自分は何時から暗殺稼業を始めたのだったか。はじめて浮かんだ疑問はそれであった。
そう考えようと思ったのは、自身がいつの間にやらこの手の業界の有名人になっていたからだ。
つまりそう呼ばれるほど長く暗殺稼業に携わっているということだが、いつから始めているのか見当もつかない。
まさか生まれてからずっと暗殺業に携わっているという事はないだろうが。
そうして延々と悩んでいた間も、仕事は舞い込んでくる。だから殺す。
そうして悩んでいる最中でも、対象はのほほんと隙を見せている。勿論殺す。
あまりに悩み過ぎて仕事をしくじりかけたこともある。だが殺す。
最早殺すためだけに思考しているような気さえしてくる。
自分が安らかだと確信できるのは刀を研いでいる時くらいだろう。
だから今の自分はこうしてのんびりと思考に耽っているのだろう。
支給されてたサバイバルナイフを研ぎながら、
アサシンはそう締めくくった。
「………」
だが刀は研ぎ過ぎても問題なので、しばらくしたら研ぐのをやめた。そして研いだナイフを懐にしまう。
途端に暇になった。そろそろ動かなければいけないとは思っているのだが、如何せんやる気がおきない。
「アサシンだな?」
故にその時、声をかけられたのは僥倖であった。
これで暇を潰せそうだと話しかけてきた相手を見る。だがそんなのんきに過ごせそうもない。
何故ならその人物は、とある組織の若幹部
イヴァン・デ・ベルナルディだったからだ。
昔はそこいらの支配人とは見分けがつかなかったが、事故にあってからはすぐに判別できるようになった。
「そういう貴方はイヴァン・デ・ベルナルディで間違いありませんね?」
とはいえ、他人の空似と言うものがある。確認をしておく。
というか他人であってほしい。ここで知り合いと会うのはできれば勘弁願いたかった。
「…そうだが、なんだ?いつもと態度が違うじゃないか、どうした?」
残念ながら本人のようだ。参った。本当に参った。
別に知り合いに会うこと自体はいいのだが、タイミングがまずい。
事故にあったという事を聞いた時もそうだが、この男、運がなさすぎるんじゃないか。
だがもう会ってしまったのは仕方ないのでこのまま話を続けることにした。
「まぁ状況が状況ですから、ところでいいのですか?組織の人に見られたらまずいでしょう」
したのだが一応、忠告を飛ばしておく。もっとも彼がこうして話しかけているという事は、そんな心配無用なのだろうが。
いつも彼は周りに組織の人がいないことを確認してから話しかけてくる。まぁ当然だろう。
彼には組織直属の殺し屋がいるというのに、実は秘密裏にフリーに依頼してただなんて知れたら、組織からの粛清は免れないだろう。
外部に情報を漏らすこと自体がタブーなのだ。現に赤紅とかいう殺し屋は、組織を抜けた後も追っ手を放たれているとか。
だからここでも彼はおいそれと自分との関わりを公言しないようにするはずだろう。
「ああ、それだけどな、全員切り捨てることにした」
そう思っていただけにこの発言には度肝を抜かされた。
いつも無表情な自分も流石に表情を変えてるんじゃないかと、窓ガラスを見てみる。
あ、変わってなかった。どんな局面におかれたら自分の表情は変わるのだろうか。
「…本気ですか?切り捨てるなどと」
ともかく話を続ける。なぜ彼は全員切り捨てるなどと言う暴挙に出ようとしているのか。
「ふん、簡単な話だ…ここに俺がいる、それが問の答えだ」
…意味がよくわからない。もう少し掻い摘んで説明してくれないだろうか。
声には出さなかったが、雰囲気で察したのだろう。彼は言葉を続けた。
「俺はいずれ組織のトップになる男だ。そんな男がこんなところで廃れていいわけないだろう?」
それはつまりこの殺し合いに乗って優勝するという事だろうか。だがそんな事なぜ自分に話したのだろうか。
「決まっているだろう、お前は仕事は忠実にこなす奴だ。依頼をしてきた俺が言うんだから間違いない」
