周囲には濃い水の匂い、立ち込める朝靄が世界を薄く染めあげる。
朝独特の雰囲気の中、湖の周辺を行くのは三人の男女だった。

「ふぁ~。あー寝たりねぇ」

その中の一人、気だるげに歩く巫女服を着た女、火輪珠美が大きく伸びをして欠伸をかみ殺した。

「弛んでいるぞ火輪。もっと気を引き締めろ」

その様子を気難しそうな顔をした剣道服の男、遠山春奈が窘める。

「それになんだ、その着崩した服は、着衣の乱れは心の」
「まーまー遠山さん。落ち着いてくださいよ」

いち早く、遠山の説教が始まりそうな雰囲気を察したメイド服の女、亦紅が二人の間に入る。
亦紅の仲裁に遠山もむぅと不満気ながら引き下がる。
だが、当の珠美がどこ吹く風といった態度で欠伸を繰り返したため結局、説教は回避できなかったのだが。

森茂との死闘を繰り広げた後だというのに、意外にも彼らの雰囲気は明るい。
森茂は決して許せないし、力及ばずという悔しさはもちろんある。
だが、彼女らが知る限り、森茂は参加者の中でも最強クラスの実力者である。
そんな相手を真正面から相手取り、今もこうして全員が五体満足で生きている。

彼ら自身も決して弱くはないがエースや絵札のような強力なカードではない。
それでも力を合わせれば最強のキングを退けられると証明できた。
その事実が自信となり三人の士気を向上させていた。

意気揚々と三人は登り始めた朝日を見つめ、目を細めた。
夜を超え、昇る朝日は希望の光ようにも見える。

「誰にだって負けませんよ、私たちなら!」
「ったりめぇよ。この私がいるんだからな」

遠山も無言ながら、同意するように表情を和らげる。
三人は光に向かって踏み出した。
その眼前。

朝日に照らされ伸びる一つの影があった。


「――――やあ。出会ってしまったね」


それはゾッとするほど色のない声だった。

その存在を認識した瞬間、三人は反射的に飛びのき臨戦態勢となっていた。
現れたのは何の変哲もない少年だった。
少年は構えるでもなくハンドポケットのまま不動。殺意も敵意も感じられない。
それ故に、どうしようもなく不気味だった。

その歪に吊り上る口端だけは見紛い様もない。
あの始まりの場所で生み出された掛け値なしのジョーカー。

「ワールド…………オーダー」

苦々しいものを噛み締めるような遠山の呟き。
敵意を露わにする三人に対して、少年は肩をすくめて返す。

「そう警戒しないでよ。別に君たちを待ち伏せていた、という訳ではないんだから。
 僕は適当にここでサボってるだけで、なんと言うかまあ通りすがりというやつさ」

その言葉に三人は怪訝な顔をする。
余りにも含みのある態度に、思わず珠美が食って掛かる。

「随分と呑気してんじゃねぇか。いったい何企んでやがる」
「そうだねぇ。何を企んでいるかと聞かれれば、まあ色々企んではいるんだけど。
 序盤の僕は基本的に調整役だから。今のペースは悪くないし、あまり積極的に動く必要はないんだよねぇ。
 だからさ、君たちも見なかったことにしてあげるよ」

そう言って、少年はひらひらと手を振り、三人をスルーして通り過ぎようとする。
だが、その行く手を遮るように、三人が立ちふさがった。

「バカかテメェ。逃がす訳ねぇだろ」

道を塞ぐ三人を見つめ、少年は心底めんどくさそうに溜息交じりで言う。

「好戦的だねぇ。まあそれは結構なんだけど。その積極性はできれば参加者同士で発揮してほしいんだよね。
 別に僕は殺人嗜好の変人という訳じゃないから、順調な段階で無駄に僕が駒を減らしてもいいことないんだよねぇ」
「は。殺し合いなんて悪趣味な真似始めた諸悪の根源が何言ってやがる」
「それを僕に言われてもね。その辺の抗議は僕じゃなく僕に言ってほしんだけど」
「あ? 分けわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「そう? そんなに難しい言い回しをしたつもりはないけど」

