心変わりなどしない。
いいことを聞かせてくれたお礼に見逃してあげよう、なんてご都合展開にはならない。
彼女の死は、この期に及んで覆ることはない。
「思いのほか随分と話し込んでしまったな。もういいよね? 殺すよ」
「ああ、けど、最期に一つ。
語るだけじゃなく、こちらから質問をしたいんだけど。いいかな?」
「いいよ。なんだい?」
ピーリィの提案に、鴉は快く応じる。
恐らくピーリィを気に入っているのは本当なのだろう。
「君は―――――どうして人を殺すんだい?」
ピーリィの最期の問い。
それに、鴉は対して迷うでもなく答える。
「好きだからだよ、それ以上の理由がいるかい?」
鴉の答えは簡潔だった。
簡潔故に、酷くわかりやすい。
「好きなのは殺人だけじゃないぜ? 俺は犯罪行為全般が大好きだ!
善行は頼まれたってやる人間は少ないが。悪行は禁止されたってやる人間はたくさんいるだろう。
それはつまりみんな悪行をやりたがってるってことだ。性悪説というヤツさ」
楽しげに躍るように漆黒の鴉は言う。
「性悪説の誤用は置いておくとしても、他はともかく殺人は違うだろう。
頼まれたってやりたがる人間は少ないと思うが」
「そんなことはないさ。誰だって一度は誰かをぶっ殺してやると思ったことくらいはあるだろう?
やらないのはやり方を知らないだけさ、一度やってみれば誰だって気づくよ。意外と大したことじゃないってね」
「――――最低だね」
ピーリィの辛辣な一言に、鴉は気分を悪くするどころか、翼を模した両腕を広げ喜ばしそうに応える。
「――――何を今更。お前の目の前にいるのは全てを食い散らかす鴉だぜ?
最低なのは――――当たり前さ」
カーと喉を鳴らして笑う鴉。
それに対してピーリィは、そうじゃない、と静かに首を振る。
「最低なのは――――僕の方さ」
これまで長々とピーリィは語ってきたが、あんなものは全て適当な戯言である。
相手の興味のを引いて、自分の言葉に聞く価値があると思わせるための方便だ。
ワールドオーダーなんて男にまるで興味などないし、超能力なんてそもそも最初から信じちゃいない。
そんな回りくどいことをしたのも、全てはこの回答を得るためだった。
その結果。
得られたのは、わかりきった、当たり前の事実だけ。
そう。わかりきっていた、最低の事実だけ。
「君の言葉は、難解だけど。それにもまして何の話なのか解かり辛いね」
「いや、すまない。これはただの――――独り言さ」
――――ピーリィ・ポールは人殺しだ。
諍い様のない、殺人衝動を抱えている。
彼女は幾多の罪を暴き、罪を暴いた幾多の相手を殺してきた。
少し名が売れてきたせいで、それもやり辛くはなってきたけれど。
彼女が罪を暴いて、殺してきた相手には聞けなかった。
彼らは彼女とは違う、動機のある殺人者だったからだ。
だから、どうしても――聞いておかなければならなかった。
動機のある殺人者ではなく、自分と同じ動機のない殺人鬼に。
鴉は本当に、どうしようもない理由で人を殺している。
けれど、どうしようもなくとも理由はあった。
彼女はそれ以下だ。
彼女には、本当に理由がない。
本当に――どうしようもない。
最低な殺人者の、それ以下だと思い知らされる。
彼女が最初に殺したのは、幼馴染の少年だった。
理由なんて――何もなかった。
二人で近くの山に遊びに行って、崖を覗く少年の背を押せそうだから押した。
恨んでいた訳でも、喧嘩をしたわけでもない。
本当に――彼のことが好きだったのに。
結局その件は、事故として処理された。
当然だ、10にも満たない少女が、仲違いしたわけでもない少年を殺すなど誰が思うというのか。
罪は暴かれることはなかった。
罰は訪れることはなかった。
彼女の罪は彼女しか知らない。
だから彼女の罪を背負い続けれるのは彼女だけだった。
彼女を罰せるものまた。
彼女の一人称が僕になったのはそれからだった。
どうしようもない後悔は残る。
それでも、この殺人衝動にどうしても抗えなかった。
彼女は――――弱い、人間だった。
どうしようもなく、弱い。
自分で死ぬこともできない。
だからこの場でも何もしない道を選んだ。
関わろうとする相手を適当に追い払って、一人でいる道を選んだ。
誰かと共にいるときっと、殺してしまうから。
何の理由もなく。何の動機もなく。何の理論もなく。何の感傷もなく。何の大義もなく。
そんな自分が最低なまでに許せないから。
過ちを繰り返さないために。
「――――僕は別に特別、死にたくないわけじゃないんだよ。ただ、死に方を選びたいだけなんだ」
「死に方ねぇ。殺す立場としてはできる限り努力はしてみるけどさ。望む死にかたって何なの?」
そう問われピーリィはふっと笑う。
自傷的な笑みだった。
「僕はね、『正義』に裁かれたかったんだ」
「それは難しいなぁ。『正義』なんて俺から一番ほど遠い言葉だからね。
案山子あたりなら喜んで君を殺しそうなものだが」
