――――中学卒業前から多数のクラブからオファーがあったという噂ですが、夏目選手が進学を選んだ理由は何なのでしょう?

ありがたい事に様々なチームからお声を頂きました、特にトップチームからは中学在籍中からお誘いを受けていたんですが。
けれど、将来のことを考えると今はまだ焦る時期ではないかなと。
進路に関しては家族でだいぶ話し合いましたし、高校だけは出るべきという母の声も大きかったですね。

――――夏目選手のお父様は嘗ての名選手でしたね。現在トップチームのコーチであるようですが

名選手(笑)と言っても父は日本リーグで少しプレーしててだけなんですけどね。
自分はサッカーが下手でJリーガーになれなかった、その悔しさから指導者の道を志したとよく話してくれます。

――――夏目選手がいわゆる強豪校ではなく、まだ創立三年の新設校を選んだ理由はなんなのでしょう?

伝統校や新設校と言うのには、特にこだわりはなかったですね。
僕はすでにユースに所属してますので、特待生としても迎えられても部のほうには参加できないので。
それでもこれまでの僕の実績を最も高く評価して下さり迎え入れてくれたというのが大きいです。

――――先日のワールドユース(以下:WY)での活躍は記憶に新しいですが。16歳でU20代表への招集というのは、やはり緊張などはありましたか?

そうですね。最年少という事で気後れせず強気で行こうと決めていきました。
年代に関わらず、代表として戦う以上、日の丸を背負っているという覚悟と責任は常に意識して、恥ずかしくないプレーをするよう心がけています。

――――初戦のナイジェリア戦でキャプテンである長谷原選手が負傷しキャプテンマークを託されましたが、これは事前に決まっていた事なのでしょうか?

いえ、ハセさんのアドリブです(笑)僕自身、試合中ハセさんに呼ばれてビックリしました。
このキャプテンマークに恥じないプレーをするよう身が引き締まる思いでした。
初戦でのハセさんの離脱は大きかったですが、ハセさんのためにという気持ちでチーム全体の結束力は高まったと思います。

――――以後の試合もキャプテンを任されていましたが、チーム内ではどういった話し合いがあったのでしょう?

話し合いと言うか監督やチームメイトもみんなそのままでいいだろう、という、何だろう流れ?
元々最年少で弄られるポジションだったので、キャプテンを任されてることになって代表の中でだいぶ弄られました(笑)

――――そのWYも王者ブラジルを破り見事優勝。夏目選手も7試合9得点でMVPと得点王の二冠と大活躍でしたね。

個人技ではまだまだ力負けする場面もありましたが、チームとして一番纏まっていたのが日本だったと思います。
得点王になったのは僕個人の力というより、戦術が嵌ったというのが大きいかったと思います。
後はPKを譲ってくれたヒデくん(田中英明選手)のおかげっていうのもありますね。

――――夏目選手の今後の目標は?

もちろん、W杯の優勝です。これは子供のころからずっと掲げてる父と僕の夢です。
昔は笑われることもありましたが、今ではきっと皆さんも同じ夢を見てもらえると信じてます。

――――我々もその夢を信じています。本日はありがとうございました。

ありがとうございました。

『月刊ライトニングイレブン 8月号 特集:世界に羽ばたく日本の至宝 夏目若菜』より抜粋

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

辺り一面に夜の帳が落ち、薄ぼんやりとした月明かりしか頼れるものはない。
虫の声すらしない静寂に響くのは、自らと連れ合いの二つの足音。
俺、夏目若菜は周囲を警戒しながら共に行く、一二三九十九を先導して草原を進む。

幸か不幸か、ボート小屋を出てから誰に会うでもなく、その道のりは山道へと差し掛かった。
目の前に広がるのは整備された登山道などではなく、木々の生い茂る獣道である。
余り通りたい道ではないが、どこに進むにしてもここを避けては通れない。

「足元、気を付けろよ」

そう後方に注意を促しながら、なるべく荒れ具合のましな道を選び、歩きやすくなるよう地面を踏み鳴らしながら進んでゆく。
傾度は大したことはないが、それでも夜の山道なんて歩くだけでかなりの体力を使う。
ましてや木々の犇めく獣道である、慣れない人間にはかなりつらい道のりだろう。

