はいもしもし、僕だけど。
やあ、そちらからかけてくるなんて珍しいね。
定時報告は先ほど済ませたはずだけど、何かあったのかな?
ああ調整の仕事だね。っとその前に丁度いいから聞いておきたいことがあるんだけど。
僕ってさ、僕の反逆を恐れてるの?
いやね、今しがたそういうお手紙が来たからさ。
『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』はコピーできなかったんじゃなくて、しなかったんじゃないか、だってさ。
まあ反逆ってのは冗談としても、チェンジ・ザ・ワールドのコピーについてはピントはずれてはいるが、方向性はなかなかいい線ついてる。
こんな早い段階でここまで中りをつけられるっていうのは、ちょっとまずいんじゃないかなぁ?
まあ、しばらくは大丈夫だとは思うけど。
何でって、この手紙出した人、もう死んでるっぽいから。
ピーリィ・ポールだよ。そうそうマーダー病製作の実験サンプルA、不採用になった京極より先に死ぬっていうのは何とも皮肉だよねぇ。
けどまあこのまま同じ調子で考えを巡らせる奴が出てくれば、余計な事まで気付かれるかもよ?
うーん。まあ確かに気付かれたことを利用するって手もあるけど、あまりうまくはないね。
いつか気付かれるっていうのは仕方ないにしても、もう少し時間は稼いでおきたいところだね。
それで、本題はなんだい?
今? さっき放送の後の指示通り、放置されてる死神の首輪の回収に向かってる所だけど?
一応参加者とバッティングしないように色々迂回してるから【G-3】辺りだね。
それで? なるほど。【H-8】にバランスブレイカーの出現か。
ちなみにどんなタイプ?
ああ……他の参加者を喰ってパワーアップしていくタイプか。
邪神まで喰ったか、それは確かに早めに手を売っといたほうがいいね。
しかし死神の首輪が【A-8】に放置されてて、バランスブレイカーの出現位置が【H-8】か。
現在位置から距離は大差ないけど方向が違いすぎるよ。
苦言を言わせてもらうと出来れば首輪の回収はもう少し早く言ってほしかったね。
まあ復帰の可能性もあったから、完全に確定してからって言うのは分かるけどさ。
一応僕は一参加者としての身分だからさ、チートして瞬間移動って訳にもいかないし、流石に僕一人じゃ対処は無理だぜ?
仕込みは僕以外にもいるんだろ、そっちの方に頼んだらどうなのさ。使えないのかい?
なに? そうなの? だとしたら厳しそうだね。面倒事を増やす可能性もある、やめておいた方がいいねそれは。
ちなみに適当にランダムで配った電話で誘ったやつは? だよね、知ってた。
うーん。けどそれは困ったねぇ。
そりゃあ急ぎはそっちだろうさ。
けど状況もどう変わるかわからない訳だし、できれば両方手早く済まして状況に備えたい所ではあるね。
恐らく後半になるにつれそういう事態は増えるだろうし。
そうだ。バランブレイカーの方は森茂にでも頼んだら? そういうのは彼の得意分野でしょ?
