「……これって展望台? ここ、昔人が住んでたりしたのかしら?」
殺し合いの舞台である孤島。 その中央には、小高い山が聳えている。
そこそこの標高を持った山の、更に頂上に建った展望台。
その入り口に一人の人影があった。
艶やかな黒髪をショートカットにした、傍目から見ても衆目秀麗な女性。
彼女の名前は、
上杉愛という。
「建物っぽい影が見えたから近付いてみたけど……あんまり役に立ちそうじゃないわねぇ」
会場に送り込まれた直後、近場に建造物の存在を発見した彼女は一直線にその方向へと向かった。
休憩や拠点作りに建造物は便利だし、中に何か便利な物があったらちょっと失敬するつもりだったのだが……。
(展望台じゃ、ねぇ……)
拠点に向くとは思えないし、中にあまり物もなさそうだ。
「それにしても、人間の可能性って言われても……」
そう呟くと、彼女は溜息を吐く。
そう、上杉愛は人間ではない。
妖怪。
古くより日本に住まう、人間とは異なる「怪」。 彼女はその中でも強い霊力を誇る天狗であった。
「……ま、多分殺し合いに反抗的な人もいるでしょうし。 そういう人を探すべき……かしら」
(流石に、いきなり攫われて「殺し合え」なんて言われて。
すぐに「はいそうですか」と殺し合うような人間ばかりじゃないでしょ)
そんな人間などいない、とは言いきれない。
人殺しを嫌う人間がいるように、人殺しや悪徳を好んで行う人間もいる。
人間の世を800年以上も生きた彼女は、それを知っていた。
(殺し合いをある程度円滑に進める為に、そういう奴らも招待されてるんだろうけど……私みたいなのがいるんだし、穏健な人間もいるはずよね)
思考をある程度固めながら、展望台の中へと入る。
手近な椅子に腰を下ろし、荷物も下した彼女が視線を巡らせたのは先程まで背負っていたディパックだった。
(このディパックの中に入ってるのが支給品……だっけか)
本来ならば会場に着いてすぐに確認するべき事だったかもしれないが。
天狗式柔術を使う彼女はそもそも無手でも戦える(というか、武器を使って戦うことの方が稀である)ので、一息つくまで支給品の確認を怠っていたのだ。
殺し合いに支給されるアイテムなんてどうせ武器の類だろう、と考えていたのも大きい。
ディパックの中を漁る彼女が真っ先に掴んだのは、二つに折り畳まれた用紙であった。
表紙に目を向ければ、
(……
参加者名簿、ねぇ)
最初に拉致されたあの場所には、70人程度は集められていたか。
その中に田外の退魔師の誰かがいれば、大きな力になるだろう。
そうでなくても、長い時間を生きてきた彼女の知己は広い。
(……期待はしてない。 そもそも、こんな事には巻き込まれてない方がよっぽど幸せなのよねぇ)
そんな複雑な感情を抱きながら、彼女は名簿を開く。
「……最悪」
名簿に一通り目を通した彼女は舌打ちしながら名簿を乱暴に閉じる。
聞いた事のある名前、知った顔……それは幾らかあったが、特に彼女が親しかった名前は二つあった。
まずは
吉村宮子。 上杉愛の茶飲み友達で、よく日常の愚痴を言い合う仲であった。
(……こっちは心配する必要はそこまでないかな)
彼女は魔法の力を操る者――魔女だ。 流石に800年は生きている愛には及ばないが、それでも100年近く生きていると聞いた事がある。
実力についても、正直愛には推し量れないところがあった。 こんな殺し合いとはいえ、不覚を取ることは早々ないだろう。
彼女が悪態を吐いたのは、もう一人の名前が原因だった。
――
田外勇二。 上杉愛が仕える田外家の次男であり……小学生である。
(小学生をこんな殺し合いに放り込むなんて……よくよく思ってたけど、イカレてるわね)
上杉愛は、田外家では勇二の護衛兼教育係を務めていた。 彼を実の息子のように可愛がっていたのだ。
その勇二が、この殺し合いに巻き込まれている。 その事実は、愛を大いに動揺させた。
勇二も霊力こそ持っているものの、それを操る為の術はまだ教わっていない。 まったくの無力な子供なのだ。
(勇二ちゃんを生き残らせる為に、他の参加者達を殺す……)
そんな考えも頭をよぎったが、すぐに彼女はその考えを頭から追い出した。
危険人物ならばともかく、そうでない参加者達を殺していったところで勇二が生き残る確率が上がる訳ではない。
それに、無差別に人を襲う事で彼女が嫌う「人を襲う妖怪」に成り下がるのも嫌だった。
(いっそ、空を飛んで探すとか……)
これも彼女は頭の中で却下した。
人探しの観点でだけなら手っ取り早くも思えるが、今は夜間だ。
天狗である彼女は常人よりもよく見える眼を持っているが、それでも空中から人探しをするには不安がある。
下手をすれば、地上から見つかって狙い撃ちをされてしまう可能性も否定はできない。
(それに、どうもさっきから翼の調子が悪いのよね……)
今は翼を隠した状態にしているが、それでも彼女には翼の不調が手に取るようにわかる。
普段ならば音と同じ速さで飛べると自認している彼女だが、今も同じように飛べるかは怪しかった。
(……とはいえ、ここでのんびりしてる訳にもいかないわね)
最初は明るくなるまでここで休息しているつもりだったが、勇二がこの会場にいる事がわかった以上迅速に探す必要がある。
急いで椅子から立ち上がった愛は、ディパックを引っ掴んで外へと出る為に歩き出す。
そのまま展望台の玄関に手をかけた瞬間、
「……誰だ!? その中に誰かいるのか!?」
外から鋭い声が飛び込んで来た。
◆
(あいつ……
ワールドオーダーって言ったか。 あいつは一体何者なんだ……?)
