H-10、市街地の一角に建つ数階建てのオフィスビル。
その一階の休憩室にて、二人の『殺し屋』がテーブルを挟んで向かい合っていた。
「……ッ、やっぱり不味いな。非常食か、これ」
殺し屋の片割れ、銀髪の女『
バラッド』は荷物から取り出した缶詰の携帯食料を口にしながら呟いていた。
何とも素っ気ない味わいというか、薄くてつまらない味が口の中に広がる。
食べれないことは無いのだが、正直言ってかなり味気ない。
不満げに表情を歪めつつも一食分を完食したバラッドは向かいに座っている男へと目を向ける。
「バラッドさんはいいですよね。一応食事を楽しめるんですから」
「…舌が受け付けないんじゃなかったのか、それ」
「流石に空腹には勝てませんでしたよ。まっっっっったく美味しくないのでやっぱり女性が食べたいですけどね」
「だろうな…」
金髪の男『
ピーター・セヴェール』は少しだけ貪った携帯食料をテーブルに置き、不貞腐れた様子で頬杖を着いている。
二人は茜ヶ久保を葬った『怪物』との交戦の後、兎に角あの廃倉庫から離れるべく町を走り続けた。
どれだけ闇雲に走り続けたのかも解らないが、それなりの距離を移動したのは間違いない。
結果として先の戦闘と全力疾走による二乗の疲労がのしかかった二人は、目についた建物の中で休息を取ることにしたのだ。
「それにしても…バラッドさん、コート脱がないんですか?いつも着てますよね。たまには脱いでもいいと思うんですが」
「……………」
「おや、これは余計なことを聞いてしまったようですね。だからその、睨まないで」
休息の中、こうしてピーターがバラッドに話しかけることも何度かあった。
あんな地獄のような修羅場を乗り越えた後なのだ。ピーターにとっては気晴らしなのかもしれない。
尤も二人は組織内でも別段親しい仲と言うワケではないし、そもそも猟奇性の薄いバラッドは殺し屋館の中でも浮いている方だ。
それ故に会話が弾むこともなく、適当に数回言葉を交わして話が途切れるといった状況の繰り返しだった。
(因みにバラッドが常に厚手の服を着ているのは虐待の古傷を隠す為だが、ピーターは当然そんなことを知らないしバラッドも詮索はされたくない)
「で、お喋りはもう十分か?私としては休息も取ったことだし、そろそろ行動に出たいんだけど」
「…その、まだ休んでから15分程度しか経ってなくないですか?」
「まだじゃない。もう15分だ」
「やれやれ、僕はバラッドさんと違って肉体派じゃないんですよ?」
はぁ、と露骨に不満げな様子で溜め息をつくピーターをバラッドは適当に流し見る。
そのまま傍らに立てかけていた日本刀を手に取って椅子から立ち上がり、休憩室を後にしようとしていたが。
「バラッドさん、これからどこへ行くんですか?」
「一先ずウィンセント、ユージーを探しに行く。勿論お前も一緒に、だ」
「イヴァンは探しに行かないのですか?」
「…今は後回しだ。あんな化け物がこの会場にいると解った以上、ウィンセントらを放っておく訳にもいかない」
バラッドは先の戦闘でこの殺し合いのレベルを思い知らされた。
この会場には魔法じみた多彩な異能力、不意打ちの攻撃にも完全に対処するほどの身体能力を併せ持つ『怪物』が存在している。
敵対すれば強敵になると予想していた
茜ヶ久保一でさえあの怪物の前には手も足も出なかったのだ。
あれと同格の化け物が他にもいないとは限らないのだ。
(『化け物』といえば、身近な所にも…いるしな)
バラッドの脳裏に過るのは、ダークスーツを身に纏った男。
組織最強の鬼札『
ヴァイザー』。彼女でさえ恐れる程の強者であり、生粋の狂人。
根っからの殺人者である彼のことだ。恐らくこの殺し合いには乗っていることだろう。
出来ることならば、ウィンセントやユージーが彼と出会っていないことを祈りたい。
あの怪物との戦いの際に見えた『幻影』のことを振り払いつつ、未だに椅子に座って動こうとしないピーターの方へと振り返る。
「…バラッドさん、提案なのですが」