「うゎ………とっと!」

しばらく進んだところで、後方から声が上がった。
慌てて振り向くと、そこで一二三が木の根っこに足を取られてよろけていた。

「…………セーフ」

一二三はたららを踏むが、何とかバランスを取り戻し、野球のアンパイアの様なジェスチャーで踏みとどまった。
伸ばしかけた手を下げ、代わりに時計を確認する。
もう2時間ほど歩きっぱなしだ。
俺はトレーニングの一環でトレイルランニングを行っているため山道も多少は慣れてるが、一二三はそうではないだろう。

「山道も険しくなってきたし、そろそろ一回休むか?」
「平気平気。休日とか、お祖父ちゃんと山菜取りに行ったりしてるしこれくらいの山道なんのそのっすよ」

謎の元気元気ジェスチャーでアピールしてくるが、その顔には僅かに疲労の色が見える。
この状況だ、強がっているが精神的なものも大きいだろう。

「それにしても若菜はこんな道をスイスイ進んじゃって、ホント運動神経いいよね」
「おいおい、誰に向かって言ってんだよ」

適当に返事をしながら、地図を見て近隣で休めそうなところを探す。
地図で確認したところ、それほど離れていないところに山荘があるようだ。

「いやー。けど、スポーツテストであの体力バカが負けるの初めて見たよ」
「……ま、あいつはスポーツマンじゃないからな」

むしろスポーツ理論も知らず素の運動神経であそこまで食らいついてくる時点で脅威だ。

「近くに山荘があるみたいだから、とりあえずそこに行くぞ。安全そうならそこで休む」
「いや、だから大丈夫だって」
「お前が大丈夫でも、俺が休みたいんだよ。いい加減夜も遅いし、ここに連れてこられたのも自主トレ終わりでだいぶ疲れてるからな」

そういって、ワザとらしく肩を回す。
一二三は一刻も早くと気が逸っているが、こう言っておけばこいつは断れないだろう。

「…………息ひとつ切らしてないくせに」
「なんか言ったか?」
「なんでもないよ」

不満げながら一二三は承諾する。
抗議は聞かないふりをして、俺たちは山荘に向かうことにした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「一二三ストップ」
「ん?」

しばらく進み山荘が視界に入ったところで、後方へ静止をかけた。
そして、口元に指を当て一二三に沈黙を促す。
物音が聞こえる。
耳を澄まして、音の発信源を探ってみると、どうやら目的地であるこの先の山荘からのようだ。
物音の中には怒号と争うようなモノが含まれている。

「……ヤベえぞ。山荘で誰か争ってるみたいだ」
「そうだね。助けなきゃ」
「待て待て」

シークタイムゼロで動き出した一二三の襟首をつかむ。

「おー前ぇはーバーカーなーのーかー?」
「ふぁ、ふぁにふんみょのみょー」

バカの頬っぺたをむにーと餅の様に引っ張る。

「何自ら修羅場に突っ込んで行こうとしてんだよ」
「襲われてるのがクラスの誰かかも知れないじゃん。っていうかそうじゃなくても誰か襲われてるなら助けなきゃでしょ?」

赤くなった頬を擦りながら、一二三は当たり前の様な顔をしてそう言い切る。
予想してきたことだが、いまだ連れ合いがそんな認識であることにため息を漏らす。

「いいか。お前のガキ大将みたいな正義感について今更どうこう言うつもりはねえよ。
 ただ、その正義感を振う状況を考えろっつてんだよ」
「今がその状況じゃん、誰かが襲われてるかもしれないんだよ?」
「考えんのは俺らの状況だっての。いつもみたく拳正の後ろ楯がある時とは違うんだぞ」
「後ろ楯って…………なにそれ」

むっとした顔でこちらを睨む一二三。
本人にそんな自覚はないのだろう。それは知ってる、けど言わなくてはならない。

「そのままの意味だよ。無鉄砲に突っ込んでっても、盾がなきゃ俺らが死んじまう。
 見捨てろとは言わねぇ。俺だってクラスの連中を助けれるなら助けたいさ。
 けどな、それもこれも全部俺らが生き残るってのが前提の話だ。
 危険なところにホイホイ突っ込んでってむざむざ死ぬなんて俺はゴメンだ」
「けど……ッ!」

一二三は反論しようとするが、言葉が出ず、しゅんと悲しげに項垂れた。
言い過ぎたかとも思うが、これくらい言わないと止まるようなタマじゃない。
それでも諦めきれないのか、項垂れたまま一二三は言葉を紡ぐ。

