I cannot forbear adding to these reasonings an observation, which may, perhaps, be found of some importance.
In every system of morality, which I have hitherto met with,
I have always remark'd, that the author proceeds for some time in the ordinary way of reasoning,
and establishes the being of a God, or makes observations concerning human affairs; when of a sudden I am surpriz'd to find,
that instead of the usual copulations of propositions, is, and is not,
I meet with no proposition that is not connected with an ought, or an ought not.
This change is imperceptible; but is, however, of the last consequence.
For as this ought, or ought not, expresses some new relation or affirmation,
`tis necessary that it shou'd be observ'd and explain'd; and at the same time that a reason should be given,
for what seems altogether inconceivable, how this new relation can be a deduction from others,
which are entirely different from it. But as authors do not commonly use this precaution,
I shall presume to recommend it to the readers; and am persuaded,
that this small attention wou'd subvert all the vulgar systems of morality,
and let us see, that the distinction of vice and virtue is not founded merely on the relations of objects, nor is perceiv'd by reason.

(A Treatise of Human Nature)

       ●

私の心は乱れていない。
動揺はなかった。今もない。私は冷静だ。
それは――。
間違っているのではないか。

目の前で人間が惨殺されたのである。
怖いとか気持ちが悪いとか、普通それくらいは思うものだろう。
なのに私は、級友を探したいだとかいう意味のない事を考えている。
――探してどうする。
この狂った状況下で、友人と再会して、それが一体何になると言うのか。
単なる学生である自分達が合流して、この状況の打開策が見つかるとでも言うのか。
それとも――合流するつもりなどないのか。
私は。

或は、自分は鈍感なのか。
そんな事もないと思う。
取り分け混乱している訳でもない。
此処に級友がいる事を把握出来ているという時点で、混乱などしている筈もない。

ただ、落ち着いているのだ。
先迄の、自らの生命が危険に晒されている状況――。
そこから脱する事が出来たのだから、確かに安堵はするべきなのかもしれない。
だけれども、落ち着いているというのは如何なのか。
そう思っているのに。
何も心は動かない。

心――。
心というものは、何も特別なものではない。
脳こそが理性、感情、意識、精神――即ち心を生む。
古代希臘のヒポクラテスが唱えたその学説は17世紀より広まり、現代に於いては半ば常識となっている。
脳が、身体が無くしては心も無い。心身二元論など只の幻想である。
突き詰めてしまえば、心の動き、つまり思考、知的活動も、生命活動イクォール化学反応の一環に過ぎない。
現在の私の身体はそれが正しく機能していないという、それだけの話なのだ。
だから。
正しくない。

正しくないのだから――間違っている。

間違っているのだろう。
私も。
――あれも。

私はぼんやりと鞄を眺めた。
中に、あれが入っている鞄。

『力を使いすぎた』だとか、意味の分からない事を私に伝えてから、あれは言葉を発しなくなった。
中身が無くなっても死んだ訳ではない、ジュースがあればまた力を使える、とも言っていたか。

愚かだ。
そも、無機物は最初から生きていない。
仮に――本当に仮に、強いAIが実現し、無機物に精神と呼べるものが宿る事があるのだとしても。
あれは複雑なコンピュータでも何でもない。
単なるペットボトルだ。
そんなものに心があったとしても、ヒトのような視点でものを見て、ヒトの声を発する事など出来る訳がない。
中国語の部屋の中には、英国人が居る。
そう。

あれはただの塵芥だ。
あれを使って、私を騙そうとしている者がいるのだ。
小娘だと思って馬鹿にして。
そんな低レヴェルな作り話で私を騙せるとでも思ったか。

ひひひ――。

笑い声が聞こえた気がした。
下卑た、鄙俗しい笑い声。
大嫌いだ。
今だって――私を見張っている者は笑っているのだろう。
何処から見ている。
何時から見ている。
反吐も出やしない。

動物の中で笑うものは人だけだと宣ったのはアリストテレスだったか。
笑いというのは良心の呵責もなしに他人の不幸を喜ぶことだと記したのはニーチェだったか。

殺したよ、とあれは言った。
お嬢ちゃんを守る為に殺したんだよ。
そんな事は聞きたくない。
自分の為に人を殺したと言われて、あら嬉しいと喜ぶ者が居るとでも思っているのだろうか。

良い事をすれば良い事が、悪い事をすれば悪い事が返ってくる――。
そんな説教をしておいて、自分は罪の意識もなく人を殺してしまう。
頭がおかしいのではないか。
自分は人の価値観に支配されず、裁きを下す神だとでも思っているのか。
この――塵芥が。

