ヴァイザー?」

それはバラッドのよく見知った男の姿だった。
何故ヴァイザーがここに?
自分は確かあの女と対峙していたはずでは――

「ッ!?」

一瞬の忘我の後、バラッドが気を取り戻した時には
女は既に呪文の詠唱を終えていた。

「DrAzzilb」

空中に出現した無数の氷槍が、凍てつく突風を伴って
バラッドの体を貫かんと襲いかかる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」

飛来する氷刃に、バラッドは神速で朧切を乱れ打った。
刀さえあれば機関銃にも対応できるという自負を裏付けるように、彼女は自分を狙った氷槍の全てを斬り弾く。

しかし、実体のない突風だけはどうにもならない。

「がっ!」

バラッドの体は突風に吹き飛ばされ、倉庫の壁に叩きつけられる。

「ぐぁっ」

全身を襲う衝撃に、動きが止まる。
幼い頃、父親に床に叩きつけられた記憶が脳内でフラッシュバックした。

迎撃の態勢を立て直すまで数秒かかる。
目の前の女が彼女を切り刻むには充分な時間だ。

(殺られる――)

血塗れの女の笑い顔を見ながら、バラッドは己の終わりを覚悟した。



彼女を救ったのは、MK16の連射音だった。

タタタンという小気味よいリズムで発砲された弾丸の群れに
女は振り返りもせずに指だけを向けて唱える。

「DlEihs」

しかしその防御呪文が弾丸を弾いている間に、バラッドは何とか臨戦態勢を取り戻していた。


「バラッドさん、大丈夫ですか」

相変らず緊張感の欠けた声でそう言いながら、ピーターはMK16を続けざまに連射する。
女は銃弾全てを防御しながら、今度は倉庫の入り口近くにいるピーターに指先を向ける。

「EgdeDnIw」
「ピーター!避けろ!」

うおっ、っと間抜けな声を出しながらピーターが転がるようにその場を離れる。
その頬が裂かれて血飛沫が上がったが、ギリギリで鎌鼬の直撃は回避できたらしい。運のいい奴だ。

(好機か――?)
バラッドはこの隙に女に攻撃しようかと思考を巡らせる。
今なら女はピーターのほうに集中している。
バラッドに対しては無防備になっている。今ならこの女を殺すことが――
いや、無防備過ぎる。
まるでバラッドに対して注意を向けていなさ過ぎる。まるで彼女が何をしようが即座に対応できるとでもいう様に――
彼女の勘が、危険を知らせる。
故に、彼女は攻撃するのを止め、ピーターに向けて叫んだ。

「退くぞ!」
「イエス、ユアハイネス」

ピーターの答えを聞くまでもなく、バラッドは彼女に支給された切り札を取り出していた。
それは3つセットのダイナマイトだった。バラッドはそのうちの一つを取り出すと
口ともう片方の手で持った苦無を打ち合せた火花で着火させ、こちらを無視したままの女に放り投げる。

「これでも食いな」

そして破壊されていた倉庫の壁の穴から外へ飛び出すと、一目散に走り出した。


やがてすぐ背後から耳を聾するような爆発音がしたが、彼女は振り返ることなく、その爆風に背を押されるがままに走り続けた。




夜明けの町を、二つの影が走る。
二人の殺し屋。常ならば標的を追う側の彼等が、今は只管あの呪わしい廃倉庫から少しでも遠くへ逃げ延びるために走り続けていた。

「いやはや、大変な目に遭いましたねぇ。
 全く簡便して貰いたいですよ。僕はバラッドさんたちと違って荒事は専門外なんですから」
走りながら軽口を叩くピーターだが、その整った顔の片頬は切り裂かれ、血が流れ続けている。
バラッドも体中に軽い痛みを感じるが、あの怪物と対峙してこれ位のダメージで済んだのは、むしろ幸運といえるだろう。

「……よく援護射撃したな。もう逃げたかと思っていたぞ」
「僕としてもまだバラッドさんに死んでもらっちゃ困りますからね。
 逃げたところで、あそこでバラッドさんが殺られたら遠からず僕もあの女に殺られるでしょう。
 自分が食べられるってのにはちょっと興味はありますけど、あんな犬食いをされるのは御免です」
走りながらペラペラとよく喋るピーターの言葉を聞きつつ、バラッドは鵜院とユージーの事を考えていた。
あの二人は無事にこの区域を離れただろうか。
他の場所が安全であるという保証はないが、あの女は危険すぎる。あいつは――