バラッドが目を向けた直後、ピーターが口を開いた。
その面持ちは先程までの軽い態度で話しかけるような表情ではない。
冷徹な雰囲気を漂わせる仏頂面だ。
そんなピーターの様子に違和感を覚えつつも、バラッドは彼の言葉に耳を傾ける。
「ウィンセントくんとユージーちゃんはこの際放っておきませんか?」
悪気も無さげに言ったピーター。
その言葉を耳にしたバラッドの表情がぴくりと動いた。
「………本気で言っているのか、ピーター」
「勿論。はっきり言いますけど、僕には彼らと同行した所で利益があるのかが解りませんね」
キッと睨むバラッドをよそに、ピーターは飄々とした態度を崩さぬままそう語る。
「人殺し程度『も』出来ないような素人を連れていた所で荷物にしかならないと思うのですよ。
あぁ、そういう僕は人殺し程度『しか』出来ませんけどね。それでも一応殺し屋なので、彼らよりは役立つつもりですよ」
饒舌な言葉がピーターの口から次々と吐き出される。
その一言一言から滲み出るものは堅気の人間を見下すような傲慢な意思。
そして不都合な人物を体よく切り捨てるかのような冷徹な意思だった。
「お前、まさか二人を見捨てろと―――」
「ええ、はい。その通りですよ」
驚愕を隠せぬ様子を見せるバラッドに向けて、ピーターはきっぱりとそう口にした。
「たかが数時間程度の仲じゃないですか。切り捨てた所で何の損失にもなりませんよ」
―――カチャリと、研澄まされた金属音が休憩室に響いた。
「………クク、どうして刀を抜くのですかね?組織の仲間である僕よりも彼らに情が移ったのでしょうか」
「黙れ」
気がつけば、バラッドは手元の刀を鞘から抜いていた。
そのまま日本刀の刀身を椅子に座っているピーターの首筋へと向けたのだ。
淡々としながらも静かな怒りを秘めた表情で睨むバラッドとは対照的に、ピーターは刃を向けられながらも不敵な笑みを崩さない。
「―――ま、組織を裏切るつもりの人間ですし。当然といえば当然ですかね」
バラッドを煽るような一言をふっと口にする。
しかしあくまでバラッドは平静を装いながら彼を睨む。
そんな彼女の反応を見てどこか詰まらなそうな様子を見せていたピーターだったが、ふと身内話のことを思い出す。
「あぁ、そういえば忘れていませんよね?裏切り者の『ルカ』のこと」
「……。……あいつは優秀な殺し屋だったんだ…勿論覚えているよ」
「確か名簿にも偽名の方で記載されていましたね、彼」
裏切り者の『ルカ』。かつてはサイパスと同様『組織の狗』と揶揄されていた殺し屋。
しかしルカはある日突然組織から離反した。それ以来彼は『抹殺対象者』として認定されている。
つい最近では組織の構成員による調査で彼の消息と『亦紅』という偽名が判明し、近い内に追っ手を差し向けられる手筈だった。
『組織を抜ける』ということはそうゆうことなのだ。一度離反したならば最後、『裏切り者』として死ぬまで追われ続けることになる。
それが組織に忠実だった殺し屋であろうと、例外なく。
「彼のことを覚えているというのに組織を裏切るつもりなんですか?死にたいんですかね、バラッドさん」
「……………」
ピーターからその言葉を投げかけられ、何も答えずに沈黙を貫くバラッド。
宛も無く組織を抜けるつもりなのか。逃げ込む宛があるのか。
それとも、『裏切り者』として逃げ続ける覚悟があるのか。
彼女の思惑は解らないが、一先ずピーターは少々脱線してしまった話を主題を戻すことにした。
「あぁ、断っておくとウィンセントくんやユージーちゃんのことは『提案』に過ぎませんので。
あくまでバラッドさんの意思を最優先に尊重しますよ」
フッと口の両端を釣り上げながらそう言うピーター。
バラッドは変わらずに彼を睨み続け、日本刀の刃を首筋に向けていた。
暫しの間、沈黙の時間が続いたが。
「今は、お前も仲間だ。それにお前だって一人では生き残れないだろう。だからこそ…協力して貰うぞ」
「…貴方がそう仰るのならば、それに従いましょう」
