――――それは天から降り注ぐ流星だった。
流星の筋道から空気が逃げ出し、轟と悲鳴のような唸りを上げる。
真下に落ちる軌跡を描くその流星の正体は、岩石の様な巨大な拳だった。
放つのは天を突くような体躯の化物。その外見のどれをとっても人外のそれだ。
おそらくこの一撃の破壊力は、本物の流星と比べても遜色はないだろう。
流星が向かう行先に立っているのは一人の人間だった。
響くのは籠った爆発ような重低音の衝突音。
衝突点を中心に衝撃波が広がり空間が震えた。
およそただの打撃によって生み出されたとは思えない衝撃だった。
人間など容易く、吹き飛ばしてしまうだろう。
されど、その一撃を受けるもまた魔人である。
石壁すら打ち崩さんという怪物の一撃を、魔人は片腕を盾に真正面から受けとめた。
衝突の勢いに受けた腕の表面が弾け飛び、赤い筋肉と白い骨が露わになる。
衝撃に引きずられ、踏みしめた地面が一筋の線を描いた。
だが、踏み締める足には微塵の揺らぎもなく、魔人の眼光は一瞬たりとも怯むことなどなかった。
一撃を受け切った魔人は、すぐさま踏みしめる足を踏みこむ足に変え反撃へと転ずる。
先の一撃が流星ならば、こちらは閃光だった。
その動きは無駄がなく、ただ早く速く奔い。
それは全ての力を凝縮した一点を貫く光の矢。
無駄な音など鳴らない。鳴り響くのは空気の壁を破る乾いた一音のみ。
その拳は容易く鎧のような皮膚を破り、分厚い肉をも穿ち、怪物の脇腹を抉った。
だが、風通しのよくなった怪物の脇腹の肉が蠢いた。
紐のように伸びた肉が絡み合い、傷口が再構築されてゆく。
この怪物が持っている再生能力である。
同時に、弾けた魔人の腕の肉も巻き戻しのように再生を始めた。
魔人もまた強力な再生能力を持っている。
互いにこの程度では大した傷にはならない。
再生の完全な完了を待たず怪物が動く。
鉞の様な左フックが放たれ、魔人の頬を強かに打たれた。
肉が削がれ歯茎を露わにしながら、魔人は打たれた勢いのまま回転。
放たれた鞭のようにしなやかな回し蹴りが怪物を直撃。
怪物の肩肉は吹き飛び、青い血が周囲にまき散らかれた。
「―――――――――!」
怪物が声にならない雄たけびを上げた。
怪物の頭部には三本の角、赤い瞳が夜に光る。
三メートルに迫る巨漢に、岩肌のようにゴツゴツした緑色の肌。
怪物の名は
ガルバイン。
魔王軍の地方部隊長を任された、人間界侵略の最前線を担う精鋭中の精鋭だ。
オーガ族という腕力と体力に特化した種族あり、その中でもガルバインは傑出した存在である。
単純な腕力だけならば恐らく魔王すらも上回るだろう。
その怪物と、大人と子供以上の体格差を持ちながら、真正面から対峙する魔人。
見ようによってはこちらの方が化物に見えるかもしれない。
軍服に身を包んだ、その魔人の名は
船坂弘。
日本帝国を支配する皇であり、幾多の不可能とされた作戦を成功に導き、連合国との圧倒的戦力差を個人の力でひっくり返した正しく魔人である。
とある呪術師によって時の呪いを病み外見は20代で時を止めているが実年齢は100に近い。
怪物と魔人の戦い。
この戦いの始まりに理由はない。
目の前に敵(ヤツ)がいたから戦った。それだけである。
一撃ごとに互いの身が削れ、血肉が舞い飛ぶ。
繰り返される破壊と再生。
小細工などない、力と力のぶつかり合い。
そのいずれの攻撃も常人ならば小指の先が掠めただけでも即死するほどの苛烈さを秘めていた。
人智を超えた激戦は続く。
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その戦いを遠く離れた草むらから見つめる男がいた。
男は草陰に身を隠し、支給された狙撃銃のスコープ越しに戦いを見つめている。
スコープを覗く左目の周囲は火傷により醜く歪み、もう片方の右目は潰れ、左手も手首から先がない。
まるで戦場でも超えてきたような有様の男だった。
長松洋平。
彼はバトルロワイアルの優勝者である。
もちろんこのバトルロワイアルではなく『別の』バトルロワイアルの優勝者である。
