あるところに仲の良い少年と少女がいた。
彼らは幼い頃に親を失った姉弟だ。弟の名をクリスという。

姉は消えた両親に代わってクリスを育てるために馬車馬の如く働いた。過酷な重労働に耐え、時には身体を売って必死に生活費を稼ぐ。
疲れて仕事から帰ってくる姉を笑顔で待つのがクリスの役割だ。
彼らの家庭は貧しかったが、そこには確かな幸せが存在していた。

ある晩のこと。
何かが軋む音でクリスは目を覚ました。
階段を下り、リビングに急ぐ。そこに居たのは姉に跨る見知らぬ男だった。
無垢なクリスには彼らが何をしているのか理解出来ない。
それでも本能的な部分で憎悪を抱いたクリスは隠し持っていた刃物を握る。

『ボクのお姉ちゃんをいじめないで!』
『弟か? 可愛らしい顔立ちしてるじゃねえか。後で犯してやるからそこで待――』

そこでクリスは初めて人間に刃を向けた。
何度も。何度も。何度も。何度も。
男の原型が崩れるまでひたすらに刃物を突き刺し、切り刻み。
自宅に置いてあるハンマーで頭蓋を砕き、体中の骨を叩き折り。
最終的には拳に痣が出来るまで死体を殴り続ける。
ゴツン、ゴツンという鈍い音だけが静まり返った部屋に鳴り響いていた。

『助けてくれてありがとうクリス。ごめんね、こんなに汚い姉で』
自らを傷付けてまで断罪を行う弟の姿に耐え切れず、少女は返り血で染まったクリスの身体をそっと抱き寄せた。
背中に姉の温もりを感じた少年は電源が切れた機械のようにピタリと手を止める。

『お姉ちゃんは綺麗だよ。どんなお花よりも世界で一番可愛いもん。汚いのはこの男。この人だけは……』
『もういいの、クリス。これだけやってくれたら私も満足。ほら、夕食を食べましょう?」
『わぁい! 今日の夕食楽しみー!」

姉が台所に向かうのを見てクリスも席に着く。
彼は姉を守るために勇気を振り絞って殺人に乗り切ったのだ。
だが、大切な姉は「もういい」とクリスを止めた。これ以上死体を嬲る必要はない。
その後二人は何事もなかったように笑顔で食事を摂り、普段と変わらない一日を終えた。

翌朝、クリスが目撃したのは黒服を着た男達に連れて行かれる姉の姿。
彼は何があったかも理解出来ないまま姉に駆け寄る。

『お姉ちゃん、どこに行くの?』
『ごめんねクリス。ちょっと用事で出掛けなくちゃいけないの。これをお姉ちゃんだと思って待っていてね』
姉が渡したのはクリスと姉を象った手編みのぬいぐるみ。
思いがけないプレゼントにクリスは目を輝かせた。

『うん! ボク、今日もお姉ちゃんが帰ってくるまでお利口にしてる!』
クリスは姉の帰りを待ち続け――

『お前がクリスか?』
そして日常が崩壊した。

◆◆◆◆◆◆

時は進み、現代。

「ない……ない。ないないないないないない――――」
クリスは警戒心も忘れて一心不乱にデイパックを漁っていた。
デイパック内に収納されていた物品が辺り一面散らばる。彼が異常事態に陥っているのは一目瞭然だ。

「何か探しものか?」
「わぁ!?」

不意に声を掛けられ、大袈裟に反応をするクリス。
振り向くとそこには黒色のスーツを着こなした長身の男が屈んでいた。

「驚かせて悪かった。俺は佐野蓮。君の名前は?」
「クリスだよ!」
「クリスちゃんは何を探していたんだ?」
「ぬいぐるみ。でも普通のぬいぐるみじゃないよ? お姉ちゃんからもらった大切なもの」
「思い入れのある物を諦めろ……とは言えないよな。よし、俺も探すのを手伝うよ。君みたいな少女を放置するわけにもいかないし、そのついでだ」

事情を察した佐野は迷うことなくクリスに協力を申し出た。
彼もクリスと同じく大切な者を失っている人間だ。
生物と物を同等に考えるのは良くないが、そのぬいぐるみが特別な物であることはクリスの表情からよく伝わった。

「わぁい! でもボク、少女じゃない。男だよ?」
「何を言っているんだ? クリスちゃんはどう見ても女の子だ」
「見る? それとも触る?」

クリスの言葉を聞いた佐野は恐る恐る胸に手を近付ける。
可憐な少女が男だと偽っているのだから、それは嘘だと確認するのが大人の義務。
未知の体験に股間がテントをはっても、興奮して心拍数が上昇しても、断じて疾しい気持ちはないのである。
ゴクリと生唾を飲み込む。秘境の山まであと3秒、2秒、1秒――

「うわあああああああああああああ!」
哀れにも絶壁から突き落とされた男の絶叫が響き渡った。

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ! こんな可愛い子が男の子のはずがない!」
「佐野さん? とりあえず情報交換する?」
「そうだな、そうしよう。落ち着くんだ俺」

