E-10。
あたしのスタート地点は、地図にそう書かれている場所だった。
生い茂る木々は夜の雰囲気をより不気味にさせている。
でも、あたしは諦めない!
名簿を見たら大親友のルッピーとユキの名前が載っていたから。諦めるわけにはいかないんだ。
旧友、舞歌の名前も載っていたけど、これは多分別人かな。大親友だったあたしでも、行方不明になってからはどこにいるのかわからないままだし。
もし舞歌があたしの知ってる舞歌ならルッピーやユキと一緒に昔みたいに遊びたいけど、こんな場所で出会うのも何か複雑。
弟の裕司はまあ、喧嘩強いし大丈夫だと思う。気持ち悪いくらいのマッチョマンだし。
他にクラスメイトで気になるのは九十九と星くらいかな。あとはまあ、どーでもいいっていうか。
星はちょっと影が薄いように見えるから親近感を覚える。九十九は単純に接しやすい。
ちなみに拳正とかいう最強八極拳がいるけど、これはもう完全にどーでもいい。死ぬのが想像出来ないから、助けあうのには調度良いのかな。
ていうか、この人はクラスのアンケートで『サバイバルでも生き残りそうな漢ランキング1位』だったから、誰にも心配されてなさそう。今頃、そこら辺の熊とでも格闘していても違和感はない。

そんなことを考えながら歩いていると、人影が見つかった。
最初は遠くて誰かわからなかったけど、近付くにつれてはっきりと見えてくる。
あの特徴的な犬耳。色違いだけど、あたしと同じポニーテール。それだけ見れば、誰なのか想像するのは簡単だ。

「ルッピー!?」
目を瞑って木にもたれかかっている少女は間違いなくあたしの愛する大親友で。
ドジな彼女は赤色の液体――ケチャップを付けて、眠っていた。

「こんなところで寝てたら危ないよ! ルッピー、起きてルッピー!」
何度も身体を揺さぶるけど、起きなくて。

「ルッピー!」
起きなくて。

「……ッ!」

いつもは温かいはずなのに。
今のルッピーはユキよりも、ずっとずっと冷たくて。
すぐに起きそうなのに、まだ悪戯で起きてくれない。

「まだ起きないの? しょうがないから、起きるまで運んであげるよ」

軽い。
確かに小柄な少女だけど、こんなに軽かったんだ。
あたしとユキはルッピーが犬だったということを知っているけど、犬の時から重さは変わってないのかな?
死んだらその分軽くなるって噂があるけど、ルッピーはこんなところで死んだりしないと思うし。
誰かに恨まれたり、敵を作る性格じゃないから絶対にまだ生きてるよね。起きないけど。

「目を覚ましたら、一緒にユキを探そうね。絶対にユキも見つけるよ、ルッピー」

「な……つ……」

「あ、やっと起きた?」

「なつ……み。だ……いす……き……」

今にも消えそうな声で話してくれたのは間違いなく、愛する友達。
苦しそうにしてるから、気になって下ろしてあげた。
よく見たら、口から血が流れ出してる。ルッピー、喘息だったのかな?
とりあえずルッピーの大好物だった夏みかんの缶詰を開けてみる。
いつもは、寝てる時にこれを近づけるとガバっと起きるんだ。ルッピー、食欲旺盛だから。

「夏実が夏みかんを開けてるよ!」

こう言えば笑ってくれるのがルッピーのいいところ。
ルッピーが『夏実と夏みかんが似てるから私は夏みかんも大好き!』と言ったのが始まりで、この寒いギャグはあたし、ユキ、ルッピーの間で徐々に流行り出した。
ユキがいたらクールにツッコミを決めてくれるんだけど、いない時はツッコミ不在ということでボケ合戦が始まるのがお約束。

「ルッピー……?」
でも、今の彼女は笑ってくれない。
相変わらず、一人だけ満足そうな顔をして寝ている。

「ルッピー! あたしは、ルッピーを世界で一番愛してるよ!」

ちょっとだけ、本音を耳元で叫んでみた。
普段は恥ずかしくて冗談半分なんだけど、今回はちょっとだけ本気で。
こうやって顔を近付けて「愛してる」って言うと、やっぱり照れるけど心の底から思ってることだからスッキリもする。