「……それでも、できる限りのことはしたいよ。
 私は誰か死ぬのなんて嫌だし。大事な人が死んで悲しんでる人を見るのも…………もう嫌だよ」

そう言って、ぐっと悲し気な瞳で懇願するようにこちらを見上げる。

「…………勘弁してくれ」

心底、溜息をつく。
そんな目をするのは卑怯だと思う。
わざとやってんのかこの女。

「……わかったよ。じゃあ俺が様子見てくる、一二三はその辺に隠れてろ」
「え?」

こちらが折れたのがそれほど意外だったのか、一二三はしばらく目を丸くした後、慌てたように言葉を放った。

「いや、私のわがままで若菜にそんな危ない事させる訳には……」
「いいつーの。お前じゃドジ踏みそうだから運動神経抜群の俺様が行ってやるって言ってんだよ。
 それに、ちょっと様子見てくるだけだ。危ないと思ったらすぐ戻る」

こいつは突っ込んでって事態に切れ込んでゆくことはできても、こっそり様子を探るとかには徹底的に向いてない。
一人で行った方が何倍もマシなのも事実である。

「ごめん…………若菜」

危険な役割を任せてしまった責任からか、一二三は表情を曇らせる。
その表情が気に食わなかったので、しょぼくれた額にデコピンをくれてやる。

「バーカ。こういう時は、ありがとうだろ」

少しだけポカンとした後。
額を抑えながら、一二三は少しだけ表情を和らげ。

「うん。ありがと若菜。気を付けてね」

そう、こちらを送り出した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

足音を殺しながら、物音のした山荘へと近づいてゆく。
物音は既に止まっている。
それはつまり事が終わったという事。
最悪、死体と殺人犯とご対面なんて事になりかねない。
そうならないよう、窓の隙間からさっと覗いて、さっと逃げる。
それだけを心に決めながら、山荘の前までたどり着いた。

そのタイミングで、ガチャリと山荘のドアノブが動いた。

突然の事態に心臓が跳ねる。
動揺を抑え、物音を立てない様に細心の注意を払いながら、近くの物陰に身を潜めた。
気配を殺しながら、そこからちらりと顔をだし、山荘の様子を伺う。

(軍服…………軍人か?)

扉を開き山荘から現れたのは、白い軍服を着た大男だった。
雰囲気からしてミリオタのコスプレというわけでもないだろう。
こちとら世界で戦うトップレベルのアスリートだ。その辺の喧嘩自慢とは鍛え方が違う。
だが流石に戦う事を目的として鍛え上げた戦いのプロが相手となると分が悪い。

「―――――おい」

大男から声が上がった。
その呼び声が、こちらに向けてのものだと気づいた瞬間、全身が総毛立ち、痛みの様な怖気が奔った。

「10秒待つ。それまでに姿を見せなければ、敵対意思ありと見なして即刻攻撃を行う」

重く、無感情な声。
応じるか否か、判断を迫られる。

サッカーは瞬間的判断の連続だ。
限られた時間の中で最善を導き出さなければならない。

呼びかけを無視して逃げるか?
ダメだ。俺一人なら何とかなるかもしれないが、一二三を置いていく事になる。
あっちが見つけられたら、確実に逃げられない。それは駄目だ。
ならどうする? 呼びかけに応じて姿を見せるか?

問答無用で攻撃をしてこず、わざわざ声をかけたという事は、姿を見せれば交渉の余地はあるという事だ。
どちらにせよ姿を見せなければ攻撃されるのだ、選択肢はないに等しい。

ゴクリと唾を飲みこみ、意を決して男の前へと姿を見せる。
警戒を怠らず、相手に対して半身の体制にして、気づかれないよう死角側にある手は腰元の拳銃の上に添える。
いざとなれば、コイツを使うことも念頭に置く。

「いや、すいません。僕は怪しい者じゃないっすよ。
 物音がしたのでなにかなーっと思って様子を見に来ただけでして、もちろん争う気なんて全然」

あえて軽い調子で適当な言葉を並べつつ、相手を視界の中心に捕えながら周辺視力を駆使して扉の開かれたままの山荘の中を確認する。
乱雑に倒れたいくつかの家具に、ぶち抜かれた床板。
そして床のに広がる水たまりから風に乗って僅かに漂うアンモニア臭。どう考えても小便である。
まさか目の前のおっさんが漏らしたものではないだろう。