そもそも。
少し考えれば、私が錯乱して人を撃った訳ではない事など分かる筈である。
拳銃を鞄から取り出し、安全ゴムを外し、何時でも撃てるような状態にして。両手に構え、人に向けて、狙いを定め――。
発砲した。
そんな者が、錯乱などしているものか。
怖がってなどいるものか。

その上で――。
あんな規格外の身体能力を持つ相手から、何故一度は逃走する事が出来たのか。
どれほど離れた所から撃っても、すぐに追いつかれてしまうだろうに。
何故に如何でもいい事ばかりに気を取られ、本当に重要な事に気が付かないのか。

お前の罪を許してやるとでも言いたいのか。
歪んだフェミニズムにでも取り憑かれているのか。
それとも――私に恩でも売って、利用する腹積もりなのか。
だとすれば。
愚かだ。

精々私を利用しているつもりでいるがいい。
利用するのは――私の方だ。

私は立ち上がり、出口へと向かった。
理由など見当たらなくとも、級友を探そうと思ったのなら、そうするべきなのだ。
それ以前に、もうこんな所からは一秒でも早く離れたかった。
途中、血溜まりを踏んでびちゃびちゃと音が鳴った。

何とも思わない。

外に出る。
そして私は。
木に凭れかかって目を瞑る、見慣れた少女の姿を見た。

       ●

心など無い。
有るのは躯だけである。
躯があるのだから、生きている。
生きているのだから、生きていればいい。
躯が生きているという事にこそ、意味がある。
何もしなくとも、何も考えずとも、生きていれば意識は生まれる。
それを解らぬ愚者が、瑣末な、本質的に如何でもいい事で騒ぎ立てる。

私は私だ。
私というものはこの躯でしかない。
全身を覆う鎧。大剣。
騎士と呼ばれる者――それが私だ。
だからこそ、この場でも私は武具を失っていないのだろう。
それが私という躯、存在であるからだ。
如何なる時も、それは揺らぐ事は無い。

故に。
この場で私が取る行動は決まっている。
主を守り、敵――あの男を打ち倒す。
私が私である限り、それは決定されている。

僅かな間行っていた思考を一時止め、私は歩みを再開した。
今行うべきは、首に嵌められた忌々しい縛めを解く事である。
その為ならば、人間――勇者と手を組む事も考えねばなるまい。
決着をつけるべき場所は、此処ではない。

木々を掻き分け、草を踏み締めて進む。
森は視野が狭窄される、限られた世界である。
それに加え、灯りもない。月光だけが頼りだ。
輪郭が蕩けそうな闇。
樹木も、花も、昆虫も、本来の彩を失った闇。
その中を、ただ、進む。

歩き続けると、視界が開けた広場に出た。
息を吐く。
一旦昏黒の闇に身を委ねてしまえば、生物は却って安心を覚えるのかもしれぬ。
まるで自分が地面から顔を出した土竜になってしまったかのような、妙な気分である。

顔を上げる。
と。
夜の中に――一際黒い影が浮かんだ。

――少女。
少女が、靱やかな動きで愉しそうに舞っている。
蒼白い太陰の光の下――少女は、ただ、少女だった。

寸刻、私は何も考えずに少女を見詰めていた。
闇の中、少女にだけ色が付いていた。
白い肌。茶色の髪。茶色の瞳。
少女はぴょん、と跳ね。
こちらを向いた。
微笑っている。

自然な微笑みだった。
恐怖も狂気もない、純粋な笑み。
本当に愉しいのだろう、と思った。
私の目の前までやって来た少女は口を開いた。

「――今晩は。貴方、月はお好き?」
如何にも唐突であった。
戸惑いはしたが、何事か答える事は出来たように思う。
「そう。私、月が好き。視ていると、何だか昔を思い出しそうな気がするから」
私の答えに対し、少女はそう言った。

「私――今は人だけど。昔は、そうじゃなかったの」
そうなのか。
そう謂う事もあるのだろう。
「でも――」
そこで少女は口を一旦閉じ、空を見た。
かあ、かあ、と、烏が鳴いている。
少女は目を細めた。
「月の光には魔力が有るとか云うけれど、私はそうは思わない。動物も、人も、平素と変わらない。だから、気のせいなの」
あの烏だって、言っている事は昼も夜も同じ――。

「ねえ。動物って、言葉を話すかしら?」
又しても唐突に少女は質問した。
話さないだろうと私は言った。
そうよね、と少女は笑う。
「そう、言葉や文字は、人間の偉大な発明。動物には言葉はない。だから動物は心配も不安もないの。
 時間という言葉――概念がないのだから、未来も、過去もない。明日がなければ心配は出来ないの」

だから。
「私の過去は、作りもの――物語でしかない。昔は人じゃなかったなんて、気のせい。きっと――嘘」
なのに私、動物の言葉が解るみたいなの――と、矢張り愉しそうに少女は言った。
「そんなのも有り得ないでしょう? 学はないけれど、それ位は判るわ、私」
有り得るかもしれないだろう、と私は言った。
何故そんな事を言ったのかは、判らなかった。