「どうして、起きてくれないの?」
返事はない。
ルッピーがあたしを無視するなんて初めてだ。いつもは騒がしくあたしの名前を呼んでくれるのに。
このままだと起きそうにないから、物は試しにデイパックから一つの石を取り出した。
死人と会話出来るっていう怪しい石。それを取り出して、念じてみる。
すると――

「久しぶり、夏実!」

いつもの元気な笑顔でルッピーが現れた。隣には黒い鎧をきた怖い人もいたけど。

「ルッピー……ここにいるっていうことは」

「そう。こいつも、私も、死人さ。裏切り者の女とペットボトルに殺られた犠牲者だ」
暗黒騎士さん、彩華は裏切り者じゃないよ!」
「わ、悪い悪い。とりあえずそのペシペシ叩くのをやめてくれないか……地味に痛い」

紳士のような態度で説明してくれる暗黒騎士さん。
ペットボトルに殺されたっていうのが意味不明だけど、悪い人には見えない……かな?
ていうか、死んだとは思えないくらい元気だね、二人共。
何か、コントまでやってるし。あたしやユキにはかなわないけど、いいコンビかもしれない。
あれ? 彩華って聞き覚えがあるような――

「もしかして、白雲彩華にルッピーは殺されたの?」
「うーん、違うよ? 私は自殺したの。だから、夏実は気にしなくていい!」

絶対に嘘だと思う。
ルッピーには何を言っても事実は話さないだろうけど、彼女が嘘をつくと露骨に目を逸らすからすぐにわかる。
それに暗黒騎士さん、すごく哀しそうな態度をしてるよ。まるで、ルッピーの心境をわかってるような。
あたしのルッピーを奪われたみたいでちょっとだけ嫉妬したくなるけど、やっぱりすごくいい人だと思った。
けれど、どうしてもあたしは真実を知りたい。それを察したのか、暗黒騎士さんは豪快にフリスビーを投げてくれた。
案の定、フリスビーをとりに行くルッピー。見慣れた光景だ。

「夏実殿が希望するなら、知っている限りのことを話しても良い。ただし、ルピナスには秘密だ。彼女はあまりにも優し過ぎる。……本当は知らない方が良いかもしれないが」
「聞きたいです。あたしは、ルッピーの大親友だから!」

◆◆◆◆◆◆

「へー、そんな哲学的なことをルッピーが? 正直、あたしには意味が……」
「見てわかるように、此処にきてからは元気だがな。あれは戦場だったから緊張していたのかもしれん」

私が暗黒騎士さんから全ての話を聞き終えた頃には、フリスビーを片手に笑顔で戻ってくるルッピーが見えた。
二人は出会ってからまだあまり経ってないらしいけど、ほんとに懐いてるんだねー、ルッピー。
暗黒騎士さんも暗黒騎士さんで、魔界の人とは思えないくらい良い人だ。この人になら、ルッピーを任せられるかな。
ルッピーが戻ってきてからも、3人で普段するような他愛のない話を繰り広げた。
ユキがいないのは残念だけど、暗黒騎士さんはユキと正反対で面白い。ユキと同じツッコミ属性持ちみたいだけど、ユキみたいにクールだったり毒舌なツッコミじゃないからそれがまた新鮮で。
こんな楽しい時間がずっと続けばいいのに、とかそんなことを考えていたらルッピーが驚いた顔でこっちを見てた。

「あれ? 夏実の足が消えかかってる!」
「ありゃりゃ、そろそろ時間……なのかな?」
「ふむ。それでは暫しの別れとなるな。どうやら、まだ4つ所持しているからまた出会うことになりそうだが」
「うん! その時はルッピーも暗黒騎士さんもよろしくね!」

なんて言ってると、ルッピーが全速力で三脚とカメラを持ってきた。人がいなくても写真を撮れるのがこいつの利点。
ユキが居たら「天国ってこんなに便利な場所なんだね」とか、そういうツッコミをしそうだ。

「暗黒騎士さん、夏実! 記念に写真撮ろうよ!」
「写真か。まぁ良いだろう。少しの時間であったが、私もそれなりに楽しめた。それに女を泣かせるような真似は騎士道に反する」
「あたしもオッケー! それじゃあ、ルッピー。暗黒騎士さん」
「「はい、チーズ!」」
「……流石にそれを言うのは騎士として恥だ」

