彼を知る人物ならば皆が驚く事実であったが、
剣神龍次郎は冷静さを保っていた。
突如として何処とも知れぬ離島に拉致され、殺し合いを強制される。
「強さこそ正義」が信条であり、当然の如く「己こそ最強」を掲げる龍次郎にとって、当然ながら許し難い事である。
それでも冷静さを保つ事ができたのは、
ワールドオーダーの「強さ」故である。
説明の場でワールドオーダーが見せつけた「強さ」は、彼をして賞賛に値する物であった。
憤りより先に、彼の心にはワールドオーダーへの尊敬の念が湧いたのだ。
……ではあるが、彼はワールドオーダーに従って殺し合いをする気は更々なかった。
「そうだ。 単純に従っただけじゃ奴に負けを認めたのと同じ事だ」
己の中の感情を再確認するように、剣神は独り言を発する。
「“最強”は俺だ。 それを曲げるつもりはねェ。 だから……この殺し合い、俺がひッくり返してやる。
手前の筋書き通りにはいかせねえぜ、ワールドオーダー。 このゲームをぶッ潰して、ついでに手前も潰す。
そして俺の最強を証明してやるよ」
今彼我の強さに開きがあろうとも、下剋上する事は不可能ではない。
関東の一部で活動するのみだったブレイカーズを、世界的な組織に伸し上げたように。
そう言い切った剣神は、確認するように周囲を見渡した。
(……それにしてもここァ何処だ? とある小島、つッてたから無人島か何かだと思ッてたが……、
こんなビル街があるって事ァ、開発の手が入ってるのか?
それにしては人ッ子一人の気配もしねェし……奴の秘密拠点か、放棄された廃墟を占拠したのか、あるいは住民を無理矢理排除したのか……)
島へ送り込まれた彼の周囲に建ち並んでいたのは、コンクリートのビルであった。
何か目立つ建物はないか、と目を凝らすが、どうやら見える範囲にビル以外の建物はないようだ。
少し歩いてから手近なビルに入り込み、椅子に座って一息つくと剣神は今後の方針について思案する。
(まずはこのディバックか。 ワールドオーダーの奴が色々と入れてある、と言ッてたな。
そんなつまらねえ所で嘘を吐く筈もねェし、確認してみるか)
計画より先に手近な物の確認から行う事にした剣神は、ディバックの口を開く。
中に手を突っ込んだ剣神が一番に取り出したのは、島の地図であった。
(……結構な数のランドマークがある島だな。 普通に住むにはちと建築物過多過ぎやしねェか?
やっぱワールドオーダーの拠点の一つ、ッてセンが強そうだな。
……今俺がいるのは上か下の市街地か? どッちかはわからんが、後で見つかッた建築物でわかる事か)
この小島と現在地についての考察を簡単に済ませた剣神は、地図をディバックに戻す。
次にディバックから出てきたのは二つ折りにされた名簿だった。
(「知り合いがいるかもしれない」ねェ……言ッてくれるぜ、全く)
最初に集められた場でワールドオーダーに問いかけた女性。
彼女を剣神はよく知っている。 というか何度かベッドを共にした仲だ。
大神官ミュートス。
神話怪人を率いるブレイカーズの大幹部であり、彼の女の一人である。
あくまで女の一人であり、決して実は頭が上がらないとかそういう事はない。 と剣神本人は主張している。
本人にそういう台詞を聞かれたらどうなるかは言ってはならない。
(どうする?
アイツがそう簡単にくたばるとは思えないし……いやそもそも所詮は部下の一人じゃ……、
いやいや、下手にブレイカーズが散らばるよりは一度合流した方が利口だな。
ああ、うん、そうだ、知り合い同士一度合流した方が都合がいいのであッて心配な訳じゃねェ。 本当だ)
幾らかの混乱を経て自分の中で強引に結論を付けた剣神は、名簿の中身に視線を巡らせた。
(……他にブレイカーズの構成員はいねェか。 厄介だな……。
手駒に使えそうな奴は現地調達するしかねェか。
他には悪党商会にジャパン・ガーディアン・オブ・イレブン……裏の殺し屋連中まで混じッてやがる)
知った名前が載っている、あるいは載っていない事に舌打ちしながら、乱暴に名簿をディバックへと押し戻す。
続けて、その他食糧や筆記用具などの細々とした支給品の確認。 そして……
(……武器を支給し直すって聞いてたが、こういう物も入ってるのか)
剣神が取り出したのは、一つの鍵だった。
装飾は銀。 鍵本体は金で作られた、正直無駄に豪華な代物である。
鍵を使う為の錠はついていない。 何か説明書きがないかと探してみたが、ディバックの中には入っていないようだ。
(なんだこりゃ……? 無駄なガラクタ配るとも思いたくねェが、使途が全く思い付かん。
こんなの渡したところで、殺し合いに何の役に立つんだ? ハズレかどうかさえわからねえじゃねェか。
……それとも、『この鍵を使える支給品を持った参加者が何処かにいる』……要するに、支給品の奪い合いでも狙ッてるのか?)