ほう、そこまで高評価だったとは。組織の殺し屋たちには申し訳ないことをしてきたのかもしれない。
で、それがなぜ自分に話す理由になるのだろうか。
「簡単な話だ。俺以外の参加者を皆殺せ、これは依頼だ」
…なるほど、確かに組織の殺し屋たちにはこの依頼は無理だろう。
自分すらも殺害対象に入れるとなれば、我の強い彼らのことだ。反発をするに違いない。
サイパスが受けるかどうかといったところだろうか。
そして自分は確かに依頼を完璧にこなす人物という評価を受けている。流石に今までそんな依頼受けたことはなかったが。
しかし依頼としては成立している。実際自分という核が見えてないし、受けてやってもいい。
だが本当に彼は運がない。あともう数分早く会えていれば受けてやっても良かったのだが。
「すみません、すでに依頼を受けているんです。その依頼と今の依頼は内容が反するので、今回は縁がなかったということで」
そう、自分は彼がここに来る少し前に依頼を受けている。内容が反しないようなら受けても良かったのだが、見事に反してしまった。
故にここは断りを入れておいた。というか入れるしかない。
「……依頼?つまり俺がここに来るまでに誰かに依頼されたってことか?誰だ」
イヴァンが自分を睨みつけながら問いかけてくる。まぁ不可解に思うのは当然だろう。
なにせこの島に送られてからまだ三十分も経ってない。それだけしか経ってないのに殺し屋にスムーズに依頼できるかと言うと難しいだろう。
私でもそう考える。故に正直に話すことにする。他人に話してはいけないなどとは頼まれてないし。
その瞬間の彼の動きは思いのほか、俊敏であった。
懐から拳銃を取り出すのに、0.5秒。さらにその引き金に指を伸ばすのに0.1秒。
最後まで引けば計1秒で銃弾が飛んでくるとは、殺し屋も真っ青な早業だ。そういえば彼はカジノの支配人であった。
なるほど支配人ともなればイカサマの瞬間を逃さず、相手を押さえることなど日常茶飯事だろう。
そのテクニックを使ってこのような妙技を生み出すとは、幹部と言うのも伊達ではないらしい。
それでも私を殺すには遅すぎた。
そもそも既知の仲と侮って彼は私との距離を詰め過ぎていた。なによりその力量を買っていたとはいえ、少しばかり過小評価していたのだろう。
なにより運がなかった。よりによって支給されたサバイバルナイフが俗に妖刀と言われるものでなければ、私を撃つことができたかもしれない。
「……はぁ」
だがまぁ過去を振り返っても仕方ないので、これからのことを考えることにする。
足元ではイヴァンが倒れている。顔中から汗が垂れているが、まぁ生きているようだ。
そして彼が倒れている床には血が広がっている…というなら事は簡単なのだが彼自身には外傷はない。
「い、いったい…なにをした…」
故にイヴァンがそう問いかけてくるのは仕方がない。だが私にも説明するのは難しい。
このナイフはそういうものなのだとしか言いようがない。そもそもナイフと呼んでいいものやら。
まぁだが説明を求めている以上話した方が良いだろう。私は懐にしまった依頼書をイヴァンの手元に置いた。
「…なんだ…この紙は」
「そこに依頼内容が書かれていますので、それを読めばご自身が何をされたのか理解できると思いますよ」
そうして私は彼の元を去ることにした。
正直こうして斬ってしまった以上、今更ぼーっと時間を潰すことに戻ることはしばらくできそうにない。
幸いこの依頼は非常にやりやすい。ただ参加者を斬ればよいだけの単純作業だ。
とりあえずは第一放送までに十人斬りを目指して頑張ろう。
そう思いながら彼は先ほどまで居た山荘を後にした。
××××××××
そうして残されたイヴァンは手元に置かれた紙を震えながら、顔の前に持ってくる。
外傷がないのは救いであるはずなのだが、どうにも身体が動かしづらいのだ。
ほうほうの体で持ってきた紙を読み上げる。
『妖刀無銘』
この刀はまだ生まれたばかりの妖刀です。初期段階では刀身を伸ばすことができます。