僕が? 仕方ないなぁ。じゃあ彼の現在位置を教えてよ。近くだって言うんなら道すがら交渉するからさ。
え、それホント? 確かに近いけど、なんだってそんなところに……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
木々の切れ間から斑に日差しが降り注ぐ深い森。
朝の森林特有の濃い空気が周囲を満たす。
そこにいるのは自然環境とは不釣り合いな黒眼鏡をかけた恰幅のいい初老の男だった。
それは見るからに堅気ではなく、実際堅気の人間ではない、ある意味見た目を裏切らない男。
秘密結社『悪党商会』社長、森茂である。
彼が確かめるように注意深い足取りで歩いているのは、禁止エリアに指定された区画【H-4】であった。
無論、自らのいる場所が禁止エリアであるという事を森が把握していない訳ではない。
真っ先に禁止エリアに指定したという事は、このエリアに封殺したい何か理由があるのではないか。
そう考えて危険を覚悟で森はエリアの調査を行う事にしたのだ。
禁止エリアの発動は放送での勧告から二時間後である。
恐らくは退避するための猶予時間なのだろうが、その時間を利用すれば調査は可能だ。
(うーん。不審な点はなし、か。いや……)
森が調査した限り、おかしな所は何もなかった。
とはいえ落胆するような結果ではない、元より予測していた事だ、それ事態は問題ではない。
だが、それよりも森が気にかかるのは、おかしな所どころかこのエリアには何もなかった事である。
動物はおろか虫の一匹すら見当たらない。
都会のコンクリートジャングルならいざ知らず。
これだけ籔林を歩いて羽虫の一匹も見当たらないというのは流石に異常が過ぎる。
そしてそれはこのエリアに限ったことではなく、この島に来てからずっと感じていた違和感である。
(けど、作り物の張りぼてって感じじゃあないんだよねぇ)
立ち並ぶ大樹の一本に触れる。
僅かに湿った硬い手触り、香る土と木の匂い。
その全てが間違いなく本物の質感である。
「――――――よっと」
試しに立ち並ぶ樹木の一本を足刀で両断してみる。
鋭利な刃物で両断されたような断面に見える年輪からして、樹齢は80年ほどと言ったところか。
植え直したような跡も見受けられないし、苔の生える方角も矛盾しない
間違いなくこの島で自然に育った代物だと言っていい。
ワールドオーダーがこの会場を用意する際にありとあらゆる生物を皆殺しにした可能性もあるが。
流石に虫一匹漏らさずにと言うのは不可能に近い。何よりどこを見てもそれらしき破壊跡がない。
だが植物と昆虫、動物。全ては食物連鎖によって形成される一つの大きな枠組みである。
どれが欠けても自然環境というのは成り立たない。
成長過程がどう考えても矛盾している。
この環境は自然に見せかけた不自然である。
結局ほとんど成果を得られなかったが、時期に放送から二時間が経つ、タイムリミットである。
正確にはまだ10分ほど余裕はあるが、禁止エリアの発動が二時間きっかりとも限らない。
そろそろ離脱しておいた方がいいだろう。
別エリアのランドマークである遊園地を目指して足早に森林を行く。
その途中、広がる森林に変化はなかったが、地図上で言うところの【H-4】と【H-3】の境目に差し掛かったところで森は足を止めた。
そこには何の目元を隠した以外は変哲もないような一人の少年が立っていた。
「やぁ。君を待ってたよ、森茂くん」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「偶然……って訳じゃあなさそうだねぇ。洋館での意趣返しって訳かい?」
「まあそんなとこだね。けど別に戦いに来たって訳じゃあないよ」
「だろうね。君の場合、本気で殺すつもりなら声をかける前にやるだろうからねぇ」
対峙するのは強面の大男と線の細い少年である。
余りにも不釣り合いな外見でありながら、二人は同じ空気を纏っていた。
方や世界の管理を目指す秘密結社『悪党商会』の頂点であり、方やバトルロワイアルを管理する
主催者である。
始まりの洋館での出会いから僅かな時を経て、二人の頂点が再び遭遇を果たす。
「っていうか。あれから6時間ほど経ったのに、まだこんなところにいたのかい? ジョーカーとしての仕事はいいのかい?」
「別にサボってたわけじゃないさ。それにまだこんなところにいるのはお互い様だろう?」
皮肉を返す少年に大男は思わず笑いを漏らす。
「はは。そりゃ違いないね。それで君の方はその後、調子はどうだい?」
「調子? まあボチボチかな? ちょっとした小競り合いはあったけど、適当にあしらっておいたし、その程度さ」
「へぇ。それはそれは、こちらちょっと油断してしまってね、中々に散々な目にあったよ」
軽い調子で肩を竦める森の姿を、少年は観察するようにマジマジと見つめた。
「油断ねぇ。ぱっと見た所ずいぶんボロボロみたいだけど、よく見れば傷は既に癒えているようだ。
それが悪党商会ご自慢のナノマシンってやつかい?」
「あらら、一応門外不出の技術ってやつなんだけど、よく知ってるねぇ君。
けどまあそこまで知られてるならぶっちゃけてしまうと、まだ人体向けの技術には落とし込めてなくてね、自動修復は行われるものの激痛が奔るらしいんだよねぇ。
テストではあのハンターですら二時間で根を上げた代物なんだけど。俺はほら、そういうの感じない体質だから」
元は悪党商会に先代より伝わる秘術であり、兵器や装備の修復用に生み出された技術だったのだが、それを人体向けに転用したのが現社長の森茂である。
ナノマシンの人体投与による恩恵は細胞レベルの身体強化は元より、神経伝達速度の加速や自動修復(オートリペア)にまで多岐にわたる。
だが、ナノマシンが体内で活動するたび、無数の生き物が体内を這いずりまわるような不快感と痛みが奔るという欠点があった。
この痛みは鍛え上げられた超人ですら耐えられない激痛であるのだが、森茂は無痛症であるが故にその痛みを無視することができる。
「それで?
