島の南西。 そこには森と山に追いやられるように、草原地帯が広がっている。
まばらに木々が立ち並ぶだけの、見渡す限り遮る物のない地平。
そこに一つの異物が存在した。
西洋の貴族が住まうような、豪奢な洋館。
外観からですら、それが莫大な建築費を消費したことは明らかだ。
そのような館が周囲に何もない草原にぽつんと建っている姿は、ある種不自然ですらある。
その洋館の、二階への階段が続く玄関ホール。
そこで森茂は椅子に腰掛け、丸テーブルに肘を突き洋館の玄関口を眺めていた。
丸テーブルには、彼への支給品の一つである拳銃が置かれている。
椅子も丸テーブルも、最初からここにあった物ではない。
洋館の一室から森茂が引っ張り出して来た品だ。
ゲームの開始直後から彼はこの玄関ホールに居座り、何かを待っていた。
どれだけ待っただろうか。 やがて玄関扉が開き、来客が姿を現した。
中学生くらいの年頃の少年。
パーカーでその表情を隠しているせいか、亀裂のような笑みを浮かべた口元だけが浮かんでいるような印象を与える。
そして、その印象だけで彼が彼である証明には十分だった。
――
ワールドオーダー。
この殺し合いに70余人の人間とそれ以外を拉致し、説明の場では圧倒的な力を見せた“
主催者”。
それに、森茂は物怖じせず声をかけた。
「やあ。 君を待ってたよ、ワールドオーダー君」
「へえ。 僕が来るのがわかっていたのかい?」
「その通りさ。 俺はそういう能力を持ってるんだ」
「嘘だね。 君がそんな能力を持ってるという話は聞いた事がない」
「まあ嘘だけどね。 でも、ここに陣取っていれば誰かしらやって来るだろうとは思ってたよ。
このへんに建物、これ一つしかないでしょ? 外は真っ暗だし、まともな奴なら屋内で夜が明けるまでじっとしてたいのが心情だよね」
「で、その拳銃を使ってやって来る参加者を襲うわけかい?」
「それはその時になってみないとわからないね。
ま、実際荒事になってもこんなの使わなくてもいいんだけどさ。 脅しにはわかりやすいものが必要だろ?」
そう言うと、森茂は拳銃を手に取る。
強面の上にサングラスをかけた風貌と合わせて、常人であればかなりの威圧感を覚えるだろう事は想像に難くない。
「そういや君のこと、ワールドって呼んでいい? ほら、ワールドオーダーって長いし無機質だしさ」
「呼び方についてどうこう言うつもりはないさ。 それは本質じゃない」
その威圧感に晒されながらも、ワールドオーダーは身じろぎもしなかった。
そもそも主催者に対して馴れ馴れしい態度を崩さない森茂にしても、中々にいい性格をしているのだが。
「それにしても、僕の姿を認識して驚きも怯えも、かかって来もしないというのは少し驚いたな。
何を考えているんだい?」
「これが後ろからなら怖かったけどねぇ。 君が真正面にいる限りには驚異を感じてないよ。
こちらから手を出す事もできないけどね」
「へえ、僕が驚異ではないって? 今この場で『生命』を『消失』させる事もできるんだけどね、僕は」
「それができないとは思っていないよ。 ただ、実行するかどうかはとても疑問だね」
聞きようによっては挑発とも取れる発言。
それを聞いても尚、ワールドオーダーは笑みを崩さない。
ただ、森茂を観察するような気配を強める。
「……どういう事かな?」
「確かに君の能力は強力だ。
だが、同時にアンコントローラブル……とまではいかないけれど、見境が無い。
それは最初の説明の時に、『動き』を『封じて』しまうと自分も動けなくなる、と言っていたことからも推察できる。
本当に『生命』を『消失』させてしまえば、俺を殺す事はできるだろうけど同時に自らの生命も失われる。
流石にもう一人自分がいるからと言って、自殺じみた真似はできないだろう? そうなれば、直接的にゲームに干渉する方法を失うからね」
「なるほど、中々にご明察だね。 流石は悪党商会の総帥、と言ったところかな?」
「いやいや、こんなに余裕ぶっていられるのも君が真っ正面にいる間だけだよ。
君が『何をしたか』をきちんと把握できてれば対処できる自信はあるけど、後ろから能力を使われて闇討ちされたら参っちゃうね」
自らの能力の底を明かされているというのに、ワールドオーダーは動揺すらしなかった。
「だからどうした?」と言わんばかりに、森茂をパーカーの下から観察し続けている。
「確かに僕の能力は、それ単体なら殺し合いの場じゃ大した事はない。
一見万能に見える『未来確定・変わる世界(ワールド・オーダー)』にしたって、『この能力を知っている』相手に対して害を与える事は難しい。
当然さ、こいつは『そういう能力』じゃないんだからね。
僕の全ては革命の為にある。 殺し合いで役に立つか立たないかというのは、結局無意味だ。
けれどそれは僕が無力だという訳じゃない。 その慢心の足下を掬うのが『革命』なんだから。
もう一人の僕が持っている『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』もその一つだ。
この能力は、『自らが触れている対象しか能力の対象にできない』という欠点があるけれど――
『遠く』を『触れる』ようにしてしまえば、そんな欠点はやはりないも同然だ。
実際、とある殺し屋にこの能力を使った時もそうやって能力を付加したみたいだね。
如何に万能の能力を持っていても、有能な殺し屋に近付くのは骨が折れるだろ?