佐野がティッシュを鼻に詰め込み終えると漸く情報交換を開始した。

「――俺もブレイカーズに母親を殺されたからわかるよ。クリス君の気持ち」
「さっき佐野さんが言ってた怪人がいっぱい居る組織?」
「うん。クリス君も気を付けたほうが良い。奴等は他人の命を何とも思っていない悪党だ。
中でも剣神龍次郎は圧倒的な強さと残虐さを持っている。そして脱出するにはこいつを殺すしかない……!」

此処に来て初めて怒気を滲ませた声を佐野は発した。
ブレイカーズの話になると我を忘れて熱くなってしまうことが彼の欠点だ。

「そんなに強いの?」
「強いけど大丈夫だよ。クリス君は俺が守ってみせるから!」
自分が原因でクリスを怯えさせてしまったことに気付いた佐野は、彼を元気付けるために慌てて笑顔を作った。
次の行動に暫く迷ったが、上司の雪野を見習ってクリスに手を差し伸ばすことに決める。

「クリス君、これは握手っていうんだ。お互いの手を握って友情を結ぶ儀式だよ」

ぽかんと口を開いて首を傾げるクリスに説明をする佐野。
漸く意図を察したクリスは佐野につられて微笑むと彼の手を両手で包む。
その動作に佐野は違和感を覚えたが、特に注意はしない。握手の方法など人それぞれだと疑問を片付ける。

「え?」

二度目の違和感。
腕の感覚がない。代わりに体内から噴出するのは大量の血液。
洪水のように流れ出すソレは瞬く間に周囲を真紅に染め上げ、緑の生い茂った草原を鮮血が彩る。

紅色に満ちた世界で異色を放っていたのは純朴な笑顔で自分の手を握る少年。
日常風景を地獄に塗り替えた彼はさながら修羅道を支配する主だ。
佐野は常人を超越した存在ではあるが、所詮は生温い世界で暮らしていた者。阿修羅に出向かれては足が竦む。

「クリス君? どうして俺の腕を――」

言い終えるよりも早く、クリスの刃が心臓を貫いた。
呆気無く崩れ落ちる超越者。少年は狂気を含んだ笑みで彼を観察する。
どんな人間でも心臓を穿てば死は免れないが、怪物と呼ばれる存在がそうだとは限らない。
ブレイカーズなる二人の異形が存在することを知った以上、それを殺すための知識が必要だ。

「佐野さん、死んだかな?」

佐野が起き上がることなく5分ほど経過したところでクリスは結論を出した。
どんな生物も心臓の機能を停止させることで死ぬ。その至極当然な常識は怪人に対しても通用するようだ。
試しに内臓の幾つかを引きずり出す。新鮮な臓器はどれもが今まで殺してきた者と寸分違わない形状をしていた。
心臓を鷲掴みにするが、これも動作していない。間違いなく止まっている。

ぐしゃり。

少し握る力を強めるとそのまま潰れてしまった。
怪人だから多少は人間よりも頑丈に出来ていると思っていたが、そうでもないようだ。
思い返してみれば腕を引き千切った時も大した力は必要なかったし、心臓を突き刺すことだって普段と変わらない手際で行うことが出来た。
佐野は怪人やブレイカーズを強大な存在だと説明したが、改造人間クリスは怪人と人間の強さは同等だと結論付ける。
あとはここから立ち去るのみだが、最後に一つ問題があった。

「どうやって証拠を隠そうかな?」
死体処理だ。
組織に所属していた頃は勝手に処理をしてくれたが、今はそうもいかない。
暫く死体を眺めると何かを閃いたように手を叩く。
それがクリスの3分クッキングを開始させる合図となった。

ぐしゃり。
ざくり。
ざくり。
ざくり。

「こんな感じかな?」
死体は生前の姿がわからない程に分解されていた。
念入りに顔面の皮も剥ぎ、首輪を奪って証拠隠滅完了。
グロテスクなオブジェの完成である。

「ありがとう、佐野さん。この首輪とデイパックはもらうね。
ボク、優勝してお姉ちゃんと一緒になるから。殺し合いが終わったら佐野さんにもお姉ちゃん、会わせてあげる!」

佐野だったオブジェに優勝を誓い、ノートに一連の出来事を書き終えるとクリスは去った。
彼に罪悪感は存在しない。糧となった佐野へ抱いた気持ちは感謝のみだ。

【E-5 草原/深夜】
【クリス】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:基本支給品一式、ティッシュ、ランダムアイテム0~4、首輪(佐野蓮)
[思考・行動]
基本方針:優勝して自分が姉になる
1:表向きは一般人を装い、隙を突いて殺す
2:ぬいぐるみを探す
3:姉に褒めてもらうために殺し合いで起こった出来事をノートに書き記す
4:姉に話す時のために証拠として自分が殺した人間の首輪を回収する
5:敵対組織に関しては保留
※佐野蓮からラビットインフルとブレイカーズの情報を知りました

【佐野蓮 死亡】
※佐野蓮のオブジェはその辺に放置されてます

【ティッシュ】
佐野蓮に支給。
どこにでも売っている市販のティッシュ
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最終更新:2015年07月12日 02:20