私、
一二三九十九が放り出されたのは、川沿いの寂れた場所だった。
強めの風が吹き付け短い私の髪が揺れる。
何故こんなことになったのかという疑問はあるが、このままここにぼーっと突っ立てる訳にもいかない。
ひとまず身を隠すべく、近くに見つけたオンボロ小屋に身を移した。
どうやらこの小屋はボート小屋のようで、中には水路が敷かれており、係留しているボートが二隻。
座れる場所は限られており、全体的にボロボロ。隙間風も多い。
あまりいい隠れ家とは言えないが、何はともあれひとまず腰を下ろす。
「ふぅ」
ここでやっと一息。
腰を落ち着けたところで、まずは配られた荷物を確認する。
まず気になるのは名簿である。
知り合いがいるかもしれない、というあの言葉がどうしても気にかかる。
もしかしたらおじいちゃんや、お父さんがいるかもしれない。そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。
ゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと名簿を開いた。
屋根の隙間から洩れる月明かりを頼りに、名簿に書かれた名を一つ一つ確認してゆく。
知った名は幾つか。知らない名は多数。
名簿を見終わってまず思った感想を素直に述べる。
うちのクラス拉致されすぎだろ……。
去年高校辞めた舞歌ちゃんまでいるよ。
確かにうちのクラスは一芸入試者が集められており、半数が一芸組という変り種の宝庫ではあるんだけど。
あの人、何かうちのクラスに何か私怨でもあるのだろうか?
あとクラスメイト以外に気になった名が一つ。
遠山春奈。
公式・非公式含め300戦無敗。現代最強の剣術家である。
今の時代で剣に携わってれば誰でも知ってる、剣道やってて彼の名を知らなきゃもぐりと言っていい。神様みたいな存在だ。
私もお祖父ちゃんの仕事の関係で一度だけ会ったことがある。向こうは覚えていないかもしれないが。
こんな状況で頼りにするなら彼が一番だろう。
次に頼れそうなのは拳正あたりか。
拳正は幼稚園のころから一緒の、なんというかまぁ幼馴染的な何かである。
なんでも私には刀鍛冶の才能があるらしく、いろんなところからスカウトに会うことが多いのだが。
拳正には無茶な方法でスカウトにくるヤクザ紛いの連中を追い払ったりしてもらうこともある。
どうしようもないアホだが、こういう時は頼りになる。
そういや最初はこの事件も私を狙ったいつもの連中の仕業かと思ったけど、ここまで来ると無関係っぽいよなぁ。
アイツら基本的に子悪党だから、こんな大それたことをするとは考えにくい。
名簿の確認を終え、続いて支給された荷物を確認してゆく。
というか、名簿を取り出した時から気になっていた長物がある。
言わずもがなの日本刀である。
はやる心を抑えながら、ズシリと重い鉄の塊を慎重に取り出し鑑定を始める。
鞘は鉄拵。鐔や目貫も装飾が施されておりなかなかに豪華だ。
柄を外して茎に刻まれた銘の確認もしたい所だが、目釘を抜く道具がない。
小槌か何かがあれば何とかなるんだが、ここではひとまず諦めよう。
存分に外観を堪能した後は、本丸である刃の確認に移る。
刃を傷つけぬよう慎重に、まず鯉口を切りそのまままっすぐ一気に引き抜く。
露わになった刀身が夜に光る。
「ほぅ」
思わず漏れる感嘆の声。
棟は基本の庵棟。切先は大切先。
地肌は板目肌で、全体の作風は強いて言うなら美濃伝に近いが中丸に返る鋩子は地蔵鋩子というより火焔に近い。
そして刀工の技量が現れるとされる刃中の働きも多く、中でも稲妻が美しい。
うーむ。かなり独自の見たこのない作風ですが、いい仕事してますねぇ。業物ですよこれは。
やっぱり日本刀は芸術品だなぁ。思わずよだれが出そうになりますよ。うっとり。
「おーい一二三。刃物もってトリップしてんじゃねぇよ。まんま危ない人だぞお前」
「いやぁ、けど見てくださいよこの火焔鋩子、素晴らしいでしょ? って、アンタは若にゃん!」
「若にゃん言うな」
いつの間にやら背後に立っていたのは金髪ジャージの優男。
クラスメイトの
夏目若菜くんである。
彼はスポーツ特待生の多い我が校でもずば抜けた存在だ。
日本サッカー界の至宝とも呼ばれ、将来日本人初の男子バロンドール獲得も夢ではないとさえ言われている。
まあバロンドールの意味は実はよく分かんないんだけど、とにかく凄いのだ。
「バロンドールはEU圏の年間最優秀選手に贈られる称号だよ。
あと日本人初じゃなくてアジア人初な。こういうのは出来るだけ大きい範囲で括るのが習わしだから」
「ちょっとちょっと若菜さん。人の心の声に突っ込まないでいただけます?」
「声に出てんだよお前」
む。そりゃ恥ずかしい。
気を取り直し、改めて現れたクラスメイトに向き直る。
「というか、なんでここに若菜がいるの? どうやって入ったの?」
「どうって普通に入口からだよ、気づけよ。とりあえず避難する場所探して見つけた小屋に入ったらお前がそこでトリップしてたんだよ。
こんな状況で刃物もってうっとりしてる女が居たんで普通にビビったわ。
知り合いだったからよかったものの、撃たれも文句言えないレベルだぞ」