その後、ルッピーから写真を渡された。
あたしとルッピーは笑顔でピースだけど、暗黒騎士さんだけ何かぎこちないポーズをしてる。
あんな外見なのになかなか可愛い人だなぁ、暗黒騎士さん。

「さて、そろそろお別れの時間かな。でも、その前に」
「その前に?」
「愛してるよ、ルッピー! 私は世界で一番ルッピーが大好きだー!」
「……私も夏実のこと大好き!」

そして――
私とルッピー、二人の唇が重なり合う。
なかなかに柔らかい感触。こういうのは初めてなのか、ルッピーの顔がちょっと赤い。
暗黒騎士さんは焦って必死に他の場所を眺めてた。ルッピーほどじゃないけど、やっぱり可愛い。

「夏実の顔が赤い!」
ぐぬぬ。
まあ、あたしもファーストキスだったから緊張してたのは事実だけど、まさかルッピーに言われるなんて。

「ルッピーも赤いよ! あたしのファーストキス奪った責任とってよねっ!」
「いや、どう見ても夏実殿から襲っていたが……」
「私もふぁーすときすだったよ。初めてのキスっていう意味の英語だよね?」
「お、おう。そうやって意味を日本語で説明されると、すごく照れ臭い気持ちになるよ、ルッピー」
「えへへ。私はいつでもここに居るから、寂しくなったらまたきてね。生きている人を死人が縛るのは、よくないことだと思うけど。やっぱり、たまには家族や友達と少し会いたいなって……」
「もちろん! あたしもルッピーいないと寂しくて寂しくて仕方ないからね。今度はミルさんや亦紅さん、ユキも連れて来れたらいいなーって思ってる。それに、またキスしたいし?」

本当はルッピーや暗黒騎士さんとずっとここにいたいけど、それを言ったらきっとルッピーは心配するから。
ここは天国。死人の街。
ルッピーはよくあたしの夢を応援してくれたり、バスケの練習に付き合ってくれたりした。
此処に残るっていうのは、夢を捨てるっていうこと。それだけは、ルッピーの前で言っちゃダメだよね。

「さらば、夏実殿。ご武運を祈る」
「バイバイ、夏実!」
「さらばでも、バイバイでもなーい! またね、二人共! また絶対会いに来るから、それまで待ってて!
愛してるよ、ルッピー。――思い出は、不滅だから。あたしはルッピーや皆との思い出を魂に刻み込んでるから。それを嘘だなんて思ったら、やだよ」

一方的に言ってやってから、あたしの身体は現実に引き戻された。
あたしはルッピーが大好きなんだ。その気持ちや過去の思い出を『嘘』だなんて言葉で終わらせたりはしないよ。

「良かった。天国製でも写真は無事なんだね」

とりあえず持ち帰ってきた写真をデイパックに入れる。
これは大切な宝物だ。絶対になくすわけにはいかない。

「ルッピー、ごめんね。狭いと思うけど、少し我慢してよ、っと」

次にデイパックに入れたのはルッピーの身体。
魂と身体は別物だって暗黒騎士さんが言ってたけど、やっぱりルッピーの身体をデイパックに入れるのには罪悪感があった。
それでも入れたのは、絶対にルッピーと離れたくなかったからっていう身勝手な理由なんだけど。
ちなみに、暗黒騎士さんの死体は見つからなかった。というよりも探すなと暗黒騎士さんから忠告されている。
あまりにもグロくてトラウマを植え付けかねないから、見ない方がいいらしい。
ほんとは死体を見られるのが恥ずかしいっていうのもあるかもしれないけど、暗黒騎士さんの意思を尊重して探さないことに決めた。

最後に支給されたある刀を見てから――あたしは歩き出す。
あまり良いことじゃないし、ルッピーには怒られるかもしれないけど。
暗黒騎士さんの犠牲を無駄にするのは何か悪い気がするし、ルッピーを殺すようなクラスメイトその1を放っておこうと思えるほど、優しくないから。