バラッドのその言葉と共に、日本刀の刃がゆっくりと下ろされる。
不服げな表情を浮かべつつ刀身を鞘に納め、ピーターに背を向け歩き出す。
休憩室を去ろうとしたバラッドを見て、彼もまたゆっくりと立ち上がる。
「当面の目的はウィンセント、ユージーの捜索だ。行くぞ、ピーター」
「イエス、ユアハイネス」
(直接戦闘、暗殺の双方において組織内上位に位置する殺し屋…だと言うのにこれだ。
尤も、そんな性格だからこそ僕もこうやって庇護を受けられているのでしょうけどね)
休憩室を後にし、廊下を歩くバラッドの背を眺めながらピーターは思考する。
彼女は忠誠心でもビジネスライクでも欲望の為でもなく、個人への恩義の為だけに組織に在籍していた。
殺し屋として冷静を装っているものの、はっきり言って『二流』だ。
わざわざ何の縁も恩義も無いウィンセントやユージーを仲間のように看做している時点でお人好しもいい所。
戦力を集めるのならばまだしも、彼らのような素人同然の連中を周りに置いた所でどうなるというのか。
(実力を備えていても、下らない私情に流される辺りではやはり『一流』とは言えませんね。
バラッドさん、貴方はそれだからサイパスの『後継者候補』から外されてるんですよ)
ふん、と彼女を内心鼻で笑いながら思う。
サイパスから気に入られているピーターは彼の趣向を良く理解している。
殺し屋としての純度を高める『悪意』や『残虐性』も、組織の狗となれる『忠誠』も持ち合わせていないバラッドが気にかけられる筈も無いのだ。
とはいえ、戦力としては申し分無いのも事実。
それ故に彼女と協力関係を結び続けることは一応の確定事項だ。
尤も――――
(―――使えなくなれば切り捨てますけどね。当分は僕の役に立ってもらいますけど)
ピーターの狡猾で残忍な本性が心中で嘲笑を浮かべる。
はっきり言って、組織の仲間のことなど―――どうでもいいのだ。
最優先事項は自分が生き残ること。
その為にはヴァイザーだろうと、サイパスだろうと、イヴァンだろうと、
アザレアだろうと。
そして、バラッドだろうと―――踏み台にしたって構わない。
ピーター・セヴェールとはそうゆう人間だ。
その狡猾さはサイパスからも一目置かれている程である。
目的の為に仲間を切り捨てることなど、子蠅を潰すことと同じくらい容易く出来るのだ。
仲間の命と自分の命を天秤にかけるのならば、迷わず自分の命を選ぶ。
今後殺し合いがどのように動くのか。じきに訪れるであろう放送で誰が名を呼ばれるのか。
兎に角自分は、状況を見極めて生き残る為の算段を重ねるだけだ。
(………あぁ、それにしても早く麗しい女性を食べたい)
【H-10 市街地/早朝(放送直前)】
【バラッド】
[状態]:全身にダメージ(小)
[装備]:朧切、苦無×2(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式、ダイナマイト(残り2本)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗るつもりは無いが、襲ってくるのならば容赦はしない
1:ウィンセント、ユージーらと合流したい。
2:
オデット(名前は知らない)はいつか必ず仕留める。
3:イヴァンのことは後回しにするが、見つけた時は殺す。
※
鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。
【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:早く女性が食べたい。
2:バラッドに着いていく。貴重な戦力なので可能な限り協力はする。
3:オデット(名前は知らない)を始末する為の戦力を集めたい。
4:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。
最終更新:2015年07月12日 02:41