世間話をしに来たって訳じゃあないんだろう。お忙しいであろうワールドがわざわざ足を運んでまで俺に何の用なんだい?」
「そうだね。それじゃあそろそろ本題に移ろうか」
仕切りなおすように一呼吸おいてワールドオーダーは言葉を切った。
その僅かな動作に視線を集める術を心得てるな、と森は内心で相手を分析する。
「ちょっと、君に一仕事してもらおうと思ってね。
会場にバランスブレイカーが出現してしまったので、その調整を君にお願いしたい」
その話を聞いた森は、困ったような表情を作って頭を掻く。
「生憎、悪党商会は外注の仕事は請け負ってないんだけどねぇ」
「そこはまあ森茂個人への依頼って事で納得してもらえないかな」
「まあそれはいいとして。仕事ってことは当然、見返りはあると考えていいんだよね?」
森のその言葉にワールドオーダーは白々しい態度で意外そうな声を上げる。
「おや、見返りを求めるのかい? 世界の調整は君の信念だろう」
「俺の世界の調整はそうだね。けど、ここは君の世界だろ、俺には関係ないよ」
「なるほど、それは一理ある」
じゃあとワールドオーダーは考えるように一泊だけ間を取ると。
今思いついたとばかりにポンと両の手を打つ。
「報酬として、僕の持つ情報を君に提供しよう」
組織の長として、森は情報の価値というものを理解している。
特に悪党商会は強力な情報管理能力を持った組織だ。
主催者の分身である男の持つ情報。その有用性が分らぬはずもない。
「じゃあ仮にそれで手を打つとして、無茶な依頼なわけだし、当然報酬は前払いでいただけるんだよね?」
「いやいや、情報だけ聞いて君がそのまま勝手しないとも限らないんだから報酬は成功報酬だよ。当然だろう?」
「いや、そこはほら? 俺を信用してもらうしか、ねぇ?」
「おいおい、僕は参加者の情報なんて全て把握済みなんだぜ? 君の事を知るその僕が君の何を信用すると言うんだい?」
互いに日常会話のような穏やかな声ながら、譲ることなく互いの要求をぶつけ合う。
そして二人は無言で穏やかな表情のまま、探り合うように対峙する。
「ま、そうなるよねぇ。ぶっちゃけ、こっちもそっちを信用できないし、そっちもこっちを信用できないじゃあ、交渉自体に無理があるよねぇ」
森は大きく溜息を付いて首を振ると、残念そうに天を仰いだ。
森の様な大男がやるにはあまりに似合わない仕草である。
オーバーアピールをしたまま森は固まっていたが、ふと気づいたかのように、あ、そうだ。とワザとらしい声を上げた。
「だったら、報酬は手付として一つ。成功報酬として一つ。と言うのはどうかな?」
手付として前金を支払い、任務完了後に成功報酬を支払うというのは契約においてよくある話だ。
だがそれは報酬が金銭のように分割できる代物である場合の話である。
「それって要は報酬増やせって事じゃないか」
「いやいや、相互利益のための提案だよ」
悪びれるでもなく言い切る森の態度に、ワールドオーダーは呆れたように苦笑する。
「言うね。まあいいだろう。その条件を呑もう。ただしこちらからも報酬に条件を付けさせてもらう」
「条件って?」
「成功報酬には君の望む情報を提供しよう、ただし前金として渡す情報の内容はこちらに選ばさせてもらう。それでいいかな?」
「ま。落としどころとしてはそんな所かね」
この辺がお互い譲歩できるラインだろう。
演技じみたやり取りを止めて真面目な表情に戻る森茂。
「じゃあ契約成立ってことで」
「待った、報酬の形式には合意したけど、依頼を受けるかどうかはちゃんと仕事の内容を聞いてから決めさせてもらうよ」
「慎重だね」
「当然の配慮だろう。標的の情報は必要経費として当然もらえるんだろうね?」
それはもちろんと頷くワールドオーダー。
コホンと小さく咳払いをすると、仕事の標的について語り始めた。
「標的の名前は
オデット。リヴェルヴァーナと呼ばれる異世界に生きる、攻撃魔法の才に秀でた魔族の少女だ」
「リヴェルヴァーナ?」
「剣と魔法の跋扈する、君の生きる世界とは全く異なる世界だよ。
まあその辺は本筋とは関係のない話だからあまり気にしなくていい。君も外の世界にはあまり興味もないんだろう?」
そうだね、と相槌を打つ森。