山荘で何か諍いがあったのは間違いなさそうだ。
先ほどの物音からして、誰かがこのオッサンと争って、小便漏らして逃げ出したって所だろうか?
それにしては誰かが出て行ったような様子はなかったが。
殺して死体を隠してるって可能性もあるだろうが、ここからでは血痕らしきものは見当たらないし、この状況では隠す必要性もないだろう。

「争う気はないか。銃に手かけながら言う台詞ではないな、小僧」

抜身の刃の様な鋭い視線で睨みつけられる。
睨みだけで人を殺せるようなプレッシャーに晒され息を飲む。
目ざといな、さすが軍人って所か。
飲まれない様にグッと気合を入れる。
世界の大舞台で日の丸背負って戦ってきたんだ、緊張の殺し方なら慣れたモノだ。

「いや、この状況でしょ? 警戒は必要だと思うんですよね、お互いに」

はいそうですねと言って手放しになって警戒を解いていい状況じゃない。
多少の敵対心を煽ってでも、有事にすぐさま動ける体制は最低限維持しておかなければならない。

「ふん。まあよかろう」

よほど自信があるのか、相手も無理強いはしない。余裕の態度である。
男は仕切り直すように、ダンと木刀を地面に付いた。

「それで、なにをこそこそと嗅ぎまわっている」

地の底から響く様な重々しい声で男が問う。
返答を一つ間違えば、即刻切り捨てられそうな剣呑な雰囲気がある。

「ちょっと人探しをしてましてね。名簿に同級生の名がいくつか在ったもんで。
 俺と同年代の学生とか見かけなかったっすかね?」
「知らんな」
「そっすか」

返答にはにべもない。まあ食いつかれても困るが。
学生を見ていないという今の言葉が嘘じゃない限り、ここでいざこざを起こしたのはクラスの連中じゃないという事だ。
とりあえず、最低限必要なことは分かったのでよしとしよう。

「こちらからも問わせてもらう。
 白いローブを着た金髪碧眼の女と。大変賢く可愛いオスのシマリス。
 この二名に関して、何か見聞きした事があれば包み隠す述べよ」
「知らないっすね。北のボート小屋から真っ直ぐ南下してきましたけど、その間、誰も見かけてないっすよ」

ボート小屋で一二三とあったが、ボート小屋からは誰にも会っていないので嘘ではない。
この怪しげな男になるべく一二三に関していらん情報は渡したくない。
そんなこちらの小細工に気づいていないのか、それとも特に気にしてないのか男はふむ。とだけ答えた。

「んじゃお互い収穫なしってことで、もう行っていいっすかね?」

正直、知り合いじゃないのなら消えた被害者の謎とかどうでもいいので。
聞くことも聞いたし、深入りせずにとっとと去ってしまおうと試みたが。

「――――待て」

残念ながら引き止められてしまった。
振り返った先、男がこれまで以上の威圧感を放ちながら立っていた。
ビリビリと空気がひり付かせながら、男が重々しく口を開く。

「夏目若菜。我がブレイカーズの支配下に入れ」

突然の宣言。
名乗った覚えはないが、名を知られてるなんて珍しい事でもないのでそれはいい。
いきなり支配下とか何言ってんだこいつ。

「……そのブレイカーズってのは何なんっすかね?
 申し訳ないっすけど、聞いたことがないんすけど」

訳の分からない展開だが、なるべく相手を刺激しないよう問いかける。
その問いに男は、よかろうと応じる。

「ブレイカーズとは! この我、剣神龍次郎を大首領とする秘密結社である!
 腐りきった支配構造を破壊し、正しき強者が正しき支配を行い正しき世界に戻す、これこそがブレイカーズの目的である!
 まずは、我らブレイカーズはワールドオーダーが掲げるこの殺人遊戯を力を以て破壊する!」

ノリノリで説明を始めるオッサン。
その説明はまんまテロリストのそれである。
となるとブレイカーズとはあの男とは別の、武装テロ集団か何かだろうか。
そうなると白い軍服の意味合いも変わってくる。
というか、目の前の男の雰囲気から、軍人と言うよりその線の方が大いにありうる。
何にせよ危ない集団であることは確かなようだ。

「えっと、その支配下に入って、俺に何の得があるんっすかね?」
「さしあたってはこの場での安全を保障しよう。我と行動を共にしていればまず死ぬことはない。
 そしてこの舞台から帰り次第、貴様は改造人間となり素晴らしき世界支配計画の尖兵となるのだ!
 望むのならば、その働き次第では国の一つや二つくれてやろう。悪い話ではあるまい?」

ヤバい。
銃を握る手に自然と力が入る。
さっきまでとは違う意味でヤバい。
いい年扱いて世界征服? 改造人間?
本気で言ってんのかこのおっさん。
冗談かと思ったが目がマジだ。
ネジがぶっ飛んでやがる。かなりアブない人だ。
危険思想のテロリストなんてシャレにならんぞ。
いや、危険思想だからテロリストなんてやってんのか?