本人は「人間」だと自称していたが、カウレスにはどうしてもそれを信じる事ができなかった。
人間が善の種族だ、などと言うつもりはカウレスにもない。
勇者としての(そして復讐の)長い旅の中で、人間の汚い面はいくらでも見てきている。
だが、その常軌を逸した実力。 そして熱を持った狂気。
それらはカウレスが今まで見たどの人間にもなかった……いや、魔族にすらなかったものだ。
(魔族……そうだ、問題はまだある)
最初に集められていた場で、ワールドオーダーへ攻撃を放った男。
その顔を、カウレスは一度も忘れた事がない。
(魔王……!)
魔王
ディウス。 彼の世界を脅かす、魔族の王。
人間を塵芥とみなし、虐殺する殺戮者。 彼の復讐の対象。
魔王を連れ去り、あまつさえ攻撃を軽々といなすワールドオーダーの実力も底知れないが――
(これは魔王を殺す絶好の機会なんじゃないか……?)
今ならば幾多の魔王軍に道を阻まれる事もない。 奴の軍団の一員である
暗黒騎士と
ガルバインはいるが、それだけだ。
元の世界での幾万幾億もの軍団に比べれば些細。 だが――
(……ミリア、
オデット……)
元の世界での仲間と、そして彼の今やただ一人の血を分けた親族。
二人の姿も、カウレスの頭から離れない。
魔王を探し回っている間、二人の命に危険が迫るのではないか?
逆に二人を探している間、魔王の犠牲者が大量に出るのではないか?
その苦悩の中山道を登る彼は、いつの間にか頂上近くの建物に辿りついている事に気づいた。
(……なんだ、この建物は?)
展望台、という建物の知識は、中世に近い異世界に生きるカウレスにはない。
特殊な建物だ、という事は外観からある程度察知したが、その程度である。
(屋根から妙なものが突き出ている……あれはこの前街に寄った時に見た望遠鏡だろうか? だけど、あそこまで大きいものなど見たことがないな……
……物見小屋かなにかか? それにしては、望遠鏡が上を向いているのは不可解だな。 空を警戒しているのか?)
展望台に近寄らず、カウレスは外観をじっくりと観察した。
危険に対しては過剰までに臆病でいい、と言ってくれたのは最初の剣の師匠だったろうか。
最初は理解できなかったが、勇者としての旅の経験を積んだ今なら嫌というほど理解できる。
(支給品とやらに扱えそうな武器がなかったのが痛いな……敵がいるなら魔法でどうにかするしかないか)
そしてその観察力は、ドアノブのかすかな動きを捉えた。
「……誰だ!? その中に誰かいるのか!?」
「……ええ。 今出てきますから、ちょっと話を聞いてくださいますか?」
◆
「……つまり、アイさんはユウジという子供を捜している……という事でいいのか?」
「ええ、そうですね。 私のお仕えしている家の子供で……」
「くそ……10歳足らずの子供だって? あの男め……」
少しの時間の後。 上杉愛とカウレス・ランファルトは、山から下山する道を歩いていた。
最初こそ強く警戒していたが、愛に敵対する意思がないとわかればカウレスも戦う理由はない。
それから二人は自らの事情を伝え合った結果、一時的にでも二人で行動した方がいいだろうと道を共にしていた。
「……ところで、魔王、でしたっけ? 最初の場所にいた、あの角生えてる男の人がそれでいいんですよね?」
「ああ、そうだ。 ……魔王を知らないなんて、アイさんはよっぽどの田舎にでも住んでるのか?」
カウレスの言う「魔王」なる危険人物にもし出会ってしまった場合愛一人では不安だったし、カウレスにとっても魔王への戦力は一人でも多い方がいい。
また、どこかで別れる事になっても、人探しをしている愛がミリアとオデットも探してくれるなら、カウレスもある程度安心して対魔王に望める。
「で、黒髪ロングで碧眼の女の子が妹のミリアで、いつもフードかぶってる金髪赤目さんがオデット、と」
「……ああ」
「……カウレスさんはどうするのですか? まず魔王を倒したいのか、仲間と妹を探したいのか、だとちょっとやる事が変わってくると思いますが」
「……それは……」
(……どうすればいいんだ……?)
山道を降りる間も、カウレスは苦悩する。
復讐か、それとも絆か。
(それにしても、勇者に魔王、ねぇ……。
普通なら頭のおかしい妄言って流すところだけど、どーも嘘っぽい雰囲気は感じないし……
最初にいたあの角が生えた男が魔王ってのも、なんとなく納得はできるのよねぇ)
そんなカウレスをちらちらと横目にしながら、愛は思考を巡らせる。
(……下手に翼とか出さない方がいいのかしら。 魔物扱いとかされたらマズそうだし)
[F-6・山道/深夜]
【上杉愛】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:田外勇二の保護。 殺し合いには極力乗らない。
1:勇二を探す。
2:山を降りるまではカウレスと一緒に行動。
3:魔王には警戒。
4:カウレスの前では翼は出さない?
※飛行速度が若干落ちているようです。
【カウレス・ランファルト】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(確認済み、カウレスに扱える武器はなし(銃器などが入っている可能性はあります))
[思考・行動]
基本方針:魔王を探すべきか、ミリアとオデットを探すべきか苦悩。
1:山道を降りるまでに結論を出したい
2:殺し合いに積極的になるつもりはないが、魔王を殺す障害は躊躇なく殺す。
3:あの男(ワールドオーダー)に奪われた聖剣を見つけたい。
最終更新:2015年07月12日 02:17