まったく気にならないと言えば嘘になるが、彼、引いては悪党商会が目指すのは世界の安定であり。
その世界は彼の生きる世界に限られる。
「それで、そのオデットってのはそんなに強いのかい?」
「彼女自身はまあそれなりかな? 君の所の
水芭ユキ辺りとどっこいって所じゃないかな。
けど、問題は彼女自身よりも彼女にかかった『人喰らいの呪』という呪いの方でね。
彼女の世界における魔王に駆けられた呪いなんだが、簡単に言うと名前の通り人を喰いたくなる呪いだ。
そして、どうやら彼女は喰った対象の意識を取り込むことができるようなんだ」
そこまで聞いて、ようやく森にも話しが見えてきた。
「なるほど。どういう経緯かは知らないが、そいつが強力なのを次々と取り込んじゃったって訳ね」
「そ。と言っても『人喰らいの呪』は本来そう言う代物じゃあないはずなんだけど、最初に喰い合わせの悪い二人を喰ってしまったのがまずかったね。そこで完全に箍が外れた」
百万の死を記憶する
詩仁恵莉と死を娯楽として肯定する
ヴァイザー。
この組み合わせが最悪だった。
圧倒的な死の放流に精神が衰弱し、ついには自身と混同した。
「それにより、彼女はヴァイザー――は知ってるだろう?――の殺気を読むという特性を取り込んでしまった。元の魔法の才と合わせて厄介な存在になったという訳だね・
けどそれでもまだ逸脱したレベルではなかったのだけれど、ちょっと状況が重なりに重なってね。異世界の邪神までその身に取り込んでしまった。ここまで来ると少しマズイ。勝負が成り立たなくなる」
「主催者としてはワンサイドゲームは困るってことかい?」
「まあこれが参加者が一桁まで減った終盤だったら僕も放置するんだけどね。この段階でゲームが決まるのは、少し困る」
実際この状況は不満なのかワールドオーダーはため息交じりに片腕を上げる。
「けど、それを俺に依頼するかねぇ。忘れたのかい、最初にあった時の俺のセリフを。
勝手に暴れまわってくれる参加者なんて俺にとっては大歓迎だよ。それをわざわざ討伐に行けって?」
「おいおい。手段と目的をはき違える森茂でもないだろう。君が優勝を目指すのならば、オデットの討伐は避けて通れない壁だ。
おいしいものは最後になんて話は通らない。オデットがそれこそ
氷山リクや
剣神龍次郎でも喰ったら本当に僕以外の参加者には手が付けられなくなるよ」
今が対処できる瀬戸際だと、ワールドオーダーは告げていた。
「今の段階なら俺の方がまだ強いと?」
「いや、多分現段階でも君より強い」
飾るでもなく、ただの事実としてワールドオーダーは断言する。
「なのにそれを倒せって? 無茶言うね」
「だからこそ君なのさ。君はそれだけの力を持ちながら、格上との戦い方を心得ている。僕が買ったのはその点だ」
誕生すれば世界を滅ぼしかねない生物兵器。神の試練を超えて潜在能力を覚醒させた最強のヒーロー。
存在するだけで世界のバランスを崩すバランスブレイカーを森は人知れず刈ってきた。
その事実は決してそれらよりも森が強かったと言う事を意味しているわけではない。
彼は勝利のためならば手段を選ばず、それこそあらゆる手段を用いて勝利してきた。
ワールドオーダーが評価しているのはその実績である。
「まあシナリオ的にも参加者である君が倒せるならそれがベストだけど、最悪僕が仕事を終えて援軍に行くまでの時間稼ぎでもいい。
とにかくこれ以上の捕食だけは止めておいてくれればいいさ」
「ま、そうさせてもらうよ。相手を見て無理はしないようできる限りで対処するさ」
「という事はつまり」
「ああ受けるよ。その依頼。どのみち避けて通れそうにない相手みたいだし。話を聞く限り早めに対処した方がいいってのは同意だしね」
ワールドオーダーの言っていることが事実ならば、森としてもここで動くのは必然だろう。
咥えて報酬を貰えるのだから、断る理由もない。
「OK。なら契約成立だ。前金として情報を提供しようじゃないか」
「まあ別にケチつけるつもりはないけど、あんまりにも使えない情報ってのは勘弁してくれよ」
「ああ、その点は大丈夫だと思うよ。君たち参加者に共通した興味の話題だと思うから」
少年は顎を上げ自らの首元、そこに存在する銀の輪を指す。
「――――首輪についての情報だ」
首輪。参加者を縛る、死の枷。