「……ちなみにそれ断ったらどうなるんですかね?」
「我らブレイカーズに敵対すると?」
「いや敵対とかじゃなく、遠慮しとくってことで」
「何故だ? 男子と生を受けた以上、世界の頂点を目指すという野心が分からぬという訳ではあるまい?
 それに改造人間となれば人知を超えた力を得られるのだぞ? 我に従えばその力をくれてやる」

やるからには頂点を目指す気概は分かるのだが、そういう次元の話ではない。
と言うか、従えば力を獲れるってんじゃ、あの男と言ってることが変わらない。
テロリストのトップってのはこんなのばっかなのか。

「貴様にも野心があろう。身に余る野心も、我らが力を得れば、手に届くのではないか?」

俺は基本的に現実主義だ。
叶わない夢など見ないし、手に入らないものは望まない。
その上で、あの黄金の杯を取れると言っているんだ。
他人の手など借りる必要などない。
その辺の覚悟を無神経な言葉で荒らされると、さすがにちょっとムカつくぞ。

「必要ないっすね。別に与えられなくても、力も夢も全部自分で勝ち取れるんで。
 と言うか――――そうじゃなければ意味がない」

適当にやり過ごすつもりだったが、思わず感情が出てしまった。
不味いかと思ったが、男はしばらく不動のまま無言。
しばらくの後、重々しく口を開いた。

「相分かった。ならば、これ以上は言うまい」

言って、男は踵を返しこちらに背を向けた。
もう行けという事だろう。

「最後に一つ問わせろ」
「? なんすか?」

去ろうとした所で、背を向けたままの男から声が上がる。

「――――――」
「はい?」

その問いに、思わず素で間の抜けた声を返してしまった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

男からは離れて程なくしたところで、物陰から物凄い勢いで人影が飛び出してきた。
思わず反射的に身構えるが、現れた相手の顔を確認して緊張が解けた。

「大丈夫? 怪我とかしてない? なかなか帰ってこないから心配したよ!」
「大丈夫だよ。とりあえず、変なオッサンが一人いただけだった」
「そっか」

こちらが五体満足であることを確認して、一二三はほっと胸を撫で下ろす。
そして、少しだけ難しそうな顔をしてこちらに向けて言う。

「若菜に危ない事させるはめになって私もいろいろ反省した。これから気を付けて行動するよ」

そう一二三は反省の弁を述べる。
何とも信用できない言葉だが、今はまあいいだろう。
あのオッサンは問答無用で襲い掛かってくることはなかったが、危険人物であることには変わりない。
今は、急いで距離を置きたい。

「とりあえず、さっさとこっから離れるぞ。悪いけど休憩は後だ」
「うん。全然いけるよ」

気丈に答える一二三と共に足早に山荘を離れる。
道筋を確認しながら、山荘でのやり取りを思い返す。

「…………しかし、何だったんだろ、最後の質問?」

【F-7 山荘周辺/黎明】
【一二三九十九】
【状態】:疲労(微)
【装備】:日本刀(無銘)
【道具】:基本支給品一式、クリスの日記
[思考・状況]
基本思考:クラスメイトとの合流
1:人が多そうなところを目指す、が無茶はしない(多分)
2:クリスに会ったら日記の持ち主か確認する。本人だったら日記を返す

【夏目若菜】
【状態】:健康
【装備】:M92FS(15/15)
【道具】:基本支給品一式、9mmパラベラム弾×60、ランダムアイテム0~2個(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:安全第一、怪我したくない
1:人が少なそうなところを目指したい

■Side:B

イヴァンが支給品の力により消えた直後。
山荘を出たところで、龍次郎は僅かな違和感を感じた。
先ほど消えたイワンのやつかと思ったが、わざわざ戻ってくるとは考え辛い。
気のせいか、はたまた動物である可能性もある。