◆◆◆◆◆◆

「こんばんは、白雲彩華。綺麗な月だね。あんたみたいなヒトモドキには、似合わないくらい……」
「私のクラスメイトですの?」

「そう、あたしはあんたのクラスメイトその1。ハーフのお嬢様とは正反対の、ちょっと影が薄くて地味なやつ」
「……自虐しにきましたの?」
「うーん、それは違うかな。影が薄くて、友達が少ない私にも親友がいるんだ。……そうだよね、ルッピー。ユキ」
「ルッピー?ユキ? ああ、あの煩い犬人間と毒舌電波で有名な――」

「黙れ。今度同じ台詞を言ったら、殺すよ。あんたがあたしやルッピーのことをどうでもいいように、あたしもあんたのことはクラスメイトその1としか見てないんだから」

やっぱり予想通り。あいつにとってもあたしはどーでもいい人間みたいだよ、ルッピー。
だってほら、今こうしてあたしに銃口を向けてるもん。まだあたしは武器も取り出してないのにね。
暗黒騎士さんの気持ちも、ちょっとわかった。こんな下衆を見かけたら話を聞く前に殺したいと思っても……仕方ないと思う。

「あんたみたいな外道女を友達だと思ってたルッピーって、ほんとに優しいんだね」

発射される銃弾。でも、あたしは逃げ出さない。
こいつはルッピーを殺した悪人なんだから。ユキの手も汚させたくないし、あたしがやるしかない。
あたしは覚悟を決めて、デイパックから取り出した刀を握る。

「御刀の本に著ける血も、湯津石村に走りつきて、成りませる神の名を此処に刻む――」

目の前に炎の壁が現れて、あたしを包み込む。弾丸はそれに遮られて総て消えた。
熱くはない。痛みもない。ルッピーへの思いの方が、熱くなれるし、死んだことを思い出すと胸が苦しくなるよ。
ねえ、だから――力を貸して、二人共。

「力を貸してもらうよ! ――甕速日神(みかはやひのかみ)!」

炎の壁が消えて、純白の刀が紅蓮色に染まる。
これがあたしに支給された武器の効果らしい。詠唱以外は使うまでよくわかったけど、刀の色が変わった途端に使い方がすぐに理解出来た。
脳に直接インプットされたみたいな不思議な感覚だよ。ルッピー、今からこのブスを殺すから、少し待っててね。

「な、なんですのそれ!?」
「あんたみたいなブスに教えると思う? さて、それじゃあ始めようか。その醜悪な姿を見てるとムカつくし」

醜悪。美にやたらと拘ってる人間なら誰しもが嫌う言葉だ。
例に漏れず、金髪ナルシストその1は銃の引き金に手をかけ、迷うこと無く引いてきた。

「あんたはそうやって、罪のないルッピーを殺したんだね。自分が可愛いから、それだけのために誰よりも優しいあの子を殺したんだ。話し合えば、殺す必要なんてなかったのに……!」
「自分の身が可愛いのは誰だって当たりま――」
「腕一本もーらった。こんなブスの腕いらないから、そこの似非騎士にあげるよ。あんた、お姫様守るの好きなんでしょ? 本物の騎士に説教したくらいだもんね。根性見せてよ」

銃を持っていた右腕を斬って、それをナルシストのデイパックに投げ付ける。

「あんた、奇跡を起こせるんでしょ? じゃあその奇跡を起こしてみてよ。たとえば、大切なお姫様の腕を治したりさ」
「そ、そうですわ! 奇跡が起こせるなら私の腕を――」

ぐしゃりと小気味の良い音が響いて、その中に入っていたゴミは潰れた……と、思う。
呆気無いけど、これで暗黒騎士さんの仇は殺せたかな。
だから次は――

「あんたの番だよ、鬼。そういえば、甕速日神っていう神様は、火之迦具土神を殺した血が原因で生まれたんだってね」
「何を言っていますの……?」
「知らないなら簡単に教えてあげるよ。火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)。古事記に出てくる神様なんだけど、生まれた時に伊邪那美命っていう神様が死ぬ原因を作った神様。
 それで、怒った伊邪那岐命が首を斬ったら、その血から甕速日神がうまれたってワケ。……ていうか、あんたさぁ。こんなことも知らないでよくお嬢様面していられたね」