優勝を目指す森としても、聞いておいて損はない情報だろう。
「君たちの首についてる首輪なんだけど、実は全てが同じフォーマットという訳じゃあないんだ。
いくつか特別性のオーダーメイドが紛れていてね、ちなみに君のもそう」
言われて、森はワールドオーダーに指された首元を確かめるようにそっと触った。
「特別ってのはどう特別なんだい?」
「それは各々で異なるね。オーダーメイドと言ったろう? それぞれが異なる特別性を持っているという訳だ。
例えば剣神龍次郎の場合だと首輪が動作すれば死ぬ程度に装甲の弱体化させる仕掛けが施されてる、という感じでね。
と言うより、君も自身の変化に少なからず心当たりがあるだろう?」
その問いに森は無言を返す。
その言葉の通り、森もここに来てからナノマシンの働きがいまいち悪いことは感じていた。
実際、本来であれば1時間とかからず完治するダメージが、6時間かけてまだ治っていない。
目の前の相手に弱みを見せないようその点を億尾にも出さないようにしてきたが、向こうの仕掛けというのなら話しも変わってくる。
「それって要はハンディってことかい?」
「ちょっと違うかな。結果的にそうなってしまっている所もあるのは否定しないが、仕組みとしてはこの首輪で参加者が確実に死ぬための仕組みさ。
もっと言うなら殺し合いをうまく管理するための仕組みだね。
それに全てが全てがマイナス要素ばかりという訳でもない」
そう言って、トンと地面を蹴って後方へと飛び込んだ。
彼が飛び込んだそこは一見すると何の変哲もない空間だが、目に見えない決定的な壁がある場所でもあった。
そう、ワールドオーダーが行ったのは禁止エリアである【H-4】への侵入である。
しかし、当然のように彼の首輪は爆発しない。
「見ての通り、僕の首輪の特性は禁止エリアの無効化さ。僕の首輪は禁止エリアに入っても発動しない」
「いや、それって君のには爆薬が入ってないってだけじゃないの?」
「いや違う、あくまでこれは禁止エリアの無効化だよ。結果は同じでも過程が大きく違う」
確かにそもそも爆薬が入っていないのと、爆薬が入っているが動作しない仕掛けが入っているのでは大きく異なる。
しかし後者だとして、何の意味があるのか。
ただ回りくどい無駄手間のようにしか感じられない。
「まあ、話は最後まで聞きなって。重要なのはここからさ。
首輪に仕掛けがある以上、その仕掛けに付随する情報もそこに含まれているという事さ。
ある程度知識のある人間が調べれば、その情報も理解できる」
森のナノマシンの制御に介入している以上、ナノマシンに介入する技術が首輪には使われていることである。
それはつまり解析されれば、悪党商会の秘伝であるナノマシン技術が流出するという事を意味していた。
「特別性の首輪を集めて情報が頂けるってことは、俺たちゃ噛ませ犬として呼ばれたってことかい?」
「いやいや。それはこう考えてくれよ、最初から重要アイテムを配られてむしろ優遇されてるってさ」
「物は言いようだねぇ。まあいいさ」
元より皆殺しにするつもりなのだ、仮に漏れた所でどうという事もないし、そもそも漏れる事もない。
それよりも、ここまでの説明を統合するとある一つの事実が浮かび上がってくる。
きっとそれがこの情報の本質なのだろう。
「つまり、これまでの説明から考えるに、君を殺して首輪を解析すれば禁止エリアの無効化方法が分かるって寸法かい?」
与えられた材料から正解を導き出した生徒に満足するように、口元をゆがませ少年が薄く笑う。
「そうなるかな」
「するってぇと何かい? ここで君を殺して首輪を奪ってしまえば、ゲームクリアになる訳だ」
「それはどうだろうね。どっちにせよ今は止めておいた方がいいと思うけど」
この問いははぐらかされた。
自身が狙われるのを回避するためとも思えない。
そもそもそれが嫌なら取引とはいえこんな情報は渡さないはずだ。
(まだ何かある、か)
解析の過程か、それとも地図上の外に出た先か。
彼を斃してもシンプルにゲームクリアとはいかず、何かがあるという事か。
「まあいいさ。今ワールドをどうこうする気はないよ。前も言ったけどね」
「そう。それはなにより。ひとまず渡せる報酬としてはこんなところだよ。ご満足いただけたかな?