幾らか頭を悩ませたが、結論は出しようがない。 剣神は鍵を再度ディバックに戻すと、もう一つの支給品に目を向けた。
(こいつが俺に巡って来るとは、何とも因果ッてのかね……)
柄の部分に「新撰組」と彫られている、黒い木刀。
一見ただの観光土産にしか見えないこれは、その実剣神のよく知る人物の武器であった。
ナハト・リッター。
ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンに所属するヒーローの一人である。
人間としての名前は、
剣正一。 剣神にとっては、親戚に当たる男だった。
(名簿にもあいつの名前は載ってたな……甘ちゃんのあいつの事だ、こっちに下ったりはしねェだろうが、殺しをしたりもしねェだろ。
やりようによっちゃ協力はできるかもしれねェな)
彼を頭の片隅に留め置きつつ、剣神は木刀を片手に握る。
外見こそただの観光土産だが、その実この木刀はかなりの硬度を誇る。
剣神の膂力をもってしても折れはしないだろう。
(ディバックの中身はこれで全部か。
気になるのは鍵くらいだな……それッぽい鍵穴があったら試してみるか)
中身の確認を終えたディバックの口を閉じると、剣神はさらなる思考――今後の方針について思案する。
(なんにしても、まず首輪を外さなけりゃどうにもならんな)
この首輪のある限り生殺与奪を握られている、というのは勿論だが。
そもそも根本的に、この首輪のある限りワールドオーダーの元へ辿り着く事すらできない。
どれだけワールドオーダーが自信家だろうと、(能力で作った偽物ではなく本物が)流石にこの島の中にいるなんて事はほぼないだろう。
禁止エリアに入れば爆発する……という事は、恐らく島の外も対象。 この首輪がある限り、犬死にすらできない。
(……藤堂博士がいれば、その辺楽に進められたんだがな。 ミュートスがいるッてのに他の連中が居ねえのはどういう了見だ。
ッつーか悪党商会だのJGOEだのはそこそこ数いるのにブレイカーズは二人しかいないってどういう事だ)
気が利くのか気が利いていないのかわからない参加者に悪態を吐きながら、思考は「次の懸念」へと移る。
(……そうだな。 一応試しておくか)
剣神は立ち上がって構えを取ると、精神を集中した。
それから瞬き数回の内に剣神の肉体は映画に出てくる怪獣のような、現実離れした姿へと変異していく。
――ドラゴモストロ。
ブレイカーズ首領たる剣神の変身する、「龍」を司る最強の怪人。
けれども剣神は、己の体に発生した異変を明確に察知していた。
(変身自体は封じられたりしてねェか。
だが……外皮に違和感がある。 強度が落ちてるのか? チッ……面倒な真似を)
変身を解きながら、再度剣神は悪態を吐く。
実のところ、単純な殺し合いならば攻撃力など大したアドバンテージにはならない。
人間一人殺すのに核爆弾など使う必要がない事は明らかだ。 ナイフや銃があれば事足りる。
しかし防御力は別だ。 ナイフや銃が通らないという事は、大きなアドバンテージとなる。
そのレベルまで柔くなってはいないようだが、気をつける必要はあるだろう。
(首輪……首輪ッてか。 こいつにワールドオーダーの奴が細工してるのか……?)
それは大いに考えられる可能性ではあった。
本来の強度のドラゴモストロならば、首の周辺で爆発が起きたところで痒くすら感じないだろう。
無論ワールドオーダーがそんな事すら考えていない訳がない。 何らかの対策は取られていて当然だ。
それが防御力の低下なのか、あるいは首輪の爆発そのものなのかはわからないが。
(……どっちにしろ、首輪を外す時には慎重にならなきゃならんな。
変な仕掛けがしてあってドカン、じゃ洒落にならねぇ)
「ッたく……最初から懸念だらけだ。 やってられねェぜ、なあチャメゴン」
考え疲れた帽子の中にいる筈の、数少ない友人へと語りかける。
しかしいつもは反応を返してくるチャメゴン……シマリスは、何の反応も返して来ない。
というか、何時もならば感じる筈の気配がない事に今更気付いた。
「……チャメゴン?」
不安になった剣神は、帽子を脱ぐとその中身と、近くにあった鏡を使って自らの頭の上を確認する。
癖のある縮れ毛の上にいる筈の、剣神龍次郎の「友人」は――そこにいなかった。
「うォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、チャメゴォォォォォン!?」
[I-8・ビル街/深夜]
【剣神龍次郎】
[状態]:健康
[装備]:ナハト・リッターの木刀
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。 その為に、このゲームを潰す。
1:協力者を探す。 首輪を解除できる者を優先。 ミュートスも優先。
2:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。 敵対する者、役立たない者は殺す。
3:チャメゴンはどこだァ!?
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
【ナハト・リッターの木刀】
柄の部分に「新撰組」と書かれた、黒い木刀。
一見ただの観光土産にしか見えないが、滅多な事では壊れない強度を持つ。
最終更新:2015年07月12日 02:24