「彼女、ダイナマイトで殺れたと思います?」
「…………」
「ですよねぇ」
ピーターの問いにバラッドは沈黙で答える。

そもそもあの戦いは、戦いと呼べるようなものではなかった。
あの女は、バラッドたちを本気であの場で殺そうとすれば、もっと楽なやり方で
――例えば磁力を操作する呪文でこちらの刀や銃を無効化したり――彼女たちを殺せたはずだ。
それをしなかったのは、あの戦闘が女にとって、猫が鼠を甚振って遊ぶような単なる遊戯に過ぎなかった所為である。
根拠はないが、彼女の殺し屋の勘がそう告げていた。
二匹の鼠は運よく死の遊戯から逃げだす事ができた。
しかし幸運というものは長くは続かないし二度目は望めない。


それにバラッドが気になるのは、あの時見えた幻覚だった。

ヴァイザー

なぜあの男の姿が、女に被って見えたのか。


確かにヴァイザーなら、バラッドの死角からの遠隔攻撃を感知し避けるなど容易いだろう。
あの動き……まるであの女に、ヴァイザーが憑依でもしているかのような――

(いや、攻撃を避けられたのは偶然か、もしくはまだ知らないあの女の特殊能力の所為に違いない。
 その避け方を見て私はヴァイザーを連想した。だからヴァイザーの幻覚が見えた。只それだけのことだ)

自分の心に浮かんだオカルトじみた考えを、バラッドは無言のままで揉み消した。


「嗚呼、それにしてもひどい。大事な商売道具の顔にこんな傷をつけられるなんて。
 これじゃ本当に殺し屋は廃業するしかないかもしれないなあ。
 ねぇバラッドさん、この怪我って手術や化粧で消すことができると思います?」
「……今は口より足を動かせ。そのご自慢の顔を犬食いされたくないんだったらな」
「イエス、ユアハイネス」

赤い太陽が、波間から昇っていく。
皮肉にも二人の明日なき逃亡者たちの前で、新しい一日が始まろうとしていた。


【J-10 港付近/早朝】

【バラッド】
[状態]:全身にダメージ(小)、疲労(小)
[装備]:朧切、苦無×2(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式、ダイナマイト(残り2本)
[思考・行動]
基本方針:イヴァンは殺す
1:今はオデットから逃げる。
2:ウィンセント、ユージーらと合流したい。
3:ヴァイザー……?
鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。

【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、疲労(小)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)
1:今はオデットから逃げる。
2:ウィンセント、ユージーらと合流したい。
3:早く女性が食べたいです。


《????》


世界は相も変わらず燃え続けている。
しかしオデットを中心とした周囲、半径数mの世界は静かだった。

「ElCriC」

爆発で燃え盛る廃倉庫の中、オデットは自分の張った結界の内で
床に散らばったままになっていた食べ残しを腹に収めていた。
彼女は死骸の傍からほとんど動くことなく、二人の殺し屋の相手をしていたのだった。

耳まで裂けた彼女の本当の口で、骨も腱も気にすることなく噛み砕き、飲み込む。
あっという間に茜ヶ久保の残骸はオデットの中に消えた。


「どうだ、いい気分だろ」

いつの間にかまた現れたダークスーツの男が、厭らしい笑いを含んだ声で話しかけてくる。

「楽しいだろ」

オデットも認めざるを得なかった。
自分が虐殺と食人にこの上ない愉悦を感じていることを。


「どう して?
 わたし こんなひどいこと 悦ぶなんて
 人喰いの呪のせい?
 それとも わたしが魔族だから?」
「ブフォッ!」

オデットの呟きを聞いて
ダークスーツの男は信じられないバカを見たといった風に噴き出すと、ゲラゲラと不快な笑い声を上げた。

「まだわかってねぇのか。
 お前が特別なんじゃねえ。殺すのが楽しい、苦しめるのが楽しい、それが当たり前なんだよ」

ダークスーツの男がまたオデットの目を覗きこむ。

「人間も魔族も関係ねぇよ。
 人喰いの呪いなど知ったことか。
 どんな種族だろうが、表向きどんな面をしていようが
 自覚があろうが気づいてなかろうが、どんな世界に属していようが関係ねぇ。