まあこの辺の事実はいくつか首輪を解析すればわかる事実ではあるんだけど、それでも君は情報戦において一歩先んじれた訳だ。
このアドバンテージをどう生かすかは君に任せよう。再配布もご自由に」
「まるで謎解きゲームだね」
敵を倒して首輪と言うドロップアイテムを集めて、情報を解析して脱出する。
森はそれに対して感じた素直な感想を述べた。
他は調整用だとしても、明らかにワールドオーダーの首輪に関しては意図的だ。
「ゲームねぇ。まあ例えとして使うのはいいけど、本当にゲーム感覚じゃあ困るんだけどね」
「へぇ。ワールドとしてはそういう感覚じゃない訳だ?」
「もちろんさ。僕は至って真剣だよ」
「だろうね。そうじゃなければここまで狂ったことはしないだろうさ」
世界の要人、いや異世界まで巻き込んで、それを一カ所に集めて殺し合わせる。
こんな事は伊達や酔狂で出来る事ではない。
「狂ってるかな?」
「狂ってるさ」
「そう。まあ別に否定はしないんだけど、それは君も同じだろう?」
「狂ってる、俺がかい? それとも俺の理想がかな?」
「両方だね。君の掲げる理想に比べれば、世界平和の方がまだましだ」
世界平和。
その単語にこれまで飄々としてた森が初めて表情を崩し、侮蔑する様な笑みを吐いた。
「世界平和? はっ、あれこそ最悪だろう。争いがなくなれば世界は腐る。
戦争だって技術の発展や経済を回すには必要な行為だ。
品行方正な正義が支配する管理社会なんて、そんなものはただのディストピアだよ」
だからこそ森は正義を狩ってきた。
強力過ぎる世界を決定できるだけの力を持った正義を。
「かといって悪が支配してもそれこそ最悪だ。荒廃した力が力を支配する世界。
そんなものはこれまで築き上げてきた人間の文明は崩壊でしかない。
それじゃあ石器時代に逆戻りだ」
だからこそ森は悪を狩ってきた。
強力過ぎる世界を破壊できるだけの力を持った悪を。
「なら、行き過ぎない様に誰かが管理して、適度に争わせるしかないだろう?」
それが森の理想。
世界は変わらず保守され、永遠に維持される。
究極の保守主義とも言えるだろう。
「箱庭でのおままごとが趣味なのかな?
君はその理想をひた隠しにしてきたし、語ったのは賛同者だけだっただろうからハッキリ言われたことはないだろうけど。
老婆心ながら僕が言っておいてあげるよ」
彼らしからぬ真剣な声。
互いに真正面から向き直る。
「君の理想は間違っている。故にその理想は叶わない。叶ったところで『革命』されてお終いさ」
天に指を掲げ、宣言する様に革命者は言う。
「変化のない世界など、それこそ腐っているだろう。変わりたがっているのなら変わればいい。
世界を、人間を舐めるな。彼らの『変わりたい』というエネルギーは君なんかに止められるものではない。『革命』は誰にも止められない」
革命を、進化を是とするものとして、変革を止める森の理想を否定する。
それがワールドオーダー。世界を改革する者の理念である。
「止められるさ。これまでだって止めてきた、これからだってそうさ」
呟くように世界の守護者は言う。
そのサングラスの下は、恐らく狂気の色に染まっているだろう。
それはきっとパーカーで隠れた目の前の少年と同じ色だ。
「そうだね、君はこれまで上手くやってきた、けれど君だっていつか死ぬ。
そうなればその理想もお終いさ、後継者が上手くやれるとも限らない、個人に依存したシステムなんて刹那的な価値しかない」
「死なないさ。そのためのナノマシン技術だよ」
テロメアの劣化すらナノマシンで修復して、老化を克服して新世界の管理者として永遠に君臨する。
それが森茂の率いる悪党商会の最終目標である。
つまり悪党商会にとっての後継者とは、ナノマシン技術完成までに不慮の死を遂げた場合に、計画を引き継ぐ器に過ぎない
「はは。となると君はますます死ねなくなった訳だねぇ」
森茂の首輪にはナノマシン技術の情報が隠されている。
虎の子のナノマシン技術の情報が敵対組織に洩れれば、計画自体が死ぬ。
「おめでとう森茂。君の理想は身の命そのモノとなった訳だ」
口元を歪ませながら、拍手を送るワールドオーダー。