「10秒待つ。それまでに姿を見せなきゃ敵対意思ありと見なして即刻攻撃を行う」

とりあえず、声で牽制を入れてみる。
こう言っておけば、気配が気のせいでない限り、逃げなり攻撃してくるなり、どうあれ状況は動くはずだ。

身構えながら相手の出方を待つと、5秒ほど過ぎたあたりで物陰から人影が現れた。
その男の顔を確認して、龍次郎は内心で驚きを得る。

(……夏目若菜じゃねぇか)

龍次郎は休日に野球を見ながらビールと言う野球党の人間ではあるのだがフットボールにも精通している。
と言うか龍次郎はアスリートという人種が好きだ。
改造人間の素体として優れているという理由もあるが、ひたすらに自分を磨き強さを追い求めるストイックさが実に好ましい。

龍次郎は強さを信仰している。
どんな強さであっても、そこには一定の敬意を払う。
テレビ越しとはいえ、その身一つで世界と戦う夏目若菜という存在には非常に好感を持っている。
無茶な夢を掲げる姿勢も良い。
何だったらサインがほしいくらいだ。
秘密結社ブレイカーズ大首領としての威厳を保たねばならないためそうはいかないが。

適当に言葉を交わしながら、よし。と心中で心を決め、立ち去ろうとした夏目若菜を引き留める。
そして言う。

「夏目若菜。我がブレイカーズの支配下に入れ」

強者の強者による強者のための支配。
それがブレイカーズの掲げる世界征服である。
強者は優遇するし、才能は取りたてる。
才能の損失は日本の、ひいてはブレイカーズの支配する世界の損失である。看破はできない。
ヒーローどもに関してはその強さは認めるが、奴らとは理念が相容れない。
奴らが宗旨替えして忠誠を誓うというのなら、受け入れてやってもいいという程度には間口はあいているが、敵対するなら容赦なく叩き潰す。

「……そのブレイカーズってのは何なんっすかね?
 申し訳ないっすけど、聞いたことがないんすけど」

夏目若菜からの問い。
知らぬと言われた所で激高するほど龍次郎は狭量ではない。
何せ悪の秘密結社である、知らぬというのも致し方あるまい。
知らぬものに組織としての野望を語って聞かせるもまた大首領としての勤めである。

「ブレイカーズとは! この我、剣神龍次郎を大首領とする秘密結社である!
 腐りきった支配構造を破壊し、正しき強者が正しき支配を行い正しき世界に戻す、これこそがブレイカーズの目的である!
 まずは、我らブレイカーズはワールドオーダーが掲げるこの殺人遊戯を力を以て破壊する!」

龍次郎の言葉を聞いた夏目若菜は言葉を失っているようだが、壮大すぎる野望を聞いた後とあっては無理もあるまい。

「えっと、その支配下に入って、俺に何の得があるんっすかね?」
「さしあたってはこの場での安全を保障しよう。我と行動を共にしていればまず死ぬことはない」

どんな輩であれ身内は護るし、敵対者は叩き潰す。
これはブレイカーズというより龍次郎個人の信条である。

「そしてこの舞台から帰り次第、貴様は改造人間となり素晴らしき世界支配計画の尖兵となるのだ!
 望むのならば、その働き次第では国の一つや二つくれてやろう。悪い話ではあるまい?」

改造人間によるスポーツ支配計画。
人々を熱狂させるスポーツ界にブレイカーズの刺客を送り込み、蹂躙し頂点を取り支配する。
民衆にブレイカーズの力を知らしめるという趣味と実益を兼ねた計画である。
勿論ミュートスには秘密の計画だ。

身体能力を強化すれば、一般人など物の数ではない。
問題は一朝一夕では習得できない経験と技術だが、現時点で最高レベルでその二つを併せ持つ夏目若菜は最高の素体である。
計画の先兵として申し分ない。

「……ちなみにそれ断ったらどうなるんですかね?」

余りにも意外な言葉だった。
龍次郎は手段や過程に拘らず、己の力として取り込めるものならばすべて呑み込み取り込んでゆく。
その見境のなさこそが『暴食のドラゴモストロ』の二つ名で呼ばれる由縁である。
そんな龍次郎からすれば、断る理由など見つからない話なのだが。

ほぼ無条件で力が手に入るこの提案にメリットはあってもデメリットなどまったくもって見当たらない。
強いて言うなら改造手術の失敗というリスクくらいのものだが、近年は改造手術の成功率も安定してきている。
まずはその辺から説明しておくべきだったか?