能力が全てじゃない。 現実に語られた事が全てなんだよ。
登場人物紹介を読んで全てを知った気になるなんて浅慮にも程がある。
ストーリーとセリフ、そして生き様にこそ登場人物の全てがあるんだから」
「随分ペラペラと喋るみたいだけど、俺に手の内を明かしちゃっていいのかい?」
熱に浮かされたかのように喋り続けるワールドオーダーに、森茂も観察するような目線を向ける。
――けれど亀裂のようなその表情からは、何も窺えない。
「今ここにいる僕は『
登場人物A』でしかない。 『主催者』としてのワールドオーダーとは別物なんだ。
『参加者』としての主催者と、『主催者』としてのワールドオーダーは、よく似た、けれど違う種類の鳥に過ぎない。
それに……君は今僕をどうこうするつもりもないんじゃないかな?」
「ま、そうなんだけどね。 なんでわかったの?」
「君が敵対者と相見えて、こうして悠長に喋っている理由がない。
となれば、君は『今だけは』僕を敵として認識していない、という過程が成り立つ。
……一つ質問させて貰って構わないかな? 君はこの『バトルロワイアル』、どういう結末を望むんだい?」
「答えようじゃないの。 だけどね、少し前置きさせてもらっていいかな。
――正義と悪にはバランスが必要なんだよ。 悪の勝利は勿論、正義の勝利も世界を平和になんてしないんだ。
このゲームは、正義と悪のバランスを崩してしまう。
誰か一人が優勝する結末でも、あるいは皆が組んでゲームを破壊する結末でも。
正義と悪が並び立つ事ができない以上、ゲームの勝利者は正義か悪のどちらかさ。 それは頂けないよね」
ワールドオーダーの意味深な問いかけに、森茂は饒舌に口を開く。
滔々と語る声には、熱――あるいは狂気が宿っていた。
「そうあらねばならない」という、義務感を孕んだ熱気。
それは、奇しくも説明の場でワールドオーダーが持っていたのと同じモノだ。
「なら、君の望む結末って言うのは――」
「そ。 ……俺が優勝して、正義も悪も潰しちゃう」
「優勝、か。 このゲームには、悪党商会の構成員もいるんだけどね。 彼らはどうするんだい?」
「これはいつもハンター――あ、これはうちの主水の事なんだけどね――に言ってるんだ」
「身内にも冷酷にならなきゃ駄目だよ、ってね」
「……なるほどね。 よくわかった。
僕と戦わないのは、他の参加者を減らしてもらう為か」
「その通り。 70人の中で生き残るんだ、できるだけ引っかき回してもらわなきゃ困るんでね。
でさ。 俺も質問いいかな」
「どうぞ。 こちらが一つ質問した以上、そちらからの質問にも答えるのが公平だろうからね」
「ありがとさん。 じゃ、一つ質問するけど」
そう前置きすると、森茂は椅子へと座り直す。
そして姿勢を直すと、言葉を放った。
「……君、ホントにワールドオーダー?」
「それは、どういう意味だい?」
「俺もそこそこ長く生きてるし、職業柄人は一杯見てるからね。 なんとなく感じるんだ。
気配って奴かな。 確かに君はあの会場にいたシルクハット被ったワールドオーダーにそっくりだ。
でも、完全に同じじゃない。 本当にちょっとだけの違いなんだけどね。
……ワールド。 君さぁ、“元の人格”が残ってるんじゃないの?」
(もし、ワールドオーダーの能力に隙がある事が一つでもわかれば。
「後の展開」にも続けられるんだけどねぇ)
そう思考し、森茂は目の前の人間を注視する。 何か一つの変化さえ見逃さないように。
……果たして、変化は現れた。
くつくつ、という笑い声。 今まで変わらなかった亀裂のような笑みが、更に歪みを増す。
「残ってるのは人格じゃない。 “認識”だよ。
現在を書き換えても、過去に僕が『登場人物A』だった事に変わりはない。 確かにそれは正しい。
けれど、今現在にワールドオーダーと『宣言』されているなら、それが事実なんだ」
「……言ってる事がよくわからないな。
それっぽい事言っておっさんを煙に撒こうとしてない?」
「そういうつもりはないんだけどね。
世界が違うって話さ。 君達の世界では林檎は赤いかもしれない。
ただ、この世界では林檎が黄色い、って言えば、それは事実になる。 少なくとも彼等にとっては」
「……いや、林檎は赤いでしょ? 青い林檎もあるけどさ」
「それを判断する術は彼等にはない。
彼等には物語が事実で、そこで起こった事しかわからない」
「……なるほどね、よくわかったよ。
やっぱり君等はイカレてる」
やはり、意味がわからない。
そう結論付けて、森茂は会話を打ち切った。
「そうかもしれないね。 ところで質問はもう終わりかな?
そうなら、外に出て行かせて貰うけど」
「ああ、最後に一つだけ」
背を向け、館を出て行こうとするワールドオーダー。
彼の背中に向けて、森茂は――宣戦布告をする。
「こんなゲームを起こした以上、君も俺にとっては排除の対象だ。
終わったら首を洗って待っておきなよ」
「……そうかい。 それも楽しみにしておこう」
重苦しい音がして、両開きの扉が開く。
まだ暗い外へと、ワールドオーダーは歩き出す。
そして館には、元のように森茂が残された。
[I-4・西洋貴族館/黎明]
【森茂】
[状態]:健康
[装備]:S&W M29(6/6)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~2(確認済み)、S&W M29の予備弾丸(18/18)
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う。
1:今は西洋貴族館で人が来るのを待つ。
2:やって来たのが交渉できるマーダーなら交渉する。 交渉できないマーダーなら戦うが、できるだけ生かして済ませたい。
3:殺し合いに乗っていない相手なら、相手によって殺すか無害な相手を装うか判断する。
[I-4・草原/黎明]
【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを促進させる。
1:適当に外を歩いて他の参加者を探す。
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。
人格や自我ではありません。
最終更新:2014年09月10日 12:23