少年の言葉はのらりくらりと掴み所がない。
ただ、どういう訳かこちらとの戦闘を回避しようとしていることだけはわかる。

「ずいぶん逃げ腰ですね。負けるのが怖いんですか?」

そう亦紅が相手を挑発する。
なにせ主催者に直接つながる手がかりである。
捕えてから、拷問でも何でもすれば有用な情報が効き出せるだろう。
ここで見逃すつもりはない。

「そりゃ怖いさ。なにせ僕は喧嘩が弱いからねぇ。
 けど、まあ君たちには負けないかな?」

嘲るような笑いを含んだ声に、珠美が青筋を浮かべ蟀谷をひくつかせた。

「よーく分かった。要はテメェ、私らの事嘗めてんだな」
「いやいや、嘗めるだなんてとんでもない。ただ僕と戦うには君たちは少し――――強すぎる」

言って支配者は薄く笑う。

「どういう意味だそりゃ?」
「そのままの意味さ。止めておいたほうがいい」

もはや話にならない。
そう判断した珠美が二人にアイコンタクトを送り、戦闘を始める意思を告げる。
二人は頷きを返し、亦紅を先頭に隊列を組んだ。

「まず私が突っ込みます、遠山さんは後詰を。ボンガルさんは援護をお願いします!」

亦紅の指示が飛び、応と珠美が応え、遠山が刀を鞘から抜いた。

「あらら聞いてないよ」

完全に戦闘準備を始めた三人に、少年は呆れを返す。
ここに至ってもまだ少年は構えもしない。
あくまで余裕の態度のまま。

「油断するな二人とも!」
「わってるよ。相手が相手だ油断なんてするかっての!」
「大丈夫ですって、正義は必ず勝ちます! いけますよ私達なら!」

言って。片手に愛刀風切を担ぎ、一番槍を請け負った亦紅が駆けだした。
それは弓から放たれたような矢のような速度でありながら、その動きは直線的なモノではない。
残像すら置き去りにする速度で、獣ですら不可能な多角的な動きで敵を翻弄する。
正しく目にも留まらぬ動き。
常人にはその残像すら捕えることはできないであろう。

尤も、捕える必要すらないのだが。





「――――『吸血鬼』は『死ぬ』」




ドサリと、何かが倒れる音が聞こえた。

「………………………………は?」

その光景を目の当たりにした二人の口から思わず声が漏れた。
一瞬。何が起きたのか理解できなかった。

「さて、少しは頭が冷えたかな?」

穏やかさすら湛えた仇敵の声。
地に落ち伏せピクリとも動かない亦紅を見る。
冷えたどころか心臓に冷や水をかけられた気分だった。
遠山と珠美の全身を温い汗が伝う。
あれほど熱狂していた余韻は一瞬で醒めた。
動かない亦紅を見てた震える視線が、眼前のワールドオーダーへと移る。

「おいおい、睨むなよ。襲ってきたのはそっちだぜ?
 相手は殺したいけど自分が殺されるのは嫌なんて、そんな都合のいい話はないだろう?」

悪びれもせず平然と言う。

「テメェ…………ッ!!」

珠美がなわなわと震え、砕ける勢いで奥歯を噛み締めた。
遠山も目に見えるほどの怒気をその身から漂わせている。
その様子にワールドオーダーが肩をすくめた。

「いや、すまない。いきなり三人に襲われて思わずやってしまっただけなんだ。
 本当だ。怖かったんだ。殺すつもりなどなかった。
 今は良心の呵責で押しつぶされてしまいそうだ。すまない本当に反省してる、許してくれ」

そう言って頭を下げた。
突然の態度の急変に二人は思わず怒りも忘れ呆気にとられる。

「どうだろう。これで納得できたかな? 納得だよ納得。重要だろ、そういうの?
 それがないと引きどころというか落としどころがないだろう? これで手打ちという事で」

聞き分けのない子供を窘めるような物言い。
その言葉に、プチンと、何かが切れる音がした。

「ざぁああああけんなああああぁぁぁぁぁぁあああ!!」

ボンバーガールの絶叫。
一。二。四。八。十六。三十二。
その背後に凄まじい量の花火が生まれ、その輝きに世界が染まる。
際限なく増え続ける光の数はもはや数えきれない。
眼前に広がる色とりどりの極光に照らされながら、少年の口が亀裂のように吊り上がる。