「我らブレイカーズに敵対すると?」
「いや敵対とかじゃなく、遠慮しとくってことで」

ヒーローどもと同じく理念の違いかと思ったがそうでもないらしい。
となると龍次郎にはますますわからない。

「何故だ? 男子と生を受けた以上、世界の頂点を目指すという野心が分からぬという訳ではあるまい?
 それに改造人間となれば人知を超えた力を得られるのだぞ? 我に従えばその力をくれてやる。
 貴様にも野心があろう。身に余る野心も、我らが力を得れば、手に届くのではないか?」

龍次郎は夏目若菜の掲げる野心が現状では決して届かぬものだと知っている。
しかしその夢も、我らの力を得れば夢ではなくなる。その確信が龍次郎にはある。
だが、夏目若菜の返答は龍次郎の予想とは違った。

「必要ないっすね。別に与えられなくても、力も夢も全部自分で勝ち取れるんで。
 と言うか――――そうじゃなければ意味がない」

言葉と共に、意志の籠った瞳で見つめられる。
成程。他者の手を借りぬという矜恃か。
龍次郎とは異なる価値観だが、その心意気やよし。
逃すにはますます惜しいが、その矜恃に敬意を払おう。

「相分かった。ならば、これ以上は言うまい」

言って踵を返す。
誘いを断った所で叩き潰す様な真似はしない。強者が好きだからだ。

「最後に一つ問わせろ」

背中越しに夏目若菜の離れてゆく足音が聞こえ。
別れを前にして、ふと龍次郎の脳裏に一つの噂が思い出されて、口を付いた。

「貴様――――ドイツの名門と契約決まったというのは真実か?」
「はい?」

抑え切れず、思わず聞いてしまった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

やってしまったな、と若干の反省をしつつ、龍次郎はすぐさま気を取り直す。
過ぎ去った事はあまり気にしない性質である。

ふと振り返れば、遠く木々の向こうに離れてゆく夏目若菜の姿が見えた。
最強の改造人間である龍次郎は視力からして違うし夜目も効く。
どうやら何者かと合流している様子である。女だ。

何か隠しているとは思ったが、成程女か。
得心がいったところで、女好きの性として品定めするように自然と視線が滑る。
器量はなかなか良いようだが、まだ女と言うより少女と言った風だ。
龍次郎の好みは熟れた果実の様な女性だ、まだまだケツの青いガキは好みではない。

「ん…………?」

そういえばと、興味を失いかけたところでその顔に見覚えがあることを思い出す。
思い出すに、確か刀匠一二三千万(せんまん)の孫だったか。
一二三の姓は名簿にもあったはずだ、間違いないだろう。
ブレイカーズは肉体改造が主流で武器をあまり重視していないため直接的な関わりはないが、その腕は祖父をも凌ぐという噂だ。

「そういや、何人か同級生がいるつってたな」

世界的サッカー選手に、天才的刀匠。
互いに若くして超が付くほどのスペシャリストである。
しかし、ジャンルが違いすぎる。
そんな人間を集めた学校とは――いったい、どんな学校だ?

「どうにもきな臭ぇな」

我らブレイカーズが二人しか呼ばれていないのに、ただの学生が最低でも二人以上呼ばれているというのも解せない。
それはつまり、たかが学生よりもブレイカーズを軽視しているという事。
それとも、我らブレイカーズを超えるような、重要な何かがあるというのか。

「嘗められてるな」

ここにいない誰かに向けて、怒りを込めて呟く。
龍次郎は改めて、ワールドオーダーにブレイカーズの恐ろしさを思い知らせてやることを誓う。
このバトルロワイアルの破壊を持って。

【F-7 山荘周辺/黎明】
【剣神龍次郎】
[状態]:健康
[装備]:ナハト・リッターの木刀
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:研究所か放送局か、どちらかを目指す。
2:協力者を探す。首輪を解除できる者を優先。ミュートスも優先。チャメゴンも優先。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました。


054.我はこの一刀に賭ける剣術家 投下順で読む 056.暁の騎士
045.ヒッキーな彼はロリ悪女(♂) 時系列順で読む 059.友のために/国のために
一二三九十九の場合 一二三九十九 それが大事
夏目若菜
最後に君臨する覇者 剣神龍次郎 魔法使いの祈り

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最終更新:2015年07月12日 02:50