「は、反省してまぁす」
子供のころから工房に入り浸っていたためか、いい刀を見ると我を忘れてしまうのは私の悪い癖である。
若菜の言うとおり状況を考えるべきだったと反省する。
本当に見つかったのが知り合でよかった。
「で。こんなところで日本刀持って何してるんだお前は?」
「いや、配られた荷物の確認をね」
そういやまだ日本刀しか見てないや。
私は若菜に断り、日本刀を鞘にしまって荷物の確認を再開する。
「なんだこれ?」
荷物を漁り、見つけたのは全員に支給される筆記用具とは別の、一冊のノートだった。
既に使い古された形跡があり、中はすでにびっしりと文字が書き込まれていた。
「どうした?」
「いや、変なノートがあってさ、全然読めないんだけど」
なんせ中身は全文英語である。
純日本人の私には読めるはずもない。日本人は英語を読めなくて当然なのである。
「どれ見せてみ、えーっと」
ひょいっと私の手からノートを奪うとぺらぺらとページをめくり目を通してゆく若菜。
「え? え? なに、若菜それ読めんの? たしか若菜ってスポ特組の御多分に漏れず、成績だいたい赤点ギリだったよね?」
「英語だけはできんだよ、語学は将来必要だからな。ちなみに英語以外にもスペイン語とイタリア語話せます。
あと成績に関しては中間赤二つのお前に言われたかねーからな?」
「な、何故そのことを!?」
「拳正に聞いた」
あ、あの野郎。自分は赤点4つだったくせに!
「まあいいでしょう。成績の話はお互い傷しかつかないのでこの辺でやめておきましょう。OK?」
「俺は別に傷ついた覚えはないが、まぁOK」
傷つけ合うだけの争いは何も生まない。
ひとまず手打ちにして若菜の解析結果を素直に待つことにする。
「内容はクリスってやつの日記だな。やたら『Sister』って単語が出てくるけど……まあそれ以外の内容は普通か。
今日何食っただの、仕事頑張っただの、なんか遠く離れた姉に向けて書かれてるみたいだが」
「どうしよう、確かクリスって名簿に載ってたよね? 間違えて入っちゃったのかな? 届けてあげた方がいいかな?」
「……いや、この状況で日記とかどうでもいいだろ。だいたい名簿に載ってる
クリスさんがこのクリスさんとも限らないし」
「うーん、まあそうだね。実際会う機会があったら確認してみるくらいでいいか」
私の発言に若菜が怪訝な顔をする。
なんか変なこと言ったっけ?
「会う機会ってお前、これからどうするつもりなわけ?」
「どうするってそりゃみんなを探しに行くよ? 心配だし」
これだけ友達がいると知ってしまったのだ、みんなの安否が心配になるのは当然である。
抜けてそうなルッピーとか特に。誰にでも犬みたいに懐いて警戒心とかなさそうだからなぁあの子。
「そういう若菜こそ、これからどうするつもりなの?」
「んなもんどっかに隠れて警察とか自衛隊の助けを待つしかないだろ」
「現実的だねえ」
この辺は現代っ子だなぁ。同い年だけど。
「この首輪がマジなのかは分かんねえけど。少なくとも拉致られたのはマジだし。配られた拳銃は本物だからな」
そう言って若菜は腰に差した自身に支給されたであろう拳銃をチラリと見せる。
「へぇ。そうなんだ、よく本物とかわかるね?」
私は刃物はともかく銃はよくわからない。
そういや興奮して失念してたが、この日本刀もマジモンだなよく考えたら。
「国際試合で海外行くことも多いからな。中東行きゃ警備員が普通に持ってるぜ、しかもゴツいの」
そう言ってエアマシンガンを構える若菜。
華やかな人生送ってるように見えて、中々苦労してるんだねぇ
「とにかく外に出るのは危ねえから、その辺で隠れてやり過ごすってのが無難だろ」
「えー。危ないなら、なおさらみんなを探そうよ。若菜はみんなが心配じゃないの?」
「そりゃ心配だけどさ、俺らが合流したところでどうにもなんねぇだろ、実際。
動き回るだけ無駄なリスクを追うだけだって、だいたい契約近いし怪我したくねーんだよ」
かなりのワガママ発言だが、実際の所、日本の至宝とまで呼ばれる彼に怪我をさせたともなれば、全国どころか全世界のサッカーファンに殺されかねない話である。
「むぅ。じゃあしゃーない。せっかく会えたのに残念だけどみんなは私一人で探しに行くよ。若菜とは別行動ってことで」
そう言って荷物を抱えて立ち上がる。
荷物の確認もできたし、動き出すなら早い方がいい。
「じゃ、若菜も気を付けて」
「待て待て待て待て。あーもう、わったよ。相変わらずブレねえ女だなお前は」
そう言って、心底嫌そうな顔をした若菜がため息交じりに立ち上がる。
「俺も行く。それでいいだろ」
「あれ、いいの? 怪我したくないとか言ってなかったっけ?」
「アホ。女一人こんなところに放り出すとかそっちの方がねーよ」
なんとまあ男らしいセリフ。
思わずキュンと来たぜ。
「ときめくなときめくな気色悪い。大体、人の女に手を出す趣味はねーよ」
「はい?」
何を言ってるんだコイツは。
自慢じゃないが彼氏いない歴=年齢の私は誰の女でもねえよ。
「いや、付き合ってんだろお前と拳正? クラスのみんなだいたい知ってるぞ?」
「はいぃぃ!?」
今明かされる衝撃の事実!