それに怒るでもなく、呆れたように頬を掻く森。
「って言うかさぁ、ワールド。見事に幹部連中連れてきてくれたよね。ひょっとして狙ってた?」
「まさか。たまたまだよ。たまたま。そもそも君の計画にも興味ないしね」
「そう、まあ私怨で動く性質でもないか」
革命を求めるワールドオーダーと保守を掲げる森茂ではどう足掻いても相容れない。
だがそれでも自身の理想に私怨を交える程愚かではないという事は正反対であるからこそ理解できる。
「まあ雑談はここまでにしておこう。オデットの対処は急いだほうがいいしね」
そう言ってワールドオーダーは森に何かを投げつけた。
苦も無くそれを森は受け取め、何であるかを確認する。
それは携帯電話だった
「渡しておくよ。僕へ繋がる直通の電話だ。標的も移動するだろうから、最新の位置情報が知りたければかけるといい」
「携帯って電波通ってるのこの島?」
「まああの電波塔が破壊されない限りはね」
「あっそ。まあ一人で寂しくなったらかけさせてもらうよ」
そう言って、携帯電話を荷物にしまうと、森は動き始める。
「じゃあそろそろ行くけど、仕事完了したら、携帯で知らせればいいわけね」
「そうだね。ああ最後に聞いときたいんだけど。
ちなみに成功報酬で何の情報が欲しいのか、先に聞かせてもらっと言っていいかな?
内容によっては、ほら。検討しないとねぇ?」
胸の前で手を合わせて、邪悪な笑みを浮かべる。
その問いの内容に如何で森を測っているのだろう。
「ああ、それなら心配しなくてもいいよ。あまり大した内容じゃないから」
「へぇ。どんな内容だい?」
「水芭ユキの現在位置」
その内容にワールドオーダーは拍子抜けしたような、意外そうな顔をした。
「それでいいの? 位置情報くらいなら悪党商会のメンバー全員分でもいいよ、なんだったらサービスで死体の位置も
オマケしあげようか?」
「いやいや、ユキだけでいいよ」
「そう?」
森はワールドオーダーからの提案を拒否する。
どうせ生き残りで使えるのは恵理子くらいのモノだし。
恵理子ならわざわざ探さずとも自分の仕事はするだろう。
ならば、無駄に借りのようなモノを作る必要はない。
「ちなみに水芭ユキを探すのは、守るため? それとも殺すためかい?」
「殺すためだよ」
その問いに、森は迷うことなく即答する。
その答えに、ワールドオーダーは見透かしたように嗤った。
「そう。悪役はお手の物ってことか。いや悪党だったか」
「そういうワールドこそ、その性格は素でやってるのかい。それとも演じてるだけなのかな?」
「勿論、君と同じさ」
「なるほど。まともに答える訳が無いか」
「お互い様さ」
違いないと、森は苦笑して二人の黒幕はそこで別れた。
【G-4 森/午前】
【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式 、携帯電話、ランダムアイテム0~1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを促進させる。
1:
月白氷の首輪を回収する
※『
登場人物A』としての『認識』が残っています。
人格や自我ではありません。
【森茂】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(小)
[装備]:S&W M29(5/6)
[道具]:基本支給品一式、S&W M29の予備弾丸(18/18)、ヒーロー変身ベルト、携帯電話
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う。
0:オデット討伐に向かう?
1:交渉できるマーダーとは交渉する。交渉できないマーダーなら戦うが、できるだけ生かして済ませたい。
2:殺し合いに乗っていない相手はできるだけ殺す。相手が大人数か、強力な戦力を抱えているなら無害な相手を装う
3:悪党商会の駒は利用する
4:ユキは殺す
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません
最終更新:2016年10月04日 01:25