 ものを考える頭のある奴なら皆同じだ。

 殺したい
 喰らいたい
 嬲りたい犯したい奪いたい壊したい苛みたい苦しめたい虐げたい躙りたい

 誇り高い騎士だろうが、聖人然とした教祖だろうが、孤児を引き取って育てる篤志家のババアだろうが例外はねえ。


 何故なら、悪意こそが精神の本質だからだ。


 だから俺は誰の中にでもいる。お前の中にもな」


そう なのか
ならば わたし は


「お前は俺だ」




業火に崩れる廃倉庫から出ると、町は朝焼けに包まれ、また燃え続けていた。
白む空には、パノラマのように無数の死の瞬間が映し出されている。


苦しみの劫火と死の景色が世界を満たしていた。


しかし、苦しみと死こそが真実であり
それを楽しむ事こそが正しい心の在り方だというのなら――


いつの間にかオデットは哄笑していた。
その哄笑は止むことなく大きくなり、やがて魔物の咆哮となって、夜明けの町に響き渡った。


一瞬だけ、聖剣を携えた雄雄しい青年の姿が見えたような気がしたが
それは劫火と死の記憶によって忽ち塗り潰され、掻き消されてしまった。


【J-10 港付近の廃倉庫/早朝】

【オデット】
状態:????
   全身に熱傷(回復中)、人喰いの呪い発動
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:嬲る壊す喰う殺す
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉茜ヶ久保一を捕食しました。

【茜ヶ久保一 死亡】

※茜ヶ久保一の支給品入りデイバッグが港付近のどこかに放置されています。


《鵜院千斗と天高星


(茜ヶ久保さん……!クソッ―――!!)
鵜院千斗はユージーのいる商店街に向けて走る。走り続ける。
その間も、彼の頭の中では茜ヶ久保の死への悲しみ、あの場に残った二人への罪悪感、そして自分の無力さへの怒りが渦を巻いていた。

来た道を戻り、商店街のショッピングモール前にようやく辿り着いた時
千斗は彼が走ってきた方角から大きな爆発音がするのを聞いた。
(バラッドさん!ピーターさん!)
一瞬、彼の思考は二人のいる倉庫へと飛ぶ。しかしそれは直後にショッピングモール店内から聞こえてきた音によって引き戻された。

「うわッ!?」「げッ!?」

二つの異なる叫びと共に、何かが転がるような倒れるような音が彼の耳に飛び込んできた。

「ユージーちゃん!?」

千斗は慌てて店内に飛び込む。
そこにはトイレの前、階段の降り口に重なって倒れる、二つの影があった。

「ユージーちゃん!しっかりしろ!」

倒れ伏しているうちの一人はユージーだった。愛らしいドレスに身を包んだ彼女は、瞳を閉じて眠っているように応えない。
しかし呼吸と脈拍は正常だ。どうやら気を失っているだけらしい。

それを確認して安心した千斗は、倒れているもう一人の人物へと目をやる。
少女……いや少年か? 服が女性のものなのでやはり少女なのだろう。
中性的な顔立ちの、少なくとも千斗は今までに会ったことのない少女だった。彼女も気を失っている。

(階段から落ちたのか……?)

この周囲の状況を見れば、そう考えるのが自然だろう。恐らくこの少女が先程の爆発音に驚いて階段を踏み外し
偶々トイレから出てきたユージーが運悪くそれに巻き込まれた――そんな所だろう。

爆発――そうだ。こんな所で留まっている場合じゃない。
あの女が自分の後を追ってすぐ後ろまで来ているかもしれない。そう考えて千斗は戦慄した。

「ユージーちゃん!起きろ!」
声をかけて体を揺するが、ユージーは目を覚まさない。
「君も起きろ!ここは危険なんだ!早く逃げなきゃ危ないんだ!」
次いで中性的な少女の方も起こそうとするが、彼女も
「う~ん、姉ちゃん……胸囲の海抜ゼロメートルなんて言った事は謝るからよぉ、命だけは助けて…」
と何やら魘されて寝言を言うばかりで一向に起きない。