「そう、無理なんだ。君だろうと誰だろうと同じさ。
そもそも『正義』なんて、この世界のきっとどこにもないんだから。
間違いを正せば『正義』なのか? 正しさを貫けば『正義』なのか? 『悪』を殺せば『正義』なのか? そんな訳が――ないだろうに。
『正義』などどこにもなく、現実は『正義』どころか正しさすら曖昧だ。
そんな事は、知っていた筈なのに――――」
それでも――――求めてしまった。
それは彼女の弱さなのか。
「まあ、正義が欺瞞だというのには同意するがね」
その点ではピーリィと鴉の価値観は共通だ。
だからこそ彼は断罪者を謳う案山子が気に食わない。
「結局、何が言いたいわけ? 僕には殺されたくないって命乞いかい?」
「命乞い? 違うよ、これは――――」
ゴキンと言う音。
「――――時間稼ぎと言うやつだ」
ピーリィが動いた。
両手の関節と共に拘束は外れた。
スタンガンによる痺れも時間経過により完全に取れた。
武器はない。手も動かない。
彼女の武器は――――いつだって口だけだ。
殺人衝動に突き動かされるまま、獣のように牙をむき出しにして、頸動脈を噛み千切るつもりで飛びかかる。
「残念」
だが、鴉はそれをヒョイと躱し、すれ違いざま衣服と共にピーリィの胸元を引き裂いた。
黒翼のような袖口に隠れて分からなかったが、鴉の腕には鍵爪が装備されている。
それは彼女から奪ったものだった。
「ま。君がそう来るのは、なんとなく予想がついていたよ」
危機に対する直感。
鴉をここまで生き長らえさせてきた能力である。
それを感じながらここまで話に付き合ったのは、来られても返り討ちにできるという確信からか。
「いや、チートな奴らばかりかもしれないと思っていたから、君みたいなのもいると分かって安心したよ。
ひょっとしたら、君は頭脳担当として呼ばれたのかもね」
力なく倒れこみ、ピーリィは自らの血だまりに沈む。
「さて、このまま放っておいても死ぬだろうけど。
一応、本当の遺言でも聞いておこうか。それとももう喋れないかな?」
チャプと水音を立て、赤い水たまりに踏み込んだ鴉が、ピーリィの前に座り込んだ。
「いや……喋れる、さ」
血の気の引いた蒼い顔でピーリィは言う。
「…………これから、君は、どうするつもりだい?」
「そうだな適当に殺しまわって案山子を待つさ。
案山子は知ってる? 断罪者気取りの殺人鬼なんだけどさ」
「断罪者……ねぇ」
ピーリィは立ち上がろうとするが、血と共に力が抜けてゆき、その場に跪く様に崩れた。
「罪には、必ず罰があるだなんて……そんなものは…………幻想だ。
…………ただ、法があり……法にのとった罰がある、現実はそれだけだ。
人を、殺しても…………のうのうと生きている、君のような、人間も……いるし。
…………人殺さなくても……理不尽な、運命に、見舞われる人間もいる」
だからこそ。
人を殺してはいけないなんて、当たり前のルールを守れなかったモノを。
「だからこそ…………そんな奴らを……僕は、永遠に軽蔑する」
目の前の鴉に向けて、そして自分に向けて彼女は言う。
それは、血だまりの中心で跪きながら述べるその言葉は懺悔のようでもあった。
だが、その言葉を聞くのは神父でも娼婦でもない。
死肉を啄む鴉である。
「クッ、カーカーカー! 軽蔑ねぇ! いいねそれ!
悪態も誹りも大好物だよ! あ、Mって意味じゃあないぜ」
この鴉も、救いようのなさでは負けていない。
あらゆるものを喰らい尽くす雑食。
それが鴉だ。
「俺にとっての罰は案山子なのかな?
まあせいぜい逃げ延びて罪には罰などないという君の持論を証明してあげるさ」
そんな鴉の声がピーリィの耳には遠く聞こえる。
いよいよ意識が遠のいてきた。
ピーリィを殺した鴉は、案山子に裁かれるのだろうか。
そして鴉を裁いた案山子も、きっと誰かに殺されるのだろう。
その誰かも、きっとまた他の誰かに――――。
永遠と死が巡り、死が廻る。
ここは、あの男が創ったそういう『世界』だ。
たっだら、その輪廻の果てに残った、最後の一人は何になるのだろう。
嗚呼――――もしかしたら。
「…………それが、彼の、望むモノ………なのかも、しれ……ない、ね」
最期に――――そんなどうでもいい事を思った。
【ピーリィ・ポール 死亡】
【C-5 病院/黎明~早朝】
【鴉】
状態:健康
装備:鴉の衣装、鍵爪
道具:基本支給品一式、超形状記憶合金製自動マネキン、超改造スタンガン、お便り箱、ランダムアイテム0~2
[思考・状況]
基本思考:案山子から逃げ切る。
1:殺し合いに乗った行動をとる。
[備考]
※人を超えた存在がいることを知りました。
※素顔はまだ参加者の誰にも見られてないので依然として性別不明のままです。
【鍵爪】
アサシンが好んで使う仕事道具の一つ。
フックがついてる特別性で、移動にも使える優れもの
扱いに慣れればこれ一つで壁も登れるし背中も掻ける
最終更新:2015年07月12日 02:36