「『火薬』は『暴発する』」


生み出された花火は、炸裂する前に暴発し、目を焼くような閃光と、耳を劈く程の轟音が響いた。
当然の事ながら、その爆心地いるのは花火を生み出したボンバーガールである。
爆風によりボンバーガールの体はポーンと人形のように飛んでいき、成す術もなく地面に落ちた。

「おっと、銃弾がダメになってしまったか。相変わらず、融通の利かない能力だなぁ。
 ま、銃は余り使わないから別にいいけど」

言って、墜落したボンバーガールなど見向きもせず、己の荷物から取り出した弾倉と黄金の銃をポイと捨てる。
この一連の流れに取り残された遠山は一人、動くことすらできなかった。


ワールドオーダーはその場を一歩も動いてないどころか、指一本動かしていない。
強すぎる。
戦っている次元が違う。
そもそも戦いにすらなっていない。

「もともと戦闘用の能力じゃないからね、戦いにならないのは当り前さ」

遠山の思考を読んだようにワールドオーダーは答える。
その声に、あまりの光景に呆然としてた遠山がハッとする。

「さて君はどうする?
 感情論は抜きにして冷静に行こうぜ。怒っても良いことなんてないよ?
 君がここで逃げるというのなら僕は追わない、もったいなからね」

ワールドオーダーは遠山へと問いかける。
冷静さを欠いてしまえばどうなるか、
サイパスに失態を演じた経験から、それは遠山も十分に理解している。
だが。

「戦友(とも)の死を怒れぬ者は人ですらない。畜生にも劣る」

遠山は刀を正眼に構える。
それでも、譲れぬ心(もの)があった。

「やれやれ。僕的には特別な属性を持たない君が一番厄介だったんだが、仕方ない」

言いながら何をするでもない相手に先んじて遠山が動く。
重さを感じさせない、流水の様な滑らかな足運び。
瞬きの間に制空権まで間合いを詰めた遠山は、落雷の如き鋭さで白刃を振り降ろした。

余りにも流麗なその動きにワールドオーダーは反応することができない。する必要もない。
ワールドオーダーは棒立ちのまま、成すはただ一言。

「『攻撃』は『跳ね返る』」

その言葉により、世界の法則が塗り替えられる。
振り降ろされた斬撃は、弾かれるように跳ね返った。

「…………ッ!」

衝撃は己へと返る。
凄まじい衝撃が遠山の手首を襲う。
だが、この程度で済んだのは幸運ともいえる。
武器が刀でなく、弾丸などの遠距離攻撃ならば跳ね返りが直撃し死んでいただろう。

「分ったろう? 君ではどうあっても僕を傷つけることはできない。
 この辺で止めときなよ。攻撃してもむしろ自分が傷つくだけだぜ?」

ただ事実を告げるようなワールドオーダーの言葉。
それに対して遠山は答えず。無言のまま上段の構えで応える。
愚直なまでに攻めの意思は崩さないという意思表示。
その態度に、ワールドオーダーはやれやれと頭を振る。

「ぅおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおお!!」

雄叫びとともに突撃する遠山。
ワールドオーダーはその愚直な特攻を他人事のように見送る。
その突撃を止めるモノなどなく、斬撃が振り下ろされる。

「!?」

瞬間。
違和感に気付いたワールドオーダーが、身を引くようにその場から飛びのいた。
ワールドオーダーが戦闘開始から初めてその場を動いた瞬間である。

「いや、凄いことするね君」

距離を取り、息をついたワールドオーダーが本当に感心したような声で言う。
その言葉と同時に、攻撃の通じないはずのワールドオーダーの服がハラリと切れた。

今この世界において、攻撃は当たらないわけでも無効化されるわけでもない。
ただ跳ね返る。それだけだ。
遠山は初撃を反射されたあの瞬間、反射される刹那の拍子を掴んだ。
そして二撃目の斬撃が跳ね返った瞬間、その軌跡を自らの方向に引くことにより、その方向をさらに変えた。
そんな無茶を己の技量一つで押し通した。