まあ要するに、私が火之迦具土神ならぬナルシブス神を殺して、ルッピーの仇討ちするっていうのを少しロマンチックに言いたいだけなんだけど。
バカナルシストにはわかなかったみたいで、疑問符を浮かべている。やっぱり外面だけの人間は、そーいう愛がわからないんだね。
自分を守っていたゴミが潰れても何も動じてないし、こんな自分勝手な女に愛なんてわかるわけないか。
必死の形相で銃を撃ちまくってるのが面白い。私は些細な力しかない炎――怪火っていうやつで撃ち落としてるけど、それにビビっていちいち反応するなんてほんと情けないよ。

「はい、これで弾切れだね。ていうかさ、いい加減に学習したら? 今の私にそんな玩具効かないんだって」
「う、嘘ですわ! こんなところで私が死ぬなんて――」

今度は喚き散らした。
ルッピーは死んでも笑顔だったのに、こいつの表情は苦悶に満ちている。
まあ、当然と言えば当然かな。こういう外道は、愛の力に負けて悲惨な死に方するっていうのがお約束だし。

「ゲームオーバーだよ。ルッピーと暗黒騎士さんは天国に行ったけど、あんたみたいな悪魔は地獄行き確定だね」

首を刈り取り、悪魔を討伐することでこの復讐劇は終わった。
燃え上がる死骸。こんな人間失格なやつは、塵も残さずこの世から消えてほしいと切に願う。
でも……人を殺したという罪悪感がないかといえば、嘘になる。正直、すっごく悪いことしたなーっていう気分はあるんだ。
それでも後悔はない。あるとするなら、ルッピーと暗黒騎士さんを助けられなかった後悔だけ。
もっと前に出会っていれば、助けられるか――最悪、ルッピーの盾くらいにはなれたのに。

「ほんと、あんたっていいトコ何もないよね。騎士気取りで自分に酔ってるペットボトルも気持ち悪いけど、あんたはそれ以上に気持ち悪いよ。あの世で閻魔様に拷問されて、少しでも改心出来たらいいね」

その後、ゴミが入っている筈のデイパックを確認した。
中身に入っていた不吉の象徴は、残念ながら潰れていない。ある意味、ラッキーなのかもしれないけど。
とりあえず水を移す。暗黒騎士さんはエスパー染みた能力を持つペットボトルだって言ってたけど、多分それは中の飲み物を消費して使ってるんだと思う。
だから、ほら。気持ち悪い気配が漂ってきて――

「ひひひ――」

不気味な笑い声と共に、化物が本性を現した。

「こんばんは、騎士気取りのゴミ。あんた、奇跡を起こせるって本当なの?」
「奇跡? 確かに起こせたな。一度だけ」
「じゃあ、今からその奇跡を見せてくれない? ほんとに奇跡が起こせるなら――この子を生き返してほしい」

そう言ってデイパックから出したのは、ルッピー。
願えば起こる奇跡なんて信じてないけど……こいつが本当に奇跡を使えるなら、生き返らせることが出来るかもしれない。

「それは無理な相談だな。俺はそこで倒れてる嬢ちゃんを助けるために奇跡を使ったが、死人を蘇らせるなんて出来るはずがない」

そう。
出来るはずがない。それは、わかっていたんだけど。

「……だったら、あんたのソレは奇跡じゃないよ。そういうのは、呪術っていうんだ。人の命も助けられないで、一方的に誇り高き騎士を殺しておいて――何が奇跡だッ!」
「ひひひ――どうだかね。少なくとも、嬢ちゃんを助けようと思った俺にとっては、紛れも無い『奇跡』と呼べる現象だったと思うが。美人に俺の中身を飲んで貰って奇跡が起こったんだよ」
「違う。それは、あんたが悪魔の下僕になったからだよ。友達を――ルッピーを殺した悪魔を守ろうとしたから、そんな最低な呪術が使えるようになったんだ。
 悪魔のくちづけで狂ったんだよ、あんたは。あたしは天使とキスをして勇気をもらったけど、あんたは違う。同じキスでも、天使と悪魔では全然違うんだよ」

なんて、天国で見ているルッピーや暗黒騎士さんに見られたら恥ずかしいような台詞を言って。
そうするとペットボトルはまた不気味な笑い声を出し始めた。

「ひひひ――」
「白雲と一緒に行動してるくらいだから予想はしてたけど、やっぱりあんたって気持ち悪い存在だね。
 だから、今すぐ消え失せてよ。あんたみたいな人の愛を邪魔する奴らは――今すぐ表舞台から消えちゃえばいいんだ!」

ぐしゃりとさっきと同じ音がして、今度こそペットボトルは死んだ。中に水は入っていても、それ以降何も語ろうとはしないのが何よりの証拠。

復讐を一通り終えて、あたしは少し背伸びをした。
普段なら夜風が冷たい――はずなのに、何故か温かい。
これが刀の能力なのかな?