この刀の特徴は参加者の身体に毒を残していくことです。斬られた後しばらくは対象の身体を麻痺させます。
対象を麻痺させた後、毒は一時間程度で潜伏期間に入ります。潜伏期間から六時間経つと対象の設定を<<殺人者>>に変えます。
いまいち理解できない方にわかりやすく言うならば、その被害者が殺し合いをすることに快楽を感じるようになります。
つまり参加者を斬るとマーダーが増えていく感じです。別の殺し合いではこの刀によって人生を狂わされた人がいるとかいないとか。
言うなればマーダー病という新たな病気です。病気である以上もちろん治療法はございます。
主な治療法は意志を強く持つとか、聖者に治療してもらうなどです。残念ながら薬によって治療される例はございません。
またこの刀は対象に外傷を残すことはありません。はたから見ても何をされたか理解することはできないでしょう。
さらにこの刀は参加者を斬れば斬るほど成長します。五人斬ればさらに刀身が伸び、十人斬れば壁越しに人を斬ることすら可能になります。
この刀で二十人斬るとなんとスペシャルな報酬が与えられます。これを逃す手はありません。
ぜひともこの刀を振るって、私たちを愉しませてください。
BY 主催陣営
………い、依頼書じゃない…だと。
どう見てもただの説明書にしか見えないぞ。良く見ても募集してるだけで頼み込まれてるわけじゃないだろ…。
どうしてこれが依頼内容になるんだ…。
そういえば聞いたことがある。アサシンはどこか間が抜けていると…。
つまり最後の方にある報酬という言葉で依頼と勘違いしたってことか…。
な、なんて奴だ…。まだ
ヴァイザーの方が理性的じゃないか…。
しかもそんなありもしない依頼のために斬られたってのか…。厄介な毒まで仕込まれて…。
とりあえずこのままでは俺は望む望まない限らずにマーダーにされるわけか…。
早くなんとかしなくては…。
そう思っても動けないでいる自分が情けなくて、ちょっと泣けてきた若き幹部の姿がそこにあった。
【F-7 山荘付近/深夜】
【アサシン】
[状態]:健康
[装備]:妖刀無銘
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~2
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:とりあえず第一放送までに10人斬ろう
2:二十人斬ったら何をするかな…
※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと19人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。
【F-7 山荘/深夜】
【イヴァン・デ・ベルナルディ】
[状態]:麻痺、マーダー病感染中
[装備]:なし
[道具]基本支給品一式、ランダムアイテム0~2
[思考]
基本行動方針:生き残る
1:とりあえず麻痺が早く治ってくれないとどうしようもない
2:治療できる人を探す
3:仲間は切り捨てる方針で行く
※一時間で麻痺は解けます。
※マーダー病に感染してしまいました。
※近くに支給された拳銃が落ちています。
【トカレフTT-33】
正式名称トゥルスキー・トカレヴァ1930/33。
装弾数は8発。7.62mmのトカレフ弾使用。
撃発能力確保に徹した拳銃であり、過酷な環境でも耐久性が高く、弾丸の貫通力に優れる。
【妖刀無銘】
妖刀と言う名前なのに見た目はどう見てもサバイバルナイフ。
まぁそれも当然の話でもともとはサバイバルナイフ。マーダー病なる病を広げる設定を付け加えられた結果晴れて妖刀に進化した。
性能自体は本文の説明通りの性能。
ただし説明書には10人以降斬ったらどう進化するのかは省かれており、参加者の視線では実際に目の当たりにするまでは知ることができない。
作成者はもちろんワールドオーダー。
最終更新:2015年07月12日 02:23