というか、そんな事実はねーよ!
どうりで拳正が来るとユッキーや夏ちゃんが気を使ったようにどこかに消える訳だわ! 長年の謎が解けた気分だよ!
「いやいや…………ないわー」
あのサルが、彼氏とかないわー。
私の理想はどちらかと言うと遠山さんのような落ち着いた大人な人である。
「あれ? そうなの?
と言うか、お前は見た目『だけ』はいいから、昔はそこそこ狙ってるやつもいたんだが。
あの拳正の女だっていうから、みんな手ひいちまったぜ?」
「…………マジかよ」
私、アイツに出会いという名の青春奪われてたのかよ。
っていうか今、わざわざ『だけ』を強調しやがったなコイツ。
「どうしてそんな根も葉もない、わけのわからん話に…………」
「いや、どうもこうもお前らいつもこの前の休みがどうこうって話をしてるし。しかも大声で。
だいたいアイツの弁当作ってるのお前じゃん。内容一緒だからバレバレだって」
「うっ」
確かにそれだけ聞くとそれっぽいが。
休みがどうこうはヤクザ紛いの連中を追い払ってもらったって色気のない話だし。声がでかいのは地声だほっとけ。
弁当に関しても、あいつ両親いないし、ボディガード紛いの事させてる借りもあるから自分の弁当作るついでにアイツのも作ってやってるだけである。
他意はない。マジでない。
「……なんて、こと。どうりでこの美少女に彼氏ができないわけだわ」
「いや、どっちにせよその性格じゃ変わんねえって」
「なんだとコノヤロー! そういう若菜さんはさぞおモテになられるんでしょうねぇ?」
「まあ実際モテるよ。それなりに」
サラリと言いやがったよ。ムカつくなぁこいつ。
まあ確かに、校内では三条谷くんの人気に霞みがちだが、外部からの人気はなかなかのものだ。
コイツを校門で出待ちしてる女学生をよく見かける。
「の割に彼女とかいないよねアンタ」
「まあ好きでもない女に惚れられてもな」
「ん?」
なぜかじっとこっちを見る若菜。何だろう?
「……ま。その辺は色々あんだよ。色々な。
それよか、とりあえずどこ目指すんだ?」
露骨に話を変えられた気がするが、まあそこはデリケートな話題だし突っ込まないでおいてやるか。
「人探しなんだから当然人の集まりそうなところでしょ」
「人が集まるってことはそれだけ危険もあるってことだろ。
まずは安全そうな人の少なそうなところから回るべきだと思うけど?」
確かに一理ある。
私だって別に好き好んで身を危険にさらしたいわけじゃない。
「しかぁし! おじいちゃん曰く『虎穴に入らずんば虎子を得ず』。アンタもアスリートなんだからチャレンジしていきなさいよユー」
「出たよ一二三のおじいちゃんがー。アスリートだから無謀なリスクは冒さないの。わかったかなお嬢さん?」
「うっせえ、おじいちゃんバカにスンナ、根性打ち直すぞコラ」
「俺がバカにしてんのはお前だよ」
そんな話をしながら動き出す私たち。
まぁなんだかんだで一人でこんなところに放り出されて正直不安だったし、一人じゃないというのは非常にありがたい。
誰かがいるというのはそれだけで心強い。
「よし、じゃあ気を取り直して、とりあえず出発! 目指すは人の集まりそうな施設!」
「いや、まずは人の居なさそうなところな」
意見が合うかは、不安だけど。
【D-7 ボート小屋/深夜】
【一二三九十九】
【状態】:健康
【装備】:日本刀(無銘)
【道具】:基本支給品一式、クリスの日記
[思考・状況]
基本思考:クラスメイトとの合流
1:人が多そうなところを目指す
2:クリスに会ったら日記の持ち主か確認する。本人だったら日記を返す
【夏目若菜】
【状態】:健康
【装備】:M92FS(15/15)
【道具】:基本支給品一式、9mmパラベラム弾×60、ランダムアイテム0~2個(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:安全第一、怪我したくない
1:人が少なそうなところを目指したい
【クリスの日記】
クリスが日課としてつけている日記。
基本的に嘘は書かれていないが、姉に送る理想の自分が描かれているため血なまぐさい内容は適度に変換されている。
最終更新:2015年07月12日 02:22