「お見事だけど、その手首で斬れるのかい?」

無理矢理に斬撃の軌跡を変えた、その代償は安くない。
手首へとかかる負担は半端なものではなく、その手首は目に見えるほど赤く腫れ、とても重い真剣など振れる状態ではない。

「――――斬れるとも」

だが、その返答に一分の迷いもなかった。
ハッタリではないことはその眼光が物語っている。
次の一撃で例え己の手首が壊れようともこの男は放つだろう。

「そうかい。なら戦法を変えよう」

パンと切り替えるように手を叩く。

「君はもう近づかせない」

ワールドオーダーがニィと笑い、世界を切り替える言葉を紡ぐ。

告げる言葉は『速さ』は『痛みに変わる』。
移動を封じる心積もりだ。

だが、その言葉は最後まで紡がれることなく途切れた。
突然、背後から現れた影に、関節を固められ口元を塞がれたのだ。
そのワールドオーダーを背後から拘束する人物を見て遠山が驚きの声を上げる。

「亦紅!?」

それは、死んだはずの亦紅だった。

「残念でしたね。生憎私は吸血鬼じゃなく、半吸血鬼なんですよ! おかげ様で半分死んじゃいましたけどね!」

彼女が吸血鬼の成り損ない、半吸血鬼という半端な存在であるというのが幸いした。
吸血鬼としての部分は死んでしまったけれど、人間としての部分で生きていた。
実際死ぬほど苦しかったのだが、そのまま死んだふりをしたまま気を窺っていた。
何せ本当に死んでいたのだ、演技としては完璧だろう。

「喧嘩が弱いってのは本当みたいですね。
 殆ど力の入らない今の私でも十分抑えられますよ!」

今の世界は『攻撃』が『反射』される設定のままである。
だが、亦紅が行っているのは『攻撃』ではなく『拘束』。
首を絞めようものならすぐさま弾かれるのだろうが、動きを封じるだけなら世界の判定には抵触しない。
亦紅は半死半生で殆ど力が入らない状態だが、それでも抑えることができる。

「今ですよボンガルさん!」

亦紅の呼び声。
その先には、焼け焦げボロボロの服を着た少女が、中指を立てて叫ぶ姿があった。

「爆破の天使、ボンバーガール様が爆発で死ぬかっての!」

衝撃と轟音で一時的に意識を失ってしまったが、彼女自身、高い爆破耐性を持っている。
吹き飛び落下したダメージはあるが、爆破による直接的なダメージは殆どない。

ボンバーガールが指を鳴らすと、ワールドオーダーを取り囲むように周囲一帯から閃光が放たれた。
これもまた攻撃ではなく目くらまし。
威力よりも光量を重視した炸裂花火である。

朝日を超える光の奔流がワールドオーダーの視界を白に焼いた。
だが、これはやりすぎである。
これでは、ワールドオーダーのみならずその場にいる遠山たちも同じく何も見えない。

「遠山さんここです!」

視界の効かぬ状況の中、ワールドオーダーを抑える亦紅が声で彼我の位置を遠山に知らせた。
『攻撃』が『反射』される世界で、ワールドオーダーを傷つけられるのは遠山だけだ。
その声を頼りに、視界のない白の世界を剣術家が駆けた。

「私を気にせず、私ごとで斬るつもりでやちゃってください!」

亦紅の声が響く。

この状況でワールドオーダーがとった手段は『待ち』だった。
手段を選ばなければ弱り切った亦紅の拘束を解くのは実は容易い。
それをしないのは、遠山には斬れないだろうという予測があるからである。
視界のない中で刀を振えば密着している亦紅ごと斬りかねない。
遠山にそれが実行できるのか。

その予測を裏切るように遠山は駆ける。
脳裏には世界が光に包まれる直前の光景を浮かべながら、五感すべてを使って視界を補う。
目印となる亦紅の声はもとより、僅かな動きによる布ずれの音すら聞き漏らさない。
風に乗る匂いを感じ、肌に感じる風の感触を探る。
踏み込めば敵は眼前。
後は刃を振るう覚悟ひとつ。