「――そうね。そうかもしれない。だけど――過去なんて、思い出なんて、凡て嘘」
くるくると回りながら少女は言う。
「動物が人になるのも、昨日友達と遊んだ事も、今ここにいる事も、全部引っ括めて、嘘。
 物理的に有り得ないとか、そんな話じゃないの。口に出した途端に、過去は嘘になってしまうの」
判らないでもない。
確かに、今日の私は昨日までの私と乖離している。
人間との戦いも、勇者との決斗も、現在と何の関連も無くなっている。
記憶を口に出して語るなり文字にして写すなりすれば、それは物語になるのだろう。
私の過去は私の過去の物語になり、現実は生々しさを失ってしまう。

「言葉って、便利だけど、みんな嘘だものね。ただの空気の振動に、人が意味を与えただけ。
 物事は人と関係なく、有るだけだから。どんな言葉だって、本当はけだものの嘶きと何ら変わりない。
 私が、わん、って言えば、英語が解る人なら数字の一の事だと思うかもしれないけど、そうでない人にとっては、犬の真似なの」
言葉の意味なんて、聞く人によって違ってしまう。
「現実は決して語れない。どれだけ客観的に、事務的にしようと試みても、言葉にすれば現実じゃない。
 同じ言葉でも、聞く人、読む人に依って立ち上がる物語は違うもの。語り手にとっての現実は、聞かれた段階で聞き手の物語になってしまう。
 それに、語られた言葉を最初に聞くのは、言葉を発した人間だから――その時点で、現実は物語になっているの」
少女は真っ直ぐに私を見た。
「自分の想い出だって、心だって、同じこと。どこまでが真実でどこまでが空想かなんて、誰にも判らない。今起きている事だって」
嘘か真か判らない。

「だからね。私は、貴方をいい人だと思う。根拠なんてないけれど、私の物語では、貴方はいい人」
――それは。
如何いう事か。
繋がりが見えない。
少女は顔を俯かせた。
「本当に――ただの直感。私、莫迦だから。能く判らないの。何もかも。
 言葉でどうこう云っても、伝わる気がしなかったから。でも、貴方はいい人だと思ったから。それで色色理屈を並べてみたの。
 うん。結局ね、何が云いたいのかって云うと」
護って欲しい、と少女は言った。

少女の声は――少しだけ震えていた。
それは恐らく気のせいだったのだろうが、私にはそう聞こえた。
「――御免なさいね。急に、こんな事云われたって、困るだろうけど。でも」
心細かったから。

――噫。
私は、少女の手を取った。
騎士としての誇りの為か。
利用できると思ったのか。
それとも。
否――何も考えていなかった。
――理由など必要ないのだ。
そうしたから、そうなったのだ。

少女ははにかみながら顔を上げ、仔犬のように笑った。

暫く二人で歩いていた。
途中、様々な話をしたと思う。
何を言い、何を聞いたかは記憶に残っていない。
ただ、少女の人懐こい笑顔を覚えている。

数分もしない内に、森を抜けた。
あ、と少女が頓狂な声を発した。
「――においがする」
友達の。
少女は一通り周囲を見渡した後、一点を見詰めた。
四角い建築物の陰。
蹲るような姿勢の人影が見える。
「行くね」
短く、それだけ言って、少女は人影に向かって駆け出した。
私は――やや逡巡した。
自分が共に行って良いものか。
考えてみれば――いや考える迄もなく、私は本来ならば、普く人間から恐れられている筈なのである。
私が姿を見せた事で、悪い結果を招く可能性が無いとは言えまい。
結局私は、その場に留まった。

少女が走りながら声を上げる。
人影が立ち上がる。
貌は見えない。
手を大きく振り、少女が駆け寄る。
そして。

乾いた音がした。
少女は。
小石にでも躓いたように蹌踉け、そのまま地面に倒れ伏した。

私は。
その時私は、何処か遠い処からまるで他人事のように、〈私〉を見下ろしていた。
「貴ッ様ア――」
〈私〉は大声を出して剣を抜き、人影へと向かっていった。
再び乾いた音が響いたが、それは〈私〉が飛来した何かを弾き飛ばした音だった。
人影は身を翻し、建築物の中へと這入った。
〈私〉は一瞬人影を追おうとした様子を見せたが、直ぐに倒れた少女の元へ向かい、その躰を抱えた。