『ありがとう、夏実』
『感謝する、夏実殿』

――ううん、やっぱり違う。
なんとなく、そんな声が聞こえた気がして。これは刀の能力なんかじゃないんだなって思った。
ルッピーの声は、少し涙声にも聞こえるけど。

「ルッピーと暗黒騎士さんも、力を貸してくれてありがとう。愛してるよ」

この勝利や温もりは友情の力とか、愛の力とか。そういうものだって信じたい。
三人の力で悪鬼を討伐したって何か格好いいし。それに、二人に出会ってなければ私は鬼の正体もわからなかったから。
ほんとはあの石で今すぐ天国に行きたいけど……それをするのはユキを探してからかな。それまでは記念写真で我慢する。
どうしようも耐え切れなくなったらユキを見つける前でも使うかもしれないけど。意外と私も、寂しがり屋だしね。

「時よ巻き戻れ――ルッピーは誰よりも可愛いから!」
天国にいるルッピーへの熱烈なラブコールを贈ってから、冷たくなった彼女の唇にキスをする。
今のルッピーは、ユキみたいに冷たいけど……それなら、あたしが温めてあげなきゃね。
だから、5分くらいはそうして二人の愛を確かめていた。頬に冷たいモノが流れた気がするけど、きっと気のせい。

「それじゃー気合入れていきますか! 喘息の薬が効いてるうちにそれも探さなきゃだし。悩んでる暇なんてないよね、ルッピー!」

ラブラブタイムを終えてから、あたしは歩き始める。
ここで俯いていたら、ルッピーや暗黒騎士さんに失礼な気がしたから。
せめて、新しく得たこの能力をルッピーの好きな『ヒーロー』や暗黒騎士さんみたいな『騎士』のように役立てたらいいなって。
刀が折れたら死ぬみたいだけど――その時はその時。天国には二人がいるし、怖くなんてないよ。

【ペットボトル 死亡】
【白雲彩華 死亡】


【F-10 廃棄処理場付近/黎明】
尾関夏実
状態:疲労(小)
装備:神ノ刀(甕速日神)
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム3~5(この中に喘息薬は無し)、夏みかんの缶詰(残り4個)、黄泉への石(残り4個)、記念写真、ルピナスの死体
[思考・状況]
基本思考:殺し合いから脱出する
1:ユキ、星、九十九、『朝霧舞歌』、ルッピーの家族、魔王軍を探す。他の同級生は保留
2:朝霧舞歌が自分の知っている少女なら同行したい。同姓同名の別人なら?
3:能力を人助けのために役立てる?
※魔王軍の情報、ルピナスと暗黒騎士が死んだ原因を知りました。ただし全て暗黒騎士の主観です
※火に関する能力を習得しました
※喘息薬を飲まなければ最悪、吐血します

【黄泉への石】
天国へ行くことの出来る石。持続時間は30分程度。意思を集中させる必要が有るため、戦闘中は使用出来ない

【神ノ刀】
その名の通り、古の神の力が宿った刀。天之尾羽張のような固有の名前は持たない。
最初の詠唱でどの神に力を与えられるかが決まる。簡単に言えば超能力の習得であり、極端に強大な力を得るわけではない。
契約者は『神』の聖なる力に加護されているため、呪術やその類の技は一切通じない体質となる。また、基礎的な身体能力や戦闘面での技術も上がる。
ただし刀が折れたら契約者の魂は燃え尽きて死亡する。基本的な形状は日本刀だが、本人の意思で自由自在に変更することも出来る。

027.You should be SARTRE than that 投下順で読む 029.工房の魔女
018.悪の女幹部 時系列順で読む 030.エイリアン
You should be SARTRE than that 白雲彩華 GAME OVER
ペットボトル GAME OVER
GAME START 尾関夏実 Eyes Glazing Over

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最終更新:2015年07月12日 02:27