ヒュンという風切音。
刃は迷いなく振り切られた。
それは反射を潜り抜けているとは思えぬほど滑らかな斬撃だった。
済まし通すような刃は、亦紅を傷つけることなくワールドオーダーの肩口から袈裟を通り抜ける。

一瞬の間。
傷口が沸き立ち、噴水のように鮮血が噴射する。
生温い液体が遠山にシャワーのように浴びせられた。

眩いばかりの閃光が徐々に晴れてゆき、視力も徐々に戻りつつある。
肩口より切り裂かれたその傷は浅くはない。
ワールドオーダーの口からヌルリとした血が吐かれ、口元を塞ぐ亦紅の手を滑らせた。
一瞬ながらその口が自由となる。

だがもう遅い。
遠山の技量であれば返す刀で首を撥ねられる。
悪鬼羅刹を斬るのに躊躇いはない。
腕はすでに限界を過ぎているが、あと一刀振るえるのならば壊れてもいい。

言葉を紡ぐ猶予はない。紡げてせいぜい一言。
既にその傷は致命傷。
遠山の追撃を防げても、亦紅は再び拘束をするだろうし、放っておけば出血多量でいずれ死ぬ。
たった一言で、この状況を逆転させる言葉などありはしないはずだ。

だが、晴れる視界の中で遠山は見た。
赤い血を垂らしながらも、満足気に釣り上げられた歪な口元を。

そして余裕をたたえたまま、その口が開かれる。





「――――『時』は『巻き戻る』」






全てが逆行する。






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「ぅおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおお!!」

雄叫びとともに突撃する遠山。
ワールドオーダーはその愚直な特攻を他人事のように見送る。
その突撃を止めるモノなどなく、斬撃が振り下ろされる。

「!?」

瞬間。
違和感に気付いたワールドオーダーが、身を引くようにその場から飛びのいた。
ワールドオーダーが戦闘開始から初めてその場を動いた瞬間である。

「いや、凄いことするね君」

距離を取り、息をついたワールドオーダーが本当に感心したような声で言う。
その言葉と同時に、攻撃の通じないはずのワールドオーダーの服がハラリと切れた。

今この世界において、攻撃は当たらないわけでも無効化されるわけでもない。
ただ跳ね返る。それだけだ。
遠山は初撃を反射されたあの瞬間、反射される刹那の拍子を掴んだ。
そして二撃目の斬撃が跳ね返った瞬間、その軌跡を自らの方向に引くことにより、その方向をさらに変えた。
そんな無茶を己の技量一つで押し通した。

「お見事だけど、その手首で斬れるのかい?」

無理矢理に斬撃の軌跡を変えた、その代償は安くない。
手首へとかかる負担は半端なものではなく、その手首は目に見えるほど赤く腫れ、とても重い真剣など振れる状態ではない。

「――――斬れるとも」

だが、その返答に一分の迷いもなかった。
ハッタリではないことはその眼光が物語っている。
次の一撃で例え己の手首が壊れようともこの男は放つだろう。

「そうかい。なら戦法を変えよう」

パンと切り替えるように手を叩く。

「『生物』は『触れ合えない』」

後方から不意を突いて飛びついた亦紅がワールドオーダーに触れ合う前に弾き飛ばされた。
まるで亦紅が来ることが分かっていたような注文(オーダー)を絶妙のタイミングで切り替えた。

「くっ、頼みますボンガルさん!」

弾かれながら、視線の先に佇む巫女服のヒーローへと呼びかける。
声に応じボンバーガールは相手の視界を奪うべく、生み出した花火に点火しようとした。

「『火薬』は『不発に終わる』」

だが、仕掛け花火は弾けることなく不発に終わる。
完璧な対応を行うワールドオーダーに、相手の隙を窺っていた遠山も動けず。戦闘はいったんここで途切れた。

「あー危なかった。危うく死ぬところだったよ」

服についた汚れを払いながら、危機感なんてまるで感じてない声で言う。
完全な対応をされた後ではその言葉は嫌味にしか聞こえない。

「生きていたのか二人とも」
「ったりめぇよ。爆破の天使、ボンバーガール様が爆発で死ぬかつーの」
「私も吸血鬼じゃなく、半吸血鬼だったんで。おかげで半分死んじゃいましたけどね」