そのバトルロワイアルは勝者への褒美として、願いを叶えられるというものであり、優勝者となった彼が望んだの願いは、殺し合いの継続だった。
元は彼は殺し合いとは無縁な、どこにでもいるような自動車修理工だった。
それが殺し合いに巻き込まれ、殺し合いを経験し、殺し合いを勝ち抜いた。
初めて人を殺した高揚感は忘れ難く、彼は殺し合いの味を覚えてしまった。
この殺し合いは、彼の願いによって始められたといっても過言ではないだろう。
彼は大望ともいえる願いを叶えた。
だが、願いを叶えた彼の心に到来しているものは歓喜ではなかった。
彼の心中に吹きすさぶのは失望と怒り。
これは違う。
こんなモノは違う。
彼が涙が出るほどに焦がれ、歯を食いしばりながら渇望し、胸を焼くほどに追い求めたのは、決してこんなモノではない。
こんなものは彼の知るバトルロワイアルではない。
長松は怒りを噛み締めるように砕ける勢いで歯を食いしばる。
スコープ越しに繰り広げられていた戦いは彼の願いとは違っていた。
彼の望みとは程遠い、人外と人外のぶつかり合いである。
彼が望んだのは人間同士の殺し合いだ。
求めるのは肌を焼く様な殺意と悪意の海、溺死するような緊張感。
矮小な人間が全てを振り絞り、火花のように命を散らす。
殺し合い。
それは崇高な儀式であり、人から外れた化け物なんぞに汚されていいものではない。
あんな化物の存在など、許せるはずもない。
「純粋な願いを汚す汚らわしい化物どもめ、一匹の残らず駆逐してやる―――――!」
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キィンと、甲高い金属音が響き、夜に火花が散った。
怪物と魔人の戦闘はより一層激しさを増し、戦いは次のステージへ移行していた。
互いに素手では相手の再生能力を突破できないことを認め、武器を取り激しく打ち合っている。
怪物が手にしているのは、紺碧の槍だった。
優に三メートルを超えるその槍を、片腕で棒切れのように握りしめるガルバイン。
槍というより相手を叩き潰すための鈍器のような扱いだが、十分である。
ガルバインの剛力をもってすれば、振り下ろすだけで人間など弾け飛ぶ。
対して、魔人が取るのは真紅の中華刀。
禍々しいという言葉が似合う、業火のような赤い刃を船坂は右脇に構える。
脇構えに近いが、刃渡りを隠すためというより振りかぶるための動作である。
ガルバインが振り下ろした鉄棒を、船坂は目一杯に振りかぶった一撃で迎え撃つ。
蒼と紅の軌跡が交差し、閃光のような火花が弾けた。
単純な腕力はガルバインが上だが、槍を棒切れとしてしか扱っていないガルバインに対して、剣の技量は圧倒的に船坂が上
どれほどの力押しであろうとも、すべて撃ち落とし、弾き落とす。
対武器戦では船坂が有利だ。
攻めあぐね業を煮やしたガルバインが、決着をつけるべく動いた。
これまで片腕で乱暴に振るうだけだった槍を、両手でしっかりと持ち直す。
これにより威力は倍。
ガルバインの怪力を持ってすれば相手の防御ごとへし折り、直撃すれば相手を跡形も残さず消し飛ばす、正しく必殺だろう。
だが、その必殺の一撃は空を切った。
いや、正確には、空すら切らなかった。
ガルバインが振り上げた腕を振り下ろしきるよりも早く、船坂の斬撃が肘から先を切り飛ばしたのだ。
槍を握りしめたまま宙を舞うガルバインの両腕。
船坂はその光景に目もくれず、返す刃で間髪入れずガルバインの膝関節を切り裂いた。
両腕両足の機能を失い崩れ落ちるガルバイン。
もちろんここで手心など加える船坂ではない。
「チェりゃぁぁああ――――――!!」
裂帛の気合いと共に振り抜かれた唐竹割りが、崩れ落ちたガルバインの頭部に振り下ろされた。
一撃は頭蓋を真っ二つに切り裂き、断面から脳がうどん玉のように零れる。
いかなる再生能力を持とうと、こうなってはもはや無意味である。
怪物同士の戦いは魔人の勝利で決着がついた。
【ガルバイン 死亡】