赤く染められた唇。
あどけない、整った顔立ち。
肌理細やかな、雪のような皮膚。
――違う。
そんな言葉は、目の前の現実を何一つ表現していない。
少女は。ただ、少女だった。
ゆっくりと口を開く。
「――ほら、ね。云ったでしょう? 言葉なんて、みんな、嘘。
 私はあの娘を友達だって思ってたけど、それは、多分、あの娘にとっては、違っていたから――」
「喋るな――」
〈私〉は、そう言っただけだった。
少女は、無視して言葉を続ける。
「勿論――今の言葉だって、嘘。だって、どうして撃たれたかなんて、私にも、あの娘にも、わからないもの。
 若しかしたら、貴方の事を何か知っていて、それで一緒にいた私を怪しんだのかもしれないし。
 ただ怖くって、思わず撃ってしまったのかもしれないし――ううん。それも、全部、嘘」

少女は泣き笑いのような表情を作った。
「済んでしまったことは、もう二度と起こらないの。
 未だ起きていない事は、起きてみる迄判らないの。
 明瞭としているのは、今この一瞬だけ。こうして喋っているうちにも、今はどんどん消えてなくなってしまう。
 だったら――もう、如何だって良いじゃない」
「良い訳が――良い訳が、あるか。俺は」
――なんだと言うのだ。
〈私〉は、そこで言葉に詰まったようだった。

「死後の世界っていうのも、あるけれど――あれも、やっぱり嘘。死んでしまったら、もう何も無いのだから。
 死後の世界があるのは、生きている人だけ。生きている人が、死人は死後の世界で何をしているのか、何を考えているのかって、想像するの。想像も」
嘘。
「それは悪い事じゃないけれど、でも、生きている人を死人が縛ってしまうのは――私は、何か違うと思う。
 貴方も、あの娘も、私に、縛られて欲しくなんて、ないから。私のことは――もう、いいの」
「――違う。お前は――死なん」
そう言って、〈私〉は少女の小さな頭に手を当てた。

「いいか。今――俺と、お前の生命を、共有した。方法や原理などは一々説明せん。兎に角――俺が生きている限りは、お前は死なん。
 俺にも相応の負担は掛かるが――死に易くなったところで、俺を倒せる相手などそうはいない。お前は――死なん」
「有り難う。慰めでも――嬉しい」
「嘘ではない」
嘘ではないと繰り返しながら、〈私〉は立ち上がり、少女を大木に凭れかからせた。
「俺は――彼奴を追う」
「駄目って云っても――駄目なんでしょうね」
俯いた少女の表情は、見えない。
「――傷付けはせん。多少乱暴な手段にはなるかも知れんがな。何故お前を撃ったのか、聞き出す」
「それ、脅迫よ」
「そんな遣り方しか知らない男だ」
そう。
何千年と生きてきて、同じ事だけを繰り返していた。

「意味なんて――ないのに。真実とか事実とか、みんな嘘で、無意味なのに」
「ああ」
その通りだ。
「そう、無意味だ。だが――意味がある事にどんな意味がある。無意味な事は、意味のある事よりも劣っているのか」
「それだって――嘘よ」
少女は僅かに片頬を引き攣らせた。
「――嘘か実か、決める事なんて、ないの。本当でも、本当でなくても、いいの。言葉にしてしまえば、みんな」
おはなしになるから。

「――そうか。そうだな。ならば俺は――物語を、聞きに行こう」
「やっぱり――行ってしまうんだ」
「直ぐに戻る。お前の友人も――連れて戻ってこよう」
「ああ――」
そうか。
「物語になれたんだ、私。ただの想い出じゃなくて、むかしむかしのお話になれたんだ。
 過去も未来も現在もない、お話の中に私はいる。貴方の――物語の中に。
 他の誰にも知られていなくたって、それは――きっと、素敵な事。生きていても、死んでいても――関係はないの」
お話の中だから。

少女は顔を上げ、笑った。

そして私は。
少女に背を向け、真っ直ぐに建築物の扉へと突進した。

       ●

腹部から血を流している級友の少女は、何処か眠たげにも見える仕草で目を開け、いつものような笑顔で私を見た。
そして何か言いたげにぱくぱくと口を動かした後、血を吐いて、死んだ。

ああ、死んだ。
私は。
そう思っただけだった。


【ルピナス 死亡】

【F-10 廃棄処理場付近/深夜】

白雲彩華
状態:健康
装備:ニューナンブM60
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム3~5
[思考・状況]
基本思考:
1:クラスメイトを捜す

【ペットボトル】
状態:不明
装備:水(0%)
道具:なし
[思考・状況]
0:白雲彩華を守る

026.邪神降臨 投下順で読む 028.今、此処に目覚めた深紅の影を称えよう
時系列順で読む 029.工房の魔女
GAME START ルピナス GAME OVER
縁起 白雲彩華 今、此処に目覚めた深紅の影を称えよう
ペットボトル

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最終更新:2015年07月12日 02:26