遠山はひとまず変わらぬ二人の様子に安堵の息を漏らした。

「それで、まだ続けるかい?
 二人とも生きていたわけだし、誰も死んでない今が最後の落としどころだと思うんだけど」
「は、冗談。逃がす訳ねぇ、」

あくまで食らいつこうとする珠美を、一歩前に出た遠山が片手で制する。

「――――行け」

言って。道を譲るように身を引く遠山。
そんな遠山に、おいと食って掛かる珠美だが、その珠美を亦紅が抑える。

「無理ですボンガルさん。今の私たちでは勝てません」
「あ゙ん?」

仇でも見るような形相で珠美が亦紅を睨みつける。
そでも亦紅は怯まず、珠美の眼光を真正面から見つめ返して言う。

「今は、です」

強い意志を込められた言葉。
数秒見つめあった後、舌打ちと共に珠美が引く。

「賢明な判断だ」

ジョーカーたる少年は、悠々と三人の間を通り抜けてゆく。
手を出すこともせずその歩を見送る三人。
ケっと吐き捨て、珠美は拗ねたように明後日を見ていた。

「ああそうだ」

三人の前をすり抜けた所で、少年が思い出したように足を止め振り返る。

「君たち、いいところまで行ったからヒントをあげよう」
「…………ヒント?」

振り返った少年は指を立て言う。

「――――まずは宇宙人を探せ」

「そして機人を、悪党を、怪人を、魔王を、邪神を乗り越えろ。
 僕の前に立つのはそれからかな。その時はちゃんと相手をしてあげるよ。
 まあ段階を飛ばす裏技もあるけど、あまりお勧めはしないかな? きっと碌な事にならないから」

疑問を挟む余地はなかった。
言いたいことを言い終わると、ワールドオーダーはすぐさま踵を返す。

「じゃあね。それまで生きてたらまた会おう」

帰り道に友人と分かれるような気軽さで、ジョーカーは去って行った。
それと同時に、先ほどのまでと同じ声が流れ聞こえてくる。

放送の時間である。

【I-4 泉周辺/早朝(放送直前)】

【亦紅】
[状態]:半死半生
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ、風切、適当な量の丸太
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット
[思考・行動]
基本方針:主催者を倒して日常を取り戻す
1:博士とルピナスを探す
2:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
3:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい

【遠山春奈】
[状態]:手首にダメージ(中)
[装備]:霞切
[道具]:基本支給品一式、ニンニク(10/10)、壱与の式神(残り1回)
[思考・行動]
基本方針:現代最強の剣術家として、主催者と組織の連中を斬る
1:現代最強の剣術家であり続けたい
2:亦紅を保護する
3:サイパス、主催者とはいつか決着をつけ、借りを返す
4:亦紅の人探しに協力する
※亦紅が元男だということを未だに信じていません

【火輪珠美】
状態:ダメージ(中)全身火傷(小)能力消耗(大)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、薬草、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しむ
1:亦紅、遠山春奈としばらく一緒に行動。
2:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
3:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
4:りんご飴がライバル視しているヴァイザーを見つけ出して一戦交える
5:会場にいるほうの主催者をいつかぶっ倒す
6:他のヒーローと合流するつもりはない
※りんご飴をヒーローに勧誘していました

【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを促進させる。
1:適当にうまい具合に色々まあ何とかする
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。
人格や自我ではありません。

※I-4に黄金銃が落ちています

【黄金銃】
スパイ的なアレ
売るといい金になる

056.暁の騎士 投下順で読む 058.正義と悪党と――(Justice Act)
時系列順で読む
我はこの一刀に賭ける剣術家 亦紅 終わらない物語
遠山春奈
火輪珠美
メタ・フィクション 主催者 Outsourcing

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最終更新:2015年07月12日 02:52