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そして、タイミングはそこしかなかった。
怪物同士が潰し合い、一匹が死に、また一匹が決着により気を緩めた瞬間。
引き金が引かれ、銃声を置き去りにする速度で弾丸が放たれた。
胴の中心を狙った弾丸は、船坂の脇腹を貫き風穴を開ける。
急所ではないが、夜闇の中当たっただけ大したものだろう。
着弾を確認して長松はひとまず安堵の息を漏らす。
化物相手にこれが通らなければという不安はあったが、さすがに鉄板すら貫く狙撃銃による一撃ならば通じるようだ。
対して、不意を打たれ腹部を撃ち抜かれた船坂は、崩れ落ちるでもなくすぐさま体勢を立て直す。
そして撃たれた傷から狙撃の角度を割り出し、その方向へ向かって迷いなく駆け出した。
長松に迫る船坂。
だがこの動きも、先の戦いから予測済みである。
あの化物相手に近接戦で勝ち目はない、近づかれれば終わりだ。
故にそれまでに仕留める。
猶予は距離にして約500m。相手が世界新で走れたと計算しても、到達まで約45秒はかかる。
M24 SWSは手動装填(ボルトアクション)であるため片腕のない長松では次弾装填まで約10秒。
そこから狙いを定め直し、引き金を引くまでの時間も計算すれば、到着までに撃てて後2発と言ったところか。
長松は肩と先のない片腕を巧みに使い、発射済み薬莢の排出と実包の装填を行う。
完了まで7秒。装填を終え、スコープを覗きなおしたところで、長松は全力でその場から転がるように飛びのいた。
瞬間、先ほどまで長松がいた位置を蒼い軌跡が過ぎ去ってゆく。
それは投槍だった。
いつの間に拾い上げたのか、千切れたガルバインの腕から回収した槍を船坂が投擲したのだ。
その速度はライフルとは比べるべくもないが、素手による投擲であることを考えれば恐ろしい速度だ。
加えて、たった一発の狙撃で相手の完全に位置を特定しそこを狙える正確性は脅威の一言である。
すぐさま立ち上がった長松は内心で舌を打つ。
躱しはしたものの狙撃銃と離れてしまった。
船坂はすでに肉眼でも認識できる距離まで迫っている。その速度は予測よりも早い。
もはや狙撃銃を構え直して狙撃するだけの余裕はない。
そう瞬時に見切りをつけた長松はガンベルトからショットガンを抜いた。
躊躇いなく引き金を引く長松。マズルフラッシュが夜に咲く。
散弾銃による制圧射撃。面による圧殺はさすがの船坂でも躱すことはできない。
だが、駆ける船坂の動きは止まらない。
遠距離からの散弾では、船坂の皮膚を破るに留まり、大したダメージにはなっていない。
だが、足は鈍った。
長松は僅かに後退しながら片腕で器用にポンプアクションを行い次弾を放つ。
これに対して船坂は、顔面を両腕で守るだけの正面突破。
躱せないのならば最短距離を突き進むのみだ。
長松は動じず次弾を発射。
流石に距離が詰まった状態での近接射撃には船坂も僅かに怯むが、それだけだ。
その足は止まらず、すぐさま持ち直し距離を詰める。
もはや距離は50mもない。
船坂にとっては一息で詰められる距離。長松にとっての絶対的な死の領域。
踏みこんだ船坂がその腕を振るえば、瞬きの間に長松の首は跳ね飛ぶだろう。
そして、ここまでが長松のプラン通りである。
長松とてガルバインと船坂の戦いを何もせずただ見守っていた訳ではない。
この領域は既にトラップが仕込まれている。
投槍により座標がずれたのは予想外だったが誘導と修正は完了した。
そして仕込んだのは最もシンプルかつ有効なトラップ。
落とし穴である。
最後の一歩を踏みこんだ船坂の足場が崩れた。
同時に底から水音が跳ねる。
蓋をされていた臭いが解き放たれ、船坂の鼻孔を刺激する。
独特のこの匂いは、ガソリンだ。
落とし穴の中で気化したガソリンは空気と混ざり、既に危険な領域に達していた。
そこに容赦なく打ち込まれる、ショットガン。
地響きのような爆発音と共に、天に向かって豪快に炎が舞い踊った。
熱風が僅かに離れた位置の長松の喉を焼いた。
視界全てが黒煙とキノコ型の赤に染まる。