「クソッ!……どうする?」
二人の気絶した少女を前に、千斗は考える。
自分が背負って逃げるとしても、二人はとても運べない。
どちらか片方だけ、どちらか――
――それならばもう答えは決まっている。

「――――すまない……!」
ユージーを背負うと、千斗は床で気絶したままの少女を残して店を出た。
悔しかった。
自分にもっと力があれば、二人とも助けることができたかもしれないのに。
いや、自分にもっと力があれば、目の前で茜ヶ久保が死ぬのを防げたかもしれないのに――

そんな思いを振り払うように、千斗は夜明けの商店街を駆けていった。
背中に感じるユージーの重さだけが、何とか彼の足を支えてくれていた。


(……あれ?)

人の背に揺られる感覚に、天高星は意識を取り戻した。
自分の置かれた状況が飲み込めない。確か自分は拉致され、裏松さんと入れ替わって、トイレに――
ああそうだ、確か階段から足を踏み外したんだった。それで……

それで今、自分は見知らぬ男に背負われて街中をひた走っている。

(この人、誰だ?)

息を荒げながら走っている男の目は充血し、涙ぐんでいるように見える。

「あの……」

頭の痛みを堪えて星が声をかけると、男は走り続けるままに顔だけを星のほうに向けた。

「ユージーちゃん!気がついたんだね!」

ユージー?
男にそう呼ばれて、星は己の体を確認してみる。
先まで着ていたのとは違うフリフリの洋服、胸や髪、体のサイズもさっきと違う。
これは――
もしかして――

(また入れ替わっちゃった!)

そこで漸く星は理解した。
階段を踏み外して転倒する一瞬前に見えたあの少女、自分は彼女とぶつかり
その際に頭をぶつけて、再び人格が入れ替わってしまったのだ。

入れ替わった先でまた別の女性に入れ替わるなんて、こんな事は初めてだった。
なにしろ女性に入れ替わった状態で別の女性と頭をぶつけるなんて、彼にとっても今までに経験がない事例なのだ。

(あわわわ、えっ、どうしよう、これ、えっ)

混乱する星の心中など知る由もなく、男はどんどん街中を駆け抜けていく。

「ユージーちゃんは絶対に守ってみせる……ユージーちゃんだけは……!」

泣きそうな声で呟きながら走り続ける男の背に揺られて
自分はこれからどうすればいいのかと、星はぶつかった場所がまだ痛む見知らぬ少女の頭を抱えるのだった。


【I-9 街中/早朝】

【天高星】
[状態]:健康、混乱、頭にたんこぶ、女体化した尾関裕司の肉体(♀)
[装備]:フリフリの可愛いドレス
[道具]:基本支給品一式、手鏡、金属バット、尾関裕司のランダムアイテム0~1
[思考]
基本行動方針:殺し合いはしない
1:ここはどこ?
2:この身体は誰?
3:この人(鵜院千斗)は何者?

【鵜院千斗】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~2
[思考・行動]
基本方針:助けられる人は助ける
1:今はユージーちゃんを連れて逃げる。
2:茜ヶ久保さん……
3:バラットさん、ピーターさん、どうかご無事で……。
4:できれば悪党商会の皆(特に半田と水芭)と合流したい。


《尾関裕司と裏松双葉

だから違うんだって姉ちゃん、貧乳は稀少って言ったのはそういう意味じゃなくてさ
ちょっと待ってこれ以上はほんと無理むりやめてマジでむりむりむり
「モンテスキュー!?」

ガバッと跳ね起きて周囲を見渡し、俺は姉がいないことと自分が死んでいないことを確認する。

「なんだ……夢か……」

ほっとした俺の頭にズキリと痛みが走った。思わず頭に手をやり、それで思い出す。
そうだ、女体化した自分は確か便所から出て、そこで何やら強い衝撃を受けて気絶したのだった。
「痛ッてぇ~……なんだよもう」

愚痴りながら立ち上がった俺が真っ先に感じたもの……それは強烈な尿意だった。

「なァッ!? さっき出したばっかなのに!?」

寝てる間にもうこんなに溜まったのか!?
兎に角すぐ便所に直行だ!もっちゃうもっちゃう。

便所に入ると、見知らぬ人の顔が見えた。
「あ、ども」
反射的に挨拶するとその相手も頭を下げる。
「ん?」
何かおかしいと思ってよく見てみると……それは洗面台の鏡だった。
鏡の中から、見知らぬ顔がポカンとしてこちらを眺めていた。