それでもなお、魔人は止まらなかった。
踏みしめるような一歩。
炎の中から悪夢のような人影が写る。
燃え盛る炎を割って、全身を焼かれながら魔人が姿を現した。
酸素を奪われ呼吸もままならない状態でなおも動く。
化物と呼ぶのも生ぬるい異能生命体の本分である。
「生きてるのも予想通りだよ、アホめ」
船坂を誘導するとともに、自らも初期位置に戻った長松。
その足元にはもちろん、置き去りにした狙撃銃がある。
確実に当てることができるほど近接し、相手が足を止めている状況。
全てはこの状況を作るための布石に過ぎない。
松永が飛びつくように狙撃銃を拾い上げる。
この距離ならば狙いをつけるまでもない。
そして何よりM24 SWSが敵を貫けること既に証明済みである。
「――――死ね、化物」
音速の約2.5倍で飛来する7.62x51mmNATO弾が、炎の魔人の心臓を正確に打ち抜いた。
【B-7 草原/深夜】
【長松洋平】
[状態]:健康
[装備]:M24 SWS(3/5)、レミントンM870(2/6)
[道具]基本支給品一式、7.62x51mmNATO弾×5、12ゲージ×8、ガソリン9L、ガルバインの支給品0~2
[思考]
基本行動方針:殺し合いを謳歌して、再度優勝する
1:化物どもを駆逐する
2:もちろん人間も殺す
※B-7で中規模な爆発が起こりました
※蒼天槍はその辺に飛んでいきました、どこまで飛んで行ったかはわかりません
※船坂の基本支給品一式は燃え尽きました
【蒼天槍】
属性:天
透き通った空のような紺碧が特徴的な、天すら割かつと謳われる名槍
紺碧の柄は球蒼鉱という特殊な鉱石で出来ており、穂先は銀でできている
見た目以上に軽く丈夫な槍であり、装備者の俊敏をワンランク向上させる
【鬼斬鬼刀】
鬼を斬るために生み出され、これを振うものもまた鬼となるとされている刀
燃えるような真紅の刀身が特徴の中華刀で、鬼属性を持つ相手に追加ダメージを与える
装備するとターン毎に狂気値が加算され、判定に失敗すると戦うだけの鬼神と化す。確率は理性値で軽減される
すでに精神障害を受けている者や、精神耐性などのスキルを持っていれば判定を回避できる
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
勝者は去り、残ったのは未だ燻る炎と敗者の亡骸である。
全身を炎で焼かれた死体の皮膚は焼き爛れ、心臓を弾丸に貫かれて風穴があいている。
どこからどう見ても死んでいる。
だが、この男に関しては、死んでからが本番である。
ムクリと死体が起き上がる。
意識がハッキリとしていないのか、口はだらしなく開き目の焦点はあっていない。
だが生きている。
呪術師により、彼の時は止まっている。
その瞬間から成長と共に代謝も心拍も止まったのだ。
心臓など元からその役割を果たしていない。
その証拠に、あれほどの激戦を繰り広げておきながら、彼は傷口から一滴の血液も流していない。
故に長松は船坂の心臓ではなく、核のある脳を吹き飛ばすべきだった。
松永がこの事実に気づいていれば、対処もできただろうが、夜の闇の中あの状況でそれに気付けというのは酷だろう。
僅かずつながら時が巻き戻り、皮膚と心臓が最低限形を取り戻したところでやっと船坂の意識は覚醒した。
思考を取り戻した船坂が、最初に感じた感情は屈辱だった。
――――敵に情けをかけられた。
敗北を期した己が生きているという事はそう言うことだ。
憤怒にも似た感情が船坂の身を包む。
これは彼にとって耐え難い恥辱である。
「あの男、許すまじ! この屈辱は必ず…………ッ!」
決意と共に憎悪に燃える魔人の遠吠えが響いた。
【B-7 草原/深夜】
【船坂弘】
[状態]:全身に重度の打撲(修復中)、腹部に穴(修復中)、全身に重度の火傷(修復中)、心臓破損(修復中)
[装備]:鬼斬鬼刀
[道具]なし
[思考]
基本行動方針:自国民(大日本帝国)以外皆殺しにして勝利を
1:長松洋平に屈辱を返す
最終更新:2015年07月12日 02:25