「―――また変身してるーーーーーー!?」



「どういうことなの……」

俺は唖然としながら鏡の中の顔をまじまじと見つめた。
整った、中性的な顔立ちだった。
器量は中々良い。いや、中々というか結構いいんじゃないかな。
人目を引くような派手さはないが、見る人が見ればわかる奥深さというものを感じる。
先程まで俺がなっていたユージーが可憐で華やかな西洋人形だとすれば
こちらは一見地味だがよく見れば幽玄な宇宙的美を感じさせる日本人形といったところか。
あえて人目を引かないように野暮ったくしているような幾つかの箇所を整えれば見違えるような美人になる、そんな顔だった。

しかし何ゆえ西洋人形から日本人形にクラスチェンジしたのか? 俺の肉体に何が起こったのだ?
そんな事を考える暇もなく、膀胱からのSOSが俺を突き動かした。

「やべえ漏れそう!漏れる!」

慌てて個室に駆け込み、スカートと下着をズリ下ろした瞬間
俺は再び驚愕の叫びを上げた。

「―――付いてるーーーーーーーーー!!?」



理解不能ッ!理解不能ッ!理解不能ッ!理解不能ッ!

俺は確かに女の子になり、その時股間の未使用バナーヌも失ったはずだった。

しかし今、俺の眼前にあるのは間違いなく性槍グングニール。
しかも……気絶からの寝起きのせいか若干血液が集まっているのだが……

それは、俺のバナナというにはあまりにも大きすぎた。
長さ、太さ、形の美しさ、張り、角度
全てが俺の元のブツを凌いでいる。

これは――神の性槍《グングニール》やない!神殺しの性槍《ロンギヌス》や!



「何故だ……」

我が股間には御立派様が鎮座する代わりに、先程まで確かに存在していたはずの神秘世界が消失していた。

何故ついさっきまでフリフリ美少女だった俺が、今は中性的女顔イケメンになっておるのか?
俺のピンク色の脳細胞はフル回転し
0,05秒の熟考の末に答えを導き出した。


「これは……完全変態っちゅうやつや……」


完全変態といってもそっちの意味ではない。
即ち、イモムシが蛹を経てチョウへと成長するように
俺の肉体も薬によって筋肉モリモリマッチョマン変態童貞→美少女→中性的イケメンという変化のプロセスを辿ったのだ。
そうとしか考えられない。


「これが俺のパーフェクトボディーか……」

用を済ませた俺は、鏡の前でしげしげと自分の中性的フェイスを観察する。
さっきのユージーでなくなったのは残念な点もあるが、一方で俺は現在のこの身体にも満足していた。
その理由の一つは、俺が元々中性的な女顔に憧れていたためである。
ちっちゃな頃からゴッツくて、姉にもゴリラと呼ばれたよ。クラスのナヨナヨ野郎どもが女子とイチャイチャしているたびに
殺意と同時にこうも感じたものだった。俺がもっと優しげな顔ならば、きっとモテたに違いないのに……と。
しかし俺は今、ついに念願の女顔を手に入れたぞ!それも股間の特秘性遺物をバージョンアップさせてだ!これで童貞喪失待ったなし!
自分が美少女になるのもいいが、やっぱり俺は女顔イケメンになって美少女と突き愛たい!

もう一つの理由は単純に、中性的な顔が俺のタイプだったからだ。
そう、クラスの裏松双葉のような――

「あっそうか、この顔、裏松に似てんだなあ」

どこかで見たことがあると思ったら、今の俺の顔はクラスメイトの裏松双葉にそっくりなのだ。
もちろん似ているのは顔だけで、裏松は女だし股間にこんな立派な対人宝具を所有しているワケがないのだが。

裏松双葉……うちのクラスにいる地味で目立たず、特に男には絶対に近寄らない、影の薄い女子。
しかし俺は、彼女は磨けば光る逸材だと見抜いていた。
だからこそ今年のホワイトデーでも、数撃ちゃ当たると配ったクラスの他のブスどもとは違い、双葉には本命のチョコを渡したのだ。
結果は完璧にガン無視されただけだったけどな!クソァ!!

「その俺が今はあいつそっくりの女顔のイケメンになってるんだから人生というのは奇なものよ……」

そんなワケで俺が俺のニューフェイスにうっとりとなって良い気分だったとき
突然知らねえ男が便所のドアを開けて飛び込んできた。


「だ、大丈夫ですか!」
「はぁ……まあ」

どちら様?
俺たちよりは年上の、高校生くらいだろうか。
少なくとも俺は初対面の、妙にナヨナヨした奴だ。クラスのもててた連中を思い出して気分悪いぜ。
そいつははぁはぁ息を切らしながら俺を見つめている。
我が新たなボディーに魅せられているのだろうか? だとしても俺にそっちの趣味はないし
ましてやこんなナヨ男なんかノーサンキューだ。

「あの……その……」
「なんスか」

ナヨナヨ男は俺を見てもじもじしている。
女の子みたいな動きしてんなお前。

「なんスか。用が無いなら……」
「あ、あの!」
痺れを切らして押しのけようかと思った時
その男はこう言った。

「お、オナニーしてください!」


次の瞬間、俺の右フックが男の顔面を打ち抜いていた。
男は「おごぉ」とか変な声を出しながら回転しつつ吹っ飛ばされる。

「ぢ、ぢが、じゃ、射精しないど」

まだ何か変態的なことを口走っている男の襟首を掴んで持ち上げる。
念の為弁解しておくが、俺は同性愛その他の性癖を理由に人を不当に扱う差別主義者ではない。
人が誰を愛そうが何に興奮しようがそれはいいこと。自由とはそういうものだ。うちの姉ちゃんもレズだしな。
だがしかし、いきなり便所に入ってきて見ず知らずの男に自慰を要求するような変態は死すべし。慈悲は無い。
ましてや殺し合いなんて非常時下を利用する卑劣ッ!貴様がやったのはそれだ!

次いで俺のアッパーが男の顎に炸裂する。
男は「ぐぇぇ」と呻いて口から血を吐きつつのけぞった。

そもそもオナニーってのは人に強要されてするものじゃないんだ。
オナニーを擦る時はね、誰にも邪魔されず、自由で
なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……。

とどめのストレートパンチが変態の顔に突き刺さる。
まるで間欠泉のように鼻血を噴き出しながら男は吹っ飛ぶと、壁に激突し
ずるずるとその場に崩れ落ちて動かなくなった。
呼吸はしているので命に別状はないだろう。
なにも生命まで奪うつもりはねぇ。そこで頭を冷やして反省するんだな。


「あぁやべぇ!こんなことしてる場合じゃねぇ!」

変態を成☆敗したところでようやく俺は当初の目的を思い出した。
早くバラッドさんや鵜院さんの所に戻ってザ・ニューユージーをお披露目しなければ。

倒れたままの変態男を残して、俺は意気洋洋とお花摘み場を後にするのだった。


【I-9 商店街・ショッピングモール/早朝】

【尾関裕司】
[状態]:健康、裏松双葉の肉体(♂)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、天高星のランダムアイテム1~3
[思考・行動]
基本方針:これが俺の完全変態だ!
1:バラッド、ピーター、鵜院千斗が待ってる場所に戻る。
2:どうよこの女顔。どうよこのロンギヌス。
3:次は童貞卒業を目指す。

【裏松双葉】
[状態]:失神、顔面殴打、天高星の肉体
[装備]:サバイバルナイフ・改
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~2(確認済)
[思考]
基本行動方針:未定
1:――――

041.罪と罰 投下順で読む 043.ひとりが辛いからふたつの手をつないだ
時系列順で読む 044.Yes-No
Dirty Deeds Done Dirt Cheap 茜ヶ久保一 GAME OVER
Hello,Monster オデット 戦場のヴァルキュリア
俺がお前でお前が俺で 裏松双葉 Hyde and Seek
天高星 MI・XY
俺、美少女になります! 鵜院千斗
尾関裕司 Hyde and Seek
バラッド Hitman's:Reboot
ピーター・セヴェール

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最終更新:2015年07月12日 02:38